夏が近づいてきた。
 
大学も少し早めの夏休みに入り、本来なら俺は家で優雅に寝ているはずなんだが。
 
「…谷口、いい加減にしてくれ。なんでお前の人探しに俺が付き合わなきゃならんのだ」
「いいじゃねぇかよ。どうせ暇なんだろ?」
「そりゃそうだがなぁ…わざわざ休みの日に大学まで来ることは無かろうに…」
 
曰く、国木田が谷口のメールを放置したあの日、恐らくはAランクに相当する女子と遭遇したらしい。
しかも、二人。
 
「だけどよぉ、ちょっと話しかけようと思ったら片方の子がスーっと、なんていうかなぁ…消えちまったんだ」
「…何度も言うが、寝ぼけてたんじゃないのか?」
「それを確認するために今日こうやって探してるんじゃねぇか」
 
…はぁ、早いとこ諦めてもらって帰りたいんだがな。
そういやハルヒの奴、夏休みの予定について話し合うとか言ってたなぁ。
 
…今日はいい天気だ、どうせ俺の家に侵入して冷房効かせてるんだろう。
というかだな、なんであいつは俺の家の合鍵を持っているんだ。
 
『探しだしておいたわ!』
 
あー、いい、脳内にまで出てくるな。
頭が痛くなる。
 
そうこうしてる間にも谷口はどんどん先を歩いて行く。
 
「うし、手分けして探そうぜ。俺は東館の方を見てくるから、キョンは西館を頼む」
「…りょーかい」
 
あーあー、鼻歌なんか歌っちゃって。
そんなに楽しみなのかね。
 
スキップしている影はどんどん遠ざかる。
さらば谷口、フォーエバー。
 
…さて。
 
「流石に勝手に帰るのは可哀想だし…適当に時間でも潰すかな」
 
というか、普通人探しがしたかったら特徴とか教えるもんだろうに。
 
『Aランクだぞ!?感覚で探せ!』
 
だからお前も脳内に出てくるんじゃないよ。
 
「えーっと、ここら辺で寝れそうな場所といったら…図書室かな」
 
気を取り直して歩き出す。
サークル関係の集まりがあるのあろうか、敷地内は割と沢山人がいた。
 
…こりゃ、図書室も混んでるかなあ。
 
◇◆◇◆◇
 
ため息を一つ吐いてみる。
 
「…成る程ね」
 
館内書籍整理につき、一週間閉館。
そう書かれた看板を見つめ、俺は途方に暮れる。
 
どうしたもんかね。
谷口には悪いが本格的に家に帰りたくなったぞ。
 
「…あのー」
 
ん?
通路の真ん中に突っ立ってたのが邪魔になったのか、後ろの方から声をかけられた。
 
「あ、はい。なんでしょうか?…って」
「…あれ?貴方は…」
 
これはこれは、いつぞやの誘拐少女じゃありませんか。
 
「なっ、その呼び方は止めて欲しいのです。ちゃんと橘っていう名前があるんですから」
「あぁ、わかったよ。で、俺に何か用か?」
「へ?あ、いや、図書室に用事があって来たんだけど、開いていないのかなって」
 
みたいだな。
見たい本でもあったのか?
 
「いや、単に時間をつぶしたかったのです…九曜さんが食堂のメニューに夢中になっちゃって」
「九曜?…って、あの天蓋の?」
「その言い方も止めて欲しいのです。九曜さんも、立派な女の子なんですから」
 
む、すまん。
 
二人で並んで食堂へと歩き進める。
なんか、こいつと話すのも久しぶりだなぁ。
 
えっと、最後に会ったのは…
 
「…七夕だっけ?去年の」
「はい。普通の世界を涼宮さんが選んだ日のことです」
「なんであんなことになったんだろうなぁ」
「…む、そりゃ私も軽率だったと思いますよ?だけど、このままだと世界が分裂するところだったんです」
「わかってるさ。みんな必死だったのも。ま、こっちの団長はそうでもなかったみたいだけどな」
 
『だって、面白くも何ともないじゃない。そんなの』
 
「あの時は、悩みに悩んでた私が馬鹿みたいに思えたのです」
「ま、御陰様で超常現象に巻き込まれることは無くなったがな」
「超常的な存在なら渦巻いているんですけどね」
 
そういって不敵に笑う橘。
あれだ、俺達に何の実害が無ければ好き勝手していいってわけじゃないからな?
 
