【このSSは「朝比奈さんの妊娠」の続編です】

 

ハルヒが起こした大騒ぎに巻き込まれ、なぜか婚約させられてしまった俺だが……
朝比奈さんが俺の兄貴の将来の孫娘だとわかっただけで、日常生活は変わりない。
違いがあるとすると、朝ハルヒの家に迎えに行き一緒に手を繋いで登校し、昼休みにハルヒが作った弁当を一緒に食べ、団活が終わった後、一緒に俺の家に行き、ハルヒが俺と妹の家庭教師をした後、ウチで夕食を食べてから俺が家まで送っていくことになったぐらいだ。
それなのになぜかバカップルと呼ばれる。 非常に心外だ。


さて、相変わらず団活では雑用係としてハルヒにこき使われている俺は、今日も古泉と一緒に買い出しに行かされた。
「このところ、涼宮さんが上機嫌で閉鎖空間も発生せず、非常に助かります」
バイト代が減って生活が苦しいんじゃないのか。
「ご心配なく。
 それよりも、涼宮さんを送っていった時に別れ際にする濃厚なキスはもう少し控え目にされた方がよろしいのでは?」
な、なんで知っているんだよ、おまえが!
「仲がよろしいのはなによりですが、涼宮さんの家の近くにも北高生がいることをお忘れなく」
……覚えておく……


部室の前に着き、万が一ハルヒの手にかかって朝比奈さんが着替えさせられているとまずいのでノックしようとした時、
「えっ、みくるちゃんはもうキスしたことあるの!」
ハルヒ、おまえ大声出し過ぎ……だが、これは聞き捨てならないぞ。 なあ、古泉。
古泉もニヤニヤしながらうなずいた。
一体、その羨ましい野郎は誰なんだ! 許せんな!
悪いが立ち聞きさせてもらおう。
「ふわぁ……凉宮さん、そんな大声出さないで下さいよぉ」
「じゃあ、ファーストキッスの時のことを白状しなさいよ」
ハルヒ、相変わらず接続詞の使い方がおかしいぞ。
「……あたしのファーストキスは大叔父さんでした」
「オオオジサン?」

「ええ、お父さんのお父さんの弟です」
えーと……それって、俺のこと?
「フーン、随分年上の人ね」
「そうでもないんですよ、お父さんもおじいさんもすごく若い頃子供ができたから。
 とても優しい人で、あたし大好きだったんです。
 あたしが幼稚園の頃、大叔父さんの誕生日のお祝いの時に大叔父さんの唇にチュッて」
エッ! 朝比奈さんのファーストキスの相手は俺かよ!!
……しかしいったい何年後の話なんだ?
「でも、大叔母さんからすごく怒られちゃって」
「大叔母さん? ああ、その大叔父さんの奥さんね。
 そんな小さな子に大人げないわね、その大叔母さん」
たぶん、ハルヒ、おまえ自身のことだぞ……
やれやれ。
「その後はキスしたことありませんよ」
大叔父さんは安心したよ。
「へえ。
 有希は? キスの経験あるの?」
「…ない」
まあ、そうだろうな。
「あたしたちのことより、涼宮さんはどうなんですか?
 キョンくんと婚約した日がファーストキスなんですか?」
……そう……だろ?……
「……ウウン、それは二度目」
「……エッ?」
……エッ?
「あのぉ、夢の中とか……」
朝比奈さん、そのつっこみはいくら何でもまずくないですか。
「ゆ、ゆめ? ち、違うわよ……本当のキス!」
「……」
……
「みくるちゃん、あたしのファーストキスの話、聞きたい?」
……楽しげな声だな、ハルヒ……
ゴト
あっ、いかん。 つい、コンビニ袋を落としてしまった。
「どうぞ」
ノックの音と勘違いしたのか、朝比奈さんの声がした。
ドアを開け、テーブルに荷物を置いた。
「買ってきたぜ」
ハルヒは決まり悪そうな顔をし、小声で、
「キョン、聞こえた?」
「何が?」
「いや別に。
 それより遅かったわね。 買い物ぐらいさっさと帰ってきなさいよ」
「ああ、すまん」
「……珍しく素直ね」


