いのち の ぬくもり(前編) ◆sUD0pkyYlo
――やがて泣き疲れたのか、ひまわりはスースーと寝息を立て始めた。
ククリは彼女の上にそっと布団をかけてやる。
ククリは彼女の上にそっと布団をかけてやる。
「これから……どうしよう……」
泣き腫らした目で、ククリは改めて手元の名簿を見る。
既に日は暮れ、電灯を点けていない(というより、ククリにはその方法が分からない)部屋は暗くて仕方ない。
それでも僅かな月明かりに照らされて、いくつもの名前に線が引かれているのは分かる。
既に死んでしまった人の名前。あまりにも多くの名前。
その数だけでも彼女にはショックなのに、さらに、そこに含まれていたのが……
既に日は暮れ、電灯を点けていない(というより、ククリにはその方法が分からない)部屋は暗くて仕方ない。
それでも僅かな月明かりに照らされて、いくつもの名前に線が引かれているのは分かる。
既に死んでしまった人の名前。あまりにも多くの名前。
その数だけでも彼女にはショックなのに、さらに、そこに含まれていたのが……
26番、ゴン。
32番、ジュジュ・クー・シュナムル。
50番、野原しんのすけ。
60番、フランドール・スカーレット。
32番、ジュジュ・クー・シュナムル。
50番、野原しんのすけ。
60番、フランドール・スカーレット。
ジュジュ。
元の世界で友情を交わし、くーちゃん、と互いに呼び合った大切な友達。
また会えると思っていた。また一緒に笑い合えると思っていた。それなのに……!
あの掴み所のない不思議な少女が殺される所なんて、とてもではないが想像できない。
どんなピンチもあの独特の笑みを浮かべて乗り切ってしまいそうな、そんな印象があったのに。
元の世界で友情を交わし、くーちゃん、と互いに呼び合った大切な友達。
また会えると思っていた。また一緒に笑い合えると思っていた。それなのに……!
あの掴み所のない不思議な少女が殺される所なんて、とてもではないが想像できない。
どんなピンチもあの独特の笑みを浮かべて乗り切ってしまいそうな、そんな印象があったのに。
ゴンとフランドール。
戦いの結果を知りたいと思っていた2人、朝方に出会った2人。
正直なところ、どちらか一方の名前は呼ばれるかも、とは危惧していた。
片方が片方を殺めてしまっているかもしれない、とは薄々覚悟していた。
けれど……まさか2人とも呼ばれてしまうなんて。
仲良くなってどこかに行ったわけではなかったのか。それとも、どこかに行ってから何かがあったのか。
全く状況が分からない。
戦いの結果を知りたいと思っていた2人、朝方に出会った2人。
正直なところ、どちらか一方の名前は呼ばれるかも、とは危惧していた。
片方が片方を殺めてしまっているかもしれない、とは薄々覚悟していた。
けれど……まさか2人とも呼ばれてしまうなんて。
仲良くなってどこかに行ったわけではなかったのか。それとも、どこかに行ってから何かがあったのか。
全く状況が分からない。
そして……今、ククリのすぐ傍で眠るひまわりの兄であるらしい、しんのすけ。
彼の名が呼ばれたあの瞬間、ひまわりは火がついたように泣き出した。
オムツが汚れた時とは比較にならない激しさの、まさに号泣だった。
赤ん坊に放送の意味など分かるはずがない、とは思うのだが、しかし確かに彼女は理解したのだろう。
兄の死を、もう二度と会えないのだという事実を、理解してしまったのだろう。
理屈や言葉よりも、直感で。
ここに至るまでに何度もククリが見てきた、人並み外れたカンの良さで。
しんのすけの身に何があったかは分からない。
けれども、ククリもひまわりも共に死にそうな目にはあってきた。この半日で何度か生命の危機と直面した。
きっと彼もまた、似たような危機に遭遇してしまったのだろう。
そしておそらく、ほんの少しだけ、幸運が足りなかったのだろう。
そう分かってしまったひまわりは、泣いて、泣いて、泣き続けて……とうとう泣き疲れ、眠ってしまった。
ククリは、天井を仰ぐ。
彼の名が呼ばれたあの瞬間、ひまわりは火がついたように泣き出した。
オムツが汚れた時とは比較にならない激しさの、まさに号泣だった。
赤ん坊に放送の意味など分かるはずがない、とは思うのだが、しかし確かに彼女は理解したのだろう。
兄の死を、もう二度と会えないのだという事実を、理解してしまったのだろう。
理屈や言葉よりも、直感で。
