Extra.5 涼宮ハルヒの戦後


 わたしは喜緑江美里から、涼宮ハルヒと朝比奈みくるが戦闘を開始したという連絡を受けると、『彼』と古泉一樹を先に帰した。
「今日の活動は無くなったと言われた。」
「そうか。ほな、先に帰るわ。また明日な。」
【そうか。じゃあ、先に帰るぞ。また明日な。】
「ほんなら、お先に帰らしてもらいますよって。」
【それじゃあ、お先に失礼いたします。】
 そう言うと、二人は帰途につく。それからしばらくして、
『終わりましたよ。』
 江美里から連絡が入った。
『部室の中は凄まじい有様ですね。二人もぼろぼろです。』
『余り大規模な情報改変は推奨できない。』
『分かってますよ。致命的な損傷や損壊だけ修復して、後はそのままにします。』
 しばし間。
『二人を保健室に連れて行きます。あなたはどうしますか? 長門さん。』
『わたしも保健室に向かう。』
 わたしは、保健室に向かった。扉を開けると、二人が治療を受けている最中だった。保険医は不在。
「あれ、有希!? 何で保健室に!?」
「あなた達が騒ぎを起こして保健室に行ったと聞いた。」
「うっ! 騒ぎて……別に、大したことないんやって。」
【うっ! 騒ぎって……別に、大したことないんだって。】
 手をひらひら振りながら彼女は言う。鼻血の跡も生々しく、あざだらけの顔で。
「そんなことを言うのはこの口ですか~? わたしも生徒会の人間ですよ~?」
 江美里は涼宮ハルヒの両頬をつねりながら言った。
「いひゃひゃひゃひゃ、いひゃいって、もうちょっと怪我人には優しくしてぇや……」
【痛たたた、痛いって、もうちょっと怪我人には優しくてよぉ……】
 涙目になりながら、彼女は抗議の声を上げた。
「さっきも()うた通り、みくるちゃんと友情を深め合ってたんやって!」
【さっきも言った通り、みくるちゃんと友情を深め合ってたんだって!】
「拳で語り合って、ですか?」
「そう、これもスキンシップの一環! ねっ! みくるちゃんっ!!」
「ひゃいっ!? あ、ふ、ふぁぃ、そうです……」
 彼女はみくるを抱き寄せると、
「あたし達、こ~んな仲良しやもんな~?」
 と言って、胸を揉みだした。
「あへぁ!? すっ、涼宮さん! こんな、人前でっ!?」
 彼女の胸の揉み方が変化している。これまでの荒々しい掴み方とは明らかに異なる、『悦ばせる』揉み方。見る見るみくるの顔が上気し、嬌声を上げだした。
「あっ、そ、そんな、そんなとこ、はぁっ、だ、だめ……」
 彼女は、わたしとの行為で、『何か』に目覚めたのかもしれない。そう考えると、わたしと行為をする前の彼女も、その片鱗を見せていたのかもしれない。みくるの服を脱がせたり、抱きついて耳を甘噛みしたり。
「いくら同性とはいえ、人が見てる前でいちゃつくのはいかがなものかと思いますね。」
 そう言って江美里はわたしの方を向いて、言った。
「ほら、長門さんなんか、鼻血出しちゃってますよ。刺激が強すぎたんですかね。」
 ……わたしは鼻血を出していた。こんなことは、『彼』の犬耳姿を『妄想』した時以来。わたしは江美里に、親指大の脱脂綿を鼻の穴へ詰め込まれた。
「下を向いて、血が止まるまで鼻をつまんでてください。」
「ふ~ん。一体『何』を思い出したんかな~?」
【ふ~ん。一体『何』を思い出したのかな~?】
 彼女がニヤニヤしながら聞いてくる。わたしは酷く赤面した。表情には出ないが気持ちとして。
「まあ、本人達が合意してるようですので、今回の件は何も聞かなかったことにしますけどね。」
 江美里は人差し指を立てて言った。
「生徒会の人間としては、余り揉め事を起こさないでいただきたいですね。」
『はぁい。』
 彼女達の声が見事に揃う。
「とにかく、手当てしてしまいしょう。」
 彼女達の怪我は、間接の損傷など致命的なものは二人の意識が戻る前に江美里が治療しているので、主に外傷の処置が中心となる。
 まず、みくる。ハルヒに噛み付かれた傷をよく洗浄した後、ワセリンを塗ってラップフィルムを被せ、テープで留める。決して消毒薬は使用しない。閉鎖湿潤療法。
「この療法は、ある漫画にも登場していた。」
「あー、なんか、前に読んだ事あるかも! えっと、『トッキュー』とか『ゴッドハンドなんとか』ってやつ!」
 他は、顔等体中のあざ。これはどうしようもない。
 続いてハルヒ。彼女の膝靭帯損傷と中手根骨骨折は、共に膝と手首の捻挫に変更されている。彼女は勘が鋭いので、あまり大幅なダメージの軽減は行わなかったと思われる。賢明な判断。
 氷でよく冷やした後、テーピングを施す。他の無数のあざは、やはりどうしようもない。
「処置完了。」
「……やっぱり、有希はお医者さんみたいやな。今度、白衣着てみぃひん?」
【……やっぱり、有希はお医者さんみたいね。今度、白衣着てみない?】
 彼女はそう言って、笑った。
「有希が着たら、(なん)か化学者みたいになりそうやけど。」
【有希が着たら、(なん)か化学者みたいになりそうだけど。】
 その時には、眼鏡も掛けた方が良いだろうか。そんなことを考えた。
「あなたはわたしが送って行く。保健室の松葉杖を借りて帰る。」
「うん、頼むわ。」
「では、あなたはわたしが送って行きますね。」
「あ、はい、お願いします。」
 こうしてわたし達は、それぞれ帰途についた。


