Report.10 長門有希の実験


 ある実験が行われた。
 日常接している人物がある日突然豹変したら、人間はどのような反応をするのか。
 日頃との変化が大きい方がより有意な情報が得られるため、わたしが実験台に使用された。これから、わたしの性格が一時的に改変される。

 


 Interface Mode Setup...
 Download "High tension Yukky Database"
 Extract "High tension Yukky Database" YUKKY.N
 CREATE TABLE Y.NAGATO AS SELECT * FROM YUKI.N
 INSERT Y.NAGATO SELECT * FROM YUKKY.N
 OPTIMIZE TABLE Y.NAGATO
 SELECT * FROM Y.NAGATO
 Starting "High tension Yukky" mode...



 は~い、ユッキーで~す♪
 いやー、いつものわたしと違って、今はと~っても『ユカイ』な気分です。こんな調子でハルにゃんやみくるんに話しかけたらどんな反応をしてくれるのか、めっちゃ楽しみ!!
 え? キョンくんやいっちゃんの反応はどうでも良いのかって? 実はもう話しかけてみたんですよー。でもでも、あの二人、高校生のくせに、どっちもすっごく落ち着いてるって言うか、
『おやおや、これはまた「ユカイ」な長門さんですな。新境地を開拓でっか?』
【おやおや、これはまた「ユカイ」な長門さんですね。新境地を開拓ですか?】
『……「ユカイ」なお前も結構ええ感じやと思うで、長門。』
【……「ユカイ」なお前も結構良い感じだと思うぞ、長門。】
 どんだけ適応力あんねん!! って思わず突っ込んでしまいましたよ。
 まあ、いっちゃんは何度も修羅場を掻い潜って来たんだろうし、キョンくんも一般人でありながら身の回りで異常事態が頻発する環境に晒されてるし、不思議なことに慣れっこになってるのかもねー。
 鶴屋さんには、
『あっははははは!! 有希っこ、サイッコー!! あっはははははは!!』
 爆笑されつつも、すんなりと受け入れられたみたい。この人も包容力あるなー。
 キョンくんの妹ちゃんに至っては、
『えへへー、ユカイな有希っこ、楽しー! 一緒にあそぼー!』
 この子もハイテンションだからなー。思わず日が暮れるまで一緒に遊んじゃいましたさ。
 ちなみに口調だけじゃなくて、声も普段よりかなり高くなってます。結構キャピキャピしてるかな。
 さてさて。
 そんなわけで、わたしの数少ない交友関係(泣)で、反応を見ていない人は、あと二人。本命ですね。もちろん情報統合思念体的には、本命はハルにゃんだけど、わたし的にはみくるんの反応が一番見てみたいんだよねー。
 ハルにゃんとは、まあそのいろいろあって、イロイロエロエロしちゃった関係なんだけど、みくるんとは、まだお近付きになってないんだ。
 何か、みくるん、わたしのこと、苦手そうにしてるしね。自分で言うのも何だけど、普段のわたしって、それはもう取っ付き辛いったらないよね。まったく、なんでこんな性格に設定したんだか。責任者出て来ーい! なんてね。
 それにハルにゃんの場合、元のあたしでも既に違う一面を見せてるから、もう今回の実験の趣旨は達成されてるとも言えるんだよね。
 それはもう、面白かったよー。スプーン取り落としたり、意識がお花畑に飛んでいって三途の川を渡る準備をしたり。
 だから、こんなユカイなわたしを見ても、意外と普通な反応されそう。鶴屋さんみたいな感じかな?
 よし、極(き)めた、じゃなくて決(き)めた! 今回の本命はみくるん! ユカイなハイテンションユッキーで押し切って、一気に仲良くなっちゃおう!
 ん? 江美里から入電だ。はいはーい!
『わ……情報としては伝わってましたけど、いざ実際に対話すると、すごいですね。普段とのギャップがありすぎて戸惑います。』
 ふっふー。萌えるかな? かな?
『さあ、それはわたしには分かりかねるので、コメントは差し控えさせていただきます。それより涼宮さんですが、今日は所用のため、このまま帰るみたいですよ。』
 そっかー、帰っちゃうのかー。みくるんは来るのかな?
『朝比奈さんはまだこのことを知らないので、そのまま部室に向かってますね。他の二人は涼宮さんに出会った時に、その場で伝えられたみたいですね。帰ってます。』
 じゃ、みくるんにはわたしから伝えてあげないとね。ちょうど良いや。連絡ありがとねー、えみりん。
『えと、えみりんて……と、とにかくそういうことなので。』
 えみりんの困惑した様子が目に浮かぶなー。りょーこちゃんだったらどんな反応するんだろうな。
