夏である。
想像された世界では春夏秋冬駆けめぐっていたが、俺がいるこの世界は紛れもなく夏なのである。

「重いな…」

ハルヒの命令に従って古泉と機材をえっちらおっちら運んで部室に戻ると、既にハルヒ達が戻ってきていた。

「あれ?衣装取りに行ったんじゃなかったのか?」
「よくよく考えたら普段着で全部こと足りるじゃない。あのお話」
「…それもそうだな」

ほらそこ。
作者が何も考えてなかったとか言わない。

「その機材は全部キョンくんと古泉くんの何ですか?」
「いえ、僕の知り合いに借りてきました。なかなか良い品ですよこれは」
「じゃあ機材も揃ったことだし、さっそく撮影始めましょうか!」

待て待て、落ち着けハルヒ。

「何よ」
「キャストはどうするんだ。朝倉は当の昔に転校したじゃないか」

そう言って長門の方を見る。

「………」

いや、何か喋ってくれよ。

「朝倉がいないなら別の人を探せば良いじゃない!」
「いや、まぁそれはそうなんだが…」
「…その必要は無い」

へ?

「…朝倉涼子は既にカナダから帰還している」
「えぇぇぇぇ!?」
「ちょっと!うるさいわよキョン!」

帰って来てんのかあいつ!?
というかどこから!?

「あんた耳腐ってるんじゃないの?有希がカナダからって言ったじゃない!」
「そうじゃなくてなぁ…ちょっと長門、こっちこい」

ハルヒの前で話をしても拉致があかない。
あいつは一年前、長門の手によって消されたはずだ。
手招きをして長門を呼び寄せようとする…が。

「いいからくっちゃべってる暇があるなら他のキャストに話を通してきなさい!」「のわっ!」

いきなり部室から締め出された。
おい!鍵かけるな!

「せめて谷口と国木田から許可をとってきなさい!そしたら入れてあげる!」
「無茶苦茶な!ってか放課後だぞ!?あいつら帰ってるんじゃないのか!?」
「いいからさっさと行きなさい!」

駄目だ。
こうなった以上なにを言っても無駄な気がする。

「…やれやれ」

…とりあえず教室にでも行ってみるかね。




「お、キョンじゃねぇか!」
「あれ、今日は部活無いのかい?」

…二人ともいるもんだなぁ。
教室には谷口と国木田の二人がボーっと喋っていた。

「いや、お前らに用事があってな。去年みたいに映画にでてくれないか?」

「うん、いいよ」

…聞いといてなんだが本当に良いのか国木田よ。
また撮影に振り回されることになるんだぞ?

「んー、楽しいからいいんじゃないかな?」
「あ、そう。…で?谷口は?」
「断る」

…へ?

「だから、断るって」
「…そう言われたらそう言われたで釈然としないものがあるな」

…何でまた?

「だってよ、俺に見返りがねぇじゃねぇか」
「見返りがあるなら俺にも欲しいよ。どうせ暇だろ?」
「実はそうでもねぇんだ」
「谷口、今二輪の免許を取ろうとしてるんだってさ。教習所にも通ってるんだって」

なんと。

「丁度良いや。お前のバイクシーンもあるみたいだぞ?」
「何だって!?…いやしかし、折角免許とるんだから可愛い子と一緒に…」
「そうそう、何でも朝倉が戻ってきて映画にでるとか」
「是非とも出演させてもらおうじゃないか」

…扱いやすいというかなんと言うか。
まぁ、谷口らしいっちゃらしいかな。

「おし、決まりだな。何か決まったらまた連絡するよ」
「おう、またな。免許は早めに取った方が良いのか?」
「んー…出来るだけ早い方が良いかもしれんな」

そう言って教室をでる。
…やれやれ。

「また頭の痛くなるような映画を作るのか…」

きっと戻った所でホワイトボードには数多くの俺の役割が書かれてあるのだろう。

去年は何だったっけか…助監督、撮影、荷物運びにetc…

…ひっくるめりゃ雑用だな。

「今回は主演でもあるんじゃないの?」

そうなんだよ。
さすがにそこまで雑用を押しつけてはこないと思うが…
…ハルヒなら無茶苦茶言いかねん。

「涼宮さん、そんなに酷いことしないわよ」

いや、そうは言うがな…あいつはなかなか常人離れした思考の持ち主だぞ?

