反転世界の運命恋歌Ⅱ


 そう言えば、俺と古泉一姫がペアを組んだのが午後の部だってことを言ってなかったな。
 そうだな。俺がこの世界に来てから今日の午前の部までのことを少し話そうか。
 結構、不思議な気分に包まれたからな。それと涼宮ハルヒコが妙なことを聞いてきたことを紹介するのもいいだろう。


 …… …… ……
 …… ……
 ……


 唐突だがまず、この状況を表現するにはぴったりの言葉はこれだ。
 俺は眼前の光景に絶句した。


 まあ、これは仕方がないことなんだ。誰だって俺の立場になれば絶対に言葉を失くす。断言してもいいぞ。
 目が覚めたら、見知った部屋で、どこか既視感を感じようが俺にも馴染みの北高のブレザーを着ていようが見知らぬ奴が目の前に現れたんだ。しかも自室に居たはずが全然違う場所に居れば間違いなく愕然とする。
「貴方は別世界で情報連結を解除され、この世界で再構築された。それを感知した僕は貴方の自室ではなく、この部屋で再構築できるよう移動させた」
「……」
「なぜなら、この世界は貴方の知る世界ではない。また、貴方の自室はこの世界の『貴女』が主。余計な混乱を招くことを回避するには僕の行動はベターであった」
「……」
「貴方がこの世界で情報連結を再構築するためには同様の存在が媒介となる必要がある。なぜなら世界に『自分』という同時限同位体の存在は一人しかいない。『自分』が二人になることは世界構成には矛盾する。よって、こちらの世界の『貴女』と貴方が入れ替わった。これが貴方がここに居る理由」
 こいつの淡々とした思いっきり常識枠外の説明が俺の頭の中を少しは冷静にしたらしい。まあ、まだ混乱は収まってはいないがな。
「待ってくれ。正直に言おう。さっぱり解らない」
 と声が出ただけでも進展だ。
「信じて」
 何か一年くらい前に同じやり取りをしたな。
 まあ、今の俺は大概のことは信じてしまうくらい超常異常現象に出くわしまくったから、こいつが敵でないと理解できた以上、ちょっとは整理してみようかい。
 今、こいつは『この世界』と表現した。
 てことはだ。俺は今、少なくとも普段いる世界とは別の世界に来てしまったってことで間違いないだろう。んで、どうやらこの世界にも『俺』が居ることは確かだな。んで、その『俺』は俺と入れ替わりで俺が普段いる世界に行ってしまっているとのこと、か。
 なるほど。俺は今、SFなんかでよく出てくる並行世界、パラレルワールドに居るってわけだ。
「よし解った。お前の言うことを信じよう」
 なんとなく自棄っぱちな言い回しになっていることは自覚しているぜ。どっちにしろ非常識な話だからな。なんだって俺は普段でさえ、こんな十二分に非常識な目に合っているというのに、加えて文字通り非日常の世界に放り込まれなきゃならんのだ? よっぽど前世の俺は悪いことをしていたのか?
「感謝する」
 目の前の、俺の心の葛藤を知る由もない北高男子生徒が無表情に頷いている。
「で、聞いておきたいことがあるんだがいいか?」
「何?」
「お前の名前と正体は?」
 いや、もちろん分かっているさ。こいつが何者なのかをな。単にこの世界がどういう世界かを確認したかっただけだ。そして俺の予想が寸分の狂いもないことをこいつは答えてくれた。


「僕の名前は長門有希(ながとゆうき)。涼宮ハルヒコを観察するために、銀河を統括する情報統合思念体によって生み出された対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」


