「しかし、これはなかなかすてきな気分ですね」
古泉くんが、額のあたりを片手でおさえていました。
「彼も毎回、このような体験をされていたのでしょうか? 」
「はあ……。どうも、わたしの時間跳躍はそうとうに酔うみたいで。すみません」
わりとおおきめの公園でした。わたしはベンチに腰をかけ、力なくよこたわる古泉くんの頭を、ふともものうえにのせていました。
いわゆる、膝枕という状態でした。
いちおう、古泉くんはキョンくんとはちがい、時間移動で失神することはありませんでした。ただ、かなり気分が悪くなってしまったらしく、足元がふらついてどうしようもなかったのです。
天気がいいので、古泉くんはかなりまぶしそうにしていました。わたしはスカートのポケットからハンカチを取りだして、目のあたりにかけてあげました。
「ありがとうございます、朝比奈さん」
そういって、古泉くんがふうと息をつきました。
二月にしては、あたたかくてすごしやすい日でした。あたりには、そこかしこに、行楽にきたとおぼしき家族づれや、お友だちどうしで遊んでいる子供の姿がありました。
この日はたしか国民の祝日なので、公園にひとがおおいのは、そのせいもあるのかもしれません。
「もう、だいじょうぶです。ご迷惑をおかけいたしました」
むくりという感じで、古泉くんが起きあがりました。それから、ハンカチをわたしにかえしてくれました。
まだ、彼はぼんやりしている様子でした。微妙に、寝起きっぽさがありました。
「……それで、古泉くん。この場所にきたのは、なぜなんですか? 」
いくぶん落ちついてきたので、たずねてみることにしました。
「いえね。ここ、僕がむかし暮らしていた街なんですよ。超能力に目覚めるまえに」
いいながら、古泉くんはあたりを見まわしました。
「ふふ、なつかしいなあ。北高に転校して以来なので、もう二年ぶりぐらいになりますか」
トレードマークの笑顔に似ていて、だけどどこか異なる表情を、古泉くんはうかべていました。
「さて、すこし歩きませんか? 朝比奈さん」
だまって、うなずくことにしました。
ちかくで、小学生ぐらいの女子たちが鬼ごっこをしています。むこうのほうでは、おなじく男子たちが、バスケットボールをしているようでした。たったひとつのゴールをめざして、ボールをとりあっている姿が見えました。
どうやら、とくに目的があって歩いているわけではないようでした。どちらかというと、不思議探索のときのように、ゆっくりとあたりを見まわしながらすすみました。
途中、自動販売機があったので、あたたかい飲み物を買うことにしました。わたしは紅茶、古泉くんはコーンポタージュでした。
「なかなか、いい公園でしょう? 」
しみじみとした口調で、古泉くんがいいました。
「家が近いので、小学生のころはよく遊びにきていたんです。おなじクラスの子たちとね。このあたりは、外で遊ぶとなると、学校のグラウンドか、ここしかないんですよ」
いわれてみると、たしかに子供の数がおおい気がしました。
くいと缶をかたむけたかと思うと、古泉くんは、一息にコーンポタージュを飲みほしたようです。そうして、自動販売機わきの空き缶用のゴミかごに、さっさとそれを捨ててしまいました。
いっぽう、わたしは両手で紅茶缶をつつむようにして持ち、ちびちびと味わっていました。
のんびりとした雰囲気がただよっていました。任務も思い出も関係なく、単純に、お友だちとなごんでいるような気分でした。
紅茶を、半分ほどのんだあたりのことでした。
ふいに、古泉くんの表情が一変しました。
「朝比奈さん、あぶない、うしろ! 」
「え……ひゃあっ? 」
いきなり、背中に衝撃をうけました。わけもわからず、わたしはまえにつんのめってしまいました。
「おっと」
と思ったら、なにかにつつまれるような感覚があり、視界がふさがれました。
「ももも、申しわけありませんなのですうっ」
うしろから、甲高い女の子の声がきこえました。
「元気に遊ぶのはいいですが、他人にぶつかるのは感心しませんね。気をつけてください。周囲をよく見て」
すぐそばで、古泉くんの声もします。妹ちゃんを叱るキョンくんのような、やさしい声音でした。
ようやく、体勢をたてなおして、うしろをふりかえりました。
小学校高学年ぐらいの女の子たちが数人、申しわけなさそうな表情でたたずんでいました。
見た感じ、わたしにぶつかってきたのは、まんなかの、明るい栗色の髪をした子のようです。さきほど、鬼ごっこをしていた女子たちでしょうか。
あれ? この子……。
「すみません、ごめんなさいなのです」
もういちど、その女の子が謝罪の言葉を口にしました。
怪我をしたわけでもないので、すぐに許してあげることにしました。にど、さんどと頭をさげ、女の子たちが走り去っていきました。
「えっと、古泉くん? いまの子って、もしかして」
「ええ、橘京子のようですね。この当時、ちかくにすんでいたとは聞いていましたが、まさか会うとは思いませんでしたよ」
ほんとうに、びっくりでした。ふしぎな巡りあわせもあったものです。
「ところで、朝比奈さん」
「はい? 」
わたしが、運命と規定事項の神秘について思いをはせていると、なぜか、古泉くんが困ったような顔で声をかけてきました。いったい、どうしたのでしょうか。
「なんといいますか……。いえ、僕はどちらかというとうれしいのですが、いつまでもこのままというのは」
「ふぇ? ……きゃあ! 」
思わず、わたしは古泉くんを突き飛ばしてしまいました。
気がつくのがおくれましたが、転びそうになっていたところをささえてもらったため、ほとんど抱きつくような状態だったのです。
「ぐふっ」
ああっ、いけません。体を押した拍子に、うっかり手がみぞおちのあたりに入ってしまったようです。古泉くんが、体をくの字に折り曲げてしまいました。
「ひ、ひどいですよ、朝比奈さ……わっ? 」
めずらしく、顔をしかめて抗議してきた古泉くんが、突然バランスをくずしました。なにかが、彼の足元に見えます。
あれは、わたしの紅茶缶です。さっき、橘さん(小)にぶつかったとき、落としてしまったものでした。
液体で濡れた円柱状のものを、かかとで思いきり踏んでしまったため、古泉くんはつるりと足をすべらせてしまいました。綺麗に体が反転しました。
どすんと音をたて、古泉くんがはでに尻もちをつきました。
わあっ、た、たいへんですぅ!
あわてて、助けおこしました。
「ごめんね、だいじょうぶ? 」
「あいたたた……。こういうのは彼か、彼の友人の谷口氏あたりが担当するべき役割だと思うんですけどねえ」
お尻をさすりながら、古泉くんが苦笑しました。
その苦笑が、だんだんと愉快そうなものにかわっていきました。
そして、それがあまりにも楽しそうなので、ついわたしもいっしょになって笑ってしまったのでした。
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最終更新:2020年03月15日 16:46