(これはアンリミテッドブレイドワークス の話の一つです)

 

 

 

 

「キョン!」

ガラリ、と大きな音を立ててあたしは病室のドアを開いた。

病室にはみくるちゃん、有希、古泉君、そしてベッドに寝ているキョンがいた。

「あ、涼宮さん…」

「………」

「…どうも」

三者三様のあいさつ。でも、あたしにはキョンしか見てなかった。

…良かった。生きてる。機械は定期的にピッ、ピッ、と音を発している。

「キョン!!」

キョンの肩をゆする。それに合わせて首がガクンガクン、と揺れた。

「…キョン…?」

…何だろう、この感覚。嫌な予感、みたいな。

その予感を確信にするように、よく見ればキョンは死んだように眠っていた。

…死んでない。

…でも、生きてない。

「…涼宮さん、彼は今、植物人間の状態に陥っています」

「……植物人間?」

「ええ、つまり」

そこまで言った古泉君の胸倉を掴んだ。古泉君の背は高くて、少しすがりつくような形になる。

「何でよ!?…何でキョンがこんなことになってんのよ!」

あたしは古泉君に怒りにも似た感情をぶつけていた。古泉君は悪くないのに、みっともない八つ当たりをしていた。

そのくせ、涙腺はもう緩みかけていた。

「…涼宮さん、落ち着いてください。話はそれからです」

あたしは古泉君から手を離し、近くに置いてあったイスに腰掛けた。

「…ごめん、古泉君。少し混乱してて…」

あたしはうつむきながら話す。

理由は分からないけど、今古泉君の顔を見たら一気に泣いちゃうような気がして、あたしは顔を上げられなかった。

「…まあ、無理も無い。僕もこの光景を見るまでは…いえ、見ても悪い冗談だと思い込みたかったですし…」

古泉君はいつもの声とは違う、少しトーンの落とした声でそう言った。

そして、説明を始めた。

 

 

「以前彼が『何でも屋』のバイトをしていると言いましたね?」

あたしは無言で頷いた。

今、あたし達が居るのは病院のロビー。いつ買ったのか、それとも貰ったのか判らない缶ジュースを見つめている。

「『何でも屋』とはつまり、『金さえ払えば何でもしてくれる』商売なんです」

あたしは無言で頷く。

「しかし…あくまでそれは頼む側の意見であり、頼まれる側は『金を積まれたらなんでもしなければならない』商売なんです」

あたしは無言で頷く。

「正義感の人一倍強い彼のことですから、そのことで…きっと心に多々の負担を抱えていたのでしょう」

あたしは溢れそうな涙をこらえながら、

「で、でも…キョンはい、いつも、笑っ、てた、のよ…?」

言葉にならないし文に成らない文字の羅列。

「…それは貴女が居たからです」

「え…?」

あたしは顔を上げる。

そこには、真剣な顔の古泉君がいた。

「貴女がいたから、彼は笑った。貴女を心配させたくないから、彼は笑い続けることが出来たのです。…たとえ神経が擦り切れるような生活が続いても、ね」

「で、…でも!」

あたしは怒鳴った。

もう、涙腺の堤防は決壊してる。

「そんなに…そんなに無理に働くことなんか…!何もそこまでして…理由は!」

あたしはまた古泉君に掴みかかっていた。

古泉君は何もしない。

棒のように、立ったまま掴みかかられている。

「…これはただの、何の根拠も自信もない僕の考えですが…」

そこで一息置いて、

「商売柄上抜け出せない状態にあったのではないかと。…何せ、彼は『金を積まれれば何でもする、所謂何でも屋』ですから。他言されると都合の悪いことが雇う会社側にあったのでしょう」

古泉君はとても静かにそう言った。

それから「そして」と前付けして、

 

 

「貴女のため、ですよ」

と冷たく言った。

 

 

「え…?」

 

 

「貴女は、彼にいつも無理を言います」

「その無理を叶える代償は、いつもお金でした」

「遅刻したら奢り、誤解の償いに奢り…」

「加えて、あなたは実に素晴らしい女性だ」

「当然、貴女へのプレゼント贈るならそれに見適うものでなければならない」

 

 

 

 

「ならば、お金も必要になるでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは病院の近くにあるベンチ。僕は温い缶コーヒーのプルを開けた。

「………」

何だか複雑な気分だなぁ…。

僕は今、悲しんでいるのかな?

