YUKI burst error Ⅹ

 

 

 どうやらハルヒはこれまでの苦労を思い出したのか、その反芻に身を委ね言葉を発せられなくなったようだ。
 俺の腕にしがみつき、しかし涙は見せたくないのか、俺の袖にまぶたを押し付けている。
 つってもまあ、袖に液体の濡れた感触がある訳で、本人は気づいていないのだろうが、俺はハルヒが泣いていることを悟ってしまっている。
 まあいいさ。
 ここで「ハルヒ、何を泣いている?」なんてツッコミを入れようものなら雰囲気ぶち壊しで2010年12月現在の日本の内閣や東京都知事以上の大馬鹿KYだ。
 ハルヒは俺に気づかれたくないからこそ、この行為なんだからな。
 今はそっとしておいてやればいいさ。俺の腕の袖だってハンカチくらいにはなる。古泉と朝比奈さんが俺たちを守ってくれると信じているからこそ、俺がハルヒを気遣ってくれることを信じてくれているからこそ、ハルヒはこうやって心おきなく泣けるってもんだ。
「それにしてもキョン。今回は災難だったね。いやそれは僕も、かもしれないが」
 いつの間に俺の.横に来ていたのか、中学時代のクラスメイト・佐々木は上空の古泉と長門のつばぜり合いを眺めながらどこか感慨深げに話しかけてきた。
 と言うことは佐々木、お前も自分の記憶が書き換えられたことを自覚して正気に戻ったということか?
「その通りだ。本当にびっくりしたよ。まさか実際に物理法則を揺るがすような事態に身を置くなど思ってもみなかった。しかしだね、キョン。僕は今思えば結構その災難を楽しんでいたかもしれないと思っているんだ。何故か分かるかい?」
「……俺がお前と同じ学校にされてたことか?」
 俺はやや憮然と問いかける。
 いやまあ、俺自身、佐々木と同じ学校にされたことに深い意味はまったくないが不満はない。
 ただあの学校には大いに不満がある。今も俺には嘘っぱちの記憶が残っている。
 アホみたいに年がら年中、勉強勉強で、ある意味、SOS団活動並の怒涛のように過ぎていった一年だった、という記憶がな。
 それを思えば俺の表情にも渋面が浮かぶってもんだ。
「ふふっ、その通りだよ。中三時代のクラスの中であの学校に進んだのは僕だけだったからね。知っている人間が一人でもいるというのは気分が違うものさ。しかも僕にもキミがあの学校でどういう風に一年を過ごしてきたかの記憶があるんだ。思い出すだけで笑いがこみあげてくるよ。せっかくだからもう少しあの気分を味わっていたかったが――」
 だから、それを思い出させるな。
「しかしまあ、アレは現実じゃない虚構だ。あんなものに身を委ねてしまえば、自分の上限を勝手に決め付けて人生を完全放棄し現実逃避したい人間と同列扱いにされたところで文句一つ言う資格はないだろう。過去が多少苦しいなら未来を明るいものに換えればいい。人はみんな、そうやって頑張っているんだよ。だから僕も世界を元に戻す決意を固めた。いや、世界を元に戻せる可能性を僕やキミ、そして涼宮さん、橘さん、藤原くん、九曜さん、古泉くん、朝比奈さんが持っているんだ。それを放棄したいなんて思わないだろ? キミも、そしてもちろん涼宮さんも」
 佐々木……お前……
「おっと勘違いしないでくれたまえ。僕は何もキミや涼宮さんのために世界を元の姿に戻そうとしたわけじゃない。その気持ちがないという訳ではないが、それよりも一番大きな理由は僕自身のために元に戻そうと思ったからだ。もしこれが逆の立場であったならキミも僕と同じ思いを抱くのではないのかな?」
 俺の感謝と感激を足したような表情が目に入ったのか、しかし佐々木は自嘲と苦笑を足したような笑みで付け加えてくる。
 まったく焦ることも照れることもなく。
 ああ、そうだな。しかし俺はお前の気持ちに感謝しているぜ。
 お前が動いてくれなければ橘京子、周防九曜、藤原が動く訳ないからな。動機はどうあれ、お前は俺を助けようとしてくれている。
 それだけで充分ありがたい。
 って、なんで橘京子の奴はびっくりした表情を浮かべてやがるんだ?
 俺が佐々木に素直にお礼を言うのがそんなに不思議なことなのか?