 はい。俺はこの紹介でこの世界がどういった世界かを完全に理解したぞ。


 つーわけで、長門とこういうやり取りがあったのは夜が明けた土曜日の朝だ。
 俺は、裏設定はそのままで性別だけが逆転している世界で一日を過ごす羽目になった訳だが諦めて受け入れることにした。なんせどうにもならんからな。
「で、これから俺たちはどこに向かっているんだ?」
 分かってはいるが、隣に居る長門に聞いてみる。
 ちなみに俺は長門に北高のブレザーを借りた。まさか外出するのに寝巻代わりのスウェットを着ているわけにいかんし、かと言って着替えなんて持ってきているわけがない。という訳で長門に借りるしかないわけだが、この長門も私服なるものを持っているわけがない。てことでジャケットの袖はともかくスラックスの裾を折らなきゃならなかったことは何か悔しかった。
「光陽園駅北口」
 長門がどこか棒読み口調で、しかし何とも渋い声で答えてくれる。
「こっちの世界の『ハルヒ』も市内パトロールが趣味なんだな」
「そう」
「ところで、何で俺が参加しなきゃならんのだ? さすがにこの世界のSOS団に義理はないはずなんだが……」
「貴方が居ることにより、彼女のパトロール欠席が決定した。しかし、それは涼宮ハルヒコが望まないこと。そして我々も望まないこと。なぜなら彼は彼女と供に居ることを望み、この企画を設けている。故に彼女が居ない事態は回避しなければならない」
「それでも俺が付いていく理由にはならないよな? 俺にそいつの代わりなんて無理だぜ」
「確かに貴方の立場からすればそう。しかし、涼宮ハルヒコの精神状態を安定させるためには貴方が必要」
「俺には同性愛趣味はない」
「承知している。そして、涼宮ハルヒコにもそのような思考は存在しない。その点は安心して構わない。よって、僕は貴方が彼女の代わりに今回の市内パトロールに参加したことにする。ついては貴方を彼女の従兄弟という設定にしたい。許可を」
「分かったよ。何にでもしてくれ」
 頭の後ろで手を組んで、俺はやれやれと嘆息しつつ、苦笑で受け入れた。
 とと、何だ? 長門の奴が急に俺に視線を向けたぜ。
「貴方と彼女はよく似ている」
「そうかい」
 などと会話を交わしていると、目の前にはいつも見慣れた光景が、しかし、そこに居る面々は似て非なる者たちがズラリと勢揃いしていたのである。


「ふうん。なるほどな」
「そう。どうしても外せない急用ができたとのこと。しかし彼女も貴方に悪いと思った。だから従兄弟で自分に結構似ていると思っている彼を代役に立てた」
 俺たちが到着して、長門の事情説明を聴いた第一声がいきなり「なんだと!? キョン子が今日来ることができなくなっただって!?」ととんでもない剣幕で叫んだ、こっちのハルヒ=涼宮ハルヒコは、さらに続けた長門の、涼宮ハルヒコは気付いているかどうかは知らんが、こっちの『俺』を強調するような言葉に不承不承ではあるが、どうやら納得してくれたようだ。長門は涼宮ハルヒコに同性愛趣味はないと言っていたが、最初は正直言って疑った。どこぞの男しか入学できん塾の総代のようにハチマキを締めているならともかく、リボンは無いにしろカチューシャってなんだ。本当におかしな趣味はないんだろうな、と勘繰ってしまったわけだが、今の剣幕を見るとこっちの『俺』が居ないことが不機嫌なのだから変な趣味がないと見てやっても構わんだろう。
 ふうん。こっちの世界でも俺のあだ名は『キョン』なんだ。
 などと諦観している俺が居る。
 もっとも涼宮ハルヒコは、なぜだか俺に胡散臭い視線を向けているがな。
 ま、知らない人間だからだろう。去年の入学したての頃のハルヒを思えば涼宮ハルヒコがこういう態度を見せるのは当然だ。
 しかし何というか、不審がる視線に二つの感情が入り混じっている気がするのは何故なんだ?
「しかし、何でそれを俺に直接言わないで有希に言ったんだ?」
 なるほどそこか。はてさて、この長門にとって、涼宮ハルヒコのこの質問に対する答えは用意してあるのかね?
 つか、無さそうだな。無表情なことは無表情だが、向こうの世界で長門のことをよく知ってしまった俺だから理解できるんだが、なんだか縋るような視線を俺に向けてやがるぜ。
 てことは、長門は涼宮ハルヒコがさらに聞いてくるとは思っていなかったってことだ。普段はよっぽどあっさり引き下がるのかもしれん。
「まあ、勘弁してやってくれ。あんたに直接言えば、断り辛くなるとでも思ったんだろう。ならワンクッション置きたいって考えが働くのは仕方ないってもんだ」
 俺は苦笑を浮かべてお手上げポーズで声をかけてやる。
「そ、そうか……」
 ん? なんだか少しこいつの表情が曇ったような……
「よし! なら仕方がねえ! 今日は、そうだな、キョン子の代役だからお前のことをキョンと呼ぶことにしよう! どうせ、本名を知ったところで次いつ会うか分かんねえからな! 今日はよろしく頼むぜ!」
 気のせいか。
 やっぱりハイテンションで声を大にした涼宮ハルヒコは俺に右手を差し出してきた。まあ、こいつに『キョン』と呼ばれたところで別になんとも思わん。
 こいつがハルヒなら、こういう性格で当然だからな。いちいち腹を立てるのも馬鹿らしい。それに何より、俺はこの世界に今日だけしかいられないんだ。だったら本名を覚えてもらう意味もない。というか逆に本名を名乗ればこいつを混乱させそうだし、こっちの朝比奈さん、長門、古泉が狼狽してしまいそうだからやめておこう。
「こちらこそ」
 俺は差し出された手を、少し自嘲の笑みを浮かべて握ってやった。


