涼宮ハルヒの切望Ⅱ―side H―


 キョンが欠席した翌日。
 今日もあいつは欠席していた。
 ただ何かが違う。
 岡部は今日も「家の都合」って言った。
 でも詳細は教えなかったんだから。
 よく考えたら昨日はあたしも頭に血が上っていたのか、もう一つ欠席表現としての言葉を思い出した。
 もし親戚に不幸があったなら『忌引き』って言うはずよ。
 それが無かったということは答えは一つしかない。
 と言っても、まだこれは憶測の域を出てないから軽はずみなことは言えないんだけどね。
 あたしの昨日までの怒りは完全に収まってたわ。
 ううん。そんな状況じゃなくなった気がする。
 そんな疑心暗鬼のまま、一日は過ぎ去り、そして放課後。
 あたしはいつものように部室へと向かう。隣にあいつがいないことになんとなく隙間風を感じてしまっていることは自覚しているわ。
 んで否定する気もない。
 そりゃそうでしょ? 犬だって三日飼えば情が移るんだから。
 それが三日どころか一年以上、隣にいたんだし、それが当たり前だと思っていたから寂しくなって仕方がない。
 あ、言っておくけど、これがキョンじゃなくてみくるちゃんや古泉くん、有希が傍にいなくなっても同じ感情を抱くわよ!
 絶対に勘違いしないように!
 って、あたしは誰に何を言っているのかしら。
 などと考えながらあたしは部室のドアをくぐる。
「お待たせー! キョン以外のみんな! いる!?」
 キョンが居ないことでみんな気にしてたみたいだから少しでも明るい雰囲気を作らないとね。てことで、あたしは努めて明るい声を張り上げたわけだけど。
「ハルにゃん!」
 って、え!?
 まったく予想していなかった泣き叫んでいるような幼い声を耳にして、あたしは思わず素っ頓狂な表情を浮かべてしまったの。
 ちょっと待って……今の声は……
「妹ちゃん!?」
「ハルにゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
 あたしが目を丸くして呼びかけると同時にキョンの妹ちゃんが泣きながらあたしにむしゃぶりついてきた。
 いったい何がどうなって……?
 あたしの胸の中で泣きじゃくる妹ちゃんの様子にどうやらあたしの疑念は確信に変わってしまったらしい。
 自分でも分かる。
 周りの世界がどこか遠くなって、色彩が薄れていく感覚に包まれて――
 キョンに……何かあった……
 茫然自失と立ち尽くすあたしの頭の中はそのフレーズをリフレインするのみになってしまった……


「えっとね……ひっく……あのね……ひっく……おとといの日曜日にね……ひっく……」
 妹ちゃんはみくるちゃんの腕の中で、泣きじゃくりながら語り始めていた。
「家に着いたらね……ひっく……真っ暗で……ひっく……でも鍵がかかってなくて……」
「鍵がかかってなくて真っ暗、ですか?」
「う、うん……」
 古泉くんの神妙な確認に、まだ震えながら頷く妹ちゃん。
 そうね……あたしも今、まだ茫然としているし、ここはみんなに任せましょう……
「それでね……ひっく……キョンくんのお部屋に行ったらね……ひっく……誰もいなかったの……」
「妙ですね」
「でしょ……」
「で、今日まで彼から連絡もなかったということですか?」
「そうなの……うっうっうっ……」
 それっていったい……
「ハルにゃぁぁぁぁぁぁぁん!」
 ととっ! 今度はあたしにむしゃぶりついてきたし!
「SOS団って不思議を探し出すところなんでしょぉ! いきなり消えちゃったキョンくんって不思議だもん! だから、キョンくんを、キョンくんを探してよぉ! お願いだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 あたしの胸の中で泣き叫ぶ妹ちゃんの気持ちはよく分かる。
 今の話をそのまま信じるならキョンが日曜日の時間は不明だけど、その日から消息不明になっているってことだから。
 でも……なぜ……?


