さて、区切りが良いからここで俺の気の動転っぷりを見てもらおう。
「なっなんだあれ!シッCMで見た!見たけど映画のあれはフィクションだがなんで登場人物、地名は全てノンフィクションな出来事が超一般Peopleな俺の目の前で起こってんだ!?」
どうだこの素晴らしい狂乱ぶりは。正直言ってあのグレムルらしきものは気持ち悪い。蛇腹でヌメヌメ光ってて内臓みたいなのが薄く透けて見えて…
「あー……とりあえず落ち着け俺。いいから落ち着け」
俺に慰められても落ち着くわけないだろうが!
「だろうな。それ俺も言った」
「ど、どうしろって…うぐっげほっげほっうぇ゛ええええ!」
思わず吐いちまった俺。ここまでテンパるのは初体験だ。処女だ処女。俺の胃液が貫通させました。いや本当におめでたいな。いろんな意味で。
「それおれもやった」
そんなことは聞いてないんだが?とりあえず俺は落ち着こう。お前は説明をしてくれ。
「まずどうしなきゃいけないか俺がお前の立場の時に見たことを教えるからな」
落ち着ききれていないから頷きで返事を返す。
「これから俺はハルヒ達の所に戻ってあのでかいのが見え隠れする程度に先導して回る」
つまり、ハルヒには存在を気づかせる必要があるわけか?
「長門…こっちの長門が言うには、ハルヒの退屈しのぎをさせつつ最後は俺かお前のどっちかがみんなの前であの化け物を倒してジョン・スミスを名乗るって算段だ」
ほほう?で、二日後の俺よ。お前はジョン・スミスを名乗って得があると思うか?
「二日じゃそう考えは変わらねえ。なんか別のことを考えてる」
お前も俺の状況を体感したんだよな?
「そうだな」
ならそのときに見たお前にとって二日後の俺はジョン・スミスを名乗ったか?
「ああ、名乗った。当然キョンだと言うことが分からないようにな」
まあ当然だろう。ただジョン・スミスと言うよりエージェント・スミスの方が似合っていると思う。だって、同じ顔がわんさかだし。

とりあえずは長門と合流した方がよさそうだな。あ、俺と来たほうの長門だ。
「んなことは分かってる」
だよな。お前も俺と同じ考えをしたんだよな。つーことは今俺がこう考えていると考えていると言うことは向こうには丸分かりでなにやら気恥ずかしいと思っていることm(ry
なんかもう気持ち悪いな……自分がサトラレだと知ったらきっとこんな気持ちになるのだろうか。
そんなことはありえない一般市民の俺だ。ちょっとそんな気分に浸っても良いだろう。
「で?何処にいるのか知ってるのか?」
俺(大)は時計を確認している。(未来)から(大)になったのはどっかの誰かのご指導のおかげだ。だがやっぱり()は面倒だな。
「あと少しすれば長門(小)が来る」
そうかそうか。この時間の長門は(大)で一緒に来た長門は(小)か。つまり俺も(小)ってわけだな。はっはっはっ……なめやがって、俺の癖に…
「あ、来た来た……って、そうだった……忘れてた」
何を忘れてたんだ?俺(大)の見ているほうを向くと長門がいる……あれ?何か連れてきてるんですが?あーついさっき見ましたねぇ。
「ってなんつーもん連れてくるんだ長門おおおお!!!」
さっきまでの俺(大)と話したことを忘れそうなほどショッキングでグロテスクな生物を後ろに引き連れて走ってくる長門の姿はまさしく映画のグレムルCMだ。
「……規定事項」
そうじゃなくて!いや、こういう場合悪いのは俺に伝え忘れた俺(大)の責任であろう。
「やば……連絡は長門同士が取ってくれるからなんとか逃げてくれ!じゃあ後の算段よろしく!」
シュタッと手を上げて俺(大)は走り去っていった。なんだなんだ!薄情すぎるだろ!過去の俺だぞ?死んだらどうする気だ俺(大)!
そうは思ってみるが俺(大)がいるってことは生きてるってわけだ。だがせめて危険回避の方法くらい教えてくれても良いんじゃないか?

ギチギチギチギチ……

「……走って」
言わずもがな!ってなんでお前はそんなに冷静なんだ?少し先導気味の長門に聞いてみる。

「何度も経験している」
どれくらいだ?
「百六十二回」
嗚呼……また気の遠くなるような回数をこなしてきたわけだ。そりゃ慣れるわな。そう考えると俺も百六zy…162回こなしている事になる。
せめてそのクリア特典の引継ぎで攻略方法を脳内にインプットして欲しいんだがな。その役目は長門なんだが、どうだ?
「……そう」
いや、答えになってないって言うか適当な相槌にしか感じないと言うか。
「………緊張感がない」
お前には言われたくなかったんだが、確かに緊張感ゼロだな。ああそうだな、緊張感よりスリルを楽しんでいる感覚を味わってるよ。
そもそもこの状況は誰のせいなんだ?またハルヒか?
「……原因は彼女」
それは前にも何度か聞いたことがあるな。まさかとは思うが巨大カマドウマの件と似たような原因か?
「……そう」
つーことは、また今回も誰かの畏怖の対象が顕現した、と言うのが正しいのかな。
「今回は涼宮ハルヒの最も頭に残るイメージが形になったもの。存在自体に形は無かった」
それは、あの新聞に写っていた影のことか?
「そう。形状が特定されていないため異様な形状で写されたが今は涼宮ハルヒのイメージと願望があの生命体に形を与えている」
いつもよりは分かりやすい解説だったな。要領を得てきたって事で納得するのがいいか。
それにしても随分とまあ悪趣味なものを考えたなハルヒの奴…そんなに映画が見たいのか。なら奢りで良いから連れてってやる。
だからこれの形をどうにかしてくれ。獰猛なでかいチワワとか獰猛なでかいシュワちゃんとかエイドリアンでも良い。これ以外で見て吐き気がしないのなら大歓迎だ。
ひたすらビルとビルの間を走る。ハルヒ達もこの廃墟群の中にいるのに出くわさないのはさすが長門と言う所だな。