 で、こっちの世界でも、週末の休日、定期的に市内不思議探索パトロールなんぞをやっているとのことで、馴染みの、しかし何ともどこかが違和感を感じる喫茶店で、クジによる班分けなんかもしてたりする。
 結果、俺は午前の部は涼宮ハルヒコとペアになった……というと背中に寒いものが駆け抜けたんで、言い方を変えて組むことになったのである。
 しかし何だ。
 普通はこの場に女子は、こっちの世界の古泉一樹=古泉一姫しかいないわけだから健全な男子としては彼女と組む方が嬉しいと思うのだが、どういう訳か、涼宮ハルヒコは俺と組むことにいささかも不満を感じていないらしい。
 なんたって、
「よっしゃ! よろしく頼むぜキョン! 道案内は俺がしてやるからお前は不思議を探せよ!」
 などと意気揚々と馬鹿笑いを上げながら嬉々として俺の肩に腕を回してきたのである。
 ま、ここまでなら仲の良い友達同士ならよくあることだ。ついでに言えば、長門がこいつには同性愛趣味はない、と断言してくれたんだし、俺もそれを信じられる証拠を見せてもらったから不審に思う必要もなければ不安を覚える必要もないだろう。暑苦しいことだけは我慢しなきゃならんがな。
 もっとも、俺は向こうの世界で古泉の詰め寄り攻撃に慣れてしまっている訳で、これくらいなんとも思わん。
 ……我ながら嫌な耐性が付いてやがる……
 俺はやれやれと嘆息するのであった。


 しかしだな。
 俺が想像したことは何一つ起こらなかった。
 当初は、上機嫌の涼宮ハルヒコが俺を引きずるように連れ回すものだと思っていたのだが、時間が経つにつれてこいつはどんどんテンションを下げていったんだ。


