それはきっと唯一の方法 ◆3k3x1UI5IA
……どこか遠くで太鼓が鳴っている。
森を抜け、山道を歩き始めていた少女は呟いた。
森を抜け、山道を歩き始めていた少女は呟いた。
「……獲物か」
足元は歩きにくいハイヒール。身にまとうは背中の開いたパーティドレス。
自分でも踏みかねない長い裾(実際、既に3回ほど踏んだ)は、今はまとめて縛って持ち上げている。
これが正装必須の夜会の場なら、即座につまみ出されそうな無作法な装い。
けれど、今ヴィータが居るのは、「殺し合い」のリングの中なのだ。少女は暗い炎を宿した瞳で天を仰ぐ。
自分でも踏みかねない長い裾(実際、既に3回ほど踏んだ)は、今はまとめて縛って持ち上げている。
これが正装必須の夜会の場なら、即座につまみ出されそうな無作法な装い。
けれど、今ヴィータが居るのは、「殺し合い」のリングの中なのだ。少女は暗い炎を宿した瞳で天を仰ぐ。
『1人目』は、失敗だった。
思ったよりも腕が立つ相手だったせいもある。予想外の『武器』に意表を突かれたせいもある。
だが、一番の理由は、きっとヴィータ自身の迷いのせい。
あいつの質問に答えたりせず、そのまま炎の剣を振りぬいていれば、命を奪えただろうに。
思ったよりも腕が立つ相手だったせいもある。予想外の『武器』に意表を突かれたせいもある。
だが、一番の理由は、きっとヴィータ自身の迷いのせい。
あいつの質問に答えたりせず、そのまま炎の剣を振りぬいていれば、命を奪えただろうに。
そしてその隙を突いて、少年は不思議なデバイス?を用い、自分の服を強制的に交換してしまった。
戦いにはまるで向かないパーティドレスを着せられ、仲間の姿を重ねていた指輪は消え去って……。
その服装ゆえに、少年を取り逃がしてしまった。
戦いにはまるで向かないパーティドレスを着せられ、仲間の姿を重ねていた指輪は消え去って……。
その服装ゆえに、少年を取り逃がしてしまった。
もう、あんなヘマはしない。そしてこの一件はヴィータに1つの覚悟を決めさせていた。
「もう躊躇わない。誰が相手でも、話なんて聞いてやらねぇ。
そして悪いな、シグナム、ザフィーラ……。
たとえこの先、お前らが奪われようと壊されようと、あたしははやてを守る。
シャマルみてーに犠牲になったとしても、もう動揺なんてしない。そう決めたんだ」
そして悪いな、シグナム、ザフィーラ……。
たとえこの先、お前らが奪われようと壊されようと、あたしははやてを守る。
シャマルみてーに犠牲になったとしても、もう動揺なんてしない。そう決めたんだ」
いつの間にか支給品と仲間を完全に同一視しているヴィータの言葉。
そんな自分の変化に気付くことなく、彼女は考えを巡らせる。
そんな自分の変化に気付くことなく、彼女は考えを巡らせる。
先ほどの遭遇で消耗した魔力の回復を図るべく、隠れ家になる建物を探すつもりでいた。
そして、隠れる場所も多い南西の街に行こうと、山脈の低い所を選んで越えようと思っていた。
けれど、こうして格好の標的が近くに居るのに、引き下がるのか? 何もせずに隠れて休むのか?
こうしている間にも、はやてが危険な目に会っているかもしれないのに?
そして、隠れる場所も多い南西の街に行こうと、山脈の低い所を選んで越えようと思っていた。
けれど、こうして格好の標的が近くに居るのに、引き下がるのか? 何もせずに隠れて休むのか?
こうしている間にも、はやてが危険な目に会っているかもしれないのに?
「急がねーとな……『獲物』が逃げちまう前に。今度こそ、仕留めてみせる」
ヴィータは殺気の篭った瞳で、山々を見上げる。
既に太鼓の音は聞こえなくなっていたが、その方向と距離は大体の見当がついていた。
既に太鼓の音は聞こえなくなっていたが、その方向と距離は大体の見当がついていた。
* * *
……どこか遠くで太鼓が鳴っている。
山々の谷間、枯れた沢を登っていた少年は、困ったように山頂の方を見上げた。
山々の谷間、枯れた沢を登っていた少年は、困ったように山頂の方を見上げた。
「誰かいるのかな。今はまだ、誰にも出会いたくないんだけど」
才賀勝は自分の背中にかかった重みを考える。
ランドセルの中に入っている、危険過ぎる3つの武器。これらの完全破壊こそが、彼の当面の目的だ。
それに使う工具類を求め、南西の街を目指して歩き出した彼。
学校に向かわなかったのは、学校の場合誰かと鉢合わせしたら逃げにくい、と判断したからだ。
山を迂回するコースや、登りやすい峰伝いの山道を避けたのも、他の誰かに見つかることを恐れたからだ。
今歩いている沢登りコースは、多少疲れる代わりに、遠くから見つかりにくい。
このまま目立たないように峠を越えて、街の方に降りていければ、と思っていたのだが……。
ランドセルの中に入っている、危険過ぎる3つの武器。これらの完全破壊こそが、彼の当面の目的だ。
それに使う工具類を求め、南西の街を目指して歩き出した彼。
学校に向かわなかったのは、学校の場合誰かと鉢合わせしたら逃げにくい、と判断したからだ。
山を迂回するコースや、登りやすい峰伝いの山道を避けたのも、他の誰かに見つかることを恐れたからだ。
今歩いている沢登りコースは、多少疲れる代わりに、遠くから見つかりにくい。
このまま目立たないように峠を越えて、街の方に降りていければ、と思っていたのだが……。
「タイコを叩いて、人をおびき寄せようというわけでもないだろうし……
話の通じる人が、いるかもしれない。行った方がいいんだろうか」
話の通じる人が、いるかもしれない。行った方がいいんだろうか」
もっとも、話の通じないほどに頭のおかしい人々が居る可能性も否定できなかったが。
勝は悩みながらも、歩みを進める。喉の渇きを覚えて、ペットボトルを取り出し一口飲む。
何とはなしに頭上を仰いだ勝は、そして何やら宙を舞う小さな影を見た。
勝は悩みながらも、歩みを進める。喉の渇きを覚えて、ペットボトルを取り出し一口飲む。
何とはなしに頭上を仰いだ勝は、そして何やら宙を舞う小さな影を見た。
そう、勝は気付いていなかったのだ。
谷間を登る沢登りコース。確かにそのルートを歩めば、地上に居る者からは見えにくい。
しかし、空を飛ぶ能力を持つ者、空中から地上を俯瞰する者からは、その姿は丸見えなのだ。
その人物に別の気がかりでも無い限り、彼に気付かないわけがない――!
