YUKI burst error Ⅸ

 

 

 おかしい。この世界はあたしとキョンしかいなかったことはあたしもキョンも覚えている。
 じゃあどうして有希がここにいるわけ?
「何で、あんたがここにいるのよ?」
 あたしはキョンにしがみついたまま問いかけた。
「あなたが望んだから。言ったはず。あなたは何もないところから情報を生み出す能力がある。それがわたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」
「冗談! あたしが望んだのは今のあんたじゃない! 有希よ! 前の有希よ!」
 しかし相手はあたしの剣幕に動じる気配を見せない。
 そう――普段の物静かで我関せずのいつもの有希のように――
「その表現には齟齬が生じている。わたしは他の誰でもない長門有希。あなたはわたしを望んだ」
「違う!」
「違わない」
 どういう意味よ? あたしがあたしを孤独に追いやったこの有希を望んでいる訳ないじゃない!
 あたしが望んだのは――
 ――! まさか!

 有希を望んだ……そして有希は一人しかいない……そういう意味ってこと……?
「理解した? わたし以外に『長門有希』は存在しないことを」
 有希の無感動なセリフを聞いてあたしは無言の肯定。
 いやだったらもう一つ起こってもおかしくないことがある。
「有希……今、あんたはあたしに何もないところから情報を生み出す力がある、って教えてくれたわよね……?」
「そう」
「じゃあ、どうして古泉くんやみくるちゃんがここにいないのよ? あたしはキョンも含めてみんなで一緒にいることを望んだのよ。本気でね。あんたの言ってることが正しいとするなら古泉くんとみくるちゃんもいないと変よ」
「問題ない。ここにいるわたしはあなたが本来居るべき時間平面上のわたしと同期したわたし。記憶の共有、異時間同位体。しかし古泉一樹と朝比奈みくるは異時間同位体との同期が不可能。なぜならそれは有機生命体の限界を超える能力。そちらの彼だけが直接あなたに触れていた。よって彼だけは情報の提供を受けることができた。また彼の肉体はあなたが本来居る時間平面で消滅した。以前、彼には伏せたが肉体は滅んでも精神は残る。ゆえに彼の精神が今、この場にいる彼と同期することが可能になった。でもそれは例外。だからここに古泉一樹と朝比奈みくるはいない」
 つぶやきながら有希がすぅーっとまるで幽霊の動きのようにあたしたちへと手を翳す。
「この空間に来た涼宮ハルヒの選択は正しい。なぜならこの空間のみが涼宮ハルヒの望んだ全ての結果を導くよう設定されている。だからわたしはあなたを抹消する。そうすればもうわたしの邪魔をする者もいなくなる」
 ……っ!
 あたしは焦燥感に駆られたまま、キョンの腕をギュッとつかんだ。
「長門! まさかお前!」
 声を荒げながらキョンもまたあたしを力を込めて自分の胸へと引き寄せる。
 そうね……今度はもう離さない……あたしもキョンもお互いを……
 だって……一人になりたくない……
 キョンもそう思ってるはず……
「やめろ長門! この世界の創造主・ハルヒをここで抹消してしまったら、この世界がどうなるかお前にも分かっているはずだ!」
「知っている。でも構わない。わたしも一緒」
 ――!!
 有希……あんた……!
「それは涼宮ハルヒが望んだこと。あなたも古泉一樹も朝比奈みくるも望んだこと。だから躊躇わない」
 有希の、こちらに向けている掌に光の粒子が集まっていく――掌の光が光度を増していく――
 あたしはキョンの腕を、キョンはあたしの肩をギュッと抱く。より強い力を込めて。
 分かってる二人とも。もう離れたくない、離したくない。
 一瞬たりとも、そして最後の一瞬も……だから……!


