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涼宮ハルヒの遡及ⅩⅡ

 

 

 どれだけの時間が経過しただろうか。
 しかし、俺たちはボロボロになりながらも踏ん張り続けた。
「艦首超必殺撃滅砲発射!」
 ハルヒが手を翳し、この砲撃だけは俺から撃たなきゃならない。
 深遠なる闇を一閃の光が走る!
 長門とアクリルさんが放つスターダストエクスプロージョン以上の威力が怪鳥群を殲滅し、しかし数が数であるし、しかも前の第一波と違い、今度はひっきりなしに増えてくる!
 さらには艦首超必殺撃滅砲はエネルギー充電砲撃だけあって連射が効かず、また他の武器も一時使用不能となるという欠点がある。
 じゃあなぜ使わなきゃいけなかったかというと、完全に俺たちが取り囲まれたからだ。
 もちろん、相手も艦首超必殺撃滅砲の後は戦艦が単なる鉄の棺桶と化すことを知っている。こっちの戦艦のダメージはほとんどその時に受けるものだ。
 もっとも!
『グレイトフルサンライズフェニックス!』
 遠距離怪光線攻撃ならともかく、その瞬間に肉弾で突っ込んでこようものなら長門とアクリルさんの餌食だ!
 俺たちの前に飛び出してきた二人の放つ光の不死鳥の羽ばたきが、怪鳥をなぎ倒していく!
 しばし戦場が硬直。
「キョン、大丈夫……?」
「もちろんに決まってんだろ……」
「ふふ……そうね。でも、これが蒼葉さんの気持ちだったんだろうね……」
「ああ、なんとなくわかるさ。たった一人で戦うことがどれだけ辛かったか……」
 おっと、俺たちが戦艦の中にいるんだからダメージはないだろう、などと思ったならちょっと甘いな。
 先にも言ったが怪鳥は口から妙な飛び道具を撃ってくる上に数が半端なく多いんだ。
 その衝撃が、当たり所が悪ければ、当然、かなり戦艦を揺らす訳で、何度か俺たちはバランスを崩し、椅子やパネルに叩きつけられたこともあった。それが幾度となく続けば当然、肉体へのダメージとなる訳で、もっともそんなことはどうでもいいんだがな。
 この痛みを味あわないことには蒼葉さんに顔向けできないのは勿論、長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんとだって顔を合わせられん。
 しかし、その硬直は一瞬、再び、怪鳥たちは四方八方から突撃を開始する!
「けど負けてらんないわよ!」
「だな!」
 ハルヒと俺が吠えて再び迎撃を開始する!
 機体はすでにあちこちから煙が上がり、きしむ音がまるで戦艦の苦痛の声のように聞こえるが、何、心配するな。逝くときは一緒だぜ!
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
「ハルヒ?」
「キョン! あたしはこんなところで死ぬ気なんてさらさらないんだからね! みんなで一緒に元の世界に戻るんだから! 負けるとか死ぬとかなんてまったく考えていないわ!」
 ハルヒがいつの間に、俺に近づいてきていたのか、胸倉をつかみ俺を引きよせ、大きな漆黒の瞳にマジで怒気を孕ませて睨んでくる。
「いい? この戦艦は不沈艦よ! だって、あたしのものなんだから! んで、この船があたしたちを元の世界へと連れてってくれるの! だから沈むなんて表現、絶対に許さないわよ!」
 ハルヒ……
 俺は一瞬、慄き、ハルヒを茫然と眺めたが――
「だよな」
 再び呟く俺のセリフにも力がこもっていた。
「お前の言う通りだ。俺たちはこんなところでくたばる訳にはいかんよな。なんせ元の世界でやり残したことがたくさんあるし、まだまだやりたいことがたくさんある」
「その通りよ!」
 言い合って、俺たちは再び配置につく。
 そして――
『来ました! あたしの中ではちきれないばかりの何かを感じます!』
 外部スピーカが拾ったのは朝比奈さんの声だ。
「ん! なら、みくるちゃん! 解っているわよね!」
『はい! ありがとうございます、みなさん!』
 ハルヒの歓喜の声に、朝比奈さんが声を張り上げて、これまた歓喜されておられます!
『はぁ~~~』
 外部モニターを怪鳥から朝比奈さんへと切り替える。そこでは、朝比奈さんが気合を入れ直して、しかもツイテンテールが揺らめき立っている。
 ひょっとして、古泉の赤球がなければ、何か原色オーラでも立ち上っているのではなかろうか。

 

『ミクルミサァァァァァァァァァァイルっ!』

 

 朝比奈さんが眼下に向けて両拳を突き出すと、確かに胸から猛スピードの閃光が放たれた!