 部室の片付けはどうしようか。……明日で良い。彼ら、少なくとも『彼』は、彼女達の姿を見て、何が起きたのか知りたがるだろう。それなら現場を見せた方が話が早い。片付けも団員の手で行ったことにすれば、記憶との整合性も保てる。
「じゃあ、あたし達はこっちですから。」
 とみくる。
「ほな、また明日な、みくるちゃん!」
【じゃあ、また明日ね、みくるちゃん!】
「お二人とも、気を付けて帰ってくださいね。」
「…………」
 遠ざかっていく二人の背中を見送りながら、わたしは呟いた。
「また明日。」
 わたし達も歩き出す。
「悪いな、有希。手間掛けさせてもぉて。」
【悪いわね、有希。手間掛けさせちゃって。】
「いい。」
 わたしは、彼女の分の鞄を肩に掛け直して言った。
「それで彼女との絆が深まったのなら。」
「うん、確かにみくるちゃんとは、より深い仲になれそうな気がするわ。」
 そう言うと彼女は、はっとしたようにわたしを見て、
「あ、もちろん、有希とも深い仲やで!? 別に浮気(ちゃ)うで!?」
【あ、もちろん、有希とも深い仲よ!? 別に浮気じゃないわよ!?】
 慌てたように言った。
「…………」
「あ、信じてへんな、その目は!?」
【あ、信じてないな、その目は!?】
 彼女はわたしの肩に腕を回して引き寄せた。
「あたしは怪我人なんやから、肩貸してもらうし!」
【あたしは怪我人なんだから、肩貸してもらうわ!】
 そして、小声でこう付け加えた。
「……こんなこと頼めんの、あんただけなんやから。」
【……こんなこと頼めるの、あんただけなんだから。】
 わたしは、何も言わず、彼女の腰に手を回した。
 空はすっかり茜色の時間を過ぎて、紫から藍色に変わりつつあった。二人、肩を抱き合いながら帰る道。彼女の足元はやや覚束ない。
 今わたしの横にいる彼女が願ったのは、こんな風景だったのだろうか。
 事の発端となった広域体宇宙存在は、今回の件で一体何を観測したのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えていた。



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