「そこまでです――長門さん――」
「そうですよ。今ならまだ間に合います。みんなで帰りましょ」


 え――!
 あたしは自分の耳を疑った。たぶんキョンも、そして有希も。
 だって……この二人の声が聞こえるなんて信じられないんだから……
 振り向くことができない。
 信じたいけど信じれらないから。
 振り向いて、これが幻聴だと知らされたらと思うのが怖かったから……
 あたしの耳には大地を踏みしめて歩んでくる二人分の足音が届いてくる。
 空耳じゃないの……? 嘘じゃないの……?
 あたしは自分の目も疑った。
 こんな現実があるの? それとも神様があたしの願いをかなえてくれたの?
「なぜ……?」
 有希にしてはめずらしく怨念の塊のような声を漏らし、あたしの目の前にいる二人に憎悪の視線を向ける。もっとも一人は有希を睨みつけているみたいだけど、もう一人はあたしたちの方へと柔らかな笑顔を向けて来てくれる。
「相手が誰であれSOS団に仇なすものを放置しておくわけにはいきません。そしてあなたもSOS団の一員ですから僕と同じ思いを抱いているはずです」
 古泉くん……
「大丈夫? 涼宮さん、キョンくん」
 みくるちゃん……
 みんな……みんな……あたしのところに帰ってきてくれた……あとは……
「お、お前ら……どうやって……」
「さぁて。説明なら後ろの方が説明してくれると思いますよ。僕はこちらの長門さんの相手をしなくちゃいけませんので」
「後ろ?」
 あたしとキョンが振り返る。
「え?」
 そこに居たのは――
「大丈夫かい? キョン、涼宮さん」
 佐々木さん?
「ったく、こんなこと二度とご免だぜ。まあこうしないと俺も面倒なことになっちまうから仕方がないんだがな」
「何言ってんの。あんたはまだマシでしょ。たかだか時間移動くらい。あたしなんてもっと無茶なこと言われたんだから」
 橘京子さんと――何? この態度悪いいけすかない男は?
 んでもってもっと分からないのは、
「―――――――――」
 確か……周防九曜さんだったっけ……? 普段の有希よりも無口で存在感なさそうなんだけど……?
「簡単――とは言い難かったけど、端的に説明させてもらうと僕の内面世界と涼宮さんの内面世界を連結させた。今この世界は僕たちがいる世界と同期していたからね。涼宮さんの、このときの内面世界に入れたのはキョンだけだったらしいけど僕の内面世界と連結させれば橘さんがこの世界に入ることを許される。となれば後は全員を橘さんに手引きしてもらえばいいってことさ。
 もっともこれは涼宮さんが記憶を取り戻してくれたおかげでもあるんだ。でなければ涼宮さんの内面世界の端末を古泉くんに見つけてもらうことができないからね」
 いやあの……そんな超科学の不可思議現象をさらっと言われるとあたしとしても何と言うか……
「でも佐々木さん、本当に今後はこんな無茶は言わないでくださいね。あたしたちの身がいくつあっても足りません」
「分かってるって橘さん。今回のことは特別だってこともね。でもキョンが関わっている以上、僕も親友の彼を放っておくわけにはいかないさ。それに言ったろ? この間の話、前向きに考えるって」
「う゛~~~絶対ですからね」
「ああ」
 佐々木さんと橘さんのそんな会話が終わると同時に、
「なら……ここで全員を抹消するのみ……わたしの邪魔はさせない……」
 無表情の中にも敢然たる決意を込めて有希がふわぁっと浮き上がる!
「そうはさせません!」
 って、え……!?
 あたしがいぶかしく思ったのも無理ないってもんよ。だって、いきなり古泉くんが赤いオーラの球体を纏ったし!
「前回の僕はこの力を発揮できない状態だったんです――ですが、ここなら話は別ですよ――この世界は僕に最大限の力を与えてくれますので――」
「そう……でも対処可能。想定内」
 空中で古泉くんと『有希』がつばぜり合いを開始する!
 というか何これ!?
 てことは有希が宇宙人で、みくるちゃんが未来人で、古泉くんが超能力者だったってこと!?
 いや確かにあたしは望んだけどさ。
 もう周りに全部いたの!?
「そういうこった」
「キョン……」
「前にも言ったぜ。もっともお前は信じなかったがな」
「う……」
 確かに第二回SOS団市内不思議探索パトロールの時にあたしはキョンからそう聞かされた。
「じゃあまさかキョン……あんたが.異世界人、なんて言わないわよね?」
「いいや。俺はまったく普通の人間。長門と古泉と朝比奈さんが保証してくれるくらいのな。『ただの人間には興味ありません』なんてのたまったお前がどうして俺をSOS団に入団させたのかが分からんくらいだ」