谷間を登る沢登りコース。確かにそのルートを歩めば、地上に居る者からは見えにくい。
しかし、空を飛ぶ能力を持つ者、空中から地上を俯瞰する者からは、その姿は丸見えなのだ。
その人物に別の気がかりでも無い限り、彼に気付かないわけがない――!
* * *
……どこか遠くで太鼓が鳴っている。
翼を広げて飛びながら、リリスは楽しそうに笑った。
翼を広げて飛びながら、リリスは楽しそうに笑った。
「うふふ。なんだか楽しく『遊べ』そうな、よ・か・ん ♪」
無邪気に微笑む彼女。その表情だけ見れば、姿形に見合った子供らしい可愛さしか感じられない。
しかしその胸の内では、子供っぽさからはかけ離れた「遊び」のプランが、いくつも浮かんでいたのだった。
しかしその胸の内では、子供っぽさからはかけ離れた「遊び」のプランが、いくつも浮かんでいたのだった。
* * *
……太鼓が鳴り止んで、しばらくして。
結局のところ、生理現象には抗えないものである。
たとえそれが、殺し合いのゲームの最中であろうとも。
そして――Lv2すけべ大魔神がパーティ内にいるという、乙女にとっては危機的状況であろうとも。
たとえそれが、殺し合いのゲームの最中であろうとも。
そして――Lv2すけべ大魔神がパーティ内にいるという、乙女にとっては危機的状況であろうとも。
「……あ、帰ってきた!」
「すまんな、待たせたか。そこの『腐れ勇者』は大人しくしていたか?」
「すまんな、待たせたか。そこの『腐れ勇者』は大人しくしていたか?」
空からフワリと、1人の少女が舞い降りる。
背に生えていた白い翼が、舞い散る羽毛の幻影を残して消え失せる。
岩山の山頂に降り立ったのは、何となくスッキリした様子のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
彼女を迎えたのは、どこか切羽詰った表情を浮かべた高町なのはと、そして……
縛り上げられ地面に転がされた、無様な姿の勇者ニケだった。
彼を拘束している奇妙な帯には、一面に『ぬ』の文字。
数だけは大量にあったハンカチを、結んで繋いで作った即席ロープだった。
2人の貞操観念を守る役には立ってるが、縛られてる当人がどこか嬉しそうなのが少し腹立たしい。
背に生えていた白い翼が、舞い散る羽毛の幻影を残して消え失せる。
岩山の山頂に降り立ったのは、何となくスッキリした様子のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
彼女を迎えたのは、どこか切羽詰った表情を浮かべた高町なのはと、そして……
縛り上げられ地面に転がされた、無様な姿の勇者ニケだった。
彼を拘束している奇妙な帯には、一面に『ぬ』の文字。
数だけは大量にあったハンカチを、結んで繋いで作った即席ロープだった。
2人の貞操観念を守る役には立ってるが、縛られてる当人がどこか嬉しそうなのが少し腹立たしい。
「先を譲って貰って済まなかったな。この『クロウカード』を貸してやる。お前も行ってこい」
「うん、ありがとう!」
「わざわざ魔法でトイレとはなぁ……。ククリもヨンヨン使ってたけど、女の子ってみんなこうなのか?」
「峰を1つ2つ越えると、まあここからは見えない。谷まで下りれば身を隠せる藪もある。
さっさと済ませて、さっさと戻って来い。それまでこの『女の敵』は見張っててやる」
「わかったッ! 荷物お願いね、エヴァンジェリンさん!」
「オレのことは無視かよ! ギャグ漫画じゃ無視が一番堪える仕打ちなのに! なんて残酷なやつらだ!」
「うん、ありがとう!」
「わざわざ魔法でトイレとはなぁ……。ククリもヨンヨン使ってたけど、女の子ってみんなこうなのか?」
「峰を1つ2つ越えると、まあここからは見えない。谷まで下りれば身を隠せる藪もある。
さっさと済ませて、さっさと戻って来い。それまでこの『女の敵』は見張っててやる」
「わかったッ! 荷物お願いね、エヴァンジェリンさん!」
「オレのことは無視かよ! ギャグ漫画じゃ無視が一番堪える仕打ちなのに! なんて残酷なやつらだ!」
ぶっきらぼうにカードを突き出したエヴァに心から感謝しつつ、なのはは『翔』のカードを発動させる。
次の瞬間、なのはの両足首の辺りから白い翼が出現し、彼女の身体が宙に浮く。
どうやら普段使っていた飛行魔法のスタイルが影響したらしい――と冷静な分析をする間もなく。
ランドセルをエヴァに押し付けるようにして預けると、文字通り矢のようなスピードで飛んでいく。
富士山のようにポツンとそびえる山ではなく、小さいながらも山脈を形作っている山だ。
少し移動するだけで、山頂からは死角になる谷や沢がいくつもある。
ちょいと『お花を摘みに行く』(もちろん隠語としての意味で)には都合がいい。
赤面しつつも飛び去った少女をエヴァと共に見送りながら、ニケは神妙な表情で呟く。
次の瞬間、なのはの両足首の辺りから白い翼が出現し、彼女の身体が宙に浮く。
どうやら普段使っていた飛行魔法のスタイルが影響したらしい――と冷静な分析をする間もなく。
ランドセルをエヴァに押し付けるようにして預けると、文字通り矢のようなスピードで飛んでいく。
富士山のようにポツンとそびえる山ではなく、小さいながらも山脈を形作っている山だ。
少し移動するだけで、山頂からは死角になる谷や沢がいくつもある。
ちょいと『お花を摘みに行く』(もちろん隠語としての意味で)には都合がいい。
赤面しつつも飛び去った少女をエヴァと共に見送りながら、ニケは神妙な表情で呟く。
「しかし……見えないな。これは由々しきことかもしれないぞ」
「何がだ?」
「パンツだ。禁断の伝承『第二期は穿いてない疑惑』はひょっとして本当かもしれn」
「何がだ?」
「パンツだ。禁断の伝承『第二期は穿いてない疑惑』はひょっとして本当かもしれn」
バキ! ボキベキ! デュクシ! メメタァ! ジャキガン! ティウンティウンティウン! グギュグバァ!!
