『長門有希の密度』

 

 

やっと衣替えになった。しかしいくら半袖でもこの時期の湿度の高いじめじめ天気では、あまり効果は感じられない。教室にクーラーを設置しろとは言わないが、せめて除湿機能だけでもあれば、快適に勉学に励めるのだが……。睡眠ではないぞ、一応言っておく。

教室にさえないんだから、この旧校舎・部室棟にはクーラーなどと言う文明の利器は存在するわけがない。いろいろ文芸部室に持ち込んでいるハルヒでさえ、クーラーまでは手が回らないらしい。ただし、いつの日かあの大森電器店の店主がクーラーを設置するために部室を訪れそうな気がしないではないが。

 

そんな蒸し暑い放課後の部室にいるのは、今のところ俺と長門の二人だけだ。他の連中は掃除当番かなんかだろう。俺は、いつものようにきりっと背筋を伸ばし、不動の体勢でハードカバーを読みふける小柄でスレンダーな長門の姿をぼんやりと見つめながら、昼飯時の谷口や国木田との会話を思い出していた。

 

 

「なぁ、キョン、昨日の夜のテレビ、見たか、あの巨乳タレントが出ていたやつ」

「おう、お前が教えてくれたやつだろ、見たぜ」

「やっぱ、男の憧れだよなぁ、あの胸は……」

遠い目をして感慨深げに話をする谷口に対して、国木田は弁当のおかずを箸で転がしながら、

「僕は、おっきいだけじゃなくてバランスも重視するけどね、キョンはどう?」

「ん、あんまりそういうことは考えたことは無いが」

「うそつけ、この野郎!」

谷口が我に帰ったように突っ込んできた。

「お前、あの朝比奈さんや涼宮や長門といつも一緒にいて、考えないわけがなかろうが! 健全な男子高校生としての感覚が麻痺したとでも言うのかよ」

「あははは、谷口とは違ってキョンは満たされているから……」

国木田の方をチラッと見た谷口は、ふん、と言ってシューマイを口に放り込んだ。

「確かに、あの三人、それぞれに特徴的な体つきだからね」

国木田が冷静に観察対象の分析結果について語りだした。

「朝比奈さんは、いかにも谷口の言う男の憧れのような胸をしているし、涼宮さんはすごーくメリハリのあるいいラインをしているし。あのバニー姿はよかったよね」

谷口が、うんうん、といった感じで肯いている。

「長門さんは、他の二人と比べるとちょっと寂しい感じはするけど、全体的なバランスは結構いいんじゃないかな」

ふん、今さらお前らに指摘されなくったって、SOS団の三人の女神たちのスタイルの素晴らしさはよーく知ってるさ。

確かに、谷口や国木田と比べると俺は恵まれているのかもしれないな。その分苦労も背負い込んでいるわけなんだが、いまさら代わってやる気はさらさらない。

 

 

国木田の言っていた『ちょっと寂しいけどバランスのいい』長門の読書姿を見つめていると、俺の視線に気づいたのか、長門は少し顔を上げて、

「なに?」

と、言ってわずかに首を傾けた。

「ん、いや、なんでもない」

「…………」

長門はハードカバーに目を落として読書を再開した。俺はしばらく窓の外を眺めていたが、ふと思い立って長門に話しかけた。

「なぁ、長門、お前まだ成長したりするのか?」

再び顔を上げた長門は、さっきよりわずかに大きく首を傾けた。

「成長?」

「身長伸びたりする?」

パタンと本を閉じた長門は、俺の目をじっと見つめながら話し始めた。

「わたしの体を構成する物質、いわゆる有機情報因子の総量は今後も増減する予定はない。したがって体型的には現状が維持される。」

「ずっとそのまま?」

「少なくともわたしが生まれてから、身長、体重などの体型はまったく変化していない」

俺はショートカットの髪や半袖の制服からスラリと伸びる白い腕を見つめながら、眼鏡以外は初めて出会ったときと変化がないことをあらためて認識した。

「でも、結構食べているように見えるが、あれは?」

「摂取する食物は、素粒子のレベルでエネルギーに変換されている。身体の成長に使用されるわけではない」

「んー、よくわからんが、要は物質をすべてエネルギーに変えているということか?」

「端的に言えばそう」

詳しく解説してもらってもわかるはずは無いので、端的に言い切ってもらう方がありがたい。それにしても、食べたものをすべてエネルギーに変換するということは……、

「それって、すごいことではないのか?」

長門の口元がわずかに動き、何か話し始めようとしたが、

「いや、いい。聞いてもわからん」

といってとりあえず遮った。開きかけていた口元をそっと閉じた長門は、

「そう」

と、少し残念そうにつぶやいた。

 

しばらく沈黙が流れる中、俺の目をじっと見据えた長門は、二つ三つ瞬きをした後、

「体型を変化させたほうがいい?」

と聞いてきた。谷口と国木田との会話が頭の中を駆け巡り、俺はどう答えるべきか少しばかり逡巡した。まさか、胸を大きくすればどうだ? なんてことは言えるはずが無い。

「ん、いや、そのなんだ、年相応の変化というか、そういうのだ」

少ししどろもどろになった俺を、吸い込まれるような漆黒の眼差しが捕らえて離さない。

「成人女性の体型になれということ?」

「うーんと、朝比奈さんの大人バージョン、見たことあるだろ。いずれはあんなふうに変化するのもありかな、というか……」

俺はいったい何を言っているのだろう?