 俺だって好意は素直に受け取るし、感謝すべき時はきちんと感謝するんだぜ。佐々木はともかく、いくらお前たちが気に入らないと言ってもな。
「さて、キョン。僕が考えたプランを聞いてくれるかい?」
 佐々木が再びマジな顔になって視線を上空の長門と古泉に移して切り出した。
 と同時に、俺と佐々木の立ち位置のちょうど中間につま先で軽く線を引く。
 どういう意味がある?
「今の事象に対する打開策か?」
「その通りさ。この度の世界改変と言う異常現象は長門さんによって引き起こされたものだ。だとすれば原因である長門さんを元の長門さんに戻すか、あるいは抹消するしかない。長門さんが元に戻れば長門さんが、長門さんがいなくなれば長門さんクラスの力を持つ九曜さんが時空再改変を敢行できるからね」
 待て。長門を抹消するなんて容認できないぞ。
「もちろん、キミがそれを望むとは思えないし、僕もキミの望まないことをやりたいとは思わない。しかしだからと言って長門さんを野放しにしておくわけにもいかないだろ。
 もし、キミが長門さんを元に戻せる処方箋を持っているならそれを使ってほしい。でなければ僕が考えたプランにキミも従ってもらわざる得なくなる」
 俺の強い抗議の念を込めた瞳を真正面から受け止めて、それでも佐々木もまた、強い意志を秘めた瞳で俺に切り返してくる。
 長門を元に戻す処方箋……
 ないことはない。
 去年の三度目の十二月十八日に長門が長門に撃ち込んだあの再修正プログラム入り短針銃だ。
 だが、あれはあの日の長門とともに置いてきた。
 あの日以後、俺はあの短針銃を見ていない。もしあったとしても今の長門が抹消してしまった気がする。
 そして今現在、あの短針銃を手に入れる手段はない。
 今、俺たちの前にいる長門は自らの異時間同位体とのリンクが可能の長門だ。自分が未来でどうなるかを知ることを恐れた長門が科した封印を解いてしまった長門なんだ。
 つまり、仮に四年前の七夕の日を含めて、どの時間の長門のところに行こうとも、その長門は全て今の、世界改変を断行しようとしている長門有希になってしまうのである。それは今、この世界にいる長門が俺たちの感覚から言って一年前の長門であることで証明されている。
 と言うことは――
「僕の案はこうだ」
 黙り込む俺に、佐々木はどこか悲壮感漂う声色で語り始める。もちろん、俺に返す言葉は浮かばない。
「今、僕が引いた線は文字どおり境界線、その目印だ。先ほども少し言ったがこの世界は僕の内面世界と涼宮さんの内面世界を連結させている。その連結点がここだ」
 佐々木が視線を落として、さっき自分が引いた線をもう一度見るよう促してきた。
 俺がそれに視線を移していると、
「古泉くんにこの地点に長門さんを追い込んでもらう。いや、追い込んでもらうという表現は正しくないかもしれないな。なぜなら古泉くんの能力をもってしても長門さんには及ばない。となれば言い方を変えて誘い込む、ということにしようか」
 どっちでもいいさ。
 と言うか俺にも分かったぞ。佐々木が何をしようとしているのかを。
「そうだ。長門さんがこの境界線に触れた瞬間、僕は涼宮さんと僕の内面世界の連結を切り離す。そうすれば長門さんを次元断層の挟間へと追いやれる。だからキミはこの線からこっち側に来ないようにしてくれたまえ。僕もこの線からそっち側へはに行かないようにする」
「待って!」
 俺が予想し、それを佐々木が言葉にした瞬間、声を上げたのは今の今まで俺の腕にしがみつき泣き続けていた涼宮ハルヒだった。
「違うの佐々木さん! 有希だって今の自分がやっていることは本心からの行動じゃないことを分かってるのよ! 有希も苦しんでる! あたしにはそれが解るの!」
「ハルヒ……?」「涼宮さん……?」
 俺と佐々木が戸惑ったような声を上げると、
「そうでしょ? 本当に有希がおかしくなったんなら有希は完璧な記憶操作を敢行してるだろうし、あたしたちに記憶が戻ることはなかった。あたしは有希にそう教えてもらったんだから!」
「じゃあどうすればいいんですか?」