バーバラパッパパー♪ 【ニケの称号『すけべ大魔神』のレベルがまたあがりました】
* * *
「メタなレベルのボケは、この辺にしておいて……あんまやりすぎても読み手から文句来るしよ」
「何だその言い訳じみた説明口調は。それに、そんな格好で真面目な顔されてもな」
「何だその言い訳じみた説明口調は。それに、そんな格好で真面目な顔されてもな」
なのはの姿が山の峰の向こうに見えなくなった頃。急に真剣な表情になってニケが呟く。
だが「ぬのハンカチ」で縛られ転がされたままなので、顔だけ凛々しくても全くサマにならない。
だが「ぬのハンカチ」で縛られ転がされたままなので、顔だけ凛々しくても全くサマにならない。
「いや、おれだってボケ専門でもエロネタ専門でもないからさ。たまには勇者らしいところを見せねーと」
「何でもいいが、シリアスな話をしたいなら拘束を解いたらどうだ? その程度、簡単に抜けられるだろうが」
「いや、シリアスになり過ぎても、今度は『お前誰?』って言われそうだからこのままでいい」
「難儀な奴め。それで? 何の話だ?」
「何でもいいが、シリアスな話をしたいなら拘束を解いたらどうだ? その程度、簡単に抜けられるだろうが」
「いや、シリアスになり過ぎても、今度は『お前誰?』って言われそうだからこのままでいい」
「難儀な奴め。それで? 何の話だ?」
エヴァとしては、ニケには何の期待もしていない。半ば投げやりな気分で、続きを促す。
「おれの『地の剣』だけど、普段なら、有線ってこと以外は凄く使える剣なんだ。
地上にあるもので斬れないものはない! って切れ味のハズなんだよ」
「確かに、あれだけ派手な儀式を要し有効範囲も制限されれば、その程度の効果はないと空しいだろうな」
「でも……斬れなかった。そこにある岩さえ、斬れなかった。
東西オッポレ合戦で優勝間違いなし! な太鼓を叩いても、斬れ味は上がらなかった」
「魔法儀式の不備が原因……では無いな、話を聞く限りでは」
地上にあるもので斬れないものはない! って切れ味のハズなんだよ」
「確かに、あれだけ派手な儀式を要し有効範囲も制限されれば、その程度の効果はないと空しいだろうな」
「でも……斬れなかった。そこにある岩さえ、斬れなかった。
東西オッポレ合戦で優勝間違いなし! な太鼓を叩いても、斬れ味は上がらなかった」
「魔法儀式の不備が原因……では無いな、話を聞く限りでは」
エヴァも魔法に関しては達人だ。ルールの違う魔法であっても、大体のところは推察できる。
2人の視線が、すぐ傍に出しっぱなしの『地の剣』(有線式)に向けられる。
2人の視線が、すぐ傍に出しっぱなしの『地の剣』(有線式)に向けられる。
「なんでも、『地の剣』のツタの部分は『草木の精』の担当、刀身部分は『宝石の精』の担当、なんだそうだ。
で、以前『花の国』で問題が起きて『草木の精』の力が落ちた時には、ツタがすんごく短くなった。つまり」
「つまり?」
「今度は地の底かどっかにあるはずの『宝石の国』に行って、子育てに挑戦しなきゃなんないってことだ!
ククリも今ここには居ないから、エヴァかなのは、どっちかが『お母さん』になるしかないな!」
で、以前『花の国』で問題が起きて『草木の精』の力が落ちた時には、ツタがすんごく短くなった。つまり」
「つまり?」
「今度は地の底かどっかにあるはずの『宝石の国』に行って、子育てに挑戦しなきゃなんないってことだ!
ククリも今ここには居ないから、エヴァかなのは、どっちかが『お母さん』になるしかないな!」
縛られた格好のまま、力強く言い切るニケ。
エヴァがその意味を理解できないであろうことも、内心承知の上だ。
だが――しばらく待っても、エヴァからのツッコミが来ない。殴られることも覚悟してたのに、それが来ない。
繰り返すが、ボケにツッコミもなく放置されるのは、ギャグ漫画においては最も残酷な仕打ちと言っていい。
沈黙に耐え切れず、ニケがエヴァに何かを言おうと思った、その時。
エヴァがその意味を理解できないであろうことも、内心承知の上だ。
だが――しばらく待っても、エヴァからのツッコミが来ない。殴られることも覚悟してたのに、それが来ない。
繰り返すが、ボケにツッコミもなく放置されるのは、ギャグ漫画においては最も残酷な仕打ちと言っていい。
沈黙に耐え切れず、ニケがエヴァに何かを言おうと思った、その時。
「……くっくっく。くふっ、ははッ、ハッハッハ! なるほどな、それは十分ありえる! ありうるぞ!」
「なッ、ちょッ……あの~、一体どうなさいましたか、エヴァンジェリンさん?! 何か面白いことでも?」
「ニケ、貴様は本当に『勇者』かもしれんな。下らん一言で道を開いてくれる。その自覚も無いのだろうが」
「なッ、ちょッ……あの~、一体どうなさいましたか、エヴァンジェリンさん?! 何か面白いことでも?」
「ニケ、貴様は本当に『勇者』かもしれんな。下らん一言で道を開いてくれる。その自覚も無いのだろうが」
急に哄笑を始めたエヴァの姿に、思わず下手に出てしまったニケだったが。
まさか褒められるとは思ってもおらず、そのまま固まってしまった彼に、エヴァがニヤリと笑いかける。
まさか褒められるとは思ってもおらず、そのまま固まってしまった彼に、エヴァがニヤリと笑いかける。
「喜べ。貴様のお陰で、ジェダの奴の居場所が見当ついたぞ。確証は無いが、まず間違いあるまい」
* * *
「ふぃ~~。危なかったぁ~~」
すっかり緩みきった顔で、高町なのはは藪を掻き分け姿を現した。
ここは山の谷間。エヴァが言っていた通り、ここからだとさっきの山頂は見えない。
さほど距離が離れているわけではないが、まあ、その、なんだ。色々と安心できる。
ここは山の谷間。エヴァが言っていた通り、ここからだとさっきの山頂は見えない。
さほど距離が離れているわけではないが、まあ、その、なんだ。色々と安心できる。
「それにしても……連絡、来ないな。もう数時間は経ってるのに」
当面の問題が解決し、ニケの近くから離れたことで、彼女の思考は普段の落ち着きを取り戻していた。
さて、そうなってみて思うのは、管理局やアースラのみんなのこと。
彼らが動き始めているのなら、そろそろ念話の1つも届いて良さそうなものだが……全く音沙汰がない。
さて、そうなってみて思うのは、管理局やアースラのみんなのこと。
彼らが動き始めているのなら、そろそろ念話の1つも届いて良さそうなものだが……全く音沙汰がない。
「これだけ派手な『次元犯罪』、みんなが気付いてないはずは無いよね。
あたしたちが消えたことだけでも、きっと大騒ぎになってるはずだし……」
あたしたちが消えたことだけでも、きっと大騒ぎになってるはずだし……」
ここまでに聞いた話を総合するに、エヴァンジェリンやニケは、なのはとは違う『次元世界』の住人だ。
それも相当「遠い」世界。ミッドチルダ式ともベルカ式とも全く異なる魔法体系の魔法使い。
そんな複数の世界に跨って、ここまで派手に誘拐行為を繰り広げたのなら――
次元を跨ぐ犯罪を監視し処罰する、時空管理局の網に引っ掛からないはずがない。
そして職務を抜きにしても、個人的に親しいアースラの面々が、動いていないはずがない。
それも相当「遠い」世界。ミッドチルダ式ともベルカ式とも全く異なる魔法体系の魔法使い。
そんな複数の世界に跨って、ここまで派手に誘拐行為を繰り広げたのなら――
次元を跨ぐ犯罪を監視し処罰する、時空管理局の網に引っ掛からないはずがない。
そして職務を抜きにしても、個人的に親しいアースラの面々が、動いていないはずがない。
だから――彼らからの連絡が来ない、この状況。
彼らが「動いていない」と考えるより、「既に動き出しているがまだ手が届いていない」と考えた方が自然だ。
管理局は、きっと「事件の発生そのもの」には気付いている。
そして、捜査を開始している。クロノやリンディ艦長、ユーノやアルフ、3人のベルカの騎士が、動いている。
ただ、まだ「今なのはたちが居る次元座標」が掴みきれていないだけなのだ。
彼らが「動いていない」と考えるより、「既に動き出しているがまだ手が届いていない」と考えた方が自然だ。
管理局は、きっと「事件の発生そのもの」には気付いている。
そして、捜査を開始している。クロノやリンディ艦長、ユーノやアルフ、3人のベルカの騎士が、動いている。
ただ、まだ「今なのはたちが居る次元座標」が掴みきれていないだけなのだ。
「でも、捕まらないってことは、『時の庭園』みたいにこの島も次元間を移動してるのかな……?
