Sneak Attack!!(前編) ◆PJfYA6p9PE
闇が薄らぎ、少しづつ陽の差す世界に、不安げな女の子が一人。
大きなお城の扉に小さな体を預け、アルルゥは外の方をじっと見つめていました。
丸い瞳を涙で潤ませ、いつもはきちんと立っているお耳も、今はしゅんと垂れ下がり気味。
冷たい風が吹き付けて、小さなお手手がぶるぶる。
こんなところにいるよりも、暖かい宿のベッドにいる方が余程いいのに、
アルルゥは一体、何をしているんでしょう?
大きなお城の扉に小さな体を預け、アルルゥは外の方をじっと見つめていました。
丸い瞳を涙で潤ませ、いつもはきちんと立っているお耳も、今はしゅんと垂れ下がり気味。
冷たい風が吹き付けて、小さなお手手がぶるぶる。
こんなところにいるよりも、暖かい宿のベッドにいる方が余程いいのに、
アルルゥは一体、何をしているんでしょう?
「おにーちゃん……」
そう、アルルゥはレックスお兄ちゃんを待っているのです。
自分のせいでお城を飛び出していってしまったヤムィヤムィをお兄ちゃんは連れてきてくれると言いました。
泣きじゃくるアルルゥをぎゅっと抱きしめ、そっと頭をなでなでしてくれた後、
魔法のカードを使って、冷たい水の中まで追いかけていったのです。
自分のせいでお城を飛び出していってしまったヤムィヤムィをお兄ちゃんは連れてきてくれると言いました。
泣きじゃくるアルルゥをぎゅっと抱きしめ、そっと頭をなでなでしてくれた後、
魔法のカードを使って、冷たい水の中まで追いかけていったのです。
レックスお兄ちゃんはとても頼りになるお兄ちゃんです。
剣も上手いし、魔法だっていろんなのを使えます。
優しいし、かっこいいし、本当のお兄ちゃんだったらいいのにと思うくらい。
だから、きっと、無事にヤムィヤムィを連れてきてくれることでしょう。
アルルゥはそう信じています。
だから、寒いのも我慢して、たった一人でこうして待っているのです。
剣も上手いし、魔法だっていろんなのを使えます。
優しいし、かっこいいし、本当のお兄ちゃんだったらいいのにと思うくらい。
だから、きっと、無事にヤムィヤムィを連れてきてくれることでしょう。
アルルゥはそう信じています。
だから、寒いのも我慢して、たった一人でこうして待っているのです。
「ヤムィヤムィ……ごめんね、ヤムィヤムィ」
アルルゥの心はごめんなさいの気持ちで一杯でした。
嫌な気分にしてごめんなさい。誤解させてしまってごめんなさい。
ヤムィヤムィに一秒でも早くそう伝えたくて。
みんなで一秒でも早く暖かくなりたくて。
だから、眠い目をこすって待っているのです。
帰ってきた二人と一番早く会えるこの場所で。
嫌な気分にしてごめんなさい。誤解させてしまってごめんなさい。
ヤムィヤムィに一秒でも早くそう伝えたくて。
みんなで一秒でも早く暖かくなりたくて。
だから、眠い目をこすって待っているのです。
帰ってきた二人と一番早く会えるこの場所で。
「ううう……」
びょうと何度目かのつむじ風が小さな体を叩きます。
まるでアルルゥのことを責めているかのように。
細かい砂が巻き上げられて、目の中に入って痛い痛い。
堪らず目蓋をぎゅっと閉じ、奥から涙が沸いて出て――――
まるでアルルゥのことを責めているかのように。
細かい砂が巻き上げられて、目の中に入って痛い痛い。
堪らず目蓋をぎゅっと閉じ、奥から涙が沸いて出て――――
カツン……
その音は突然、アルルゥの耳に飛び込んできました。
何か固いものが床に当たるような乾いた音。
いったい、何の音でしょう?
何か固いものが床に当たるような乾いた音。
いったい、何の音でしょう?
