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抜け殻

脱皮』の続きになります

 

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『小箱』

 

 

昨夜はエライ目にあった。まさか、長門の抜け殻が俺の足に密着してしまうなんて思いもしなかった。つまらない好奇心なんて俺には似合わないことがよーくわかった、身にしみたぜ。

というわけで月曜日の朝、若干の寝不足の目をこすりながら、俺は学校を目指していつものハイキングコースを登っている。手にしたかばんの中には例の、そう、小さくたたまれた長門の抜け殻が入った小箱が忍ばせてある。

 

今朝、家を出る直前までは、この小箱は机の引き出しに入れたままにしておくつもりだった。しかし、いつも遠慮なしに俺の部屋に入ってきて机の引き出しを開けて、はさみだのノリだのを勝手に持っていく妹のことが思い起こされたわけだ。

放課後の俺はSOS団にいるので、きっと妹のほうが先に帰宅する。そして、俺の机の引き出しを開けて見慣れない小箱に気づいた妹は、

「わぁ、キョンくん、なに、かわいい箱―」

とか言って、ふたを開けるに違いない。そしてびろーんと飛び出す長門の抜け殻にびっくりして、気を失うかもしれない。気を失わなくとも、俺と同じように抜け殻をかぶって抜けなくなってパニックに陥るかもしれない。そんなことになれば大騒ぎになる……。

いかん、危険だ。

そういうことで俺はしばらくこの小箱を肌身離さず持ち歩かなくてはならないことを悟ったのだ。

 

急な坂道も中ほどまで来た。辺りを見回すと、けだるそうに歩く北高の生徒たちの姿がいやでも眼に入る。

ひょっとするとこいつらの中には、この長門の抜け殻を欲しがるやつがいるに違いない。世の中にも物好きがいるはずだ。そうだ、ネットオークションにでも出してみるのはどうだろうか。

『美少女宇宙人の抜け殻』

写真も載せておくと、かなり競りあがっていい値段になるかも知れない…………。

いやいやそんなことはできん、勝手に売り払うなんて、まるで長門の人権を踏みにじっているような背信行為だ。命の恩人でもある長門にそんなことはできない。

それなら、JAXAとかNASAに提供するのはどうだろう? きっと、多くの科学者がこの宇宙人製のスペシャルアイテムの解析を行うはずだ。その結果によっては、地球の科学の進歩と宇宙開発に貢献できるかもしれない。

待てよ、もしかすると、より詳細な情報を求めて抜け殻の主である長門にNASAから情報を聞きつけた軍関係者が放った追っ手が迫るかもしれない。そんなことになれば、俺は長門を自転車の前かごに乗せて逃げ回らないといけなくなる……。

いかん、これもだめだ。

 

ううむ、我ながら何を馬鹿なことを妄想しているんだろうね。

気がつけば、教室に到着していた。俺はやれやれといった感じで古泉的に苦笑いをしながら、すでに窓の外を眺めているハルヒの前の席に腰を下ろした。

「おっす」

「なに朝からニヤケてんのよ。まーたろくでもない妄想にひたってたんでしょ?」

「いや、長門の抜け殻の扱いを……っと、なんでもない」

「有希がどうしたって?」

「長門は元気かなって、えっと……」

「有希ならさっき廊下であったわよ。相変わらずの無口キャラだったけど元気そうだったわ」

ハルヒは、もうバカの相手はしてられない、と言う感じでまた窓の外に顔を向けた。

「そうかい」

ふぅ、あぶない、あぶない。

「そうそう、キョン、あたし今日は用事があって帰るから、SOS団のことはよろしくね、しっかり活動しておくのよ」

しっかり活動って言ったって、朝比奈さんのお茶を頂き、古泉と勝負して、長門の合図で帰るという俺のルーチンワークが何一つ変わるわけではないんだが。

「わかったよ」

 

放課後になった。

朝の話どおり、ハルヒは、「よろしくー」とだけ言い残してあっという間に教室から出て行ってしまった。その後姿を見送った俺は、小箱の入ったかばんを持ってハルヒの言いつけ通りに部室へと向かった。それにしても、俺の学校は「抜き打ち持ち物検査」みたいな無粋なマネをするような学校でなくてよかった。それだけは感謝しておこう。

 

部室にはすでに長門が来ていた。それにしてもいつも早い。普段、教室では何をしているんだろう。

「よお、昨日は世話になったな、ありがとう」

「礼には及ばない」

長門はいつものハードカバーから顔も上げずに答えた。変に冷ややかな視線を送られるよりはマシだな。俺は、長テーブルの上にかばんを投げ出すと、いつもの定位置のパイプ椅子に座った。

