第五章

 

 

 

「キョンくん、ごはんー」
 眠っていように体感していたのはほんの十分くらいのことだったと思う。
 そもそも眠りのための眠りではなく、どちらかというと試験的な睡眠だったために俺はそれほどぐうたらしていたい気分にもなれず、すぐさま目を覚ました。
 フワフワした感覚の中、俺は妹に揺り動かされながら身体を起こす。
「あ! すご~い、キョンくんがたった五秒で起きた! わぁ、明日は雪だぞぅ。ねーこはこーたつーでまーるくーなるうー」
「真夏に雪なんか降ってたまるか」
 でたらめなリズムで歌う妹にツッコミを入れて、俺は部屋に目を走らせる。この際真夏にヒョウが降ろうがアラレが降ろうがどうだっていい。
 結論から言おうか。
 とりあえず、そこは俺の部屋だった。
 ベッド、寝転がっているシャミセン、勉強机、山積みされた各種課題……どれを取ってもすべて俺の部屋のものだ。不足しているものがなければ余分なものもない。
 ただし、だからといって俺は手放しでは喜べなかったのである。
 どういうことかって? 簡単だ。ここは富士山頂ではなくて俺の部屋だから、空間座標は正しかったということになる。起きる場所と寝る場所はイコールで結ばれていた。
 では時間座標はどうか。
 間違ってたね。残念ながら。
 俺の部屋の備品にはどれ一つとして文句のつけどころがなかったが、ただしその備品は全部が全部、窓から差し込む蜜色の光に照らされていたのだった。俺の部屋がこんなふうにオレンジ色に染まるのは多くても一日に一回であり、それは言うまでもなく日が暮れるとき、つまり夕方だ。時計の指し示す現在時刻は六時過ぎ、もちろん朝なわけないから午後でいいんだろう。
 
 どうやら、また時間を遡っちまったらしい。
 
 夜の十時から夕方の六時へ。丸一日眠っていたという可能性は即座に排除していいだろう。俺はもはや驚く気力すらなくなっていたが、こんこんと湧き出る泉のように頭には疑問だけが湧いていった。
 わけが解らん。
 俺の時間を操ってる主はいったい何をしたいんだろうか。たとえばこうやって世界の時間を巻き戻してみたりして、そいつに何か利益は生まれるのか? 俺の想像力ではそんなアイデアはちょっと思いつきそうにない。
 いったい誰が、何のためにやってるんだ。
 ちょっと考えてもみたが、すぐやめにしたね。俺にアポイントメントも取らず勝手に時間を巻き戻すような奴の思考なんかどうせトレースできっこない。できたらできたで、むしろそっちの方が嫌だ。
「ほらキョンくん、ぼーっとしないの」
 まあいいさ。
 もちろん疑問は尽きない。なんで俺だけ時間を遡っているのかとか、あるいはなんで俺だけ時間を遡ったという記憶を持っているのかとか。だが、そんなんにいちいち答えを出そうとしていたら頭が狂っちまうのだ。こういうときは文字通り時の流れに任せるのが一番だろう。時が経てば、そのうち誰かが教えてくれたり、あるいは自分で気づいたりするだろうからさ。
 それまで臨機応変に対処すればいいのである。
 いざという時には自分で判断して行動する術を、俺はここ一年で身につけてきたつもりだ。
「シャミも起きるの。キョンくんにごはんを取られちゃうぞ?」
 妹のそのセリフがよほど効いたのか、ずっと俺のベッドで安眠していたシャミセンは突然耳をビクンとさせ、そろりと起き出した。心配しなくても、俺はお前の二つしかない楽しみ(寝ることと食べること)を取ったりなんかしねえよ。シャミセンにはいろいろ借りもあることだしな。というか、俺はキャットフードなんか喰わん。
 妹はシャミセンをひょいと抱え上げると、例によって中毒性のある『ごはんのうた』を口ずさみながら階段を下っていった。俺もしっかり部屋の電気を消して、隊列を組むように妹の後ろをついていく。
 二度目の夕飯である。