ここに至るまでに何度もククリが見てきた、人並み外れたカンの良さで。
しんのすけの身に何があったかは分からない。
けれども、ククリもひまわりも共に死にそうな目にはあってきた。この半日で何度か生命の危機と直面した。
きっと彼もまた、似たような危機に遭遇してしまったのだろう。
そしておそらく、ほんの少しだけ、幸運が足りなかったのだろう。
そう分かってしまったひまわりは、泣いて、泣いて、泣き続けて……とうとう泣き疲れ、眠ってしまった。
ククリは、天井を仰ぐ。
「本当に……これからどうすればいいの、勇者さま……?」
本当はククリだって泣き出したい。いや、声こそ出さなかったが、さっきまでずっと涙が止まらなかったのだ。
泣きながらも、それでも放送で呼ばれた名前を最後までチェックして、その後のジェダの話も聞いて……
それから、ひまわりが泣き止むまであやしてあげて、寝付かせて。
泣きながらも、それでも放送で呼ばれた名前を最後までチェックして、その後のジェダの話も聞いて……
それから、ひまわりが泣き止むまであやしてあげて、寝付かせて。
もしもこれがククリ1人きりだったなら、きっとここまで頑張れなかっただろう。
ククリは本来、あまりそう強い子ではない。
ちょっと夢見がちなだけの、ごくごく普通の女の子だ。
でも、もしここで大事なことを聞き逃したら、ククリだけの問題ではなくなる。ひまわりも大変なことになる。
だから哀しみを堪え、全てを投げ捨てたくなるのを堪えて頑張ったのだ。
自分より弱い、守ってやらねばならない弱者がいると、人は普段以上の力を発揮できるものなのか。
彼女には珍しい決意の表情で、拳を握り締める。
ククリは本来、あまりそう強い子ではない。
ちょっと夢見がちなだけの、ごくごく普通の女の子だ。
でも、もしここで大事なことを聞き逃したら、ククリだけの問題ではなくなる。ひまわりも大変なことになる。
だから哀しみを堪え、全てを投げ捨てたくなるのを堪えて頑張ったのだ。
自分より弱い、守ってやらねばならない弱者がいると、人は普段以上の力を発揮できるものなのか。
彼女には珍しい決意の表情で、拳を握り締める。
「この子だけでも、守らなきゃ……ううん、私が守るんだ! 今度は、私が!」
ククリは女の子で魔法使い、という立場上、ニケや大人たちに守られるポジションが多かった。
でも今は自分1人しかいない。ひまわりを守れるのは、自分だけしかいない。
いずれニケたちとは頑張って合流するとして、それまでは自分がこの子を守らなきゃ!
決意を新たに立ち上がったククリは、そして次の瞬間、ハッとする。
でも今は自分1人しかいない。ひまわりを守れるのは、自分だけしかいない。
いずれニケたちとは頑張って合流するとして、それまでは自分がこの子を守らなきゃ!
決意を新たに立ち上がったククリは、そして次の瞬間、ハッとする。
――まさにそのタイミングで、窓の外、温泉旅館の敷地内に、動く人影があった。
まだまだ遠くて容姿の見分けはつかない。木々や柵、電柱などの障害物のせいで、チラチラとしか見えない。
2人はいるようだ、ということ以外は、まだほとんど分からない。
それでも、こちらに向かって来ているのは分かる。つまり、温泉旅館の玄関の方向に。
2人はいるようだ、ということ以外は、まだほとんど分からない。
それでも、こちらに向かって来ているのは分かる。つまり、温泉旅館の玄関の方向に。
ククリは思い出す。そうだ、数多くある旅館の部屋の中で、何故この部屋を選んだのか。
それはここが「外を見張りやすい位置にあったから」だ。「建物の出入り口に近い」からだ。
何者かがこの大きな旅館に近づいてきた際、いち早く発見して対応するためだ。
幸い、電灯も点けていない室内は暗く、向こうがこちらの存在に気付いた様子はない。今なら先手を取れる。
ククリはゴクリと唾を飲むと、チラリとひまわりの寝顔を見る。
それはここが「外を見張りやすい位置にあったから」だ。「建物の出入り口に近い」からだ。
何者かがこの大きな旅館に近づいてきた際、いち早く発見して対応するためだ。
幸い、電灯も点けていない室内は暗く、向こうがこちらの存在に気付いた様子はない。今なら先手を取れる。
ククリはゴクリと唾を飲むと、チラリとひまわりの寝顔を見る。
あの人影が、殺し合いに乗っていないならいい。怖くない人たちならいい。
それなら普通に挨拶してお話して協力も出来るだろう。
でも、もしも殺し合いに乗っている人だったとしたら……!
