涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ

 

 

 何か、とてつもなく面白い夢を見た気がした月曜日の朝。
 ただ、それが何かをどうしても思い出せないまま、いつものように強制ハイキングコースを踏破し、休日明けの気だるさを感じながら、教室へと入った途端、
「ほら見てキョン! 一気に下書きまでだけど最後まで書きあげたわ!」
 赤道直下の真夏の笑顔でハルヒは俺に三十枚はあろうかというA4用紙を突き付けてきた。
「てーと、一昨日言ってたアレか?」
「うん。なんかその日の晩、バンバンアイディアが出ちゃって昨日一日、これに費やしてたのよ。でもまあ、こういうのも悪くないわ。自分の想像が瞬時にそこに現れるんだから」
 なるほどな。
 俺が一昨日、何気に呟いたクリエイターの話にハルヒが乗った訳だが、それにしてもここまでやるとはね。いやマジで恐れ入ったよ。
 相変わらずとんでもないバイタリティだ。
 …… …… ……
 何だ? 妙な違和感を感じたような気がしたんだが……
 まあいいだろう。おそらく気のせいだ。
「んじゃあまあ、どれどれ」
 呟き、俺は原稿に目を通す。
 ほほぉ。文化祭の時の映画の続編か。
 さすがはハルヒ。多方面に高い才能があるのはここにも表れている。
 下書き段階とはいえ、臨場感もあるし、キャラクターの表情も豊かだ。んでコマ割も完璧に近いものがある。絵ももちろんレベルが高い。
 あーでもページにまたがる見開きはやらなくていいぞ。
「へぇ、今回はユキも味方になるんだな」
「ふっふうん♪ 少年漫画の王道ってやつよ! 昨日の敵は今日の友! それにやっぱSOS団の誰かを敵にしたくないしね!」
 それはいい傾向だ。お前が長門、朝比奈さん、古泉のことが大事になってきている証拠だ。
「ん? 何だ? ひょっとして俺も出てくるのか……?」
 少し渋面を作って感想を述べる俺に、ハルヒが、あの悪だくみニヤリ笑いを浮かべて、
「感謝しなさいよ。あんたにも役を作ってあげたんだから。でもまあ、あんたには何の特徴もないからね。だからバトルには参加させられなかったけど」
 自信満々に説明してくれる。
 ……別に無理に俺の役なんぞ作らなくてもいいのだが……モブキャラにだってできないだろうに……
 って、
「おい、俺が何で異世界人とやらと知り合いなんだよ? いったいどういう伏線で?」
「決まってるじゃない。サイドストーリーよ」
「あのなあ、どこにサイドストーリーがあったんだよ。読者に想像力を働かせろってか?」
「別にいいじゃない。今回、初めてやってみたんだから、次回はもっと良くなるわよ。それよりも続きを見てよ」
「ああ解った……」
 ふむふむ。
 ユキが味方として蘇ってきたのは異世界人ではあるが同じ『魔法使い』の彼女の言葉に心を動かされて、か。
「ところでハルヒ、この異世界人の魔法使いって、ユキと比べると随分、派手な姿の魔法使いだな。バニーとかチアまではいかんがノースリーシャツにホットパンツで生足全開て。結構露出度も高いし」
「はぁ? それくらいで何で『派手』なのよ?」
「それに、この魔法使いの髪の色って桃色だろ? 充分派手だと思うが?」
「へっ?」
 あん? 何だ? ハトが豆鉄砲喰らった顔して。
「いや……何であんたがその魔法使いの髪の色が桃色だなんて分かったのかなって……? まだ下絵段階だし、あたしも言ってないし、別に着色もしてないのに……」
 え? あ、そう言えば何で俺は桃色だなんて考えたんだろ……いや待てよ?
「ハルヒ、お前今、『分かった』って言ったよな? てことはお前も桃色にするつもりだったってことか?」
「う、うん……でもまさかキョンに気づかれるとは思わなかったけど……」
 二人しばし沈黙。
 ぐ、偶然だよな……
「ま、まあそれはお前の行動パターンだから俺が読めたってことだ! 深く考えなくてもいいだろう!」
「そ、そうね! なんだかんだ言ってもあたしとあんたは一緒にいることが多いもんね! お互いがお互いの考えなんておおよそ見当つくわよね!」
 そうだそうだ。俺とハルヒの付き合いだ。そうこともあるさ。
 で、実は後々思ったんだが、どうも俺たちのこの会話の時の教室中の視線がなんとも生暖かったようなのだ。