「わかってますよ。あ、着きましたね」
「というか、お前と九曜もここの大学だったのか?」
「…もの凄く今更じゃないですか?その質問」
「すまん、あまりに久しぶりだったもんでつい」
「どーせ、私は佐々木さんみたく勉強なんかできませんよーだ」
「九曜は?あいつも長門みたいに奇天烈パワーでなんとかできたんじゃないのか?」
 
『──…貴女達と──…一緒にいたい』
 
「…だそうです」
「…成る程ね」
 
食堂の一角を陣取り、相も変わらず眠そうな目でメニューを見つめる九曜を見て、少し笑う。
なんともまぁ、神妙な光景ではある。
 
「あのままメニューを眺めて一時間ですよ。気になる物があるなら頼めば良いのに」
「ま、九曜なりに楽しんでるんじゃないのか?」
「──…おかえり」
 
こっちの存在に気付いたのか、これまた眠たげな眼差しを向ける。
 
「ただいまなのです。食べたい物はありましたか?」
「──…これ」
「ラーメンですか」
「──…不思議な──…食べ物」
「ほれ、あそこに四角い機械が見えるだろ?そこで食券買って、あっちの受付に渡すんだ」
「──…わかった」
 
なんともまぁ、初々しい。
 
「あれ?そういえば、貴方はなんで図書室の前にいたんですか?」
「…その質問も今更じゃないのか?」
「む、いいじゃないですか」
「俺は…あれ?…何で大学に来てたんだっけか?」
「忘れちゃったんですか?」
 
…確かもの凄くどうでも良い用事で来ていた気がするんだが…
 
「…ん、すまん。電話だ」
 
ズボンの中の振動に気付き、携帯電話を取り出す。
なんだ?ハルヒからの集合命令か?
 
「おいキョン!お前今どこにいるんだよ!?」
 
…谷口か。
そうか、こいつの人探しに付き合ってたんだっけか。
 
「てめぇ、さぼってやがったな?」
「あー、そういうわけではないんだが、旧友と会ったもんでな。話し込んじまった。目当ての人は見つかったのか?」
「いや、どこにも見あたらねぇ。今からお前の方に行こうと思うんだが、どこにいるんだ?」
「ん?あぁ、食堂だ」
「じゃあ、今からそっちに行くよ」
「了解」
 
…あいつも、女ばっかり追いかけるのを止めれば少しは見れるだろうに。
 
「電話、涼宮さんですか?」
「何故そうなる。別の同級生だ。今からこっちに来るんだとさ」
「そうなのですか」
「──…美味しい」
 
あー、違う違う。
そのレンゲで麺をすくうんじゃなくてだな…
 
「──…これは──…箸で食べるの?」
「そうですよ。そのレンゲはスープを飲む時に使うんです」
「──…不思議」
 
…なんだかなぁ。
初めて長門をオセロに誘った時のことを思い出すようだ。
 
九曜はよっぽど気に入ったのか知らんが、一口食べるたびに俺と橘の顔を見ては美味しいと呟く。
 
何だ、そんなに美味そうに食われると俺も食いたくなってくるじゃないか。
 
「…むー、私もなのです…あれ?あの人…」
「ん?誰かいたのか?」
 
眉間に皺を寄せる橘が見た方向を見てみる。
食堂の入り口で、口を開けたまま、
 
「………」
 
同じく眉間に皺を寄せて俺を凝視している谷口が──
 
「キョーン!!!!!これは一体どういうことだぁぁぁあ!!!!」
「五月蝿いぞ。公共の場ででかい声を出すんじゃない」
 
意にも介せず食を進める九曜と、心無しか俺の陰に隠れた橘をよそに谷口はずんずん歩いてくる。
何なんだ一体。
 
「何なんだじゃねぇだろ。お前、ちゃんと見つけてるじゃねぇかよ」
「…へ?」
「だー!Aランクの子だよ!二人ともいるじゃねぇか!」
 
…橘と、九曜が?
 