複数で行動していることは、その懸念を否定する材料としてはやや足りない。
元の世界で敵となった魔物たちの中にも、徒党を組んで人に害を成す連中もいたのだ。
あれが、そんな魔物たちのような存在だったとしたら。
それなら普通に挨拶してお話して協力も出来るだろう。
でも、もしも殺し合いに乗っている人だったとしたら……!
複数で行動していることは、その懸念を否定する材料としてはやや足りない。
元の世界で敵となった魔物たちの中にも、徒党を組んで人に害を成す連中もいたのだ。
あれが、そんな魔物たちのような存在だったとしたら。
「グルグルでやっつけちゃうか、それとも、ゴンくんみたいに……」
闇魔法グルグルで戦って、相手を倒すなり逃走させるなりするか。
それともゴンがしてくれたように、注意を自分に引きつけて逃げ、ひまわりの安全だけでも確保するか。
どちらにせよ、今ここで寝ているひまわりを連れて行くのは賢明ではない。
可愛らしい寝息を立てる赤ん坊をそのままに、ククリはそっと部屋を出た。
それともゴンがしてくれたように、注意を自分に引きつけて逃げ、ひまわりの安全だけでも確保するか。
どちらにせよ、今ここで寝ているひまわりを連れて行くのは賢明ではない。
可愛らしい寝息を立てる赤ん坊をそのままに、ククリはそっと部屋を出た。
* * *
「海鳴温泉、つまり『ウミナリ・スパ・リゾート』、ね……。リルルは『温泉』って分かる?」
「地下水が地熱で温められて、高温になって湧き出してくる場所のことね?
母星の『メカトピア』でも、火山の近くなどで稀に見られた現象だわ」
「えーっと、それはまぁ、確かにそうなんだけど。
その様子じゃ、『人間社会における意味』とか『人体への影響』については知らないみたいね」
「地下水が地熱で温められて、高温になって湧き出してくる場所のことね?
母星の『メカトピア』でも、火山の近くなどで稀に見られた現象だわ」
「えーっと、それはまぁ、確かにそうなんだけど。
その様子じゃ、『人間社会における意味』とか『人体への影響』については知らないみたいね」
大きな温泉旅館の敷地内。
建物の方に向かって歩きながら、トリエラは微苦笑を浮かべる。
別にリルルに人間社会について教育してやる義理は無いのだが、無言で歩いているのも味気ない。
彼女の方から話題を振ってくることはまず無いので、このように自然とトリエラから話しかけることになる。
本来トリエラは、『任務』の時以外は人当たりがいい性格だ。人並みの社交性はある。
建物の方に向かって歩きながら、トリエラは微苦笑を浮かべる。
別にリルルに人間社会について教育してやる義理は無いのだが、無言で歩いているのも味気ない。
彼女の方から話題を振ってくることはまず無いので、このように自然とトリエラから話しかけることになる。
本来トリエラは、『任務』の時以外は人当たりがいい性格だ。人並みの社交性はある。
「温泉って、昔から傷や病気、疲労の治療に使われてきたのよ。
それこそ、ローマ人が地中海世界を支配していた古代から使われてた、自然療法として」
「高温の水でダメージやバグが治るの? どうやって?」
「人間にある程度の自己治癒能力があるのは知ってる?」
「ええ。性能は高くないけど、最初から全ての個体に自己修復機能が備わっているのよね?」
「温泉に浸かって温まることで、その自己治癒力が増すの。ほんのちょっとだけどね。
他にも、温泉に溶けた成分が皮膚病の原因になる菌を殺したり、皮膚に刺激を与えたり……。
泉質によっては、飲むこともあるわね。消化器系の病気などに効くそうよ」
それこそ、ローマ人が地中海世界を支配していた古代から使われてた、自然療法として」
「高温の水でダメージやバグが治るの? どうやって?」
「人間にある程度の自己治癒能力があるのは知ってる?」
「ええ。性能は高くないけど、最初から全ての個体に自己修復機能が備わっているのよね?」
「温泉に浸かって温まることで、その自己治癒力が増すの。ほんのちょっとだけどね。
他にも、温泉に溶けた成分が皮膚病の原因になる菌を殺したり、皮膚に刺激を与えたり……。
泉質によっては、飲むこともあるわね。消化器系の病気などに効くそうよ」
トリエラの得意分野は古典と歴史で、だからこういった理系的なことはあまり詳しくはない。
今の話の大半が義体棟で同室の親友・クラエスからの受け売りだ。あとは常識の範疇の知識。
リルルに伝わりやすい言葉を選んで喋ったつもりだが、どれくらい理解してくれたのかは少し怪しい。
今の話の大半が義体棟で同室の親友・クラエスからの受け売りだ。あとは常識の範疇の知識。
リルルに伝わりやすい言葉を選んで喋ったつもりだが、どれくらい理解してくれたのかは少し怪しい。
