機械知性体たちの即興曲 メニュー

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□五日目/朝

寝室。ベッドの上。

キョン        「(ベッドで横になったまま)……空が明るくなってきた」
キョン        「結局一晩徹夜しちまった……」

キョン        (あれからは何も起きなかったが……なんだったんだ。昨日の夜のあれは)
キョン        (……周防九曜。もう間違いない。狙われてるんだ、こいつら)

キョン        「(ちらりと胸の上を見る)」
にゃがと    「……すー……(ギュウ)」
キョン        「……一晩中、俺の胸の上で、服にしがみついたまま離れなかったな。こいつ」
キョン        「よっぽど怖かったんだな……」

――にゃがと「おとうさあぁぁんっ! うわあああっ!」(ジタバタッ)

にゃがと    「……すー……(ギュウ)」
キョン        「まさか長門が叫ぶなんて、信じられんぜ、まったく」
キョン        「……その上……泣くなんて」
キョン        (初めて見た……いや、泣くことができるなんて考えもしなかった。この長門が)

にゃがと    「……ううっ(ギュウ)」
キョン        「(うなされてるのか……)よしよし。ここにいるぞ、俺は」
にゃがと    「(力が抜ける)……すー……」

キョン        (……もう、なりふり構ってられないか。この三人を守るためには)
キョン        (そう……三人もいるんだよ)

あちゃくら  「んー……(右腕に抱きつき)」
ちみどり    「……スゥ……(左腕に抱きつき)」
にゃがと    「……くー……(胸の上で抱きつき)」

キョン        「……なぁ。俺、そろそろ動いていいか? 起こさないように、一晩じっとこの姿勢でいるのも辛かったんだが」

あちゃくら  「? ……んあ。おはようですーキョンくん」
キョン        「おう」
あちゃくら  「……あ。にゃがとさん、キョンくんの胸の上で寝てるー」
キョン        「あれからずっとだよ。離れないんだ。よっぽど怖かったんだろうな」
あちゃくら  「ずるいー(胸の上へ)……へへー」
キョン        「おまえな……」
ちみどり    「(ゴソゴソ)」
キョン        「喜緑さんまで……」
ちみどり    「(寝ぼけたふり)んー……」
キョン        「あのな。いくら小さいっていっても、三人も胸にしがみつくんじゃありません。さすがに苦しいだろ」

にゃがと    「にゃう(グリグリ)」
キョン        「……おまえもだ。もう起きてるだろ、長門」
にゃがと    「……あと五分」
キョン        「……早起きしないと、くせになるぞ」
 

 

台所から

キョン        「顔洗って、歯磨いたら呼んでくれよー。洗面所から降ろしてやるからな」
にゃがと    「……わかった」
キョン        (さすがに昨日ほど取り乱してはいないな……)
キョン        (なんだったんだ、あれは)

キョン        「それはあとで考えるとして、だ。今朝もパン食だな。俺じゃいろいろ作ってやれんし」
キョン        「目玉焼きを焼いてる間に……ケータイはどこだ、あ、ベッドの上か」
キョン        (これだけは避けたかったことではあるが……)

キョン        「(ピッ)……朝からすまん。俺だ」

 

古泉          『お珍しいですね。あなたから、僕の携帯に連絡をくださるなんて……よほどのことが?』
キョン        「だいたいわかってるんだろ? 長門のことだ」

古泉          『なるほど。異常事態というわけですか。あなたが、僕に電話をしなければならない程度の』
キョン        「そういうことだ。まずひとつめだが、俺は今日学校を休むことになった。たぶん、明日、明後日くらいまでは」
古泉          『……それは、かなり深刻な事態と受け取ってよろしいでしょうか?』
キョン        「かなりな。正直なところ、俺ひとりではもう限界に近いかもしれん」
古泉          『それで朝比奈みくるに助けを求めた、というわけですね』
キョン        「……やっぱり知ってたか。じゃあ俺が今、長門のマンションにいることも知ってるんだな?」
古泉          『申し訳ありません。監視以外にも、あなたや彼女を守るという意味合いもあるので』

 