キュォオォォオオオオオ……

一つ言っておく。ただの雑談に感じただろうがこれでも猛ダッシュで走っている。発言は普通だが体中すでに乳酸漬けでいつ倒れてもおかしくない。
後ろのグレムルの速いこと速いこと。それでもスピードを落とさない俺の生きる本能は大したものだ。野性の本能か。はたまたランナーズハイなだけか。

……ところで長門よ、何故お前は俺より先を走っているんだ?
「身体能力の向上、および重力制御を実行している」
つまり足を速くして体を軽くしている…と。
「……そう」
そう、そうか。そうなんだ……ずるいだろ!猛然と走り続ける俺の立場はどうなるんだ!喰われて死ねと言ってるようなものではないのかね!?
「情報変更を行う時間が無かった。ごめんなさい……」
ずるいぞ、そんな表情をするな。説教できなくなっただろうが。……聞いておくがその台詞は一体何回目だ?
「十六回」
嘘だろおい。寝言は寝て言ってくれ。一割のはずれの確率内に俺も入ってるのか。ここまで不運な確率は存在しちゃいけないはず。フロイト先生もビックリだ。
関係ないが。
「こっち」
突然目の前から長門が姿を消した。結構長門とは-長門が速すぎて-距離があったため何処で何処へ行ったか分からない。
「お、おい!長門!」
辺りを見回しながらも猪のように走り続ける俺。後ろからは何足あるのか分からない脚で俺を追いかけてくる化け物。
「長門!なgぐえぇっ!」
ものすごい勢いで横に引かれ、ものすごい勢いで惹かれた方向に飛んでいく。目の前に映った長門が遠退いていく。
そうか。お前が引っ張ったんだな。でもいくら身体能力の向上なんて事をしたからってこのパワーは異常だろう……
「ぐはっ!」
ケツを先行して飛ぶ体勢から華麗に不時着。上手い具合にバランスがよかったのか俺の尻は滑走路を滑るジャンボジェット機の腹のように滑っていく。
「……大丈夫?」
そんなわけないだろう。肉がこそぎ落とされるかと思うぐらい滑ったぞ。
「……そう」
そうって……俺の体の一部が磨り減るかもしれないって状況だったのにその反応は心臓にズキズキくるんだが。
「少し気になることがある」
なんだ?こんな時にお前が別のことを考えるなんて珍しいな。重要なことなのか?
「……この行動は、今回が初めて」
重要なことか否かの返答は得られなかったが、よく分かった。俺は今本来のレールからはみ出した可能性があるってことだ。
162回中1回と言う確率が多いか少ないかは分からない。長門にとってはそう驚く状況ではないのかもしれない。だが今回は少し違うようだ。
以前の切り取られた二週間の時とはわけが違う。あれはいつかどうにかできるものだ。だが今は命のやり取りがある。元のレールに戻らなきゃ俺の未来は不安定だ。

少し震える体をなんとか黙らせて立ち上がり、長門の前まで足を進める。
「なぁ長門…どうすればお前の過ごした中にあるレールに戻れるんだ?」
長門は少し考え、少し不安そうに見える表情で俺の目を見据えた。
「私は本来涼宮ハルヒの観察が目的。だからあなたが自分で元の状況まで戻る必要がある」
自分で考え、自分で行動しろ…か。そうは言われたものの俺にはどういう状況になることが正しい方向なのか分からない。それに命の危険もあるしな。
「大丈夫」
俺の思考を呼んだのか長門が突然声を上げる。驚いて一瞬ビクリと体が動いたのを見なかったことにするように長門は続ける。
「私は涼宮ハルヒの観察が目的。でも今はその対象にはならない。側に観測対象が存在しないから」
ふむ。それで……何が言いたいんだ?
「あなたに助言は出来る。でも実際に実行するのはあなた自身。それに……」
もう何度聞いたのか、でも何度聞いても心を落ち着かせてくれる。決意と、俺に与える安心感を含め、少し微笑むような顔で言ってくれた。
「あなたは、私が守る」

そうは言われたものの一体どうすればいいのやら。
あのグレムルは見失うし、SOS団は何処に行ったか分からない。ただ長門(小)は長門(大)と情報結合だか何だかをしてズレを知ったらしい。
そのズレは僅かだが土曜日の時点で観測されていたらしい。のだが、その詳細はどうしても教えられないそうだ。
長門曰く、
「未来に来たということはこれから自分のすることを自分の目で確認してしまう。でも今回は時間軸と別の方向へ移動している」
「でもそれがずれたとはまだ確定されていない。初めて別の時間軸が現れても元の軸に戻るのが多い。だからまだ確定されてない」
で、どう言うことかと言うとだ。
俺に身体能力の向上などなどを施し忘れたのが16回。てことは最初の一回が存在したわけだ。これもその類の可能性があるから知識を植えつけるまで断定できない、だとさ。
まぁ、そんなことを言われて納得はしたが貧乏くじを引かされたのだけは確かだ。
そんなわけで俺は長門(小)と二人、長門(大)からの電波を受信しているらしい長門(小)の指示に従ってSOS団の連中と会わないように廃墟群を歩き回っている。
「……なぁ、長門」
「……なに」
あー言いにくいなー。なんか髪の毛が一束ピンと立ってる上に五分毎に雷型になって揺れてるんだぜ?(ちなみに時間は計った)
「…………」
「……早く言って。気になる」
そう言われてもな……あ、また五分だ。アンテナが動く動く…………あ、止まった。
「今D-16にいる」
いや、何処だよ。
「……こっち」
長門が先を行く。どうやら廃墟の一つに入るようだ。それを追う。無論慎重にだ。足元が不安定だから気を配っていないと怪我をしかねん。

ふと、俺は少し考え事をする。先ほどから口には出さないがずっと感じている不快感、違和感のことをだ。
何?と聞かれれば「あの化け物」と答える。が、心の中ではもう一つ理由がある。
この廃墟群自体だ。
廃れて使い物にはならないほど壁や天井に亀裂がある。廃墟だから当然なんだが。
疑問はこうだ。

