…困りましたね。
 
あ、今回は少し横道にズレて、台本制作のエピソードでも語ってみようかと───
 
「…古泉一樹、独り言を漏らす暇があるなら指を動かした方が良い」
「…ごめんなさい、長門さん」
 
…怒られてしまいました。
 
「あの…すみません。私、力になれなくて」
「いえいえ、こうして少し案を出してくれるだけでも助かります」
 
ちなみに何をしているかと言うと、今は彼に台本を手渡す3日前、自分達だけでタイムリミットを決め、しばらく使用されていなかったノートパソコンをフル起動させて台本を制作している途中です。
 
初めは長門さん、朝比奈さん、そして僕の三人で一緒にストーリーを考えていたんですが…
 
「あの、出来ればファンタジーみたいなのが書きたいです」
「………」
「おや、長門さんは何をしているんですか?」
「…話の構造を考えている」
「どれどれ………」
「私は、ここはこうした方が良いと思うんですが…」
「…それだとその後の展開が詰まる恐れがある」
「いっそのこと、この文をここに挿入するのは───」
「…それはない」
「私もちょっと…」
 
と、話し合いの時点で立ち往生していたもので、それならばと、各自で1つ話を書いて公表することにしたのです。
…誰ですか、話詰まらせた原因は僕じゃないのかって言った人は。
 
実は朝比奈さんの分はもう書き上がったのですが…
 
「…映画撮影というのを失念してました…」
 
ファンタジーが描かれたその台本に内容こそは問題無かったものの、お城等がでてくるので撮影困難になる、とお蔵入りになってしまったのです。
 
「悪くない話だったんですが…」
「…残念」
「…本当にごめんなさい」
 
机の上に置かれた台本を手に取ってみる。
 
…何か抜き出せる場所があるかもしれませんね。
そう思い、僕はノートパソコンを一旦閉じて朝比奈さんの描いた世界にもう一度身を投じることにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『星の下にて約束を』
   
第一章
 
遠からず近からず、かと言ってごく最近の話でもない。
強いて言うならおとぎ話、本当にあったかもしれないおとぎ話。
 
ある晴れた日のこと、ある一国の姫君が、退屈に乗をかけて苛々していたそうだ。
 
「暇よ!」
 
…今日もまたまた機嫌が悪いようでして。
そんな姫君に近寄り宥めようとする影が3つ。
 
彼らは姫君の側近であり…まぁだからと言って戦いに秀でたりしているわけじゃない。
何せこの世界は平和そのもの、敵に備えて訓練なぞ始めたら、指差し笑われるそんな世界。
 
彼らの役割は姫君の鎮静剤。
今日も今日とて誠意を尽くしてなだめるそうな。
 
「まぁまぁお姫様、こうしてお城の中でのんびりするのも、大切なことだと思いますよ?」
「…古泉くんの言うことももっともだけど」
「ほら、お茶でも飲んで落ち着きませんか?心もほっとしますよ?」
「…みくるちゃんの言うことももっともだけど」
「…お腹が空いた」
「…有希のそれは只の願望かもしれないけど」
 
バン!とテーブルを叩いて姫君が立ち上がる。
 
「あたしは動かないでいるのが大っ嫌いなのよ!」
 
…ダメだこりゃ。
かつては可憐でか弱いとまで言われていた姫君の姿はどこにいったのやら。
いや、可愛らしいのは変わっていないのだが。
 
ある日、遂に我慢できなくなった姫君は何かを求めてお城を飛び出した。
別に側近の三人もいつものことだからと晩餐の用意をしていたのだが、その日に限って帰ってこない。
 
流石にこれは不味いと捜索願いを制作する側近の三人。
 
「えと…お姫様が…いなくなりました。探し出して…お城に連れ戻してください、と」
「長門さんは似顔絵を書き終わりましたか?」
「…輪郭が上手くいかない、髪の色がイメージ通りにいかない、何もかもが甘い」
「そんなプロみたいな技術は求めてませんから」
 
しかし、健気にも徹夜で制作する三人であったが、翌日城下町に捜索届けを貼り出す際には時すでに遅く…
 
「おや?何故掲示板前に人だかりが出来ているのでしょうか?」
「…私達はまだ捜索届けを貼り付けていないはず」
「ふえぇ…何かあったんでしょうか?」
「僕がちょっと見てきますね」
 
古泉が人ごみをかき分けて掲示板までたどり着くと、そこにはでかでかと一枚の貼り紙がされてあった。
おい古泉、そのお手上げのポーズを止めろ。何となくイラっとくる。
 
『あたしをさらいにいらっしゃい!!』
 
何と、退屈嫌いの姫君は、平和な世界に嫌気がさして自分から魔王の下に捕まりに行ったそうだ。
 
『つかまえてくれた人にはお城の雑用係に任命するわ!!』
 
アホか、と言いたくなるような報酬であるが、何せこの姫君は性格を除けばかなり可愛らしい部類に入るので、すでに何人かの…あえて勇者という表現でいこう。
こんなわけのわからんミッションに挑むのは勇者以外にありえん。
 
まぁその勇者達は行く気満々で、既に旅の準備を整え始めたそうな。
 
「とりあえずお城に戻ってお茶にでもしましょうか」
「あ、私新しい銘柄に挑戦してみたいんですよ」
「…楽しみ」
 
ん?何でこんな平和な世界に魔王なんているのかって?
三人が全く危機感を感じてないとこから何となくはわかると思うが…まぁ、実際に見てもらった方が早いだろう。
 
◇◆◇◆◇
 
と、いうわけで場所は変わって城下町から徒歩30分の所にある何の変哲もないただの塔。
別に雲を突き抜ける程高いとかその一角だけ空気が黒く染まっているだとか、別にそういうわけではなく、本当になんの変哲もないただの塔。
 
「ちょっと!せっかくあたしが魔王という役割を作ってあげたんだからもうちょっとそれらしくしなさいよ!」
 
つまりは姫君が適当に一般町人をひっつかまえて魔王に仕立て上げただけなわけでして。
 
「国木田だっけ?あんたの名前」
「そうだけど…」
「一日中読書してるだけじゃない!世界征服の計画を練ったりとかしなさいよ!」
「んー、僕は普通の暮らしがしたいだけだし。仮に世界制服したって面白くないと思うんだけどね」
 