「?」
不思議そうな顔でくるりと後ろを振り向いて、
垂れてた耳をピンと立て、ぴくりぴくりと動かします。
一生懸命聞き耳をたてると、また一つ、もう一つ。
暗い廊下の向こう側、先の見えない角の方、それは確かに鳴っています。
垂れてた耳をピンと立て、ぴくりぴくりと動かします。
一生懸命聞き耳をたてると、また一つ、もう一つ。
暗い廊下の向こう側、先の見えない角の方、それは確かに鳴っています。
「だれ? べるかな?」
カツン……
心当たりの名前を呼んでも、返ってきたのはやっぱり変な音。
これにはアルルゥも困ってしまってお目目をぱちくり。
これにはアルルゥも困ってしまってお目目をぱちくり。
「……ん」
首をかしげて考えて、ちょっと悩んで、すぐ決めました。
分からない変なものは見に行くのが一番です。
そうと決まればてくてくと、廊下の奥へと進みます。
分からない変なものは見に行くのが一番です。
そうと決まればてくてくと、廊下の奥へと進みます。
「……おう」
角を曲がったアルルゥは変なものを見つけます。
ひんやり冷たい石の床にぽつんと置かれた変なモノ。
走って寄って覗いてみると、黒いお板に光る点。
何個かピカピカ輝いて、まるで夜空のお星さま。
これは一体、何でしょう?
ひんやり冷たい石の床にぽつんと置かれた変なモノ。
走って寄って覗いてみると、黒いお板に光る点。
何個かピカピカ輝いて、まるで夜空のお星さま。
これは一体、何でしょう?
「?」
拾って近くで見てみます。
すべすべ板の真ん中に白く光ったポッチが一つ。
下からぐんぐんやってくる別のポッチがもう一つ。
ゆっくりゆっくり近づいて、
点と点とが重なって――――
すべすべ板の真ん中に白く光ったポッチが一つ。
下からぐんぐんやってくる別のポッチがもう一つ。
ゆっくりゆっくり近づいて、
点と点とが重なって――――
◆
指向性の光の束がまだ薄暗い石段を照らす。
「……全く、便利なものですわね」
ベルカナは懐中電灯を神妙な顔で眺めながら、ひとりごちた。
ただ、スイッチを押すだけで光を放つ細長い投光器。
光晶石より光量は劣るが、オンオフが自在であり、回数制限が無い分、使い勝手はいい。
こんなマジックアイテムを全員に配布するとは、今さらながら、ジェダも随分、太っ腹なものだと思う。
最も、こういったものが貴重なのはフォーセリアに限ったことであって、
別の世界、例えば、梨々やヤムィヤムィが元いた世界などでは、ごくありふれたものなのかもしれない。
あの電話という装置同様に。
ただ、スイッチを押すだけで光を放つ細長い投光器。
光晶石より光量は劣るが、オンオフが自在であり、回数制限が無い分、使い勝手はいい。
こんなマジックアイテムを全員に配布するとは、今さらながら、ジェダも随分、太っ腹なものだと思う。
最も、こういったものが貴重なのはフォーセリアに限ったことであって、
別の世界、例えば、梨々やヤムィヤムィが元いた世界などでは、ごくありふれたものなのかもしれない。
あの電話という装置同様に。
不意に齎されたレベッカ宮本との通話。
そこに含まれていた情報はベルカナにとって多分に頭を悩まされるものだったが、
持ち前の卓越した思考力で話すべき部分とそうでない部分を選別し、概ねの整理を終えていた。
今は睡眠を少しでも取り戻すため、再び寝室へ向かっているところだ。
そこに含まれていた情報はベルカナにとって多分に頭を悩まされるものだったが、
持ち前の卓越した思考力で話すべき部分とそうでない部分を選別し、概ねの整理を終えていた。
今は睡眠を少しでも取り戻すため、再び寝室へ向かっているところだ。
(それにしても、今回の冒険は懸念事項が多いですわ)
思わず溜め息が漏れる。
冒険者として、複雑に入り組んだ事件に出会ったことは一度や二度ではないが、
