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Report.09 涼宮ハルヒの復活


 土曜日はわたしと彼女で、衣服等を買いに行った。もちろん彼女は、行く時は北高の『女子』制服を着て行った。わたしの私服は、彼女には小さい。
「二人で、行った先で買った服に着替えよ!」
【二人で、行った先で買った服に着替えましょ!】
 という彼女の発案で、わたしも同じく制服で出掛けた。
 マンションから外に出た時、彼女は潜伏者の存在など、最初から気にしていなかった。
「有希が大丈夫って()うたんやから、間違いないやん!」
【有希が大丈夫って言ったんだから、間違いないじゃん!】
 彼女は完全に、わたしのことを信用している。素直に『嬉しい』と思った。
 西宮北口駅前のショッピングモールに向かう道すがら、彼女は終始楽しそうな表情をしていた。それは、『SOS団団長』涼宮ハルヒが、何か面白いことを考え付いた時のような、何かを企んでいる表情ではなかった。彼女は純粋に、『少女』涼宮ハルヒとしての表情をしているように見えた。
 それは、これまでの常に誰かに見張られているという緊張から開放された反動なのか。あるいはそれが、わたしのことを完全に信じて、心から安心しているからなのか。とにかく彼女は、彼女本来の、素直な表情を浮かべているのだと思えた。
 もしその表情の原因が、『長門有希がそばにいること』であったなら、わたしはとても嬉しい、と思う。
 駅前のショッピングモールで、まずは服を探す。
「せっかくやし、お礼も兼ねてあんたに似合う服探したるわ!」
【せっかくだし、お礼も兼ねてあんたに似合う服探したげる!】
 わたしには、人間の『ファッション』なるものはよく分からないが、何をやらせても器用にこなす彼女のこと。わたしに似合う『おしゃれ』な服なのだろう。
 ……今度、ファッション雑誌でも読んでみた方が良いのだろうか。
 そんなこんなで、服を買って着替え、様々なものを見て周った。
「有希の部屋に合いそうな小物とか、色々あるな~」
【有希の部屋に合いそうな小物とか、色々あるわね~】
 わたしの部屋を彼女色に染める計画が始まった、かもしれない。


 散々見て周り、時々買い周ったあと、一階のオムライスの店で少し遅めの昼食を取る。
「ん――――……今日は久々に思いっきり動き回ったわ~」
【ん――――……今日は久々に思いっきり動き回ったわね~】
 彼女はデザートのパフェを頬張りながら、心底満足した時の表情で言った。買い物中の彼女の表情は、それはそれは明るいものだった。
「……楽しかった?」
「うん! めっちゃ楽しかった!!」
【うん! すっごく楽しかった!!】
「そう。」
 子供のように無邪気な満面の笑顔で答える彼女を見ていると、わたしも釣られて笑ってしまいそうだと思ってしまう。そのような『感情』は、本来持っていないはずなのに。
「!?」
 突然、彼女の顔が驚愕の表情に変わった。そして次の瞬間には、照れたときの真っ赤な顔に変わった。
「……なに。」
「……私服のあんたの……笑顔に……ヤられた……」
 わたしは釣られて笑っていたようだ。微笑。
「ハルヒが嬉しいと、わたしも嬉しいから。釣られて笑ってしもた。」
【ハルヒが嬉しいと、わたしも嬉しいから。釣られて笑っちゃった。】
「はぅ!? ……有希の生の声……私服で……反則……」
 彼女の反応がおかしくて、わたしはついに、くすくすと笑ってしまった。また新たな笑い方を覚えた。彼女は口をぽかんと開けて、うっとりとわたしの方を見ている……見とれている。
 今のわたしの状態。これが、いわゆる『ギャップ萌え』というものだろうか。萌え……こうまで人間の精神に大きな影響を与えるものなのか。興味深い。
「どうしたの。」
 と、わたしはいつもの平坦な声で問い掛けた。
「……!? はっ!? ……はぁ、はぁ、はぁ……思わずお花畑で三途の川を渡る準備しとったわ……」
【……!? はっ!? ……はぁ、はぁ、はぁ……思わずお花畑で三途の川を渡る準備してたわ……】
「おかえり。」
「昨日今日と、あんたには驚かされっぱなしやわ……調子狂うなぁ……」
【昨日今日と、あんたには驚かされっぱなしだわ……調子狂うなぁ……】
「たまには、ええやん。」
【たまには、良いじゃない。】
 と、わたしは片目を閉じながら言った。
 彼女がスプーンを取り落とした音が響いた。彼女はスプーンを持っていた時の姿勢のまま目を見開き、口を開けたまま硬直していた。ユニーク。


