第五章
/*/
奇襲があった。
結果は大敗、『暁』は中破し、負傷者も多数出たという。
戦闘イベントの予告はされていたものの、突如現れた『敵』の存在に、皆が動揺していた。
不慣れな展開に緊張して、ストックしていた作品群を使用する事すら出来なかったらしい。
艦長は歯噛みして悔しがっていたが、ヒメオギは、むしろ自分の非力を恥じた。
翌日から、彼女の投稿するイラストは戦闘系のもので埋め尽くされる事になる。
/*/
「石野ちゃんはさあ、変わったねえ」
うん。
「学校は真面目に来ようよー」
うん。
「バイトか何か?」
うん。
「…………」
うん。
「石野ちゃんは、悪い子だねえ」
うん。
「でも、自分の事、好きになれた?」
…………
「石野ちゃん」
うん。
「また明日ね」
うん。
また明日。
/*/
「どうした、焦っているのか?」
アイトシが私室(個室チャット)を訪れてきた。
「別に…ただゲームにいそしんでるだけだって」
「だが、学校に来ていないだろう」
リアル大事に、が、アイドレスの合言葉、それを忘れたのか、とアイトシは、ことさらキャラクターの設定に沿って年長者ぶってくる。
「中学の時もよくあったし…気にしないで大丈夫だよ」
「小ヶ峰さんが心配してたぞ」
「知ってるよ」
私は答えた。
「ファンも心配してるぞ」
「知ってるよ」
最近のヒメオギちゃんは萌えが足りないよー、と、つい先日も言われたばかりだ。
「石野らしくないな」
「何が」
リアル名で呼ばれイラつく。
ああもう、折角キャラロールして情報量をストックしようとしていたのに、これじゃ提出出来ない。
「ゲームのために絵を描いてもしょうがないだろう」
「勝たなきゃ意味ないじゃない、ゲームなんだから」
絵を描いている最中にわざわざ話し掛けられてイラつく。
ああもう、構図が決まらない。
「違うだろう、お前」
「だからさっきから何よ、一体!」
呆れたようにしている、その、態度が、
イラつく!
「絵は、楽しむために、描くもので、ゲームに参加するのはそれをもっと面白がるためだろう」
「……!」
そん、なの、
わかってる!
「だけど、ゲームに勝たなきゃすべてパァでしょ!
ただでさえSランクエンドになるかどうかの瀬戸際なんだから!」
「なるほどな」
落ち着いて、西薙はアイトシにわざわざゆったり腕組みのロールプレイをさせて見せた。
ようやっと聞く気になった相手にまくしたてる。
「私達だけならいいけど、負けたら一緒に乗ってる原作のキャラクターが巻き添えになるんだから、必死になるのは当たり前でしょう!まったく……」
「いやよくわかったよ」
「わかった?」
「ああ、わかった」
そう語る、アイトシが、
ヒメオギの胸倉を掴んで寄せた。
「楽しんで描かない絵に戦う情報としての価値なんかあるか、やめちまえ!」
/*/
「…………」
「…………」
チャット上、ロールプレイを通じて、モニター越しに、
二人がにらみあう。
背の低いヒメオギを、そうやって背の高いアイトシが掴んでいると、まるで大人気なく子供を叱る姿のようだが、二人の間柄は、親子でもなく、部下と上司でもなく、対等な友達同士だ。
緊張が走った。
「ゲームに勝とうとして、何が悪いっていうのよ」
「学校に来てないだろ。いやまあそれはいいが、いやよくないが、いいとして」
ふん、と、感情に任せた行動を、ややも反省したようにアイトシが、
突き放すようにしてヒメオギを解放する。
「勝てないんだよ、それじゃあ」
「どうして!?」
生産枚数は上がった。状況に対応するためのバリエーションも増えた。
万全のはずだ。
「言ったろう。勝つために描いて、楽しんで勝つために描かない絵じゃあ、心に響かない。心に響かないって事は、情報として響かないって事だ。
忘れたか?
情報とは、青き心の報せと書いて読む、世界をどう認識しているかの表象だ。戦いのためだけの心が何を生むと思う。ガチガチな発想さ、そしてガチガチな絵だ。文章だって同じだ、本題を見失った小説は迷走してただただどこまでも長たらしいだけの駄文に成り下がる、戦いは、戦いを呼ぶからな」
そして、世界を戦いで認識した心は、やがて七界に戦いを呼ぶだろうよ、とも。
「…………」
むっつりと、石野は黙る。ヒメオギを、3点リーダーで黙らせる。
わかったか、とでも問うかのように、じっくりとこちらをにらみつけているアイトシを、そうして、見返した。
「……じゃあ、具体的にどうすればいいのよ」
すると、
先ほどまでの緊張が嘘のように、ふわり、アイトシは笑って見せた。
「その問い掛けをこそ待っていたぞ相棒」
/*/
最終更新:2008年01月29日 00:29