「武器を探してから休憩、とも思ってたけど、温泉を優先した方がいいかもね。
傷口の消毒にもなるだろうし、正直な話、ここまでの連戦で疲れてないわけじゃないのよ、私も」
「その温泉の効果、私の身体にも働くかしら?」
「どうかな……あなたの母国で知られていなかったなら、あんまり効き目は期待できないかもね。
ま、傷が直らなくても、リルルもけっこう汚れちゃってるし、身体を洗うくらいしておくべきかな。
防水は大丈夫なのよね? なら、その左手の破損箇所だけ気をつければ」
傷口の消毒にもなるだろうし、正直な話、ここまでの連戦で疲れてないわけじゃないのよ、私も」
「その温泉の効果、私の身体にも働くかしら?」
「どうかな……あなたの母国で知られていなかったなら、あんまり効き目は期待できないかもね。
ま、傷が直らなくても、リルルもけっこう汚れちゃってるし、身体を洗うくらいしておくべきかな。
防水は大丈夫なのよね? なら、その左手の破損箇所だけ気をつければ」
森の中を駆け回り、何度も戦ってきた彼女たちは、それなりに疲れて汚れている。
身体を清め温かな温泉に浸かったら、さぞ気持ちの良いことだろう。
想像して顔を綻ばせかけたトリエラは、次の瞬間。
身体を清め温かな温泉に浸かったら、さぞ気持ちの良いことだろう。
想像して顔を綻ばせかけたトリエラは、次の瞬間。
「――!?」
「? どうかしたの?」
「静かにッ!!」
「? どうかしたの?」
「静かにッ!!」
一瞬にして表情が切り替わる。鋭敏な感覚で捉えたのは、小さな足音。人の気配。
不思議そうに首を傾げるリルルを片手で制し、気配を探る。
……温泉旅館の中だ。建物の中に誰かいる。こちらに向かってくる。
足音を忍ばせ、身を隠しているつもりなのだろうが……その動きはどう見ても素人だ。
手にした棒や揺れるお下げが物陰からはみ出ている。服らしきものが地面と擦れる音が微かに聞こえる。
不思議そうに首を傾げるリルルを片手で制し、気配を探る。
……温泉旅館の中だ。建物の中に誰かいる。こちらに向かってくる。
足音を忍ばせ、身を隠しているつもりなのだろうが……その動きはどう見ても素人だ。
手にした棒や揺れるお下げが物陰からはみ出ている。服らしきものが地面と擦れる音が微かに聞こえる。
「……誰かがいるわ。戦いに備えて」
「殺し合いに乗っているの?」
「分からない。私が先行して接触する。リルルはちょっと下がって周囲を警戒して」
「殺し合いに乗っているの?」
「分からない。私が先行して接触する。リルルはちょっと下がって周囲を警戒して」
この相手、気配を殺すことに関しては素人だが、だからといって脅威でないとは限らない。
正規の訓練を受けてないのは確かだろうが、この島には魔法使いのような常識外の存在もいるのだ。
相手が身を隠している「つもり」なら、その意図を考えなければならない。
単に怯えているのか、それともこちらの不意を討とうとしているのか、慎重に見極めなければならない。
こちらの存在に気付き、なお隠れながら接近してくる以上、敵である可能性が高いのだろうが……。
正規の訓練を受けてないのは確かだろうが、この島には魔法使いのような常識外の存在もいるのだ。
相手が身を隠している「つもり」なら、その意図を考えなければならない。
単に怯えているのか、それともこちらの不意を討とうとしているのか、慎重に見極めなければならない。
こちらの存在に気付き、なお隠れながら接近してくる以上、敵である可能性が高いのだろうが……。
(もう、あんなミスは繰り返したくないしね……)
彼女は苦々しい自戒と共に、日没前の最後の戦闘を思い出す。
野比のび太の稚拙な嘘に踊らされ、シャナと無益な戦いを演じてしまったあの一戦。
もう少しで無実のシャナを殺し、「殺し合いに積極的な」のび太を助けてしまうところだった。
あんな失態は、何度も繰り返すわけにはいかない。
過去に殺めた2人の素性や事情を知らないトリエラは、しかしだからこそ「同じミスを繰り返さないこと」を誓う。
野比のび太の稚拙な嘘に踊らされ、シャナと無益な戦いを演じてしまったあの一戦。
もう少しで無実のシャナを殺し、「殺し合いに積極的な」のび太を助けてしまうところだった。
あんな失態は、何度も繰り返すわけにはいかない。
過去に殺めた2人の素性や事情を知らないトリエラは、しかしだからこそ「同じミスを繰り返さないこと」を誓う。
相手に戦う意思が無いなら、トマの時のように情報交換をすることも出来るだろう。
相手が戦うつもりなら、倒してしまえば『3人目』だ。武器弾薬を探しに行く手間も省ける。
見極めが肝心だ。相手の出方によって、取るべき行動も得られるものも全く変わってくる。
