立場(対立)の続きです。

☆・理・となっているのはわざとです。文字化けではありません。

 

俺は比喩的な意味ではなく、頭を抱えていた。何でかって?
もしもキミが密室で、クラスメートとうり二つの人間にこんな押し問答されてたらどう思うだろうか…

 

「私がいじれるのがこの正方行列で、長門さんが制限しているのがこの対角行列ね… 閉鎖空間が定義域外以外の元の空間をだいたい再現してる所から見て分かるように、この対角行列以外の成分はほとんどゼロ… この二つの行列の積が全体として一つの変換関数で、今の状態でも写像は作れないわけじゃないけど…物理的次元と距離空間が保存されないから、これだと物理的空間にならないの。でも、長門さんも全部は分からないから…私はここを…こうして…で、こうするとこの対角行列の影響を近似的に排除することができて…でも完全相殺はできないから、完全な閉鎖空間にはならないの。それで…」

 

異世界人・ハルヒ…今は涼宮と呼ぶべきだろうが…のヤツがこんな事を言いつつ、カッコに囲まれた数字の羅列を書き出している。

位相幾何学における変換行列とやらと言うらしいが、少なくとも俺にはさっぱり理解できない。
集合における距離が定義できたところで、何が可能なのか俺には全く理解できないし、たしか位相って波の性質じゃなかったのか…?

 

「それはフェーズの位相よ。今私が言ってるのはトポロジーの位相!!でも、そうね。物質波のほうも質量に関係する部分が変換されて、その結果「神人」の質量が…」

 

もうどうにでもなれ。

 

俺はひとまず理解という作業を放棄し、畳に寝転がった。

ここがどこだって?前回の展開を見れば、当たり前に俺の家と考えるだろう。もちろんそんなことはない。

え?何故ハルヒと俺がこんなケッタイな会話をしてるかって?まあ、少しやっかいな事が分かっちまったもんで、状況は重大を極めてはいるのだが、全く解決の糸口がつかめない。せめて問題を共有しようとして、こうせざるを得なくなったと、まあそういうことだ。

え?ああもう、面倒くさい。

 

そういうわけで、数日前、長門のマンションの前から始まるモノローグである。

 

 ……

 …‥

 …

 

 ハルヒのドッペルゲンガーが長門を攻撃するという「荒れ」な事件が起きた合宿的な何かは二日目に終了日を迎え(させ)、異世界のSOS団団長様は長門の家から無事、帰還を果たした。

 

「じゃ、行くか」

 

 俺はかたわらのハルヒを眺める。そのハルヒは少し不安そうな顔をする。

 

「……え?ジョンのところ?良いわね~」

 

 そんなわけがない。ハルヒを俺の家に持って行きたいのは山々だったのが、口止めを頼む人間は少ないほうがよく、妹の口が谷口のチャックよりもユルユルなのは兄としてようく解っているつもりである。そういうわけで却下。
 ハルヒ(オリジナル)も完全に除外。どうしてか、などと訊くヤツがいたら…今夜、そいつの枕元にドッペルゲンガーを送り込んでおこう。
死ぬほど驚くだろうな。次の日には遺書を書いてるかもしれん。それがハルヒならば、その紙が意味するのは世界終了のお知らせである。

 朝比奈さんも論外だ。このハルヒがどんなことをしでかすか分からないし、そもそも朝比奈さんの口の重さはドジっ子だけにいまいち信用できない。
 古泉にはまだしも多少の信頼感を持ってやってもいいが、あいつの所属する『機関』とやらが、制限付きでも自分で能力を操作
できる本物の神様をゲットしたら、用済みのもう一人を消してしまいそうだ。あいつはともかく、機関ならば不確定要素は消すべきだなんて平気で主張しそうだしな。
 従って、単純な消去法により一人の名前が浮かび上がる。残ったのはあの人だけだ。
 そういうわけで、どこに向かうべきかと考えたら、やっぱそこしかない。

 

「長門以外にお前を受け入れてくれそうな人だ。おそらくあの人なら何も訊かずに泊めてくれるだろ」

 不思議そうに見てくるハルヒをうながして俺はチャリンコにまたがり、荷台に異世界人…もとい威勢怪人を乗せて目的地へと走り出した。

 

 俺が自転車を止めた場所はこの世界のSOS団の人間なら誰もが見覚えのあるところだ。この人なら何とでもしてる。
 俺は楽観的に微笑みかけ、インターホンのボタンを押した。

 

「…………」「…………」

 

ドアが開いた。というか、西部劇でよく見るように、観音開きのドアが内側から勢いよく押し開かれた。

 

