雨の降りそうな金曜日。俺はいつも通りとも言う平な日々をのうのうと暮らしている。
「はい、どうぞ」
にっこり微笑んでお茶を差し出してくれる朝比奈さん。ありがとうございます。相変わらずの甘い舌ッ足らずですね。とは言わないが。
「いえいえ」
ドキッとするような笑顔を見せて古泉と長門にもお茶を渡して歩き出した。
一口啜って一息。やっぱり美味いよなぁ。いっそ商標登録でもしてこのお茶売れるんじゃないか?
ロリ巨乳のメイドが入れた茶、なんつってね。安もんのお茶でも倍で売れると思うんだがな。
「どうしました?手詰まりですか?」
正面に座って五目並べの相手をしているのは古泉。と言うかこいつ以外は誰も相手をしてくれないわけなんだが。
あと卓上ゲームを持ちかけてくるのがこいつだけなわけだ。
「んな訳ねーだろ」
お前に負けを認めるなんてありえないぞ。さっきから五目並べようとするばかりで俺の妨害が疎かだ。そこら辺に四目並んだ黒い目。後一目で終わるがあえて長引かせている。
普通なら何か裏があるのではと勘ぐった方が良いんだろうが、こいつ相手にそんなのは必要ない。戦略と言うものを知らないからな。頭の回転に付き合ってやるわけだ。
と、長い思考を終わらせてパチリと石を置く。ゲームオーバーだ。
「また負けてしまいましたね」
サワヤカノンフライ。カロリー0の笑顔はノーセンキュウ。いつも言っているがもう少し戦局を見極めて石を置け。
「わかってはいるんですがどうも苦手でして」
その笑顔がわざとらしいから俺は勝った気になれないんだよ。
「それはそれは。失礼しました」
くそっ。ぜってー喧嘩売ってるぞこのやろう。例えるならこいつはブルータスだ。いつ裏切るかしれたもんじゃない。善人だったとしても無意味なスマイルと役作りが信用ならん。
「………」
もう一度勝負しましょうと持ちかけてくる古泉の斜め後ろには一人黙々と本を読み漁る長門の姿が。こいつはいつだって無口を決め込んで話しかけても要領を得すぎた超ド級の難解な用語をベラベラと吐いて捨てるように喋りやがる。
誰かるびを振るついでに説明も付け加えてくれると嬉しい。

にしても今日は一人足りないような気がする。なんでって静かだからな。
パタパタと雑務をこなす為部室内をウロウロする朝比奈さんに、静かに本を読みページをめくる音しか立てない長門、そしてまた碁石を集めなおして一手打つサワヤカ笑顔のイケメン野郎古泉にそれに応えるように石を置く俺。
平和だな。平和だ。へいw……

「みんなー!重大ニュースよ!!!」

……ああ、そうだな。この平和を壊すのがお前だもんな。
忘れてたんじゃない。忘れていたかったのが本音だろう。そして重大ニュースなんて持ち込まないで「暇だわ!」と言って入ってきてくれたほうが助かるわけなんだがなー。
「この新聞見て!今日の新聞なんだけど凄いことが書いてあるのよ!」
って聞いちゃいねーし。毎度マイペースでトラブルメーカーな顔とスタイルは抜群な涼宮ハルヒの放課後であった。