 食後は、かさばる物、重そうな物を買って、帰途についた。と言っても、荷物はそんなに多くはない。女子高生二人が普通に持てる程度の量。
「結構()うたな~」
【結構買ったわね~】
「……わりと。」
 今のわたし達は、周囲からはどのように見えるのだろうか。仲の良い女子高生二人組だろうか? 実際は、仲が良すぎる関係になってしまったが。
 マンションの部屋で荷物を降ろし、二人の物を分ける。
「ほな、今日は帰るわ。」
【じゃあ、今日は帰るわ。】
 自分の荷物を持って、彼女が戸口で言った。
「今日のデート楽しかったで。」
【今日のデート楽しかったわ。】
 デート……やはり今日の買い物はそう定義されるのだろうか。
 彼女は、わたしを抱き締めると、そっと唇に口付けをした。別れを惜しむような、でもすぐにまた会えるという確信の篭った、暖かい接吻。
 わたしの中に、あるものが湧き上がる。昨日まで『エラー』と呼んでいたもの。
 『寂しい』『嬉しい』『切ない』『気持ち良い』『愛しい』『幸せ』
 たくさんの『感情』が一度に湧き上がった。
 これが……『愛情』なのだろうか。分からない。分からないが、決して嫌いじゃない。この『感情』は、嫌いじゃない……
「ほな、また月曜日、部室で!」
【じゃっ、また月曜日、部室で!】
「……ばいばい。」
 元気に手を振りながら帰る彼女を、部屋の外の廊下で見送った。
「……また、部室で。」
 それが、彼女が取り戻したかった生活なのだろう。彼女の仲間と過ごす、彼女の、『SOS団団長』涼宮ハルヒとしての生活。
 月曜日になれば、色々するべきことがある。忙しくなる。だから日曜日は、ゆっくりしよう。買ったものを飾りながら、彼女のことを考えよう……彼女とのこれからの関係も。


 そして月曜日。いつものように登校する。昼休みには部室へ。すぐに読書を開始する。これがわたしの日常。
 一日三食取るという決まりはない。三食取る日もあれば、取らない日もある。必要なエネルギーは、朝食、昼食又は夕食でまとめて摂取してしまっても構わない。単に、周囲から怪しまれないように人前では三食取っているに過ぎない。過ぎなかったが。ふと、彼女と一緒に昼食を取るとどうだろうかという考えが浮かんだ。
 例えば、わたしが弁当を用意し、部室等で一緒に食べるのも新鮮で良いかもしれない。彼女の好きな食べ物は何だろうか。嫌いな食べ物はなさそう。卵焼きに砂糖は入れる派だろうか。ちなみにわたしは入れない派。それから弁当に半熟卵は危険。痛みやすい。巨大な重箱に日の丸弁当……は、味気ない。却下。せめて『海苔段々』くらいはしないと。
 そのようなことを考えていると、部室の扉が開く音がした。彼女が入ってきた。
「お、やっぱり有希はここにおったんやね。」
【お、やっぱり有希はここにいたのね。】
 そう言いながら彼女は部室に入ってきた。そして扉を閉めるとすぐに鍵を掛けた。
「これでこの部室は密室。もう逃げられへんでぇ~」
【これでこの部室は密室。もう逃げられないわよ~】
 両手を広げ、わきわきさせながら、怪しい笑顔で彼女は言った。
「学校で……けだもの。」
「いやいやいや、さすがに学校ではせえへんって!」
【いやいやいや、さすがに学校ではしないって!】
 彼女は笑いながら言った。
「ちょこーっと、二人でいちゃいちゃするだけ♪ 読書の邪魔にはならへんように……まあ善処するし。」
【ちょこーっと、二人でいちゃいちゃするだけ♪ 読書の邪魔にはならないように……まあ善処するし。】
 彼女は一度わたしを立たせると、わたしが座っていた椅子に腰掛けた。
「ほんで、有希はあたしの上に座って。」
【それで、有希はあたしの上に座って。】
 わたしが彼女の太ももの上にちょこんと腰掛けると、彼女に後ろから抱かれる格好となった。
「時間まで、有希を抱っこさせてな?」
【時間まで、有希を抱っこさせてよね?】
「……当たっている。」
「当てとぉねん♪」
【当ててんのよ♪】
 彼女の腕は、わたしの胸に回されている。時折撫で回されもする。しかしそこには、性的衝動の類は感じ取れない。彼女の脈拍も呼吸も落ち着いている。
 体重を彼女に預けてみる。彼女の膨らみがより強く感じ取れる。彼女に強く抱き締められた。暖かく柔らかく、それでいて力強い何かに包まれる感覚。このように密着すると、なぜかとても『安心』する。
 これが、人間が肉体接触を求める理由の一つなのかもしれない。もしかしたら、日頃彼女が朝比奈みくるにいたずらをするのは、このような肉体接触への欲求が現れたものなのかもしれない。
 つまり、彼女はいつも『不安』。そして『寂しい』。そしてわたしは、そんな彼女の……支え、になりたいと思っている。
 おかしい。本来あり得ない、というより、あってはならない考え。
 彼女は、観測対象。そしてわたしは観測者。観測者が観測対象に干渉してしまっては、観測結果がおかしくなってしまう。やはりわたしは処分されることになるのだろうか。今は、『彼』の『威嚇』が効いているだけで。あるいは、このようなわたしの行動も含めて、壮大な観測なのだろうか。わたしは観測しているつもりで、実は同じく観測されているのだろうか。
 そんな懸念も何もかも、彼女の感触ですべて消えてしまう。無知で無力で脆弱な有機生命体である人間が、とても頼もしく感じる瞬間。それは、肉体を持つ有機生命体にしか感じることのできない感覚なのかもしれない。作り物とはいえ、同じく肉体を持つわたしにも感じることができる。これも人間の、奇妙な魅力。