キョン        「まぁ、そのことはいい。予測の範囲内だ。長門たちもそれは理解してるだろ」
古泉          『ご理解いただいて助かります。それで、ふたつめは?』
キョン        「それなんだが……物資の援助を頼みたい。ツケでもなんでもいいが」

古泉          『なにか、特殊な品物がご入用で?』
キョン        「あー……特殊といえば、特殊なものになるのか。あ、ちょっと待っててくれ。火を止める」
古泉          『…………?』
キョン        「すまん。話の途中で……朝飯を作っていたところなんだ。そう、それもあった。食料がいる。なるべく、たくさん」
古泉          『買い出しに行けないと?』
キョン        「そうだ。長門たちからは、くれぐれも口止めされてはいたんだが……朝比奈さんだけには頼れない状況というべきか。資金的にも」
古泉          『ふむ……』

 

キョン        「それともうひとつ。服が欲しい」
古泉          『服?』
キョン        「普通のもんじゃない。そうだな……五分の一程度の、人形サイズのものがいい。なるべくしっかりした作りの」
古泉          『……人形の?』
キョン        「すまん。あとで説明はする。それを最低でも一〇着ほどは欲しい。それとさらに……男のおまえに頼むのも申し訳ないが」
古泉          『はい』

キョン        「下着が欲しい。女性もののだ。それも、やはり人形の」
古泉          『……事情の説明がほしいですね。それもかなり、正確に』


にゃがと    「……にゅう」(ふきふき)
あちゃくら  「頭をとかしとかし……手ぐしじゃうまく直らないなぁ」
ちみどり    「……キョンくん、どこかに連絡してるみたいですね」
にゃがと    「もう、彼にすべてを任せるよりない。信頼するべき」
あちゃくら  「……昨日の夜、なにがあったんですか?」
ちみどり    「……食事が済んだら、みんなでお話しましょう。たぶん、とても大切なことだと思います」

 

朝食後――

キョン        「さて……あと片付けも終わったことだし、みんなで少し話をしよう」
にゃがと    「…………」
あちゃくら  「はーい」
ちみどり    「昨日の夜のことですね」
キョン        「そうだ。というか俺の方が聞きたいことだらけなんだが……」

キョン        「……ひとつ、先に謝っておくことがある。周防のことだ」
にゃがと    「知っていた?」
キョン        「二度ほど、ここのマンションに来る途中に会ったくらいなんだが……言っておくべきだった」
にゃがと    「いい。その情報があったとしても、昨夜の遭遇に備えることはおそらくできなかった」
キョン        「……すまん」

キョン        「で、だ。こういう状況になったわけだが、そろそろ、おまえたちの知ってることを教えてくれ」
にゃがと    「…………」
キョン        「説明されても、全部を理解できないかもしれんが、それでもおまえたちをなんとか守ってやりたいと思ってる」
キョン        「できることはなにもないかもしれんが、それでも、ただ黙っていることもできない」
キョン        「なんでもいい。話してくれ。おまえたちに起こってる、この子供になっちまった事件のことを」

にゃがと    「…………」
ちみどり    「わたしから、お話します」

 

ちみどり    「今回の、この幼児退行化現象について、わかっている範囲でご説明します」
ちみどり    「もともとの発端は、長門さんがパソコンから、ネットワークに潜んでいたウイルスに侵入されたこと」
ちみどり    「しかし、そのウイルスが、この幼児退行化の直接原因ではないのです」

キョン        「そうなのか?」
にゃがと    「そう」

ちみどり    「長門さんは、その正体不明のウイルスに感染した瞬間、自己を防衛するために、
          必要最低限度の自身の構成要素以外を瞬時に選択し、
          それらのすべてを、身体情報もろとも廃棄したのです」
キョン        「……いまいち、わかりづらいな」

ちみどり    「つまり、長門さんを形作る上での最低限度の情報。車で例えるならエンジン部分。

                    コンピュータで例えるなら、ハードディスク内のパーソナルデータ。
          そういったほんとうに大切な部分だけを守り、それ以外をすべて放棄した」
ちみどり    「結果、長門さんは、長門さんとして存在できるギリギリの部分のみを残し、消失しました。
          そのあとに残ったのは、無力なひとりの赤ん坊。そういうふうにしか再生できなかったのです」
ちみどり    「そして朝倉涼子の体から、会話や日常行動ができる最低限度の回復に必要な情報を吸収し、
          今、ここにいる幼児……便宜上の呼称、”にゃがとゆき”が誕生したというわけです」