 いや、テンションを下げていった、という表現は違うかもしれないな。
 何と言うか、どんどん思い詰めていったような、そんな感じだ。そうだな、何かを俺に聞きたくて、しかしそれを聞く勇気が持てない、と言ったところか。
 身の毛がよだつようなことを言われなければいいんだが……
 念のため、俺は涼宮ハルヒコと一人分の距離を空けて、向こうの世界で、朝比奈さんが伏字だらけの告白をしてくださった、あのベンチに腰かけている。
 ちょっと相談したいことがある。
 そう言って、ここに座ることを提案したのは涼宮ハルヒコだ。
 ところが、座ったっきり、こいつは手を組み膝に肘を乗せ、組んだ手の甲を額に付けたまま黙りこくっている。
「相談って?」
 仕方なく、俺は切り出した。もし、こいつが妙な気配を見せたなら即座にダッシュで逃げ出せる挙動態勢で。
「あ、ああ……」
 と、答えてくれたのに再び沈黙。いつまでも男二人で沈黙していても様にならんぞ。
 俺がしびれを切らす寸前、
「なあ……お前はキョン子のことをよく知っているのか……?」
 なんて聞いてきたのである。まあどうやら貞操の心配をする必要はなさそうだ。心から安心した。
 んじゃまあ、ちゃんと聞いてやろうかい。
 が。
 キョン子ねえ……こっちの世界の『俺』なんだろうけど……
 つっても、俺は俺に会ったことがない。長門は俺のことを俺の従兄弟って設定にしたわけだが見たことも会ったこともない人間のことを聞かれてもな。
「何で、そんなことを知りたがるんだ?」
 まあ、こう問い返すしかない。質問に質問で答えるってのは良くないことだと解っているけど、今回ばかりは勘弁してくれ。「知っている」と嘘をつくのは簡単なんだが、それで根掘り葉掘り聞かれてしまえば間違いなくボロが出る。なら、まずはこいつの質問の意図を知っておく方がいいだろう。それによっちゃ、答えられない訳じゃないしな。
「そ、それはだな……ほら、今日、キョン子の奴、お前を代役に立てただろ? どうして代役を立てて今日は欠席したのかの理由を知りたくてな……」
「何だそれ? さっきの長門……って人の『急用ができた』って話に納得したじゃないか」
「そりゃよ! あの時は納得してやったが、やっぱ気になるじゃねえか! それにその……団長たる者、団員に弱気なところを見せるわけにはいかんし……」
 俺はいいのか?
「お前は、今日だけの臨時で部外者だからな……あ、言っておくが俺は別にキョン子がいないからって面白くないわけじゃないぞ! ただ単に団長として団員の心配をしているだけでだな……!」
 じゃあ何焦ってんだよ。
 などと、心の中でツッコミを入れる俺はなんとも困った笑顔を浮かべていた。
 何つうか……どう対応すればいいんだ?
「てことは何だ? あいつが今日の団活に来なかったから不安だ、と、そいうことか?」
「そ、その通りだ! 理解が早くて助かるぜ!」
 我が意を得たりという笑顔を涼宮ハルヒコは俺に向けた。で、悪いが、その笑顔を見たらお前が、正確には俺が知っている向こうの世界のお前ならこう思っている、ってことを俺は判ってしまうぜ。