何故こんな廃墟群が存在するのか。

そんな疑問は意味がないだろうが、よく考えれば謎なんだ。
この街も少なくとも社会の影響はある程度影響している。古い建造物は取り壊されてマンション、住宅、デパートや大手メーカーの店が建てられることは珍しいことではない。
にも関わらず、この廃墟群は存在する。
何故?
どうして?
この廃墟群の広さは歩いて実感したが、ショッピングモールほどはあるだろう。(実際あまり歩いたとは言わないのだが-約30分ほど-)
そんなに広い土地が放置されている理由が存在しない。廃墟もそのままで手を加えた様子はない。野晒しと言うのだろうか。そういう状況なわけだ。
更に考えると分からないのは、ここは元々なんだったのかだ。ビルが立ち並んでいるのは分かる。一目瞭然。百聞は一見に如かず。
仮にここが全てオフィスビルだったとしよう。不景気の波に飲まれて時代に取り残された会社ばかりが存在したと。
だが、全てがここまで廃れるのはおかしい。こんな広い土地で全てが倒産なんて馬鹿げている。移転したとも考えられない。潰れたビルは買収することも出来るしな。
また仮に、一つの大きな企業がこの範囲でビルを建てまくったとしよう。目的は貸すためだと。
それでもあり得ない。一点に集中してビルを建てるなんてどんなチェーン店でもやらん。セブンイレブンだって二件が向かい合わせ程度だ。
またまた仮に、酔狂な金持ちが自分の会社経営の先駆けとして建てたとしよう。
これになると強引過ぎる。一つの巨大なビルだけで十分だろう。わざわざ乱立させる必要も無い。たった一つ、巨大なビルを用意するだけでいい。
なら水素原発?ちゃんちゃらおかしいな。そんな事あったら世界中のメディアの的だっつーの。
ここには何か霊的なものがあるのか?
取り壊したら従業員が皆死ぬとか……って、さっき俺の出会った化物がその原因だったりして………
納得しそうになったのでこの例えはパスしよう。

「……っ」
ここまで頭をフル回転させて、一段落おこうと頭を押さえて偏頭痛を収まらせようとする。
普段グータラしているとこういう見返りが来るのか。身に染みて実感させられたよ。どれだけ暇を持て余しているかをね。
「……大丈夫?」
足を止めて長門が顔を覗き込んできた。そこまで辛そうだったか?俺。
「……付いてくるスピードが0.1m/s下がったから」
それ適当に言ってるだろ。こんな足場の悪いところを歩いていたらその些細なスピードの変化はあって当然だと思うが。
「……ジョーク」
笑えないぞ。笑える状況じゃない。
「……そう」
……もしかして落ち込んだか?
「……少し」
そうはっきり言われるとこっちは押し黙るしか無くなるではないか。こんな時に気まずい雰囲気はよくない。仲間割れはBAD ENDの定番だからな。
「なあ長門」
「……何」
相変わらずの冷静で冷たい声。だがこういう時にプリプリ怒っている奴の声や舌足らずで頼りない声やニヤついた顔で説明されるよりいいかもな。
「どうやってあの化け物を倒せばいいんだ?普通じゃ到底適わなそうだが……」
「大丈夫」
何がだ。何が。何処をどうすれば大丈夫と言う台詞が吐き出せるのか教えて欲しいんだが?
「……これ」
長門が足を止めて何かを差し出してきた。
「…………これって」
見覚えのある、黒光りした鋼がなんとも猛々しく狂気を連想させるこのズシリと重いモノ。引き金、げき鉄、砲身、銃口、弾層、まさしく拳銃だ。
しかも今回はマグナムの形をしている。

「麻酔銃……?」
しかも注射器から変形したやつ。
「……そう」
そうなんだな。やっぱり。分かってはいるが、物騒極まりない。
「中身は少し違う」
何が違うんだ?
「今回の弾丸には組織の構成と情報を消去、抹消するデータ、プログラムが注入されている」
中身は前回より物騒だった。
「これ……人に当たったらまずい…よな?」
「………………」
そこはキッパリと答えをくれ!
「……危険」
前言撤回。弾丸より危険な代物だ。物騒で済む話じゃないぞ。あれだ。007の黄金銃だ。一撃が何処に当たろうと即死決定のウェポン。
「俺……一般的な市民なんだが、こんなSWATも持ってないような年齢制限1000禁ぐらいかかりそうな代物持っていいのか?」
「……信用してる」
声に今までの比にならない重さを感じる。それだけ重大なわけか……もしその信用を裏切った時、俺はこの世に存在しているのだろうか?
まさか朝倉のように……
「ぬああああああああああああああああ!!!」
考えただけで恐ろしすぎる!くわばらくわばら・・・とりあえずしっかりとした作りでセーフティロックもある。壊れる心配なし。セーフティロックをかけて……と。
これでよし。俺って頭良いな。………なんだ長門。その今まで正常な志向を持っていた人間が事故にあってイカレ野郎になったのを見て憐れむ第三者の目は。
「……突然叫ぶから驚いた」
そういやさっき視界の隅で目を丸くした長門がいたな。驚かせてすまんな。
「……現実逃避は適度に」
その逆だ。現実を見過ぎて現実に帰ってきたんだよ。気遣ってくれ。原因はお前だ。更に原因を探ると妄想激しい俺の脳に辿り着くが細かいことを気にしてはいけない。
「………?」
長門の足が一つの巨大なビルだった廃墟の前で立ち止まる。
「ここが、どうかしたのか?」
長門は何かに導かれるように前へ進み、広場のような廃墟の真ん中でピタリと止まって天井を指差した。

「ん?」
なんだあれ……?暗くてよく見えないが、何か緑色の物体だな。それに…マトリックスで見たような緑色の文字がズラズラ動いているぞ?
「長門」
「……なに?」
「俺の勘が合ってるといいが……いや、合っていても嬉しくはないんだが…あれが今回の引き金か?」
その勘は正しかったようで、ミリ単位の長門の頷きを確認した。
「……あの羅列文章情報体を撃って」
そんな名前なのか。どうも適当に付けた名前にしか聞こえないが……まあいい。
弾層を確認する。弾は全部で六発、か。セーフティを外して、両手で構えて天井を狙う。そして……

ガゥンッ!