相手が戦うつもりなら、倒してしまえば『3人目』だ。武器弾薬を探しに行く手間も省ける。
見極めが肝心だ。相手の出方によって、取るべき行動も得られるものも全く変わってくる。
トリエラは同行者をその場に残し、1人で旅館の建物に近づく。
リルルにはその辺りの複雑な判断は無理だ。頭が悪いわけではないが、あまりに常識が欠け過ぎている。
第三者の乱入、敵による挟撃などに対する一応の備えとして、周囲の警戒だけ軽く頼んで先行する。
いつでも拳銃やナイフを抜くことのできる構えで、彼女はそのまま歩を進めて、
リルルにはその辺りの複雑な判断は無理だ。頭が悪いわけではないが、あまりに常識が欠け過ぎている。
第三者の乱入、敵による挟撃などに対する一応の備えとして、周囲の警戒だけ軽く頼んで先行する。
いつでも拳銃やナイフを抜くことのできる構えで、彼女はそのまま歩を進めて、
「――出てきなさい。そこに居るのは分かってる」
「ッ!!」
「10秒待つわ。その間に出てこなかったら、容赦なく撃つ。出てきてくれたら、攻撃はしない」
「ッ!!」
「10秒待つわ。その間に出てこなかったら、容赦なく撃つ。出てきてくれたら、攻撃はしない」
大きな旅館の玄関前。
柱の影、息を飲んだ気配に対し、トリエラは冷たく言い放った。
できれば相手の真意を確認したいから、奇襲は仕掛けない。弁明の機会は与えてやる。
その代わり、主導権は決して渡さない。
指示に従えないようなら、たとえ殺し合いに乗っていなかったとしても多少の怪我は覚悟して貰おう。
そのまま心の中でゆっくり数字を数え始める。
柱の影、息を飲んだ気配に対し、トリエラは冷たく言い放った。
できれば相手の真意を確認したいから、奇襲は仕掛けない。弁明の機会は与えてやる。
その代わり、主導権は決して渡さない。
指示に従えないようなら、たとえ殺し合いに乗っていなかったとしても多少の怪我は覚悟して貰おう。
そのまま心の中でゆっくり数字を数え始める。
10……9……8……まだ出てこない。
7……6……5……トリエラは拳銃を静かに抜き、安全装置を解除する。
4……3……2……交渉決裂か。トリエラは一気に飛び出して敵を仕留めるべく、身体のバネを溜めて、
7……6……5……トリエラは拳銃を静かに抜き、安全装置を解除する。
4……3……2……交渉決裂か。トリエラは一気に飛び出して敵を仕留めるべく、身体のバネを溜めて、
1……ゼロ、と心の中で呟こうとした、まさにその瞬間。
今にも泣き出しそうな表情をした少女が、ゆっくりとトリエラの前に姿を現した。
今にも泣き出しそうな表情をした少女が、ゆっくりとトリエラの前に姿を現した。
* * *
また、「怖いひと」だ――
1人で旅館に近づいてきた「お姉さん」の厳しい声に、ククリは逃げ出そうかとも思った。
叱り付けるような、怒っているような冷たい口調。怖くて仕方がない。
1人で旅館に近づいてきた「お姉さん」の厳しい声に、ククリは逃げ出そうかとも思った。
叱り付けるような、怒っているような冷たい口調。怖くて仕方がない。
それでもしばらく悩んだ末、ククリは姿を見せることにした。
ここで逃げたら、また森の時と同じことになってしまう。ここで逃げたら、ひまわりにも危険が及んでしまう。
それに彼女は「出てきたら攻撃はしない」と言っていた。
ということは、話が通じる相手なのかも……そう考えて、勇気を振り絞ったのだが。
ここで逃げたら、また森の時と同じことになってしまう。ここで逃げたら、ひまわりにも危険が及んでしまう。
それに彼女は「出てきたら攻撃はしない」と言っていた。
ということは、話が通じる相手なのかも……そう考えて、勇気を振り絞ったのだが。
「あ、あの……」
「そのまま、武器を捨てて両手を挙げて。変な動きはしないように」
「そのまま、武器を捨てて両手を挙げて。変な動きはしないように」
ズボン姿の男装の「お姉さん」は、厳しい態度を崩さない。
何やら金属の筒をククリに向けたまま、杖を手放すよう要求する。
拳銃など見たこともないククリだが、それが武器らしいことは彼女の態度から簡単に想像がつく。
トマの魔雷砲のようなマジックアイテムだろうか? 何にせよ、脅威であることは確かだろう。
何やら金属の筒をククリに向けたまま、杖を手放すよう要求する。
拳銃など見たこともないククリだが、それが武器らしいことは彼女の態度から簡単に想像がつく。
トマの魔雷砲のようなマジックアイテムだろうか? 何にせよ、脅威であることは確かだろう。
武器を向けたまま、ククリには命綱である杖を手放せだなんて……。
向こうも怯えているのだろうか? それとも、手放した途端に攻撃されてしまうのだろうか?