そのタイミングを計っていたかのように、長門が話しかけてきた。

「足は大丈夫?」

「おう、特に何もないけど」

「そう」

会話終了。

うむ、このままではちょっと寂しかったので、俺は会話を続けようとした。

「なぁ長門、あのまま全身抜け殻に入っていたら、俺、死んでたのかな? 皮膚呼吸できなくなって……」

「人間は皮膚ではなくて肺で呼吸する。皮膚呼吸をすることはないし、死ぬこともない。また、あの体表保護皮膜は口および鼻の部分は開口しているので呼吸は可能、すなわち命に関わるようなことはない」

本から顔を上げた長門は、俺の目をじっと見つめながら答えた。

「それに通気性、通水性にも優れた素材。全身で着用しても問題はないと思われる」

「……思われる? 長門にしては弱気な発言だな」

俺は少しばかりいたずらっ気を起こして突っ込んでみた。

「いまだかつて、使用済みの体表保護皮膜に再度入ろうとした者はいなかった。人間にどのような影響が起こるかあらかじめ確認する必要性は想定もされなかった」

「そ、そうかい。俺はそんなに奇特なことをしたわけか」

「……ユニーク」

今さら長門に『ユニーク』の称号をもらうことになるとは思わなかった。まぁいいけど。

 

「じゃあ、俺が全身着たら見た目はどうなるんだ?」

「昨夜、あなたの足を観察した限りでは、外見はわたしそのものになると思われる。ただし、基本的な体型・骨格などは体表保護皮膜の内部のあなたのままなので、じっくり観察すれば、わたしでもあなたでもないことが判明するはず」

「とりあえず、遠目なら長門に見えるってことか」

「そう」

長門は少しばかり興味深そうな表情で話を続けた。

「万が一、何か緊急事態に陥った場合、その保護皮膜を身につけることでわたしになりすますことができる。活用して欲しい」

「ん、いや、待てよ」

「……?」

小さく首を傾げる長門。

「俺が抜け殻を身につけるには、まず服を脱がないといけない。で、抜け殻を全身に被るには十分以上はかかるだろう。しかもだ、そのあとまた服を着るんだが、それは俺の服だ。つまり、お前になりすますことはできないし、お前の特殊能力まで身につくわけではない。とてもじゃないが緊急事態に対処はできない」

長門は、一瞬目を大きく見開いた後、俯いてしまった。『あぁ、そうか、しまった』とでもいいたげだ。長門らしくもないな。最近はすっかり人間らしくなってしまった。いいんだか悪いんだか……。

 

しばしの沈黙の後、俺はかばんから小箱を取り出して机に上においた。薄いブルーでふたの部分が少しラメ入りみたいな感じできらきらと輝いている。たまたま俺の机の引き出しの奥に入っていたわけだが、どこで手に入れたものなのかはさっぱり記憶になかった。

この箱の中には、長門の抜け殻か小さくたたまれて入っている。机の向こう側には、その抜け殻から出て来た有機アンドロイドの長門が、少し首をかしげながらその箱をじっと見つめて座っている。

ふうむ、そういえば……。

「なぁ、長門……」

「なに?」

「ひょっとすると喜緑さんも脱皮するのか?」

長門は、この抜け殻は有害な宇宙線などから体を守るため、と言っていた。ということは、同じ有機アンドロイドの喜緑さんの抜け殻も存在するのではないか?

「当然」

やっぱり。

「わたしたち対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースにとって、この体表保護皮膜は必須なもの」

そこまで言った長門は、さらに俺の目を覗き込むようにして続けた。

「喜緑江美里の体表保護皮膜も欲しい?」

「ん、いや、あのなぁ」

「いらない?」

さらに漆黒のまなざしが俺を見つめ続ける。

別に俺は有機アンドロイドの抜け殻の収集癖はない。特に子供のころから何かを集めることにこだわったことはなかった。そう、今まではなかった。しかし、なんとなく興味はある、この抜け殻には……。

「いらない?」

再度の長門の問いかけに俺は、思わず答えた。

「ください」

俺の負け……。

「そう。了解した。数日後に用意する」

「……」

なんとなく、押し付けられた気がしないではないが、別に悪い気もしない。喜緑さんのことは良く知らないが、やはり美少女であることには違いない。長門のものと比べてみるのも科学的興味からなんだ、他意はない、ないはずだ……。