激しい銃声がビルの中を反響し、木霊する。手が反動に耐え切れず、銃が顔の横まで跳ねた。思わず手を離しそうになったがそこは気合だ。
「っ~~~~~!」
本物の拳銃もこんなに反動が激しいものなのか。まだ手が痺れている。だがとりあえず顔を上げて銃弾を放った結果を見つめる。
「うげ……」
まるでスライムのように奇怪でおぞましい動きをして消えていくのが見える。文字達が悲鳴を上げているようだ。
やがてその蠢きは収まり、ゆっくりと天井に溶け込むようにして全てを消した。
「これで、いいのか?」
コクリと頷く。感じる必要は無いのだろうが、少し罪悪感が心に残る。あれでも一応生きていたんじゃないのか?
「あれはただの情報の塊。生と言う概念には該当しない」
そう言われても釈然としないんだが……まぁ、黙祷だけしてさっさと立ち去るか。人に危害を加えるんじゃ仕方ないよな……ごめんな。
そう心の奥で小さく呟いて、俺と長門はその場を後にした。
次に目指すはあの化け物のところ。一体どうやって倒せば良いのか。長門の後を追いながら再び思考を張り巡らせ、頭を悩ませた。

「なあ」
「……何?」
さすがに歩き疲れて俺はビルの外に座り込んでいた。摩天楼から覗く空が少し淀んでいる。
俺の上だけ暗いのか。そう考えると嫌な予感がしてならない。今日
長門も隣で座っている。こんな時にも本を読むのか……どっから出したんだ?
まあ細かい事を気にしたらいつまで経っても終わらない。そしていつも終わらないから気にしないでおくか。とりあえず質問だ。
「一体、この時間の俺達って何してるんだ?」
どうしても気になる。そりゃあ未来を覗き見するなんて趣味が悪いとは思うんだが、やっぱり気になっちまうもんだろ?
「駄目」
なんでだ?
「事前に与えられる知識は影響を及ぼす。だから予備知識は与えられない」
そんなことどっかで見たな。ああ、そうだ。確か「時のパズル」とか言う小説だったかな。いい話だったよなぁ……
「……他者の作品を使用することは許可されない」
うるさい。少しかぶったなーとか思っただけだ。
「……なに?」
「今の時間の俺たちの状況だけ教えてくれ。それならいいか?」
長門は考えるように顎に手を当てて黙ってしまった。うーむ、俺はこんな貪欲な男だったか?どうなんだ俺。まるでハルヒじゃないか……
「現在情報体から逃亡中」
……。
…………。
……………おいおい。悪い冗談か?
「助けなくていいのか?」
「必要」
なんでここでのんびりしてるんだ?提案したのは確かに俺だが追われてるって事は命の危険性があるんだよな?

「そういうことは早く言え!!」
急いで立ち上がりすぐに駆け出す。場所なんかあてずっぽうでいい。何とかなる。
「っておい!ちょっと待て」
「……何?」
俺の方が先に飛び出したのにお前が前を走っているのは格好がつかなすぎだ。そして今後も俺が危険だ。
「俺もなんとかしてくれ」
このままだと過労で死んでしまう。
「……」
長門は俺の腕を掴んで、例の如く噛み付いた。
「いたっ……いたたたたたた!」
「大丈夫。痛みは無い」
痛いのはお前の歯じゃなくて手だ。馬鹿力で掴むな折れるへし折れる砕ける!
長門の口が俺の腕から離れる。初めてだ。長門の唇の感触を味わえなかったのは。そんな場合じゃないのは分かっているが損した気分だ。
「……急がないの?」
急ぐに決まっているだろうが。
さっきの勢いで足を踏み出すと想像以上にスピードが出た。
まるで風になったように。
まるで風を引き裂くように。
俺の体は風を置き去りにして疾駆した。早すぎて首が置いていかれそうになが気にしている暇はない。団の連中が危険だと知ったらいてもたってもいられない。
今、この時、救えるのは俺だけだと過剰な感情を抱いて走った。
妄想でもなんでもいい。化け物を倒して世界を守る正義のヒーローじゃなくていい。
あいつらだけのヒーローになれるんなら俺はそれだけで十分だ。

ここじゃない。
「ふあぁぁぁ~~~!」
ここでもない。
「誰かぁぁぁ~~~!」
くそっ何処にいるんだ。
「助けてぇ~~~~~!」
なんかさっきから悲鳴が聞こえるような…耳が風を裂く音でよく聞こえないので足を止める。
「ふえぇ~~~~~~!」
「なんなのよこれええええええ!」
叫んでるな。朝比奈さんにハルヒか。まぁ他二人が叫ぶとは微塵も思っていないがな。
「長……」
「……?」
そうか。いつも助けてもらってても駄目だな。俺のやれるようにやることが大事なんだ。だから頼るわけにはいかない。今はまだ。
道を踏み外していても、必ず戻れる。そう信じて俺のできることをしよう。
ひたすら走って目に入ったのは、ビルの切れ間を横切る人影。見つけた。
なんとか注意をひきつけなければならない。なら投擲が適切な判断のはず。
俺は握り拳ほどの大きさのコンクリートを拾い上げ、あの化け物が横切るのを見計らって思い切り投げた。
「げっ」
想像を遥かに超えた弾丸のようなコンクリートの欠片がビルの切れ間を高速で通り抜ける。さすがに速過ぎたか。いや、人間の限界を超えすぎた。
だが意外とタイミングはバッチリで、奴の顔が出た瞬間横っ面にクリーンヒット。

キュオォォォォォォォオオ!

怒ったな。間違いなく。コンクリートが貫通して奴の横顔に穴が空いたし。緑色の液体零れてるし。
奴の顔が俺を捉えた瞬間俺は一瞬動けなくなった。蛇に睨まれた蛙のようにピタリとだ。
多分、恐怖が一瞬でピークに達したのだろう。殺される、と言う考えが頭の中を幾度となく反復して自分で自分を追い詰めてしまっている。