あぁ、囚われの姫君ならぬ囚われの魔王もとい一般人。
かつてこんなはちゃめちゃなファンタジーがあっただろうか。
 
「…それにしても誰も来ないわね、折角あんなにでかでかと貼り紙貼って宣伝したのに」
「宣伝って…まだ30分しか経ってないじゃないか。一番早く到着する人でも、あと1時間はかかると思うよ?」
「そんなに待たなきゃいけないの!?…そうだ!だったら準備でもしましょう!」
 
すると、突如立ち上がった姫君は、塔の天辺にテーブルやらチェアやらティーセットやらを用意し始めた。
 
「一応聞くけど、お姫様は何をしているのかな?」
「何って、迎える準備よ?あ、そうだ!ケーキ買ってきなさい!サクランボが乗ってるやつ!」
「…僕一応魔王なんだけど」
「いいからつべこべ言ってないで早く行きなさい!」
 
◇◆◇◆◇
 
そんなこんなでしばらくすると、勇者第一陣が塔の下まで到着した。
それに続くかのようにパタパタとケーキの箱を携えて塔の中に入っていく魔王もとい一般町人。
 
「あの、ここに姫様が囚われてると聞いたのですが」
「あぁ、ちょっとそこで待っててください。ケーキを届けなきゃ行けないので」
 
…魔王だなんて微塵も思われていないようだな。
えっちらおっちらと塔の最上階まで登っていくと、すぐさま姫君の怒号がとんできた。
 
「遅い!罰金!」
「しがない一般人にたかろうとしないでよ。ほら、ケーキ買ってきたよ」
「サクランボ乗って無いじゃない!」
「時期が時期だからね。どこも無かったよ」
「全く…あ、誰か塔の下に来てるじゃない!」
 
そう言うと塔のてっぺんから姫君が身を出して下を眺める。
おーい、その体勢だと下着が見えちまうぞ?
 
「よしよし、中々集まったわね」
 
ティーカップ片手に高見の姫君。
全く、何様なんだろうね。
勇者一向も唖然としている。
考えてみてくれ、囚われていると思っていた姫君が塔のてっぺんから自分達を品定めしてるんだぜ?
俺だったらアホらしくて帰っちまうね。
 
「んー…イマイチパッとしない連中ね」
「来てもらっておいてその言い草は無いんじゃない?」
 
そう言いつつも興味なさげに読書に没頭するお前もどうかと思うぞ。
 
「ねぇあんた達!帰っていいわよ!」
 
姫君が下にいる奴らに向かって叫ぶ。
すぐに反論の声が飛んでくるが姫君全く臆することもなく…
 
「あんた達を雑用にしても面白くもなんともなさそうだもの!じゃあね!」
 
とだけ言い放った。
 
次に来た勇者にも、またその次に来た勇者にも全く同じ対応を返す姫君。
果たして彼女が求めているのは何なのか。
…俺は全く興味無かったんだがな。
 
勇者達も放って置けば良いものの、姫君の魅力に惹かれたのとおもしろ半分とで訪問者が耐えない始末。
遂には他の国からも勇者がやってくるまでになっていたのだ。
 
…さて、そろそろ俺の話は止めておこうか。
全てを語るのも興が逸れてしまうだろう。
 
これから先の話は「この本」を読んでいるお前の話でもあり、俺の話でもある。
冗談に受け取るのも本気にするのもお前の自由だ。
 
まぁ、特に大それた事も無いと思うが、幸運を祈る。
 
◇◆◇◆◇
 
「キョンくーん!朝ご飯ができたよー!」
 
キョン、そう呼ばれて俺は本を閉じる。
その呼び名は止めろと何回言っても聞く耳持たずな妹は、せっせと朝食をテーブルに運んでいる所だった。
 
「…変な本」
 
先程まで読んでいた本の表紙を並べながらポツリと呟く。
 
これは今は亡きお袋の書斎を漁っていたら見つけたのだ。
派手な背表紙でも何でも無いそれを惹かれるように手に取ってしまった。
 
「キョンくん?」
「あぁ、すまん。今行く」
 
ま、所詮はただの本だ。
著者なりに伝えたかったことでもあったのだろう。
それを詮索するのは飯を食ってからでも遅くはない。
 
そう思い、30分近く下げていた腰を椅子から持ち上げ、妹の作った朝食を食べるために欠伸をしながらテーブルに向かうのであった。


第二章
 
今更ながら俺の住んでいる世界について少し話をしておこう。
基本的には先程の本に書かれていたものと全く同じような世界である。
戦争は無く、事件らしい事件もない世界。
城があって城下町があれば、少し外にでて詮索すりゃ塔だってある世界。
 
ただ一つ違うことは、そんなやんちゃな姫君なんざ俺の住む国にはいないってことだ。
しかし、挿し絵を見る限りは可愛らしい姫君ではあった。
カチューシャっていうのか?あれは。
黄色いそれを付けた姫君が、本の挿し絵で満足気に笑っているのが印象に残る。
 
…自分の国の姫君なんざ見たこと無いけど。
 
そんな国の城下町で、貧しいとも裕福とも言えぬ、平凡な二人暮らしをしている俺達である。
妹が家事をやり、俺が生活費を稼ぐ。
お袋が亡くなってからずっとそうしてきたことだ。
 
「ごちそうさま」
 
食事を終えて皿を洗う為に席を立つ。
 
「あ、キョンくん。大丈夫だよ、私が洗うから」
「いや、たまには俺も洗うよ。今日は仕事休みだしさ」
「休みなの?じゃあ遊ぼー!」
「…んー、午前中はのんびりしてからで良いか?」
「うん!」
 
そう言うとまたニコニコしながら朝食を食べる妹。
元気なのは良いことなのだが、年相応の振る舞いをしてほしい年頃である。
家事等に関しては全くもって問題無いのだが、やはりというかなんというか幼さが鼻に付いてしまう。
 
…まぁ良いか。
 
「…ん?」
「どうしたのキョンくん?」
「いや、外が騒がしい気がして…」
「みんな掲示板の方に向かってるねー」
 
窓から外を見る妹が答える。
 
「何かあったのか?…ここからじゃ良く見えんが…ちょっと俺も見てくる」
「うん、行ってらっしゃーい!」
 
◇◆◇◆◇
 
妹の見送りを受け、玄関の扉を開けると、そこには見知った友人が一人立っていた。
 
「ありゃ?丁度ノックしようと思っていたんだが、超能力か?」
「そんなわけないだろ、谷口」
「それもそうだな」
 
幼い頃からの腐れ縁でもある谷口がカラカラと笑う。
 
「で、何の用だ?」
「いやさ、掲示板に何か貼り出されたみたいだから見に行こうぜって呼びに来たんだ」
「奇遇だな、俺も今から見に行く所だ」
 
人混みに向かって歩きながら、他愛もない話をする。
 
「しっかし何かあったのかね。貼り紙なんか久しぶりじゃなかったか?」
 
…前の貼り紙は何だったっけ?
 
