朝だ。2日連続で妹のダイブを受けなかったのは新記録かもしれない。
まだ6時47分。9時には全然余裕がある。今日はイヴ。ホワイトクリスマスになってもおかしくないぐらい寒い朝だ。
洗面所の入り口でつまずき目がしっかり開いた。顔を洗い食卓に行く。
今朝の朝食はトーストとクラムチャウダーだった。パン耳を剥がし、クラムチャウダーにぶち込む。こうすればパン耳をうまく食える。
とっとと飯を済ませ、用を済ませ、歯を磨き、珍しく朝にも風呂に入り、部屋に戻り着替える。
服選びに微妙に迷ったが、結局いつもの大きく変わらない服だった。黒のジーパンに上はパーカー。
寒いので上に限りなく黒に近い焦げ茶の色をした、フードの部分にシャミセンの毛みたいのがくっついてるダウンを羽織る。
滅多に使わないワックスもほぐす程度に使った。あんまりやりすぎると笑われるからな。

まだ8時前。
ちゃんと財布もったな。ペンダントもおっけー。よし行こう。
自転車を出そうとした時ふと思った。駅までは歩きで行こう。
なんとなく、こういう特別な日に二人乗りは味気ないと思ったからだ。
「キョンくんおしゃれしてる!どこいくのー?」
なんと言おう、冗談っぽく本当のことを言ってみるか。
「デートだよ」
「ハルにゃんとー?」
こいつ、なんで分かるんだ。俺の周りには勘が鋭いやつが多いな。
「そうかもな」
「ふーん。いってらっしゃーい」
「行ってきますっと」

ちなみに今日は財布の中が潤っている。
鍵付きの引き出しの中にしまってある緊急用の金を持ってきた。前もって銀行でおろしてくればよかったのだが、まぁ、忘れちまったんだよ。

家を出て最初の曲がり角のところで古泉からメールがきた。
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   メール0001
From 古泉一樹
To ****@docomo.ne.jp
Sub おはようございま…
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おはようございます。
今日は頑張ってください
。応援してますよ!


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しつこい野郎だ。悪気はないんだろうが。
『おうよ』


駅前に着いたのは8時30分をちょっと過ぎたところだった。
以外にもまだハルヒは居なかった。あいつなりに身だしなみを整えているのだろうか。


9時になった。あいつはまだかと思っていると、向こうから声が聞こえてくる。
「キョーン!」
ハルヒだ。特に急ぐ様子もなくこっちに向かってくる。
「・・・待った?」
「いんや、俺も今来たところだ」
まぁ実際のところはそこそこ待ったが、ここは礼儀としてこう言わなきゃな。
「そう、なら遅刻じゃないわね!」
相変わらずフェアじゃないな。

ハルヒは白のダッフルコートを着ていた。どうやらかなり薄くだが、化粧を塗っているようだ。
正直に言おう。こんなにかわいいハルヒを見るのは初めてだ。こいつは結構おしゃれな部分があるんだよな。
「今日は寒いわね」
そう言いながら自分の両手に息を吐くハルヒ。
「もしかしたら雪降るかもな」
「ふーん。あたし寒いの苦手なのよね」
「得意な奴なんか居ないだろ」
「そうかもね。まぁどうでもいいわ。いきましょ」
「どこに行くんだ?」
「んー『ここに行く!』っていうのは決めてないけど、とりあえず隣町まで行きましょ」
県庁所在地である隣町に行けばとりあえずなんでもありそうだしな。ハルヒにしてはまともな選択肢だ。

電車の中は思ったより混んでいなかったが、開いている席は一人分だった。
「座ったらどうだ」
「あら、気が利くじゃないの」
微妙に馬鹿にされてる気がするのは気のせいだろうか。

「キョン、あんた今日なにかしたいことある?」
「付き合えっていったのお前だろ」
「まぁそうね。んじゃとりあえずなんでもいいっていう感じ?」
「今のところはな」
「あっそう」

「そういえば隣町また大きいショッピングモール出来たらしいじゃない」
「また出来たのか?」
まさに昨日行ってきたモールのことだ。なんとなく知らないふりをする。
「そうなのよ。後でいきましょ」
こいつは丁度いい。あのツリーはハルヒにも見せてあげたいしな。


電車に揺られて数十分。隣町に着く。駅構内を出ると高層ビルの群れがある。
「いつ来ても建物だらけね」
「あたし、新しい服欲しいのよ。服屋に行きましょ」
ハルヒの服か。女子ってどういうところで服買ってるんだろうな。少し気になる。