ズルリとビルの切れ間を這いずりながら俺に近づいてくる。くそっ動いてくれ!俺!
「うおっ!」
体が急に自分の意思に反して横に飛んだ。
否。
横に引かれた。誰に、なんて無粋なことは考えない。
「すまん、長門」
「……いい」
危なかったがこれで目的は果たした。
あとは出来るだけ広いところに団の連中に見えるように行ってこの化け物を殺し、ハルヒが来たところでジョン・スミスだと気づかれないように宣言。
上手くいくかの保証はない。だがやってやれないことはない。
「長門!何処か広いスペースのあるビルでハルヒ達の前を横切れるルートはないか!?」
数秒の間を置いて小さな長門の口が動く。
「こっち」
一瞬で俺の前に躍り出て角を右に曲がった。その後を出来るだけ化け物との距離を均等に保ちながら追いかけていく。
走って。
走って。
走って。
どれくらい走ったか、ハルヒの黄色いカチューシャを時折見た気がする。疑うわけじゃないんだが少々不安になってk多。
こんな時は、妹よ。兄ちゃんが無事に帰ってこれることを祈っててくれ。
「ここ」
長門がビルに入る。そして当然のように俺もビルの中に入った。が、そこで足を完全に止めてしまった。
「よう、俺。遅かったな」
な……なんで俺(大)がいるんだ?長門を見ると目を見開いている。こいつも驚いているのか。
「なんで俺がいるか不思議がるのはいいが、そろそろ退けたほうがいいぞ。化け物とハルヒたちが来るからな」
「退くのはお前の方だろ!お前には長門の情報変更だかなんだかはされてないだろ!それにアレを倒すのは俺だ!」
「ああ、知っているさ。俺もやった。でも気づいたんだよ。今のお前じゃ分からないことにな」
今の俺じゃ分からない?それは元の時間に戻って日曜日になるまでの過程で知ること、って意味だよな。

ギチギチギチギチ……

くそ。もう来たのか。このまま俺(小)と俺(大)が居たらまずい。だがあいつは動く気配が無い。
「ちぃっ」
悔しいがここは俺が避けるしかない。
こんな時はどうすればいい。とりあえずビルの外に隠れるか。
あの化け物は天井を這っている。俺と長門は入り口を正面にして右の窓から飛び出し、そこから化け物を狙う。
向こう側の窓にハルヒ、長門(大)、古泉、朝比奈さんの順で入り口へ走っているのが見える。
肝心の俺は頭上に化け物が来ているのに何の行動も起こさず、まるで石像みたいに微動だにしていない。
どうする気なのか不安だが、心の中では信じていた。
時間は違ってもあいつは俺なんだ。ハルヒ達のために必ずあの化け物を倒すと信じていた。

そう
信じていたんだ。
だが。
これは予想外だった。





「キョン!危ないわ!早く逃げてっ!」
「キョンくぅ~ん!早くこっちへぇ~!」
「何をしているんです!そんな馬鹿なことをしていないで逃げてください!」
「状況は危険。情報体はあなたを捕食しようとしている。早急な逃走が必要」
様子がおかしい。何してるんだよ。みんなあれだけ心配してるんだぞ。長門(大)だって逃げろって…………

ちょっと待て。
おかしいだろ。なんで長門(大)まで逃げろと言う必要があるんだ?
いくら馬鹿なことでも未来の俺は何か切り札を持っていると思った。
例えば俺の手にある銃。
例えば俺の体に施された改変。
どちらにせよその二つの出所は長門だ。なのに何故長門が心配している?
演技か?そうならまだ説明が付きそうだ。ほかのみんなに疑われないようカモフラージュをしているのか。
だがその割には未来の長門(大)はソワソワして落ち着きがない。顔も心なしか泣きそうに見える。
「お願い。私のことは気にしないでいい。だから逃げて」
長門(大)が悲願するような声で俺(大)に話しかけている。俺(大)はそれでも動かない。
なんだ、長門のこと?俺が気にするようなことってなんだ?
そのことを必死で考えようとするも、目の前の状況では頭が正常に機能しない。アインシュタインだって度肝を抜かれて相対性理論を考えている場合じゃなくなるはずだ。
ゆっくり化け物の口が俺(大)の頭上に下りてきている。
「撃って」
俺の隣にいる長門(小)が小さく呟いた。
「早くしないと取り返しの付かないことになる」
そう急かされても困るが、何より俺が危険なんだ。助けるしかなかろう。
「なぁ……ハルヒ」
みんなが叫ぶ中、俺(大)が小さく呟いた。その声は建物の中を反響するみんなの声をかき消すように静かに耳に入った。
俺は標準を合わせるのに必死だ。一発で仕留める定番はやはり頭。だが少しでも間違えれば俺の頭が吹き飛んでしまう。
おまけにただの弾丸じゃないからそれだけは避けたい。
「俺はな。みんなこのままで居たいと思っていた。あくまで高校時代は、だ。放課後部室でお前の突拍子もない考えを聞かされて」
くそっ!狙いが上手く定まらない……!

「古泉とテーブルゲームしながら朝比奈さんの入れたお茶を飲んで、本を読む長門を見て日常を感じていたかった」
「何言ってんのよ!そんなこと言ってる場合じゃないの!早く逃げなさい!命令よ!」
そうだ。早く逃げろ。お前に切り札がないってことは分かったんだ。邪魔だからさっさと逃げてくれ!
「でもな。その日常が無くなるって知った時、俺はどうしようもないほど悲しかった」
何を言っている。これがお前の言う『今の俺じゃ分からないこと』の正体か?
俺(大)の頭上にはもう化け物が口を開いて構えている。
やめろ。
やめてくれ。
お前怖いんだろ?
体が震えてるぞ。何がお前をそこに縛り付けている!
「だから、ハルヒ。また新しくみんなでやり直そう。不器用な俺はこんな方法でしか助けてやれない。頼むぜ」
待て。
待て。
待て!
「俺が、ジョン・スミスだ」
ハルヒの声がピタリと止んだ。
「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく」



最後に見せた俺の笑顔は悲しみが浮き出ていた。






おい。
嘘だろ。
ふざけるな。
こんなことあっていいのかよ。
なんでこんなことになっちまうんだ。
もう見ていられない。見ていたくない。
だって。
化け物に俺が食われているんだぞ?

