愛してくれて、愛して暮れて~プロローグ~から



最初こそ戸惑っていた満員電車にも慣れ、いつもの様に人混みと電車の振動に揺られながら俺は大学へ向かっていた。
慣れた、と言っても何でまたこんな時間の講義を取ってしまったのかと思う程度にはこの人混みはつらいもので、毎朝続けると思うとこれなら北校の坂道のほうがまだマシだと思ってしまうのは隠せない心境である。
聞き慣れたアナウンスを聞いて、自分が降りるべき駅で人混みを掻き分ける。前まで音楽を聞きながら通学していた俺なのだが、自分が降車する際イヤホンをつけた奴はなかなか退いてくれないことを経験し、それ以来音楽は聴かないようにしていた。
早足に道を行く人々に飲まれるようにエスカレーターを上り、改札を抜けたところで俺は息を吐いた。
「……うへぇ」
乗車から降車までの約20分、駅をでてようやく出来た脱力。
どうやら、俺は自分で思っている以上に満員電車には慣れていないらしい。
「やぁ、キョン。おはよう」
「…おぉ、国木田か」
声をかけてきたのは男にしては少し可愛らしい服を着た同級生、国木田だった。
一体何の縁なのか、コイツも俺と同じ大学、同じ学部に通っていたりする。俺より遥かに良い成績を採っていた筈なのだが、高校選び同様に何かしら国木田なりのこだわりがあるのかもしれない。
「今日は何だか暑いよね。電車通いには辛い気候だよ」
その意見には賛同するが、そう涼しそうな顔で言われてもイマイチ説得力がないぜ?
「そうかなぁ?僕はこれでも暑がってるんだけど」
……だとしたら、俺の眼が異常なのかね?
「あー……、そうだね。確かに、ある意味キョンの目は節穴と言っても過言じゃないと思うな」
おやおや。
「……まさか国木田にそんな辛辣な言葉を貰うとはな。少しばかり意外だ」
「そう?僕は言わないだけで常日頃からそう思ってるんだけど」
常日頃から思ってるのかよ。
……。
……常日頃から思ってるかよ!?
俺の問いに国木田は冗談さ、と笑って横断歩道の先の一角を指差した。
「ところでキョン。あっちに結構おいしいベーカリーがあるんだけど、ちょっと寄っていかないかい?」
腕時計を見やれば、まだ講義には十分間に合う時間だった。時間が余るのも毎朝のことなのだが、俺は大概コンビニで暇をつぶしている。
それに比べたら、こうして友人と個人ミシュランに勤しむのも悪くはない。
俺は国木田に返事をすると、横断歩道を渡った。
 
 
 
「……ほう、これは中々」
店内に備え付けられたテーブルに席を取って、向かい合うようにして俺はクロワッサン、国木田がサンドウィッチを食べていた。
「だろう?僕としてもそのクロワッサンは結構オススメなんだよね。ああモチロン、このサンドウィッチもだけど」
シナモンのふんわりとした香りもさることながら、焼き加減が絶にして妙、表面に撒くようにしてかかっている白い砂糖が程よいアクセントになっている。
普段はご飯派の俺ではあるが、このクロワッサンは確かに人に勧めたくなる味だ。
「…しかしよくこんな店を知ってるな、お前」
俺がそう尋ねると、国木田は咀嚼中のサンドウィッチを飲み込んでから答えた。
「あぁ、それはね」
「僕が教えたからさ、キョン」
―――が、それは第三者の声によって遮られ、しかしそれは結果として俺の疑問に対する回答だった。
第三者と言っても赤の他人というわけでもなく、俺の良く知っている顔だった。
ソイツは俺の隣に腰を下ろし、尚も説明を続ける。
「先日そこの駅前で国木田と会ってね。中学以来の同級生に挨拶の一つも無し、だなんて無体なことは僕にはとても出来ない。よってコーヒーでも飲みながらとココを紹介したのさ」
まぁもっとも、とソイツは一息置いてから言った。
「何処かの誰かは僕ですら旧交を温めようとしたというのに、親友と呼べる存在にこの3年間電話の一本も寄越さなかったわけだが。それについてキミは僕に対して何か言うことがるんじゃないかな?」
「…えーと」
相変わらずの饒舌。古泉を除けば、コイツより長ったらしくしゃべる奴―――まぁ、ハルヒは置いといて―――は一人しか心当たりがなくて、しかもソイツは目の前にいるわけなんだが。
「おやおや、キミはこの再開に関してそんな感動詞一つでケリをつけるつもりかい?まぁ、字面だけ見れば感動詞とは感動の詞(ことば)であるからそれ程悲しむことでもない気がするが―――やはり、寂寥の念は隠せないね」
「……わかったよ。ちゃんと言えばいいんだろう?」
チラリと国木田を見れば、何やらニヤニヤとしていた。
……おいおい、その微笑みキャラは古泉一人でお腹一杯、アイムフルなんだぜ?
俺は目線を隣に戻してから、3年分の時間を返すように言った。
 
「……久しぶりだな、佐々木」
 

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