正直、今回の一件と比べれば、たいしたことのないものばかりと言わざるを得ないだろう。
冒険者として、複雑に入り組んだ事件に出会ったことは一度や二度ではないが、
正直、今回の一件と比べれば、たいしたことのないものばかりと言わざるを得ないだろう。
住み慣れたロマールの地から拉致され、一転、魑魅魍魎たちが群がる魔の島へ。
実家の財力も、せっかく苦労して築き上げた盗賊ギルドのコネも当然使えない。
異世界から来たと思しきモノたちは、大きな建物から小さな物品まで
ベルカナの賢者としての知識を殆ど寄せつけず、謎また謎のオンパレード。
主犯格と思われる魔人に関しても、何ら有効な情報はなく、居場所の見当すらつかない始末。
実家の財力も、せっかく苦労して築き上げた盗賊ギルドのコネも当然使えない。
異世界から来たと思しきモノたちは、大きな建物から小さな物品まで
ベルカナの賢者としての知識を殆ど寄せつけず、謎また謎のオンパレード。
主犯格と思われる魔人に関しても、何ら有効な情報はなく、居場所の見当すらつかない始末。
そして、何より痛いのは、気心の知れた仲間と引き離されたこと。
本当に大切なものは失ってから初めて分かると言うが、まさにそのとおり。
ここに至り、ベルカナは元の世界でパーティを組んでいた仲間達に、
どれほど助けられていたかを痛烈に思い知らされていた。
本当に大切なものは失ってから初めて分かると言うが、まさにそのとおり。
ここに至り、ベルカナは元の世界でパーティを組んでいた仲間達に、
どれほど助けられていたかを痛烈に思い知らされていた。
別に今の仲間を嫌っているわけではないが、何せ彼らとはつい数時間前に初めて出会ったばかりの仲。
能力についても性格についても、十分に分かり合っているとは言いがたく、
やりやすさの点からいえば、お互いのことを熟知していた元の世界のメンバーとは比べるべくもない。
それから、全体的に情報の真贋や他人の悪意を見抜く能力に欠けているのも辛いところだ。
今のパーティで取り越し苦労をする役に一番向いているのは、明らかにベルカナである。
だが、集団全体に降りかかる案件を一人で処理するというのは、やはり負担だ。
ぺらぺらーずの中においても、彼女は苦労人役をすることが多かったが、
一人で抱え込まねばならない事態にはなりにくかった。
他の仲間が必要に応じて、考えを巡らせてくれていたからである。
能力についても性格についても、十分に分かり合っているとは言いがたく、
やりやすさの点からいえば、お互いのことを熟知していた元の世界のメンバーとは比べるべくもない。
それから、全体的に情報の真贋や他人の悪意を見抜く能力に欠けているのも辛いところだ。
今のパーティで取り越し苦労をする役に一番向いているのは、明らかにベルカナである。
だが、集団全体に降りかかる案件を一人で処理するというのは、やはり負担だ。
ぺらぺらーずの中においても、彼女は苦労人役をすることが多かったが、
一人で抱え込まねばならない事態にはなりにくかった。
他の仲間が必要に応じて、考えを巡らせてくれていたからである。
(ま、ないものねだりをしていても仕方がないですわ。
今のメンバーでやれるだけのことをするしかありませんものね。
……しかし、お互いの能力の把握と有事の際の役割分担については、きちんとしておいた方がいいかもしれません。
どのみち、もうすぐ放送ですし、そのときにでも改めて話し合って……
……!?)
今のメンバーでやれるだけのことをするしかありませんものね。
……しかし、お互いの能力の把握と有事の際の役割分担については、きちんとしておいた方がいいかもしれません。
どのみち、もうすぐ放送ですし、そのときにでも改めて話し合って……
……!?)