「つまり、あいつが、もう団活に来ないんじゃないか、って不安を持っているってことだな」


 俺のかなり冷静な一言に涼宮ハルヒコは絶句した。
 って、おいおい。そう結論付けれることに気付かなかったのかよ。こりゃ相当テンパってるな。
「なあ、そういう意味になるだろ?
 言っておくが俺は集合場所で、あんたがあいつが来れないって聞いた時の剣幕と、その後の俺とのやり取りで一瞬だが顔を曇らせたところを見ているんだぜ。
 それにあんた自身が『あいつがいないからと言って面白くないわけじゃない』と言いながら、『不安だ』つったんだぜ。てことはあいつがSOS団を抜ける可能性がある危惧を覚えた以外の答えは存在しないと思うんだが」
 俺のストレートな解説を聞いて、涼宮ハルヒコは視線を逸らして伏せ目になる。
 なんともその丸くなった背中は寂しいな。ちと俺も真っ正直に言い過ぎたか?
「まあ……そういう不安を持っていない、と言ったらウソになる……」
 どうしてだ?
「だってよ……俺は自分のことを自分勝手で独りよがりで周りの迷惑顧みない性格だってことは理解しているんだ……だがな、性癖ってやつはどうしても治らなくてな……」
 へぇ、ちゃんと自己分析できてるじゃねえか。ひょっとしてハルヒも同じことを思っているのかね。
 などという俺の感心をよそに涼宮ハルヒコはさらに続ける。
「中学を卒業するまではそれでもいいと思っていたんだ……別に周りから避けられようが俺には俺の生き方がある、それを他の誰かに邪魔される云われはない……本気でそう思っていた……けどな……キョン子に出会って俺は自分の中で何かが変わった気がしている……」
「……」
「あいつは……あいつだけは、俺のままの俺を受け入れてくれて、それでもいいと思ってくれている……」
 なんとなく俺の思考に似ているぞ。こっちの俺。
「確かにぶちぶち文句を言ってくるけど、それでもいつも俺の横に居てくれるんだ……何喰わない顔で……だから俺は……」
 それは諦観ってやつじゃないかな。しかしまあ、もしこっちの俺が俺と同じなら、こいつがどうあれ、ずっと一緒に居てやれるだろうぜ。こういう奴だからこそ面倒を見てやれるのは俺だけだ、って気持ちになっているはずだからな。俺がハルヒを放っておけないように、こっちの世界の俺も涼宮ハルヒコを放っておけないんだろう。
「だから俺は……キョン子に愛想付かれることだけは正直言って怖い! キョン子によって俺は孤独の寂しさを思い知らされたんだ! もう独りになりたくない! キョン子が俺から離れていってしまえば俺はまた独りになってしまう! それがたまらなく恐怖を感じるんだ!」
 って、そこで頭を掻き毟るなって。
 だいたい、今は独りじゃないだろ? 朝比奈さんや長門や古泉さんだっている。
「そうじゃない! あいつらと一緒に居ることだって楽しいさ! けどな! あいつら以上に俺はキョン子と一緒にいたいんだよ! SOS団を結成したのは放課後や休日もキョン子と一緒に居られるからだ!」
 う、ううん……これは参ったな。こいつは今、思いっきり本音で喋っているぞ。しかしまあ、明日になればあいつは戻ってくるんだが。
 さて、この場合はいったいどう言えばいいんだろうか?
 いや待てよ。別に深く考える必要はないだろう。
 今のこいつの話を聞いている限り、こっちの俺と俺はまったく同じ思考の持ち主だ。
 てことはだ。俺は俺が思っている通りに話せばいいんじゃないか? たぶん、いや間違いなくこっちの俺もこう言うだろうから。
「心配いらねえよ。あいつはあんたに愛想尽かしたりしねえさ。あいつだって好きでお前の傍に居るんだ。嫌ならとっくの前に離れているはずさ」
 まあ俺がそうだからな。自分が嫌なことを続ける奴なんざ居やしない。だいたい続くってことは好きだから続くんだ。嫌なことだけじゃなくて関心がないことだって続かない。続くわけがないんだ。それにどちらかと言えば、『ただの人間には興味ありません』と公言しているハルヒなんだから、ハルヒの方が『ただの人間』である俺に愛想尽かす方が早い気がするぜ。
「本当……か……?」
 ん? 何で茫然としてるんだ?
「当たり前だろ。そもそもSOS団にさえ、あんたの他にも男は居るんだ。しかも二人ともあいつにはあんた以上に優しく接してくれているんじゃないか? なら、あんたのわがままぶりに疲れてしまって朝比奈さんや長門に寄ってしまっても不思議はないと思うぜ。今のあんたの自己分析から判断させてもらえばな。それなのにあんたの横に居ることを選んでいるってことは俺の言った通りだと確信できると思うんだが」
 俺はどこか気分よく演説させてもらったわけだが、お? なんだ涼宮ハルヒコは中断しなかったな。最後まで聞いてくれたぜ。
「そうか……そうだよな……」
 で、ついでに納得してくれている。ただ、よく分からんのはその表情の硬さが完全にほぐれたのはどういうことなのだろう?
「ありがとうよキョン。なんか本当にあいつがそう言っているみたいでお前の言葉に妙な説得力を感じたぜ」
 そりゃそうだろう。俺とこっちの『俺』は同一人物なんだからな。こいつが俺に『俺』を感じても不思議はない。
 まあ納得しくれたならそれでOKか。
 というか辛気臭い男と一緒に居たってつまらんしな。
「あいつも明日戻ってくる。不安なら明日にでも連絡を取ったらどうだ? 今日はどうやったって繋がらんだろう。携帯の圏外に居るはずだからな」
「ああ! そうさせてもらうぜ!」
 そう言う涼宮ハルヒコの笑顔は勝気満面な色一色に染まっていた。
 しかし何ともその笑顔にどこか俺と違う思惑が透けて見えるのは何故なんだ? 俺、何か妙なことでも言ったか?