 しばし、あたしの胸でむせび泣いていた妹ちゃんが静かになったと思ったら――
 ん……
 そっか、泣き疲れて寝ちゃったんだ……
 優しく頭をなでてあげる。
 と、妹ちゃんは一瞬、びくっと震えて、またすすり泣く声だけが聞こえてきた。
 キョンの夢でも見てるのかしら……
 などと、あたしもどこか物哀しげになってくると、
「わたしは明日、明後日とSOS団の活動を休止する。許可を」
 うわ! 顔近いし有希! 息もかかる!
 って、そうじゃなくて今何て?
「彼を探索するため、わたしは情報統合思念体にアクセスし、この惑星のみならず銀河系規模で捜索する。そのためには二日から三日ほど必要であり明日と明後日、学校に来ることも不可能。だからSOS団活動の休止の許可を」
 銀河規模でキョンを探す!?
 ちょっと! なんたってそんな大事になるのよ!?
 思わずあたしは聞き募っていた。
 ん? 有希が宇宙人ってことなら知ってるわよ。正確には宇宙人が造り出した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、だったかしら?
 つい最近、ちょっとした……じゃないわね、かなりの大きくて衝撃的な出来事があって、その時にキョンが有希が宇宙人だって教えてくれたの。あとキョンがジョン・スミスでみくるちゃんが未来人ってこともね。しかもその言葉に嘘がないことの証言もあったし信じるしかないってもんよ。んで、その衝撃的な出来事の時に異世界人で『魔法』という名の超能力を振るう存在にも出会ったんだけどそれは別の話。
 今はもっと重要なことがあるし。
 すなわち――
 キョンを探し出す――
「昨夜、情報統合思念体から連絡があり、彼がこの惑星外へ飛ばされた可能性がある、と報告を受けた。むろん杞憂かもしれないが確かめる必要はある。そうなると銀河の広さを鑑みれば二日から三日は捜索期間として妥当」
 何ですって!?
「杞憂かもしれないと言ったはず。だから、あなたたちはこの地域を捜索してほしい」
 ええっと……何か一足飛びどころか、百足も千足も、と言うよりそれ以上ははるかに飛んでる気がする想定なんだけど……
 しかし、あたしの苦笑を浮かべた困った表情は有希の真摯な両眼に迎撃されてしまい、
 そ、そうね……宇宙規模となれば有希以外誰も何もできないでしょうけど……
「わ、分かった。有希は明日と明後日、団活を休んでいいからね」
 苦笑のまま不承不承に頷くあたし。
「感謝する」
 有希が深々と頭を下げた。
「もう一つ確認したいことがある」
 って、また顔近いし!
「あなたは仮に彼がこの惑星外に強制送還されたとしても生きていると思う?」
 そんなあたしの焦りを無視するがの如く、有希は何でもないような顔で聞いてくる。
 ……? 何、今の質問。んなの答えは決まってるじゃない。
「もちろん生きているわ。ヒラで雑用のあいつの生殺与奪の権限はあたしが持っているんだから。それがたとえ宇宙空間だろうと生きてなきゃ許さないわよ」
「それを聞いて安心した。これでわたしも希望を持って創作……もとい、捜索できるというもの」
 何で言い直したのかしら?
「単なる言語表現の間違い。深い意味はない」
 本当に?
「嘘つく意味もない。わたしという個体も彼のオリジナルが戻ってきてほしいと望んでいる。わたしだけでなく、あなたはもちろん、古泉一樹も朝比奈みくるも」
「分かった。じゃあしっかり探してきてね。あたしたちもこの辺りはくまなく探すから」
「了解した」
 あたしが了承すると同時に、有希は颯爽と部室を後にする。
 その後ろ姿を見送って、
 頼んだわ……有希……
 妹ちゃんを抱きかかえたまま、あたしは、自分では気付けなかったけど、悲壮感漂う表情で有希を見送っていたらしい。

 

 

 

涼宮ハルヒの切望Ⅲ―side H―

涼宮ハルヒの切望Ⅱ―side K―


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