階段を下りきったところで、ベルカナはびくりと体を震わせた。
思考の海に没入していたせいで、正面の人影に気がつかなかったのだ。
思考の海に没入していたせいで、正面の人影に気がつかなかったのだ。
「……まったく、びっくりさせないでくださいませ。
どうかしましたの、アルルゥ」
どうかしましたの、アルルゥ」
薄明けの光に浮かび上がったのはアルルゥだった。
何か嫌なことでもあったのか、俯き気味に立っている。
何か嫌なことでもあったのか、俯き気味に立っている。
「…………」
だが、問いかけに対する返事は何故か返ってこない。
「アルルゥ?」
おかしい、と感じる。
答えが返ってこないこともそうだが、別の、何かもっと決定的な違和感があるような……
答えが返ってこないこともそうだが、別の、何かもっと決定的な違和感があるような……
「!!」
だが、その正体に思い至るよりも、アルルゥがアクションを起こす方が速かった。
不意に、糸が切れるがごとく全身の力が抜け、前のめりに倒れこんだのだ。
不意に、糸が切れるがごとく全身の力が抜け、前のめりに倒れこんだのだ。
「アルルゥ!! どうしましたの!?」
突然のことに動揺するベルカナ。
慌てて倒れた体に手をかけ、助け起こして介抱しようとして……目が合った。
慌てて倒れた体に手をかけ、助け起こして介抱しようとして……目が合った。
「ん」
おかしい。
何故目が合う。
アルルゥは前向きに倒れた。
今、上を向いているのは背中。
背中に目はない。
それでも目が合うというのなら
何故目が合う。
アルルゥは前向きに倒れた。
今、上を向いているのは背中。
背中に目はない。
それでも目が合うというのなら
「…………」
急速に頭が冷える。
思考が事態に追いつく。
推論を確かめるため眼球を動かすのにコンマ数秒。
思ったとおりだ。
思考が事態に追いつく。
推論を確かめるため眼球を動かすのにコンマ数秒。
思ったとおりだ。
「……くっ」
――アルルゥの首は無残にねじ折られ、醜く捩れていた。
「ッッッ!!」
頭が真っ白になる。
多数の思考が同時に駆け巡る。
瞬間、脳が凍りつく。
多数の思考が同時に駆け巡る。
瞬間、脳が凍りつく。
だが、幸運はあった。
体は動いた。
冒険のために身につけた狩人《レンジャー》の勘が、
反射的に行動をとらせた。
体は動いた。
冒険のために身につけた狩人《レンジャー》の勘が、
反射的に行動をとらせた。
だから、彼女は助かった。
ベキョグチ
ベルカナが飛びのいた一瞬後。
何かが振り下ろされていた。
それはふわりと揺れる栗毛を掠め、地上のアルルゥへと直撃。
骨と、肉の砕ける音がする。
何かが振り下ろされていた。
それはふわりと揺れる栗毛を掠め、地上のアルルゥへと直撃。
骨と、肉の砕ける音がする。
「ち」
「ッ!」
「ッ!」
襲撃者の舌打ち。
すかさず追い討ちの気配。
すかさず追い討ちの気配。
だが、次に動いたのはベルカナ。
「ぐ!」
爆音と閃光が狭い廊下を満たす。
投擲された爆弾石が破裂したのだ。
投擲された爆弾石が破裂したのだ。
敵の姿は見えない。
だが、襲撃者は確実にいる。
だとすれば。
敵は姿の見えない襲撃者。
標的が見えないなら、
範囲攻撃を仕掛けるしかない。
だが、襲撃者は確実にいる。
だとすれば。
敵は姿の見えない襲撃者。
標的が見えないなら、
範囲攻撃を仕掛けるしかない。
このベルカナの試みは、果たして一定の成果を得た。
爆発の残滓が晴れたとき、そこには明らかになった敵の姿があった。
白銀の外套を纏った怪人の姿が。
爆発の残滓が晴れたとき、そこには明らかになった敵の姿があった。
白銀の外套を纏った怪人の姿が。
どちらからともなく、
ぎりりと歯軋りの音がした。
ぎりりと歯軋りの音がした。
◆
打撃、打撃、打撃、打撃、打撃、打撃、打撃、打撃また打撃。
嵐のような乱打が吹き荒れていた。
嵐のような乱打が吹き荒れていた。
(ちいィッ!)
右上からの振り下ろしを杖の首で弾く。
額に汗が滲む。
間髪入れぬ横薙ぎを杖の腹で受ける。
武器を持つ手に衝撃が走る。
ひと息おいての突きを体捌きで流す。
カッ! カッ! カッ!