 そんな心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなくログファイルに書き付けてると、みくるんがやって来ました。
「こんにちは……あれ? 今日は長門さんだけですか?」
「そう。涼宮ハルヒは所用で帰宅した。他の二人にもその旨は伝えられている。」
 まずはいつもの調子で。独白も普段ぽくしてみる。
「そうですか……あ、もしかして長門さん、あたしに伝えるためにわざわざ残っててくれたんですか?」
「そう。」
「わ、す、すいません、ありがとうございます!」
 今にも回れ右して帰りだしそうな朝比奈みくる。そんなにわたしと二人きりになるのが嫌なのだろうか。少し悲しい。
「よかったら。」
 わたしは彼女を呼び止める。
「わたしと一緒に帰ってほしい。」
「ふぇ!?」
「実は、あなたに相談したいことがある。」
「あ、あたしにですかぁ!?」
「だめ?」
「え!? え、えと、その……」
 そう言いながら、彼女は耳に手を当ている。未来からの指示を仰いでいるのだろう。そしてわたしは確信している。未来からの指示は、『おまえの思うように行動せよ。』
「未来からの指示?」
「否定も肯定もされませんでした……『お前に任せる』と。」
「そう。では、あなたの気持ち次第。」
「えと、あ、あたしでお役に立てるかどうか分かりませんけど、お話を聞きますね!」
「ありがとう。」
 こうしてわたしは、まんまとみくるんを拉致……違う違う。わたしの部屋へ招待した。
「お茶を淹れる。待ってて。」
 わたしはお茶を淹れて、こたつに持っていった。こたつに座って対面する二人。さて、話を切り出しますか。
「あなたに来てもらえて、嬉しい。」
「いえいえ、大したことでは。それで、相談というのは?」
「わたしは今、ある事情で、思考がとても『ユカイ』になっている。」
「『ユカイ』……ですか。」
「そう。普段のわたしからは想像もつかないほど。せっかくなので、あなたに披露して、どう思うか聞いてみたい。そして、これを機会に、あなたと仲良くなりたい。」
「えっ!?」
「あなたは、わたしと二人きりになることを極度に嫌っている。」
「あ、あたしはそんなつもりじゃ……!?」
「気にしなくていい。普段のわたしの態度では、仲良くしろと言う方が無理がある。」
 そこまで言うと、わたしは、お茶を一口飲んだ。さあ、始めましょうか。
 It's a showtime! ハイテンション・ユッキー、いっきまーっす!
「まあ、そう硬くならんとー。りらっくす、りらっくす♪」
【まあ、そう硬くなんないでー。りらっくす、りらっくす♪】
「!?」
 おおー、早速目をまん丸にして驚いてる。うんうん、予想通りの反応ありがと、みくるん♪
「要するにー、今のわたしは普段と違うわたしやから、もっと気楽に喋ってぇやーってこと。」
【要するにー、今のわたしは普段と違うわたしだから、もっと気楽に喋ってよぉーってこと。】
「ふ、ふええ!? な、長門……さん?」
「どうせやから『有希ちゃん』って呼んでぇやぁ、みくるちゃん。それともみくるんって呼んだ方が良い?」
【どうせだから『有希ちゃん』って呼んでよぉ、みくるちゃん。それともみくるんって呼んだ方が良い?】
「みくるんて……」
「ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆」
「いやぁぁぁぁぁ!! その話はせんとってぇぇぇぇぇ!!」
【いやぁぁぁぁぁ!! その話はしないでぇぇぇぇぇ!!】
 おおっと、みくるんの意外な一面が。やっぱりあれ、相当堪えてたんだね。
「まあ、そんなわけで。いつものキャラは置いといて、本音でお話しよ?」
「ううう、何か、見透かされてる気がします……」
「まあまあ、わたしもいつもと違(ちゃ)うんやし。あなたと仲良くしたいっていうんも、ほんまの気持ちなんやで?」
【まあまあ、わたしもいつもと違うんだし。あなたと仲良くしたいっていうのも、ほんとの気持ちなんだよ?】
「なが……有希ちゃん……」
 ひゃっほぅ、みくるんが『有希ちゃん』って呼んでくれたよー! なんかすっごくうれし――――!!
 それからみくるちゃんは、必死でわたしと二人きりになりたがらなかった理由を説明してくれたけど、割愛します。なんていうか、そうした方が良いような気がしたから。大事な友達のことだし、少しは胸の奥にしまっておいた方が良いこともあるよね。
 要は、お互いが相手を悪くは思っていないってことが伝われば、それで良いのだ!
 で、分かったところで、新たな関係を築けば良い。人間の縁って、そんなもんじゃないかな。わたしは人間じゃないけど。