  

 
 といって、メニューはまったく同じだったのだが。 
 でも文句は言わないさ。せっかく作ってくれたオフクロに申し訳ないし、俺は夕飯の内容に文句をつけられるほど偉い人間じゃない。まず文句を言う前に感謝するべきだね。世の中、台所に行ったらメシが用意されてるような人間ばっかりじゃないんだ。不平不満ばっかりたらして勝手にストレスため込んでるような奴はたいてい愚か者さ。
 とか何とか考えつつ、俺は夕飯のあと風呂場で湯船に浸かると、しばらくボンヤリしていた。
 いや、ボンヤリというのは適切な表現ではないかもしれん。首をもたげて天井を見つめて、その姿勢のまま長い間ぐったりしていた。そっちの方が正しいだろう。 
 俺は疲れていた。 
 ふと一人になると、すぐに疲れが押し寄せてくるのである。風呂の中だろうがトイレの中だろうが布団の中だろうが。ハルヒに腕をつかまれて振り回されているときは、忙しすぎて疲れなどはるか後方に置いてけぼりにしてしまうわけだが、その分は借金のごとく後でしっかり返済せねばならんのである。合宿の分の疲労返済はまだまだ終わらんね。ちと調子に乗ってはしゃぎすぎた。
 そのうち温いお湯の感触に飽きてくると、俺は思い出したように全身を洗って風呂を出た。
 ふわぁ。
 寝巻き姿で廊下を歩いていると、なんだか自然とアクビが出る。さっきまでバリバリ覚醒してたのに、いざ夜になると眠くなってくるのはどういうことだろうね。この怪奇現象のおかげでテスト週間にまったく勉強に手がつかず、悲惨な結果になったことがいったい何度あることか。疲れも相まって、俺はすっかりだるだるモードであった。
 ジリリリリ。
 俺の脳が今にも思考停止を申し出んとしていたとき、突如として脇の電話が鳴りだした。あえてスルーする必要もないので俺が受話器に何気なく手を伸ばすと、
「キョンくん待ったっ」
 居間からシャミセン抱えた妹が猛スピードで出現して電話機をむしり取った。何だよこいつは。
 俺が受話器を握ろうとしていた右手を空に漂わせていると、相手と何事か受け答えしていた妹が俺に向き直って、
「電話だって」
 と受話器をよこした。
 どうせそんなことだろうと思っていた。相手は誰だ、谷口かハルヒか。いや、あいつらなら携帯に電話してくるだろうが、じゃあいったい誰が、
「有希ちゃん」
 妹はシャミセンを抱いたままけろりと言った。
「長門が?」 
「キョンくんをお願いします、だって」
 んなことあいつが言うわけねえだろ。 
 と妹にツッコミを入れながら、俺は自分の心に暗雲が垂れ込めてくるのを感じた。
 嫌な予感がする。 
 だいたい長門が俺に電話をよこすときは平常時ではないと相場が決まっているのだ。間違ってもおしゃべりするための電話などかけてくる奴ではない。あいつが電話してくる時は何か実務的な連絡がある時くらいであり、しかもそれは大概あまり聞きたくないような連絡なのである。
 俺はそれを察して、
「二階で話す。長くなりそうだから」
 と妹に告げ、子機を片手に階段を上がっていった。部屋に入ってとりあえず電気だけつけると、俺はそのままベッドへダイブする。
「もしもし、長門か。何の用だ」
『あなたに説明しておきたいことがある。いま、起こっていることについて』
 電話口の静かな声はまず、そう告げた。
 知らず知らず電話を握っている右手に力がこもる。やっぱりだ。予想も嫌な予感も寸分違わず的中したっぽいぜ。
『今日の昼から情報統合思念体が総力を揚げて調査していた。今、やっと事態の輪郭が見えてきたところ』
「そうか。しかし、総力を挙げたにしてはけっこう遅くなったもんだな。お前のことだからもっと早くに連絡があるかと思ってた」
『そのことも含めて話す』
 長門は続けて、
『異常事態が発生していることが確認された』
 淡々とした声で、そのように言った。
 俺は寝ころんだ姿勢のまま子機を耳元から離すと、大の字になって大きく息を吐く。いつものことだが、こういうときの心の準備は緊張しちまってなかなか慣れないね。いや、慣れて欲しくもないんだが。
 俺は呼吸を整えると子機に話しかけた。
「異常事態ってのは、時間が巻き戻っているということだよな?」
『違う』                                                                          
 と長門は言った。
「違う?」
 ってのはどういうことだ。俺は明らかに時間を遡ったのだぞ。午前中を二回やったし、夕方だってこれで二回目だ。時間が巻き戻っていなくて、これにどう説明がつくんだ。
『時間が巻き戻っているのではない。同じ時間帯を繰り返すのに、時間移動は必須条件ではない』
「じゃあ何だってんだ」

