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長門有希の密度

長門有希の夏色

を踏まえています。

 

========

『長門有希の遭難』

 

 

九月、今年は無事に二学期を迎えることができた。

教室に入ると、七月以来会うことがなかった連中の懐かしい顔がちらほらと見える。夏練に明け暮れた運動部連中は真っ黒に日に焼け、それ以外の連中でも遊びまくったのか真っ黒に焼けているやつもいる。

「おはよ、キョン、久しぶり!」

「おいおい、三日前にも夏休み最後の虫取りとやらで一緒だったじゃないか」

「え、そうだっけ?」

ふん、何をすっとぼけたことを……。なんだかんだで夏休みの半分以上はSOS団の連中と顔を合わせていたかもしれない、何が、久しぶり、だよ。

「ま、いいじゃない」

そう言って窓の外を眺めるハルヒの前の席に俺は腰を下ろした。

 

そうだよな、今年の夏もいろいろあった。特に今年の夏は、情報統合思念体の働きにより、胸のサイズを二カップ分ほど増量した長門とプールや海で遊んだっけ。

俺は、机の上の程よく日に焼けた自分の腕を見ながら、長門と海に行った時のことを思い出していた。

 

………………

…………

……

 

妹と出かけた市民プールで、長門とたまたま出会ってから四・五日後のことだ。

長門からのメールに『海にでも行くか?』と返事をしたことをきっかけに、俺と長門は本当に二人で海に行くことになった。SOS団の公式イベントにしてしまえば、古泉がどこかのプライベートビーチでも手配してくれるに違いない。その方が俺的にも黙ってついていけばいいだけなので気は楽なのだが、なぜか長門とメールをやり取りしているうちに、普段いろいろと苦労しているはずの長門に少し息抜きさせてやりたい気になったので、公式イベントにすることはなく二人だけで行くことにした。

 

妹に見つからないように朝早くに家を出た俺は、長門と待ち合わせしている駅に向かった。

待ち合わせ時間の少し前に駅に到着した時には長門はすでにそこに立っていた。ノースリーブの白いブラウスに膝上丈のデニムのパンツ、少しつばの広い麦藁帽まで被っている。どこかのお嬢様というほどでもないが、清楚な感じがいかにも長門らしい。

「よお」

「……」

よかった、『遅い、罰金』とでも言われたら俺は立ち直れないところだったが、長門は普段どおりの無言で俺を迎えてくれた。

「じゃ、行くか」

そう言いながらふとブラウスの胸元が視野に入った。あいかわらず増量中らしい胸が存在を主張していて、俺は慌てて視線をそらした。

「……引き続き、有機情報因子は増量中」

長門は俺の方へ振り向くことなくそっとつぶやいた。

 

 

何回か電車を乗り継いで一時間以上かかって到着した海は、ほどほどに賑わっていた。さすがにここまで来ると、近くのメジャーな海水浴場のように芋の子を洗う状態ではないし、海の水もそこそこきれいだった。

先に水着に着替え終わった俺が、海の家の前で待っていると、長門がやってきた。先日プールで見たものと同じ水色のワンピースにパレオを巻いていて、白い花がついたビーチサンダルを履いて、手にはさっきの麦藁帽と小さなかばんを持っていた。すらりと伸びた手足の白さがまぶしいぐらいだ。

「んじゃ、パラソル借りるか」

 

海の家のパラソルは一日千円だった。うーむ、こんな傘ひとつで千円とはいい商売だね。その分、希望の場所まで持ってきて、砂にぐっと差し込むまではやってくれたが。

パラソルを立ててくれたバイトのにぃちゃんが去って言った後、持ってきたレジャーシートを広げて座り、俺はとりあえず一息ついた。隣に腰を下ろした長門は、もって来たかばんから文庫本を取り出して早速読み始めた。

うーん、まぁなんだ、せっかくここまで来たんだから、まずは海を見て、「わぁ、きれい」とか「気持ちいいわねー」とか言って欲しいところだが、長門には無理な注文であることは重々承知だ。