「それで、キョンくん、何て言(ゆ)うたと思う? 『……「ユカイ」なお前も結構ええ感じやと思うで、長門。』それだけ。あんたら、どんだけ適応力あるっちゅうねん!」
【それで、キョンくん、何て言ったと思う? 『……「ユカイ」なお前も結構良い感じだと思うぞ、長門。』それだけ。あんたら、どんだけ適応力あるっていうのよ!】
「あははは、キョンくんらしいー!」
 話し始めてしばらくして。最初の緊張もどこへやら、二人はすっかり打ち解けました。みくるちゃんたら、目に涙浮かべて笑ってくれたよ。なんかもう、イジり甲斐あるなー。
「ねえねえ、有希ちゃん。今度一緒に買い物行かへん? あたしの知ってる……」
【ねえねえ、有希ちゃん。今度一緒に買い物行かない? あたしの知ってる……】
 みくるちゃんからお誘い。わーい、デートデート、って、違ーう! ハルにゃんじゃないんだから。これは健全な、女の子同士のお買い物のお誘い!
 ありがたいけど、その頃にはもう、実験は終了して、普段の無口なわたしに戻ってるんだよねえ。……あれ、なんか、そう考えたら急に寂しくなっちゃった。どうしたんだろ。
「!? ゆ、有希ちゃん!?」
「なに~?」
「な、何(なん)で泣いとぉや……?」
【な、何(なん)で泣いてるの……?】
「え? あれ?」
 ほんとだ、泣いてる。
「何(なん)でやろ、おかしいな。涙が……止まらへん。次から次へと……」
【何(なん)でだろ、おかしいな。涙が……止まらない。次から次へと……】
 わたしの目には涙があふれ、止(とど)まる気配がありません。
「何(なん)で、うっ、何(なん)で涙が、ぐすっ、止まらへんの……ひくっ」
【何(なん)で、うっ、何(なん)で涙が、ぐすっ、止まらないの……ひくっ】
 せっかくみくるちゃんと楽しくお話してたのに、これじゃまた嫌われちゃう……
 涙を止めなきゃいけないと思うほど、嫌われるんじゃないかという恐怖が沸き上がって、ますます涙が止まりません。完全に悪循環だ。
 するとみくるちゃんが、すっと立ち上がって、わたしのそばにやってきました。そしてわたしの頭を優しく抱き締めたのです。
「ほら、有希ちゃん。泣きたい時は、思いっきり泣いた方がええで。」
【ほら、有希ちゃん。泣きたい時は、思いっきり泣いた方が良いわ。】
 みくるちゃんの、おっきい胸。柔らかくてあったかい。なんでも、こないだのハルにゃんとみくるんの大乱闘で、ハルにゃんがこの大きな胸が羨ましいって言ったんだって。たしかに尋常じゃない大きさ。
 でも、この胸は単に大きい、見掛け倒しの胸じゃない。底なしの優しさに溢れてる。
「うっ、うっ、うううう……うわああああああああああああああああああああんん!!」
 わたしは、彼女の胸の中で泣いた。号泣した。
 何が悲しかったのか。何が寂しかったのか。
 それは結局、今のこのわたしの思考が、一時的なものでしかないことを知っているから。しばらくすれば、また元の無口なわたしに戻る。また、みくるちゃんが近付きたがらなかった頃のわたしに戻ってしまう。
 それが嫌だった。せっかくみくるちゃんと仲良くなれると思ったのに。いや、きっとみくるちゃんは優しいから、元のわたしに戻っても、わたしと仲良くしてくれるだろう。でも、わたしはその思いに態度で応えられない。『そう。』とか『いい。』とか、必要最小限しか言葉を発しない子に戻ってしまう。
 それがわたしらしいと言ってくれるかもしれない。でもわたしにだって、他の人並みに喋って、普通の女の子みたいに友達と遊びたいという気持ちはある。元のわたしはどうか知らないけれど、少なくとも今のわたしには、そんな気持ちがある。今のわたしはその気持ちを形にすることができる。でも元のわたしにはそんなことできない。