 


 光が大地の闇に飲まれるように消えてゆき、一瞬の静寂。
 まさか失敗したのか――
 などと考えようとした直前!
 大地の闇から一気に光が放たれ、そしてその光が一気に放射された!
 と、同時に光が一瞬で世界を覆い、怪鳥の全てが飲み込まれ、俺たちの乗る戦艦も飲み込まれ、長門が、朝比奈さんが、その姿を北高セーラー服へと変化させられる!
 風景が全てを震わせながら、あたかも突然大地が切り裂かれそこに全てが沈み込んでいくかのような地鳴りと轟音が響き、崩れていく!
 俺はハルヒの手を取り抱きかかえるような形で、しかし、落下しない!?
 そうだ! そのまま宙に漂っている、そんな感じだ!
「やった……」
「ああ……」
 俺の胸の中で茫然声を漏らしたハルヒに俺が同調すると、
「あたしたちの――勝ちよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 ハルヒがガッツポーズで勝利の雄叫びをあげたのである。

 


 勝利の余韻に浸ることしばし。
 気が付けば、長門が朝比奈さんが古泉が俺たちを囲んでいた。
「どうやら、これで終わりのようですね」
「そう。わたしたちの勝利」
「本当にありがとうございます。みなさんのおかげで今回はあたしも役に立てました」
「違うわよ、みくるちゃん。今回はあたしたちSOS団がみんな頑張ったから。みんながみんなにお礼を言うべきなのよ」
「だよな」
 などと俺たちは談笑を交わしている。
 世界の崩壊と供に、俺たちは元の世界に戻れることが解っている。
 もっとも、この記憶は失くしたくないもんだ。なんたって本当の意味で俺たちは一つになったことを実感したわけだからな。
 しかし、勝利の余韻と充実感を吹き飛ばすセリフが聞こえたのはこの時だった。

 

 

 


「突然だけどお別れの時がきたみたい」

 

 

 


 え?
「さくら……さん?」
 ただ一人、SOS団とは無関係のアクリルさんが切り出してきて、俺とハルヒが茫然とした声を漏らすが、彼女はどこか寂しげな、しかし吹っ切った笑顔を俺たちに向けていた。
「この世界が崩壊するということは、あたしたちは帰巣本能によって、それぞれの世界に強制的に帰されることになるの。これはどうしようもない決まり。だから、これであたしとはお別れ」
 ――!!
「嘘……でしょ……?」
 ハルヒが愕然とつぶやき、
「残念だけど本当」
 アクリルさんはなんとも子供を宥める母親のような笑顔を向けていた。
 ……まさか、あなたはそれを知っていたんじゃ……!
 もちろん、俺の声も震えている。
「だとしたら?」
 今度はなんとも不敵な笑顔を浮かべてくれた。
 が、
「なんてね。そんな訳ないでしょ。この世界に来ちゃったのはただの偶然。だいたい、明日も一緒に遊ぶ約束してたのに、わざわざ約束を破ってしまうような真似なんてするわけないじゃない。あなたたちに対しては、ね」
 今度は茶目っ気な笑顔を向けてくれる。が、しかし、再び即座に神妙な笑顔になって、
「キョンくん、あたしが何のためにあなたたちの世界に来たかは言ったわよね?」
「ええ……それは、俺の前にこの世界に戻してもらった時の魔法で背負ってしまった後遺症を是正するために……って、ことで……」
「その通りよ。それを今から敢行するわ。幸い、何もしなくても、みんな、この空間から脱出すれば、今までのことは夢だと思ってしまうはずだから。だけどね、それをより確実なものにさせてもらう」
 どういう意味……?
「夢は目が醒めたらほぼ記憶から消えてしまうもの。どんなに留めようと思っても、手のひらからこぼれる水のように塞き止めることはできない。そして、キョンくんの召喚術の後遺症はあたしに、ううん、あたしや蒼葉、そして向こうの世界に関するすべての記憶を消すことによって達成される。なぜなら召喚術の後遺症は記憶が媒体になっているから。ならその記憶を失くするしか、是正される方法はない」

 


 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!