ファンタジー世界の住人であるククリは、「警察官が容疑者を確保する際の定番の言動」を全く知らない。
だから、相手の意図が読めない。言葉どおりの意味しか分からない。
この薄暗さでは「お姉さん」の褐色の肌は闇に沈んでしまう。表情もよく見えない、窺えない。
判断材料の不足が、ククリの不安をさらに煽る。
向こうも怯えているのだろうか? それとも、手放した途端に攻撃されてしまうのだろうか?
ファンタジー世界の住人であるククリは、「警察官が容疑者を確保する際の定番の言動」を全く知らない。
だから、相手の意図が読めない。言葉どおりの意味しか分からない。
この薄暗さでは「お姉さん」の褐色の肌は闇に沈んでしまう。表情もよく見えない、窺えない。
判断材料の不足が、ククリの不安をさらに煽る。
「聞こえなかったの? その手にしている棒を捨てて。さもないと……」
「で、でも……」
「で、でも……」
「――あら」
銃口を向けたまま1歩踏み出す「お姉さん」、杖を抱いたまま1歩下がるククリ。
そんな2人の緊張に、少し間の抜けた声が水を差した。
第2の人物の登場。そういえば旅館の窓から確認した人影は2人分あったっけ。
そう思い出したククリは、「お姉さん」の後ろからやってきた人物の姿を認めて、絶句する。
そんな2人の緊張に、少し間の抜けた声が水を差した。
第2の人物の登場。そういえば旅館の窓から確認した人影は2人分あったっけ。
そう思い出したククリは、「お姉さん」の後ろからやってきた人物の姿を認めて、絶句する。
「……何よリルル。後ろで見張っててって言ったじゃない。今あなたが出てくるとややこしいことに……」
「その子、知っているわ」
「その子、知っているわ」
間違いない。
あの時と違って服を着ているが、その桃色の髪といい顔つきといい、間違いない。
いきなり電撃を浴びせ、ククリを攫ったあのロボットの少女だ。
よくよく見れば、彼女の服には洗っても落ちきらぬ黒いシミがついている。あの色は、もしかして……!?
そう思ってみれば、武器を向けている男装の少女の服にも、返り血らしき斑点があちこちに……!
気付いてしまったククリの心に、恐怖が満ちる。
やっぱりそうなんだ、この人たち殺し合いに乗ってるんだ、魔物たちのようにつるんで殺し合いに……!
あの時と違って服を着ているが、その桃色の髪といい顔つきといい、間違いない。
いきなり電撃を浴びせ、ククリを攫ったあのロボットの少女だ。
よくよく見れば、彼女の服には洗っても落ちきらぬ黒いシミがついている。あの色は、もしかして……!?
そう思ってみれば、武器を向けている男装の少女の服にも、返り血らしき斑点があちこちに……!
気付いてしまったククリの心に、恐怖が満ちる。
やっぱりそうなんだ、この人たち殺し合いに乗ってるんだ、魔物たちのようにつるんで殺し合いに……!