「なぁ、日焼け止め、いるか?」

長門は文庫本から顔を上げると、小さく首をかしげた。たぶん長門は日焼けなんかすることは無いんだろう。

「すまんが、背中とか塗って欲しいんだが」

俺は持ってきた日焼け止めクリームを自分の腕に塗りながら長門に話しかけた。実は子供の頃に一気に日に焼きすぎて、軽いやけど状態になったことがあって、それ以来、一日海にいるときには日焼け止めを塗るようになった。ただし、多少は黒く焼けたほうが健康的なので、SPF的にはゆるい目の日焼け止めにしている。

長門は文庫本を置くと、すっと右手を差し出してきたので、俺はその手のひらににょろーんと少しばかりクリームを出した。

「頼むわ」

後ろを向いた俺の背中に、長門の小さな手が当たる。この暑いのに相変わらず少しひんやりしていて心地よい。やがてその手が俺の背中を規則正しく動き出した。まず、肩口を横にクリームを伸ばすように動き、次に縦方向に上から下へと右側から左側へと順々に進んで行く。

見えないのでわからないが、長門のことだから、おそらく背中一面にミクロン単位で均等になるようにクリームを伸ばしてくれているんだろう。そんな気がする手の動きだった。

「ありがとう、長門」

俺が自分の胸あたりに塗っていると、いきなり長門の手がおへその辺りに回りこんできてクリームをすりこみ始めた。

「な、な、なっ、そ、そこはいいって……」

あまりの急な長門の攻撃で俺は度肝を抜かれてしまった。あわてて振り向くと、長門はキョトンとして首をかしげている。

「前は自分でやるからいいよ、ありがとう」

そういうと、長門はほとんどクリームが残っていない自分の手のひらを眺めて、

「わたしにも塗って欲しい」

と、ぽつりと言った。

「えっ、塗るの?」

コクンと肯く長門。

「そうか、わかった、ちょっと待ってくれよ」

俺は足回りとかの残りの部分への塗りこみをさっさと済ますと、長門の背後に回った。

長門のワンピースの水着はそれほど大きく背中が露出していないタイプだったので、俺はその小さな背中に必要と思われる量のクリームを手のひらに乗せて、そっと長門の背中に塗り始めた。

まるで作り物のように、きめ細やかでつるつるの肌だった。まぁ、宇宙人製の有機アンドロイドなんだから当然といえば当然か。

うちの妹に塗るときには、水着の隙間にも少し手を突っ込んで塗ってやるんだが、さすがに同級生の女子である長門にそこまでするのは気が引けるし、下手すりゃセクハラなので見える範囲だけにしておいた。

一通り背中に塗った後、ショートヘアの髪を少し上げて首筋あたりにも忘れずにクリームを塗りこんだ。

「よし、できたぞ」

「ありがとう」

その時、長門はパレオを少しはだけて足にクリームを塗っていた。こんな至近距離で長門の生足を見たのは初めてだが、背中同様につややかで輝いている。俺は見ないような振りをしながらしっかりと記憶に残しておいた。

 

 

その後は、少し海で泳いだり、パラソルの下に戻ってきて俺は睡眠、長門は読書とそれぞれに夏の一日を満喫していた。長門と二人だと、とてもまったりと過ごすことができる。ここにハルヒでもいれば、やれ競争だ、勝負だ、あれを食う、これを飲む、と忙しいことだったろう。

 

昼飯に海の家の思いっきりレトルトっぽいカレーを食った後、午後はしばらく二人してパラソルの下で昼寝をしていた。

結局一時間ほど寝ていただろうか、俺が目を覚ますと長門はすでに文庫本を読んでいた。俺はゆっくりと体を起こしつつ、長門に声をかけた。

「お、おはよう」

「……今は十四時前、『おはよう』は変」

「……そうか、それはすまない」

「いい」

こんなやり取りを楽しむことができるようになってどれぐらい経っただろうね。我ながら感心するよ、まったく。

 

