第六章

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「厳しいな……」

七月。
なかなか明けない梅雨のように、アイドレスの戦況は一進一退を繰り返し続けていた。

相次いだ敗戦の原因は明らかだった。それまでが和やかな寄り合いだった分、戦闘のような機能的な判断が必要とされる状況に対応出来る組織が、ほとんどの艦で育っていなかったのだ。

だが、プレイヤー陣営の巻き返しは激しく、幾多のレポートや、天戸に依らず独自に結成した参謀団という、戦略系の専門知識と経験を備えた新組織の活躍によって、彼等の航海は道半ばにして足止めを食らう程度で済んでいる。

今のところは、だが。

「連戦で士気が下がっている。みんな普通の絵とか小説が書きたいのに、戦闘のために狩り出されて窮屈に感じてるんだろうな…」
「元はファンアートのための集まりだと思って参加してた人が大半だしなあ…いくらゲームの展開とはいえ、きっついよなあ…このところの流れは」

予算を再編しサイト内に獲得した参謀本部で、精神と時間の死地に自ら名乗りを上げたプレイヤー達が、額を寄せて、対策を練っている。この本部の存在によって戦闘時にゲーム判定のプラス補正が得られるようになったとはいえ、実際に戦うのは数値ではない。人だ。

その、人を、いかに立ち直らせるか。離脱者の出始めている現状、重要な問題だった。
もっとも重要といってもいい。

なぜならアイドレスは、その舞台が宇宙(ネット)であるように、
人と人の結びつく、数と絆の力が一番に求められる、ゲームだからだ。

「趣味でイラストを投稿する技族が絶滅しかけてるのもあるな。盛り上がる要素が減っちまう」
「おい、技族のせいみたいな言い方はよくないぞ。実際、修理イベントだけでぼろぼろなんだよ、皆。無理ないぜ、轟沈した艦が出てないだけ奇跡に見える」
「かわりに轟沈するプレイヤーが増えちゃ話にならないがな。俺の嫁である森さんを始めとする、ガンパレ整備班が手伝ってくれなかったら、実際半分は倒れてるんじゃねえか?」
「だが、そのNPC達ももはや疲労困憊と聞く……」
「このままだとジリ貧、か」
「…………」
「…………」

コツ、コツ、コツ。

打つ手無く、苛立つようなロールプレイが、増えていた。

これがロールプレイに出ているうちはまだいい。客観視する余裕があるということだからだ。だが、今の状態が長く続けば、組織戦の経験が浅いプレイヤー陣営は、大崩れをするだろうというのが、もっぱらの見方である。

陣頭に立つ、エースがいないのだ。

「ふむ…………」

チャットルームに沈黙がおりる。モニターの前で、腕組みをして唸るもの、頬杖をついて顔をしかめるもの、くるくる椅子で回って気分転換するもの、様々だろう。

コンコン。

参謀本部の扉がノックされた。
入室許可を求めるメッセージが、飛んできたのだ。

「どうぞ」

失礼、と前置きをして、入ってきたのは赤い髪の大柄な女。
アイトシである。

「懸案に上がった」
「ほう」

参謀長・ヤマギシの眉が上がる。

「賭けになるが、祭をやってはどうかと思う。士気向上と、逆転を兼ねた、一大イベントだ」

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アイトシの意見はこうだ。

現在我々はぶっちゃけ戦闘に倦んでおり、艦を修理するだけで手一杯で、迎撃戦には罠や奇策を用いて大勝出来ても、正面決戦を勝ち上がるだけの体力も気力もどこにもない。

ならば。

「戦いを、やらなければいい」

祭という、情報の一気に集まるイベントを起こし、改修イベントを同時に兼ね、艦の形態を打撃戦に耐えうる戦艦から、戦線突破のみに目的を絞った高速艦へと変形させてはどうかという、提案であった。

「もちろんイベントを起こすためには金がいる」
「なるほど。基金を起こす必要があるな、俺が吏族長に渡りをつけて頼んでみよう。駄目なら俺が名代だ」
「ありがたい、参謀長の呼びかけならば皆もまとまりやすいだろうからね」

裏では早速メッセンジャーでの折衝が始まっている事だろう。兵法は神速を尊ぶ、ヤマギシは、参謀長としてそれにもっとも長けた人材なのだ。

応答がしばし間遠になると彼からの断りが入った後、議事進行の代理に指名された副長・ミギワからの意見が挙がる。戦闘系のイメージからは遠い女性プレイヤーながら、物腰柔らかな話術で相手からアイデアを引き出すのがうまい事で知られる人物である。

「祭…といっても、具体的に何を? 奇襲を受けたら壊滅なんだけれど」
「ジリ貧なら一か八かも悪くない。賭けと言ったろう。ありったけの資金力を投じてNPCも呼びまくろう。盛大に騒ごう。元がファンの集まりだ、タキシードとパーティードレスで、優雅に高らかに戦場を駆け抜けるのもまた一興」
「技族らしい、発想ねえ…」

ふん、と参謀達が、にやり、笑った。
心の技を、駆使するもの。それこそが技族の本性である。名が文族に変わろうが、その本質は何も変わっていないという事か。

「待たせたな、こっちはいけそうだ。イシイさんがやれるってよ」

吏族長と話をつけたヤマギシが戻ってくる。ログをいつ、読み返したのかわからないほど、違和感のない会話への復帰だ。事実、彼はログを読んでいない。部下が要約を素早く伝え、短くいらえる、ただそれだけの無言のやりとりで、鮮やかに状況に復帰した。

「企画を牽引する人材が必要だ。それについてはどうする」
「小説部門は私が声をかけよう。なあに、文章書きは意外にタフだ、ほどよくみんなが遊びやすい設定を、転がし組んでくれるだろう」
「ふむ。では、イラスト部門は」

ぴ、とアイトシが人差し指を立てる。

「私の友人、ヒメオギが担当しよう」
「よし。ならば後は告知を出して、準備をするだけだな」
「イラストや文章の分量や方向性の見積もりは出してもらえるか」

そのアイトシのまなざしに、参謀長は、
にやりと笑った。

「参謀本部を、なめるなよ」

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告知:パーティーのお知らせ(プレイヤー発)
改修イベントを兼ねたパーティーを開催します。
我等優雅に気高きプレイヤー、最後に駆ける戦場は、タキシードとドレスで飾ろうではありませんか。

技族・文族はいつもの要領で集合のこと。(→手順を含めたリンク先へGO!)
大族は司会・進行の面々を含め、ロビーチャットに集合。各種プログラムに従ったロールプレイを行う事で、彼等をリアルタイムに支援、また、独自に遊び(ゲーム)します。

(以下、イベント計画詳細……)

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七章

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最終更新:2008年01月29日 00:30