終わりっと…
「ここよここ!ほら見てよキョン!」
こいつ。せっかく良い具合に異常な日常の始まりで締めくくろうとしたと言うのに。碁盤の横に新聞を叩きつけられたせいで石の配置が変わってしまった。
笑顔で片付けるな古泉。やり直しがそんなに嬉しいか。まったく……で?何が凄いんだ?
「これ!『廃墟群に謎の巨大生物が現れる!』」
まじまじとハルヒの指差す新聞の記事を見つめる。そこには白黒の写真に大きく不自然な形状の影が廃墟と廃墟の間に写っていた。
「たしかに、これは異様ですね。奥の廃墟だったとしても形が不自然すぎます」
まるで俺の心の中を代弁するように古泉が記事を覗き込みながら解説する。俺の心を代弁するな、と言うムカつきと同時に俺の判断は間違っていなかったと安堵。
「そうでしょ!?やっぱりSOS団である以上これは調べなきゃいけないわ!」
だろうな。こんな記事持ってきてその発言がないのはハルヒが頭を強打しない限りありえないだろうな。
「ふえぇぇ…怖いですよぅ~」
話を聞いただけでもうなみだ目の朝比奈さん。駄目だ。可愛すぎる。
「大丈夫よ!なんとかなるわ!」
その根拠が一体何処から来るのか教えて欲しいものだ。古泉はもう言うまでもあるまい。すでに日程の算段を立てていやがる。『機関』云々より単にハルヒと同じ趣味を持った同類なんじゃないのか?

「で?キョン?今週の日曜は暇かしら?」
俺がいつも暇だと分かって聞いているのか?確かに暇だ。休日なんてこいつに呼ばれないかぎりシャミセンの爪を切るか本を読んでごろごろしているかしかないわけだ。
そして今週の日曜はもう終わってて明後日の日曜は来週なのが常識だぞ?
「ああ、暇だな」
その答えがそんなに嬉しかったとは思えないが、満面の笑みを浮かべて決行を言い放った。
ってちょい待て。朝比奈さんと長門の予定は聞かないのか?
「ああ、いいのよ。みくるちゃんは強制参加だし有希はどうせ暇でしょ?」
コクリと小さく頷く長門。本当にいいのか?と言っても意味はないだろうな。いつものことなんだし。そして悲しいが朝比奈さんの扱いもいつもと同じだ。
「そんなぁ~」
朝比奈さん…兎のようなつぶらな瞳で俺に救いを求めないでください。でもここは助け舟を出すのが常識だろう。男として。
「朝比奈さんは日曜に予定ないんですか?」
その質問に少し首を傾げ、
「いえ、特にありませんけど……?」
あのー、朝比奈さん?俺の助け舟を数秒で沈められてはとても困るのですが?
「じゃあ問題ないわね?なら明後日にいつもの場所に集合!じゃあ今日はこれで解散!」
そう言い残してさっさと帰っていくハルヒ。特に活動を休日にしているSOS団は団長が早々に帰る事なんて日常茶飯事だ。ただあいつはいつも部室でどうやって時間を潰しているんだろうか。


夕焼けの明かりもゆっくりと沈み始めた頃に長門の本が音を立てて閉じる。もうそんな時間か。
さぁて帰るか、と朝比奈さんと古泉に続いていくように部室から出て行こうとしたときに、
「待って」
長門に突然呼び止められた。こういうときはあまり良い事がない。とりあえず俺の想像で聞いてみる。
「日曜の活動のことか?」
コクリと頷く。ジッと見つめるその目は相変わらず無機質で冷たい目。
「ちょっと待ってて」
突然席を立つ長門。てっきりまた難しい言葉の羅列を聴かされるんだろうと思っていたが何も無くて内心ガッカリ。やっぱ俺って非日常的なことを求めてるんだなーと妙に納得させられた。

