あの日あの時あの場所で(前編) ◆IEYD9V7.46
私の身体は、死んじゃったフェイトちゃんの身体より冷たいな。
高町なのはは赤い斜陽に背を向けて、そう自嘲した。
この涙が枯れるときは、身体中の水分がなくなったときに違いない。
心のどこかにあったその思いとは裏腹に、涙が枯れてもなのはは生きていた。
いや、枯れるという表現は今の彼女にとって適切ではない。
まだ、涙は出尽くしていない。
ただ単に凍てついた彼女の心が涙をも固めているだけ、融けていた分を流し尽くしただけに過ぎないのだ。
仮に涙と一緒に暖かい人間の心まで流されたとしたならば、残った氷塊はいったい何の心なのだろうか。
今のなのはには、それが人間の心であると断言することができない。
高町なのはは赤い斜陽に背を向けて、そう自嘲した。
この涙が枯れるときは、身体中の水分がなくなったときに違いない。
心のどこかにあったその思いとは裏腹に、涙が枯れてもなのはは生きていた。
いや、枯れるという表現は今の彼女にとって適切ではない。
まだ、涙は出尽くしていない。
ただ単に凍てついた彼女の心が涙をも固めているだけ、融けていた分を流し尽くしただけに過ぎないのだ。
仮に涙と一緒に暖かい人間の心まで流されたとしたならば、残った氷塊はいったい何の心なのだろうか。
今のなのはには、それが人間の心であると断言することができない。
ミニ八卦炉の出力を調整して、臓物のように赤い地面を吹き飛ばす。
地表が冷えるのを待ってから、なのはは丁寧にフェイトの遺体を穴の底に横たえた。
首を一突きにされたせいなのだろう。血液をさほど流出させなかった遺体は、ずしりと重かった。
この重みに命の重さ、魂の重さが入っていないなんて嘘としか思えなかった。
なのはは穴の中に手を伸ばし、温度のないフェイトの両腕を胸の辺りに重ねる。
視線を胸から顔へ。穴の空いた首は見ないように。
乱れた髪の毛を手で整える。
そこだけは生きていたときと違わない柔らかさがあり、触るたびに胸が強く締め付けられた。
それでもなのはは、その手を止めようとしない。
最後に思い出の結晶、二人の絆である薄い桃色のリボンをしっかりと結び直し、死に化粧は完成する。
地表が冷えるのを待ってから、なのはは丁寧にフェイトの遺体を穴の底に横たえた。
首を一突きにされたせいなのだろう。血液をさほど流出させなかった遺体は、ずしりと重かった。
この重みに命の重さ、魂の重さが入っていないなんて嘘としか思えなかった。
なのはは穴の中に手を伸ばし、温度のないフェイトの両腕を胸の辺りに重ねる。
視線を胸から顔へ。穴の空いた首は見ないように。
乱れた髪の毛を手で整える。
そこだけは生きていたときと違わない柔らかさがあり、触るたびに胸が強く締め付けられた。
それでもなのはは、その手を止めようとしない。
最後に思い出の結晶、二人の絆である薄い桃色のリボンをしっかりと結び直し、死に化粧は完成する。
――なまえを呼んで
――あの日のように笑いかけて
――あの日のように笑いかけて
思い出を振り返り、二度と届かない小さな願いに手を伸ばし……、途中で止めた。
掴めないと分かっている願いを、神様に頼んだところで意味なんてない。
ならば、せめて。
天国に行ったフェイトの魂が幸せであるように。
暖かい家族に囲まれて、もう二度とこんな悲しい顔をしないように。
……強く、祈ろうと思う。
神様は生きている自分たちには何もしてくれないけれど、
必死で祈れば死者に対してなら便宜をはかってくれるかもしれない。
そんな霞のようなものを信じなければ、欠片の希望も見つかりはしなかった。
掴めないと分かっている願いを、神様に頼んだところで意味なんてない。
ならば、せめて。
天国に行ったフェイトの魂が幸せであるように。
暖かい家族に囲まれて、もう二度とこんな悲しい顔をしないように。
……強く、祈ろうと思う。
神様は生きている自分たちには何もしてくれないけれど、
必死で祈れば死者に対してなら便宜をはかってくれるかもしれない。
そんな霞のようなものを信じなければ、欠片の希望も見つかりはしなかった。
「おかしいよね……なんだかとっても身体が軽いの。
このまま、消えちゃいそうなくらいに」
このまま、消えちゃいそうなくらいに」
両手で柔らかい土を掻き集め、パラパラとフェイトの遺体に振りかけていく。
「でも……私は消えちゃいけない、消えることは許されないの」
フェイトの白い裸体、血色が抜けて蒼白になった身体を汚すように、
赤が降り注ぐ。既に下半身は完全に土に埋もれていた。
赤が降り注ぐ。既に下半身は完全に土に埋もれていた。
「私ね、いろんな人を傷つけたよ。しかも3人も人を殺しちゃった。
……もう絶対、フェイトちゃんがいる天国には行けないと思う」
……もう絶対、フェイトちゃんがいる天国には行けないと思う」
土の赤さが憎かった。雪と同じ純白だったなら、
蒼白を汚さなくて済むのに。
蒼白を汚さなくて済むのに。
「だから、これで本当にさよならだよ。
天国から見守って……ううん、やっぱり見ないで。
私はもう汚れきっているけど、そんな私にしかできないことも
まだあると思うの」
天国から見守って……ううん、やっぱり見ないで。
私はもう汚れきっているけど、そんな私にしかできないことも
まだあると思うの」
せめて、この穢れた赤がフェイトの身体を優しく包んでくれることを願って。
「きっとそれは、今よりももっと血に塗れることになるんだと思う。
だから……フェイトちゃんには見られたくない……」
だから……フェイトちゃんには見られたくない……」
土が、最後に残ったフェイトの顔を塗りつぶす。
涙が出ないのが、苦しかった。
涙が出ないのが、苦しかった。
「……バイバイ。フェイトちゃん」
なのははそれきり振り向かなかった。
吹けば飛びそうなくらいに儚く脆い身体に、
理不尽なこの世界への憎悪を許容量以上に詰め込んで。
破裂寸前の少女が、森の闇へと消えていった。
吹けば飛びそうなくらいに儚く脆い身体に、
理不尽なこの世界への憎悪を許容量以上に詰め込んで。
破裂寸前の少女が、森の闇へと消えていった。
* * *
――――カチ、カチ、カチ、カタン。
( ヘルメスドライブのチャージが終わった……)
数分前から落ち着きなく時計をチラチラ見ていたはやては、
安堵なのか高揚なのか分からない感情に襲われる。
使わないと決めたはずなのに。
それに使う対象だって選べないのに、なぜこんなにも息が詰まるのだろう。
ここにいるのは、自分も含めて3人。ヘルメスドライブの乗員は最大2人。
転移先の候補は3人。一度使用したらまた4時間の待機時間。
……これは悪魔が選択の際に用いるものに違いない。
自然と、これは殺し合いの中盤を見据えて支給されたものだと理解した。
時間が進むにつれて、敵味方を問わずに顔見知りが増えていく。
その分だけ、ヘルメスドライブを使用したときに切り捨てるものが多くなる。
どんな理由があれど、選ばれなかったものを見捨てることには変わりないのだから。
数分前から落ち着きなく時計をチラチラ見ていたはやては、
安堵なのか高揚なのか分からない感情に襲われる。
使わないと決めたはずなのに。
それに使う対象だって選べないのに、なぜこんなにも息が詰まるのだろう。
ここにいるのは、自分も含めて3人。ヘルメスドライブの乗員は最大2人。
転移先の候補は3人。一度使用したらまた4時間の待機時間。
……これは悪魔が選択の際に用いるものに違いない。
自然と、これは殺し合いの中盤を見据えて支給されたものだと理解した。
時間が進むにつれて、敵味方を問わずに顔見知りが増えていく。
その分だけ、ヘルメスドライブを使用したときに切り捨てるものが多くなる。
どんな理由があれど、選ばれなかったものを見捨てることには変わりないのだから。
「はやてどうしたの、ボーっとしちゃって?」
「別に何もないよー」
「別に何もないよー」
俯き気味だったはやてが心配だったのだろう。
アリサの問いかけに対し、はやては軽く笑って誤魔化した。
しかし、
アリサの問いかけに対し、はやては軽く笑って誤魔化した。
しかし、
「……ヘルメスドライブのことですか?」
思わぬところから図星をつかれたはやては、声がした方向を見やる。
声の主はもちろん、この場に居る最後の一人であるトマだ。
どうやらこの場面では元の世界、海鳴市にいたときからの友人であるアリサよりも、
魔技師であるトマのほうが、はやての苦悩を察することができたらしい。
きっと、未知の道具への探究心から「もし自分が持てばこのように使い、このような問題がある」
といったことをいつも想像しているのだろう。
声の主はもちろん、この場に居る最後の一人であるトマだ。