「迷子の犬のお知らせ」
「…今回も大したこと無さそうだな」
「ま、見るだけ見とこうぜ」
 
人をかき分けて掲示板の前までいくと、でかでかとした貼り紙に、やたらと簡潔な文章と、ある似顔絵が書いてあった。
 
「うわっ、お姫様が脱走したのかよ!」
「………」
「ん、キョン?どうした?」
「…あぁ、いや。何でもない」
「ならいいんだが。この国って隣国の?」
 
確かそうだったな。
隣国っつっても一時間足らずで着くだろうが。
 
「えーと…姫を救い出したら…雑用係?なんじゃこりゃ」
「………」
「でも可愛いな!流石お姫様!」
「………」
「…さっきからどうしたんだキョン?黙りこくって」
 
…いや、既視感が。
 
「既視感?俺はこんな奇天烈な貼り紙を見たのは今日が初めてだぜ」
 
「…俺もなはずなんだがな」
 
じーっと似顔絵を眺めてみる。
ショートカット、満面の笑み……黄色い…カチューシャ…
 
「あーーーーー!!??」
「のわっ、いきなり叫ぶなキョン!」
「っと、スマン」
 
思い出した、さっきまで読んでた本と全く同じ内容じゃねぇかこれは。
…一体どういうことなんだ?
 
「俺、行ってみようかなぁ」
 
ポツリと谷口が呟く。
 
「な!?止めとけ!追い返されるぞ!!」
「何で助けに来た人を追い返すんだよ」
「あ、いや…」
 
本のことを話しても信じてくれないだろうなぁ。
 
「決めた!俺、行ってみるぜ!」
 
スキップしながら帰宅する谷口。
 
引き止めようにもどんな声をかけて良いのかわからずに、俺はひとつため息を吐いた。
 
「…やれやれ」
 
◇◆◇◆◇
 
場所は変わって再び俺の家。
帰るや否やすぐにさっき置いた本を探す、が
 
「…無くなってる?」
 
妹が片付けたのだろうか、朝置いておいた場所に本がない。
 
「なぁ、ここに置いてあった本知らないか?」
「本?私は何も知らないよー」
 
…何だって?
どういうことだ?
 
「どんな本なの?」
「んー…あまりパッとしない表紙の…いや、いいや。忘れてくれ」
 
恐らくは絵本か何かと勘違いしているのであろうか、目をキラキラさせて訪ねてくる。
とりあえず椅子に座り本の内容を思いだそうとしてみる。
 
…今思えば不審な点があったかもしれない。
 
一番引っかかるのは…魔王か。
実は国木田という名前には心当たりがある。
俺の知ってる国木田は昔っからの知りあいであり良き友人なんだが…
 
…気にしすぎなのか?
 
「キョンくんお昼ご飯何が良いー?」
 
…気にしすぎだな。
ただの偶然だ。そう思おう。
 
…ちなみに、谷口は塔の中に入れてもらえるも、5分で追い出されたそうな。
 
◇◆◇◆◇
 
次の日
 
俺は妹印のボディプレスで起こされると、朝食を食い早々に仕事に出かけた。
まぁ仕事と言っても仕入れの手伝いだ。
近くの雑貨屋に行き、在庫が足りなくなっているものを聞く。
 
「んー…、解熱作用の草が足りなくなってるのと、食用のこの実が足りなくなってるから、そのあたりをお願いできるかな?」
「はい、わかりました」
 
店長にリストを渡される。
あれ、この草の名前聞いたこと無いな…
 
「あぁ、それは最近見つかった新種の物でね、ここから歩いて30分ほどの塔のそばに育ってるよ」
 
…塔、ね。
 
◇◆◇◆◇
 
やはりというか何というか。
いやな予感は良く的中するもので、店長が指示した塔というのは姫君が囚われているものと同じだったのだ。
塔の前には今日も今日とて姫君をつれて帰ろうとしている勇者達が群がっているようだった。
 
…気にしないで草を採取するか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「こんなもんかな」
 
粗方頼まれた物を採取した。
リストを見ながら確認する…うん、OK。
あとはこれを店長の所に持って行くだけか。
 
ふと、塔の入り口を見ると、既に人だかりは消えていた。
…明日もあんな感じで人だかりができるのだろうか。
 
高貴な人の気持ちなんざわからないが、姫君は何を考えてるんだろうね?
そう思い、町に戻ろうとして荷物を纏める
 
すると
 
「あんた、こんなところで何してるの?」
 
誰かから声をかけられた。
聞いたことの無い声だ。
 
しかし…
 
「あんたもあの貼り紙を見て来たの?」
 
見たことのある顔だった。
 
隣国の姫君、勝手に囚われに行った姫君。
 
「…俺は仕事でここに来ただけだ」
「仕事?」
「仕入れの手伝い。ここいらにしか生えない草を採取しに来たんだ」
「ふーん、ところであんたはあたしのこと知らないの?」
 
…質問ばっかだなこいつは。
今日も気に入る勇者がいなかったのだろうか、不機嫌そうな顔で訪ねてくる。
挿し絵のように笑っていればもう少し勇者が集まったかもしれんな。
 
「知ってるよ。自分から囚われに行っておきながら、来る人来る追い返してるんだろ?」
「…何であんたが囚われに行ったのを知ってるの?」
 
あぁ、これは本の中だけの話だったか。
というか合ってるのかよ。
 
「さーな。たまたま勘で言ってみただけだ」
「勘、ねぇ…ね、他に何か勘で言ってみなさいよ!」
「…例えば、魔王はただの一般人だとか、側近が3人だとか…」
 
…ふと姫君の方を見ると、目をキラキラさせて俺のことを見ている。
いかん、変なスイッチが入ったか?
 