 

「どうも、遅くなりましたぁ」

おっと、マイエンジェルの降臨だ。朝比奈さんはにこやかに微笑みながら、部室に入ってきた。俺はそれとなくテーブルの上の小箱を持ち上げると、かばんに入れようとした。

ふと朝比奈さんの方に視線を向けた瞬間、小箱が俺の手から滑り落ち、テーブルの角に当たって床に落ちた。そして、ふたが開いて、びろーんと長門の抜け殻が床に飛び出して広がった。

「き、き、きゃあぁぁあぁぁあぁぁ」

部室棟じゅうに響き渡るような悲鳴を上げた朝比奈さんは、二メートルほど後ろに吹っ飛びしりもちをついて意識を失ったようだ。

「どうしよう、長門……」

 

しばらくして正気に戻った朝比奈さんに、長門の抜け殻について説明した。三人が囲むテーブルの上には、さっき箱から飛び出した長門の抜け殻が寝かされている。

「それにしても、きれいですね……」

そういいながら朝比奈さんはそっと長門の抜け殻の腕の部分に触れていた。

抜け殻もきれいだが、長門の生身の裸身もきれいだった。俺は昨日一瞬だけ見た、白く輝く長門の姿を思い出していた。

「これってSPSみたいなものですね、えっ?」

何気なくつぶやいた朝比奈さんが急に口に手を当てて驚きの表情をしている。

「き、禁則、ではないの?」

「どうしたんですか? SPSって何ですか?」

目をぱちくりさせている朝比奈さんは、

「あの、SPSってSurface Protect Shieldっていって、わたしたち未来人が使う、体を保護する特殊な保護シートなんです」

「えっと、長門の抜け殻みたいなものなんですか?」

「たぶん、材質とか違うし、こんなにきれいな形にはならないんですが、目的は同じです」

そう言って朝比奈さんは小さく腕組みをした。

「どうして禁則が解けたんでしょう?」

「たぶん、わたしの体表保護皮膜のことがわたしたち三人の間で公知の事実となってしまったため、同等の機能を持つSPSに関しても禁則が解除されたものと思われる」

長門が冷静な分析を披露してくれた。

「そうか……そうですね」

そんな二人のやり取りを見ながら、俺は冗談めかして朝比奈さんに話しかけた。

「ひょっとして、朝比奈さんの抜け殻もあるんですか?」

びくっと少し体を縮めた朝比奈さんは、

「えっと、ちょうど明日、SPSを交換する予定で……」

と、消え入りそうな声でそっと答えた。

「いま、彼は、抜け殻を集めている」

「まて、長門、何を……」

「えっ、キョンくん?」

「あなたも彼にプレゼントすれば喜ばれる」

「だから、何を言っているんだ、長門、俺は別に……」

「先ほども、喜緑江美里のものが欲しいと言っていた」

「いや、違うんですよ、朝比奈さん」

「わたしのはダメです、恥ずかしいです」

朝比奈さんは真っ赤になって首をふるふると振っている。そんな様子を物珍しげに眺めていた長門は静かに朝比奈さんに話しかけた。

「『わたしだと思って大切に扱って欲しい』といって彼に手渡した」

「おい、長門……」

「大切に持ってくれている」

「いや、あのなぁ」

「長門さん、そこまで……」

何か少し違うような気がするのだが、朝比奈さんは少し驚いた表情で長門を見つめている。やがて何か心に決めたように小さく頷いた朝比奈さんは、

「わ、わかりました、どうしてもキョンくんが欲しいっていうなら……」

えっ、朝比奈さん、今、なんと仰りました?

「絶対、広げて見ないって約束してくれるなら」

朝比奈さんはチラッと長門の方に視線を送りながらつぶやいた。

「約束ですよ」

 

 

数日後、俺の机の上に三つの小箱が並んだ。

長門の青い箱と、長門から新たに手渡された喜緑さんの抜け殻の入った薄い緑色の箱、そして、「絶対に見ないでください」と念を押されて渡された朝比奈さんの抜け殻が入っているはずのピンク色の箱だ。

長門は緊急事態に使えると言っていたが、特に何かの時に役立つとは思えない。俺は今後この箱をどうすればいいんだろう?

とりあえず一度でいいから三人分並べて広げて見てみたい、という思いと一緒に俺は三つの小箱を机の引き出しの奥にしまいこんだ。

 

 

Fin. ?

 

 

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