どうやらこの場面では元の世界、海鳴市にいたときからの友人であるアリサよりも、
魔技師であるトマのほうが、はやての苦悩を察することができたらしい。
きっと、未知の道具への探究心から「もし自分が持てばこのように使い、このような問題がある」
といったことをいつも想像しているのだろう。
「迷っているみたいですね……。おせっかいかもしれませんけど、
道具を扱うものとして一言言います。後悔だけはしないでください。
友達を迎えに行きたいなら、アリサさんと二人で行ってもいいですから」
「! ……何言うてるんやトマ君。私はこれを使う気なんて更々ないわ」
「誤魔化したってダメです。……では、迷っていないというなら、訊かせてください。
はやてさんが考えている、ヘルメスドライブを使うのに最もいいときって何ですか?」
道具を扱うものとして一言言います。後悔だけはしないでください。
友達を迎えに行きたいなら、アリサさんと二人で行ってもいいですから」
「! ……何言うてるんやトマ君。私はこれを使う気なんて更々ないわ」
「誤魔化したってダメです。……では、迷っていないというなら、訊かせてください。
はやてさんが考えている、ヘルメスドライブを使うのに最もいいときって何ですか?」
トマの頭の回転の速さを、このときだけは少し恨めしく思った。
ヘルメスドライブを使うのに、一番有効なとき。
そんなものに100%の正解があるのか、はやてには分からない。
だが、利用例の一つならすぐに浮かぶ。
それは、先ほどレックスたちに襲われたときに行った、『危機からの離脱』だ。
もしあそこでヘルメスドライブを使うことをレンから聞かなければ、自分もトマも間違いなく死んでいた。
ならば、あの選択は正解だ。自己採点で100点をつけるのになんの障害もない。
さて、晴れて1問目が解けたところで難易度アップの2問目へ。
これは1問目の応用問題。敵の条件はさっきと同じレックスと人形だとしよう。
違うのは、こちらの布陣にアリサが追加されたこと。
アリサがいれば戦って撃退したり、安全に逃げられたりしたのではないか?
という指摘をされたら設問にならないので、意地が悪いが結末の寸前を1問目と同じにする。
つまり、はやて、トマ、アリサの3人は蔦に絡まれ、上空からは雷撃が放たれる一歩前。
ここからが本題になる。
その条件設定でヘルメスドライブを使うとどうなるか。
使わなければはやてたち3人の身体は砕け散り、使えば見捨てた一人への罪悪感で心が磨り潰される。
この問題の答えはこうだ。最初からそんなものなんて用意されていない。
その状況に陥った時点で完全に詰むのである。
失うものが大きすぎて、最早得点なんかで表せるはずもない。
トマはきっと、遠まわしにこのことを伝えようとしているのだろう。
それを理解した上で、それでも座して待つ気なのか、と。
ヘルメスドライブを使うのに、一番有効なとき。
そんなものに100%の正解があるのか、はやてには分からない。
だが、利用例の一つならすぐに浮かぶ。
それは、先ほどレックスたちに襲われたときに行った、『危機からの離脱』だ。
もしあそこでヘルメスドライブを使うことをレンから聞かなければ、自分もトマも間違いなく死んでいた。
ならば、あの選択は正解だ。自己採点で100点をつけるのになんの障害もない。
さて、晴れて1問目が解けたところで難易度アップの2問目へ。
これは1問目の応用問題。敵の条件はさっきと同じレックスと人形だとしよう。
違うのは、こちらの布陣にアリサが追加されたこと。
アリサがいれば戦って撃退したり、安全に逃げられたりしたのではないか?
という指摘をされたら設問にならないので、意地が悪いが結末の寸前を1問目と同じにする。
つまり、はやて、トマ、アリサの3人は蔦に絡まれ、上空からは雷撃が放たれる一歩前。
ここからが本題になる。
その条件設定でヘルメスドライブを使うとどうなるか。
使わなければはやてたち3人の身体は砕け散り、使えば見捨てた一人への罪悪感で心が磨り潰される。
この問題の答えはこうだ。最初からそんなものなんて用意されていない。
その状況に陥った時点で完全に詰むのである。
失うものが大きすぎて、最早得点なんかで表せるはずもない。
トマはきっと、遠まわしにこのことを伝えようとしているのだろう。
それを理解した上で、それでも座して待つ気なのか、と。
「答えが出せないのなら、僭越ながらいくつかアドバイスをします。
一つ。はやてさんとアリサさんには力があります。それは戦うための力はもちろんですが、
お二人が持つもので一番強いのは安心を与える力だと思うんです。
その力を、あなた方の友達にも早く分けてあげるべきなんですよ。
二つ。ヘルメスドライブは片道切符です。僕たち3人で動くのは無理ですし、
はやてさんとアリサさんが転移したところで、転移先にいる友達と合流すればまた使えないでしょう。
それなら、どうすればいいんでしょうか? 簡単です。
僕はここにいるので、はやてさんたちは歩いてここに戻って来てください」
「そないなことできない! トマ君を置いて行けるわけないやんか!」
「はやてさん、冷静に考えてみてください。ちゃんと考えれば、僕なんかの心配より先に、
外に出る自分たちの心配をするべきだと分かるはずですよ。僕は『ここ』に残るって言ったんです。
恐らく、この島で最も安全な場所の一つであるシェルターに。
気絶していたアリサさんをずっと守ってくれた場所なんだから、その実績は確かです。
それに僕にはやることがあります。この中を更に調べて店を出すのかどうか決めないとですし、
夷腕坊の修理にだってまだ時間が掛かります。
店はともかく、夷腕坊の修理が終わるまでは僕はここを動けません。
あれはきっと強力な戦力になりますから。
ということで、はやてさんとアリサさんがここにいてもやることなんてないんですよ。
むしろ邪魔ですごはあっ!?」
一つ。はやてさんとアリサさんには力があります。それは戦うための力はもちろんですが、
お二人が持つもので一番強いのは安心を与える力だと思うんです。
その力を、あなた方の友達にも早く分けてあげるべきなんですよ。
二つ。ヘルメスドライブは片道切符です。僕たち3人で動くのは無理ですし、
はやてさんとアリサさんが転移したところで、転移先にいる友達と合流すればまた使えないでしょう。
それなら、どうすればいいんでしょうか? 簡単です。
僕はここにいるので、はやてさんたちは歩いてここに戻って来てください」
「そないなことできない! トマ君を置いて行けるわけないやんか!」
「はやてさん、冷静に考えてみてください。ちゃんと考えれば、僕なんかの心配より先に、
外に出る自分たちの心配をするべきだと分かるはずですよ。僕は『ここ』に残るって言ったんです。
恐らく、この島で最も安全な場所の一つであるシェルターに。
気絶していたアリサさんをずっと守ってくれた場所なんだから、その実績は確かです。
それに僕にはやることがあります。この中を更に調べて店を出すのかどうか決めないとですし、
夷腕坊の修理にだってまだ時間が掛かります。
店はともかく、夷腕坊の修理が終わるまでは僕はここを動けません。
あれはきっと強力な戦力になりますから。
ということで、はやてさんとアリサさんがここにいてもやることなんてないんですよ。
むしろ邪魔ですごはあっ!?」
トマが顔面に鉄拳制裁を受ける。どうやらアリサの拳が火をふいたらしい。
医療に特化したナース服状態のはずなのに、その右ストレートは
プロボクサーも親指をグッと立てたくなる綺麗なフォームで放たれた。
医療に特化したナース服状態のはずなのに、その右ストレートは
プロボクサーも親指をグッと立てたくなる綺麗なフォームで放たれた。
「こ・の・く・ち・は! 今なんて言ったのかしらね~!」
「いひゃいですいひゃいですおありふぁふぁん」
『アリサさん、それはツンデレではなくてツンギレですよ』
「うるさい! 私は普通に怒ってんのよ! てか何よツンデレにツンギレって!?」
「いひゃいですいひゃいですおありふぁふぁん」
『アリサさん、それはツンデレではなくてツンギレですよ』
「うるさい! 私は普通に怒ってんのよ! てか何よツンデレにツンギレって!?」
騒ぎに巻き込まれないように遠目から見ていたはやてはすぐに気付いた。
トマはこちらに心配を掛けないようにあえて突き放すように告げたのだと。
そして、目の前のアリサだってトマのことを本気で怒ったり殴ったりしているわけではないことを。
トマはこちらに心配を掛けないようにあえて突き放すように告げたのだと。
そして、目の前のアリサだってトマのことを本気で怒ったり殴ったりしているわけではないことを。
「ゆるひてくらはいよありふぁふぁん!