「何? またのび太みたいな知り合い?」
「知り合いっていうか……トリエラさんに会う前に……」
「――え~いッ!!」
「知り合いっていうか……トリエラさんに会う前に……」
「――え~いッ!!」
……無我夢中のうちに、身体が動いていた。
2人の注意が逸れ、銃口が僅かにズレたその隙に、ククリは恐怖に駆られて杖を振り回していた。
空中に描かれた魔法陣は、彼女のグルグルの中でも比較的シンプルなデザイン。
描くのも早く、簡単で信頼性の高い攻撃魔法。
慌ててトリエラは拳銃を構えなおすが、魔法の完成の方が早い。最後に魔法陣を杖の先で突いて――
2人の注意が逸れ、銃口が僅かにズレたその隙に、ククリは恐怖に駆られて杖を振り回していた。
空中に描かれた魔法陣は、彼女のグルグルの中でも比較的シンプルなデザイン。
描くのも早く、簡単で信頼性の高い攻撃魔法。
慌ててトリエラは拳銃を構えなおすが、魔法の完成の方が早い。最後に魔法陣を杖の先で突いて――
初歩的ながら「大砲」にも例えられた高威力の火炎魔法、「とかげのしっぽ」。
恐怖に駆られたククリは、手加減も何もなく、2人に向けてそれを撃ち放った。
紅蓮の炎の吐息が、トリエラとリルルを丸呑みに――
恐怖に駆られたククリは、手加減も何もなく、2人に向けてそれを撃ち放った。
紅蓮の炎の吐息が、トリエラとリルルを丸呑みに――
* * *
炎の吐息が2人を丸呑みに――は、しなかった。
「――やっぱりッ!!」
灼熱の炎の帯が夜の闇を赤く染め上げる中、トリエラもリルルも瞬時にその場所を飛びのく。
トリエラは地面を転がるように、リルルは空中にふわりと浮かび上がるように。
迂闊にも少し油断してしまったが、ククリのこの攻撃は想定の範囲内。
どんな魔法が飛び出してくるかは見当もつかなかったが、少なくともその場にボーッと立ってはいられない。
相手の火力に驚きつつも、トリエラは素早く一回転して立ち上がる。
トリエラは地面を転がるように、リルルは空中にふわりと浮かび上がるように。
迂闊にも少し油断してしまったが、ククリのこの攻撃は想定の範囲内。
どんな魔法が飛び出してくるかは見当もつかなかったが、少なくともその場にボーッと立ってはいられない。
相手の火力に驚きつつも、トリエラは素早く一回転して立ち上がる。
(こっちの『増援』が来たのを見て、慌てて仕掛けてきたってわけ!?
今の火炎放射、反応が遅かったら2人まとめて倒されてた。この子、見かけによらずえげつない!)
今の火炎放射、反応が遅かったら2人まとめて倒されてた。この子、見かけによらずえげつない!)
午前中、トマと出会い情報交換をした際、トリエラはいくつかトマから魔法の「基本」を聞き出していた。
魔技師のトマ曰く――
『魔法によっては、その発動に道具を必要とするんです。
ククリさんのグルグルのための杖とか、僕を襲った魔獣を呼び出した宝石とか』
『でも、あたりまえですけど、そういう魔法ってその『道具』なしには使えないんですよ』
『もっとも、世の中には特別な道具を必要としない魔法もありますけどね』
銃が無ければ弾は撃てない。当たり前の道理だ。
ならば、杖で魔法陣を描く魔法使いは――
魔技師のトマ曰く――
『魔法によっては、その発動に道具を必要とするんです。
ククリさんのグルグルのための杖とか、僕を襲った魔獣を呼び出した宝石とか』
『でも、あたりまえですけど、そういう魔法ってその『道具』なしには使えないんですよ』
『もっとも、世の中には特別な道具を必要としない魔法もありますけどね』
銃が無ければ弾は撃てない。当たり前の道理だ。
ならば、杖で魔法陣を描く魔法使いは――
「――ハァッ!!」
トリエラは一気に浴衣の少女との間合いを詰める。
少女は慌てて次の魔法陣を描こうと杖を持ち上げるが、遅い。
飛び込みざまに放たれた鋭い蹴りが、杖を捉える。
人間離れした、パワーとスピードの乗った蹴り。ごく普通の棒でしかない杖は、耐えられない。
杖が折れる。あっさりとへし折れながら、杖が少女の手から弾き飛ばされる。少女の表情が驚愕に歪む。
少女は慌てて次の魔法陣を描こうと杖を持ち上げるが、遅い。
飛び込みざまに放たれた鋭い蹴りが、杖を捉える。
人間離れした、パワーとスピードの乗った蹴り。ごく普通の棒でしかない杖は、耐えられない。
杖が折れる。あっさりとへし折れながら、杖が少女の手から弾き飛ばされる。少女の表情が驚愕に歪む。
銃を持つ敵と対峙したなら、その銃を叩き落としてやればいい。
杖を手にした魔法使いと対峙したなら、その杖を叩き落としてやればいい。
やっていることは普段の訓練と一緒。だからその先も訓練と一緒。
敵の「メインウェポン」を奪ったところで安心してはいけない。