それとも、喜んでいたりとか?

「……何故?」

まあ、やっぱり来るとは思ってましたけど…案外、遅かったですね。

「…何の話ですか?」

「さっきの話」

「…盗み聞きしてたんですか?」

「何故、涼宮ハルヒを苦しめるような話を?…嘘の理由なら前者だけで十分のはず」

僕の質問は無視ですか…。

「…まあ、そうです。確かに一つだけで十分です」

「…ならば、何故」

「…一種の試験です。彼女が強く望めば、彼は意識を取り戻す。つまり、何も起こらなければ彼女の愛はその程度だった…。そういう試験です」

「…嘘」

「何故そう言い切れるんですか?」

「それだけでは貴方があそこまで言う必要はない」

「…なるほど。よく判っていらっしゃる。…では、正直に言いましょう。嫉妬ですよ」

僕は億劫なく言った。

「古泉一樹は涼宮ハルヒに恋しているのですよ」

「………」

「自分のために泣いてくれる彼女…男性にとって実に望ましい女性です。彼女はそんな女性ですから、僕は彼に嫉妬したんですよ…恋敵としてね」

「………」

長門さんは無言に徹している。

「貴女だってそうですよね…わざわざ戦地まで行って彼のお手伝い。いやはや、健気の極みですねぇ」

「………」

「まあ、別にどうでも良いんですけどね。貴女が何をしようと僕には関係ないので」

「………」

僕はベンチから立ち上がって、

「…さて、僕はこれから涼宮さんの元に行ってきます。…落ち込んでいるところを慰めれば少しは振り向くかもしれないですからね」

「………」

歩き出す。

「…ああ、それから長門さん」

振り向いて。

 

 

 

 

「沈黙は肯定と受け取りますよ?」

 

 

 

 

 

 

ここは病院の近くのベンチから少し離れたところ。

一台、黒塗りの車が止まっていた。

中からは、

「…やあ、森さん」

僕の上司が出てきた。

「…今、大規模な閉鎖空間が発生しているわ」

森さんは僕を見ながらそう言った。…いや、睨みながらか?

「…そんなの言われなくても判りますよ。伊達に3年間超能力者やってませんからね」

僕はいつもの笑顔で答えた。

「原因も判ってるの」

森さんの見た目こそ冷静だが、その奥で激しい怒りを隠している。全く、バレバレじゃないですか。情け無い。

「…へえ、そうなんですか」

「とぼけないで」

………。

「とぼける?一体、僕が何をとぼけると?」

僕は肩をすくめた。

「貴方が涼宮ハルヒを刺激したからこんなことになっているのよ…わかってるでしょ?」

森さんは段々冷静さを欠いてきているように見えた。

「いやぁ、全く意外です」

「ふざけないで!!」

…森さん、公の場で叫ぶなんて、はしたないですよ?

「貴方がこの閉鎖空間を発生させたのよ!その重大さが判ってるの!?」

森さんは僕に掴みかかった。…最近、よく掴みかかられる。

「まあ、そこそこは。…しかし森さん。やたらと焦ってますけど、何かあったんですか?普段の貴女なら閉鎖空間を発生させただけじゃそこまで激昂しないでしょう?」

僕の言葉に、森さんは何も返さなかった。

「まあ、大体予想はつきますがね…。新川さんに何かあったんですよね?…例えば、神人に怪我を負わされたとか」

「…殺されたのよ」

「…そうですか」

僕は勿論笑ったままだ。

「まあ、彼はああ見えても結構若かったですからね…。貴女と恋人同士であったとしても何の不自然はないし、むしろ全てが自然だったでしょう」

森さんは黙っていた。

僕のシャツを握る力が強くなった。

「そりゃあ、愛する人が死んだら怒りもするでしょうね」

「………」

 

 

 

 

「ま、僕には関係ないですけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは…どこだろう。

目に付くものは何もない。

紅い丘と対象に、全てが白い。

周囲に生き物は一切合切存在せず。

俺以外が、ナッシングアットオール。

 

 

全く…ここは一体どこなんだ?