もうこれひひょうふぉっぺはのびまふぇんよあっー!?」
もうこれひひょうふぉっぺはのびまふぇんよあっー!?」
……本気じゃない。たぶん。
数分後、ようやくちゃんと喋れるまでに回復したトマが、神妙な面持ちで話しの続きを始めた。
しかし、おたふく風邪みたいなほっぺたで喋るトマにシリアスな雰囲気などあるはずもなく。
しかし、おたふく風邪みたいなほっぺたで喋るトマにシリアスな雰囲気などあるはずもなく。
「……ということです。はぁ、しかしショックですよ」
「何がよ?」
「いえ、僕としては『私たちを危険な外にパシリとして行かせるくせに自分はここでのんびりだと!?
随分いい身分だな、このヤロー!』っていうツッコミを期待してたんですけど……真面目に語りすぎちゃったみたいですね」
『ふふふ、トマさんは仕込むとダメになるタイプの芸人みたいなものですからね~。
同じ芸人でも弄られキャラかリアクション芸人なら似合うのではないかと』
「ヒドイですよルビーさん!」
「何がよ?」
「いえ、僕としては『私たちを危険な外にパシリとして行かせるくせに自分はここでのんびりだと!?
随分いい身分だな、このヤロー!』っていうツッコミを期待してたんですけど……真面目に語りすぎちゃったみたいですね」
『ふふふ、トマさんは仕込むとダメになるタイプの芸人みたいなものですからね~。
同じ芸人でも弄られキャラかリアクション芸人なら似合うのではないかと』
「ヒドイですよルビーさん!」
ルビーにからかわれているトマを横目に、アリサは眉尻を下げてはやてに問う。
「ねえ、はやて。……もし、それを使うなら誰のところに行くの?」
待っていると分かっていた、次の関門が聳え立った。
選択肢はなのは、フェイト、ヴィータの3つ。
命の恩人と家族。それらを秤にかけることなど、はやてにはどうしてもできない。
では、ここではやてなりの優しさを含んだ、少々卑怯な要素を持ち出してみる。
自分で決められないのなら転移の同行者、アリサなら誰のところに行くのを望むのかということを。
その答えは分かりきっている。
だが、実際にそれをアリサに尋ねるのは下劣に過ぎるから口には出さない。
だから、はやては尤もらしい言い訳を口にした。
選択肢はなのは、フェイト、ヴィータの3つ。
命の恩人と家族。それらを秤にかけることなど、はやてにはどうしてもできない。
では、ここではやてなりの優しさを含んだ、少々卑怯な要素を持ち出してみる。
自分で決められないのなら転移の同行者、アリサなら誰のところに行くのを望むのかということを。
その答えは分かりきっている。
だが、実際にそれをアリサに尋ねるのは下劣に過ぎるから口には出さない。
だから、はやては尤もらしい言い訳を口にした。
「……なのはちゃんのところに行こうか」
「私はいいけど……、どうして?」
「なのはちゃんは強いけどな、アリサちゃんも知っているように
魔法を使うようになってからは日が浅いんや。
デバイスがあれば大丈夫やけど、運よく持っているなんて保証はない。
こんな状況に対応できるほど、応用力のある魔法を覚えているのかも分からへん。
その点フェイトちゃんとヴィータは何年も魔導士をやってるベテランさんや。
基本の魔法をたくさん覚えてるから、どんな状況でも大丈夫。
だから、なのはちゃんのところに行こう」
「私はいいけど……、どうして?」
「なのはちゃんは強いけどな、アリサちゃんも知っているように
魔法を使うようになってからは日が浅いんや。
デバイスがあれば大丈夫やけど、運よく持っているなんて保証はない。
こんな状況に対応できるほど、応用力のある魔法を覚えているのかも分からへん。
その点フェイトちゃんとヴィータは何年も魔導士をやってるベテランさんや。
基本の魔法をたくさん覚えてるから、どんな状況でも大丈夫。
だから、なのはちゃんのところに行こう」
はやては魔法に携わるものにしか分からないことで、自分の心とアリサを煙に巻いた。
今告げたことは嘘だ。
なのはが魔法を習得して日が浅いのも、フェイトとヴィータが熟練者なのも事実である。
しかし、結局デバイスがなければ使える魔法なんて殆どないのは誰だって同じこと。
それがたとえはやての偽善であったとしても、はやてはアリサに心配をかけたくはなかった。
そこで話を打ち切り、はやては困ったような顔をしながらトマのほうを向く。
今告げたことは嘘だ。
なのはが魔法を習得して日が浅いのも、フェイトとヴィータが熟練者なのも事実である。
しかし、結局デバイスがなければ使える魔法なんて殆どないのは誰だって同じこと。
それがたとえはやての偽善であったとしても、はやてはアリサに心配をかけたくはなかった。
そこで話を打ち切り、はやては困ったような顔をしながらトマのほうを向く。
「トマ君……本当に行っても」
「大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、はやてさんとアリサさんのほうが大変なんですからね。
お二人にはやってもらいたいことがたくさんあります。
なのはさんと合流するのはもちろん、勇者さんたちも探して貰いたいですし……、
それに信頼できそうな人にここのことを紹介して、連れてきてもらわないとなんですから。
頼みましたよ?」
「うん……分かった。……ありがとうなぁ」
『では、アリサさん戦闘準備をしましょう。外は危険が一杯ですからね~』
「分かってるわよ。……はぁ、また着替えるのね」
『うふふ~、この刀使えないと困るでしょう。ささ、早く!』
「大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、はやてさんとアリサさんのほうが大変なんですからね。
お二人にはやってもらいたいことがたくさんあります。
なのはさんと合流するのはもちろん、勇者さんたちも探して貰いたいですし……、
それに信頼できそうな人にここのことを紹介して、連れてきてもらわないとなんですから。
頼みましたよ?」
「うん……分かった。……ありがとうなぁ」
『では、アリサさん戦闘準備をしましょう。外は危険が一杯ですからね~』
「分かってるわよ。……はぁ、また着替えるのね」
『うふふ~、この刀使えないと困るでしょう。ささ、早く!』
変身するために個室に向かうアリサは、茶化すようなルビーの声に動じない。
心の片隅で待ち望んでいた瞬間が訪れようとしているからだ。
(いよいよ、なのはのところに行けるのね……)
知らないうちに、拳に力が入る。
今までなのはに守られてきた自分が、変わるときが来たのだ。
今度は、なのはを助ける側になる。
借り物の力とはいえ、今の自分には正真正銘の戦うための力が宿っているのだから。
心の片隅で待ち望んでいた瞬間が訪れようとしているからだ。
(いよいよ、なのはのところに行けるのね……)
知らないうちに、拳に力が入る。
今までなのはに守られてきた自分が、変わるときが来たのだ。
今度は、なのはを助ける側になる。
借り物の力とはいえ、今の自分には正真正銘の戦うための力が宿っているのだから。
(……手遅れなんかになってたら、承知しないんだから)
一抹の不安を胸に、アリサは扉を開いた。
* * *
グリーンは降って湧いた不幸な出来事に苛立ちを募らせていた。
ほんの数分ほど前。
豚化が解けるまで暗い森に身を潜めようかと考えながら、リリスと共に移動していたときのこと。
突然、何の前触れもなくリリスが撃たれた。
まだ日は落ちきっていないとはいえ、視界は相当に悪い。
それに大小様々な樹木を始めとする障害物がいくらでもあるというのに、
そんなもの関係ないとばかりにリリスの左腕を細いレーザーが焼いたのだ。
回復不能な致命傷ではないが、かといって無視できるほど軽い傷でもない。
不意打ちで傷を負ったリリスはもちろん、計算が外れたグリーンも大きな衝撃を受けた。
ここまで不幸なことが重なるのだろうか。
自分が豚になり、リリスに指示を出せないこと。
深い森の中で、敵に見つかってしまったこと。
先の戦闘から平常心を取り戻せないでいたリリスが、敵を察知できなかったこと。
敵は、ある程度の遠方からでもリリスに攻撃を加える手段を持っていたこと。
そして、何よりも。
(なぜ、リリスの姿を見て何の躊躇いもなく攻撃できる!?