フェイトちゃんやユーノ君なら、もっと詳しいこと分かりそうなんだけど」
フェイトちゃんやユーノ君なら、もっと詳しいこと分かりそうなんだけど」
残念ながら、正規の魔法教育を受けていないなのはは、この手の技術にはかなり疎い。
でも、『時の庭園』に住んでいたフェイトなら、この島の構造などを推察することができるかもしれない。
首尾よくフェイトと合流することができたら、色々と尋ねてみよう。なのははそう決める。
でも、『時の庭園』に住んでいたフェイトなら、この島の構造などを推察することができるかもしれない。
首尾よくフェイトと合流することができたら、色々と尋ねてみよう。なのははそう決める。
「さて、早く帰らないと。きっとエヴァンジェリンさん、怒ってるだろうし。
ニケ君が八つ当たりで殺されちゃう前に、止めてあげないとね」
ニケ君が八つ当たりで殺されちゃう前に、止めてあげないとね」
なのははクスリと笑うと、『翔』のカードを再度発動させる。
足首のあたりから翼が生え、彼女の身体が地面から浮き上がったところで……ふと、彼女は気がついた。
足首のあたりから翼が生え、彼女の身体が地面から浮き上がったところで……ふと、彼女は気がついた。
物音がする。谷の向こう、今なのはが居る場所から少し下ったあたり。
互いの視線を遮る、大きな岩の向こう側から、何やら争うような物音が。
互いの視線を遮る、大きな岩の向こう側から、何やら争うような物音が。
* * *
「貴様らに声をかける前、私は空を飛んで、この島を覆う『結界』の『天井』を確認してきた」
「天丼?」
「形は大雑把に言ってドーム状。滑らかな曲面を描いて、すっぽり島を覆っていると見てよかろう」
「……シクシク」
「ええい五月蝿い泣くなボケるな、話が進まん! ……コホン、それでだな。
その『結界』を先に伸ばしていったら、どういう『形』になっていると思う?」
「天丼?」
「形は大雑把に言ってドーム状。滑らかな曲面を描いて、すっぽり島を覆っていると見てよかろう」
「……シクシク」
「ええい五月蝿い泣くなボケるな、話が進まん! ……コホン、それでだな。
その『結界』を先に伸ばしていったら、どういう『形』になっていると思う?」
山頂にて。なのはの帰りを待ちながら、エヴァはニケに自説を披露する。
ボケ倒しても相手にしてもらえないことを悟ったニケは、必死に頭を回転させる。
ボケ倒しても相手にしてもらえないことを悟ったニケは、必死に頭を回転させる。
「ええと、海の中まで伸びて、海底や地中ごと、球形になって丸く包み込んでいる?」
「そうだ。おそらくそうだろう。単に島を外界と遮断するだけなら、円筒形の結界でもいいわけだしな。
それにちょっと穴を掘ったくらいで抜け出せるようでは、奴も困るだろう。
そしてこの『結界』は、おそらく『念話』や『転移魔法』を完全に遮断する性質が付与されている。
どちらもそう高度な魔法でもないしな。外部と簡単に接触されては、ジェダも困るはずだ」
「ところでさ、なんかさっきから『おそらく』とか『だろう』とか『はず』が多すぎじゃね?
エヴァ先生、あんまし説得力ないんですけどー」
「うッ、五月蝿い! 今は推測でしか語れぬのだから仕方ないだろうッ!
……で、だ。そう考えると、今度は疑問が出てくる」
「そうだ。おそらくそうだろう。単に島を外界と遮断するだけなら、円筒形の結界でもいいわけだしな。
それにちょっと穴を掘ったくらいで抜け出せるようでは、奴も困るだろう。
そしてこの『結界』は、おそらく『念話』や『転移魔法』を完全に遮断する性質が付与されている。
どちらもそう高度な魔法でもないしな。外部と簡単に接触されては、ジェダも困るはずだ」
「ところでさ、なんかさっきから『おそらく』とか『だろう』とか『はず』が多すぎじゃね?
エヴァ先生、あんまし説得力ないんですけどー」
「うッ、五月蝿い! 今は推測でしか語れぬのだから仕方ないだろうッ!
……で、だ。そう考えると、今度は疑問が出てくる」
いちいち話の腰を折るニケに、エヴァは苛立ちながらも説明を続ける。
ニケは性格上、長い間シリアスな話ができない。でも、全くできないというわけでもないわけで。
ニケは性格上、長い間シリアスな話ができない。でも、全くできないというわけでもないわけで。
「それはつまりジェダ自身はどこに居て、どこからオレたちを島に『転移』させたのか、ってことか。
『結界』を越えて『転移』させることは簡単じゃないから、それは球形の『結界』の内部のどこか。
でも地上にあんな大広間はまず無いから、多分土の下。この島の地下に居る、ってか。
なるほど、確かに『地の底の『宝石の国』』のネタを振ったオレのお陰だな!」
「…………ッ!!!」
『結界』を越えて『転移』させることは簡単じゃないから、それは球形の『結界』の内部のどこか。
でも地上にあんな大広間はまず無いから、多分土の下。この島の地下に居る、ってか。
なるほど、確かに『地の底の『宝石の国』』のネタを振ったオレのお陰だな!」
「…………ッ!!!」
ニケは急に真面目な表情に豹変し、エヴァの説の一番のキモを横取りして説明してしまう。
しつこいようだが彼は「ぬのハンカチ」で縛られ転がされたままの姿。全然カッコ悪い。
しつこいようだが彼は「ぬのハンカチ」で縛られ転がされたままの姿。全然カッコ悪い。
「となると、次のイベントは地下に続くダンジョンの捜索だな!?