木と木のぶつかる小気味よい音が響く。
されど猛攻は止まらない。
疾風に揉まれる木の葉のように、やっとさっとで
攻撃を受け流しながらベルカナは内心舌を巻いた。
額に汗が滲む。
間髪入れぬ横薙ぎを杖の腹で受ける。
武器を持つ手に衝撃が走る。
ひと息おいての突きを体捌きで流す。
カッ! カッ! カッ!
木と木のぶつかる小気味よい音が響く。
されど猛攻は止まらない。
疾風に揉まれる木の葉のように、やっとさっとで
攻撃を受け流しながらベルカナは内心舌を巻いた。
(油断しましたわ!
こいつ、こんな動きができましたのね)
こいつ、こんな動きができましたのね)
先刻の城での戦いにおいて、彼女はこの白銀の敵の中身について、
戦闘慣れしていない一般人であるという推測を立てていた。
動きのぎこちなさ、判断の遅さなどを根拠に導いた結論。
確かに、それは半分は当たっていた。
だが。
戦闘慣れしていない一般人であるという推測を立てていた。
動きのぎこちなさ、判断の遅さなどを根拠に導いた結論。
確かに、それは半分は当たっていた。
だが。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ッ!」
「ッ!」
裂帛の気合とともに放たれた一撃をステップでかわす。
相手を捕らえそこなった杖は空を切り、床の石板を砕いた。
直撃していれば、間違いなく肩の骨を持っていかれていただろう。
それほどのパワーと、スピードの乗った打撃だった。
相手を捕らえそこなった杖は空を切り、床の石板を砕いた。
直撃していれば、間違いなく肩の骨を持っていかれていただろう。
それほどのパワーと、スピードの乗った打撃だった。
ベルカナの読み違えていた残り半分。
それは怪人の身体能力。
石板を木の杖で粉砕する敵の筋力と敏捷力は一般人の枠に収まるものではない。
おそらく、専業のファイターと同じか、それ以上。
少なくとも、ぺらぺらーずの前衛、マロウよりも上を行っていることは確かだ。
それは怪人の身体能力。
石板を木の杖で粉砕する敵の筋力と敏捷力は一般人の枠に収まるものではない。
おそらく、専業のファイターと同じか、それ以上。
少なくとも、ぺらぺらーずの前衛、マロウよりも上を行っていることは確かだ。
(今にして思えば、さっき爆弾石で相手が怯んだ隙に、さっさと古代語魔法で先制しておくべきでした。
失敗しましたわ)
失敗しましたわ)
思いのほか、アルルゥのことで落ち着きを失っていたようだ。
相手に戦士としての技能が全くなかったおかげで、防御に専念すれば、
そう容易くダメージをもらうことがないのが、不幸中の幸いか。
相手に戦士としての技能が全くなかったおかげで、防御に専念すれば、
そう容易くダメージをもらうことがないのが、不幸中の幸いか。
「ぐっ、くっ」
攻撃が中々当たらないことに業を煮やしたのか、怪人は手持ちの杖をめちゃめちゃに振り回す。
その太刀筋は傭兵の家に生まれ、戦う基礎を修めたベルカナにとってはいささか稚拙。
自分に届くものを冷静に見極め、タイミングを合わせて払っていく。
弾かれた武器が城の壁を削り、燭台を壊し、調度品を割り砕く。
その太刀筋は傭兵の家に生まれ、戦う基礎を修めたベルカナにとってはいささか稚拙。
自分に届くものを冷静に見極め、タイミングを合わせて払っていく。
弾かれた武器が城の壁を削り、燭台を壊し、調度品を割り砕く。