 突然割り込んできたのは、佐々木の後ろでへたり込んだままの橘京子だ。疲労感溢れるその表情で、しかしその視線はハルヒを非難しているようでもある。
「そ、それは……」
 珍しくハルヒが言葉に窮しているな。
「――――――――――信じる――――――――――それだけ――――――――――」
 が、ハルヒをフォローしたのは何とも橘京子の仲間であるはずの周防九曜である。
「長門さん――――――――――が――――――――――エラー部分を――――――――――切り離し――――――――――」
 いや長いから。
「――――――――――エラー部分――――――――――だけを――――――――――」
 これだけ間延びするとな、逆に何を言っているのか分からなくなるんだって。
 頼む、佐々木。お前が説明してくれないか?
「おいおい無理を言わないでくれ。僕にだって九曜さんが何を言おうとしているのかが漠然としか分からないんだ。ただ、はっきり言っておくが今、九曜さんが言おうとしていることはキミや涼宮さんの方がはるかに理解しているのではないかと思うのだが?」
 苦笑を浮かべる親友。
 俺やハルヒの方が解っているだと? どういうことだ?
「キミが長門さんに望むこと、涼宮さんが長門さんに望むことだ。僭越ならがら僕から言わせてもらえば、キミたち、いやキミたちだけではなく僕たちも同じことを望んでいる。それは長門さんが元に戻ることだ」
「――――――――――次元断層の――――――――――狭間に――――――――――」
 佐々木の説明と周防九曜の我関せずの話が交錯して、
 そうか――そういうことか――!
 俺にも、そしてハルヒにも佐々木の本当の狙いが分かったぞ。
 しかしだな。
 なら、どうして古泉だけに長門の相手を任せるんだ?
 さすがに俺やお前、ハルヒに橘京子、藤原には長門に対抗する術を持たないし、朝比奈さんは迎撃で手一杯な訳だが、周防九曜は?
 この中では唯一、長門相手でも何とかできそうな気がするんだが……
 確かお前は自分たちも元の世界に戻したい、とか言ってたよな?
「そう言えばまだ言ってなかったね」
「何をだ?」
「キミの本体のことさ」
「俺の……本体!?」
「そうだ。キミはどこまで覚えているか分からないが、涼宮さんのおかげで今日、自分に何が起こったのかを思い出したはずだ。おっと、この場合の今日というのはこの涼宮さんの内面世界が本当に発生した今日ではなくて、僕やキミも含めた世界改変が起こった今日のことだ」
 確か長門が撃ったレーザー砲にやられて……
 って、そう言えば長門は俺の肉体が滅んだとか言っていたんじゃなかったか!? んで今の俺は精神のみをこのときの俺に同期化したとか!?
「その通りだ。ただそれは正解ではない。
 はっきり言おう。今のキミはあの後の記憶を失ってここにいる。それは涼宮さんがキミが長門さんの攻撃に飲み込まれて消滅したと錯覚したところまでしか見ていないからだろう。
 なぜならキミは僕たちの出現に驚いたろ? そのことがキミが記憶を失っている証拠でもあるんだ。念のため、僕はそれを先ほどのキミとの会話で確かめた。実はさっきの嘘っぱちの記憶を植え付けられた思い出話は一度すでにしているんだよ」
 何だって!?
「どういうことよ佐々木さん! まさかキョンは生きているの!?」
 割り込んできたのはハルヒだ。
 というか俺の記憶しているところまでと長門の言い回しを聞いていると俺も自分の体が無くなってしまったと思ってしまっているぞ!
 などという俺とハルヒの戸惑いを驚愕にシフトチェンジさせるような佐々木の言葉が続く。
「ああ。キョンは生きている。キョンだけではない、古泉くんも助かったんだ。涼宮さんが十二月二十日に時間遡航した後の話になるんだがね。そしてこれが九曜さんが古泉くんを手助けできない理由でもあるし、僕や橘さんに記憶が戻った理由でもある。またここにいる長門さんも涼宮さんが望んだからこそこの場に居られる。よって、その記憶は涼宮さんが持つ記憶までの長門さんでしかない」
 むろん俺とハルヒは絶句した。
 

YUKI burst error ⅩⅠ


|