「側近のことまで知ってるなんて…あんたやっぱり…」
「……?」
「キョンでしょ!?あんたの名前!」
「…何でそれを」
 
正確には呼び名なんだがそんなことは気にしない。
何故こいつがその呼び名を知っているのか。
 
「あたし、キョンと会ったことあるわよ!」
「まさか、気のせいだろ…」
「決めた!あんた雑用係になりなさい!」
 
………。
 
「…断る」
「何で!?」
 
先程まで楽しげだった姫君の顔が明らかに不満の物へと変わる。
 
「今の暮らしが一番好きなんだよ、俺は。単純に平凡な世界に憧れているんだ」
 
そう言うと荷物を背負い、帰路に付こうとする。
 
「意気地なし!馬鹿!!」
 
後ろから姫君の怒号が聞こえてくる。
 
「あの星の下で交わした言葉を忘れたって言うの!?」
「…人違いじゃないか?」
「…もうあんたなんて知らない!」
「こっちは元々出会う気すら無かったよ」
 
しばらく歩いてからふと振り返ると、怒りで顔を真っ赤にしている姫君がまだそこにいた。
 
…一体俺が何をしたと言うんだ。
頭が痛い中、家に着いて荷物を置くと、俺はすぐ眠りについてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ふぅ」
 
一旦ここで台本を置く。
というのも朝比奈さんがお茶を煎れてくれたからだ。
 
「ありがとうございます」
 
と、キチンとお礼を返してから一服する。
いつもながら美味しいお茶ですね。
 
「本当ですかぁ?ふふっ、嬉しいです」
 
長門さんは相変わらずノートパソコンに向かって文章を打ち続けている。
たまに朝比奈さんから助言も受けているようだ。
 
…長門さんがここまで何かに没頭するのは珍しいですね。
コンピ研とのゲーム勝負以来かな?
 
「…あ」
「どうしましたか?長門さん」
「…破局した」
「…誰と誰がですか?」
「…彼と涼宮ハルヒ」
「書き直して下さい」
「…迂闊」
 
…まぁ夢中になるのは良いことです。
特に長門さんならなおさらな気がします。
 
よし、僕も台本の続きを読むとしますか。
 


次はどのシーンでしたっけ。
そうだ、朝方になって彼が目を覚ますところからでしたね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ドン!ドン!
 
せわしなく家の扉を叩く音がする。
 
「キョンくーん!誰か来たよー?」
「…何でこんな朝っぱらから…」
 
忌々しい。
昨日の訳の分からぬ姫君のお陰で苛々しているときに…
 
眠い目をこすりながら扉を開けると、今までにみたこともない顔がそこにあった。
 
「朝方から申し訳ありません。少し聞きたいことがあるんですが…よろしいですか?」
「知らん、帰ってくれ」
 
生憎、何か話す気分なんかじゃないんだ。
 
「そういわずに、あぁ、申し遅れました。古泉一樹と言います」
「…それで、何だ?」
「何と言えば良いのでしょうか…我が国のお姫様が帰ってきました」
「…あぁ、そう…我が国ってあの掲示板の?」
「えぇ、その通りです」
 
だから何だってんだよ…
 
「実は、帰ってきてから様子が変なのですよ。塞ぎ込んでしまって。それで、話を聞いてみたところあなたの名前がでてきたもので」
「待て待て、だから俺に何とかさせようってんじゃないよな?」
「察しが早くて助かります」
 
…早起きは三文の徳って言った奴、ちょっと出てきて俺に説明してくれ。
ちっとも徳した気分じゃないぞ。
 
「何で俺がこんな目に…」
「お願いします。我々の力じゃどうしようも無かったんです」
「…俺が何かして元気になるとも思えないが」
「少なくともあなたが鍵であることは確かなんです。それに…お姫様に元気が無いと…」
 
…無いと?
 
「何となく我々も悲しい気分になるのです」
 
…やれやれ。
 
「…わかったよ」
「え?」
「先に言っとくがな、俺はあんな奴には会ったこともないし呼び名を教えたこともない。ましてや星の下で会話したなんてロマンチックなことはしたこと無いんだからな?」
「…どうしたんですか?いきなり」
「再確認だ。お前の言う鍵がなんだか知らんが、俺が何もできなくても文句垂れるなよ?」
「と、言うことはお姫様に会ってくれるんですね?」
 
あぁ、そう言ってるだろうが。
 
「それを聞いて安心しました。2人とも、出てきて良いですよ!」
「2人?」
 
古泉の手招きに釣られ、女性が2人こちらにやってきた。
 
「あ!依頼してもらえたんですか?」
「えぇ、今日にでも行ってくれるそうです」
 
待て、誰が今日行くと言ったんだ。
 
「というかそちらの女の人は誰なんだ?」
「私は朝比奈みくると言います。古泉くんと長門さんと一緒にお姫様の側近をしている者です」
 
そう言って静かにお辞儀をする。
 
「あぁ、そうだったんですか…って側近?」
「おや、言ってませんでしたっけ?気になさらないで良いですよ。国が違えば身分なんか関係ありませんから」
「そんなんでいいのかよ…ところでだな」
「何でしょうか?」
「その、もう一人の側近の長門とやらは、勝手に俺の家に上がり込んで妹が作った朝食をさも当たり前のように食してるあの女でいいんだよな?」
「…あなたの作るご飯はとても美味しい」
「本当!?ねぇキョンくん!誉められたよ!」
 
妹よ。頼むからお前は少し警戒心を持ってくれ。
 
「申し訳ありません。長門さんは、食べることが絡むと見境がつかなくなるようで」
 
…もう何でも良いよ
 
「…おかわりを所望する」
「あー!作り置きした分が無くなっちゃった!…そうだ!キョンくんのお弁当を食べても良いよ!」
 
それはよくねぇよ!
 
「…美味」
「長門さんは相変わらず食べるのが早いですねぇ」
 
いや、和まないでください朝比奈さん。
俺の昼食はどうするんですか。
 
「あぁ、それでしたら問題ありません。お城の食材を使って好きなものを食べても良いですよ」
「…本当か古泉…というか俺一人で行くのか?」
「私たちも一緒にお城に行ってあげたいんですが…」
 
朝比奈さんが不意に俯く。
 
…何かあったんですか?
 
「実は…私と古泉くんと長門さんで温泉に行くことが決まってて…」
 
…今すぐ隕石かそれに準ずる何かが墜落してこの人たちの国滅びないかなぁ。
 
「…宿の料理も楽しみ」
「…とりあえず長門とやら、口いっぱいに付着した米粒を取ったらどうだ」
「…ゴシゴシ」
「キョンくんどこか行くのー?」
「あぁ、少し隣国まで行くことになった」
「私も行くー!」
 
駄目だ。
留守番してろ。
 
「留守番つまんなーい!」
「駄々をこねるな、地団駄踏むな。床が抜けるだろ」
「あ、あのー…」
「ん?どうかしましたか朝比奈さん」
「もしよければ、妹さんも一緒に温泉行きませんか?」
「温泉!?行きたい!!」
 
…良いんですか?
 