「うーん…私はそういうのわからないなぁ」

あいつの雑用を受け続けるとわかる。
一年やり続けた俺が言うんだから間違いない。

…と、ひとついいか朝倉?

「どうかした?」
「どうかしたじゃねぇよ。何普通に馴染んでるんだ」

北高の制服を来て俺の隣を歩く朝倉に尋ねる。

「何よその言い方。折角帰ってきたんだからおかえりの一言くらいあっても良いんじゃない?」
「自分を殺そうとしたやつに愛想良くできる程人間できてないんだよ」
「その割には普通に接してるわよね」

………。

「…何でも良いだろ。ってかお前は俺に危害を加えないんだよな?長門が呼んだってことは信用していいんだな?」
「大丈夫よ。それにここにいる私は去年あなたを殺そうとした私とは違う存在だから」
「…え?」
「別の世界から来たのよ。パラレルワールドとでも言うのかしら」

パラレルワールドねぇ…

「あれか?どっかのファンタジーみたいな世界で冒険したりとかするのか?」
「………」
「どうした?」
「いや…当たってたからちょっとビックリしちゃった」
「当たってんのかよ…」
「あっちの世界では私はあなたと魔王討伐の旅をしてるの」

待て、ウェイト、ストップ。

「何かしら?」
「…吐き気がするほど嫌な予感がするのだが」
「大丈夫よ。許可はとってあるし。色々あったのよ?あなたが森で迷子になったり、ドラゴンを倒したり」
「許可って…」
「『涼宮ハルヒの戦友』作者のよ」

…俺は何も聞いてない聞いてない。

「こんな質問するのもアレなんだが、勝手にこっちの世界に来て良いのか?」

「うん。丁度今、あっちの世界ではある人の攻撃を受けて気絶してるから。私」

…あぁ、そう。

「まぁいいや。とっとと行こうぜ」
「…うん」

…どうした?

「…こっちの世界のあなたは気付いてくれない、か」
「え?」
「何でもないわ。私、一旦家に帰らなきゃ」
「折角戻ってきたんだし、ハルヒに会っていったらどうだ?」
「んー…映画撮影の時にするわ。またね」
「そっか…またな」



















「というわけで、キャストそれぞれの許可はとったぞ」
「よし!じゃあ明日から早速撮影に入りましょ!」

…で、一応突っ込むところに突っ込もうかと思うんだが…

『キョン…主演。以上』

「…本当に一役だけでいいんだな?」

ホワイトボードに書かれた文字を見ながら呟く。

「本当は去年みたいに雑用係が沢山あったんだけどね。古泉くん達がやるって聞かなくて」
「主演二人に負担をかけるわけにはいきませんからね」

そう言って古泉が微笑む。
素直に有り難く思いたいのだがこいつのニヤケ顔を見ると寒気がするのは何でだろうね。

「…さり気なく酷いと思うのですが」
「知るか」




というわけで撮影当日。
今日は映画の中の春の部分を撮影しにきたのだが。

「…桜咲いてないじゃん」

…そういうわけでして。

「…問題ない」
「あれ?有希、何とかできるの?」
「…CG合成は得意」

…あぁ、左様で。

「とりあえず、冒頭の涼宮さんと朝倉さんの会話シーンから撮影しましょう。2人とも準備してください」

…しっかし暑いなぁ。

「当たり前だろ。夏なんだから」
「…谷口」
「ん?」
「お前今日は役無いのに何できたんだ?」

というか国木田まで。

「僕は付き合わされたんだよ。朝倉さんが見たかったんだってさ」
「だってみてみろよあれ。涼宮と朝倉という組み合わせ。普段なら口の悪い涼宮も、映画の撮影中なら関係無いしな!」
「…確かに」