少し頭の回るやつなら、警戒して様子見から入るはずだ。
相手が誰でも構わない無差別殺人者なのか!?)
豚化が解けるまで暗い森に身を潜めようかと考えながら、リリスと共に移動していたときのこと。
突然、何の前触れもなくリリスが撃たれた。
まだ日は落ちきっていないとはいえ、視界は相当に悪い。
それに大小様々な樹木を始めとする障害物がいくらでもあるというのに、
そんなもの関係ないとばかりにリリスの左腕を細いレーザーが焼いたのだ。
回復不能な致命傷ではないが、かといって無視できるほど軽い傷でもない。
不意打ちで傷を負ったリリスはもちろん、計算が外れたグリーンも大きな衝撃を受けた。
ここまで不幸なことが重なるのだろうか。
自分が豚になり、リリスに指示を出せないこと。
深い森の中で、敵に見つかってしまったこと。
先の戦闘から平常心を取り戻せないでいたリリスが、敵を察知できなかったこと。
敵は、ある程度の遠方からでもリリスに攻撃を加える手段を持っていたこと。
そして、何よりも。
(なぜ、リリスの姿を見て何の躊躇いもなく攻撃できる!?
少し頭の回るやつなら、警戒して様子見から入るはずだ。
相手が誰でも構わない無差別殺人者なのか!?)
グリーンの驚愕をよそに、茂みの向こうから一人の少女が表れる。
左手に持った手のひらサイズの八角形。
あれが、リリスを焼いた武器なのか?
左手に持った手のひらサイズの八角形。
あれが、リリスを焼いた武器なのか?
「ニケ君たちの言ってたとおり、本当にこの島に来ていたんだね」
しまった。
自身が失念していた部分を責められて、グリーンは遅すぎる後悔に苛まれる。
(道理で間髪入れずに攻撃できたわけだ……、
くそ! 相手がリリスの情報を持っていることを計算に入れていなかった俺のミスだ……!)
挽回策を練ったところで、リリスに伝達する手段がない。
焦るグリーンとは対照的に、その少女は生き別れた家族を見つけたような深い安堵の表情をたたえた。
自身が失念していた部分を責められて、グリーンは遅すぎる後悔に苛まれる。
(道理で間髪入れずに攻撃できたわけだ……、
くそ! 相手がリリスの情報を持っていることを計算に入れていなかった俺のミスだ……!)
挽回策を練ったところで、リリスに伝達する手段がない。
焦るグリーンとは対照的に、その少女は生き別れた家族を見つけたような深い安堵の表情をたたえた。
「良かった……。本当に、良かった。こんなに早く会えるなんて、思ってなかったから」
ブワッと少女から風が巻き起こり、地に落ちた葉を軽く巻き上げる。
見ると、少女の足からは真っ白な翼が生えていた。
見ると、少女の足からは真っ白な翼が生えていた。
「あたしに、会いに来た……? そっか、キミもいっしょに遊びたいんだね。お名前は?」
「高町、なのは」
「高町、なのは」
底冷えのするような声が響く。自分よりも年下の女の子がこんなにも禍々しいものを纏えるのか?
グリーンはそう思いながら気を引き締めるが、今の自分には精々、リリスの勝利を祈ることくらいしかできない。
敵は間違いなく強い。
先ほどのレーザーもそうだが、何よりも持っている覚悟がこちらにまで伝わるくらいに心が強い。
あえてリリスに狙いをつけるなんて、よほどの実力者かただの愚か者にしかできない所業だ。
そして、この化け物は間違いなく前者だ。
グリーンは人の姿であったときと同じように、ゴクリと唾液を嚥下する。
グリーンはそう思いながら気を引き締めるが、今の自分には精々、リリスの勝利を祈ることくらいしかできない。
敵は間違いなく強い。
先ほどのレーザーもそうだが、何よりも持っている覚悟がこちらにまで伝わるくらいに心が強い。
あえてリリスに狙いをつけるなんて、よほどの実力者かただの愚か者にしかできない所業だ。
そして、この化け物は間違いなく前者だ。
グリーンは人の姿であったときと同じように、ゴクリと唾液を嚥下する。
「グリーン、チャンスだよ。一個目の首輪が向こうから来てくれたんだから。
相手が一人なら、グリーンがいなくてもすぐに終わらせられるね」
(! リリス、危険だ! おまえはさっき怪我をしたばかりだぞ!?
無理なんかしないでとっとと逃げるべきだ!)
出せない声の代わりに鼻を鳴らしながら、グリーンはリリスの足にしがみついて危機回避を促す。
そんな子豚の必死な様子を見て、リリスはくすりと笑う。
相手が一人なら、グリーンがいなくてもすぐに終わらせられるね」
(! リリス、危険だ! おまえはさっき怪我をしたばかりだぞ!?
無理なんかしないでとっとと逃げるべきだ!)
出せない声の代わりに鼻を鳴らしながら、グリーンはリリスの足にしがみついて危機回避を促す。
そんな子豚の必死な様子を見て、リリスはくすりと笑う。
「大丈夫、そんなに心配しなくていいよ」
グリーンの懸念は呆気なくかわされて、リリスは既に敵へと視線を向けていた。
(力を測り違えるな、リリス! 相手の持つドス黒いものが分からないのか!?)
薬に酔わされたグリーンは気がつかない。
程度の差はあれど、リリスを愛して豚になっている自分も、
対峙した化け物のような少女も、この島のルールが生んだ犠牲者なのだと。
少女、高町なのはは強烈な眼光をリリスに突き刺して叫ぶ。
(力を測り違えるな、リリス! 相手の持つドス黒いものが分からないのか!?)
薬に酔わされたグリーンは気がつかない。
程度の差はあれど、リリスを愛して豚になっている自分も、
対峙した化け物のような少女も、この島のルールが生んだ犠牲者なのだと。
少女、高町なのはは強烈な眼光をリリスに突き刺して叫ぶ。
「この島にいるみんなのために、話を聞かせてもらうから。
あなたと、ジェダの話。――――洗いざらい、全部!」
あなたと、ジェダの話。――――洗いざらい、全部!」
少女の手から放たれた二発目のレーザーが、戦闘の開始を告げた。
そして現在に至る。
開戦から数分、今も尚グリーンから少し離れた木々の間を縫って、二人の少女が激しい攻防を繰り広げている。
飛ぶように、ではなく文字通り高速で飛行している二人の立ち回りは凄まじく、
豚になってリーチが著しく減少してしまったグリーンに介入の余地などまるでなかった。
せめて飛び道具でもあれば話は違ったのだが、ないものねだりに意味はない。
生い茂る木の幹や枝葉が邪魔で、グリーンには正確な戦況が把握できない。
それでも、互いが繰り出す技の光を頼りに、着々と戦闘データを収集し、解析していく。
そして、幾度もの試算の結果を重ねるたびに、そのデータがある一点に向かって収束していることに気付いた。
(戦況は少しずつ、向こうに傾いている……!)
