第七章

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かくして宴は始められた。

会議からおよそ一週間、不気味な沈黙を保っていた敵軍も、ついに動き始めていた。公的に確認された敵影は、およそ100万相当。実数なのか相対評価なのかは不明だが、これまでにない、敵の本気が伺える数である。

「……かわりに、ここを抜ければ絶対防衛線の向こうはゴールライン、って寸法だな」

艦長・ヤツガネは笑う。

不敵な笑いであった。

これほどの賭けを、生きている間に打てるとは。

まったくこれだからゲームはやめられない。

人生の中でこれに匹敵するような興奮が、どれだけあるだろう。

きっと山ほどあるのだろう。

だが、ゲームが、それをまっさきに、人生に関わらない形で、試してくれる。

己を。

己というものの器を。

だから、ヤツガネはゲームが好きだった。

人生で失敗するのは怖いね。だが、ゲームなら、失敗しても取り返せばいいと、そう思える。

奇襲に破れた時は胃痛でメシが喉を通らなかった。立ち直るまでに大分かかってしまった。

ロールプレイも破綻した。今では半分素まじりだ。

だが、今は違う。

そう思えるようになったのは、自分達艦長を支える参謀という組織が作られた時だった。

一人で戦っているわけじゃないし、一人で戦っていいわけでもない、自分は、皆と共に、戦っているのだと、その時はっきり、わかったのだ。

参謀長のヤマギシはいい奴だ。細かい連携によく気がつくし、ゲーム語ばかり使うゲーム馬鹿だがそのかわりに話が早い。森さんは俺の嫁だが、それ以外では文句がない相棒と言える。

やってやるぜと最後の決戦に、今は燃えるものがある。

自分以外の期待がかかっていると思うと、そんなゲームでさえ、反吐が出そうなぐらいにプレッシャーだが、

同時に、プレッシャーを力に変える、心の強さも今は得ている。

支えあればこその、力だ。

「まったく仲間に恵まれたよ、俺は」

イラストを見れば、今回の宴用に公式コンペをくぐりぬけた正装が、着せられた自分のキャラクターの姿がBBSにあった。

なかなかかっこいい。つたないが、にやりと笑う、不敵さが気に入っていた。

そうか。俺は、こんな風に他人の目からは映って見えるか。

ぼうっと突っ立っているだけではわからない事を、目に見える形にしてくれる。まったく技族って奴は大したもんだ。

そしてこんな愉快な技族を、広告文で盛り上げ、引っ張りこんでくれた文族にも、感謝を。

「いよいよストックが溜まった。あとの陣頭指揮は任せたぜえ、二人とも……!!」

ぽん。

メッセンジャーにウィンドウが開いた。

『では、始めましょう>艦長』

身震いがする。

笑えるほどの、強い身震いが。

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第七世界。戦場は既に宴を開始していた。

砲火は一斉に敵前列から放たれ、回避運動をとりながら、艦が表面を削られていく。

涙滴型をした重装甲の戦艦は、まとう光の粒子と共に、今、その姿を変えつつある。

鋭角に、後部のもっとも肥大した、まるで空間の一点突破を狙うが如き高速艦へと。

「踊れ、舞え!!」

ロビーチャット、いやさ、第七世界のパーティー会場、
高らかに白のタキシード姿が両手を振るう。その頭上には赤き髪。
西薙、アイトシ。

「宴の夜だ、勝利の夜だ!
それは欺き、それは逃走、だが我らの目指すは破壊にあらず!
鉄火と血と滾る闘争の日々にあらず!」

フロアのあるところでは合唱が起こり、聖なる祈りを歌に込め、
またあるところでは曇りなき勝利を信じて貫く絶叫の響きあり、
しかし、彼等のその目はただ前を、彼等の指は、ただ、上を、
高らかに、込める意志と言葉と仕草と共に、

愛を。

ただ一心不乱の愛を。

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時を同じくして艦のエンジン部。

油とインクと笑いにまみれた思い思いの正装を、しかし胸張り汚し、燃料をくべる者達がいる。

「見よ!
我等技族、心に技持て想いを成す者なり!
技とは色にあらず、線にあらず、心にあり!
技とは叙述にあらず、主題にあらず、心にあり!
我等宴席に姿現さぬ我等宴席の要なり!
折るなペンを止めるな指を、紡ぐ想いは音より速く―――」

ばっ。

かざす先は、進むべき、前方。

かざす者は、ヒメオギ=石野。

心に思い描くは、あの馬鹿だ。
人の目なんて無頓着で、でも、自分の『好き』という気持ちにまっすぐな、自分の目を開かせてくれた、
最高の友達。

自然と唇に言葉が浮かんだ。
自然と脳に叫ぶ詔が閃いた。

止まらない、叫び。

「我等心の東を征く者なり!
西方を薙ぐ愛の詔なり!
それは夜明けを呼ぶ心、夜の色を乗り越えて、宇宙に暁をもたらす心!」

エンジンに、くべられるのは想いの結晶。
砕かれた情報が形を換えて、艦船を推進する光となり、
砕かれた情報が形を変えて、艦船を変形する光となる。

「唱えよ!!
ここに集うは誰がためか!!」

ある者が立ち上がり、鋭く胸に拳をあてる。

「それは心にありしおもかげ!」

またある者が、続くようにして立ち上がり、何かを掴むように己の頭上へ手を伸ばす。

「それは今にない、かつてとこれから!!」

問いかけに、

「ならば私達の目指すべき道は!?」

唱和する、心に、

『それは、ここではないどこか――――すなわち、未来!』

青い、光が吹き上がる。

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そして…

閃光と共に、艦は敵影群を、

突破した。

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かつて私はとある疑問を抱いて消せず、ついには人に、ぶつけた事がある。

どうせすべてが消されてしまうのに、
自分達は、何のためにここにいる?

これはまだ、色々な意味で早すぎるゲームだからね、と、その時は、はっきりした答えに感じられない、曖昧な言葉が返ってきただけだった。

それならばと問うた、疑問の核心。

どうして私達は、ここに集められたのですか?

今ならわかる。自分の問うた疑問のその答えが。

新しい世界を造るため、だけじゃない。儀式魔術のためだけじゃない。

誰かを救うとか、何かを成し遂げるとか、そういうすべてをひっくるめて、

私達は、

出会うために、ここに集ったのだ。

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八章

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最終更新:2008年01月29日 00:31