そういや台本のハルヒは確かに我が儘ではあるが、本物にくらべて些か丸くなっている感じがあるな。

「あ、その設定は私が決めたんですよ。はい、皆さんもお茶をどうぞ」
「うぉぉ!朝比奈さんのお茶!ありがとうございます!」

興奮しすぎだ、谷口。

「設定って…全部朝比奈さんが?」
「いえ、人物は涼宮さんだけです」

…そうか。
朝比奈さんだと優しさが先立って、ハルヒの傍若無人な部分は写せなかったのか。

「…そんなこと無いですよ。涼宮さんは…確かにちょっと無茶を言うときがありますが、とっても優しい人なんですよ?」
「…そうですかね」
「少なくとも私はそう思います」

そう言ってウフフ、と笑う朝比奈さん。
天使だ。天使がここにいるぞ。



谷口、朝比奈さんをじろじろ見るな。

「キョン、古泉くんが呼んでるよ」
「あぁ、今行く…どうした?古泉」
「いえ、次にあなたと涼宮さんが歩くシーンを取りたいので準備していただけますか?」

了解。

「…というかさ」
「どうかしましたか?」
「どうせ外に出てきてるんだから他にここで撮るシーンもやらないのか?冬の分とかまたここに来ることになるだろ?」
「あー…」

…まさか。

「…作者が何も考えてなかったもので」
「…またか」
「まぁ読んでくれてる人が流れを掴みやすいようにということで」
「…絶対そこまで考えてないだろうが…まぁいい」

とりあえずとっとと撮影を済ませてしまおう。

「台詞はちゃんと覚えてきたかしら?」

既にスタンバイしてるハルヒが話しかけてくる。

「まぁな。台詞も少ないし」
「それもそうね」

そんでもって撮影開始。
ここら辺は割合させてもらおう。
台本の内容と全く同じだ。

ただ、やはり映画の中のハルヒは現実のそれとはまた違う一面も持っている気がして。
いや、現実のハルヒが嫌とかそういうのではないんだがな。

「はい、OKです」

長門が撮影した映像を見て古泉が言う。

「…思ったより神経使うなこれ」
「…そう?」

あぁ、そっか。去年は長門も魔法使いの役をやったんだっけか。

「疲れたりはしなかったか?」

…まぁ大丈夫だと思うが。

「…そんなことはない。それに楽しかった」
「そうか」

何というか…長門も去年に比べて少しずつ感情が出せるようになったのか。

「………」

…相変わらず表情は読み辛いが。

「…移動」
「ん、あぁ。次は喫茶店か…谷口達はまだついてくるのか?」
「いいだろ別に」
「…まぁ、構わんが」
「僕は帰りたいんだけどね。というか朝倉さん、帰っちゃったよ。自分の分が終わっちゃったから」

…露骨にガックリするなよ谷口。

「…やれやれ。先は長いな。まだ四分の一か」
「それでも納得のいく映画にしたいですからね。あなたと涼宮さんには頑張ってもらいますよ」
「…あぁ、そう」

…そういや台本にあった、桜並木でハルヒが笑う理由がわからないんだが。

「…あれは冒頭の涼宮さんと朝倉さんとの会話と照らし合わせてもらうとわかると思うのですが…」

「いや、なら好きな人と一緒に歩けば良いんじゃないのか?」

…何だよその目は。

「…いえ…まさかこれほどとは…」

…何がだ。

「…鈍い以前の問題」

…おい長門、今俺の気のせいじゃなければめちゃめちゃ盛大にため息を吐かなかったか?

「気にしないで大丈夫ですよ。さ、早く」

朝比奈さん…顔は笑ってますが目が哀れんでますよ?

…俺そんなに酷いことをしたのか?

「みんな!早くしなさい!」

ハルヒの怒号が飛ぶ。
…まぁいい。とりあえずは撮影だ。

モノクロシンドローム。

しかし、そんなけったいな名の映画の撮影はすんなりと済むわけもなく。

…後々頭が痛くなる問題が発生することになるのである。
…いや、そこまで酷くも無いかもしれないな。

「…何も考えてないのかしら?」
「…ほっといてやれ」

つづく

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最終更新:2009年02月06日 08:58