「やあ! こんな時間にどしたい? ハルにゃんにキョンくんっ。んーっ? ホントに二人だけなのかなっ。あれあれ、エロいなぁ!てか、ハルにゃん髪長っ!カツラ?それ引っ張れひっぱれっ」

 

と、鶴屋さんが満面の笑顔で言った。

 

その後は例の朝比奈さん(ミチル)の件とそう変わらない。偽名がミチルからナツミに変わったのと、涼宮の「らめぇ~!痛い、痛い!」とかいう音声が聞けたぐらいだな。 

こうして異世界人・涼宮ハルヒの住居問題は一件落着、俺としても当分は何も起こらないだろうと踏んでいたのだが…

問題は早速、その翌日に起きちまった。


 

次の日の古泉は真っ青だった。
放課後、俺を見た瞬間に飛びついてきて、ふざけた時ぐらいしか使わない代名詞を震え声で吐いたぐらい、真っ青だった。

 

「どういうことでしょう…ともかく、これは異常事態です」

 

古泉曰く、こうである。

古泉がいつも通り、陰謀を巡らそうと生徒会へ行ったところ、生徒会書記が、朝倉になっていた。
どういう事か、長門に聞こうと文芸部室に言ったところ、寡黙に本を読んでいたのは九曜だった。
機関に報告しようと電話をかけたところ、応対に出たのは橘京子だった。
せめて俺に話を聞いてもらおうと思って走り出したところ、鶴屋さんと親しげに話しかけている藤原が目に入った。

 

「皆がそれぞれの敵と入れ替わっているんです」

 

いや、それが本当だったら驚きだが…

 

「落ち着け古泉、勘違いってことはないか?」

 

これを信じろっていうほうがおかしい。現に俺の後ろは佐々木ではなく、ハルヒだった。

案の定、部室に行ったらいつも通り長門が本を読んでいたし、生徒会室の前へ行くと、喜緑さんがいそいそと出てきて礼をしてくれた。
三年生の教室に行くと、鶴屋さんは朝比奈さんと一緒に数学の宿題をやってるし、もう機関の確認はいいだろ。

見かけ上、SOS団員に変わりはない。何の変わりもない日常。

 

「お前はきっと疲れてるんだよ。」

古泉はとんでもなく疲れているように見えた。何がそんなにつらいのか分からんが…
閉鎖空間の発生回数も最近は減ってきてるんだろ?少し休んだらどうだ…

 

それまた次の日、部室から妙に大きな音が聞こえると思ってよく聞くと、古泉が誰かを怒鳴りつける声であった。

 

「嘘です。嘘だっ!嘘に決まっている!あなたは義務を捨てようとしてるんだ。ただ単に、僕に、別の人に厄介事を押し付けたいだけなんだ!」

 

急いで部室へ走っていくと、長門を殴り倒す寸前の古泉がいたわけで、実際、古泉はとんでもなく疲れているようだった。


 

帰り道、俺は夕日に長くのびる長門の影を必死で追いかけた。もちろん、何があったか聞くためである。

古泉に聞いても、

「いえ、なんでもありません。組み手の練習ですよ。長門さんはなかなかお強いですから、機関構成員としても見習いたいのですよ」 

などとごまかしているだけだったからな。

外は春なのに寒かった。分厚い雲が、どぎつい橙色の太陽のこちら側を通り過ぎている。

 

「恐い」

 

すぐそばで声がする。

 

「あなたに話すべき事はない」

長門がすぐ前でつぶやく。

 

「私は帰るべき」

「だめだ。まだ帰らないでくれ。頼むから!俺と一緒にいてくれ」

「何故?」

 

長門は振り向いた。気のせいか、まるで薄情な目で、反感に満ちた声だった。

 

「あなたにわかりっこない」

 「あなたには心配してほしくない」

その冷たい視線は、俺を凍らせるのに十分だった。

 

 

気がつくと、長門はいなくなっていた。
どうも悪い予感しかしなかった。

 


たとえ俺にとってはなにも起こらなくても、もしかすると、いろいろなことが起こっているかもしれない。ありえることなのだ。
そして結果として、実際に大変なことが起こってしまうのである。だが、そのときの俺には全く『理解』できなかった。
まあ、知るよしはあった。だから、知ろうとするべきだったのだ。

例の古泉の件についてとか今の自分のこととかを長門に聞き出しまくったり、生徒会に押し込んで中の隅々まで見回ったり、鶴屋さんに徹底尋問したりするべきだったのだ。

その一つもしなかった俺は、その償いとして大変なモノを奪われなければならなくなったが、それはまあ次の話だ。

 

立場(・解)へ続く…


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