「電話」

男「じゃ、またすぐ来るな。」
女「またアイス持ってきますね。」
姉「おとうとくん、おんなちゃん、またねーっ!」
彼女の部屋を通り掛かると、明るい声がした。
少し開いてるドアから覗き込むと、ちょうど別れを告げている所だったみたいだ

彼女は元気に微笑んでいたが、その瞳に寂しさが宿っているのを私は見逃さなか
った。
扉が開く。
男「あ、先生。」
先生「今日はもう帰るの?」
男「ええ、また明日来ます。」
先生「そうしてあげて、彼女も喜ぶわ。」
男「…ええ」
彼は一瞬、辛そうな顔を浮かべた。
その顔はいつもの彼女の顔ととても似ていた。
…やはり姉弟ね。
いつも一緒だったものが別れてしまうのは相当のストレスだろう。
しかも彼女達はそれを自分の中に押し込めている。
彼女達は張り詰めた風船のように見えた。
先生「私、本業はカウンセラーなのよ。何か困ったことあったら、相談してね。

男「あ、はい…」
彼が曖昧に笑う。
女「男くん、いこ?」
男「うん…、失礼します。」
先生「本当に姉弟揃ってがんばりやさんね。」
私は溜息をつくと、彼女の部屋をノックした。
先生「私よ、入っていいかしら?」
姉「…」
返事はない。いつものことなので、気にせず部屋に入る。
先生「またお絵かき?なに描いてるか先生に見せてくれる?」
彼女は一心不乱にペンを走らせる。
スケッチブッグには彼女の弟が描かれていた。
先生「また、弟さん描いてたんだ?たまには違うものでも描いたら?」
暗い目をして、首を降る。
彼女は弟さん達が帰るたびに、思い出を刻むように彼らをスケッチブッグに描く
のだ。
この施設に来てもう三ヶ月にもなるが、彼女は一枚もこの施設の絵を描いていな
いようだ。
彼女のスケッチブッグには思い出しか描かれてない。
画用紙に広がる弟さんの笑顔を見ながら、そう思った。
先生「寂しいんでしょ?」
姉「!」
彼女が弾かれたように顔をあげる。
ペンを持つ手が小刻みに震えていた。
姉「せんせい、わたしどうしたらいいの?どうしたらおとうとくんわらってくれ
るの?」
先生「言えばいいの。寂しいよって。それで二人で泣けばいいわ。今は何も出来
ないかもしれない。でも、我慢してるよりは、二人で辛さをわけっこするの。」
姉「わけっこ?」
先生「そう…一人でじゃなく二人一緒に泣いたら、また明日からがんばれる元気
が沸いてくるわ。」
姉「げんき…」
先生「そうよ、弟さんのこと大切でしょ?」
姉「うんっ!たいせつなおとうとなの」
先生「だったら悲しい内緒は無しよ。あなた達は姉弟なんだもの。わかった?」
姉「うんっ!」
先生「いいこね。いいこにはプレゼントよ。」
姉「けーたいでんわ?」
先生「貸してあげる。今から弟さんとお話しましょ。」
姉「…うんっ!」
メモリからこの前聞いた番号を呼び出す。
プッシュの後にコール音が三回鳴った。
男「もしもし?」
先生「ほら、はやくっ!」
素早く携帯電話を手渡す。
彼女はすがるように携帯を握りしめた。
姉「…おとうとくん」
男「姉ちゃん!?」
姉「おとうとくん、あのね。わたし…さびしいの」
彼女の顔が大きく歪む。
私は静かに部屋をあとにした。
携帯を返してもらう頃には、彼女の本当の笑顔が見れることを願いながら。


おまけ

30分後
先生「そろそろいいかしら?」
姉「それでね、それでね」
先生「これくらいじゃ、まだ足りないか」

一時間後
先生「さてと、そろそろ…」
姉「でねでね、ごはんのトマトちゃんと食べれたのっ!」
先生「ほんとに仲がいいのね。」

さらに二時間後
姉「それでねまさちゅーせっちゅなの。」
先生「…ずいぶん長いわね。」

さらに)ry
姉「えへへ。おとうとくん、すきぃ」
先生「あぁ~!電話代がぁ」

さらにさらに)ry
姉「せんせー」
先生「や、やっとおわった?」
姉「でんち、きれちゃった。」
先生「まだ話す気かいっ!」


「三人で歩こう」

男「俺達もそろそろ卒業だな。」
女「早いものですね。」
姉の施設からの帰り道、俺達は将来のことについて話していた。
女「男くんはやっぱり就職するんですよね?」
男「あぁ、親戚に小さな会社をやってる所があってね、住み込みで働かせて貰えることになったんだ。」
女「へぇ、すごいですね。」
男「住み込みのうちは無理だけど、お金を貯めて一人で暮らせるようになったら…」
女「お姉さんを迎えに行くんですね。」
男「…ああ。女は進学だっけか?」
女「はい、私養護学校の先生になろうと思ってるんです。」
男「養護学校?」
女「ええ。私、お姉さんと出会って思ったことがあって…」
男「聞いてもいい?」
女「最初、私はお姉さんをどこか私と違う人間みたいに思ってました…恥ずかしい話、心のどこかで差別してたんだと思います。」
女が申し訳なさそうに語る。
俺は黙って彼女の言葉を聞いていた。
女「でも、お姉さんと接するうちに変わったんです。この人は私と違ってなんかない。それどころか、普通の人以上に優しく、強かった。そう感じたんです。」
そう言って彼女は微笑む。
それは強く、とてもやさしい笑みだったんだ。
女「だから、私はお姉さんに教えて貰ったことをたくさんの人に伝えたいんです。あなた達は劣ってなんかいない。胸を張って一緒に生きていきましょうって。」
男「…女はすごいな」
女「そんなことないですよ。それにあなたがいたから、私はそう思うことが出来たんですよ?」
男「え?」
女「あなたがいたからお姉さんと出会えた。あなたのお姉さんを思う気持ちを見
ていたから、私も優しい気持ちになれた。あなたをお姉さんが大切に思う姿が、大事なことを教えてくれた。それに…」
女がじっと俺を見つめた。
女「あなたを好きになったから、私は変わることができた。」
男「女…」
女「最初に告白した時、私は自分のことしか考えてなかった。自分の気持ちを押し付けて、拒絶されたらお姉さんのせいにしてたんです。」
あの時、俺は彼女を苛立ちをぶつけるように拒絶してしまった。
女「でも今は違います。ずっと男くんとお姉さんを見続けていた今は…」
女は目元に涙を浮かべながら続ける。
女「私は優しい男くんが好きです。本当は強くないのに頑張る男くんが好きです。」
彼女は息を吸い込むと、迷いのない目で言葉を続けた。
女「私はお姉さんのことが大好きなあなたを世界で一番愛しています。」
そう言ってやさしく微笑む。
女「だからあなたとお姉さんが歩いているその道を私も歩かせてくれませんか?男くんはがんばりすぎる所がありますから、少しでもお手伝いがしたいんです。」
そして彼女は真っ赤になりながら、あの時と同じ言葉を告げた。
女「私と付き合ってくださいっ!」
その言葉は確かに同じだったけど、あの時とはまったく違う響きを持って俺の心に届いた。
だから俺は…
男「いろいろと迷惑をかけるかもしれないけど…」
俺は彼女の手を取る。
彼女はびくんっと震えた。
男「姉ちゃんともども、よろしくお願いします。」
そう言って俺は彼女の手を握る。
彼女も強く握り返してきた。
俺達はその手を離さない。
同じ道を歩んでいくために…

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最終更新:2007年02月07日 11:32