『この世界と限りなく同一の、平行世界のようなものが存在している』

 単調な声が淡々と、しかしえらいことを告白した。
 俺がしばし返答に詰まっていると長門は続けて、
『平行世界とは、特定の世界あるいは時空から分岐し、平行して存在している別の世界のこと。基本的に我々の世界と同一であるが、異なる時間軸を持ち、独立した現実を持っている』   
「ああいや……平行世界については説明されなくても知っているんだが」 
 時々、長門に半ば無理やり押しつけられるハードSFを読んでいれば、そのくらいの知識は嫌でも身につくってもんさ。関係ないが、そのおかげで俺は量子力学やタイムパラドックスについてもやたら詳しくなっている。
 だが、そういうことが現実に起こったとなれば話は別だろう。
 平行世界――いわゆるパラレルワールドである。世界が分裂しちまったようなもんだ。俺の脳裏にハルヒが明日の計画を宣言している二つの場面が去来した。
『本来、平行世界と元世界は接点を持たない。ただ個々に存在しているだけ。しかし調査の結果、元世界と平行世界を交互に移動している人間が一人だけいることが明らかになった。それがあなた。解析したデータを元に予測すると、移動手段はおそらく――』
 眠ることだ。そうだよな?
『そう』
「なぜだ」
 俺は問うた。どうして俺だけそんな超能力じみたことができる。というか、どうして俺がそんな目に遭わなけりゃならんのだ。
『まだ何も解っていない。解析の途中』
 昼から今まで、ずっとか。そりゃ調査員がどっかでサボってんだろう。のんびり地球観光でもやってるんじゃないのか?
『インターフェースはこの惑星に関する情報を取得してから配置されている。個人的な探査は必要ない』 
「ほう。それはまたひどく夢のない話だが……まあいいや、それより一つ訊かせてくれ。俺が今いる、この世界はどっちの世界なんだ? オリジナルの世界なのか、パラレルワールドか」
『オリジナルの世界。平行世界はこの世界がコピー、修正されてできたもの』
 長門の声が淡々と説明した。
 なるほどね。ということは、だ。
 俺がさっきまでいた、谷口とハルヒから電話があった世界はパラレルワールドだったってことになる。だってそうだろう、眠ることによって世界が切り替わっているんだから、俺がいまオリジナルの世界にいるのなら、さっきまでいた世界がパラレルワールドじゃなきゃおかしい。
 いや、それだけではない。
 さっきの電話で、ハルヒはプールについて話していた。ということは、ハルヒが部室でプールに行くのだと宣言した世界がそもそもパラレルワールドだったということになるのである。長門の言っていることが正しいのならオリジナルはこの世界であって、ハルヒが不思議探しに行くと宣言した世界だ。
 しかしまた、けったいなことが起こったもんである。
 世界なんぞを大量生産してみたところで誰にとって何のメリットが生まれるかなど俺の凡人の脳では考えつきもせず、したがってこういうときは非凡な脳を持っている(かどうかは知らんが)奴に尋ねるのが一番である。
 俺は受話器に向かって、
「誰がこんなことをしやがったんだ。いや、というか、そもそも犯人がいることなのか?」
『世界を創り出したという意味でなら犯人はいる。既に判明もしている』
「誰だそりゃ。またしても新たな敵か?」
『違う』
「なら、情報統合思念体の内部にいる宇宙人か? またバグか何かで間違って世界を分裂させちまった奴がいるんだろう」