いくら『転移魔法』があっても、緊急用の通路は用意しておきたい、ってのは人情だしな。
塔の地下か、お城の地下か、それとも洞窟の奥か……もちろん偽装くらいされてるだろーけど。
ともあれ、ようやく停滞してたイベントが動き出した感じだぜ! さすがオレ! さすが光の勇者!」
「きッ……貴様という奴は……ッ!」
いくら『転移魔法』があっても、緊急用の通路は用意しておきたい、ってのは人情だしな。
塔の地下か、お城の地下か、それとも洞窟の奥か……もちろん偽装くらいされてるだろーけど。
ともあれ、ようやく停滞してたイベントが動き出した感じだぜ! さすがオレ! さすが光の勇者!」
「きッ……貴様という奴は……ッ!」
ゆうしゃは おもいっきり ちょうしにのっている!
エヴァンジェリンは いかりくるった!
エヴァンジェリンの こうげき! ゆうしゃは また ボコボコにされた!
エヴァンジェリンは いかりくるった!
エヴァンジェリンの こうげき! ゆうしゃは また ボコボコにされた!
* * *
枯れた谷の底、やや開けた広場のような空間で――
こちらでも、1人の少年に1人の少女が襲い掛かっていた。
ただしこちらはギャグ交じりのじゃれ合いのような攻撃ではない。本気の殺気が篭った、炎の刃。
こちらでも、1人の少年に1人の少女が襲い掛かっていた。
ただしこちらはギャグ交じりのじゃれ合いのような攻撃ではない。本気の殺気が篭った、炎の刃。
「ちょっと君、待って!」
「待たねぇ! 問答無用ッ!」
「待たねぇ! 問答無用ッ!」
吐き捨てるように叫び、少女が剣を振るう。縛ってまとめ上げられたパーティドレスの裾がはためく。
少年は大きく飛びのいて回避するが、刃の切っ先がその胸を掠めて。
斜めに切り裂かれたシャツが、燃え上がる。
彼は慌てて手にしていたペットボトルの水を頭から被り、消火する。
びしょ濡れになった上に服は裂けてしまったが、しかし身体そのものには届いていない。
少年は大きく飛びのいて回避するが、刃の切っ先がその胸を掠めて。
斜めに切り裂かれたシャツが、燃え上がる。
彼は慌てて手にしていたペットボトルの水を頭から被り、消火する。
びしょ濡れになった上に服は裂けてしまったが、しかし身体そのものには届いていない。
「くッ、やっぱりこの靴、動きにくいぜッ……!」
足元がふらつき、追撃し損ねたヴィータは舌打ちをする。
太鼓の音がした山頂を目指し、空に舞い上がった所で勝を見つけて、標的を変更。
不意打ち気味に襲い掛かってみたのだが、この勝もまた、かなりの体術の持ち主。
さっきから何度も斬りつけているのだが、なかなかその身体を捉えられない。
太鼓の音がした山頂を目指し、空に舞い上がった所で勝を見つけて、標的を変更。
不意打ち気味に襲い掛かってみたのだが、この勝もまた、かなりの体術の持ち主。
さっきから何度も斬りつけているのだが、なかなかその身体を捉えられない。
これが普段通りに飛行できるのなら、ハイヒールなど気にならないのだが。
いつもなら歩くのと同じくらいの感覚で使えるはずの、飛翔魔法。ベルカの騎士にとっても基本能力。
それがこの島では、妙に負担が大きい。どうも魔力の消耗が多い。
山頂まで昇るのを諦め、比較的近くにいた勝に目標変更したのも、1つにはこれのせいだ。
いつもなら歩くのと同じくらいの感覚で使えるはずの、飛翔魔法。ベルカの騎士にとっても基本能力。
それがこの島では、妙に負担が大きい。どうも魔力の消耗が多い。
山頂まで昇るのを諦め、比較的近くにいた勝に目標変更したのも、1つにはこれのせいだ。
(それにしても……くそッ、シグナムには悪いが、やっぱコイツはあたしに向いてねぇ!)
ヴィータはチラリと自分の武器を見る。
炎の魔剣フランヴェルジュ。
適度な長さでバランスも良く、万人にとって使い勝手のいい武器、のはずだったが……
『鉄槌の騎士』の異名を取るヴィータには、いまいち物足りない。どこか中途半端な印象が否めない。
本来の彼女は、巨大なハンマーを両手で振り回し突撃する、生粋のパワーファイターだ。
防御を掻い潜って攻撃を当てるのではなく、防御の上から、防御もろとも叩き潰す。それが彼女のスタイル。
そんな彼女には、この片手剣の微妙な「軽さ」が、「柄の短さ」が、なんとも心細い。
剣だから使いづらい、というわけではないのだ。ハンマーでなければ戦えない、というわけでもないのだ。
剣なら剣でもいいから、せめてこれが、もっと大きく重たいものだったなら……!
炎の魔剣フランヴェルジュ。
適度な長さでバランスも良く、万人にとって使い勝手のいい武器、のはずだったが……
『鉄槌の騎士』の異名を取るヴィータには、いまいち物足りない。どこか中途半端な印象が否めない。
本来の彼女は、巨大なハンマーを両手で振り回し突撃する、生粋のパワーファイターだ。
防御を掻い潜って攻撃を当てるのではなく、防御の上から、防御もろとも叩き潰す。それが彼女のスタイル。
そんな彼女には、この片手剣の微妙な「軽さ」が、「柄の短さ」が、なんとも心細い。
剣だから使いづらい、というわけではないのだ。ハンマーでなければ戦えない、というわけでもないのだ。
剣なら剣でもいいから、せめてこれが、もっと大きく重たいものだったなら……!
だが、文句を言っても始まらない。泣き言も愚痴も今は無しだ。
動きづらいと判断したか、標的の少年は切り裂かれたシャツを破くようにして脱いでいる。
引き裂かれたシャツの下から、無数の傷痕が刻まれた素肌が姿を現す。
おそらくこの少年も、人並みならぬ人生を歩んできたのだろう。重たいモノを背負って生きてきたのだろう。
全身の傷痕が、そして強い意志を感じさせる瞳が、それを物語る。
動きづらいと判断したか、標的の少年は切り裂かれたシャツを破くようにして脱いでいる。
引き裂かれたシャツの下から、無数の傷痕が刻まれた素肌が姿を現す。
おそらくこの少年も、人並みならぬ人生を歩んできたのだろう。重たいモノを背負って生きてきたのだろう。
全身の傷痕が、そして強い意志を感じさせる瞳が、それを物語る。
「だからってなぁ……あたしも、譲るわけにはいかねぇんだよぉぉぉッ!」
ヴィータは大地を蹴る。
地面スレスレの低空飛行。消耗も覚悟の飛翔魔法。
パーティドレスの裾をなびかせて、大きく剣を振りかぶる。
短い柄に左手も添えて、無理やりに両手で構え。攻撃モーションが丸見えでも気にしない。
不慣れな戦い方はもうやめだ。得物が違っても普段通り。防御ごと打ち砕く気迫の、突進攻撃!