「ふん! 証拠なしで信じろって方が無理よ!」
「そうかい」
 ぷいっとあたしはそっぽを向く。キョンは別に何かを気にしたわけじゃないだろうけど何だか腹が立った。
 だから、こう命令してやる。
「いいキョン! あんたは古泉くんみたいにスーパー○イ○人モドキになれないんだからせいぜいあたしの盾になりなさい! あいつの攻撃をその身に受けてあたしを守るのよ!」
「なんだそりゃ? 俺に死ね、って言ってんのか?」
「何言ってんの! 死んだら盾の意味無いじゃない! 死なずに頑張りなさいってことよ! 死んでなきゃなんとかなるもんよ!」
「どういう理屈だ。それは」
 キョンはため息をついたがあたしはキョンの腕から離れない。
 どうしてかって? こいつがあたしの盾だからよ!
 って、有希ったら本当にこっちに何か撃ってきた!?
 古泉くんをあしらいながらこっちを攻撃できるって、これじゃさっき有希が言った「対処可能」ってセリフが正しいと証明されたようなものじゃない!
「あ、心配いらないですよ。あたしも涼宮さんたちを守れますから」
 この場に似つかわしくないほどの無邪気な笑い声であたしたちの前に出てきたのはみくるちゃんだった。
 さっきは気づかなかったけどよく見たら、左右の瞳の色が違うのね……何でまた? コンタクト?
 あたしの疑問を気にも留めず、どこか誇らしげな表情で有希を見上げるみくるちゃん。
 すぅーっとVサインを作った左手を左目の前に翳しているようだけど……
「ミクルビーム!」
「ほえ!?」
 あたしは素っ頓狂な声を上げた。
 だって仕方無いじゃない!
 みくるちゃんの掛け声と同時に、みくるちゃんの左目から強烈な光の光線が飛び出すんだもん!
 その光線が有希の気弾っぽい攻撃を迎撃! お互いの攻撃威力が相殺消滅したし!
 というか、未来人って目からレーザービームを出せるの!? んな改造技術が未来にあるってこと!?
「んな訳ないだろ」
 目を白黒させているあたしにかけられた妙に優しい声。
「ここは佐々木の世界と連結させてあるとは言え、お前の世界でもあるんだ。だからお前が考えたことは全て現実になる世界って寸法さ。お前、前に言ってたじゃないか。映画の時、朝比奈さんに目からレーザー光線を出しなさいって」
 そ、そう言えば……
「もっともあんな吹っ切れた朝比奈さんを見たのは初めてだがな。映画の時は泣きながらあれやってたの、お前も覚えてんだろ?」
「ま、まあね……」
 なんだか今更ながら映画の時はみくるちゃんに無理難題を押し付けた気がして、思いっきり悪い気がする……ううん……ここは話を逸らしたいんだけど……
「って、そうよキョン! あんたがジョン・スミスなんでしょ!」
 古泉くんとみくるちゃんが有希からあたしたちを守ってくれてるんで少しゆとりができたのか、あたしはキョンに勢い込んで訊いてみた。
「今はそんな話してる場合じゃ――って、どうしてお前が知っている? 誰から聞いた? いや俺は、正確には違うが誰にも話していない。知っているのは……まさか!」
「そうよ――知っているのは去年の十二月二十日のあたし――キョン以外誰も知らないあの日のあたしにキョンがそう名乗っていたのをあたしが聴いたんだから――」
 あたしとキョンの間に沈黙が訪れる。
 あたしたちだけが別世界に落ちて行くような、周りの風景が遠くなっていくような感覚――
「まさかハルヒ……お前は……あの日に行ってきたのか……?」
「その通りよ……そこでキョンが必死にあたしたちを取り戻そうとしてくれたのを知ったの……だからあたしも負けていられないと思ってここまで来た……あたしもあんたと同じでSOS団を失くしたくないから頑張った……」
 たった一人で、という言葉は危ういところで呑み込んだけどね。
 だって口にすると涙が零れそうになるし、キョンにだけはそんなあたしを見られたくない……
「そうか――そいつはすまなかったな。お前だけに苦労かけちまったみたいで」
 ……キョンが優しい言葉をかけてくれるけど、あたしは言葉を返せない。
 だって……口を開くと嗚咽が漏れそうだし……
 神様があたしにくれた贈り物―― 一人で頑張ったあたしにくれたご褒美に安心してしまったから……
 キョン、古泉くん、みくるちゃんがあたしの傍に戻ってきてくれて……
 四年前からずっと逢いたかったジョン・スミスと再会できて……

 

 

YUKI burst error Ⅹ


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