あちゃくら  「……逆にわたしはわたしで、こんなになっちゃいましたけどね」
にゃがと    「正直、申し訳ない」
あちゃくら  「いいですよ、もう……にゃがとさんのバックアップってのはほんとのことなんですし」

 

ちみどり    「わたしもまた、その吸収の犠牲になったわけですが――」
にゃがと    「たいした回復には至らなかった」
あちゃくら  「派閥同士で相性悪いんですかねー」
キョン        「あるのか、そういうのが。規格が違うとか」
ちみどり    「いえ。わたしたち三体は、ほぼ同じアーキテクトで設計された、情報統合思念体端末群の中でもかなり近しい存在です。
          融通性という観点からすれば、そのようなことはないはずなのですが……あるとするなら」
ちみどり    「……涼宮ハルヒの力の影響が考えられます」
キョン        「ハルヒの……?」

にゃがと    「……そうかもしれない」
あちゃくら  「……いつの間に? わからなかったです」
ちみどり    「その推測できる状況は、すでにいくつもありました」

 

ちみどり    「たとえば、キョンくん。あなたの意識の変化の問題です。これはあなたではかなりわかりにくいでしょう。
          自分自身の意識の変容、というものは」
キョン        「俺か? 俺もなんかおかしくなってるのか?」
ちみどり    「……わたしたちのことを、どのように感じているか。それについて、少し違和感があったりしませんか?」
キョン        「……そういわれてもな」
にゃがと    「…………」

ちみどり    「たとえば……わたしたちを、子供のように考えている。無意識のうちに」
キョン        「いや、実際子供でしょう。喜緑さんも、今はそうなっちまってるし」
ちみどり    「その意味での”子供”ではないのです」

 
ちみどり    「あなたは、わたしたちを”あなた自身の子供”、”守り、育てる対象としての子供”と認識し始めている」
キョン        「…………え」
にゃがと    「それには、わたしも気づいてはいた。はっきりとしたものではなかったが」
あちゃくら  「確かにキョンくん、お父さんの雰囲気出てましたけど……」

キョン        (そうなのか……?)
キョン        (自分の子供? こいつらが?)
キョン        (……いわれてみると……なんか怪しいこといってた気もするが……)

ちみどり    「そして、わたしたちもです。人間について、表層上のデータしかないにも関わらず、
          親子の関係について、少しずつ理解し始めている」
あちゃくら  「そう……なんですか?」

ちみどり    「さきほどの朝倉さんの言葉もそうです。わたしたち端末が、”お父さんの雰囲気”というものを
          理解し、受け入れることなど、できるはずがないのですから」
ちみどり    「ヒト、または有機生命体の生や死の概念ですら、本質的に理解できない我々が、
          どうして彼らのそのような関係性にまで理解が及んでいるのか」
ちみどり    「……これはまさに、異常事態です。本来理解できないはずのものを、平然と受け入れている。
          こんなことが、いとも容易く現実のものとなっているなんて」

キョン        「……そんなに難しいことなのか。父親とか、子供の関係性なんて」
にゃがと    「……我々は、子供を残す、という意味を知らない。知らなかった」
あちゃくら  「そう……ですよね。いわれてみてちょっとびっくりですけど」
ちみどり    「ですが、今はそれが理解できている」
 
ちみどり    「こんなことは、情報統合思念体に属するもの。または天蓋領域もそうですが、
          これまで、どんなに知ろうとしても、理解しようとしても不可能だった。
          でも、それが理解できるというのは――我々の認識を超えた力でなければ、説明できないのです」
キョン        「それで……ハルヒの力なのか」

にゃがと    「我々は、天蓋領域が意図的に、涼宮ハルヒがそのような力を発生させる状況を作るべく、
          秘密裏に働きかけを行っていると考えた」
にゃがと    「そのため、昨日は涼宮ハルヒの周辺に変化が起こっていないかを調査しようとした。
          朝倉涼子にアルコールを摂取させ、元のサイズに一時的にではあるが復元させ、
          偵察を実施しようとしていたのだが」
あちゃくら   「……失敗しましたね」