「はい。妹さんも長門さんに懐いちゃったみたいですし」
「でも旅費とかは…」
「心配いりません。子供1人くらいの金額なら払えます」
 
…俺と同い年くらいなのにしっかりしてんだな。
 
「細かいことは言いっこなしですよ。さて、そうと決まれば早速行きましょうか」
「もう行くのか?」
 
というか妹の準備が…あぁ、もう完璧に支度し終えてましたかそうですか。
お気に入りの鞄でやる気満々だなぁ。
 
「それでは、検討を祈ります」
「…了解」
 
楽しそうに去っていく4人を見送りながらポツリと呟く。
 
「…俺も温泉に行きたかったなぁ」
 
◇◆◇◆◇
 
場所は変わって隣国の城。
 
「いや…でけぇよ。当たり前かもしれんが」
 
自国の城ですら遠巻きにしかみたこと無かったんだ、中に入ったらひたすらに驚愕したね。
というか誰もいないのか?この城には。
 
「………」
 
…人の気配が全く無い。
誰もいないから何も聞けずにどこに行けば良いかもわからない。
 
とりあえず、下の赤絨毯にそって歩いていけば王室にでも着くのかね。
迷子にならなきゃ良いが…
 
ひたすらに進んでいくと、一つの部屋に辿り着いた。
 
「…ここか?」
 
ノックをしてみる。
返事は無い。
…もう一度。
 
「…誰?」
 
中から声が聞こえた。
昨日聞いたはずなのに、聞いたこと無いような姫君の声。
その声はとても弱々しくて。
 
「…キョンなの?」
「あ、あぁ…」
「…約束、覚えてる?」
「…そのことなんだが、やっぱり勘違いじゃないのか?」
 
扉一枚を隔てた会話。
 
「………」
 
姫君の声は返ってこない。
 
「…なぁ、聞いてるか?」
「…帰って」
「………」
「帰ってよ!」
 
…やれやれ、話にならん。
 
どうすっかね。
このまま言われたとおりに帰っても全然良いのだが、如何せん納得いかない。
 
…しばらくはここに留まるとするかな。
 
「おや、そこにいるのは誰だい?」
 
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
…誰もいなかったとはいえ、勝手にお城に入るのはマズかったか?
 
「…と、古泉とやらに言われて来たんですが…あれ?」
「…君は…」
「国木田?」
「やっぱりキョンか」
 
久しぶりに会った旧友は、何故か少し疲れた顔をしているようで、辞書みたいに分厚い本を数冊持ち歩いていた。
 
「久しぶりだね。妹さんと谷口は元気にしてるかい?」
「2人とも元気だよ。谷口は元気過ぎてうっとおしい時もあるが。お前はここに仕えてるのか?」
 
と、質問してからある単語が頭をよぎる。
 
『魔王』
 
…まさかとは思うが、あの本に書かれていたことが本当なら、こいつも今回の件に一枚噛んでいるわけで
 
「あぁ、もとは城下町で静かに暮らしてたんだけど、ある日いきなりここのお姫様に駆り出されちゃってさ…どうしたの?キョン」
 
…奇しくも本に書いてあるような結果になっていたわけで。
 
「…頭が痛い」
「何かあったのかい?」
「…話せば長くなるぞ…いや、そこまで長くもないか?」
「まぁ、立ち話も何だし、昼食をとりながら話すことにしよっか」
 
姫君はどうするんだ?
 
「あぁ、自分の部屋にある程度の食料はあるみたいだから大丈夫だよ」
 
…あぁ、そうかい。
 
◇◆◇◆◇
 
「で、何があったんだい?」
 
皿一杯に盛られたカレーを俺に差し出しながら国木田が尋ねる。
 
「いや、その前に一つ質問させてくれ、この城にはお前と姫君しかいないのか?」
「うん。みんな温泉に行ったり、別の国に旅行に行ってるみたい。僕はなし崩しにこの城に来てしまっただけだし、本が読めればそれでいいからさ」
 
…大丈夫なのかよこの城。
 
「あ、カレーのおかわりなら沢山あるから大丈夫だよ」
「そういうことじゃなくてだな…まぁいい。で、何の話だったっけか」
「その話を今からキョンがするんだろ?」
「あぁ、そうだったな…実は…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…と、言うわけなんだ。信じるも信じないも自由だぞ?」
「変な本もあるもんだねぇ。書いたことが全部本当に起こるだなんて」
「まぁ書いてあるのは姫君が勇者を追い返すところまでなんだが」
「ところで、その本はもう無いのかい?」
「あぁ、掲示板を見に行ってる間に無くなっちまった」
 
…確かにテーブルの上に置いたんだがな。
 
「どんな特徴かとか、覚えて無いかな?」
「あぁ…確か、白っぽくて、背表紙には何も書いてなくて…日記みたいな造りだったな」
「んー…こんな感じのかな?」
 
と、国木田が予め持ち歩いていた本からそれっぽいものを一冊取り出す。
 
「あー、そうそうそんな感じ…………っていうかそれ!!」
「え?これなのかい?…何でこんなところに?」
「そんなの俺が知りたいよ、ちょっとそれ貸してくれ」
「う、うん。ほら」
 
受け取るとすぐに表紙を開く。
 
「ほら、これだ」
「本当だ…お姫様がいなくなったこととか…さくらんぼのケーキのことまで書いてある」
「ってことは、ここで魔王にされてる国木田ってのもお前でいいんだな?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「間接的にな…あれ、これ続きが書いてあるぞ」
 
『知りたいならもう一枚ページを捲れ』
 
…何のこっちゃ。
 
「…どうするの?」
「…めくるしかないだろうが…いくぞ?」
「…そこまで身構える必要はあるの?」
「や、何か怖いじゃん」
 
互いに恐る恐るページを捲る。
 
刹那。
 
俺の目の前が真っ白になった。
 
「キョン?…キョン!?意識は──」
 
ただ俺の名を呼ぶ国木田の声が、遠くで鳴り響いていた。
 


 第四章
 
さて、俺はどうしたんだろうね?
 
「…国木田?」
 
…誰の声も返ってこない。
 
俺はため息をひとつつくと、先程まで自分が手にしていた本がどこかにいってしまったことに気が付いた。
あの本…またどこかにいったってのか?
 
「…ここは…城の調理場でいいんだよな?」
 
さっきまでついていた電気も消え、カレーが盛られた器も消えている。
…まだ食べてなかったのになぁ…
 
「………」
「…ん?」
 
廊下の木漏れ日で人影が見える。
…国木田か?
 