「なぁ、カキ氷食うか?」

パラソルの下とはいえ炎天下で寝ていたのでのどが渇いた。

「食べる」

「買ってくるけど、何味がいい?」

長門は少し考えた後、

「イチゴミルク」

「わかった、ちょっと待っててくれ」

俺はそう言い残すと小銭入れを持って海の家に向かった。

 

ちょうどみんなカキ氷が欲しくなる時間帯だったようで、海の家のカキ氷には五人ばかりの行列ができていた。三つ、四つと買う人もいたので、俺がイチゴミルクとブルーハワイを手にするまで、七、八分は待たされただろうか。

 

あっという間に溶けていくカキ氷のカップを両手に一つずつ持って、長門の待つパラソルに向かっていくと、本を読む長門の前で、茶色い髪をしたヤツが二人ほどしゃがみこんで長門に何か話しかけていた。

 

お、ナンパだな。

こんな海岸でもナンパ野郎はいるようだ。しかし奴らは知らないだろうが相手が悪いぞ。あの情報統合思念体が銀河に誇るスーパー無口キャラをナンパで落とすとのは不可能に違いない。

俺は少し歩みを遅くして、どんなことになるのかそっと観察しながら近づいていった。

連中は、なにやら身振り手振りで長門に話しかけているようだが、長門は身動き一つせず、じっと不思議な生き物でも観察するような様子で目の前の二人を見つめていた。

やがて二人はあきらめたように、向こうの方を指差して去って行こうとしたが、その時、長門も立ち上がって、ついて行こうとしたように見えた。

お、おい、長門、お前……!

あの長門がナンパ野郎の誘いに乗ったのか!? びっくりした俺は慌てて駆け寄った。

「長門!」

俺の声に気づいて振り向いた長門は、えっ、というような表情で俺のことを見つめると、

「おかえり」

と、言って立ち止まった。俺は、できるだけ冷静を装った。

「どこ行くの?」

「……あなたが遅いので様子を見に行こうと思った」

長門はごく当たり前のように答えた。

あらためて周囲を見渡すと、さっきの二人組はもう次の獲物を求めて遠ざかって行くところだった。どうやら、俺の早とちりだったようだ。やはり長門は長門だ、安心した。

 

すっかり溶けて水っぽくなったカキ氷をかきこみながら、俺は長門にさっきの出来事について尋ねた。

「連中、なんて言ってきたんだ?」

「『ひとり?』と聞いてきたので、『そう』、と答えると彼らはいろいろ話し始めた」

「おいおい、今日は俺と一緒に来たじゃないか」

「質問された時点ではわたしは一人でいた」

「う……」

「彼らが私に話した内容は、どれをとっても論旨が不明瞭で何を主張したいのかよくわからなかった」

あははは、やはりあのナンパ野郎には荷が重すぎたようだな。長門をナンパするつもりなら、論理的に何一つ矛盾することない言い回しを用意しないといけないようだ。

それにしても長門はあの状況を正しく理解しているのか俺はちょっと不安になったので確認してみることにした。

「お前、あいつらにナンパされたんだぜ」

「今日は風も波も穏やか。彼らが船に乗る予定があったのかは不明だが、乗ったとしても海上で遭難する恐れは低いと思われる」

…………

えっと、長門さん、このベタな展開を踏まえて俺にどうしろと言うのでしょうか。俺はどのようなアクションを取ればよろしいのでしょうか?

