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 「蛍光灯」「メリークリスマス」 より

 

 

 年は明け――休日モードに切り替わった体が元に戻る気配のない今日は1月3日。
 長い人生色々あるとは言うが、年越しから年明けまでのここ数日の出来事はいくらなんでも色々あり過ぎだ。
 突然妙な世界に飛ばされてハルヒ達を探す事になったり、意味不明な屋敷に閉じ込められてパズルゲームだの
を強制されたり、やっと年が明けたと思ったら今度は自分を助けるために過去の世界へとタイムトラベル。
 しかも、笑えない事にどの出来事でも一歩間違えてたら世界が終ってしまう危機だったらしい……なあ神様よ、
いくらなんでもこれはハードすぎるとは思わないか?
 俺はハルヒと違って平凡な日常でも何等不満はないんだ、たまには俺の意見を取ってくれてもいいだろう?
 そんな訳で神仏の覚えを少しでもよくしようと神社へ参拝に来た俺だったのだが、参拝に並ぶ人の群れの先から
何やら聞き覚えのある声が聞こえてくた所で足を止め――迷う事なく道路の中央に張られた参拝の列と帰る客を
分けるロープを跨いで帰る方の列へと移動すると、そのまま振り向く事無く上って来た坂道を下り始めた。
 悪いなハルヒ、少なくともお前に同行する事で神様の機嫌がいい方向へ行くとは思えないんでな。
 ……さて今日は一日どうしようかね、いっそ寝正月でも……ああ、家では妹が暴れているんだったな。となれば
他の神社に行ってみるのもいいかもしれない。
 そんな事を考えながら歩いてた俺だったが、下り坂の途中で再びその足は止まった。
 参拝へと向かう列の中に見つけた見覚えのある顔、おそらく生まれて初めて振袖を着ているはずのそいつは――
 長門。
 俺の声に気がついた長門が人波をくぐって近寄ってくる、俺からも近寄ってはみたが人の流れに逆らう形で
その場にとどまる事は難しそうだ。
 あけましておめでとう。って合宿でも言ったっけな。
「おめでとう」
 今から参拝か?
「そう」
 そうか、この先にハルヒが居るはずだから気をつけろよ。
 と言っても何に気をつければいいのかわからないし、気をつけた所で無駄なんだけどな。
「貴方は」
 俺は今から別の神社に行く所だ。
 ハルヒが居ない神社にな。
 ロープ越しに向かい合う俺達だが、人の流れは留まる事をよしとしない。これ以上ここに居るのは邪魔になるな。
 じゃあ、またな。
 そう言って立ち去ろうとする俺が見たのは、振袖のままロープを跨ごうとする宇宙人の姿っておい無茶だって?!
 予想通り、というか人の波に押されたのもあってか長門はバランスを崩して帰る列へと倒れこんでくる。間一髪、
間に入れたから地面との衝突は避けられたが――なあ長門。新年早々心臓に悪い事は止めてくれ。
 長門は苦い顔をする俺に素直に頭を下げている。そして絶え間なく動く人の流れの中で、俺と長門は明らかに邪魔に
なっていた。長門のこの行動が何を意味しているのか俺にはわからん。だが、こっちの列にきたって事は坂を下りるっ
て事なんだろう。詳しい話は、人通りが少ない所まで行ってからしても遅くないよな。
 長門、一緒に行くか?
 ようやく顔をあげた長門は小さく頷く。
 ハルヒがいる方へ行けばいいのか?
 そう聞いた俺に少し考えた後、
「貴方が行きたい方でいい」 
 そう長門は答えた。

 