「おい、そんなとこにつったってないで電気をつけてくれ。本もどっかいっちまったぞ」
「………」
「…国木田?」
「…国木田」
 
確認するように影が呟く。
明らかに女性の声である…はて?
 
「…え?誰だお前は?」
「…それは私の台詞。本来ここには私以外に入ることはできない」
 
影は静かに電気を点ける。
 
えと…確かお前は…
 
「長門だったか?お前、古泉達と温泉にいったんじゃないのか?」
「………」
 
沈黙。
表情に変化が無い。
 
…何考えてるんだこいつは一体。
 
「古泉と、朝比奈さんと、俺の妹をつれて温泉に行っただろうが。丁度半日前の話だぞ?」
「…私はあなたに会ったことすらない」
「………」
 
再び沈黙。
…あれ?何かがおかしい?
 
「…少し確認して良いか?」
「…いい」
「お前は長門だよな?」
「…そう」
「で、俺に会ったことは無い」
「…無い」
「そんでもって、此処は城の調理場──」
「…違う」
 
…え?
 
「…此処は私のカレー保管庫」
「…道理で国木田がカレーしか出さないと思ったよ」
「…食べた?」
「いや、まだ。ってか食べる前に無くなった」
「…無くなった」
 
オウム返しのように長門が呟く。
一見、表情が固くなったようにも見えるが…
 
「…あの、長門さん?」
「…勝手に食べようとした挙げ句、私のカレーを無碍にした、と」
「待て待て…勝手に話を飛躍させるな…包丁を持つなこっちに向けるな」
「………」
「そしてゆっくり歩いてくるなぁぁあ!!!」
 
本当に何なんだこいつは!?
 
一目散に調理場から逃げ出す。
 
『長門さんは、食べることが絡むと見境がつかなくなるようで』
 
冗談はにやけ顔だけにしやがれ古泉!
本気で殺しにかかってるだろうが!!
 
「………」
「お前も無表情で追いかけてくるな!冗談抜きで怖いからやめてくれ!」
 
めったにしたことない全力疾走。
走る速度は男である俺のほうが圧倒的に速いのだが、あっちには地の利があるのだろう、引き離したと思っても真後ろにぴったりと付いてくる。
 
はぁ…はぁ…しかし…やっと振り切ったか?
果てしない長さの廊下にて一息つく。
 
…疲れた。
何だってんだ一体…
 
「…とりあえず隠れるか」
 
男子トイレにでも隠れてりゃ見つけようがないだろう。
そう思い、それっぽいマークのついた扉を開く。
 
「………」
「………」
「…待ってた」
「…何でトイレで待ち伏せしてるんだよ!」
 
再び逃走開始。
というか疲れた。冗談抜きで限界だ。
どこかに逃げ込む場所は…あった!
 
赤絨毯の先に明かりの漏れてる部屋が見える。
きっと誰かがいるはずだ。
その人に長門の暴走を止めてもらうとしよう。
 
「すみません!誰かいませんか!?」
 
勢い良く扉を開けて尋ねてみる、が
 
「………」
「…待ってた」
「…長門とやら」
「…何?」
「…先程のトイレでの一件といい、お前さんは瞬間移動の能力でも持っているのか?」
「…無い」
「あぁ、そう…ちなみにその包丁を下げる気は?」
「…無い」
「…もう勘弁してくれ!!」
 
そして踵を返して再び逃げだそうとした瞬間…
 
「あたしの部屋の前で…」
 
でかい叫び声とともに
 
「何やってんのよー!!!」
 
強烈なドロップキックが俺の頭に飛んできた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…出会い頭にドロップキックなんてするか?普通」
「うるさいわね!侵入者なんだからそれくらい手荒に対処しないとダメでしょ!!」
 
あぁ…タンコブできたんじゃねぇのかこれは。
ドロップキックをかました張本人の姫君は、さも楽しそうに俺を見る。
 
「…で、お前さんも俺のことなんざ会ったこともない、と」
「初対面に決まってるじゃない!っていうかあんた、あたしはこの国姫なんだからもう少しキチンとした呼び方をしなさいよ!」
 
うるせ。
ちょっと色んなことが起こりすぎて気が回らないんだ。
 
「…そうでなくとも何でお前みたいな子供に…」
「またお前って言ったわね!?」
「………」
「…な、何よ」
「…お前、背が縮んだ?」
「なっ!?失礼ね!そりゃあんたより年下かもしれないけどちゃんと伸びてるわよ!」
 
…いや、ひいき目に見ても塔の下で会ったときより縮んでるぞ?
流石にウチの妹とまではいかないが。
 
「塔?」
「…それすら記憶に無い…か」
 
…もしかして、ここは、過去の世界なのか?
 
「ちょっと今の年代とかわかる本ってないか?」
「年代?少し待ってなさい…これで良いかしら?」
「あぁ、サンキュ…」
 
書かれている数字を見て愕然とする。
 
「…これは今年のものであってるんだよな?」
「そうよ」
 
…元いた時代から4年ほど過去ほどタイムスリップしてやがる。
何故?何のために?
 
「何よ。ため息なんかついちゃってさ」
「いや…ちょっとな。ところで…」
 
と、ここで俺は先程からこっちをガン見している存在へと体を向ける。
 
「…長門、いい加減に包丁から手を離したらどうだ?」
「…カレー」
「今度妹の作ったカレーでも食わせてやるから。許してくれ」
「…約束」
「あぁ、約束な…そういや、朝比奈さんと古泉は?側近なんだろ?」
「…何であんたが2人のことを知ってるの?」
 
…不味かったか?
あれか、未来の人間は過去の人間にそれがバレるようなことをしちゃいけないのか。
 
「…勘だ」
「ふーん、勘ねぇ…古泉くんなら読書してるし、みくるちゃんはもう寝ちゃったわよ」
 
…相変わらず結構自由なのな。
 
「ねぇあんた!名前は!?」
「ん?名乗ってなかったっけか?」
 
あぁ、ここで教えたからあっちの姫君は俺の名前を知っていたのか。
 
「キョンだ」
「変な名前ね」
「…ほっとけ」
 
名前じゃないんだけどな、これ。
 
「魔王、もしくはそれに準ずる何かっていると思う?」
「…藪から棒にどうしたんだ一体」
「いいから!答えなさい!」
 
…ったってなぁ…
 
「…もしかしたらいるかもしれないし、いないかもしれない?」
「はっきりしなさい!!」
「いるとしたら…案外俺の身近な誰か?」
 
…姫君が選んだので良いなら国木田とかな。
 
「………」
「…真に受けるなよ?」
「面白いわ!」
「…へ?」
 
気がつけば姫君は目をキラッキラに輝かせて俺の方を見ている。
…あれ?デジャヴ?
また何か変なスイッチでも入ったんじゃねぇのか?
 