「戻りたない……」
【戻りたくない……】
「え?」
「戻りたない……元のわたしに戻りたない!!」
【戻りたくない……元のわたしに戻りたくない!!】
 わたしは叫んでいた。今のわたしは、あくまで実験のために用意された一時的な人格。元のわたしでさえ、作り物、仮初の命で、今のわたしはその上に宿る、さらに一時的な実験用人格。その存在は極めて脆い。
 それなのに、こんなことを願うのは罰当たりなのかな。人間じゃないわたしに罰なんか当たるのか分からないけど。
「元のわたしは、笑えもしない、泣けもしない、ただの観測者……! みんなの気持ちに何一つ応えられない!! わたしは……ただの作り物!! ただの……人間モドキ……! 人形にも人間にもなれない半端者!!」
 こんなこと、彼女に言ったところでどうしようもないのに、彼女を困らせるだけなのに、止まらない。わたし、どうしちゃったんだろう。とうとう壊れちゃったのかな……? まったく、困った子だ。やれやれ。
 それなのに、彼女は優しくわたしの頭を抱きかかえ、撫でてくれました。
「普段口に出されへん分、相当いろんな思いが溜まってたんやね……ごめんね、気ぃ付いてあげられへんで。」
【普段口に出せない分、相当いろんな思いが溜まってたのね……ごめんね、気付いてあげられなくて。】
 何でみくるちゃんが謝るの? 謝るのはわたしの方なのに。
「ううん、そんなことない。あたし達、結局いつも有希ちゃん……『長門さん』に頼ってばっかりやもんね。」
【ううん、そんなことない。あたし達、結局いつも有希ちゃん……『長門さん』に頼ってばっかりだもんね。】
 彼女は、小さな子供に言い聞かせるような、優しい声で言いました。
「あたしは、いつも無口で頼れる『長門さん』も、とっても可愛い『有希ちゃん』も、どっちも好き。」
 そして彼女はわたしの頭を胸から離すと、自分の顔の前に持って行きました。
「せやから、約束して? もう二度と、人形やとか何とか、そんな悲しいこと言わへんって。あたしも、みんなも……『長門有希』さんを大好きなんやから。」
【だから、約束して? もう二度と、人形だとか何とか、そんな悲しいこと言わないって。あたしも、みんなも……『長門有希』さんを大好きなんだから。】
 彼女の優しく真っ直ぐな瞳が、わたしの瞳を見つめます。
「……はい。」
 今のわたしの顔はきっと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。そんな顔を間近でじっと見つめられてます。ちょっと恥ずかしいな。
「……よくできました。」
 彼女は飛びっきりの優しい笑顔で言いました。本当に綺麗な、天使のような笑顔でした。
「ほら、もう泣かない。笑って笑って! 有希ちゃんの笑顔はめっちゃ可愛いんやから!」
【ほら、もう泣かない。笑って笑って! 有希ちゃんの笑顔はすっごく可愛いんだから!】
 可愛い……か。なんか、嬉しいな。
「えへへ……」
 自然と、笑いがこぼれました。ちょっと照れた笑い。
「きゃー、可愛い――――!!」
 彼女はまたわたしの頭を抱き締めました。おっきなおっぱいに埋もれて、ちょっと幸せ。ハルにゃんが揉みまくってた理由の一端が分かったかも。ずっとこうしていたいな。
 ああ、それなのにだんだん意識が遠くなってきました。もう実験終了なの? せめて一秒でも長く、この暖かさ、柔らかさ、優しさを感じていたい……