間違いなかった。
戦術構築に長けないものには、その勝負は互角に見えるだろう。
リリスの攻撃は無数の木々と相手の盾を破れていないし、
対するなのはのほうもリリスにレーザーを直撃させるには至っていない。
そしてスピードのほうは、両者とも森の中を低空飛行しているためにそれほど大きな差異はない。
ともに、決定打となる一撃を叩き込めていないのである。
だが、それでもグリーンには確信と言ってもいいくらいこちらの不利が分かってしまう。
敵の技は主に3つ。
恐らく本命である、最初にリリスの腕を焼いたレーザー。
ディバインシューターと呼ばれていた、誘導操作可能な桜色の光球。
円形の魔法陣の盾。
レーザーは細すぎて、よほど当たりどころが悪くない限りは、致命傷にはなりえない。
その代わり貫通力が凄まじく、射程内であれば太い木の幹だろうとなんだろうと簡単に撃ち抜いてくる。
先ほどリリスに先制攻撃できたのもこの特性の賜物だろう。
ディバインシューターのほうはレーザーを叩き込むための囮に違いない。
木々をなるべく避けて誘導されていることから、恐らく破壊力が低く、ダメージソースとしては期待されていないのだ。
リリスの注意を逸らしたり、死角から攻めるのが目的の技なのだろう。
最後の魔法陣の盾は……、先の戦闘でタバサと呼ばれていた少女も同じものを使っていた、
リリスですら破るのに一苦労していたあの盾だ。
固有の技ではなく、技マシンのようなもので覚えたものなのかもしれない。
同じ盾ならば、タバサの盾を破ったリリスになのはの盾を破れぬ道理はない。
だが――
開戦から数分、今も尚グリーンから少し離れた木々の間を縫って、二人の少女が激しい攻防を繰り広げている。
飛ぶように、ではなく文字通り高速で飛行している二人の立ち回りは凄まじく、
豚になってリーチが著しく減少してしまったグリーンに介入の余地などまるでなかった。
せめて飛び道具でもあれば話は違ったのだが、ないものねだりに意味はない。
生い茂る木の幹や枝葉が邪魔で、グリーンには正確な戦況が把握できない。
それでも、互いが繰り出す技の光を頼りに、着々と戦闘データを収集し、解析していく。
そして、幾度もの試算の結果を重ねるたびに、そのデータがある一点に向かって収束していることに気付いた。
(戦況は少しずつ、向こうに傾いている……!)
間違いなかった。
戦術構築に長けないものには、その勝負は互角に見えるだろう。
リリスの攻撃は無数の木々と相手の盾を破れていないし、
対するなのはのほうもリリスにレーザーを直撃させるには至っていない。
そしてスピードのほうは、両者とも森の中を低空飛行しているためにそれほど大きな差異はない。
ともに、決定打となる一撃を叩き込めていないのである。
だが、それでもグリーンには確信と言ってもいいくらいこちらの不利が分かってしまう。
敵の技は主に3つ。
恐らく本命である、最初にリリスの腕を焼いたレーザー。
ディバインシューターと呼ばれていた、誘導操作可能な桜色の光球。
円形の魔法陣の盾。
レーザーは細すぎて、よほど当たりどころが悪くない限りは、致命傷にはなりえない。
その代わり貫通力が凄まじく、射程内であれば太い木の幹だろうとなんだろうと簡単に撃ち抜いてくる。
先ほどリリスに先制攻撃できたのもこの特性の賜物だろう。
ディバインシューターのほうはレーザーを叩き込むための囮に違いない。
木々をなるべく避けて誘導されていることから、恐らく破壊力が低く、ダメージソースとしては期待されていないのだ。
リリスの注意を逸らしたり、死角から攻めるのが目的の技なのだろう。
最後の魔法陣の盾は……、先の戦闘でタバサと呼ばれていた少女も同じものを使っていた、
リリスですら破るのに一苦労していたあの盾だ。
固有の技ではなく、技マシンのようなもので覚えたものなのかもしれない。
同じ盾ならば、タバサの盾を破ったリリスになのはの盾を破れぬ道理はない。
だが――
(違う! そこはソウルフラッシュではなくメリーターンで吹き飛ばして追い討ちをかけるべきだ!
ディバインシューターなんかに構うな、やつがまたレーザーを撃ってくるぞ!)
グリーンは骨を砕かんばかりの力で奥歯を噛み合わせる。
盾の単純な強度ならタバサのほうが上だった。攻撃のほうも断然重く、
鋭いものが多く、直撃すればリリスでもただでは済まない破壊力を持ち備えていた。
だが、タバサの動きには、どこかぎこちないものがあったことも確かだ。
丁度、グリーンに指示を貰う前のリリスと同じように。
ところが、なのはは違う。自分の力の特性と限界を完璧に把握し、
押すところと引くところをしっかりと弁えた、澱みのない戦闘を行っている。
盾を破られそうになったらさっさと見切りをつけて後ろに下がり、ディバインシューターで時間を稼ぐ。
その後距離をとってレーザーを照射。放たれた光線を見て、
体勢を崩していたリリスが膂力に任せて強引な回避機動を慌てて行う。
唸るほど的確な、一瞬の判断。
もしもポケモンとトレーナーが一体化できたなら、あのように動くことができるのだろう。
敵が自分の力を100%、120%と引き出しているというのに、こちらはどうだ。
ディバインシューターなんかに構うな、やつがまたレーザーを撃ってくるぞ!)
グリーンは骨を砕かんばかりの力で奥歯を噛み合わせる。
盾の単純な強度ならタバサのほうが上だった。攻撃のほうも断然重く、
鋭いものが多く、直撃すればリリスでもただでは済まない破壊力を持ち備えていた。
だが、タバサの動きには、どこかぎこちないものがあったことも確かだ。
丁度、グリーンに指示を貰う前のリリスと同じように。
ところが、なのはは違う。自分の力の特性と限界を完璧に把握し、
押すところと引くところをしっかりと弁えた、澱みのない戦闘を行っている。
盾を破られそうになったらさっさと見切りをつけて後ろに下がり、ディバインシューターで時間を稼ぐ。
その後距離をとってレーザーを照射。放たれた光線を見て、
体勢を崩していたリリスが膂力に任せて強引な回避機動を慌てて行う。
唸るほど的確な、一瞬の判断。
もしもポケモンとトレーナーが一体化できたなら、あのように動くことができるのだろう。
敵が自分の力を100%、120%と引き出しているというのに、こちらはどうだ。
「何で!? 当たらない、当たらないよグリーン!?」
焦燥感しか含まれていないリリスの声が、グリーンの心を幾度となく打ち抜く。
一騎打ちであれば、リリスはこの島にいる誰にも負けない最強の存在のはずだ。
自分が愛しているからといって贔屓目で見ているわけではない、
そんな色眼鏡を掛けていたとしても、強すぎるリリスの輝きの前には全く意味を成さない。
では、なぜ今のリリスはなのは一人に圧倒されている?
破壊力がない、動きが悪い、余裕がない、…………判断が、遅い。
本来のリリスの力のうち、いったい何割が発揮されているのか?
こんなにも弱くなってしまったのは、いったいいつからなのか?
一騎打ちであれば、リリスはこの島にいる誰にも負けない最強の存在のはずだ。
自分が愛しているからといって贔屓目で見ているわけではない、
そんな色眼鏡を掛けていたとしても、強すぎるリリスの輝きの前には全く意味を成さない。
では、なぜ今のリリスはなのは一人に圧倒されている?
破壊力がない、動きが悪い、余裕がない、…………判断が、遅い。
本来のリリスの力のうち、いったい何割が発揮されているのか?
こんなにも弱くなってしまったのは、いったいいつからなのか?
(決まってる……。俺と、出会ったせいだ)
認めたくない苦い事実を、グリーンは心を抉って呑み込んだ。
リリスはグリーンと出会う前、気ままに自分の意思で遊んでいたときでも疑いようもなく強かった。
その強さをグリーンは更に引き出し、この島でも有数の実力者だと見られるタバサたち4人を相手に戦い、
苦しいながらも勝利を収めたのである。
順調にその戦闘を終えられたなら、リリスの『最強』はグリーンの手によってもう一段階引き揚げられるはずだったのだ。
しかし、その目論見は、戦闘中に自分が豚になったことで脆くも崩れ去った。
そして、リリスはグリーンの指示がなければ動けない、ただの木偶人形に成り下がってしまったのだ。
リリスはグリーンと出会う前、気ままに自分の意思で遊んでいたときでも疑いようもなく強かった。
その強さをグリーンは更に引き出し、この島でも有数の実力者だと見られるタバサたち4人を相手に戦い、
苦しいながらも勝利を収めたのである。
順調にその戦闘を終えられたなら、リリスの『最強』はグリーンの手によってもう一段階引き揚げられるはずだったのだ。
しかし、その目論見は、戦闘中に自分が豚になったことで脆くも崩れ去った。
そして、リリスはグリーンの指示がなければ動けない、ただの木偶人形に成り下がってしまったのだ。
(責任を取らなければならない。リリスを弱くしてしまった、責任を――!)