 あるーはれーたひーのことーまほーい、ピ。
「キョン君あけましておめでとー!」
 受話音量に意味などない。携帯電話越しのその声は、恐らく俺の周囲を歩く人でも普通に聞き取れるであろう元気な
声だった。
 おめでとうございます鶴屋さん。
 新年早々お元気ですね。多分、年末までこの調子なんでしょうけど。
「あのさ! ちょろっと聞きたい事があるんだけど今大丈夫かな?」
 ええ、いいですよ。
「ハルにゃんからみんなで振袖で初詣に行きたいからって頼まれてさ、みくるとハルにゃんと長門っちに着付けしてあげて
たんだけどね? 初詣に行く途中で長門っちがはぐれちゃったんだって」
 隣を歩く長門にもこの声は聞こえていると思うんだが、特に反応は無い。
 ……そうなんですか。
「それでね? もしかしてなんだけどキョン君の家に長門っちが来てたりしないかな? って思ったんだけど正解かな?」
 相変わらず感が鋭すぎです。
 さて、俺はなんて答えたらいいんだ? 隣に居ますって言ってしまっていいんだろうか。
 渦中の人であるはずの長門は、特に反応も示さず俺の隣を歩いている……ん。
 同じ方向へ歩く人の波の中、俺によりそうようにして歩く長門の手が俺の上着の端を掴んでいた。
 鶴屋さん?
「はいはーい」
 長門は家には来てませんよ。
 嘘じゃないよな、一応。
「……そっかー! うん、わかったありがとさん! あ、もしも長門っちに会ったら着替えはいつ取りに来てもいいって
伝えておいてね!」
 わかりました。
「じゃあまたね! ばいばーい!」 
 ピ。……だ、そうだぞ。
 俺の顔を見ないまま頷く長門は……さて、いったい何を考えているんだろうね?

 


 人間は、やはり人混みが好きなんだろうな。
 俺が選んだ小さなその神社は、そう言いきれてしまえる程に人通りがなかった。
 一応神社側の名誉の為に付け加えるなら、境内には精一杯なのであろう飾り付けや装飾は所狭しと飾られてはいるんだ。
 だが、ネームバリューが無いのか知らないが正月だというのに参拝客の姿は俺達しか見当たらない。
 でもまあ、神様に本気で願い事というか言いたい事がある俺にはこの方が都合がいいさ。
 代わる代わる煩悩を言い捨てる人の群れが押し寄せる神社なんかより、ここの方がじっくり話を聞いてもらえそう
じゃないか。もしかしたらお茶でも出てくるかもしれない。
 こじんまりとした鳥居をくぐり、足元に敷き詰められた砂利の音を響かせながら参道を歩いて行くと、落ち着いた
雰囲気の本殿と、こじんまりとした手水舎が見えてきた。
 本殿へ向かわず、まず手水舎へと向かう俺に長門は不思議そうな顔をしている。
 長門こっちだ、神社にお参りをする場合はまずルールがあってな? まあ、俺も詳しくはないんだが見ててくれ。
 右手で柄杓を一つ手に取り、小さな置物から流れている水をすくって左手にかける。次は……なんだっけ?
 興味深そうに俺の様子を伺っている長門にプレッシャーを感じつつも、とりあえずもう一度水をすくって左手に
それを溜めて口をすすいだ。そうだ、確かこんな感じだったはずだ。
 最後に柄杓その物を水で洗って元のあった位置に戻して終わり、やってみるか?
 小さく頷く長門に場所を譲り、俺はおずおずと手を伸ばす長門の姿を見物させてもらう事にした。
 右手で柄杓を持って、そうそう左手にかける。次は綺麗になった左手に水を溜めて……真剣に見ていただけあって、
長門の動きには迷いが無い。というか長門がやると絵になるな。
 掌の水で口すすぎ終え、最後に柄杓を綺麗に水で流した長門は俺の顔を見て立ち止まっている。
 えっとこれはなんだろうな、コメントすればいいのか?
 綺麗だったぞ。
 とまあ、何かずれた感想を言った俺だったが長門はそれで満足したらしい。何も言わないまま本殿へと歩いて行った。

 