大通りを進むと左に少し大き目の服屋があった。なんかブランドっぽい感じの店だ。
「あら、ここいいわね」
ハルヒはガラスの向こうのマネキンが着ている服を見て何かブツブツ言っている。
「キョン、ここ入りましょ」
「あーっ!お店の中はあったかいわね。キョン、これ持ってて。」
渡されたのはダッフルコートだった。
背伸びをしながらハルヒは言う。ん?あいつあんな腕時計持っていたのか。


「キョン、見て見て!」
もう服を選んだのか。
「これかわいくない?どう?」
自分の服の上に重ねて聞いてくる。いいんじゃないか?似合っていると思うぞ、という前にハルヒはとっとと試着室に行ってしまった。
ハルヒは試着室のカーテンを少し開け、
「見ないでよ?」と言う。
いくらなんでも公衆の面前で自分で自分を晒し者にする行為は俺だってしたくない。
横で女性店員が聞いてくる。
「フフッ、かわいいですね。彼女さんですか?」
「いや、まぁ、違いますね」
「目が泳いでますよ、ふふ」
国木田の言っていたことはどうやら本当らしい。傍から見たら俺とハルヒは彼氏彼女の関係に見られてるみたいだ。

試着室のカーテンが開く。
「キョン!どうよこれ?」
さっき言おうとしていた言葉をもう一度言おうとする。
「いいんじゃないか?似合っ」
「すいません、これ下さーい!」
俺の意見なんかどーだっていいのは団長の時と変わりないらしい。


『ありがとうございましたー』
ハルヒは満足そうな顔でお会計を済ませる。俺が払ってもよかったんだが「いいわよ、自分のものくらい自分で出すわ」と一蹴された。
「あ、コートありがと」
「おう。ほらよ」
「うん」


特にどこによるという訳でもなく、ハルヒと話しながら市内を歩く。
たまに小さな店に入ったり、路地でふてぶてしい顔をして寝ているネコを見たりした。
特別なこともなかったが、それでも楽しかったことに変わりはない。時間の速さがなによりの証拠だ。
もう午後になってしまった。そろそろハルヒはこう言いだすだろう。
「ねぇキョン!お腹空かない?ご飯食べましょ」
しまった、ランチも調べてくるんだった。
「この近くにおいしいイタメシ屋があるんだって。そこいきましょ。」
こいつは準備がいいな。ありがたい。
「イタメシ屋か。久しぶりだな」


そのイタメシ屋は俺らの町にあるチェーンのイタメシ屋とは違う、ちょっと大人っぽい感じの店だった。
「ここよ、キョン。ランチタイムやってるみたいだしいきましょ」
「うまそうな店だな」

ドアを開けるとベルの涼しげな音がなる。それと同時にチーズの焼ける香りが鼻に入る。
『いらっしゃいませ。二名様ですか?』
「そうよ。禁煙席で」
『かしこまりました。こちらへどうぞ』
座ってすぐにお冷が置かれる。
『ご注文の決まり次第お伺いしますのでお申し付けください』
ハルヒはもうメニューを広げてる。
「キョンなに食べる?あたしこの茄子とトマトの3種のチーズピザと、モッツァレラチーズとトマトの冷製パスタにしようっと」
「まだメニューも開いてない。ってかそんなに食べられるのか?こういうとこのピザは意外にデカいぞ」
「あたしの胃袋をなめないでちょうだい。このくらい余裕だわ」
満面の笑みのハルヒ。そんなに食べられるといつもは困るのだが、今日は大丈夫だろう。
「ハルヒ、今日一日飯は俺のおごりでいい。好きなもの頼めよ」
軽くカッコつけた。少しでも男をあげておかないとな。
「もちろんそのつもりよ」
なんて図々しいやつだ。少しは「え?ホントにいいの?」とか言ってもらいたいもんだ。
コイツに何を頼んでも無駄なことは俺も分かっているんだがな。

『お待たせしました。モッツァレラチーズとトマトの冷静パスタでございます』
「うわー!キョン、すっごくおいしそうじゃない?・・・うん!やっぱりあたしが目をつけたものは絶対よ!おいしいわ」
寒いのに冷製パスタっていうチョイスはミスだと思うがな。