しかし、打撃のほとんどを捌くことに成功しているにもかかわらず、戦況は彼女の不利に推移していた。
(はあっ、はあっ……まずいですわね……手の、感覚が……)
敵の強力な膂力を受け続けてきたベルカナの両手は徐々に痺れ、限界を迎えつつあった。
このままでは、いずれ力を失って杖の制動が乱れ、押し切られてしまう。
反撃に転じ、防戦一方の現状を打ち破れば、継戦時間が伸びる可能性もあるが、
相手が畳み掛けるように乱撃を見舞ってくる以上はそれも難しい。
このままでは、いずれ力を失って杖の制動が乱れ、押し切られてしまう。
反撃に転じ、防戦一方の現状を打ち破れば、継戦時間が伸びる可能性もあるが、
相手が畳み掛けるように乱撃を見舞ってくる以上はそれも難しい。
(何とか……何とか、現状を打開する方法は……)
腕の感覚が失せるにつれ、焦りも高まってくる。
だが、打ち込まれる杖の嵐はその手を緩めることなく、無情に時間だけが経過する。
そして、ついに恐れていた瞬間が来てしまった。
だが、打ち込まれる杖の嵐はその手を緩めることなく、無情に時間だけが経過する。
そして、ついに恐れていた瞬間が来てしまった。
「ああっ!」
腰だめに放たれた強烈な打突を受けきれず、尻餅をついてしまったのだ。
刹那暗転した視界が回復したとき、正面には武器を大きく振り上げる銀の影。
慌てて体を捻り、回避を試みるが、結果が出る前に彼女は理解してしまう。
刹那暗転した視界が回復したとき、正面には武器を大きく振り上げる銀の影。
慌てて体を捻り、回避を試みるが、結果が出る前に彼女は理解してしまう。
敵の方が速い、と。
世界が突如、スローモーションに見える。
風切り音とともに振り下ろされた武器はそのまま吸い込まれるように
ベルカナの額を捉え、頭蓋を割り、脳を潰し、目や鼻から赤白い脳漿が噴出――――
風切り音とともに振り下ろされた武器はそのまま吸い込まれるように
ベルカナの額を捉え、頭蓋を割り、脳を潰し、目や鼻から赤白い脳漿が噴出――――
――――しなかった。
「!!?」
視界のスローモーションが元に戻り、世界が色を取り戻す。
命を刈り取るはずだった凶器は身をかわした彼女の真横、石畳に当たり、コツンとかわいい音を立てた。
ベルカナは命を拾ったのである。
命を刈り取るはずだった凶器は身をかわした彼女の真横、石畳に当たり、コツンとかわいい音を立てた。
ベルカナは命を拾ったのである。
ほとんど反射で体を起こし、戦闘を継続する体勢を整えるが、頭の中はクエスチョンマークで一杯だ。
(……おかしいですわ。
今のタイミング、完全にやられたと思いましたのに)
今のタイミング、完全にやられたと思いましたのに)
再び打ち合いを始めると、その疑問はさらに増大した。
これまで、あれほどベルカナを圧倒していた嵐のような攻めは鳴りを潜め、
代わりに打ち出されるのは、ひょろひょろした、まるで子供のちゃんばら遊び。
右へ左へ繰り出される打撃には全くキレがなく、ただ、杖をそこにもっていくだけで容易に防げてしまう。
これまで、あれほどベルカナを圧倒していた嵐のような攻めは鳴りを潜め、
代わりに打ち出されるのは、ひょろひょろした、まるで子供のちゃんばら遊び。
右へ左へ繰り出される打撃には全くキレがなく、ただ、杖をそこにもっていくだけで容易に防げてしまう。
(これは、何かの罠でしょうか?