 静かな境内に短く響く木箱の中を硬貨が転がっていく小さな金属音、そして鐘の音、最後に柏手の音が二回。
 頼むぜ500円硬貨、お前の力を見せてくれ! 
 ……えー前略神様、お元気ですか? 俺はなんとか元気です。今年はどうか平穏でなおかつ穏やかでもあり、それでいて
穏便な毎日が過ごせますように見守って頂けたら有難いです……っと。
 まあこんな所か。
 さて長門はどんな……なあ、俺を見ていても仕方ないんだが……あ、そうか。知らないんだよな。
 長門、まずは軽く会釈をして賽銭を入れるんだ。金額はいくらでもいい、気持の問題だ。
 場所はこの木の箱の中に……そうだ。
 次は深く頭を2回下げて、この紅白の紐を軽く揺らして鐘を鳴らす。これは神様を呼ぶって意味があるらしいぞ。
 そして小さく二回手を打ったら目を閉じて、心の中で何か願い事をするんだ。
「願い事」
 そうだ、まあここで願うのはサンタクロースに何か頼むとかそんな感じじゃなくて、どっちかっていうと自分が頑張るから
援護よろしくって感じらしい。あと、具体的な事でなくてもいいらしいぞ。
 俺の適当な解説に頷きながら、長門は手を合わせてから目を閉じた。
 さて、いったい長門はどんな願いをしてるんだろうね?
 ――目を閉じて沈黙している長門が目を開けるのをじっと待っていると、何やら本殿の奥の方から足音が聞こえてきた。
 それも一人や二人の足音じゃない、もしかして何かイベント中だったとかなのか?
 長門、様子が変だからちょっと離れるぞ。
 固まったままの長門の手を掴み、迫ってくる足音から逃げるように本殿から離れていくと、後ろから何やら楽しそうな声が
聞こえてきた。足を止めないまま思わず振り向くとそこには――なるほど、どうりで神社に一人も参拝客が居なかったわけだ。
 目立たないように足を緩めて、境内の端に移動した俺と長門は本殿へと向き直った。

 


 振り返った先に居たのは、大勢の知人達に祝福されている一組の夫婦の姿だった。
 周囲からの祝福を全身に受けて、白無垢に身を包んだ花嫁も羽織袴を着込んだ新郎も満面の笑顔になっている。
 逃げ出すタイミングを逃してしまった俺達もそんな二人を結果的に見守る事となり、式を終えた二人と家族達が神社を出ていく
途中、ちょうど俺達の正面を通る時には拍手なんかをしてしまった。
 新郎新婦は意外な見物人に驚いたようだったが、そこはまあ晴れの日って奴らしくすぐに笑顔を返してくれた。
 長門も見よう見まねで拍手をしつつ、そんな人の流れを見送っている。
「この人達は」
 先頭を歩いてる二人が居るだろ? あの二人はそこの神社で結婚したんだよ。
「結婚。――成人男女が夫婦になる事」
 そうだな。
 興味深そうに新郎新婦を見守っている長門を残し、俺は無人になった本殿へと戻った。
 やれやれ、あんなの見せられたらしょうがないだろ? 
 俺は邪魔にならないように音が出ない様に柏手を2回打ち、神様へのお願いを修正した。
 えー神様、さっきの俺の願いは後回しでいいです。代わりに、さっきの二人が末長く幸せで居られるように見守ってやって
くださいね……っと。
 略式での願い事を済ませて目を開けると、何故か長門も本殿の前に戻ってきていた。
 そして俺と同じように何やら熱心に願い事を頼んでいるような……さて、長門がここまで真剣になる願いってのはなんなん
だろうな?
 数分後――
「終わった」
 一仕事終えたように息をつき、長門は俺を見てそう言った。
 そうかい。ずいぶん念入りなお願いだったみたいだが、いったい何を頼んだんだ?
「………………秘密」
 妙に長い沈黙の間、何故か長門は俺の顔を凝視していた。
 その視線に込められた意味なんてのはわからないが……なあ神様、今日で正月も終わりだし最終日の特別サービスって事で
長門の願いも叶えてやってくれないか?
 なんせこいつははじめてあんたに祈ったはずだ、新規会員にはサービスがあってもいいと俺は思うぜ?
 

 

 結果として……まあ本当にずっと先の事になるんだが、この時の長門の願いは叶ってしまったのさ。

 


 「結婚」 終わり

 

 文芸部「酔い覚まし」へ続く

 

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