「ねぇ、ちょっとこっちに来なさい!」
 
…さっきから命令ばっかだな。
 
導かれるままに城の外にでる。
元いた時代と時差があるらしい。
空はすっかり暗く、転々と星が見えていた。
 
「うん!今日もよく見えるわね!」
 
夜空を見上げながら姫君が満足そうに話す。
こんな姫君でも、星に思いを寄せることでもあるのかね?
 
「あたしね、いつか誰も経験したこと無いようなことをしてみたいの」
「…例えば?」
「それこそ魔王にさらわれてみたいわね。面白そうじゃない?」
「…いや、怖くないか?それ」
「そうかしら。それでね、誰かに助けにきてもらうのよ!」
「で、助けに来てくれた奴を雑用係にでもするのか?」
「それ採用!そうよね、助けに来てくれるくらいなんだから雑用だってやってくれるわよね!」
 
…もしかしてさ、俺もあの姫君脱走事件に一枚噛んでるのかこれは?
 
「どうしたの?いきなりボーッとして」
「…いや、考え事してた」
 
と、ここで俺と姫君に近づく影がひとつ。
 
「…見つけた」
「有希じゃない。どうしたの?」
「…よい子は寝る時間」
「あら、もうそんな時間なのね。どうするキョン?今日はお城に泊まってく?」
「いや、いいよ。それより本を探さないと…」
「…本?」
 
長門が興味深そうに尋ねてくる。
 
「白っぽくて、背表紙には何も書いてなくて…日記みたいな造りの本なんだが」
「…これ」
 
おぉ、それだ。
 
「見つけてくれたのか、ありがとうな」
「なんなのその本?」
「俺にもよくわからん…あれ?」
 
…文字が全部消えてる?
 
「元から何も書かれてなかったんじゃないの?」
「そんなはずは無いんだが…」
 
と、ここで本が突然光り出した。
 
「ねぇ!何これ!?」
 
またまた楽しそうな声で姫君が聞く。
 
「あー…お別れかもしれん」
「え!?もう!?」
「大丈夫だ。きっといつか会えるから」
「折角このまま雑用係に任命してあげようと思ったのに…つまんないの」
「いつか助けに来てくれた人にでもその称号を与えてやれ」
「…カレー」
「だからお前にもまた会えるって」
「…根拠は?」
 
既に会ったからなんて言えないしなぁ…
 
「…勘だ」
「…勘」
「まだ説明はいるか?」
「…十分」
 
…しかし…元の時代に戻った所で何すりゃいいんだろうな…
 
「ねぇ、キョン!」
「何だ?」
「もしあたしが魔王にさらわれたらちゃんと助けに来なさいよ!」
「…何で俺が──」
 
と、ここまで呟いた所で俺の意識が飛ぶ。
 
助けに行くも何もなぁ……やれやれ…
 
「…面倒くさいパラドックスだな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「見た!?今の!」
「…見た」
「凄い!いきなり消えたわよキョンのやつ!」
「…ビックリ」
「こうしちゃいられないわ!あたしも早速魔王に捕まらないと!」
「…しかしこの世界は平和」
「それもそうね…どうしようかしら」
「…国木田」
「へ?」
「…彼の知り合いと思われる人物の名前」
「そういや魔王は『案外身近な誰か』とかなんとか言ってたわね…」
「…真に受けてはいけないと言っていた」
「でも実際に魔王がいないんだからしょうがないじゃない!すぐに国木田とやらを探し出すわよ!」
「………」
「有希は古泉くんを呼んできなさい!あたしはみくるちゃんを叩き起こしてくるから!」
「…了解した」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


最終章
 
「──…ョン!…キョン!」
「…ん?」
「良かった…怪我はないかい?」
 
…国木田?
 
「ビックリしたよ。キョンがいきなり気絶したから…」
「…どれくらい気を失ってたんだ?」
「一分くらいかな…立てるかい?」
 
一分って…いや、それでも俺は確かにタイムスリップしてたんだよな?
長門に追いかけ回された疲れも、姫君に跳び蹴りされた痛みもまだ微かに残っている。
 
「…ちょっと行ってくる」
「え?…大丈夫なのかい?」
「あぁ、少し確認したいこともあるしな…それと、俺の分のカレー、食って良いぞ」
「え?あぁ、ありがとう」
 
国木田がそう言うのを確認すると、俺は姫君の部屋まで走り出した。
 
「…カレー美味しいのになぁ」
 
◇◆◇◆◇
 
コン、コン
 
「………」
 
相変わらず返事の返ってこない扉をノックする。
 
「…聞きたくないなら聞かなくてもいいんだがな」
「………」
「…一応、助けに来たぞ」
「………」
「…というか…今部屋にいるのか?」
 
もし姫君がどこか行っていたなら俺はバカ丸出しなんだが…
 
「…遅いのよ」
 
あ、いた。
 
「文句言わんでくれ。これでも最短経r ブッ!!」
 
内側から蹴り破られた扉が俺の顔面にぶち当たる。
…いや、地味に痛いってコレ。
 
「あたしが遅いって言ったら遅いのよ!!」
「…んな無茶苦茶な」
「とりあえず出始めに罰金ね。そんでもってさくらんぼを一年分でも納めてもらおうかしら!」
「しがない一般人にそんなもんを求めないでくれ…」
「あぁ、それと明日からあんたは雑用係だから」
 
……はぁ!?
 