そうこうしているうちに俺のメニューも運ばれる。
ハルヒはもうパスタを完食している。

プッ
「アハハハ!キョンあんたただでさえマヌケ顔なのにもっとマヌケ顔になってるわよ!」
「うるせえ、イカスミスパゲティを食べる者の宿命だ」
「羽子板で負けたみたいになってるわ!」
「そんなに酷いか?」
「鏡見てきたら?自分で自分に吹き出すかもね」
そう言われ俺は鏡を見に行く。こりゃひどい。
本当に羽子板に負けたみたいになっている。ティッシュで念入りに拭いておこう。
「どうだった?」
「100パーセントお前の言うとおりだった」


お会計をし、店を出る。思ったより安く、財布にもまだまだゆとりがある。

店を出てしばらく歩くと、観覧車が目に入る。
「キョン!あれ乗りましょ」
「高いとこ苦手なんだよな」
「あんなの高いうちに入らないわ、行くわよ」
観覧車ね。いかにもそれっぽいじゃないか。本当は夜とかのほうが綺麗なんだろうな。
チケットを買い、係員に見せる。
『2名様ですね。どうぞ』
「キョン行くわよ!」
観覧車の何が怖いって、高いところに長い間居なくちゃいけないのが怖い。
ジェットコースターとかだったら一瞬で終わるが、俺はじわじわくる怖さのほうが怖いんだ。
まぁ今日はハルヒと一緒だし気にはならないとは思うが。



「高いわねぇー。この世のすべてが見えちゃいそうだわ・・・」
俺は黙ってハルヒの独り言を聞いてる。
「やっぱりあたし達ってちっぽけな存在なのねー。なんだか嫌になっちゃうわ」
「もう3時半かぁ。キョンこの後どこ行く?」
「そうだなあ。映画とかどうだ?」
「あんた夏休みの時もそうだったけどいつも寝るじゃない」
「作品によってだ。あまりにB級すぎる映画だと眠たくもなるさ」
「ま、映画ね、いいんじゃない?あんた見たい映画でもあるの?」
「特にはないが。ただ思いついただけだ」
「じゃあ観覧車降りたら映画館行きましょ。あたしが見る映画選んであげるわ」
「そうだな。」
俺はハルヒの見たい映画がどんなものか気になった。夏休みの時はただ見まくっただけだったしな。



ハルヒが選んだ映画は意外にも恋愛モノだった。「恋愛は精神病の一種」というハルヒの考えは一体どこへ消えたんだろうか。
それとも本当に適当に選んだだけなのだろうか。
「恋愛ものか。似合わんな」
「うるさいわねぇ。ほら、入るわよ」
出演している俳優たちは結構名が知れている人が多かった。
その映画は主人公がいきなり交通事故に遭い、彼女のことも含め記憶を失ってしまうという展開から始まった。
結構衝撃的な始まり方だったので初めのうちは見ていたのだが、後半になってくるとよくありがちなパターンにダラダラと連れ込まれていった・・・。


「起きなさいアホキョン!」
「ぬわっ!?」
「ったく最低。もう5時半よ。やっぱりあんた何にも成長してないわね。」
ハルヒは心なしか目が赤い気がする。泣いていたのだろうか。そんなに感動的な映画だったのだろうか。
「すまん・・・」
「もう、ほら、行くわよ。」
「ん、どこにだ?」
「さっき言ってた新しいモール。あそこならあんたも眠くならないでしょ?」
「・・・すまん」


モールには俺が行った時より全然人が居た。ハルヒは俺の手を引っ張って人込みを抜けてゆく。
ハルヒが向かった先はゲーセンだった。
「キョン、映画の罰としてあのキーホルダーとりなさい」
ハルヒが指差す先をみるとそこにはピンクの豹のキーホルダーだった。
「あんたこういうの得意でしょ?」
俺はUFOキャッチャーには自信がある。昔からよくお袋とやったもんだ。
今も妹と遊んでやる時やることがあるが、大抵は妹が欲しいものをとってやることに成功している。
「時と場合によるな」
「とにかくあれとったら許してあげる。だから頑張りなさい」
「欲しいなら欲しいって素直に言えよ」
「うるさいわね、ほら。お金はあんたが払うのよ」
「はいはい。どれどれ」
頭の形が奇形だ。その代わり頭が特大だからうまく首を掴めればとれるだろう。そう難しそうでもない。
「これなら意外と簡単そうだぞ」
「いいから取りなさいよ」
「わーったよ」
結果を言うと2プレイ100円を2回やって1つとれた。
「ふーん。やるじゃない。でも一つで許すなんて言ってないわよね?」
こいつ・・・。1つあれば十分だと思うんだがな。
「ほら、つべこべ言わずにやりなさい。もう1つで許してあげるわ」
「・・・とればいいんだろ?」