「この体型では、だめ?」

いや、だめじゃないです、長門さん。決してそのようなつもりで言ったのでは……。

長門の何かを訴えかけるような真摯な瞳に、俺はついに返答できなくなってしまった。再び沈黙がその場を支配した。

 

「あなたが望むなら……」

たっぷり十秒ほど俺を見つめ続けた長門が話し始めた。

「体型を変化させることは不可能ではない」

「えっ?」

「本質的には、わたしの体を構成する有機情報因子を追加、増量すれば、発達させたい部分を思うように大きくすることができる」

チョイ待ち、俺は別に部分的にどこかを大きくしろ、と言った覚えは無い。心の中だけで思い描いたはずなのに、長門は見抜いていたということか!?

「情報統合思念体に増量を申請した方がいい?」

「いや、いや、そんなことでお前の親玉を煩わす必要はない」

「そう? 涼宮ハルヒの鍵であるあなたの要望であれば、統合思念体も無碍には断らないと考えられるが」

「いーよ、別に……」

なんとなく長門にからかわれているような気がするのは気のせいなのか?

「簡易的には、有機情報因子間の結合を疎にすることで、見た目を大きくすることができる」

「はい?」

「密度を下げる」

「だから?」

「容器の中へ、圧力をかけて砂粒を押し込むか、空気を含ませるようにそっと注ぐかの違い」

なるほど、押し固めない方が見た目は多いように感じられるな、実際のところ、砂粒ではそんなに差はでないだろうが。

 

「試してみる」

そういうと長門は右腕を上げて肘を九十度に曲げた。制服の袖口から、細い二の腕がすーっと伸びている。

「触って」

「へ?」

「まずは現状を確認」

そういうと長門は右手の二の腕辺りを指差している。そこでさっき言っていた密度の変化の実験をしようというのか。

とりあえず、俺は言われるままに長門の隣の椅子に腰掛けると、

「いいのか?」

「いい、どうぞ」

なんか緊張する。

「じゃ、すまんが失礼して……」

といって、長門の右の二の腕をそっと触ってみた。相変わらずひんやりと冷たい。いわゆる贅肉と呼ばれる類のものは何も無い感じだが、それでも程よい柔らかさと弾力を持っている。俺は、少しばかり、ぷにぷにとつまんで見た。

「痛い、優しくして……」

うぉ、す、すまん、つい力が入ってしまったか。

「では、少し変化を」

長門は、なにやら例の高速呪文を唱えた。その途端、俺がつまんでいた二の腕の感触が一気に変化し、やわらかさが増すと同時に、ぷにーっと伸びてきた。

「お、お、これは……」

確かにカサは増したが、単に伸びきってしまった感じであの弾力感がなくなってしまった。これなら元のままの方がいい。

「さっきの方がいいな」

「うまく調整すれば、もう少し感触が良くなるかも知れない」

そう言うと、今度は左腕も同じように上げてきた。

「左右でいろいろパラメータを変えてみる。試してみて」

はい? そっちもですか? 

俺は、長門と向かいあって座ると、右手で長門の左の二の腕を、左手で長門の右の二の腕を軽くつまんで、ぷにぷにという感触を確認してみた。

そうやって両手で長門のやわらかい二の腕をつまみながら、微妙に弾力が変化するのを感じつつ、「いやさっきの方が」、とか、「うん、これはいい」とかいうやり取りをしばらく続けていた。

 

バーーン!

「やっほー、来たよー!」

いきなり開いた部室の扉の音と元気いっぱいの声に驚いた俺は、長門の二の腕をつまんだ状態のまま振り返った。そこには、扉を開けた状態で固まっているハルヒの姿が……。

「ふぁあ? あんた有希になにしてんの!」

そう叫ぶと同時に室内に飛び込んできたハルヒは、開いた窓から突き落としそうな勢いで俺の胸倉を突き上げてきた。

「ど、どういうことよ! あんたまさか有希に……」

「まて、まて、俺の話を聞けって」

しかし、どう言い訳したもんか。長門が自分の体を構成する有機情報因子とやらの密度を変える実験をしていたので確認していた、なんて言える訳が無い。

「問答無用よ! このエロキョン!!」

ハルヒに胸倉をつかまれて問い詰められている間に、視界の端にわずかに見えた長門は、自分で自分の二の腕をぷにぷにしながら、楽しんでいるようだった。

ひょっとすると今年の夏には長門の胸が成長しているかもしれないな、ハルヒにネクタイを締め上げられ徐々に薄れ行く意識の中で、俺はそんなことを考えながら期待に胸を膨らませていた。

 

Fin.

 


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