「…あ、あの…」
「どうした?橘」
「その人…昨日の…痴漢じゃないんですか?」
 
…痴漢?
 
分けも分からず谷口の方を見る。
あぁ、こいつ、フリーズしちまってら。
 
「…谷口?」
「…お?あぁ、何だ?」
「お前、痴漢なんかしたのか?」
「いや、身に覚えが無いな」
「だ、だってこの人、昨日いやらしい顔で私たちに近づいて来て…九曜さんがいなかったら危ないところだったのです」
 
あぁ、納得。
谷口の見た女性が消えた現象は、そこでラーメンを啜ってる九曜のとんでもパワーのせいだったのか。
 
…どうせなら記憶から抹消してやりゃ、俺もこんなめんどくさいことのために駆り出されることはなかったろうに。
 
「はぁ、橘、いいか?」
「…はい」
「こいつは谷口。俺の同級生で、ちょっと変態ではあるが痴漢では断じて無い」
「おいキョン」
「うるせぇ。似たようなもんだろ」
「本当に大丈夫なんですか?」
「………」
「即答してくれよ!大丈夫だって!」
「──…ごちそうさま」
「ま、実害は無いと思うぞ」
「笑顔からマイナスイオンも出してますよ!」
 
谷口、お前ちょっと黙ってくれ。
 
「すまん」
「…まぁ、貴方を信用します」
 
言いながらも少し冷たい目を谷口に向ける。
お前、どんだけ変な顔して近づいたんだよ。
 
「どんなって、いつものナンパするときと同じだが…」
「…お前が毎回ナンパしても失敗する訳が分かった気がするよ」
「──…おかわり」
「おかわりですか?んー、私も食べたくなったので、外のお店で食べましょう」
「──…わかった」
 
ん、また電話か?
今一度ズボンから携帯電話を取り出す。
 
ハルヒか…
 
もしもし?
 
「あ、あの、橘さん。もしよろしければメルアドを教えてもらってもいいですか?」
「…まぁ、いいですよ」
 
…だからなんでお前は当たり前のように俺の家に…だから合鍵返してくれよ。
 
「で、そちらの方の名前は…」
「──…周防九曜」
「周防さんですか。俺は谷口って言います」
 
は?
既に他の奴らも集まってる?
佐々木と国木田も?
 
「──…貴方は…とても──…嫌らしい目を…してるのね」
「全くなのです。痴漢に疑われても文句は言えないのですよ」
「…何か申し訳ない」
 
…あぁ、わかった。
じゃあ三人も連れて行けば…谷口はいらない?
そんな酷いこと言うなよ。
 
「彼の知り合いでなければ警察を呼んでいるところです」
「そこまでですか?」
「そこまでなのです」
 
はい、じゃあ30分くらいでそっちに…5秒?阿呆か。
じゃあな。
あ、そうだ。冷蔵庫のプリン勝手に食べるんじゃねーぞ。
 
「…え?おい!お前なんで勝手に食ったんだ!俺が楽しみにしてたってのに…あ、電話きりやがった!」
「どうした?キョン」
「ハルヒの奴…俺のプリンを…まぁいい。えっと、三人とも時間あるか?」
「私たちは暇してますよ」
「俺は今日の目的は果たしたしな」
「じゃあ、これから俺の家に来てくれないか?ハルヒが会議を開くんだとさ」
 
というか、俺としては電話口の向こう側で叫んでいる古泉と朝比奈さんが気になったんだが…
一体何してるんだ?
夏休みの会議じゃないのか?
 
「とりあえず、さっさと行こうぜ。遅れるとハルヒが五月蝿いから」
「──…ラーメン」
「ん?あぁ、俺の家にカップラーメンがあるから、それで我慢してくれ」
「私の分はあるのですか?」
「あぁ、いいぞ」
「俺は?」
「…谷口の分は無いな」
 
そりゃねぇよ、と嘆く谷口を見て、橘が軽快に笑う。
昼を回った青空に、適度に散らされた雲の中、太陽もきっと笑っただろうか。
 
背伸びをして一息つく。
さてさて、今年はどんな夏休みになるのかね。

つづく


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