リリスの願いと、ポケモントレーナーとしての倫理の狭間で揺れるグリーンは、
彼女に対してどう接するべきなのかの答えを未だに出せないでいる。
しかし、それでもたった一つだけ確かなものがある。
彼女に対してどう接するべきなのかの答えを未だに出せないでいる。
しかし、それでもたった一つだけ確かなものがある。
(リリスに、死んで欲しくない。それだけは誰にも譲れない、
他の何を犠牲にしてでも守りたい、俺だけの願いだ!)
他の何を犠牲にしてでも守りたい、俺だけの願いだ!)
リリスがこの世界で生きていける力を取り戻させる。
それこそが、自身に課せられた至上の命題。
全ての答えを出し切れないグリーンは、必死で自らの中にある絶対に折ってはならない決意だけを再確認する。
しかし、リリスを再び立ち上がらせるためにはこの場を何としても――
それこそが、自身に課せられた至上の命題。
全ての答えを出し切れないグリーンは、必死で自らの中にある絶対に折ってはならない決意だけを再確認する。
しかし、リリスを再び立ち上がらせるためにはこの場を何としても――
「――きゃあっ!?」
(リリス!?)
(リリス!?)
悲鳴に対し反射的にグリーンは想い人の名を叫ぶ。
確かに叫んだはずなのに、口から漏れ出たのは低く篭った、醜い豚の鳴き声。
無力で愚かな自分を表す、これ以上ないほどの汚い声だった。
言いようのない落胆と忌々しさが沸々とこみ上げる。
それを必死で噛み殺して、リリスの状態把握に努めようとして。
リリスの右足に、新たにレーザー痕が刻まれていることに気付いた。
先のリリスの悲痛な叫びの正体は他でもない、あの傷だ。
瞬間、グリーンの中に暗い憎悪の炎が燃え滾る。
確かに叫んだはずなのに、口から漏れ出たのは低く篭った、醜い豚の鳴き声。
無力で愚かな自分を表す、これ以上ないほどの汚い声だった。
言いようのない落胆と忌々しさが沸々とこみ上げる。
それを必死で噛み殺して、リリスの状態把握に努めようとして。
リリスの右足に、新たにレーザー痕が刻まれていることに気付いた。
先のリリスの悲痛な叫びの正体は他でもない、あの傷だ。
瞬間、グリーンの中に暗い憎悪の炎が燃え滾る。
(高町っ――なのはあぁっ!!)
……許せない。ジェダの下にいるというだけで、
リリスを傷つける高町なのはがどうしようもないくらいに許せなかった。
親が憎ければ子も憎いとでも思っているのか。
ふざけるな、リリスのことを見ようともしないおまえに何が分かる。
何がこの島にいるみんなのためだ。みんなって誰だ?
本当に、おまえみたいな悪魔を待っている人間なんているのか?
少なくともおまえが言ったみんなという言葉の中に、俺とリリスは入っていない。
入っていたとしても、そんなものは冗談じゃない。吐き気がする。
だから俺たちの中に入ってくるな、邪魔をするな、俺たちの幸せを壊すのがそんなに楽しいのか!?
リリスを傷つける高町なのはがどうしようもないくらいに許せなかった。
親が憎ければ子も憎いとでも思っているのか。
ふざけるな、リリスのことを見ようともしないおまえに何が分かる。
何がこの島にいるみんなのためだ。みんなって誰だ?
本当に、おまえみたいな悪魔を待っている人間なんているのか?
少なくともおまえが言ったみんなという言葉の中に、俺とリリスは入っていない。
入っていたとしても、そんなものは冗談じゃない。吐き気がする。
だから俺たちの中に入ってくるな、邪魔をするな、俺たちの幸せを壊すのがそんなに楽しいのか!?
次から次へと湧き上る、グリーン自身も破綻していると気がつけない呪詛は溜まる一方だ。
吐き出すことが許されない、グリーンが背負う罰なのだから。
吐き出すことが許されない、グリーンが背負う罰なのだから。
グリーンは祈るような瞳でリリスを見つめて、すぐに目を逸らしそうになった。
今にも不安に押しつぶされそうな、リリスの顔を見るのが辛い。
(頼む、リリス)
リリスが弱弱しく地面にフラフラと足をつける。
その身体が震えているのは、足の怪我のせいだけではないのだろう。
(首輪なんか手に入れなくていいから)
こんなに暗いのに、あんなに遠くにいるのに。
リリスの瞳が救いの手を求めて揺れているのが、手に取るように分かってしまう。
(逃げてくれ、死なないでくれ……!)
今にも不安に押しつぶされそうな、リリスの顔を見るのが辛い。
(頼む、リリス)
リリスが弱弱しく地面にフラフラと足をつける。
その身体が震えているのは、足の怪我のせいだけではないのだろう。
(首輪なんか手に入れなくていいから)
こんなに暗いのに、あんなに遠くにいるのに。
リリスの瞳が救いの手を求めて揺れているのが、手に取るように分かってしまう。
(逃げてくれ、死なないでくれ……!)
なのはの攻撃精度は徐々に上がってきている。
リリスとの攻防を繰り返すことで、リリスの癖や思考を読み始めているのだ。
今のリリスになのはと同じことなどできるはずがないし、そもそもその役目はグリーンが担っていたのである。
腕と足に傷を負ったリリスが、なのはに勝てる可能性など最早なきに等しい。
が、逆転の可能性は残されている。グリーンが人間に戻れれば、という条件付きだが。
グリーンはなのはの観察などとっくに済ませているし、対処法だっていくらでも考えた。
それをリリスに伝達できないという一要素が、現在の不利に致命的なまでに直接繋がっている。
今のリリスは考えて戦うことができない、ゆえに、時間が経てば経つほど不利になるのだから。
そして今。
万全の状態で勝てないというのに、腕と足を封じられてなぜ勝てるというのか。
グリーンの判断はすでに決まっている。
一刻も早い撤退だ。
だが、その手段をリリスに伝える術がどうしても見つからない。
仮にグリーンがリリスのもとへ走れば、それに気をとられたリリスは致命的な隙を晒すことになる。
逆に、戦域からグリーンが撤退を促すつもりで離れたとしても、
リリスはグリーンに見捨てられたと思ってさらに混乱してしまうかもしれない。
では、グリーン自身が危険を顧みずになのはに特攻すれば……無理だ。
戦場に突入すればリリスの邪魔になる。
それになのははほとんど宙に浮いているから、豚の体長とリーチでは攻撃の機会を得られない。
よしんば得られたとしても、一撃与えられれば上等だ。
その一度きりで、しかもナインテールキャッツで効果をあげるには、いったい幾つの奇跡が必要になる?
子豚の竹刀さえ残っていれば、その一撃で状況をひっくり返せたというのに。
(堂々巡りだ……。一言でいい、たった一言リリスに声を掛けられればいいというのに、俺は!)