 

 

 

 

 

 

ここは彼の病室。

「………」

私は、彼を見つめている。

…エラーを感知。これは…悲しみ?

おかしい。文芸部室で彼を見るときは嬉しいのに。

「………」

メモリーを検索。

夏にSOS団で行った孤島の映像。

その中にある、私服の私を見て驚いている彼の顔。

私の、一番の気に入っている彼の顔。

「………」

もう一度、彼を蘇生することは出来る。

でも、それは情報統合思念体に許可されていない。

人間の命を勝手に増減させてはいけないから。

「………」

彼の財布の中にあるプリクラと呼ばれる二枚の写真。

一枚は、SOS団の全員で撮ったもの。

そしてもう一枚は、涼宮ハルヒと彼の二人で撮ったもの。

「………」

許可なくして彼を蘇生させたら、私は情報連結を解除される。

そして彼は、涼宮ハルヒと共に生きるだろう。

彼らの幸せを願うなら、自己を犠牲にしてでも蘇生させればいい。

「………」

私は―――。

 

 

 

 

 

 

ここはあたしの家。

「涼宮さん、元気出してくださいよぅ…」

みくるちゃんと一緒にいる。

「うん…でも…」

あたしは心に穴が開いたようだった。

何も考えられないし、考えたくない。

「もう、キョンは目を覚まさないのかな?このまま一生、起きることはないのかな?もう、一生帰ってこないのかな?って思うと…」

また泣きたくなる。ていうか泣けてきた。

悲しすぎるぐらいに悲しい。

「あたしは、もうキョンと一緒に笑うことが出来ないのよ?」

あたしは涙を溢れさせながら言った。

「あたしは、もうキョンと歩くことが出来ないのよ?」

自分が何を言っているのか判らない。

「あたしは、もうキョンと何も出来ないのよ?」

涙が口に触れる。

「あたしは、もうキョンと―――」

言葉が、出ない。

「あたしは、もう―――」

壊れた機械のように、言葉を繰り返す。

「あたしは―――」

「いい加減にして下さい!!」

 

 

「え…?」

あたしは、驚いた。

みくるちゃんがいきなり立ち上がって、あたしに向かって叫んだからだ。

立ったみくるちゃんを見上げて初めて気がついたけど、みくるちゃんも泣いていた。

「泣けばキョン君が戻ってくるんですか!?悲しめばキョン君が帰ってくるんですか!?弱音を吐くのもいい加減にして下さい!!」

みくるちゃんは泣きながらあたしを責めたてる。

「なんで…なんで…信じてあげないんですか!キョン君が戻ってくるって、何で信じられないんですか!」

「…!」

「…確かに、泣きたい気持ちも判ります。…でも、これからのことを、泣きたいような結末で予想するのはダメです…」

「…みくるちゃん…」

「…待ちましょう、涼宮さん。キョン君は、きっと帰ってきますよ…。それまで、待ちましょう…」

あたしは立ち上がって、みくるちゃんを抱きしめた。

「ごめんね…みくるちゃん。…そうね、あたし、待ってる」

「…う、ううぅ…」

「だから、泣かないで…お願い」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは…やっぱり、どこなんだろう?