 で、それからというもの、俺たちは町をとにかくぶらついた。
 しかも不思議探しなんざしていない。
 ちなみに何をしていたかと言うとだな。
「でだ、その時、キョン子の奴は――」
 涼宮ハルヒコは上機嫌な笑顔で話を続けている。しかもずっと同じ話題を延々と。
 とまあ、はっきり言って、こっちが小っ恥ずかしくなるような、それでいて砂を吐きそうになるくらいの、こいつにとっては単なる思い出話のつもりなのかもしれないが、傍から聞いていれば百歩譲ろうが千歩譲ろうが、どう聞いても惚気話にしか聞こえない『こっちの俺との邂逅』話を散々聞かされ続けているんだ。
 何の拷問だ、これは。
 こんなもん聞かされた日にゃ、拷問尋問を受けるのと同様、耐えて黙り込むか逃げ出すかの二択しかなるくなる訳だが、いや、実際、俺は逃げ出そうとした。逃げて先に集合場所に行こうかと思った。ちゃんと言い訳に「いやぁ、迷ってふらふら歩いていたらここに偶然着いてしまったんだ。かと言ってお前を探しに行こうにも俺はここに初めて来たし、また迷っても困るからここで待っていた」というセリフを用意して。
 しかし、そうは問屋は卸されなくて、涼宮ハルヒコの奴は俺が「ちょっとトイレ」とか「何か飲み物を」とかのセリフを聞いたときに、「よし案内してやろう」と言ってすべて付いてきやがったのである。
 従って俺には黙って聞くしかできなかった。
 うぅ……時間よ……早く過ぎ去ってくれ……
 ふと上を見上げてみれば、町の店の時計が見えた。
 時刻は――


 …… 
 …… ……
 …… …… ……


「あの……随分、お疲れのようですがどうされました……?」
 とと、俺はいつの間にか、足を止めていたのか、どこか少し眉毛と瞳をハの字にして心配げな表情を浮かべた古泉一姫が俺を覗きこんでいる。
「ああすまん。ちょっと午前中のことを思い出して、な……」
「午前中、というと涼宮さんと話されたことについてですか?」
「まあな」
 応えて俺は再び歩き始めた。むろん、ペースは古泉一姫に合わせるぞ。それが常識ってもんだ。
「なんせ、背中が痒くなって、血が出るまで掻いてもまだ痒くなる話を延々と聞かされたんだ。それを思い出せば疲れるって」
 という俺の本当にげっそりした表情をとらえた彼女にぷっと吹き出した笑みが浮かぶ。何がおかしい?
「きっと、それはこちらの世界の貴女との話なのでしょうね。彼がずっと話し続けるときって決まって彼女の話ですから」
 解るってことはもしかして……
「ええ、私もよく聞かされます」
 そりゃご苦労なこって。
「そうですか? 私はその話を聞かされると逆にホッとしますけど。おそらく長門さんも朝比奈さんも同じではないかと」
「あ、そうか。そうだよな、君らの立場からすればそうなるよな。上機嫌なあいつが何よりも君らが望むものだ」
「その通りです。ですが、彼女が羨ましくもなりますね。それだけ彼に想い慕われている裏返しにもなりますから。残念ながら私たちはその域に達していません。もし、今日、彼女ではなく私たちの誰かが休んだとしても、午前中、あなたに話されたような態度は見せないことでしょう」
「……ええっと……君が所属している機関も涼宮ハルヒコのストーカーをやっているのかい……?」
 どうやら彼女は涼宮ハルヒコが俺に悩み相談をしていたことはご存知のようだ。
「似たようなものですね。否定はしません。あ、断っておきますけど私はしていませんよ」
 自嘲の笑みを浮かべる古泉一姫の表情にどこか癒される俺。
 まあ、これは悲しい男のサガってやつだ。午前中にうんざりする話を延々聞かされたんだから可愛い女の子の笑顔は何にも勝る良薬だ。
 ちなみに、この会話の間もずっと俺たちは手を繋いでいる。
 柔らかく華奢で、ともすれば少しでも力を入れれば折れそうな、それでいて温かいぬくもり。
 これはなかなか離せるもんじゃない。
「さ、これ以上はいいだろ? 今度は二人でどこか遊びに行こうぜ。今日は団長公認だ」
「はい!」
 明朗活発に返事してくれた古泉一姫の笑顔はとてつもなく眩しかった。

 

 

反転世界の運命恋歌Ⅲ

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最終更新:2010年12月19日 21:25