「お待たせー」
む?何故朝比奈さんの声が?振り向くと出ました大人バージョンの朝比奈さん。相変わらずの自称教師をイメージした服装で登場。
「なんで朝比奈さんが?」
ニッコリ微笑む朝比奈さん(大)はゆっくり部室の中に入りキョロキョロと辺りを見回した。
「この前に来た時と全く変わらないわねー。ずっと変わらなかったのは確かなんだけどね」
懐かしそうに少し目を細めている姿は心臓の鼓動を高鳴らせた。
微かに差し込む夕焼けのオレンジ色の光に照らされ、髪をかき上げる姿は鼻血が出るんじゃないかと言うくらいドキドキしてくる。ここで鼻血を出したら死んでもいい。恥で死ねる。
「で…今度はどんな用ですか?」
くるりと振り向いた朝比奈さん(大)の表情は逆光でよく見えないが深刻なことを話そうとしていることは雰囲気で感じた。
「私と……長門さんと一緒に、日曜まで来てくれませんか?」
………ちょっと待て。ちょっと待てよ?いつもなら過去に戻って何かをする、と言うのが定番なんだが今回は未来に行くだって?
「今のあなたと、日曜日のあなたの力が必要なの」
同一人物二人の力を使うだって?とにかく、大方のことを教えてほしいんですけど……
「そうね…禁則事項に引っかからないように触りだけ教えるわね?」
コホンと小さく咳払いをして教師のように腕を組んで話を始める朝比奈さん(大)。
話を聞いてはいるが腕によって押し上げられた大きな胸に目がいってどうも落ち着かない。そこを見るなと言われるのは無理難題だ。円周率を必死に唱えても無理なほどのボリューム。

揉みてぇ……


「あなたが未来に行くって事は、未来にいるキョン君の方が分かっているってことは分かる?」
ええ。それは俺でも分かります。今の俺が状況を知らないで行くわけで、そこにいる俺は未来に行った後ってわけですからね。
「そういうこと。だからどういうことになっているかは教えられないけど、未来にいるキョン君の言うことを聞けば大丈夫よ」
ピコンと指を立てて笑顔を見せる朝比奈さん。その笑顔で死ねそうです。
「じゃあ、準備は良い?」
一体何を準備しろと言うんですか。ナイフとかでも持っていった方がいいんでしょうか。レーザーガンとか支給してくれてもいいような事態なんでしょうか。そして長門を忘れていませんか?
「………私はここ」
背後の声に驚いて思わず飛びのいた。近づくなら気配を出して近づいてくれ。寿命が5分は縮んだぞ。
「大したことじゃない」
そういう事言うな。俺には重要な五分だったんだぞ?
「……そう」
分かっていたがその反応は少し寂しくなるな。長寿自慢をされた気持ちでなんだか自分がいたたまれない。
「じゃあ、行くわよ?キョン君は目を閉じてね」
何度目になるだろうか。耳元に朝比奈さんの声を近く感じる。その吐息で心臓が飛び出しそうになるのを押さえ、何度目かの酔うような感覚で俺は未来へ向かった。
ただいつもと違ったのは、右手に長門の左手が握られていたことだった。

今日も酔ったなぁ。
ただ日頃居酒屋に通ってほろ酔いでフラフラ歩いて家路について子供にセクハラ発言して妻にこっぴどく怒られてそのままソファで眠る中年のおっさん。
なんていいもんじゃない。いや、そんな社会の荒波を生きているおっさんもいいもんじゃないが、こっちは重度の乗り物酔いに近いからな。
「ンく……キョン…」
誰だ。俺を呼ぶのは…って、この舌足らずな声は朝比奈さん……だよな?
まだグラグラ揺れている頭をゆっくり起こして瞼をゆっくり開ける。
「あ、キョン君。大丈夫?」
目の前に朝比奈さん(大)が……なんか配置がおかしい気がするぞ。なんで真上に朝比奈さん(大)の顔があるんだろうか?
「足が痺れちゃった…」
少し舌を出して笑っているが、足が痺れたとな?つーことはだ。朝比奈さんは足を痺れる体勢+俺の目の前に朝比奈さん(大)の顔=……
「うわぁ!す、すいません!」
理解が遅すぎたが、間違いなく膝枕と言う夢のようなシチュを俺は眠りながら味わっていた。なんで体を起こしてしまったんだ。勿体無さ過ぎるぞ俺。
大丈夫よ。私が勝手にやったことだから」
そんな胸キュンな笑顔を見せないでください。またそのスベスベの太腿にルパンのようなダイブですがりつきたくなるじゃないですか。
「んー……あと10分でみんなが来る時間ね。その前に行かないと…」
まだ立ち上がれない俺を横目に、朝比奈さん(大)は立ち上がり、時計を気にしている。
あれ?そういや長門の姿を見ていないんですけど?
「長門さんなら大丈夫。先に用事をお願いしているから」
そうか。心配することはないってことか。そもそもこういう時に長門を心配するほど俺に余裕はあったか?
答えはNO。こんな時は俺は非常に頭を使わなきゃいけないってことだ。なら、仕方なくも一大事なら頭を使うとするか。
それで、俺は一体何をすれば良いんですか?
「キョン君には……そうね。詳しいことはこの時間にいるキョン君に聞けばいいわ。簡単に言えば、涼宮さんを退屈させないようにしつつ、ジョン・スミスがあなたと別人であると示すことなの」
それはちょっと俺に不都合だな。