そんなヴィータの突進を目の前にして、少年は……
地面スレスレの低空飛行。消耗も覚悟の飛翔魔法。
パーティドレスの裾をなびかせて、大きく剣を振りかぶる。
短い柄に左手も添えて、無理やりに両手で構え。攻撃モーションが丸見えでも気にしない。
不慣れな戦い方はもうやめだ。得物が違っても普段通り。防御ごと打ち砕く気迫の、突進攻撃!
そんなヴィータの突進を目の前にして、少年は……
「君にも背負ってるものがあるのは、分かる。でも……僕もここで殺されるわけには、いかないんだ!」
少年は、避けなかった。逃げなかった。
迫り来るヴィータ、迫り来る炎の剣。
唸りを上げて迫る刃を、少年は臆することなく見据えて、そして……
迫り来るヴィータ、迫り来る炎の剣。
唸りを上げて迫る刃を、少年は臆することなく見据えて、そして……
赤く波打った刀身が、少年の両の手の平で、挟みこまれた。
ジュッ、と、嫌な音が谷間に響く。
ジュッ、と、嫌な音が谷間に響く。
* * *
――真剣白刃取り。
多くの剣術流派に伝えられている、究極の無刀術。
だがそれは、ほとんど幻の技だ。実戦で使われることなどまず無い技だ。
単純に難しい、ということもあるが、それ以上に、失敗すればそのまま斬り殺されるのはまず確実。
あまりにも危険な賭け。多くの者はこんなギャンブルをするくらいなら、普通に避けて次の機会を待つ。
多くの剣術流派に伝えられている、究極の無刀術。
だがそれは、ほとんど幻の技だ。実戦で使われることなどまず無い技だ。
単純に難しい、ということもあるが、それ以上に、失敗すればそのまま斬り殺されるのはまず確実。
あまりにも危険な賭け。多くの者はこんなギャンブルをするくらいなら、普通に避けて次の機会を待つ。
けれども、その少年・才賀勝は、やってみせた。
スローモーションのように流れる視界の中で、彼はしっかりと、少女の剣を捕まえていた。
『生命の水』の力で勝に受け渡された、祖父・才賀正二の記憶と経験。
見浦流目録の腕は、伊達ではない!
スローモーションのように流れる視界の中で、彼はしっかりと、少女の剣を捕まえていた。
『生命の水』の力で勝に受け渡された、祖父・才賀正二の記憶と経験。
見浦流目録の腕は、伊達ではない!
少女の振り下ろした剣は、普通の剣ではない。炎をまとった魔法の剣だ。
そんなものに素手で触れば、たとえ白刃取りが成功しようと、普通は酷い火傷を免れない、のだが。
勝の両手には、つい先ほど引き裂いたシャツの布が、しっかり巻きつけられて。
それはペットボトルの水をたっぷり吸い込み、即席の防火手袋となっていた。
そんなものに素手で触れば、たとえ白刃取りが成功しようと、普通は酷い火傷を免れない、のだが。
勝の両手には、つい先ほど引き裂いたシャツの布が、しっかり巻きつけられて。
それはペットボトルの水をたっぷり吸い込み、即席の防火手袋となっていた。
(確かに熱い! でも……持っていられないほどじゃあない!)
刃をがっしりと捕らえる。それでも少女の突進の勢いは殺しきれない。
剣を捕まえた腕ごと、勝の身体が後方に吹っ飛ぶ。このままでは押し切られる――しかし。
剣を捕まえた腕ごと、勝の身体が後方に吹っ飛ぶ。このままでは押し切られる――しかし。
勝はそのまま、自分から地面に尻餅をついた。尻餅をつくように後方に転がった。
そして転がりながら、素早くその足が少女の腹に添えられる。
巴投げ。相手の勢いを利用して投げ飛ばす返し技。少女の顔に驚きの色が浮かぶが、もう逃げられない。
刹那の間の計算。器用で素早い指先。祖父から継いだ剣術と体術。そして、失敗を恐れぬ勝負度胸。
才賀勝という少年の、全てが一瞬の内に凝縮された攻防。
少女のみぞおちが蹴り上げられ、手から剣がすっぽ抜け、小柄で軽い身体が吹っ飛ばされる――!
そして転がりながら、素早くその足が少女の腹に添えられる。
巴投げ。相手の勢いを利用して投げ飛ばす返し技。少女の顔に驚きの色が浮かぶが、もう逃げられない。
刹那の間の計算。器用で素早い指先。祖父から継いだ剣術と体術。そして、失敗を恐れぬ勝負度胸。
才賀勝という少年の、全てが一瞬の内に凝縮された攻防。
少女のみぞおちが蹴り上げられ、手から剣がすっぽ抜け、小柄で軽い身体が吹っ飛ばされる――!
――けれどもこの時、たった1つだけ、勝にも計算しきれなかったことがあった。
それは、彼の背負っていたランドセル。
勢いをつけて倒れ込み、巴投げを決めた彼の身体と地面の間で押しつぶされた鞄。
その衝撃で、留め金が外れ、蓋が弾け飛び、そして……
それは、彼の背負っていたランドセル。
勢いをつけて倒れ込み、巴投げを決めた彼の身体と地面の間で押しつぶされた鞄。
その衝撃で、留め金が外れ、蓋が弾け飛び、そして……
パンドラの箱は開かれて、中に納められていた3つの災厄は撒き散らされたのだった。
* * *
(シグナムを……フランヴェルジュを、奪われたッ!?)