最初に見てしまったのは、俺の顔が化け物の口に入り、奴が口を閉じた瞬間肉の千切れる音と骨の砕ける音が聞こえた。
声を上げるものは一人もいない。唐突過ぎて誰も信じられないんだろう。
俺の体は宙に浮き、揺ら揺らと揺れている。
声一つ上げない俺(大)。もう、命の灯火は消えたんだ。
大量の出血が服を朱に染めて足元に真紅の水溜りを生み出している。
化け物が首を振ると俺の体は子供がガラクタの人形を振り回したように何の抵抗もなく不気味に振り回され、

千切れた。

倒れた俺の体は頭を俺の方に向けている。まるで『これが未来だ』と悟らせるように俺には見えた。
そこからは俺は何も見ていない。
大量の胃液を口から吐き出している最中だった。
その間も奴が俺の体を貪る音が嫌でも耳に届く。
「いや…………嘘よ……」
誰かの声がした。それを夢だと自分に信じさせるかのような真摯な願いがこもった声。
「なんで……キョン…が………?」
声の主はハルヒだ。まだ吐き足りないがそこは堪えて、中を覗き込む。
古泉の袖を掴んだままへたり込んでいる。呆けた顔で俺が奴の胃に収まる様を見つめている。

「いや……いやよ………いやあああああああああああああああああ!!!!!!!!」

その叫びが引き金になったように、突然何かが俺の中で蠢いた。
「ぐっ……!」
グラグラと視界が回る。この感覚、時間跳躍の時に似ている。
天も地もなく、遠心力機にかけられている感じ。
何をする気なんだ、ハルヒ!
「キョンくん!長門さん!」
この声は……朝比奈さん(大)?
パタパタと駆け寄る音が聞こえるが俺はグロッキーで顔を上げられない。
「どうしたん、ですか……?」
辛うじて搾り出せた言葉。だがその返答は得られない。
「急いでこの時間軸から退避します!私に掴まって!」
手を掴まれたが、俺は全身に力が入らない。掴む力も弱弱しい。
突然誰かが俺を抱きしめた。
突然で驚いたが抵抗するような状況じゃない。慌てられるほど元気じゃない。
柔らかく、クラクラするような香りが、妙に心を落ち着かせる。

突然の天地が回る感覚が襲ってくる。だが俺は歪んだ空間の中、淀んだ思考で考えていた。
一体、未来の俺は何を知ったんだ?
なぜ未来の俺はあんな行動をしたんだ?
なんで……こんなことになっちまったんだ。

そのうち、淀んだ意識は深く暗い闇に落ちていった。



「……っ」
深い深層にあった意識がゆっくりと現実に浮上してきた。
「……意識が回復した」
棒読みの声が聞こえる。どこか、嬉しそうな声。
「本当?よかったぁ……」
今度は大人びた声。その声は安堵を表に見せている。
「…………ここ……は…?」
瞼が重いが状況は確認したい。
ゆっくりと開いていく瞳に光が入る。夕暮れの朱色が一瞬目を眩ませた。
「あ、キョンくん。大丈夫?話せる?」
ぼやける視界に誰かの顔が見える。目にかかる霞が晴れて、それがようやく誰だか分かった。
「朝比奈…さん?」
今にも泣きそうな顔で俺を見ている。
「よかっ……よかったぁ…」
前言撤回。既に泣いていた。
「意識・肉体ともに正常」
朝比奈さん(大)の後ろには俺を見下ろす長門の姿が。微笑んでいるのは気のせいだろうか?
「ここは…どこですか?」
「ここは部室です。元の時間に帰って来たんです」
涙を拭いながら少し引きつった声で朝比奈さん(大)が答えてくれた。
「そう……ですか」

次に聞こうとしたことは、少し喉で躊躇った。
聞きたくない。
知りたくない。
信じたく……ないが、知らなきゃいけない。
「俺は…未来の俺は……死んだんですか?」
朝比奈さん(大)の顔が先ほどの笑顔とは打って変わり、困惑した表情を見せる。
「いいんです……正直に言ってください」
誰かに事実を突きつけてもらわないと、夢だったと忘れたくなるだろうから。俺は現実を見なきゃいけない。
「…………はい。確かに、あなたが見たとおり。未来のあなたは情報体によって死に至りました」
そうか。やっぱり死んだんだな。そんなことを考える時点で俺は既に現実から目を背けていたんだな。
「あの時間は、どうなったんですか?」
横たわった体に力を入れて座り込む。まだ目が回るな。
「涼宮さんの力によって改竄が行われ、あなたが涼宮さんと初めて出会った日まで逆行したの」
どういうことですか?
「つまり、全てリセットがかかってまた最初の選択肢まで戻ったのよ。もしかしたら延々とループを繰り返すのかもしれないわ」
なるほど。つまり今までの日々を返せ!って言うことなのだろう。
先へ進まない未来とは、いつかを思い出すな。
なんと言うか、ハルヒらしいやり方だ。
人の生死はどうにもならないから時間を戻す。理に適っているとしか言えないな。

「キョンくん」
不意に朝比奈さん(大)の声が後ろから聞こえた。振り返ると悲しそうに笑う姿が。
「ごめんなさい。こんなことになるなんて思っていなかったの。助けてあげられなかった……」
気にしないでください。貴重な体験でしたよ。
「無理して笑わないで。辛くなるから……」
なら、朝比奈さんもそんな辛そうな顔で笑ったら駄目ですよ。俺も辛くなりますから。
「……そうね。ごめんなさい」
そう言ってお互い微笑んだ。どちらも互いを確認しあうような優しい笑顔で。
「私は戻らなきゃいけません。そして最後に言えることは一つだけ」
部室の扉を開け、俺に振り向いて言った。
「全てあなたが決めることだから私はどうして欲しいなんて言えません。だから」
最高の笑顔を添えて。
「もしキョンくんが生きることを選んだなら、日曜日の夜にいつもの公園で会いましょう」
彼女は出て行った。

「……」
出て行った朝比奈さん(大)の余韻を見つめながら俺は静かにため息を吐いた。
目に焼きついた光景。ホラー映画やスプラッター映画を見るよりも衝撃が大きかった。
人間がグロテスクな映像を見て気持ちが悪いと感じるのは、無意識のうちに映像と自分を重ね合わせ、自分がそうなった時を想像して気分を害するらしいが。
「そんな……能天気な体感じゃないだろ。これは…」
俺の場合、目の前で俺本人が死んでいくのをリアルタイム&肉眼で鑑賞したんだ。誰某が感じるような生半可な嫌悪感じゃない。
「くそっ……何考えてたんだ、俺は…!」
拳を床に突き立てる。馬鹿な奴だな。俺だって分かっているが他人事にしか思えん。そもそも同位体だが時間が違うから充分他人だ。
長門に言わせれば異時間同位体ってやつ。
「……なぁ、長門よ」
顔を上げて長門を見る。これから聞かれることに予想がついているのだろう。無表情だが分が悪そうに顔を背けている。
「今回のことは、百六十二回中、何回だ?」
「……今回が初めて。情報思念体でも予測不可能だった」
そうか。どうやら俺は突拍子もなさ過ぎるんだな。つくづく実感した。
「……あなたが聞きたいことは、別の事」
俺が言葉を紡ぐ前に、長門から話し始めた。
「あなたが聞きたいのは、あの時間の私の言っていた言葉への回答」