いや、明らかに勝負が決まっていたのにそれはない……か。
いままでの無理がたたって体力が尽きたと考えるのが妥当でしょうか。
いずれにせよ、この隙に攻めない手はありませんわね)
いや、明らかに勝負が決まっていたのにそれはない……か。
いままでの無理がたたって体力が尽きたと考えるのが妥当でしょうか。
いずれにせよ、この隙に攻めない手はありませんわね)
頭を切り替えたベルカナは打って変わって反撃に出る。
相手の杖を頭上に跳ね上げ、空いたガードに向かって横薙ぎを見舞うと、
その一撃は予想以上の滑らかさで相手の腰に吸い込まれた。
相手の杖を頭上に跳ね上げ、空いたガードに向かって横薙ぎを見舞うと、
その一撃は予想以上の滑らかさで相手の腰に吸い込まれた。
「うっ」
逡巡した敵に立ち直りの機会を与えぬよう、今度はベルカナが怒涛の攻めを見せる。
首、腰、腕、それから頭。
リーチのあるマギステル・マギの杖を用いた初歩的な杖術に、怪人はほとんど反応することができない。
気持ちよく決まり始めた打撃に優勢を見て取るが……すぐにその考えを振り払う。
攻撃の決まったその先で、コートの表面、銀の六角形が弾け飛んで、即座に再生する。
その一連の動きは、杖からのダメージを完全に殺していた。
首、腰、腕、それから頭。
リーチのあるマギステル・マギの杖を用いた初歩的な杖術に、怪人はほとんど反応することができない。
気持ちよく決まり始めた打撃に優勢を見て取るが……すぐにその考えを振り払う。
攻撃の決まったその先で、コートの表面、銀の六角形が弾け飛んで、即座に再生する。
その一連の動きは、杖からのダメージを完全に殺していた。
(なるほど。あのコート、そういう仕掛けになっていましたか。
私程度の打撃力ではびくともしないようですが……)
私程度の打撃力ではびくともしないようですが……)
それならそれでやりようがある、とでも言わんばかりに攻め手を変更する。
牽制目的の高い攻撃で相手の意識を上段に惹きつけ、
下半身のバランスが危うくなったところで得物を思い切り回転。
杖の逆端で足元を衝く。
牽制目的の高い攻撃で相手の意識を上段に惹きつけ、
下半身のバランスが危うくなったところで得物を思い切り回転。
杖の逆端で足元を衝く。
「それっ!」
足狙い。
軸足に後ろから強い衝撃を食らわされた怪人は、たまらず仰向けにつんのめる。
と同時、背部のコートが弾け、またもダメージを無効化する。
しかし、ベルカナは焦らない。
軸足に後ろから強い衝撃を食らわされた怪人は、たまらず仰向けにつんのめる。
と同時、背部のコートが弾け、またもダメージを無効化する。
しかし、ベルカナは焦らない。
(元々、転倒のショックで倒そうなんてセコいこと、考えていませんわ。
私が欲しかったのは……ココッ!!)
私が欲しかったのは……ココッ!!)
杖を立て、狙いをつけて、突き刺すように振り下ろす。
狙った先は、転んだことにより顎が上がり、剥き出しになった喉。
狙った先は、転んだことにより顎が上がり、剥き出しになった喉。
「……血の痰を吐きながら苦しみなさい」
人体の中でも有数の急所であるそこに、尖った杖の先端を捻じ込んで――
「は、発射!」
――とどめの一撃がヒットする刹那、凄まじい轟音が脳を揺さぶった。
◆
「……ほぇ?」
夢の中で大きな和太鼓が鳴って、さくらは突然、現実に引き戻された。
せっかく楽しい夢を見ていた気がするのに、邪魔するなんて酷いよぅと
寝惚けたことを考えながら周りを見渡すと、そこは自宅のふわふわベッドではなく、
暗い石造りの部屋の堅い寝床。
せっかく楽しい夢を見ていた気がするのに、邪魔するなんて酷いよぅと
寝惚けたことを考えながら周りを見渡すと、そこは自宅のふわふわベッドではなく、
暗い石造りの部屋の堅い寝床。
自分が置かれた状況を思い出し、急速に意識が覚醒する。
ベルカナに矢継ぎ早の状況説明をされた後、
さくらは頭を整理しようと、ベッドの中で横になったまま、あれやこれやと考えて――
――纏らないうちに眠ってしまったらしい。
よいしょっと体を起こすと、何だかちょっと気分がいい。
思い当たって、小さな手を額にやると、すっかり熱が引いていた。
さくらは頭を整理しようと、ベッドの中で横になったまま、あれやこれやと考えて――
――纏らないうちに眠ってしまったらしい。
よいしょっと体を起こすと、何だかちょっと気分がいい。