『違う』
「だったら、未来人か超能力者の仕業だ」
『それでもない』
「じゃあ……」
 俺は数秒間考えた後、できることなら口にしたくなかった奴の名前をいやいや発音した。
「涼宮ハルヒだ」
『その可能性が高いと思われる』
 だろうな。
 他に世界創造なんてマネができそうな奴など俺の知り合いの中では皆無さ。もちろん一人いる時点で手遅れ気味ではあるが。
「ハルヒが平行世界を生み出したんだな。目的はともかくとして、そんで俺だけが二つの世界を行き来できる」
『そう』
 静かな声が簡潔に肯定した。
 俺は身体を起こしてベッドに座り直す。自然と表情が引き締まってくるね。
 この状況。おかしな世界と、ハルヒによって引き起こされた非日常。
 どうやら本気でやって来ちまったらしい。俺がひそかに待ち望んでいた事件が。嬉しいような、嬉しくないような、それでいて嬉しいような、嬉しくないような。
 などと書くと俺がひどく精神を病んだヤツと勘違いされるかもしれんが、でも仕方ない。ここ一年で非日常が日常化しちまった俺にとっては、妙な事件を体験するのは呼吸みたいなもんさ。そんでもって、まともな人間なら呼吸しなけりゃ死ぬのである。今なら開き直ってやってもいいぜ。
『もう一つ付け加えておきたい』
 手にしていた受話器から音声情報が送られてきたので、俺は慌てて耳元に持っていった。
『向こうの世界では、宇宙人や未来人、超能力者と呼ばれる生命体が存在していない可能性がある』
「どういうことだ」
『接続不可能』
 長門は意味不明のことを言って黙り込んでから、少し説明が足りないと思ったのか、
『平行世界に、情報統合思念体や、その他のあらゆる情報生命体の存在を確認できない。おそらく涼宮ハルヒの情報改変能力もないと思われる』
 と言った。  
「つーと、あっちの世界ではお前や朝比奈さんや古泉も、全部普通の人間だってことか?」
『そう』
「それって、何か理由があるのか?」
『まだ詳しくは解ってない』
 なんだか今日の長門にはまだ解ってない系のセリフが多いように感じるのは気のせいだろうか。平行世界の存在に気づくのもずいぶん遅かったし。それだけハルヒの改変が完璧だったってことなのかもしれんが。
『あと……』
 俺が呑気に考えていると、また聞き取れないほど小さな音声が送信されてきた。一句たりとも聞き逃すまいと電話機を耳に張り付けてみたが、待てども待てどもその後が続かない。
「長門?」
『……あなたに言うべきなのかどうか解らない。平行世界との関連性もまだつかめていない』
「何でもいいよ。話してくれ」
 しばらく戸惑うような沈黙が流れた。
 そろそろ気詰まりになって、俺がまた何事か発した方がいいのだろうか、いやしかし、と逡巡し始めた頃、
『近い将来、涼宮ハルヒが二度目の情報爆発を起こす可能性がある』
 長門はそう言った。
 俺はしばらく動作を停止したまま、意味をつかむのに五秒ほど要した。
「情報爆発?」
 ってのは何だったかと記憶をまさぐっていると、ちょうど一年くらい前の記憶で思い当たることがあった。
 長門のマンションの殺風景な部屋で聞かされた、あの電波話。確かあの中にそんな単語があった。

 
 ――そして三年前。惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を多い、惑星外空間に拡散した。その中心にいたのが涼宮ハルヒ。
   