これでも長門の親玉の情報なんちゃら体やら古泉の所属する組織やらを恐怖のどん底に叩きつけられる必殺の合言葉が『ジョン・スミス』だ。
それを自分の手でわざわざ封印する気には正直朝比奈さん(大)の潤んだ瞳で頼まれてもウンウンと頷けるもんじゃあない。
だってそうだろ?この俺の手で世界が変わるかもしれない。この俺の一言で長門が助かるかもしれない。
そう考えたら封印するのは勿体無さ過ぎる。
「それは、規定事項ですか?」
聞いてみると、俺の予想通りに朝比奈さん(大)は首を横に振った。
「規定事項なら頼む必要なんて無いわ。そうじゃないからお願いしているのよ。以前長門さんと一緒に未来の足掛かりを作ってくれたでしょ?」
ええ。やりましたね。人の足をイタズラで怪我させたり、亀を川に放したり、変なものを匿名で送ったり。
「それと同じこと。あなたにやって初めて成立するの」
なるほど。じゃあ最後に二つ質問です。これが初めての試みなんですか?そしてこれは未来に関わる重大な事なんですか?
この質問は少し答えにくかったのか、妙に悩んでいるようだ。
前者の答えは分かっている。『いいえ、何度も行っているわ』じゃなきゃおかしいんだ。そうだろう?朝比奈さん(大)は、その時間の俺と協力してくれとかその時間の俺に聞いてくれとか言っているんだ。
これから会う未来の俺が知らないほうがおかしいだろう?
だが後者は答える事が憚られるはずだ。いくら信用のおける人間相手でも、未来が狂うような重大なことだと明かせられる訳が無い。何も知らずに行動してほしいはずだからな。
「一つ目の質問の答えは、いいえよ」
当然だな。
「でも二つ目の答えられません」
やっぱり禁則事項に引っかかるんですね。
「ええ……」
申し訳なさそうな顔をさせてしまった。ううん…まさかそんな顔をさせてしまうとは思わなんだ……
「そんな顔をしないでください。分かっていて聞いたようなものですから」
そうは言ったが半分嘘。答えてもらえるだろうか、と思っていたのも事実だからな。
「あっ!いけない……ごめんねキョン君。そろそろ私は戻らなきゃいけないの」
どうやら時間をおしてしまったようだ。申し訳ないです朝比奈さん(大)。
「じゃあ行くわね。この一件が終わった頃に迎えに来るから」
ニッコリと花も恥らうどころか鼻血のオンパレードが起こりそうな見たものの胸を貫く笑顔を残して朝比奈さん(大)が遠ざかって行く。

「あ、朝比奈さん!」
なんで呼び止めるんだ俺!後で会うのに止める必要はないだろう!でも朝比奈さん(大)は分かっていたようにピタリと足を止めてこちらに振り向いた。
何を言えって言うんだ。言うこと無いぞ。そろそろ(大)って付けるのが面倒になってきましたよ、と言うのはさすがにまずいからな…
「今、本当に何歳なんですか」
はい以前聞きましたよ。同じ事聞いてバカだろうって思ったんなら否定はしないが衝動に駆られて止めたんだから言っておく必要があるだろう。
センスの欠片も無いのはほっといてくれ。
当の朝比奈さん(大)は小さく「もぉ…」と色っぽく呟いて、初めて会ったあの時と同じように、誰もが故意に落ちそうな笑顔で決めてくれた。
「禁則事項です♪」


