LOST 1話

話は、慌しかった文化祭も終わりひと時の静けさを取り戻した時期にさかのぼる

俺は終業のベルが鳴るといつものように文芸部の部室兼SOS団の部室に足を伸ばしていた。
人間と言うモノは上手くできたもので何でも「恒常性」ってヤツがはたらいて外の環境に人体の内部が
適応するようにできてるらしい。つまり、ハルヒと出会ってからなんだかんだでSOS団に引きずり込まれ
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースを名乗る、無口で本の虫な宇宙人に命を救ってもらったり
キュートで荒野に咲く一輪の花のような未来人に毎日お茶を入れてもらったり、はたまた笑顔と真顔の比率が
7:3で常に白い歯を見せるニヤケ超能力者と毎日ボードゲームをしたりしているうちに
俺の恒常性とやらは健気にそして必死にトンデモ環境に適応しているんだなぁとつくづく実感していた。

部室のドアノブを回し、いつぞやの様に朝比奈さんの着替えシーンに遭遇しないように細心の注意を
払いながら部屋の中に入る。言っておくが断じて朝比奈さんの着替えに遭遇できたら良いななんて思っていないからな
遭遇できたらラッキーぐらいのつもりでしかない。

しかし、運命とは皮肉なもので中にはメイド服を着た朝比奈さんやパイプ椅子に座りいつもみたく文庫本を読んでいる
長門の姿はなく。窓から外を眺めて突っ立ているハルヒしかいなかった。

なんだ、今日は朝比奈さんや長門はまだ来てないのか。

「みくるちゃんは進路相談。有希は掃除当番。古泉君は知らないわ。」

依然として窓の外を見つめたままハルヒはそういった。いつもならもう少し食って掛かってきそうなのだが
たまに、こういう時もあるのだろう。 仕方ない、今日は俺がお茶でも入れるか。すぐに長門や古泉も来るだろう。

「アンタさ、SOS団(ココ)にいて楽しい?」

いきなりだな、オイ。

「入学して、SOS団作って、有希やみくるちゃん古泉君と出会って野球とか合宿とかしてきたけどアンタ楽しかった?」
なんだ平団員の意見を聞こうとは殊勲になったじゃないか。と茶化すような状況でもなさそうだ。久々のシリアスモードか。

そうだな、面白くなかったと言えば嘘になるんじゃないか。 もっとも無難な言い方でお茶を濁す。
実際つまらなくは無かったし嘘にはならないだろう。

「そう。」

ハルヒは短く抑揚のない声で言うとまた黙り込んでしまった。秋の日のつるべ落としで日は西に沈み始め、部屋の中には
ゆるゆるとした、夕日の朱色の光が差し込んでいた。俺の位置からじゃハルヒが今どこを見ているのか何を考えてるのか(コレは年中だが)
知ることはできなかった。
ただ、朱色に染まる背中はどこか儚げな憂いを帯びた少女の様に見えなくもなく、不覚にも俺はその背中から目が離せなかった。

「あたしはね。」

あぁ 

「楽しかったよすごく。」

そうか

「土曜日の探索も夏休みの合宿、文化祭の映画撮影も。」

色々やったもんだな。短い間に。

「楽しかったんだよ。ホントに、みくるちゃんはいつでもかわいいし」

そうだな。なんせマスコットキャラなんだからな。

「古泉君は副団長としてフォローしてくれるし。有希は無口だけどなんでもできるし」

いい仲間に恵まれてるな。

「でもね。それだけじゃダメな事に気付いたのよ。」


そう言うとハルヒはこちらに向き直った。逆光で表情は読み取れないが俺を見ているのは明からだ

「あんたは文句を言いながらでもいつもあたしについて来てくれた。」
「楽しかった、面白かった事全ての中心にはアンタがいてくれたこと」
「それにあたしは気付いたの。」
「キョン、あんたあたしのそばにずっといてくれる?」

ひとつひとつ言葉を選ぶように、ハルヒはゆっくりとした口調でそう言った。
と同時に俺の思考回路はまるで1.5TFLOPS以上の演算性能を持つコンピュータの様に素早くかつ正確に
その言葉の意味を理解・把握し、答えを出していた。

俺は、お前のそばにいてやるよ。ずっとな。

やれやれ、我ながらくさい台詞で受けちまったな。つまりアレだ。『相思相愛』ってヤツだったんだろうな。

因果なモンでコイツとはこんな関係になるはずも無いだろうと思っていたのにこうなるとは。事実は小説より奇なりか。
「ありがと。凄く嬉しい。正直さ。前にも言ったけどこういう感情って一時的な精神病だと思っていたのよ」
あぁ、衣替えの前ぐらいに言ってたっけ。

「でもね。アンタと一緒にいると精神病にかかるのも悪くないと思えるのよ。」
「だって、一時的じゃなくて慢性的な精神病ならかかってるかどうかもわからないじゃない」

ゆっくりと近づいてくるハルヒ。俺は今までに何度となく見てきたハルヒの顔に初めて見る表情を見つけた。

「すき」
俺もだ。

抱きしめた。コイツの体こんなに柔らかかったんだな。なんというか女の子独特の甘い香りが鼻腔をくすぐり
正常な考えをマヒさせていく。神経毒に犯されたように。俺はハルヒの香りを胸いっぱいに取り込んだ。

「ね。キスして。」

甘い展開だ。正直ハルヒがココまでしおらしくなるのは想像の範疇を超えているが、今はそんな考えすらも
どうでもよくなり、俺は目を閉じて待っているハルヒの唇に自分の唇を重ねた。



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