だから、グリーンには見守ることしかできない。
最愛の恋人が嬲られるのを、ただ見つめることしかできない。
グリーンにとって、これ以上の責め苦があるのだろうか。
リリスとの攻防を繰り返すことで、リリスの癖や思考を読み始めているのだ。
今のリリスになのはと同じことなどできるはずがないし、そもそもその役目はグリーンが担っていたのである。
腕と足に傷を負ったリリスが、なのはに勝てる可能性など最早なきに等しい。
が、逆転の可能性は残されている。グリーンが人間に戻れれば、という条件付きだが。
グリーンはなのはの観察などとっくに済ませているし、対処法だっていくらでも考えた。
それをリリスに伝達できないという一要素が、現在の不利に致命的なまでに直接繋がっている。
今のリリスは考えて戦うことができない、ゆえに、時間が経てば経つほど不利になるのだから。
そして今。
万全の状態で勝てないというのに、腕と足を封じられてなぜ勝てるというのか。
グリーンの判断はすでに決まっている。
一刻も早い撤退だ。
だが、その手段をリリスに伝える術がどうしても見つからない。
仮にグリーンがリリスのもとへ走れば、それに気をとられたリリスは致命的な隙を晒すことになる。
逆に、戦域からグリーンが撤退を促すつもりで離れたとしても、
リリスはグリーンに見捨てられたと思ってさらに混乱してしまうかもしれない。
では、グリーン自身が危険を顧みずになのはに特攻すれば……無理だ。
戦場に突入すればリリスの邪魔になる。
それになのははほとんど宙に浮いているから、豚の体長とリーチでは攻撃の機会を得られない。
よしんば得られたとしても、一撃与えられれば上等だ。
その一度きりで、しかもナインテールキャッツで効果をあげるには、いったい幾つの奇跡が必要になる?
子豚の竹刀さえ残っていれば、その一撃で状況をひっくり返せたというのに。
(堂々巡りだ……。一言でいい、たった一言リリスに声を掛けられればいいというのに、俺は!)
だから、グリーンには見守ることしかできない。
最愛の恋人が嬲られるのを、ただ見つめることしかできない。
グリーンにとって、これ以上の責め苦があるのだろうか。
* * *
(どうしたんだろ……あたしは……)
リリスは、自分の変化に気付いていない。
数時間前の彼女なら、痛みでさえ快楽へと変えることで戦闘行為をも楽しんでいたはずだ。
それが今はどうだ。
左腕と右足を少し刺された程度に過ぎないのに、リリスは足が竦んで動けない。
それは小さなものの積み重ねの結果がもたらし、形となり始めた変化だ。
グリーンに出会って、魅了する側のリリスが始めて魅了される側の気持ちを知り、歪ながらも確かな愛を覚えた。
タバサたちと戦闘して、グリーンがいなくなったときの怖さ、他者の喪失の恐怖を感じ取った。
そして今、なのはに強襲されて自分自身に正しい痛みが刻まれた。
それらはリリスにとって幸となるか不幸となるか、今は判別することのできない変化だ。
数時間前の彼女なら、痛みでさえ快楽へと変えることで戦闘行為をも楽しんでいたはずだ。
それが今はどうだ。
左腕と右足を少し刺された程度に過ぎないのに、リリスは足が竦んで動けない。
それは小さなものの積み重ねの結果がもたらし、形となり始めた変化だ。
グリーンに出会って、魅了する側のリリスが始めて魅了される側の気持ちを知り、歪ながらも確かな愛を覚えた。
タバサたちと戦闘して、グリーンがいなくなったときの怖さ、他者の喪失の恐怖を感じ取った。
そして今、なのはに強襲されて自分自身に正しい痛みが刻まれた。
それらはリリスにとって幸となるか不幸となるか、今は判別することのできない変化だ。
(どうしよう、どうしよう……。思い出せないよ、あたしは今までどうに戦ってたの?
さっきはどう戦ったの? グリーンは何て言ってたの? 全然思い出せないよ……)
さっきはどう戦ったの? グリーンは何て言ってたの? 全然思い出せないよ……)
視野内をキラリと光るものが掠める。
ビクリと怯えながら振り向きざまに刃で切りつけるが、
それは高町なのはではなく、鬱陶しく周りを飛び回る光球だった。
宙を漂っていた光球はリリスを馬鹿にするように刃をヒラリとかわす。
振り回しの慣性を消しきれないままのリリスの動きは一瞬だけ止まり、
その隙にまたもレーザーが身体を掠めた。
ビクリと怯えながら振り向きざまに刃で切りつけるが、
それは高町なのはではなく、鬱陶しく周りを飛び回る光球だった。
宙を漂っていた光球はリリスを馬鹿にするように刃をヒラリとかわす。
振り回しの慣性を消しきれないままのリリスの動きは一瞬だけ止まり、
その隙にまたもレーザーが身体を掠めた。
既にリリスの戦意はほとんど残っていない。
グリーンの願い通り撤退も視野に入れ始めているが、
隙がないなのはの攻撃を前に二の足を踏んでいるのだ。
グリーンの願い通り撤退も視野に入れ始めているが、
隙がないなのはの攻撃を前に二の足を踏んでいるのだ。
(どうするの、こんなときグリーンなら――!?)
このまま、打開策、逃亡策が見つからなければ自分は死ぬ。
死。
タバサとの戦いの最後にほんの一瞬だけ、しかし確実に脳裏をチラついたものだ。
今度はイメージだけではすまされないかもしれない。
あの戦いが終わる直前。その続きが今展開されているという、そんな錯覚を持たされる。
ただし結末は違う。
今度こそあの巨大な光の刃が自身に振り下ろされて、完全に消滅するのかもしれない。
剣の衝撃の余波だけで呆気なく吹き飛ばされた、あの大木たちの仲間にされて――
(そうだ!)
そこでリリスははたと気付いた。
(こうにすれば、グリーンを連れてきっとうまく逃げられる!)
それは強烈な死のイメージの一部に残されていた、生還への道標だった。
死。
タバサとの戦いの最後にほんの一瞬だけ、しかし確実に脳裏をチラついたものだ。
今度はイメージだけではすまされないかもしれない。
あの戦いが終わる直前。その続きが今展開されているという、そんな錯覚を持たされる。
ただし結末は違う。
今度こそあの巨大な光の刃が自身に振り下ろされて、完全に消滅するのかもしれない。
剣の衝撃の余波だけで呆気なく吹き飛ばされた、あの大木たちの仲間にされて――
(そうだ!)
そこでリリスははたと気付いた。
(こうにすれば、グリーンを連れてきっとうまく逃げられる!)
それは強烈な死のイメージの一部に残されていた、生還への道標だった。
* * *
グリーンと、そして敵であるなのはもまた、リリスに訪れた変化を敏感に感じ取った。
二人が怪訝を差し挟むよりも前に、その変化は行動となって表れる。
リリスが翼を刃へと変えて高速で回転し始めた。メリーターンだ。
グリーンが見守り、なのはが油断なく構える中で、リリスは攻撃を開始した。
ただし、その対象はなのはではない。
「えーいっ!!」
ガッ、という鈍い音が無数に生まれる。
リリスがメリーターンで切り裂いたのは、自分の四方八方に立っていた大木だ。
多数の木の幹がミシミシと音を立てて倒れるよりも前に。
その意図に気付いたグリーンは歓喜し、なのはは焦った。
やがて、リリスの周りの大木が乱雑に倒れて地面を何度も叩き、
様々なものが宙に放り出されて、視覚的に、そして進行的にも障害物となった。
花粉や埃を姿を隠すカーテンとして、リリスはグリーンを回収して森の出口である南へと飛び始めた。
リリスが考えた退却へのプランはこうだ。
『なのはに攻撃を当てられないなら、動かないものを攻撃すればいい』
バイキルト・ザンバーに吹き飛ばされた大木を思い出して考えた作戦だ。
古典的ではあるが、グリーンも撤退作戦の一案として考慮していた確かな手段でもある。
今のリリスがここに至れたのなら上出来だとグリーンは考える。
前方に、光が見え始めた。
森の終わりが近い、このままなのはよりも先に平原に到達できれば恐らく逃げ切れるはずだ。
二人が怪訝を差し挟むよりも前に、その変化は行動となって表れる。
リリスが翼を刃へと変えて高速で回転し始めた。メリーターンだ。
グリーンが見守り、なのはが油断なく構える中で、リリスは攻撃を開始した。
ただし、その対象はなのはではない。
「えーいっ!!」
ガッ、という鈍い音が無数に生まれる。
リリスがメリーターンで切り裂いたのは、自分の四方八方に立っていた大木だ。
多数の木の幹がミシミシと音を立てて倒れるよりも前に。
その意図に気付いたグリーンは歓喜し、なのはは焦った。
やがて、リリスの周りの大木が乱雑に倒れて地面を何度も叩き、
様々なものが宙に放り出されて、視覚的に、そして進行的にも障害物となった。
花粉や埃を姿を隠すカーテンとして、リリスはグリーンを回収して森の出口である南へと飛び始めた。
リリスが考えた退却へのプランはこうだ。
『なのはに攻撃を当てられないなら、動かないものを攻撃すればいい』
バイキルト・ザンバーに吹き飛ばされた大木を思い出して考えた作戦だ。
古典的ではあるが、グリーンも撤退作戦の一案として考慮していた確かな手段でもある。
今のリリスがここに至れたのなら上出来だとグリーンは考える。
前方に、光が見え始めた。
森の終わりが近い、このままなのはよりも先に平原に到達できれば恐らく逃げ切れるはずだ。
「やったよ、グリーン! あたしちゃんとできた!」
リリスの嬉しそうな声が響く。
なるほど、リリスの逃走の仕方はそんなに的を外れてはいない。
単純に相手から離れるには、今リリスがやっているように、
相手を始点にしてそこから真っ直ぐに外に向かって飛ぶことが一番効率がいい。
蛇行すれば相手から距離をとるのに、それだけ時間が掛かるのだから。
だが、この撤退方法だけで逃げた場合、大きなメリットと同じくらいのリスクがある。
なるほど、リリスの逃走の仕方はそんなに的を外れてはいない。
単純に相手から離れるには、今リリスがやっているように、
相手を始点にしてそこから真っ直ぐに外に向かって飛ぶことが一番効率がいい。
蛇行すれば相手から距離をとるのに、それだけ時間が掛かるのだから。
だが、この撤退方法だけで逃げた場合、大きなメリットと同じくらいのリスクがある。
――もしも、相手に長距離攻撃の手段があったなら?