さぁどうしたものか。とりあえず説明していなかったこの俺のいる場所のことでも考え直しておこうか。テッキリ忘れていたんだよ。段取り悪いとは言わせないからな。
ここは日曜日に来る予定のいつもの駅から電車で少し行ったところにある廃墟が乱立した廃墟群だ。サビ臭く周囲の建物はボロボロ。おまけに草はボーボーでいかにもって場所だ。
ここで多分、と言うか間違いなくあの新聞に載っていた写真が取られたのだろう。目の前の廃墟と記憶にある新聞の記事の写真を合わせる。
「で……俺はどうすればいいんだ?」
なんのこっちゃと適当に散策をして辿り着いただけと言う明らかに行動と結果。
『このポイントに向かえー』とか『この地点で合流だー』とか言うことを全くなーんにも聞かされていない。メーデー!メーデー!も役に立たん。
こういう時は重要なことを思い出していくのがいいな。
えー、まず俺はこの時間の俺と会わなきゃならないんだな。長門風に言えば接触しなきゃいけないわけだ。
「………あ、長門」
思いのほか先のことを見つけた。ここにいる、いや、一緒に来た長門から何か聞けば良いじゃないか。たしか朝比奈さん(大)に用事を頼まれているんだったな。

意外と散策は効果があったかもしれない。行った場所と行っていない場所があるというのは結構良いことなんだな。行っていないところに行けば長門がいる。
と考えるは易きことで、かなり入り組んだこの廃墟群を虱潰しに歩いていたら日が暮れちまう。
時計を確認しておこう。現在9時42分か。いつものように集合したなら10時頃にはここに着くだろう。
待て。待てよ?そう考えると先に長門に会うより、この時間の俺に会う確率のほうが高いな……
時間は刻一刻と過ぎているんだ。もうやってやれないことはない。当たって砕けろ精神だな。
くだらない葛藤をした挙句、俺の取る行動は結局散策になってしまう始末だった。


ああ、そうだ。ここで折角だから時間と空間の理念を語ってみよう。
まず知ってるだろうが未来は不確定でいくつも枝分かれをしている。それはどれも最初は微かな違いだが、選択肢が増えるにつれて未来の数も増える。
そしてそれは何処で終わる未来かも分からない。一人一人死ぬ時が違うから未来で死を迎える時も選択肢によっては長生きするかもしれないし短命かもしれない。
そして未来は世界を見てカウントするよりも一人称でカウントする方が楽だ。無量大数を数えるか那由他を数えるかの違いだろうがな。
で、ここで考えなければいけないのはその未来は無数にあるが、その未来へ向かう過去も無数にあると言うこと。
そうすれば未来の俺が過去の俺(今の俺)のすることを知っていておかしくない。過去に行って俺が同じ事をしているのが見れるのも当然。
説明したが詳しく知りたかったら量子学を学ぶかノエインを見ろ。


と、これを説明したのはひとつの好奇心が原因だ。
俺がこの時間の俺とは違うことをしたら、この時間の俺と過去から来たこの俺の未来は重なるんだろうか。という疑問。
もし俺がこの流れの中で流れに無い動きを最初にしたとしたら…もし俺にも未来を改変することが出来るのならば……
そんな無粋なことを考えてしまったわけだ。もしかしたら心のどこかでハルヒの力が羨ましいのかもしれないな。