思い当たって、小さな手を額にやると、すっかり熱が引いていた。
しかし、ほっ、と息をついたのも束の間、すぐに新しい不安の種を見つけてしまう。
「みんな、どこ行ったの?」
周りのベッドはさくらがいるところを除き、全て空になっていた。
さくらが眠りにつく前、この部屋にはあと四人もの人間がいた筈なのに。
どこも布団がめくれ上がり、誰かがそこで寝ていた形跡はあるものの、
本人が見当たらないばかりか、荷物まで綺麗さっぱり消えている。
これは一体、どういうことだろう。
さくらが眠りにつく前、この部屋にはあと四人もの人間がいた筈なのに。
どこも布団がめくれ上がり、誰かがそこで寝ていた形跡はあるものの、
本人が見当たらないばかりか、荷物まで綺麗さっぱり消えている。
これは一体、どういうことだろう。
「……置いていかれたのかな、私」
少し不安そうに、思い至ったその答えを口にする。
確かに、そう考えれば全てのつじつまが合う。
確かに、そう考えれば全てのつじつまが合う。
顔合わせの時は、皆、さくらを受け入れるフリをしていたが、内心は疎ましく思っていた。
それはそうだ。
さくらは自分の意思ではなかったとはいえ、雛苺と一緒に沢山の人に沢山ひどいことをした。
そんな子と一緒にいてもいいなんて子が、どこの世界にいるだろうか。
だから、みんなで示し合わせて暗い部屋にさくらを置き去りに――――
それはそうだ。
さくらは自分の意思ではなかったとはいえ、雛苺と一緒に沢山の人に沢山ひどいことをした。
そんな子と一緒にいてもいいなんて子が、どこの世界にいるだろうか。
だから、みんなで示し合わせて暗い部屋にさくらを置き去りに――――
「……ううん、そんなことあるわけない」
しかし、さくらはこの島では誰もが身を委ねてしまいそうな疑神の囁きを、そっと振り払う。
何故なら、彼らは梨々の友達で、梨々はさくらの友達だから。
何を知ってるわけじゃないけど、友達の友達は、友達だ。
友達は友達を見捨てたりなんか、しない。
ベルカナあたりが聞けば、思わず眉を顰めそうな論理。
だが、木之本桜にとってはその論理こそが、自らの信じるよすがであった。
少なくとも、この島に満ちている悪意なんかよりずっと。
何故なら、彼らは梨々の友達で、梨々はさくらの友達だから。
何を知ってるわけじゃないけど、友達の友達は、友達だ。
友達は友達を見捨てたりなんか、しない。
ベルカナあたりが聞けば、思わず眉を顰めそうな論理。
だが、木之本桜にとってはその論理こそが、自らの信じるよすがであった。
少なくとも、この島に満ちている悪意なんかよりずっと。
「きっと、何かわけがあったんだよ」
嫌な考えはゴミ箱に捨てて、勢いよくベッドから立ち上がる。
とりあえず、服を着ようと、掛けてある梨々の服を手に取ったところで、
とりあえず、服を着ようと、掛けてある梨々の服を手に取ったところで、
「!?」
さくらはその音を聞いた。
低く、お腹に響く大きな音。
低く、お腹に響く大きな音。
「……これって」
自分を夢から覚ましたあの和太鼓を思い出す。
もしかしてこの音だったのだろうか。
もしかしてこの音だったのだろうか。
「!! また」
するうち、また同じ音。
一体、何の音だろう。
大きな太鼓を思い切り鳴らしてるような、怪獣さんが足踏みしてるような、大砲を撃つときのような……
一体、何の音だろう。
大きな太鼓を思い切り鳴らしてるような、怪獣さんが足踏みしてるような、大砲を撃つときのような……
「!!」
さくらの頭の中で何かが繋がる。
取り残されたさくら、いなくなった仲間、遠くからする大砲の音。
この符号が示すものは何か。
簡単だ。
ベルカナたちはきっと敵と戦っているのだ。
熱を出したさくらを一人安全なこの部屋に残して。
取り残されたさくら、いなくなった仲間、遠くからする大砲の音。
この符号が示すものは何か。
簡単だ。
ベルカナたちはきっと敵と戦っているのだ。
熱を出したさくらを一人安全なこの部屋に残して。
「……行かなくっちゃ」
シーツを振り捨て、足早に着替えを済ませると、音を頼りに走り出す。
行かないわけにはいかない。
もしかしたら、今、仲間達が戦っているのは、さくらを取り戻しにやってきた雛苺かもしれないのだから。
行かないわけにはいかない。
もしかしたら、今、仲間達が戦っているのは、さくらを取り戻しにやってきた雛苺かもしれないのだから。