「掲示板に貼り付けた紙に書いてあったじゃない。助け出した人には雑用係任命って」
 
…結局こうなるのか。
 
「あたし、涼宮ハルヒ!これからよろしくね!」
「…了解」
「何よ。名誉あるあたしの雑用係に任命されたんだから、もうちょっと喜びなさい!」
「…ハルヒの?」
「そうよ!」
 
お城のじゃないのか?と、つっこみかけて止めた。
そんな元気も俺には無いらしい。
 
まぁ、ハルヒが元気になったみたいで良かったよ。
 
「じゃあ明日から早速側近の三人と考えた『大宇宙さくらんぼ』計画についての会議を行うから!」
「…なんだそれ」
「聞いて驚きなさい!星を全部さくらんぼに変えるのよ!」
「…………」
 
…あぁ。
 
俺はただ普通の生活に憧れていただけなのに。
 
「ロマンチックな計画だな…」
「でしょ!」
 
…何でこんなにもワクワクしているんだろうか。
 
「…本当に面倒くせぇパラドックスだ」
「え?何か言ったかしら?」
「いや、なーんにも」
 
◇◆◇◆◇
 
「温泉、気持ちよかったですねぇ」
「キョンくんにお土産買っちゃったー!」
「おや、温泉饅頭ですか」
「…美味しい」モグモグ
「あー!有希ちゃんもう食べてるー!」
「…そういえば、彼は上手くやっているでしょうか」
「大丈夫ですよ。きっとキョンくんならなんとかしてくれてますよ」
「あ、そうだ!みんなウチでご飯食べていくー?キョンくんがいないから寂しいんだよー!」
「おや、それではご相伴に預かりましょうか」
「…今こそ約束を果たすとき。カレーを所望する」
「約束って、何かあったんですか?」
「…こっちの話」
「カレーかぁ、キョンくんがカレーよりハヤシライス派だったからしばらく作ってなかったなぁ」
「………」
「…長門さん?」
「…何」
「…今、僕の気のせいじゃなければ…懐から包丁を取り出しませんでしたか?」
「…気のせい。少し先に用事を済ませてくる」
「あ、長門さん!…行っちゃいましたね」
「キョンくん…無事だと良いんですが」
「キョンくんがどうかしたのー?」
「い、いえ。何でもないですよ!」
「長門さんが戻ってくる前にカレー作っちゃいましょう!私も手伝いますよ!」
「うん!」
 
『星の下にて約束を』
 
おわり
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…できた」
 
僕が台本を読み終わるのと同時に長門さんが呟く。
 
「おや、読ませてもらってもよろしいですか?」
「…いい」
 
えーと…「カラフルシンドローム」ですか…
 
「…基本的な内容は涼宮ハルヒが不思議を求めて走り回る話」
「いつものSOS団ですね」
 
お茶をひと啜りして朝比奈さんも会話に加わる。
 
「…しかしそれでは涼宮ハルヒは満足しないと思われる」
「まぁいつも涼宮さんがやっていることですしねぇ…」
「そうだ!いっそのこと──」
「…それはない」
「古泉くんはもう作品の構成を考えなくていいですよ…」
「僕まだ何も言ってないんですが…」
「…嫌な予感しかしない」
 
…僕が何したって言うんですか。
 
「…逆なんてどうでしょうか?」
「…逆?」
「例えば、こう…」
 
朝比奈さんがノートに大まかな内容を書き込んでいく。
 
「キョンくんに主観を当ててみるんです。カラフルの逆で…」
「…モノクロシンドローム」
「それです!」
「…すぐ台本を書き始める」
「私も手伝います!」
 
あの…僕は…
 
「…あなたは隅にいて」
「古泉くんは私が書いた台本でも読んでてください!」
 
何ですかこの扱いは…
…別に泣いてなんかないですからね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エピローグ
 
「うぉーっす!って汚い部屋だな!」
「何かが暴れまわった痕があるけど…何かあったの?」
「よぉ、国木田に谷口…ハヤシライスとカレーは比べてはいけないんだってさ…」
「何だそりゃ」
「…知らん」
「ま、兎にも角にも引っ越しの手伝いにきたよ」
「あぁ、すまんな」
 
家にある衣類を手当たり次第ダンボールにぶち込みながら挨拶をする。
 
「しかし驚いたよ。まさかキョンが本当に隣国のお城に使えるだなんて」
「…まぁな」
「ちぇー。俺だって塔の中に入ることはできたんだけどなぁ」
「寧ろ何で入れたんだろうね」
 
同感だ。
 
「なっ!?お前ら、それはどういう意味だ!!」
「そういう意味だよ。キョン、この置物はどうするの?」
「あー、置いといて良いぞ」
「無視かよお前ら…いじけるぞ?つーか羨ましいなぁキョンは」
「いや、どこがだよ?」
「だってさー、性格がちょっとアレとはいえ、あんな綺麗なお姫様と一緒の城にいられるんだろ?」
 
…本当に俺はどんな神経してるんだろうね?
 
「でも良かったじゃないか。妹さんも一緒に引っ越し出来るみたいだしさ」
「ま、苦労が絶えなさそうだがな」
「五月蝿いぞ谷口。ってか元を辿ればこの本が悪いんじゃねえか」
「本?」
「そっか、谷口は知らなかったっけ」
 
ほら、と例の白っぽくて背表紙には何も書いてなくて日記みたいな造りの本を谷口に渡す。
 
「あぁ、この本こんなところにあったのか」
「谷口もその本を知ってるのか?」
 
…いったい何なんだその本は。
 
「知ってるも何も…これ、俺の爺ちゃんが俺にくれたんだぜ?10歳だかの誕生日の時に」
「…何それ」
「いや、でも内容は何も書かれてないからさ。おもしろくも何ともないから捨てたと思ってたんだ」
「…それが巡り巡って俺の元に来たわけか」
「まぁ何かの不思議があっても可笑しくはねぇな。何でも、俺のひいひいひい…あれ?いくつだっけ?…まぁずっと昔の爺ちゃんが魔王をやってた頃の品だとかなんだとか」
「………」
「………」
 
これ、笑うとこ?
 
「何だまりこくってんだ二人とも?こんな話真に受けんなって、爺ちゃんも軽くボケ入ってんだし」
「あ、あぁ、そうだよな…」
「うーん…どう反応すればいいのかな…」
 
『いるとしたら…案外俺の身近な誰か?』
 
…まさかこいつだったとは。
 
「案外塔に入れたのも、谷口のそういう素質みたいなものを見抜いていたのかもね」
「なんでもいいさ、もう」
「……?話が全く見えないぞ?」
「そうだ、どうせならキョンが何か書いてみれば?」
「俺が?何をだ」
「何でもいいからさ。また何か不思議なことが起こるかもしれないじゃないか」
 
…それも面白そうだな。
 
「何だ?何が始まるんだ?」
「まぁ見てろって谷口。国木田、ペン貸してくれ」
「ほら」
「サンキュ」
 
テーブルの上に本を広げ、ペン先にインクを付ける。
…とりあえず、この一連のはちゃめちゃ物語でも書き綴ってみようか。
 
『遠からず近からず、かと言ってごく最近の話でもない。
強いて言うならおとぎ話、本当にあったかもしれないおとぎ話───』
 
秋の回につづく
 

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