このときは本当にそんなことになるようなならないような事件に発展するとは毛ほども思っていなかった。

「随分歩いたな……」
歩き続けてすでに5分ほど経過しただろうか。廃墟だから下が瓦礫で歩きにくいったらありゃしない。アップダウンの繰り返しで相当足腰にきてるぞ…
何処に行けば人に会えるんだろうか。
とりあえず外の近い瓦礫だらけの廊下をボテボテと歩いていた。
「さあ着いたわよー!」
む?なんだか聞き覚えのあるハイテンションな声が右の壁一枚通して聞こえて来るんだが?
「あ、あの……本当に行くんですかぁ?」
今度は掠れた舌足らずな声が聞こえる。うーん…幻聴だよな?
「あったり前でしょ!?あんな大々的に不思議が見つかったのよ?」
やっぱり聞き覚えがあるよなー。確かいつもスランプ起こす爆風スランプを追い抜くほど走る奴の声にそっくりだ、うん。
「それにしても中々雰囲気がありますね。まさしくと言うところでしょうか」
この声は……うーん、あ!そうだ、あのニヤケ顔のハンサム野郎に似た声なんだ。
「………」
そしてこの流れから行くと不要な会話は決してしない宇宙人もいるんだろうなーあっはっはっは……
「んな事いいからさっさと行くぞハルヒ」
お、俺の声だ。……って

しまったぁぁぁあああああ!もうそんな時間なのかぁぁぁああああ!

『んー……あと10分でみんなが来る時間ね。その前に行かないと…』とかなんとか朝比奈さん(大)が言っていたな。時計は丁度10時。俺の読みは合っていたってことか。
だがこの状況を打破するのは厳しいぞ。奴らが一歩前に進むだけで俺のいる場所を隔てる壁を越えてきてしまうんだからな。
どうする!どうするよ俺!ここで欲しいライフカードの選択肢。周りは横伸びの廊下。出口は窓を除いて一つだけ。つまりハルヒ達が入ってくるスペースのみだ。

「さあ出発よ!」
駄目だ!ここで会うわけには行かないんだ!というか会ったら不思議探し以前にハルヒに見つかるのがやばい!というかスラリと伸びた白いハルヒの足が壁のこっち側に見えてるー!
終わった……あえなくゲームオーバー。リトライかコンティニューをお願いします。百円持ってきてるから。
「あ、ハ、ハルヒ!先に向こうに行かないか?こっちは写真の写っていた場所と違うからさ」
お、俺(未来)?
「どうして知ってんのよそんなこと」
「あー、いや、先に下見に来てたんだ!だからあの写真の場所が分かるしさ」
「へー……」
頑張れ俺(未来)!俺の為に頑張ってくれ!これで百円消費する必要がなくなるんだ!そんな問題じゃないわけだがとりあえず頑張ってくれ!
「だ、だから俺に付いてきてくれ。な?」
「…まあそういうなら……」
白い足が壁の向こうに戻っていったぞ。でかした俺(未来)。首の皮一枚でなんとか繋がったぜ。
ハルヒの声が遠くなっていく。ちらほらとみんなの顔が窓から見えるがこっちは見ていないようだ。って長門(未来)よ。あからさまにこっちを見るな。
「………っはぁ~~」
どうやら息継ぎを忘れて不安になっていたようだ。大きく息を吸い込んで大きなため息を吐き出す。一瞬死んだと思った。というか長門に情報結合を解除されるかと…
「………呼んだ?」
いやそんなことないぞ断じてお前に恐怖してはいないって長門!俺のことを消しに来たのか…
「…言っている意味がよく分からない」
…そうだよな。俺の思想でのことだからな。いや、気にするな。それで?どうしたんだ?と言うかお前はどっちの長門だ?
「私は一緒に来た方。あなたを案内しに来た」
案内?
「……そう」
どこに連れて行く気だ?
「あなたが行かなければ行けない所」