「その難破とナンパが違うだろ!」と突っ込むべきなのか、素直にナンパの定義についてレクチャーするべきなのか、俺はすっかり返答に窮してしまった。

戸惑う俺をよそに、長門はイチゴミルクのカキ氷を飲み干すと、うーんと一つ背伸びをして青空を見上げていた。ナンパ野郎を引き寄せる魔力を備えた二カップ増量した胸が水色の水着の下で少し窮屈そうに感じられた。

 

夕方四時近くになると、海の家のおばちゃん達は早々に片づけを始めた。確かにすっかりパラソルの数も減っている。海水浴シーズンも終盤だし、今年の夏の分はもう十分稼いだと見えて、今日はもう店じまいするらしい。

俺たちもなんだかんだで十二分に海を堪能することができたので、パラソルをたたみ、帰ることにした。

 

帰りの電車では運よくクロスシートの席に二人で並んで座ることができた。俺は窓側に長門を座らせると、網棚の上に荷物と麦藁帽を乗せて、発車の時間を待つ間に缶コーヒーを二本買ってきた。

電車が動き出すまでの間、俺は缶コーヒーを飲みながら、今日一日でうっすらと赤く日に焼けた腕を見ていた。日焼け止めのおかげで、程よく焼けているようだ。

「少し焼けたかな」

「わたしは……」

そういって長門は自らの腕を動かしてチェックしていたが、どこをどう見ても相変わらず白い肌のままだった。

「わたしも少し日に焼けたほうがいい?」

長門は両手で大事そうに缶コーヒーを持ちながら、俺のことを覗き込むようにして見上げている。俺は即答した。

「いや、日に焼かない白い肌の方がいいよ」

長門は一つ瞬きをすると小さくコクンとうなずいて缶コーヒーを口にした。

 

そうだよ、長門、お前はその名前のように白い肌が似合うんだ、間違いない。

 

 

しばらくすると電車が動き出した。海岸線を走る電車の窓からは、遠く水平線の向こうに沈む夕陽がとてもきれいに見えていた。窓の外を眺める長門の横顔越しに刻一刻と沈んでくオレンジ色の太陽を見ていると、長門が俺の方に振り返った。

「きれい」

「そうだな」

その後も俺たちは太陽が沈みきるまで黙って窓の外を見つめていた。

 

 

……

…………

………………

 

 

俺が、ささやかな夏の思い出に浸っているうちに、あっという間に放課後になった。始業式だというのに掃除当番に当たってぶつぶつ文句を言っているハルヒを残して、俺は一足先に部室へと向かった。

 

念のためにノックしたあと部室の扉を開けると、そこには長門がいつものように窓辺で本を読んでいるだけだった。

「よお、元気だったか」

そう言いながら定位置のパイプ椅子に腰を下ろして制服姿の長門に目を向けると、すぐにある一点に気付いた。

あれっ、ひょっとして、元に戻ったのか?

制服の胸元が夏休み中の増量サイズと比べるとすっかり元通りになっているように見えた。二カップ分が一カップ分かひょっとすると元のサイズまで戻っているかもしれない。

そんな俺の視線に気づいたのか、本を閉じた長門は静かに話し始めた。

「昨日、情報統合思念体に要請し、胸の有機情報因子の量を減らしてもらった。あの胸の増量はあなたの要望に基づくもので試験的・限定的なもの」

ほう、やっぱりそうだったのか。しかし、俺の要望というのはちょっと違うと前も言ったと思うのだが……。

「あのまま増量し続けることも検討したが、先日のように、どこかの海に出かけた時に海上で遭難する可能性が高いと思われるため、少し減量することにした。どう?」

「…………」

こいつ、またまじめな顔でこんなことを言ってやがる。しかし今度は確実に状況を理解した上で言っているな。百パーセント確信犯的な回答だ。じゃあ、俺もその話に乗っておこうか。

「万が一でもお前が遭難するようなことがあったら、俺が何としてでも助けに行ってやるよ」

俺の言葉を聞くと、長門は少し安心したように小さく肯いた。

 

まだまだ残暑は厳しいが、部室の中には少しだけ涼しげな風が吹き込んで、俺を見つめる長門のショートカットの髪を、白い頬をそっとなでるように揺らしている。

 

そうだな、今年もいい夏だった。

 

 

Fin.

 

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