結局もう200円つぎ込みやっともう1つとることに成功した。
「やるわね。この短時間で2個はいいほうじゃない?」
「そうかい、ありがとさん」
「はい、これ。」
「ん?」
ハルヒに渡されたのは俺が今さっきとった1つ目のピンク豹キーホルダーだ。
「いっこあげるわ。携帯にでもバッグにでもつけときなさい」
・・・ハルヒは初めからそのつもりでここにきたのか?
「・・・そうか。じゃあありがたく頂く」
「感謝しなさいよね。映画であれだけ爆睡しておいてUFOキャッチャーごときで許してあげるんだから」
まったく、いつも素直じゃないな、コイツも。
「はいはい。・・・ありがとな」
「ふんっ」
ハルヒは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「いいわよ、次行きましょ」
こいつも女の子らしい一面があるんだと、改めて思った。

次にハルヒがやろうと言いだしたのは、ゲーセンには必ず一台はあるエアホッケーだ。
「負けたほうがジュース奢りね!」
こいつは何か賭けないと気が済まないのだろうか。
ゲームに関しては割と強いほうだと自負している。なんせ古泉に負けたことがちっともないからな。
ん、古泉が弱すぎるだけか。
「よし、やってやろうじゃねぇか」
「覚悟しなさいよ」


結果は21対19でハルヒの勝ち。
手加減をしたわけでもない。ハルヒが多才すぎるのか、はたまた俺が弱いのかはなんとも言えないところだ。
途中ハルヒの強烈な打撃が俺の左の薬指にクリーンヒットした。若干内出血したということは黙っておこう。

「ほらよ」
「サンキュサンキュ。ところであんたさっきの大丈夫?」
「まぁ、大したことないさ」
ハルヒは500ミリ缶の炭酸飲料を一気飲みする。
「ふーっ。あんたもうちょっと弱いと思っていたわ」
「うるせえ。勝ったんだからいいじゃねぇか」
「まぁね」
「あ、メール入ってる」
そういってハルヒは携帯を取り出す。ひよこのキーホルダーが付いているところは女の子っぽいが、携帯はなんつーか、シルバーのゴツいやつだ。
女の子が持つような携帯ではないが、なんとなくハルヒらしい。


俺はハルヒがメールを見ている間にちょっと考え事をしていた。
ペンダントの中に入れる写真のことだ。
丁度今俺らはゲーセンにいる。ゲーセンにはプリクラの機械が無駄に多くある。写真を撮るならここだろう。
写真を撮るぐらいならハルヒにも断られないと思うが、なかなか言い出せそうにない。
自然に言いたいのだが、なんとなく恥ずかしい。俺はこんなにもヘタレだったんだな。


「・・・誰からメールだ?」
「え?う、ううん。誰でもないわよ」
ハルヒが動揺している気がした。こいつはもう男でも居るのだろうか?
「彼氏か?」
「そんなの居る訳ないじゃない。阪中さんからよ」
阪中?あぁ、そういえばアイツはハルヒと番号を交換していたな。
にしても、どうして動揺する必要があるのだろうか。
「そうか。ならいいんだが」
「なにがいいのよ?」
しまった、思わず口に出ちまった。
「ま、いいけど」
よかった。ハルヒはこういうところが鈍いんだよな。


その後ハルヒと俺は太鼓を叩くゲームをやったりバスケのゲームをやったりした。
俺はゾンビのシューティングゲームをやろうと誘ったのだが、
「あたしそういうグロテスクなのあんまり好きじゃないのよね」と一蹴された。
俺もそんなに得意なほうではないが、ミヨキチと一緒に見に行った映画で少し慣れてしまったというのもある。

結構大きなゲーセンだったので、一時間くらい遊んでしまった。
「あー楽しかった!そろそろ移動しましょ」

ヤバい。俺はまだハルヒに写真を撮りたいと伝えていない。
プリクラの機械は別のところにもありそうだが、なんかここで伝えたほうがいい気がする。
「待て、ハルヒ」
「ん?なによ」
「あ、あのだなぁ」


第七章

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