――こちらの逃走距離と相手の射程距離が綱引きをして、負けたなら?
――こちらの逃走距離と相手の射程距離が綱引きをして、負けたなら?
リリスに抱えられたグリーンは、潰れるのではないかというくらいに心臓を収縮させ、
夢から覚めたように遥か後方を凝視した。
果たしてグリーンの視線が、ある二つのものと糸で繋がれたようにしっかりと結ばれる。
一つは、高町なのはが突きつけてくる、こちらを射殺さんばかりの強烈な視線。
もう一つは、なのはの手中のミニ八卦炉、その中心で眩く輝いた――
夢から覚めたように遥か後方を凝視した。
果たしてグリーンの視線が、ある二つのものと糸で繋がれたようにしっかりと結ばれる。
一つは、高町なのはが突きつけてくる、こちらを射殺さんばかりの強烈な視線。
もう一つは、なのはの手中のミニ八卦炉、その中心で眩く輝いた――
(リリス!? この軌道はまずい――――!?)
グリーンの声は、届かない。
* * *
逃がさない。
木々の破片と、不規則に舞う散り散りになった葉。
そして舞い上がった粉塵が織り成すバリケードに、なのはは何の迷いもなく飛び込んで、突き抜けた。
木々の破片と、不規則に舞う散り散りになった葉。
そして舞い上がった粉塵が織り成すバリケードに、なのはは何の迷いもなく飛び込んで、突き抜けた。
逃がしちゃいけない。エヴァちゃんはあの子にやられたんだ。
リリスを逃がしたら、あの子はきっと多くの人を殺す。
たくさんの人に悲しみを振りまいて、死んでも消えることはない傷痕を誰彼構わずに刻みつける。
そんなことは――!
リリスを逃がしたら、あの子はきっと多くの人を殺す。
たくさんの人に悲しみを振りまいて、死んでも消えることはない傷痕を誰彼構わずに刻みつける。
そんなことは――!
「させない! もうこれ以上、フェイトちゃんみたいな人を出さないためにもっ!」
――そして、自分がもうこれ以上、罪なき人を殺すことがないようにするためにも。
――そして、自分がもうこれ以上、罪なき人を殺すことがないようにするためにも。
なのはは地に足をつけて飛翔の勢いを強引に殺す。
靴が砂を咬む、鈍く乾いた音が断続的に発生し摩擦熱へと転化。
下肢に無理な負荷が掛かるが、そんなものを気にしていたらリリスに届かない。
鋼の心で痛みを打ち倒し、前方を見据える。
彼方に、一目散に逃げていくリリスの後姿。
最早、悠長にジェダの情報を搾り出そうとする余裕などない。
靴が砂を咬む、鈍く乾いた音が断続的に発生し摩擦熱へと転化。
下肢に無理な負荷が掛かるが、そんなものを気にしていたらリリスに届かない。
鋼の心で痛みを打ち倒し、前方を見据える。
彼方に、一目散に逃げていくリリスの後姿。
最早、悠長にジェダの情報を搾り出そうとする余裕などない。
(逃げられるくらいなら――今! ここでっ!)
意を決する。
大地に両足という杭を打ちつけ、なのはの身体が完全に停止。
そのまま上体を安定させ、森全体に響き渡るような宣誓を行った。
大地に両足という杭を打ちつけ、なのはの身体が完全に停止。
そのまま上体を安定させ、森全体に響き渡るような宣誓を行った。
「全力、全開ッ!」
甲高い鈴のような音と共に、なのはの足元、夕闇の森に桜色の魔法陣が浮かび上がる。
すぐさま、左手のミニ八卦炉を倒すべき敵へと向けて。
右手を左手に添えて微調整を行う。
いつもと得物は違えど、今、自分が成すべきことは何も変わらない。
相手のアウトレンジからの砲撃。
それはなのはが誰にも負けないと信じてきた、自分の力。
そして、今も変わらず信じられる絶対の力だ。
すぐさま、左手のミニ八卦炉を倒すべき敵へと向けて。
右手を左手に添えて微調整を行う。
いつもと得物は違えど、今、自分が成すべきことは何も変わらない。
相手のアウトレンジからの砲撃。
それはなのはが誰にも負けないと信じてきた、自分の力。
そして、今も変わらず信じられる絶対の力だ。
(レイジングハートがいなくても、――この距離なら!)
照準が完璧に固定され、ミニ八卦炉に火が灯る。
チャンスは一度、これを外したらリリスに追いつくことは適わない。
一撃で、確実に仕留める。
そのためには、
チャンスは一度、これを外したらリリスに追いつくことは適わない。
一撃で、確実に仕留める。
そのためには、
――撃ち抜いた敵を、間違いなく消滅させる破壊力。
――そして、この距離を完璧に埋める長射程。
――そして、この距離を完璧に埋める長射程。
この2つを同時に成し得るには『恋符』ではまだ足りない。
だから、
だから、
「『魔砲』!」
だから、なのはは選択した。
自身に残された魔力をフルに使って撃ち出せる、最大火力を。
それは『恋符』マスタースパークではない。
山をも焼き払うと云われるミニ八卦炉、その真価たる必殺の『魔砲』。
自身に残された魔力をフルに使って撃ち出せる、最大火力を。
それは『恋符』マスタースパークではない。
山をも焼き払うと云われるミニ八卦炉、その真価たる必殺の『魔砲』。
「―――― フ ァ イ ナ ル ・ スパァァァァァァァァァァクッ ! ! 」
光が生まれ、産声をあげた。
轟音の連続は、空をも埋めつくす野獣の咆哮。
白光は、ありとあらゆるものを押し流す粒子の濁流。
踏み入れば、二度と帰れぬ此岸と彼岸を分かつ河。
猛る流れは、裁きの時を待つ。
人と夢魔。二者の罪の重さを量るべく。
白光は、ありとあらゆるものを押し流す粒子の濁流。
踏み入れば、二度と帰れぬ此岸と彼岸を分かつ河。
猛る流れは、裁きの時を待つ。
人と夢魔。二者の罪の重さを量るべく。
――そして、
* * *
……その顔は、とても穏やかだったはずだ。
自身の対となるものがそばにいれば、他には何もいらなかったのだから。
結局、二人はいつまでも、どこまでも一緒にいた。
愛しあう二人は光が通る瞬間まで強く抱き合って。
そして通った後も片時も離れることなく。
永遠の愛を誓うように、彼らは白い光に祝福された。
自身の対となるものがそばにいれば、他には何もいらなかったのだから。
結局、二人はいつまでも、どこまでも一緒にいた。
愛しあう二人は光が通る瞬間まで強く抱き合って。
そして通った後も片時も離れることなく。
永遠の愛を誓うように、彼らは白い光に祝福された。