この日、俺は初めて古泉にチェスで三連敗を喫した。


翌日は二時間目の途中から雨になった。
おかげで、体育は急遽男女ともに体育館でということになり、男子はバスケ、女子はバレーを行うことになった。
ただでさえ狭い体育館を二つに割って授業を行うので、それぞれクラス対抗で試合を行った。
これはこれで楽しいのだが、試合の合間は手持ちぶさただ。
同じチームだった谷口が、
「おい、キョン、おまえ、ミスばっかだったじゃねえか。 嫁のこと気にしていたんだろう」
「いや、そんなことは……」
ハルヒはいつかのクラスマッチの時と同様にエースアタッカーとして大活躍だ。
「おい、谷口」
「な、なんだよ。 別に涼宮のヘソを見ていたわけじゃないぞ」
自白していやがる。
「そんな話じゃねえよ。
 聞きたいことがあるんだ。
 ハルヒが中学時代に深く付き合っていた奴っているのか?」
「ウン? 『深く』って?」
「たとえば、キ、キスした相手とか……」
「いないと思うぜ。
 前にも言ったろう、長くて一週間しか続かなかったからな。
 ……
 それより、そんな昔のこと聞いてどうするつもりだ?
 心配しなくても、今の涼宮はおまえのことしか見ていないぜ、ほら」
気がつくと、ハルヒがこちらをチラッと見ていた。 俺と視線を合わせると反射的に、相手チームの方を向いてしまったが。
バン
谷口は俺の背中を叩いた。
「今だって、おまえの方を見ていたろう。 この幸せ者!」
……痛えな……


放課後、部室に行くと、古泉たち三人が既に来ていた。
「あら、涼宮さんは一緒じゃなかったんですかぁ?」
「ええ、ハルヒは進路面談で岡部につかまっていますよ。
 古泉、聞きたいことがある」
「昨日のファーストキスの件ですか?」
「ああ。 なんでわかった」
「昨日、あなたがすごい顔をしていましたからね」
「……」
「や、やっぱり聞こえていたんですかぁ」
朝比奈さんが真っ赤になった。 
朝比奈さんのファーストキスの話はぜひ後日聞かせて下さいね。
俺は、古泉に、
「高校に入ってから、ハルヒは誰かと付き合っていたのか?」
「われわれ『機関』が知る限り、そんなことは無かったはずですがねぇ」
「……そうか。
 まさかおまえが相手じゃないだろうな」
「とんでもない、それは絶対にありません」
「あのぉ、キョンくん」
「はい?」
振り返ると、朝比奈さんが心配そうな顔をして、
「今の涼宮さんはキョンくんのこと大好きですよ。
 たぶん、これからもずっと……だから……」
「……すみません、朝比奈さんにまで心配をかけて」
バーン
もう少し静かに部室のドアを開けろよ、ハルヒ。
「みんな、揃ってる? まったく岡部の奴ったら……どしたの、キョン?」
「いや別に」
「……そう」


帰りには雨があがっていた。
途中でみんなと別れ、俺とハルヒはいつものように家庭教師と夕飯のために一緒に俺の家へ向かっていた。
ハルヒと二人だけになると、一層ファーストキスのことばかり考えてしまう。
おかげでハルヒとの話もどことなく上の空になってしまった。
駅前の駐輪場まで来た時、ハルヒは口をカモノハシのようにして、
「ちょっと! もう我慢できない!」
おまえが我慢したことなんか、今までにあったか。
「キョン、昨日から変よ! 何を話していてもいい加減な返事ばかりして!
 あたしの顔見て、溜息ばっかりだし! 一体どうしたのよ!」
喧嘩腰の口調に反して、ハルヒの目がだんだんと涙目になってきた。
ま、まずい。
「あ、あたしのこと……キ、キライに「ち、違う!」」
俺のあわてた声にハルヒが視線を逸らした。
「だったら何よ……」
俺は覚悟を決め、昨日ハルヒたちの話を立ち聞きしてしまったこと、それが気になってしまっていることを正直に告白した。
ハルヒはクルッと後ろを向くと、
「バカキョン、そんなこと気にしていたの?」
「ああ、悪かった。もう気にしないことにするよ」
「……キョン、あんたのファーストキスは?
 や、やっぱり、さ、佐々木さん?」
なんで、そこで佐々木の名前が出てくるんだ?
それに「やっぱり」というのはなんだよ。
まったくどいつもコイツも。
「俺のファーストキスはお前だよ」
二重の意味でな。
後ろを向いているから、この時ハルヒがどんな顔をしたかわからない。
「フーン、そう、
 じゃあ、自転車に乗りなさい。
 罰として、あたしがファーストキスした場所に連れていくから」
何とも脈絡の無い言い草だが、ハルヒと一緒にいると珍しいことではない。
まあ、そもそもは立ち聞きした俺が悪いのだから、仕方ない。
俺が自転車に乗ると、ハルヒも荷台に座った。
いつもと違い、俺の背中にしがみついてくることはない。
「どこへ行くんだ?」
「右!」
ハルヒはその後も「右!」とか「左!」とか「直進!」とか言うだけで、それ以外の言葉を発しない。
何も話してくれないのは正直こたえる。
なんとも気になって後ろを振り返ろうとすると、
「危ないでしょ、ちゃんと前を向いていなさいよ!」
と怒鳴りつけられた。
ハルヒが他の男とキスした場所なんか、行きたくもないのだが……ハルヒの奴、どういうつもりだ……
俺はそんなことを考えながら自転車を漕いでいた。
キーッ
いきなり後ろから手が伸びて自転車のブレーキが握られた。俺はバランスを失って足をついた。
「ハ、ハルヒ、危ないだろう!」
「バカキョン! 危ないのはどっちよ!」
ギューン
自転車の前をかすめてトラックが通り過ぎて行った。
俺は赤信号を無視して交差点を直進しようとしていたようだ。
「すまん、ハルヒ、助かったぜ」
「キョン! あんたと同じ墓に入るのはいいけど、八百年早いわよ!」
おまえは八百比丘尼か。いつ人魚の肉を食ったんだ。
「直進!」
俺もさすがにそれからは安全運転に集中した。


