第三章

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五月。

「いやー、二人でお給料合わせて買った甲斐があったねー」
「背景色も指定出来るとはなあ。石野、今度壁紙作ればどうだ、壁紙」

ヒメオギとアイトシは、二人並んで個室のベッドにそれぞれ転がっていた。

アイドレスで循環している経済システムには、有益な設定だけではなく、キャラクターを模したぬいぐるみ(使うと一回限り本人が召喚され遊べる)や、個室といった艦内での生活に即した娯楽商品も流れている。

個室を手に入れたものは専用のチャットルームを持てるようになる。もちろん、あくまで支給されるものなので、その使い方は艦のエンジンに情報を与え育てるための会話(キャラクターロールプレイ)が基本という原則から外れてはいけないが、ヒメオギとアイトシのように実生活でも知り合い同士なら、名前を出しても安全な、招待(パスワード)制ならではの気安さがある。

「いやあ、ゴールデンウィーク潰して頑張った甲斐があったなー」
「文族は航海日誌っていう定期の稼ぎ口が、新しく見つかったからねえ。おかげで儲けさせてもらっているよ」
「うーん、文章系は色々ツブシがきいていいなー」
「はっはっは、かわりにインパクトは薄いからファンは技族よりつきにくいぞー」

最近は、絵と文章を書いている者達の区別がつきづらいという事で、
技族から派生する形で新たに文族という区分が出来ていた。アイトシも今やそこに属する。

「壁紙かあ…」

おい、壁紙の張り替えはリフォームだぞ、なんとまあこのゲーム、リフォームまで出来るのか、と、自分の言葉に浮かれ調子なアイトシ。色はクリーム色がいいなあなどと性急に希望を出しているが、チャットルームの環境設定はパスワードをもらったので自由だ。お給料を使うまでもない。

「ねえねえ、アイトシは今度給料が溜まったら何に使うつもりなの?」
「んー…これ以上、特に望むものはないしなあ……」
「私はー…今度坂上先生とデートしたいなー。あとあと、この髪とかに意味持たせる設定あればそれも買いたーい。アイトシは、なっちゃん達に会いたくないの?」

するとアイトシは、

「そういうのは、まだ、いいかなと思ってね。とにかく今は、次から次へと出されるイベントを楽しみたいさー」
「ふ…うん」

暗礁索敵とか、すごくおもしろかったしー、ああ、腕のいいゲーマーがいてねえ、あれは頼りになるんじゃないかなあ、などなど、ゲームの展開そのものを、彼女は楽しんでいるようだった。

ちょっと、羨ましい。

「アイトシは、すごく楽しんでるね、アイドレス」
「いやー、どっこいどっこいだろう」

あっけらかんと笑ってみせる、そのロールプレイに、私はなぜか嫉妬を覚えた。
あ、今、自分が嫌いなタイプの人間になってるな、と、頭を振って、気を引き締める。

その後は、つつがなく世間話で終始した。

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「石野ちゃん、石野ちゃん」

この子は何故に私を呼ぶ時に必ず名前を連呼するのだろうと不思議に思いながら、石野は小ヶ峰晴美に対してはいよーと生返事をした。

「うおっ、気だるげだねえ…どしたの?」
「んんー…ちょっと自分と他人の差について、ごくごくありふれた思春期的な哲学瞑想を…」
「何言ってんだかわかんないけど、西薙さんの事?」

なんでこの子はそういうところによく気がつくかなー、と思いながら、んーまあねーと生返事。

「そっかあ……」
「なんかねー……アイトシといると、自分がすごく不純に思えてきて」

いやまあどっちも目的は同じゲームの一部なんだし、引け目に感じる事はないと思うんだけど、でも、なんっかなー…と、思いつくままだらだら口にすると、晴美は困ったように笑って言った。

「う、うーん…なんだかよくわかんないけど、いいんじゃないかなあ、不純でも」
「そうかなー…?」

うーん。

五月晴れした青空を、教室の窓際から見上げながら、私は唸る。

「石野ちゃんは自分が嫌いなの?」

案外そうかもなあ、という事に気がついて、そうだねと頷いた。

晴美は少し寂しそうにしながら、それでもにこりと笑ってこう言った。

「きっと大丈夫だよ。だって石野ちゃん、いい子だもん」

「うーん」

そうかなー…?

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四章

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最終更新:2008年01月29日 00:27