 現在の長門が電話の向こうから補足説明する。
『最近、涼宮ハルヒの発する情報フレアの波長に異常が見られた。観測データから我々が計算した結果によると、おそらく近いうちに超巨大な情報フレア――情報爆発が起こるはず』
「……あー、なんだか穏やかでない雰囲気だけは解るのだが……。その、情報爆発ってのは具体的にどんなことなんだ?」
『言語を用いて説明することはできない』
「どうしてもか」
『無理』
 早口の声に一蹴されて俺は口をつぐむ。別にいいさ。宇宙用語なんか俺程度の脳ミソでは理解できるわけがない。どうぞ、続きを。
『情報爆発が発生したときに何が起こるかは、我々もまだ解っていない。有機生命体が、それも二度も大規模な情報爆発を起こすなどということは今までありえなかったから』
 遠大な話しすぎて俺はもはやついていけないが、一つ解るのは、ハルヒならやりかねんということだ。奴の前には確率論などチリの中の炭素原子も同然である。
「それで? その情報爆発が近々起こるってことが平行世界ができたことと何かしら関係があると、お前は思ってるわけか?」
『おそらく』
「ちなみに、その近い未来ってのはどのくらい近いんだろうな。二年とか、三年とかか?」
 まさか俺はその間ずっと平行世界を行ったり来たりするのではあるまいなと一瞬げんなりしたのだが、
『一ヶ月』
 と、長門は言い切った。
 おいおい、一ヶ月って、それじゃあハルヒはこの夏休みの間に情報爆発を起こすって計算になるぞ。
『そう』
 それもまたえらく急な話である。だったら困るということは特別ないのだが、それでももうちょっと前に解らなかったのだろうか。
『涼宮ハルヒの情報封鎖が完全だった。平行世界を感知するのが遅くなったのも同じ理由』
「へえ。がさつな性格のわりにそういうところは抜け漏れがないんだな、あいつは」
『情報封鎖に性格は関係ない』
 そりゃそうか。別に意識してやってるわけじゃないんだし。
『…………』
「…………」
 十秒ほど沈黙が続き、長門が俺に伝えたいメッセージはこれだけなのだろうと判断すると俺は子機に言った。
「ええと、とにかく、電話ありがとな。だいたい理解できた。気をつけるようにするよ」
『そう』
 我ながら何に気をつければいいのか解らなかったが、長門はそのことについて特に言及してくることはなく、俺は「じゃあな」とか言って電話を切った。  
 妹に見つからないように階下へこっそりと受話器を返しに行って、再び部屋に戻ると、俺はベッドに倒れ伏した。一気に大量の情報を頭につめこまれたせいで頭痛がするね。とっくに判明していたことだが、やはり俺の脳の情報処理機能はそこまで優れていないようだ。
 何も考える気になれず、そうやってしばらくボーっとしていると知らぬ間に汗をかいていた。今夜は熱帯夜になるだろう。クーラーをつけたまま寝るのは身体に悪いとは解っているものの、手が勝手にリモコンへ伸びる。
 とにかく明日である。
 長門から聞いた話によれば、ここで寝ると目覚めるのは平行世界だ。それもおそらくは朝、俺の部屋で。そっからどうするかはまだ決めていないから、後は俺のアドリブ能力に期待するしかないだろう。
 せっかくだから古泉あたりに電話してパラレルワールドについて議論しようかとも思ったが、時間の無駄になること請け合いのでやめておいた。夏休みは長いのだ。またいつか好きなだけ話せばいい。 
 そんなことを考えつつ、眠りに就く前、俺はふと思いついて枕元の携帯電話を勉強机へと移動させてみた。さっきの世界では携帯を枕元に置いたまま眠ったから、明日の朝に起きたときの携帯電話の位置でどちらの世界かを判別できるはずだ。枕元なら平行世界、机の上なら元の世界である。
 リーン、リーンという夜の夏虫の鳴き声をBGMに俺は目を閉じた。   
 そのうち効き始めたクーラーが、冷気とともに眠気を誘ってくる。

 

 

 

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最終更新:2010年07月04日 20:18