アレ?
ハルヒの言うままに自転車を走らされていくと見覚えのある建物が見えてきた。
あの建物は確か、病院だよな。
中河がアメフトの試合で運ばれたのを長門と見舞いに来て以来だ。
「あそこよ」
「……」
なんで、病院でキスなんかしたんだよ。
自転車置き場に自転車を止めると、ハルヒは、久しぶりに俺の手首をつかみ病院の中に引っ張って行った。
「お、おい、いいのかよ」
ハルヒは俺の言葉を無視し、カモノハシのような口をしたまま、俺をエレベーターに連れ込み屋上に上がった。
「何とか、間に合ったわね」
病院の屋上から夕陽が沈んでいくのがよく見えた。きれいな夕焼けだ。明日はいい天気のようだ。
待て待て、観天望気などやっている場合では無かった。
こんなシチュエーションで、ハルヒは誰かとファーストキスをしたのかよ……クッソー……
ハルヒは、夕陽の方を向き俺に背を向けたまま、
「キョン、あんた、去年の十二月にここで意識を失っていたの覚えている?」
バカか、おまえは。 覚えているわけないだろう、俺は意識を失っていたんだから。
「いいや」
俺の入院とおまえのファーストキスと何か関係があるのかよ。
まさか、俺に付き添っていた時に誰か他の奴とキスしたのか!
ハルヒは、夕陽を見つめたまま、
「あんたの病室から夕陽が見えたのよ。あの日もきれいな夕焼けだった。
 でも、赤い夕陽が血の色のように思えて……
 病室にはキョンとあたしだけだった。
 あたし、キョン、あんたがこのまま目を覚まさないんじゃないかって、すごく心配になって……
 あんたの顔を見ていると、ポロポロ涙が出てきてしまったわ。
 その時なぜか頭に浮かんだのが『白雪姫』と『sleeping beauty』だったのよ」
「『白雪姫』と『sleeping beauty』?」
ハルヒが振り返った。
「まさか知らないの? グリム童話よ」
「いや、知ってはいるが」
俺が驚いたのは別の理由だ。
おや、夕陽の逆光ではっきりとはわからないがハルヒが百ワットの笑顔をみせているようだ。
「あたし、キョンの目を覚まさせるために、眠り続けているキョンにキスしたの」
「な、なんだと……」
あまりの驚きに言葉にならない。そもそも男女が逆だろうが。
「そのおかげで、次の日には、あんた、目が覚めたのだから、感謝しなさいよ」
そう言うと、ハルヒは俺の胸に飛び込んできて、俺にキスをした。
「キョン、あたしのファーストキスはキョンと……安心した?」
「な、何が安心だよ……」
「だって、ヤキモチ焼いていたんでしょ」
「……」
「嬉しかったわよ」
「バカ」
俺はハルヒを抱き締めると再びキスをした。


「ねえ、キョン」
「なんだよ」
病院から家に帰る時には、もうすっかり暗くなっていた。
荷台のハルヒはぴったりと俺の背中に抱きついていた、いつものように。
「病院へ行く時はね、キョンのファーストキスがあたしだったのと、キョンがヤキモチを焼いていたのが嬉しくて、ずっと笑いをこらえるのに必死だったのよ」
まったく、コイツは……
「それから、あたしはあんたの命の恩人なんだから、一生大事にしなさいよ!」
「……ああ、わかっているさ」
やれやれ。

 【「機関の推測」へ続きます】


|