 どちらが甘えているのか分からない奇妙な昼休みも、予鈴と共に終わりを告げる。
「もうちょっとこうしてたいけど、しゃあないな。」
【もうちょっとこうしてたいけど、仕方ないわね。】
 そう言うと彼女は、名残惜しそうにわたしを解放した。背中を支配していた感触が消失する。背中が寂しい。わたしも残念。
「ほな、放課後に。いよいよSOS団も今日からは団長も復活や! これまでの遅れを取り戻すで!!」
【じゃあ、放課後に。いよいよSOS団も今日からは団長も復活よ! これまでの遅れを取り戻すわ!!】
 彼女は握り拳を固めて宣言した。
 団長復活。
 いよいよ、本格的に日常が再開する。彼女達と彼達の、わたし達の。
 『SOS団』一同の日常が。


 放課後。ついにこの時がやってきた。わたしが部室に入ると、既に彼女は所定の位置についていた。
「団員一番乗りは有希かあ。」
 『団長』と書かれた三角錐が置かれた、彼女の席。彼女は来るものすべてを真っ向から受け止めようとするかのように、腕組みをしながら真っ直ぐ前を見据えて座っていた。
 わたしはいつもの窓辺の席に座って、本を読み始めた。これがわたしの日常。
「こんにちは……!? あ、ああっ!?」
「よっ! みくるちゃん、久しぶり!」
「す、涼宮さん!?」
「いよいよ今日から団長復活や!」
【いよいよ今日から団長復活よ!】
「は、はいっ! あ、すぐに着替えてお茶淹れますね!!」
 朝比奈みくるは、手際よく着替えを終え、いそいそとお茶をハルヒに渡す。
「ぷっは~!! いやー、みくるちゃんのお茶飲むんも久しぶりやわ~」
【ぷっは~!! いやー、みくるちゃんのお茶を飲むのも久しぶりだわ~】
 ノックの音。朝比奈みくるが返答する。
「おや、これはこれは。いよいよ団長も復活でっか。」
【おや、これはこれは。いよいよ団長も復活ですか。】
「古泉くん、お待たせ! あたしがおらへん間、副団長としてよう働いてくれたわ!」
【古泉くん、お待たせ! あたしがいない間、副団長としてよく働いてくれたわ!】
「いえいえ、それほどでも。何にしても結構なことですわ。」
【いえいえ、それほどでも。何にしても結構なことです。】
 古泉一樹は、いつもの爽やかな笑顔で答える。そして更にノックの音。再び朝比奈みくるが返答する。
「うーっす……!?」
「どないしたん、キョン? そんな、鳩が豆で狙撃されたような顔して。」
【どうしたのよ、キョン? そんな、鳩が豆で狙撃されたような顔して。】
「いや……」
 と、『彼』はわたしに視線を泳がせた。わたしは『彼』にしか分からないほど小さく頷いた。
「そうか……もう、大丈夫なんやな。」
【そうか……もう、大丈夫なんだな。】
 そして『彼』は一言、こう告げた。
「おかえり、ハルヒ。」
 多くの言葉は必要ない。SOS団は、この一言で、ついに日常を取り戻した。
「いよいよSOS団も完全復活! まずは団長不在中の活動報告から行ってみよか!!」
【いよいよSOS団も完全復活! まずは団長不在中の活動報告から行ってみましょ!!】

 



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