 当然、今の俺は気付くことなんてできなかったがな。
 さて、それよりも続きを……
「……なあハルヒ、これ、本当に長門なのか?」
「どういう意味?」
 俺が指差したのは異世界の魔法使いと供に戦うユキのシーン。
「いや……なんとなく長門なんだけど長門じゃないような気がしてな……」
「ああ、それ有希よ間違いなく。ただ、改心したユキはヘアカラーが変化したのよ。グレーアッシュからシアンに。ほら、昔あったじゃない、星座をモチーフにしたプロテクターを着て戦うバトルマンガ。その中の双子座の戦士の性格が二つあって、アニメだと善の時の髪の色はシアン、悪の時の髪の色はグレーだった訳だけどそれに倣ったの」
 なるほどな。つーか、よく知ってるなお前。
「ふっふぅん♪ あたしは少女漫画よりも少年漫画の方が好きよ。だって、そっちの方が不思議な展開と力で満ち溢れてるもの」
 確かに。というか、お前の朝比奈さんへのセクハラは多分に一部の少年漫画の影響を受けているような気がしてならんかったからな。
 …… …… ……
 何だ、この感覚は?
 このマンガの二人、ユキと異世界の魔法使いの立ち振る舞い……
 まるで、どこかで見た気がする。
 しかもどういうことだ?
 ハルヒは長門と、と言う風に言っていた。このデッサンも確かに長門のはずなのに……
 しかし俺には長門と別の誰かが被っているようにすら見える。
 おかしい。そんなことはあり得ない。
 だいたい魔法が登場する時点で現実からは外れているんだ。
 もし見たことがあるとしたら夢の中以外に答えはないじゃないか。
「どうしたのよ?」
「あ、いや……なんでもない……」
「ん? 変なキョン」
 ハルヒは何も気づいていないのだろうか? まあ問うのは止めておくけどな。
 こんなことをこいつに言えば、力の限り馬鹿にされるか、俺の頭を切開して夢の中の記憶を引き摺り出そうとするか、するかもしれん。

 


 そんなこんなで今日も放課後だ。
 放課後と言えば、もう完璧に習慣化しているので旧館の一角『文芸部室』に勝手に足が向く。
 んで、今日はハルヒが掃除当番だから先に着き、長門、朝比奈さん、古泉に軽く挨拶して、長門が読書する姿を横目に捉えながら、朝比奈さんが注いでくれたお茶で喉を潤しつつ、俺の白星しか増えない将棋を古泉と指している。
 しばらくするとハルヒが入ってきた。
「ごっめ~~~ん! みんな、揃ってる?」
 見ての通りだ。
 などと軽く言葉を交わしつつ、今日は月曜日であるにも関わらず、明日がどういう訳か祭日と言うことで、ハルヒは団長机の椅子に仁王立ちになった。
「みんな! 明日は特別不思議探索の日に設定するからね! 集合はいつも通り、光陽園駅北口午前九時! 一番最後に来た奴が奢りだから!」
 満面の300W増しの笑顔で高らかに宣言するハルヒ。
 まあいつものことだから、今更何の感慨も持たないが。
 が、どういう訳か、俺はハルヒの次のセリフに言い知れぬ違和感を抱いたんだ。

 


「探索目的は、宇宙人、未来人、超能力者、そして異世界人よ! 原点回帰! 明日こそ必ず見つけるわよ!」

 


