今年の五月も去年と変わらないくらいクソ熱くて、夏服の制服になる日がいつに無く待ち遠しかったのも束の間。六月に入るとそれ以上の熱気が俺達の住む世界を覆い尽くし、加えてこの時期特有の湿度の高さが見えないベールとなって服を覆い尽くし、おまけに天候に左右されないハルヒのプログレッシブパワーがSOS団全員を覆い尽くすもんだから、俺的不快指数は三倍どころか三乗レベルで増加の一歩を辿っている。加えて俺の預かり知らない日本上空では、大陸性の気圧と海洋性の気圧ががっぷり四つになってガチンコタイマン勝負を張っているわけだが、それももうじき海洋性高気圧の勝利を持って終焉を迎え――即ち、夏がやってくる。
 もうそれを考えただけで俺の頭の中にカビが生えたような嫌な空気が纏わりつき、日に日に上がっていく気温とは対照的に俺のテンションは降下の一歩を辿るわけで。おまけにもう少しすれば期末テストが控えている。全く以って忌々しい。
 その一方で、我がSOS団団長事涼宮ハルヒはここぞとばかりに力を蓄え、その日増しに上昇するパワーはSOS団の団活に影響し、春先に行ったフリーマーケットやお花見の他に、鶴屋山でのハイキングやインディアカ大会への参加、さらに他都市への遠征および不思議探索、『長門ユキの逆襲 エピソード00』の公開撮影、果ては老人介護施設のボランティアなど、有意義なものからナンセンスなものまで、やたら幅広く活動する羽目になった。まるで人間太陽光発電である。決してつまらなかったとは言わないが、グロッキーモードに突入したのは決して運動不足から来る体力不足が原因ではないと信じたい。ハルヒのエネルギーが桁違いに高いのだ。地球温暖化が囁かれる昨今、そのパワーをSOS団のみの活動に充てず、全世界の電気や燃料へと還元して欲しいと本気で願ったものである。


 だが。
 太陽なみのパワーを発するハルヒにでさえ、そのエネルギーが一時的に減少する日が存在するのも事実である。まるで、太陽の黒点の数が減って活動が弱まるように、周期的且つ確実にそれは発生していた。
 それは、笹の葉がさんざめく七夕の日のことである。
 今回もまた、この日を題材にした大きなストーリー変化が執り行われようとしているのであった。


 高校二年生になり、二ヶ月ほど経過した現在。確かに野外活動は多くなったものの、あれらは全て休日に行った活動であり、全てにおいて忙しくなったと言うわけではない。こと平日に関して言えば去年と殆ど変わりないのである。寡黙な少女がじっくりと本に目を落とし、麗しきメイドさんが最高のお茶を給仕し、スマイルが眩しい副団長がゲームを持って馳せ参じ、そして団長様がああだこうだ言いながら液晶モニタと睨めっこしている。な、変わりないだろ?
 まあ、そうは言っても変化したものもある。大小言えばキリが無いので省略させてもらうが、ここんところで一番現実味を帯びているのが朝比奈さんの後継者問題である。
 言うまでもなく朝比奈さんは来春にはこの学校を卒業するわけで、学校を卒業したら高校のクラブからも無事卒業となる。つまり放課後に俺達のお茶を淹れてくれるメイドさんが姿を消すことになる。これは俺にとってもSOS団にとっても大問題だ。
 ハルヒもそれに気づいたらしく、ここ最近では一年の教室をしつこいくらい巡回し、あるいは放課後学区の中学校巡りをしたりして朝比奈さんの後釜となる期待の新人に目星をつけていたりする。
 なお余談だが、つい先日、俺は朝比奈さんの家督を継げるくらいの器量を持ち、且つ律儀で素直な一年女子を発見した。しかも嬉しいことに俺のことを尊敬しているとのこと。そこまで言うなら俺から推薦しないわけにはいかないと思ってハルヒに打診したのだが、曰く『ダメ。全然ダメ』と三角定規みたいに尖らせた口であしらわれた。何故だと理由を聞くと『可愛いだけじゃダメ。それじゃみくるちゃんの二番煎じになっちゃうわ。可愛いにプラス、抜きん出た能力が必要なの!』と、本人が朝比奈さんを勧誘した時の言葉とは思えない台詞を撒き散らしやがった。お前は朝比奈さんを勧誘した際、可愛いからと言う理由だけで引き抜いたんじゃなかったのか? おい。……ああ、そうか。胸の大きさか。確かに彼女の胸はまだ成長途中で、四馬身ならぬ四カップ上を行く朝比奈さんと比べるには少々酷な気もするが……って、何を言ってるんだ、俺?
 つまり何が言いたいのかというと、朝比奈さん後継者問題はSOS団内における懸念事項の一つとして早急に解決しなければいけない緊急項目に該当するって訳だ。
 だが、俺は何となく思う。来年、朝比奈さんが卒業した後も、俺達が最上級生になった後も。SOS団は五人のまま、何一つ変わらずこの部室で活動を行うんじゃないか、ってね。
 変なところで真面目な朝比奈さんだから、高校卒業後も放課後になったらこの部室に来てお茶汲みをしている。そんな気がしてならない。
 だけど俺はそれでいいと思うんだ。後継者を探しておいて言うのも何だが、俺にとって、いや、多分ハルヒにとっても朝比奈さんは欠けてはいけない存在だ。もちろん他のSOS団の面子だってそれは同じだが、学年が一つ上という事もあって別れに対する感情がシビアになっているのも否めない。ハルヒだってせっかくの逸材を手放す気はさらさらないだろう。きっと分かってくれるさ。
 更に言うなら、彼女は俺の荒んだ心を癒すオアシスなのだから、是非そうであって欲しい。高校を卒業してハイサヨナラじゃいくらなんでも悲しすぎるぜ。ホント。


「こうして皆さんとご一緒できるのも、もうあと半年も無いんですよね……」
 昨日のうちに仕込んでいた水出し玉露を注ぎ、夏服メイド姿の最上級生は少々上の空で語りかけた。
 部室には珍しく俺と朝比奈さんの二人のみ。ハルヒは放課後になるや否や飛びだしたまま。古泉は生徒会からの呼び出し、長門は……さてどうしたんだろうな。
 というわけで、ある意味最高のシチュエーションを迎えた俺のテンションとは裏腹に、朝比奈さんはどこか憂鬱げな表情であった。
 その朝比奈さんはお盆を抱えたままふうと溜息一つついて、
「最初涼宮さんに連れて来られた時は、驚きと戸惑いでどうしていいかわかりませんでした。辛かったし、悲しかったこともありました。でも、こうして皆さんと仲良くなれてよかったと思います」
 ええ、俺もそう思いますよ。
「……でも、怖いこともあるんです」
 怖いこと?
「それはね――」


 この時の会話が後々の事件の引き金となり、そして俺に甚大な損害を与えることになろうとは夢にも思っていなかった。

 

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