岩肌に叩き付けられ、強い衝撃に息を詰まらせながらも、ヴィータは素早く状況を確認する。
目の前の少年が取った戦略は、実のところ単純なものだ。
白刃取りで剣を止める。そのまま巴投げ。ヴィータの身体「だけ」を蹴り飛ばし、剣を奪う。以上。
「次の一手」を全て捨てて臨んだヴィータの戦術が裏目に出て、まんまと引っ掛かってしまった。
……それは分かるし、それはやってできないことでも無いのだが。
いったい、どういう胆の太さだろう。
目の前の少年が取った戦略は、実のところ単純なものだ。
白刃取りで剣を止める。そのまま巴投げ。ヴィータの身体「だけ」を蹴り飛ばし、剣を奪う。以上。
「次の一手」を全て捨てて臨んだヴィータの戦術が裏目に出て、まんまと引っ掛かってしまった。
……それは分かるし、それはやってできないことでも無いのだが。
いったい、どういう胆の太さだろう。
「魔力もリンカーコアもねぇ一般人のクセに……てめぇ、何モンだッ!」
「……才賀勝。これで、形勢は逆転のはずだよ。無駄な抵抗はやめて――君を、傷つけたくはない」
「けッ……! なめんじゃねぇぞ……!」
「……才賀勝。これで、形勢は逆転のはずだよ。無駄な抵抗はやめて――君を、傷つけたくはない」
「けッ……! なめんじゃねぇぞ……!」
少年が、ヴィータから奪った剣を構える。手の平が少し赤くなっているが、大した火傷ではないらしい。
その姿は、格闘技を少し齧った程度の人間の構えではない。
いくつもの死地を潜り抜けてきた本物の戦士。お上品な道場剣術ではなく、命懸けで磨かれた実戦剣術。
フランヴェルジュが妙に馴染んでいるところを見ると、片手で剣を扱うことにもかなり慣れているのだろう。
対するヴィータは、全くの素手。服も靴も動きづらいパーティドレスとハイヒールのまま。
まがりなりにもベルカの騎士、簡単に負ける気は無いが……現状を打開する策が、すぐには浮かばない。
さてどうするか、と油断なく『才賀勝』を睨みつけていた、その時……
その姿は、格闘技を少し齧った程度の人間の構えではない。
いくつもの死地を潜り抜けてきた本物の戦士。お上品な道場剣術ではなく、命懸けで磨かれた実戦剣術。
フランヴェルジュが妙に馴染んでいるところを見ると、片手で剣を扱うことにもかなり慣れているのだろう。
対するヴィータは、全くの素手。服も靴も動きづらいパーティドレスとハイヒールのまま。
まがりなりにもベルカの騎士、簡単に負ける気は無いが……現状を打開する策が、すぐには浮かばない。
さてどうするか、と油断なく『才賀勝』を睨みつけていた、その時……
状況は、予想もしていない所から打ち破られた。
「……『ディバイン・シューター』、シュートッ!」
「「!!」」
「「!!」」
鋭い叫びと共に、上空から飛び込んで来た小振りな光球。それが対峙する2人の中間の地面を穿つ。
咄嗟に飛びのいた2人は、同時に見上げる。
2人の頭上、宙に浮かんだ1人の少女。その両足首から白い翼を生やした、第三の人物。
咄嗟に飛びのいた2人は、同時に見上げる。
2人の頭上、宙に浮かんだ1人の少女。その両足首から白い翼を生やした、第三の人物。
「事情は全く全然さっぱりわかんないけど……2人とも、戦いをやめて! でないと……!」
高町なのは。2人の戦闘の音を聞きつけて、真っ直ぐに飛んできた彼女。
そして、まさにそのタイミングで。
ヴィータの服が急に光りだす。光の中にパーティドレスが消え去り、そして……!
そして、まさにそのタイミングで。
ヴィータの服が急に光りだす。光の中にパーティドレスが消え去り、そして……!
「な……なの、は……?」
「ヴィ……ヴィータちゃん、だったの?!」
「ヴィ……ヴィータちゃん、だったの?!」
そこにあったのは、言い訳も誤魔化しも一切効かない、「普段通りの」ヴィータの姿だった。
きせかえカメラの『効果時間』が過ぎ、パーティドレスはいつもの普段着に戻されて。
シャマルの姿を重ねていた指輪も戻ってきていたが、そのことを気にする余裕もなく。
主はやての親友・高町なのはの目の前で、ヴィータはしばし固まってしまう。
きせかえカメラの『効果時間』が過ぎ、パーティドレスはいつもの普段着に戻されて。
シャマルの姿を重ねていた指輪も戻ってきていたが、そのことを気にする余裕もなく。
主はやての親友・高町なのはの目の前で、ヴィータはしばし固まってしまう。
――それは、ヴィータが内心最も恐れていた展開だった。
はやてを見つけるその前に、はやての友人のどちらかに出くわしてしまうこと。
人を殺そうとする自分の姿を、見られてしまうこと。
悪戯を見つかった子供のように、ヴィータの動きが止まってしまい。
はやてを見つけるその前に、はやての友人のどちらかに出くわしてしまうこと。
人を殺そうとする自分の姿を、見られてしまうこと。
悪戯を見つかった子供のように、ヴィータの動きが止まってしまい。
ヴィータの表情が、くるくると目まぐるしく変わる。
焦り。混乱。反省。泣き笑い。怒り。不安。恐怖。諦め。嘆き。憎悪。嘆息。狂気。自嘲。
あらゆる感情が、次々と現れては消え、現れては消えて――
最後に残ったのは、一切の感情を押し殺した、『虚無』の表情。
冷たく凍りついた、頑なな意志。
焦り。混乱。反省。泣き笑い。怒り。不安。恐怖。諦め。嘆き。憎悪。嘆息。狂気。自嘲。
あらゆる感情が、次々と現れては消え、現れては消えて――
最後に残ったのは、一切の感情を押し殺した、『虚無』の表情。
冷たく凍りついた、頑なな意志。
「邪魔、すんなよ……。
あたしは、はやてに会うんだ。あたしが、はやてを守るんだ。そう決めたんだ。
どんな手段を、使ってでも」
あたしは、はやてに会うんだ。あたしが、はやてを守るんだ。そう決めたんだ。
どんな手段を、使ってでも」
感情の無い声で、彼女は自分に言い聞かせる。自分自身に強く言い聞かせる。
視界の片隅に、この状況を打開できそうな物体が映る。
巨大な剣。
地図や食料に混じって才賀勝のランドセルから飛び出した、剣と呼ぶにはあまりに無骨過ぎる代物。
下手すれば、グラーフアイゼンのギガント形態並みの質量があるかもしれない。
けれども、あれはヴィータ好みの武器だ。片手剣フランヴェルジュなどより、よほど手に馴染みそうな武器だ。
あれを拾うことができれば、才賀勝も、高町なのはも、倒しきることができるのではないか……?
戻ってきてくれたシャマルの指輪、『祈りの指輪』を使って魔力を回復させ、身体強化を最大にすれば……!
それはきっと、想いを通すための唯一の方法。
目の前の2人の動きにいつでも即応できる体勢を取りながら、ヴィータはジリ、と大剣との距離を詰めた。
視界の片隅に、この状況を打開できそうな物体が映る。
巨大な剣。
地図や食料に混じって才賀勝のランドセルから飛び出した、剣と呼ぶにはあまりに無骨過ぎる代物。
下手すれば、グラーフアイゼンのギガント形態並みの質量があるかもしれない。
けれども、あれはヴィータ好みの武器だ。片手剣フランヴェルジュなどより、よほど手に馴染みそうな武器だ。
あれを拾うことができれば、才賀勝も、高町なのはも、倒しきることができるのではないか……?