 いったいどういうことなんだ?
 これはいつもハルヒが言っていることじゃないか。
 どうして俺は違和感を抱くんだ?
 などと言う俺の内に広がる違和感は、しかしいずれ時が経てば水面に広がる波紋のように消えていくんだろうな、という思考も頭を過った。
 と、このときはかなり気楽に考えいたのだが。
 どういう訳だろう?
 どうやら違和感を抱いていたのは俺だけではなかったらしい。そのことは翌日の不思議探索で知らされることになる。

 


「ねえキョン」
「何だ?」
 何の因果か、いつも通り俺が一番遅かったんで、いつも通りみんなにお茶を奢って、いつも通り班分けしたのが今日に限ってはいつもと違い、同じ班になったのはハルヒだったりする。
 で、最初はなかなかテンションが高かったハルヒなんだが、公園から街中を散策する道すがら、どんどん神妙になっていった。
 これは何を意味するのだろう?
「うん……昨日、見てもらった漫画なんだけどね」
「あれか」
「アレって妙なのよ。昨日、キョンが指摘した通りで、あたしも家でもう一回読み返してみたらキョンと同じ感想を抱いたの」
「と言うと、異世界人の魔法使いの髪の色が桃色だったり、ユキの髪の色がシアンだったり雰囲気が違うって言ってたことか?」
「そうよ。あたしもそう感じたの。あの感覚って何なのかな? 実のところ、既視感ってのとも違う気がしてるのよね」
 確かにな。それは俺も思ったことだ。
「しかし、だとするとどういう意味になるんだ? それじゃあまるで、俺たちはそういうことがあったのに記憶を操作されて記憶を消された、ってことになるのか?」
 などと言った俺が馬鹿だった、なんて普段の俺ならそう思うかもしれん。
 もっとも、今回は違った。
「あ……!」
 ハルヒが愕然とした声を漏らす。
「まさか……!」
 俺もまた、自分が導き出した答えに言い知れぬ驚きの声を漏らしたんだ。
 そして二人して自分の懐をまさぐり、同時にお互いに手の中の物を見せ合う。
 それは、まったく記憶にない、しかし持っていた、と確信を持って言えるものだった。
 俺たちは淡い光沢を放つ神秘的な黒い石を互いに見せ合って、
「キョン、もしかしてあたしたち、この石の持ち主、宇宙人だか未来人だか超能力者だか異世界人だか知らないけど、そういう存在に遭ったのかな?」
「かもしれないな。俺もそんな気がした」
「てことはさ!」
 ハルヒの笑顔が300W増しプラスさらなる輝きを放つ。
「また遭えるかもしれないわね! んで今度こそ、記憶を消されないように友好関係を結ばなきゃ!」
 ああそうだ。
 何故だろう? 俺はこのとき、ハルヒの提案をいつものように聞き流すでもなく、本気で受け入れる気概を抱いたんだ。
 理由か?
 そうだな。おそらくは忘れていけない何かを忘れさせられてしまったからだろう。
 確信はない。しかし漠然とではあるがそう感じる自分が居る。
 そして、おそらく――いや、間違いなくハルヒも同じことを考えただろうぜ。
 どこの誰かは判らん。俺たちの記憶を消した理由も知らん。
 けどな、ハルヒ相手に記憶操作なんて大胆な真似をしたところで、完全に消すことなんざできる訳がないんだ。
 近いか遠いかは知らんが、将来、必ずあんたのことを思い出すだろうよ。

 そうなったら、ハルヒがどういう行動に出るかは容易に予想できるってもんだ。
 もちろん、その時は俺もハルヒに付き合うぜ。
 おっと、ハルヒと俺だけじゃないよな。
 ハルヒが会心の勝ち気な笑顔を浮かべて空を指差している。

 

 

 


「待ってなさいよ! 宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の内のどれか一つの肩書を持った人! あたしとSOS団が必ず見つけ出してあげるんだから!」

 

 

 


 だとさ。正体不明の誰かさん。
 

 

 

涼宮ハルヒの遡及(完)


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