 


「しかも都合がいいことに、今、この場に、あたしたちと関わった全員がそろっている。労せずして、みんなの記憶も一緒に抹消させることができる」
「んな!」「――っ!」「えっ!?」「……!」
 もちろん、ハルヒ、古泉、朝比奈さんは驚きの声をあげ、長門もまた、漆黒の瞳を普段より二回りは大きく見開いている。
「楽しかったわよ。この世界の一日はね。でも夢の宴もこれでおしまい」
 アクリルさんが左手の人差し指を天に向け、崩壊最中の世界の瓦礫がゆったりと空間を漂っている中、
「あたしがあなたたちの世界で魔法を披露したことを不思議に思わなかった? 正直言ってパニックを引き起こすことは想像出来てたわよ。なんせあたしが振るう力は未知の力だったことは前にあたしたちの世界に迷い込んだキョンくんの態度を見ていたから知ってたしね。でも、それは最初から記憶を消すつもりでいたから気を使わなかっただけよ」
 ま、待ってくれ! さくらさん! 俺は、いや俺とハルヒはあなたたちのことを忘れたくない! 忘れちゃいけないんだ! だから!
「いいのよ、忘れても。だって、これでもう二度と会えなくなるんだから。ううん、あなたたちは会おうと思う気持ちすらなくなるんだから」
 そうじゃない! 俺とハルヒはさくらさんたちの生きる世界を存亡の危機に立たせたんだ! その罪は背負って行かなくちゃいけない!
 それに! それに!
「お願いさくらさん! さくらさんたちのことをあたしたちの記憶から消さないで! せっかく出会えた異世界人の記憶を消したくない! それに……あたしはまだ……蒼葉さんに謝っていない!」
 ハルヒも俺と同じで悲痛の叫びをあげている。
 そうだ。俺たちは絶対にあの日の記憶をなくすわけにはいかないんだ!
「それもひっくるめて、よ。何を謝るのか知らないけど、あたしも蒼葉もあなたたちを恨んでなんかいない。感謝の意しか持っていないわ。だから気にする必要はないの。ついでに今のあなたたちの嘆き悲しむ記憶も消え失せるから問題ないわ」
 アクリルさんがとびっきりの笑顔を向けてくる。
「もっとも正確には記憶を消す、じゃなくて、巻き戻す、だけどね。蒼葉とあなたたちが出会ったあの日まで。そして、今日までのことは、その日から、あたしたちと出会わなかった過程の記憶が書き込まれる。だから、もう、あたしたちのことは思い出さない」
 それでもだ! あなたたちのことを忘れるくらいなら俺は今のままで構わない! 召喚術の後遺症も受け入れる! だから!
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」
「え……!」
 アクリルさんの瞳には怒気が孕んでいた。
「いい、キョンくん。あたしたちのことを忘れることよりも召喚術の後遺症の方がはるかに大きな問題なのよ。前にも言ったけど、あなたはハルヒさんの下す命令には決して逆らえない。その意味が解らない?」
 別に今までと変わる訳じゃない。俺はハルヒに巻き込まれ型の人間だ。今はそれで構わないとさえ思っている。
「違うわ。このことが分かったからあたしは、ううん。あたしと蒼葉はなんとか、キョンくんの元へと赴こうと決めたんだから」
 アクリルさんがゆっくりかぶりを振り、そして俺に睨みつけるような厳しい視線を向けてくる。
 もっとも、そこに敵意はない。むしろ、親や教師が俺を心配して、あえてぶつけてくる厳しい視線とそっくりだ。
「召喚術は元来、魔物を呼び出す魔法。魔物であれば頑丈だしある程度の無茶も可能。んで時が経てば、召喚の魔力を魔物が持つ魔力で食いつぶしてしまって召喚術の影響は解ける。でも、魔力を持たない『人』はそうはいかない。魔力同士の犇めき合いが存在しないから死ぬまで解けることがない」
 一生、この後遺症を背負うってことですか?
「そういうこと。そしてもう一度言うけど、キョンくんはハルヒさんの下す命令には逆らえない。必ず実行してしまうの。どんな命令であったとしても」
 だから、あなたたちのことを忘れてしまうくらいなら、俺は一生、ハルヒの尻に敷かれようが構わないって……
「――それは、たとえば涼宮さんが冗談でも「死んで」とか言ってしまうと――ということですね――」