相変わらず視界は良いのか、それとも悪いのか判らんが、真っ白だ。

夢かなんかか?…それにしては虚しいな。

何もいる気配がない。…俺を除いて。

しかし、気配云々の問題ではないらしい。

背中から、誰かから抱きついてきた。

「…誰だ?」

「……私」

「…『私』じゃわからん」

「……以前の貴方なら理解できた」

「…以前?なんだそりゃ」

「あなたは今、一種の記憶喪失の状態にある。それより以前では、私のことが判った。」

「記憶喪失?俺がか?」

「そう」

「まさか。俺はいたって普通だぜ?」

「…ならば、貴方の妹の名前は?」

「………」

あれ?

「通っている学校の名前は?」

「………」

おかしいな…。

「貴方は何歳?」

「………」

えーと…。

「貴方の所属している団の名前は?」

「………」

それは…。

「誰でも良いので、その団の仲間の名前は?」

「………」

ひとり、顔だけが浮かんだ。

まるで、百ワットの笑顔が。

しかし、名前が思い出せない。

「そして、貴方の名前は?」

「………」

…判らない。

「…嘘だろ?」

「嘘ではない」

「…じゃあ、俺は本当に…?」

「記憶喪失」

「………信じたくないが…そうみたいだな。諦めて信じるとしよう」

「…そう。良かった」

「記憶喪失が良いのか…?まあ、それは良いとして(?)ここは何処なんだ?」

「…ここは、貴方の精神世界」

「…精神世界?何だそれ」

「貴方の心が生み出した世界」

「この真っ白な世界が?…随分と虚しいな」

「…それは、貴方が植物人間の状態にあるから」

「俺が植物人間?…じゃあなんであんたと話が出来るんだ?植物人間ってしゃべれないよな、確か」

「体が機能しないだけで、貴方の心は生きているから。…つまり、今の貴方は貴方の精神そのもの」

「…意味判らん」

「ここは貴方の精神世界。つまり、ここに存在できるのは貴方の精神だけ…わかった?」

「…まあ、なんとなく…ってあれ?何でその世界にあんたがいるんだ?」

「それは私が情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースだから」

「…ますます意味わからん」

「…簡単に言うと、宇宙人」

「…まさか」

「信じて」

「…まあ、信じるか。記憶喪失を自覚させたくれたのはあんただし…」

「…良かった」

「…それはそうと、何でここに来たんだ?」

「…貴方を生き返らせに来た」

「俺を生き返らせる?」

「…正確には、貴方の精神を蘇生する」

「…再三で悪いが、意味がわからん」

「貴方の植物人間に陥った原因は、精神力の不足。…逆に考えれば、精神力さえ補充されれば貴方の体は意識を取り戻す」

「…精神力?」

「あなたの意識のこと」

「…つまり、現実世界の俺の意識を取り戻すってことか?」

「そう」

「…どうやって?」

「……私の生命情報を貴方に移植する」

「…どういうことだ?」

「…私の命を、貴方に与える」

「は?」

「つまり…私が死に、貴方が生き返る」

「…断わる」

「…何故?」

「…俺は…見ず知らずのヤツにそんな真似をしてもらう気はない」

「見ず知らずではない。貴方は私を忘れているだけ」

「知っているなら尚更だ」

「…しかし、このままでは、貴方が意識を取り戻すのは約40年後になる」

「俺は構わん。たとえ何百年経とうが、起きることなく死のうが、俺は構わない。…俺を知っている人たちには悪いがな」

「……本当に、そう思ってる?」

「…ああ」

「…現実世界に未練はない?」

「…ああ」

「…涼宮ハルヒ」

「………っ!」

すずみやはるひ。

スズミヤハルヒ。

涼宮ハルヒ。

思い出した。

さっきたった一人だけ覚えていた、百ワットの笑顔。

わがままで、

人の事こき使って、

素直じゃないけど…。

初めて愛した。

愛してしまった。

愛さずに入られなかった…俺の彼女。

「あ…あ…あぁ…!」

記憶から溢れてくる多すぎる思い出。

「思い出した?それでも貴方は、生き返りたくない?」

「俺は…俺は…俺は…俺は!」

俺は―――!

  

 

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