「お願い。私のことは気にしないでいい。だから逃げて」

そう、それが疑問だ。それが俺をあんな行動に走らせたのだろう。

「あの時間でも初めて起こった出来事がある。それは日曜日の夜に話すはずだった」
何が言いたいんだ?
「全てそうしてきたが、あの時間のあなたは私の態度に気づいた。だから先に話してしまった」
「それがこのようなことになるとは想定しなかった」
勢いよく深く頭を下げる長門。こんなことをされたは文句も言えない。いや、文句を言える場所を見つけていなかったが。
「き、気にしなくていい。予測できなかったんなら仕方ない。なにせ俺なんだ。止められてもやったんだろうよ」
そう言うとやっと長門は頭を上げてくれた。
「……本題に入る。今回は緊急事態だから、今この場で申告する」
何を?と聞き返そうとしたが、そんな無粋な行動は抑えた。
長門はそうは言ったがまだ何処か躊躇っている。きっとそのせいで俺が同じ運命を辿るのを嫌がっているんだろう。
妄想だがな。乙、俺。
「私は、日曜日の夜に涼宮ハルヒの観測という立場から外され、情報の結合を解除される」
………なんだって?すまん。俺の聞き間違いかもしれないんだが。
「聞き間違いではない。私は日曜日を持って存在を消滅する」
……別れは、いつも唐突だ。
準備なんかさせる気なんかない。
残酷で。
残忍で。

でも、よく分かった。俺のとった行動の意味が。
長門がどんな形でもそこに居て欲しいと願ったんだ。俺も今そう願っている。
方法は酷く心に傷を付けたが、結論としてはその願いは叶ったんだろう。
でも、不器用だな。俺。
「あの時間の私も、今の私と同じことを考えていた」
地面を見つめ、ぽつらぽつらと話し出した。まだ座ったままの俺には長門の表情が見えてしまう。
「気づいてほしかった。助けてほしかった。別れを告げるのが、悲しい」
白い雪のような頬を紅い雫が伝っていく。それは夕暮れに照らされた涙。
「もっと、あなた達と一緒に居たい。あなた達の声を聞きたい。もっと、一緒に探検をしたい。図書館に行きたい」
駄々をこねる子供のようなことを言っている。でも、それをそうは感じない。
そう感じるにはあまりに切なすぎるんだ。
死期を悟っている人間は、きっとこんな風に願いを語るんだろうと不謹慎な事を考えてしまうほどだ。
「私は…私は……」
決して涙ぐんだ声は出さず、平然とした声で、少し顔を歪ませて長門は悲願を続ける。
「もっと……ここにいたい。ここに。この場所に…でも、あなたが死を選んでまで救ってほしくない。生きてほしいから」
俺は八方美人か?
長門を抱きしめてしまった。
愛しくなってしまったんだ。男なら仕方ないだろう?
泣く声も上げないで、あくまで平静を装っている女の子を抱きしめるのは当然のことだろう。
そんな法則存在しないだろうがな。俺ルールだ。黙ってろ。

「ぅ……ぅぅ………」
「泣くならちゃんと泣け。こうしててやるから……」
「め、迷惑……」
何がだ。誰に対してだ。
「あなたに、迷惑を……かける…」
そうか。俺に、か。俺が迷惑だと言われたら俺も泣いたかもしれなかったが。
「あのな。人の好意は黙って受け取れ。俺がこんなことするのは滅多に無いぞ」
「…………」
「泣けばすっきりするだろう。今泣かないと泣ける時が他に無いかもしれない。それにな」
なんて言えばいいのか、なんて感性でいい。俺の腕の中にいる少女が悲しんでいるんだ。楽にさせたいだけ。それだけで何とかなる。

「お前が、素直に泣いてくれると嬉しい。やっと分かり合えたんだと思える」
「………ぅ…」
「今だけだ。今だけでいい。泣け。受けて止めてやるから」
「ぅ……ぅぁ……うう…うああああんっ!」
タガが外れたように長門は大きな声を上げて泣いた。大粒の涙が俺のYシャツに染みてきているが、そんな些細なことはどうでもいい。
「うああ……ああああんっ!怖い…怖い…・・・っ!」
大丈夫。大丈夫だ。俺が何とかしてやるから。安心しろ。
大丈夫。
お前と月曜日会える。そう信じていてくれ。
「ふぇ……ふええ……」
子供のように泣きじゃくる長門が、俺を信じてくれたかは分からない。
ただ、この手の力は緩めないで、信じてほしいと言い続けるのが今の俺には精一杯だった。





長門が泣き止んだ時にはもう日が落ち、夜の帳が降りてきていた。
「大丈夫か?」
二人並んで坂を下る。目が赤い長門は見られたくないのか俺の方を見ない。
「……大丈夫」
「そうか」
……。
…………。
き、気まずい……。
この沈黙は厳しい。さすがにあの状況の後だ。この空気は独特すぎる。なんと言うか……甘酸っぱいと言うか、ここだけ春の匂いと言うか…。
「……キョン?」
ぅおわぁ!びびびびっくりした……。な、何?何事だ?
「……この呼び方は適切ではなかった?」
あ、いや…そうじゃない。長門がその呼び方をすることに驚いただけだ。
「……そう」
あ、やばい。今拙いことを言ったな……。

「ど、どうして突然その呼び方なんだ?」
「私も……涼宮ハルヒや朝比奈みくるのように『キョン』と呼びたいと思った」
そうか……。
「駄目?」
小首を傾げるな。反則だろ。しかも少し頬を赤くするなんてもってのほかだ。
「いや、構わないぞ?」
「そう……よかった」
……ここまで直球だと凄く恥ずかしいな。あー、俺の顔も今赤いんだろうな。
「……じゃあ、ここで」
気が付けばもう長門の家の近くだった。
時を忘れるぐらい沈黙が長かったのか。それとも上の空だったか。
両方だな、こりゃ。
「ああ。また……日曜日にな」
少し言うのを躊躇ってしまった。でも長門は何も言わずに小さく頷いただけだ。
「一つだけ、教えておく」
なんだ?突然。