 


 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?!

 


 古泉の神妙な一言がアクリルさん以外の俺たち全員を凍り付かせる。
「その通りよ。別にそこまでストレートじゃなくても、身体の限界を超えるようなことを言ってしまうだけで同じ結果を招くわ。だからこそ、あたしは召喚術の後遺症を消さなきゃいけないと考えた。
 なんたってキョンくんにはあたしたちの世界を救ってもらった文字通り世界にとっての命の恩人だから。そんな人の命を、あたしたちの所為で危険に晒すなんて恩を仇で返すような真似、できないわよ。
 前に言った『時間制限がない訳じゃないけど』というのはそういう意味。今この時でさえ、キョンくんには危険が迫っていないとは言えないということ。住む世界が違うから確認できるわけじゃないけど見て見ない振りをするなんて卑怯な真似をするつもりもない」
 俺は絶句するしかできない。
 こんな選択が存在するのか? 忘れちゃいけない人たちのことを忘れてしまうか、ふとしたことで命を危険に晒してしまう後遺症を持つか、なんて……
 というか、こんな選択を聞いたら誰だって後者を選ぶよな……
「だめだから! 絶対にだめなんだから! あたしはそんな無茶をキョンに言わない! これからずっと一生! だから!」
 ハルヒが泣き叫んでアクリルさんに言い募る。
 そうだ! ハルヒが無茶さえ言わなければ問題ないじゃないか! だったら無理に記憶を消す必要はないはずだ!
「無理よ。なぜなら、『無茶を言っている、という意識がないまま言う』場合が必ず存在するから」

 ――!!

 ハルヒがよく言う「三十秒以内」ってのがそれに当たる。それは口癖ってやつだ。だから直せない……
「理解した? ならもう異議はないわよね。自分の命とあたしたちの記憶。天秤にかければどっちが大切かは火を見るより明らかよ」
 違う! あなたの言葉を借りるなら、俺は、あの時、二者択一しかなかったはずなのに、ハルヒもそっちの世界も救う選択ができた! だったら、まだ何か方法があるはずだ! あなたたちのことを忘れず、そして、召喚術の後遺症を消す方法が!
「残念だけど、それを考える時間は存在しないわ。だって、もうこの世界が無くなっちゃうから、あたしたちは自分の世界に強制送還させられる。そして異世界間移動に確実性がないことは説明したわよね? 唯一確率が高い方法だった今回にしたって、あたしや蒼葉は何度もこの世界の平行世界へ行ってしまっている。つまり、次に、あたしが、絶対にあなたたちの元に行けるという確証は存在しないし、あなたたちはまだ異世界間移動を身に付けていない。だから、この機会は絶対に逃すわけにはいかない」
 あ……!
「さようなら――今度こそ本当に、ね――」
 アクリルさんがこの場に似つかわしくない、あの日、消滅していく朝倉涼子が見せたような無邪気な笑顔を浮かべて、
 だめだ! やめてくれアクリルさん!

 


「メモリーリウィンド」

 


 静かに呟くと同時に、その左手人差し指から柔らかな光が発せられる。
 その光は俺たち全員を呑み込み――

 

 

 


 気が付けば、いつも見慣れた自室の天井が見えた――

 

 

涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ

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