キョン        「……でも、どうしてだ。なんでハルヒがそんなことを」
ちみどり    「明確に変容が認識できたのは、昨日からです。昨日、学校での涼宮さんに異常はありませんでしたか?」
キョン        「昨日……」

キョン        (昨日……なにかあったか?)
キョン        (……長門が休みで……その理由を訊かれて……)
キョン        (……適当な言い訳をして……)

キョン        「……特に思い当たるフシはなかったが……」
ちみどり    「なんでもよいのです。特に、親子関係に相当するような、それに触れるような会話はありませんでしたか?」
キョン        「親子……か」

キョン        「……まさか」
 
――ハルヒ    「あのマンションにひとり暮らしでしょ? 朝倉もだけど。高校生の娘ひとり置いて、なんてちょっと変といえば変よね」
――キョン     「いや、変ではないだろ。人様の家にはいろいろ事情ってもんがだな……」
――ハルヒ    「どんなご両親なんだろ。有希のああいう静かで無口なところとか、影響があるのかしら……」

キョン        「……いや、そんな大した話ではないんだが……長門の両親について、少しだけ気にするようなことをいっていたような……」
ちみどり    「……やっぱり」

にゃがと    「……わたしが学校を休むことになった日、その休みの理由について、この三体で検討していた」
にゃがと    「病欠にすれば、わたしを気遣った涼宮ハルヒがこの七〇八号室に来てしまうのでは、という心配。
          それがあったため、この案は却下された」
にゃがと    「次の案として、わたしの――これは架空の存在だが――親族に相当するものに、なんらかの異常事態が発生し、
          わたしはそれを見舞うため、その親族の家に出向くという名目で学校を休む。そういう理由が考えられた」
にゃがと    「……しかし、それにはそれで、ひとつの懸念が存在していた」

キョン        「…………」

にゃがと    「涼宮ハルヒの現実変容能力は計り知れない。その彼女に、”わたしの親族”というものを想起させた時、
          それが現実に顕在化してしまうのではないか、という懸念」
にゃがと    「可能性はけっして高くなかったが、しかし、それは我々が予想したものとは、まったく別の形で実現されつつある。
          ……今、まさに、我々の前で」
キョン        「どういうことだよ」

ちみどり    「つまり……」
にゃがと    「……この世界に、涼宮ハルヒの想像の中で生まれた”わたしの両親”が誕生しようとしている、ということ」

キョン        「なんだって……?」
あちゃくら  「それで……」
キョン        「……それっぽいこと、俺、話してたか?」

あちゃくら  「気づいてないんですか?」
にゃがと    「いっていた」
ちみどり    「けっこう」

キョン        「……たとえば?」
あちゃくら  「……俺が育ててやるんだーとか」
にゃがと    「育児を甘くみていた、とか」
ちみどり    「昨日の夜は、お父さんここにいるからな、ってはっきりいってたじゃないですか」
キョン        「あれは……」

キョン        「あれは、長門がお父さんって俺のこと泣きながら呼んでたからだろ」
にゃがと    「そう。つまり、わたしも……おかしくなっている、ということ」
ちみどり    「長門さんだけじゃないんですけどね。朝倉さんも、わたしも」
キョン        「なに……?」
あちゃくら  「……キョンくんのこと、なんか、お父さんって呼びたくなるときがあるですよ……」
キョン        「なんてこった……」

 

にゃがと    「それに」
キョン        「まだあるのか」

ちみどり    「……残念というか、なんというか。朝比奈みくるも、です」
あちゃくら  「昨日……すごくお母さんな感じがして……最初はあれだけ拒否してたのに」
にゃがと    「彼女の胸に抱かれているとき、これまで経験したことのない感覚にとらわれていた」
ちみどり    「……途中で、お母さんになるから、とかもいってましたね……」
キョン        「……マジか。朝比奈さんまで……」

にゃがと    「……つまり、我々が回復しないのは、涼宮ハルヒの能力で発生したこのような認識に内に、無意識に絡めとられている、ということ」
にゃがと    「……”子供のまま”で」

 


―第五日目/昼へつづく―

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最終更新:2020年08月22日 00:12