いや、だからそれを聞いたつもりなんだが…まあいい。とりあえずちゃっちゃと終わらせたいから案内してくれ。
「……そう」
長門は小さく頷いて廊下を俺が来た方へ進んでいく。そっちは行ったんだが、と言いかけたが何かが起きるには時間が違ったんだろう。何も言わずに着いていくか。
「……ここ」
着いた先は細いビルとビルの隙間。いや、路地裏の道と言えば良いのだろうか。とにかく暗く細い道だった。
「それで、ここでどうすればいいんだ?」
一体何をすれば良いか聞かされてもいないのに何か出来るわけないだろう。
「……今は説明できない。会ったらさっきの廊下まで逃げて」
…会うって、誰にだ?ハルヒとかそういうこの時間にいる奴らとか?
「……きた。頑張って。信じてる」
そう言い残して長門はこの道から抜け出して来た道と逆の方へ姿を消していった。
「なんなんだ…行ってる意味が全く分からんぞ」
一体どうしろと……とりあえず頭を掻いて何かが起きるのを待っておこう。

ギチギチギチギチ……

何の音だ。来た道を見つめていたが後ろから嫌な音が聞こえてきた。ここは振り向いた方がいいのか?

キュオォォォォ……

えーっと?なんの動物だ?鳴き声が聞こえて来るんだが?それよりも今のは鳴き声と言うのか?
何が俺の頭の中で勝ったか。好奇心だ。ゆっくりと後ろを振り向いて俺の思考はピタリと止まり、再起動した。
待て、待てよ?この動物は何処かで見たような…あ、そうだCMでこんなのを見たな。何だったかな。えーー……

キュオォオオオオ!

そうだ!『グレムル』のCMだ!ってそんな場合じゃねえええ!!

「うわあああああああああああ!!!」
ひたすら猛スピードで路地を走り抜ける。ビルとビルの間を渡るとか卑怯だろ!なんで俺がこんな目に…恨む。恨むぞ長門!カマドウマの方がまだましだったぞ!

ギチギチギチギチ……

一体この蟲の羽音みたいな音は何なんだ!飛ぶのか!?こいつ空飛ぶのか!?
だがそんなことを気にして逃げていられる場合じゃない!なんとか路地を抜け出したが右と左どちらに行こうか迷った。
『会ったらさっきの廊下まで逃げて』
長門の言葉を思い出して右へ曲がった。さっき通った廊下。この時間のみんなと会うかもと言う危険を感じたが、これはそれ以上だ。
どこまで走ればいい。どこでこの後ろの奴はいなくなってくれるんだ。ここで死ぬことはないと分かる。この時間の俺がいるんだからそれは間違いない。
「ちくしょおおおおおおお!」
必死で走ったが後ろから聞こえる羽音のような音は近づいてきている始末。まさかこの事態は禁則事項だったのか?やっちゃいけないのか?死んじまうじゃねえか!
「おおおおおっ……ぐえっ!」
突然横に引かれ廊下から引きずり出され壁際に押し付けられた。あのグレムルは俺を見失ったみたいで窓から見える姿は長い首を周囲に伸ばしながら俺を探している。
何がともあれ助かった…くらくらして視点の合っていない目に力を入れてそいつを見る。
「危なかったな。俺もかなり焦ったが同じぐらいのタイミングで助かったんだ。文句はなしにしてくれ」
どう見てもドッペルゲンガーにしか見えないんだが。違うのは私服な事だけで他は何も変わらない。瓜二つですらなく同一人物なわけだ。
いくら俺が未来を改変しに行って死にそうになった時とその二度目の改変をしに行って死にそうな俺を見た時があったがやっぱり慣れない。
「……俺?」
目の前の俺は苦笑を浮かべてこう言った。

「よう。二日前の俺」





次回予告!
グレムル(らしきもの)をどうにかしたい俺(過去)
やらなきゃいけないことを説明する俺(未来)
俺たち二人に指示を出す長門(未来)と長門(過去)
一体どうやって事を終えなければいけないのか!
つーか(未来)とか(過去)めんどくせー!



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