 


 Interface Mode Setup...
 COPY NAGATO_YUKI.log + YUKKY.log NAGATO_YUKI.log
 DEL YUKKY.log
 DROP TABLE Y.NAGATO, YUKKY.N
 SELECT * FROM YUKI.N
 Starting "NAGATO Yuki original" mode...



 わたしは、朝比奈みくるの胸の中で目を覚ました。二人とも眠っていた模様。早速先ほどまでの行動のログを確認する。
「…………」
 わたしは彼女の胸で泣いていたらしい。
 『人形にも人間にもなれない半端者』
 これほど今のわたしの状態を的確に表現した言葉もないかもしれない。
『わたしにだって、他の人並みに喋って、普通の女の子みたいに友達と遊びたいという気持ちはある。今のわたしはその気持ちを形にすることができる。でも元のわたしにはそんなことできない。』
 そういうことか。
 これは、実験用人格に用意された感情による言葉ではない。なぜなら、実験用人格が削除された今のわたし……『元のわたし』でも、彼女――朝比奈みくる――のことを考えると、胸が熱くなるから。
 これは『わたし』という個体が持つ、固有の『感情』。人間で言うところの……『本音』。
 また感情が暴走してしまった。彼女には迷惑を掛けてしまった。
 でも、そんなわたしを、彼女は優しく抱き締め、慰め、諭してくれた。涼宮ハルヒを支えたいと願ったわたしだが、朝比奈みくるに支えられた。
 ――人間は決して一人では生きていけない。皆支えあって生きている。
 何かの本で読んだ言葉。今ならその意味が少しは実感できるかもしれない。
 静かに眠る、わたしを支えてくれた人の顔を見る。優しい、安らかな寝顔。
「……ありがとう。」
 そう言うとわたしは、朝比奈みくるの額……ではなく、やはり唇に口付けをした。どうやら、あなたのことも好きになってしまったようだ。
 『二股』……か。やれやれ。
 結局、彼女の強さと、自分の弱さを見せつけられる結果となった。『彼』と言い彼女と言い、どうして涼宮ハルヒの周りには、こんなに優しい人達が集まっているのだろう。
 彼女の買い物のお誘いの日を思い出しながら、せめてその日くらいは、少しは口数を増やせないだろうかと考えながら、わたしも彼女と一緒に眠ることにした。
 彼女を抱き締めると、彼女も抱き締めてくれた。暖かい。そして強く優しい。
 わたしは、涼宮ハルヒとはまた違った安らぎを感じながら眠りに落ちた。

 



 後で聞いた話になる。
 実験終了後、わたしの反応が途絶えたため、現場を確認するために喜緑江美里が遣わされた。違う派閥なのに、ご苦労なこと。
「わたしは、あなたの監査役でもあるんですからね。」
 現場に踏み込んだ江美里。そこで彼女が見たものは、抱き合って眠るわたしと朝比奈みくる。
「すごい光景でしたよ。人間の言葉で言うところの『感動もの』でした。」
 生命活動その他に異状がないことを確認すると、彼女はそのままその光景を眺めていたという。
「正確に言うと、『見とれていた』のかもしれませんね。インターフェイスに過ぎない私にも分かるくらい、そう、『神々しい』光景でした。記念に一枚撮っときましたよ。」
 そう言って彼女は、一枚の紙を取り出した。
 写真。光を受けて分子構造が変化する素材を利用した、画像の記録手段。
 情報統合思念体のような情報生命体からすれば、極めて原始的な情報処理方式だが、『形あるもの』によって情報を取り扱う有機生命体にとっては、適した手段といえる。最近江美里は、この『写真を撮る』という行為がお気に入りなのだという。
 差し出された紙片に映し出された、その時の光景の記録を見る。
「…………」
「例えて言うなら、『天使と天女が仲良く眠る図』ですね。」
 そこには、安らかで穏やかな顔で抱き合って眠る、二人の少女が写っていた。そこに写っている二人のうち、片方がわたしであることに、すぐには気が付かなかった。それくらい、普段のわたしとは印象がまるで違っていた。
「長門さんの寝顔に涼宮さんが参っちゃうのも、仕方ないのかもしれませんね。」
 江美里は、楽しそうに言った。
「それにしても二股とは、あなたも恋多きヒトですねー。この写真を涼宮さんが見たら、どうなるのかなー?」
「……パーソナルネームえみりんを敵性と判定。当該対象の有機情報連結解除を申請する。」
「あーれー、お止めになってぇ~。」
 それにしてもこのインターフェイス、ノリノリである。もしかして、彼女はハイテンション・エミリーでも実行しているのだろうか。
「……後でこの光景の詳しいデータも欲しい。」
「あー、何だかお腹が空いたなー。」
「……今日は肉じゃが。カレーと具が共通。」
 今晩も、いつもより『美味しい』食事になるようだ。
「……やれやれ。」

 


【参考:Extra.4 喜緑江美里の報告Extra.5 涼宮ハルヒの戦後



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最終更新:2020年03月15日 18:46