戻ってきてくれたシャマルの指輪、『祈りの指輪』を使って魔力を回復させ、身体強化を最大にすれば……!
それはきっと、想いを通すための唯一の方法。
目の前の2人の動きにいつでも即応できる体勢を取りながら、ヴィータはジリ、と大剣との距離を詰めた。
* * *
空中から眼下の2人を見据えながら、高町なのはは考える。
「戦いをやめて」、とは言ったものの、今の自分に2人を止められるだけの力は多分無い。
彼女の場合、デバイス無しでは使える魔法が極端に限られる。さっき使った小さな魔力弾が精一杯だ。
『ディバイン・シューター』。緻密な弾道コントロールが可能な技だが、特にヴィータを止めるには力不足。
2人が素直に話を聞いてくれるのなら、戦うことなど考える必要もないのだが。
「戦いをやめて」、とは言ったものの、今の自分に2人を止められるだけの力は多分無い。
彼女の場合、デバイス無しでは使える魔法が極端に限られる。さっき使った小さな魔力弾が精一杯だ。
『ディバイン・シューター』。緻密な弾道コントロールが可能な技だが、特にヴィータを止めるには力不足。
2人が素直に話を聞いてくれるのなら、戦うことなど考える必要もないのだが。
(ヴィータちゃんのあの目……見覚えがある。あの時と、おんなじ)
それは深く深く思い詰め、心を閉ざしてしまった者の目。
『闇の書事件』の時にも、何度も向き合った瞳の色。
何をどう思い込んでしまったのかは分からないが、ああなっては簡単には心を開くまい。
ヴィータと対峙していた少年の方も、強い意志を秘めた表情でなのはのことを睨んでいる。
こちらの方も、簡単にはお話を聞いて貰えそうにない。
『闇の書事件』の時にも、何度も向き合った瞳の色。
何をどう思い込んでしまったのかは分からないが、ああなっては簡単には心を開くまい。
ヴィータと対峙していた少年の方も、強い意志を秘めた表情でなのはのことを睨んでいる。
こちらの方も、簡単にはお話を聞いて貰えそうにない。
言葉だけでは、想いが届かないこともある。
全力全開、全てを出し切って戦った上でないと、伝わらないこともある。
それが、過去の戦いの中で見い出した、彼女の真実。唯一なのはが信じることのできる方法。
全力全開、全てを出し切って戦った上でないと、伝わらないこともある。
それが、過去の戦いの中で見い出した、彼女の真実。唯一なのはが信じることのできる方法。
彼女は周囲を見回して、1つのモノに目をとめる。
あたりに時計や方位磁石が散らばる中、無造作に転がった八角形の物体。
正体不明ながら、何故だろう、どこか親しいものを感じる。
魔砲……いや、魔法少女の直感が、あれなら自分にも使えるかもしれない、と囁く。
それはきっと、想いを通すための唯一の方法。
あたりに時計や方位磁石が散らばる中、無造作に転がった八角形の物体。
正体不明ながら、何故だろう、どこか親しいものを感じる。
魔砲……いや、魔法少女の直感が、あれなら自分にも使えるかもしれない、と囁く。
それはきっと、想いを通すための唯一の方法。
「火の力を秘めたストレージデバイス、なの? あれを拾うことができれば、きっと……!」
なのははまだ気づかない。その道具に秘められた力の強さを。
そして純粋魔力の扱いに「のみ」長けた彼女にとって、炎という『属性持ち』は少々制御が困難なことを……!
そして純粋魔力の扱いに「のみ」長けた彼女にとって、炎という『属性持ち』は少々制御が困難なことを……!
* * *
才賀勝は、目の前の2人に警戒を強める。
空から現れた新たな少女は、どうやらさっき襲いかかってきた少女の知り合いのようだ。
増援というわけでもないようだが、無条件に信頼するわけにもいかない。
何しろ、この空飛ぶ少女もまた、問答無用で攻撃してきたのだから。
「戦いをやめて」とは言っていたが、穏健な平和主義者にはとても見えない。
増援というわけでもないようだが、無条件に信頼するわけにもいかない。
何しろ、この空飛ぶ少女もまた、問答無用で攻撃してきたのだから。
「戦いをやめて」とは言っていたが、穏健な平和主義者にはとても見えない。
そして今この2人について、何より気がかりなのは……
その不思議な能力についてではない。空を自由に飛んでいることでもない。
2人がそれぞれ、地面に撒き散らしてしまった勝の支給品に、チラチラと視線を向けていることだ。
『ドラゴンころし』が気になるらしい、赤い髪の少女。
『ミニ八卦炉』に視線を向ける、空中の少女。
こうも気にしてるということは、この2人にはそれらが扱えるのだろうか?
ともあれ、この危険過ぎる武器を、彼女たちに渡すわけにはいかない。
2人の動きを警戒しつつ、勝はフランヴェルジュを構える。
その不思議な能力についてではない。空を自由に飛んでいることでもない。
2人がそれぞれ、地面に撒き散らしてしまった勝の支給品に、チラチラと視線を向けていることだ。
『ドラゴンころし』が気になるらしい、赤い髪の少女。
『ミニ八卦炉』に視線を向ける、空中の少女。
こうも気にしてるということは、この2人にはそれらが扱えるのだろうか?
ともあれ、この危険過ぎる武器を、彼女たちに渡すわけにはいかない。
2人の動きを警戒しつつ、勝はフランヴェルジュを構える。
けれど……もし、勝の妨害を振り切って、2人がそれらを手にしてしまったとしたら?
きっとその時は、この剣1本程度の力では、彼女たちを止めることはできないだろう。
だから、もしもその時には……。
勝はチラリと、無造作に転がる巨大な銃に目をやる。
『メタルイーターMX』。
全長184㎝、銃器としての常識を超えた銃器。
尋常ならざる反動などの問題はあるが、辛うじて勝にも「攻撃を放つ」ことができそうなただ1つの武器。
それはきっと、想いを通すための唯一の方法。
いざとなったら、これを使ってでも……!?
きっとその時は、この剣1本程度の力では、彼女たちを止めることはできないだろう。
だから、もしもその時には……。
勝はチラリと、無造作に転がる巨大な銃に目をやる。
『メタルイーターMX』。
全長184㎝、銃器としての常識を超えた銃器。
尋常ならざる反動などの問題はあるが、辛うじて勝にも「攻撃を放つ」ことができそうなただ1つの武器。
それはきっと、想いを通すための唯一の方法。
いざとなったら、これを使ってでも……!?