予備の武器を持っているかもしれないのだ。道具なしで使える魔法もあるかもしれないのだ。
だから相手を殺すまで、油断はない。
流れるような動きで、そのまま今度は水面蹴りを放つ。少女の両足を素早く払う。
これも素人には避けようもなく、少女はぺたんと尻餅をつく。
尻餅の拍子に、適当に結ばれていた帯がほどけ、はだけた浴衣から弱々しい裸体が曝け出されて――
それでもトリエラは一切の容赦をしない。「魔法使い」相手に通常の常識は通じない。
シャナの時にはその身体能力が脅威だった。だから四肢の自由を先に奪った。だが、魔法使いが相手なら。
杖を手にした魔法使いと対峙したなら、その杖を叩き落としてやればいい。
やっていることは普段の訓練と一緒。だからその先も訓練と一緒。
敵の「メインウェポン」を奪ったところで安心してはいけない。
予備の武器を持っているかもしれないのだ。道具なしで使える魔法もあるかもしれないのだ。
だから相手を殺すまで、油断はない。
流れるような動きで、そのまま今度は水面蹴りを放つ。少女の両足を素早く払う。
これも素人には避けようもなく、少女はぺたんと尻餅をつく。
尻餅の拍子に、適当に結ばれていた帯がほどけ、はだけた浴衣から弱々しい裸体が曝け出されて――
それでもトリエラは一切の容赦をしない。「魔法使い」相手に通常の常識は通じない。
シャナの時にはその身体能力が脅威だった。だから四肢の自由を先に奪った。だが、魔法使いが相手なら。
流れるような動きで、トリエラは素早くマウントポジションを取る。
自分の全体重を使って魔法使いの少女の動きを封じる。呪文の1つも唱えさせはしない。
トリエラはこの距離では逆に使いづらい拳銃を諦め、ベンズナイフを抜き放ち、
訓練された滑らかさで、一撃で命を奪うべく、少女の細い首に、
自分の全体重を使って魔法使いの少女の動きを封じる。呪文の1つも唱えさせはしない。
トリエラはこの距離では逆に使いづらい拳銃を諦め、ベンズナイフを抜き放ち、
訓練された滑らかさで、一撃で命を奪うべく、少女の細い首に、
* * *
「冒険の終わり」を目前にして、ククリは、全てがゆっくりと、スローモーションで動いていくのを感じていた。
押し倒された地面がひんやりと冷たくて気持ち悪い。
せっかくお風呂に入ったばかりなのに、また泥で汚れてしまった。
浴衣がはだけ、夜の空気に晒された肌からも、温もりが逃げていく。
ただ1箇所、トリエラと呼ばれた褐色の肌の少女が馬乗りになった腹の上だけが暖かい。
――体温があるんだ。
今から自分を殺そうとしているこのお姉さんも、自分と同じように、生きているんだ。
場違いにも、そんなことが頭を過ぎる。
せっかくお風呂に入ったばかりなのに、また泥で汚れてしまった。
浴衣がはだけ、夜の空気に晒された肌からも、温もりが逃げていく。
ただ1箇所、トリエラと呼ばれた褐色の肌の少女が馬乗りになった腹の上だけが暖かい。
――体温があるんだ。
今から自分を殺そうとしているこのお姉さんも、自分と同じように、生きているんだ。
場違いにも、そんなことが頭を過ぎる。
いびつに歪んだ不気味なナイフが、街灯に照らされてギラリと光る。
刃が、首元に迫る。
死が、ククリに迫る。
勇気を出して侵入者を迎え撃ち、グルグルでやっつけようとしたククリの作戦は失敗した。
作戦失敗の代償は、死という究極のペナルティ。
コンマ数秒のうちに、ククリの命は刈り取られるだろう。
刃が、首元に迫る。
死が、ククリに迫る。
勇気を出して侵入者を迎え撃ち、グルグルでやっつけようとしたククリの作戦は失敗した。
作戦失敗の代償は、死という究極のペナルティ。
コンマ数秒のうちに、ククリの命は刈り取られるだろう。
不思議と、怖さは無かった。
敵への怒りも無かった。
ただ――少しだけ、悔しかった。
こんな所で誰にも知られずに死んでいくのが悔しかった。
ひまわりの安全を確実なものに出来なかったことが心配だった。
そして。
敵への怒りも無かった。
ただ――少しだけ、悔しかった。
こんな所で誰にも知られずに死んでいくのが悔しかった。
ひまわりの安全を確実なものに出来なかったことが心配だった。
そして。
(勇者さま……会いたかった……)
迫り来るナイフを前に、彼女が最後に思ったのは、ニケへの未練だった。
せめて最後に、あの無責任ながらも心温まる笑顔が見たいと思った。
涙が1滴、綺麗な瞳から零れ落ちて、そして――
せめて最後に、あの無責任ながらも心温まる笑顔が見たいと思った。
涙が1滴、綺麗な瞳から零れ落ちて、そして――
* * *
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