「この時間は、先ほどの未来とはリンクしていない。もしその話を誰かから聞いた時、その誰かは涼宮ハルヒの影響を受けている」
はぁ……。言ってる意味は分かるが大事な部分が抜けている。だが、あくまで忠告に似たことなんだろう。心にとどめておこう。
「……じゃあ、また」
道を分かれる時、俺はもう一言言わなきゃいけないと感じてしまった。
こんな曖昧な別れはいやだろう。あいつだってまだ不安なんだ。
俺しか助けられないなら、せめてそれが絶対だと改めて表明しなければ俺の気がすまない。
「長門」
俺の声が届いたのか、少し離れた長門が電灯の下で俺の方を振り向くのが分かる。
「月曜日、なんか本貸してくれ」
こんなんでいいのか俺。どう考えても莫迦だろ。なんだこの低レベル。
ああ、俺ってこういう時に空気を読めないな。
「……分かった」
自己嫌悪の最中に聞こえた長門の声。白い灯りの下で微かに、でも確かに長門は微笑んでいた。




「ただいま……」
珍しく家の中が静かだな。何かあったっけ?
あ、そうだ。今日は外に食いに行く予定だったんだ!だからハルヒに頼んで部活を早めに終わらせてもらったと言うのに……。
だが、逆に好都合だな。
暗い家に灯りを灯して部屋に向かう。カバンを放り投げ、Yシャツを脱ぎ捨ててベッドにうつ伏せに倒れこんだ。
「……………」
長門と二人の時は言わなかったが、本当はずっと頭の中でアノ光景がリピートされている。
血の滴る音。肉の千切れる音。骨の砕ける音。
ふとジューシーなステーキを思い浮かべそうなフレーズだが最後だけ余計だな。
まあ、そんなくだらない事を織り交ぜられるほど楽にはなったということだ。
でも深刻な問題だ。
未来の俺は死んだ。間違いなく自分の意思で。
いくらなんでもそんな計画を最初から決めているとは思えなかった。日曜まで必死に考えたんだろう。
それでも答えは見つからなかった。
そうなんだろう?未来にいた俺よ。
だから唐突に思いついた方法でどうにかした。自分が死ぬという代償で。
心の準備もなく、文字通り命をかけるのは相当怖いよな。震えて当然だ。

で、ここで俺はどうするのか考えなきゃならない。
あの俺(大)がきっとやったことが俺の頭の中にもある。つまりこれらは全部不正解なんだ。
クイズみたいな言い方をしてるのが不満だと思うか?
仕方ないだろ。長門の存在のこともあるが俺の命もかかっている。決めているんだ。もし方法がなかったら同じ運命を辿ると。
だからあの時の状況を『問題』と例えて謎解きをする。人生最大のクイズだ。
有利な点は、しっかり状況を見てそこから考えることができること。
不利な点は、俺(大)と同じ考えを持っているかもしれないという不安があること。
一体どうすればいいんd 「たっだいまーー!」
バタバタと俺の部屋へ直行してくる轟音。
「キョンくーーーーん!」
おいおいおいおい。
妹よ。最高にタイミングが良いのか悪いのか分からない状況で騒々しく登場してくれたな。
何考えてたか一瞬記憶が飛びそうだったぞ。
「一緒に寝よーー!」
帰ってきてその発言はおかしいと思わないのか?
「思わないよ?」
しかももう小学生だろ?お兄ちゃんとしては嬉しい発言だが自立は大事なんだ。ちゃんと自分の部屋で寝なさい。
「やだーーーーー」
……理由を聞こうか?
「……今日ね?お昼寝してたら夢を見たの」
どんなだ?
「キョンくんがね。オバケに食べられちゃうの」
それを聞いて、俺の心臓は一度だけ張り裂けそうなほど大きく活動した。
どういうことだ?なんでそんな夢を見る?こんな偶然あっていいのか?
俺の思考はどんどんハイスピードで回り始める。

もしかしてこの時間はあの時間の……

『この時間は、先ほどの未来とはリンクしていない。もしその話を誰かから聞いた時、その誰かは涼宮ハルヒの影響を受けている』

タイミングよく思い出した言葉。
そうか。
このことなんだな、長門。
俺の妹も、古泉のように何か影響を受けているんだな。そしてそれは夢に関わる。
推測としては、妹は予知夢、もしくは未来を見ることが出来るのか。
そう考えるとさっきのパニックは焚き火を消防車のホースでかき消すように一瞬で冷めた。
「だから、キョンくんいなくなっちゃうんじゃないかと思って……」
そうか。大丈夫だ。夢だろ?
「だけど……」
グスグスと鼻を啜りだした。こうなったら一緒に寝る以外方法はなさそうだな。
「じゃあほら、歯磨いてパジャマに着替えてこい。枕は持参だぞ」
「うんっ!」
本当に嬉しそうに笑って妹は走っていった。もしかして計画犯?

「………ねぇ。キョンくん」
枕があるのにわざわざ腕枕を頼んできた妹。抱きつくのはいいんだがこの腕抜いていいか?痺れてきた。
「朝起きたら、いなくなってたりしないよね?」
俺に限ってお前より早く起きられる確率は最高に低いだろ。
「だよね。そうだよね!」
そうだ。だから早く寝ろ。明日ミヨキチと遊ぶんだろ?
「ぅん……おやすみ…きょんくん…………」
もう寝たのか。寝つきのいい奴だな。
俺ももう寝るか。疲れて瞼が重たい。
本当は、アノ光景が焼き付いて寝るなんて絶対に出来ないと思っていたが、人の温もりはいいな。落ち着く。
む。
そうだ。今日は随分と人肌に触れたような……。

1.朝比奈さんの膝枕
2.長門を抱きしめた
3.妹に腕枕で就寝

得した気分だ……3を除いて。

さ、寝よう。もう考えるのも疲れた。
明日からどうにかしなきゃいけない。どうにもならないことはないんだ。どうにでも出来るかもしれないしどうにかなるかもしれない。
今はそれを俺の支えにして前に進もう。

まどろんだ意識で決意を新たにし、俺はゆっくりと眠りの奥底に落ちた。



二章 終

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