~第四章 閉鎖空間と最後の審判~
 
 
「まず、いまの状況を説明してくれ。いったい何が起こってるんだ。ハルヒは急にいなくなるし、お前たちまで姿を消してしまって、正直何が起こっているのかさっぱりわからん」
古泉は俺の質問に、おやっと首をかしげるようなしぐさを見せる。
「ここに来る前にあなたの友人の佐々木さんや橘京子に説明を受けませんでしたか?」
さらりと答えた古泉の回答に驚きを隠せなかった。まさか、いままでハルヒのことを神とまで言っていた古泉がハルヒが佐々木の影にしか過ぎないという主張をあっさりと認めるとは思わなかったからだ。
「ハルヒが佐々木の影だとか、いまハルヒが閉鎖空間の中から世界を崩壊させようとしているという話のことか。お前はそれを本当のことだと思っているのか?」
少し強い口調で問い返すと、古泉はくっくっと笑うようなそぶりを見せながら答える。
「そうですね、いまの僕達の世界ではそれが真実といって間違いないと思いますよ」
「どういうことだ?」
「涼宮さんが本当に佐々木さんの影であったかどうかはわかりません。しかし、涼宮さんは何らかのきっかけで自分が佐々木さんの影であると信じてしまった。おそらくそう信じるに足る何かがあったのでしょう。
涼宮さんにはこの世界を創りかえる能力がある。だから、少なくとも涼宮がそれを信じたときから、その主張はこの世界の真実となってしまったのです」
「待て、その主張はおかしいぞ」
古泉得意の演説を途中で遮り、一般人の俺でも分かるようなごくごく当たり前の疑問をぶつける。
「ハルヒの能力は自分の好きなように世界を創りかえることだろう。ハルヒ自身がこんなことを望むわけがないだろうが」
俺にはこのことがどうにも納得のいかない疑問のように思えたが、古泉は、ほんの少しだけ考えるようなしぐさを見せた後、俺の質問を想定の範囲内であると言わんばかりに淡々演説を続けた。
「もともとそうだったのか、それとも涼宮さんの能力で世界改変があったのかは、僕達にはわからないのですよ。同じように涼宮さんの心の中や能力についてもすべてが分かっているわけではありません。
だから、涼宮さんが識閾下では今回のような出来事を望んでいた可能性や、また涼宮さんの能力が負の感情すらも実現してしまう類のものであるといった可能性も無いとは言えないのです」
「つまり、お前達はいま現在の世界の状況を知ることしかできないということか」
「そのとおりです」
苦笑するようなポーズをとる古泉の姿が先ほどよりも少し薄くなっていることに気づき、このまま消えてしまうのではないかと少し不安を感じた。
「それで森さんや新川さんは佐々木を新しい神と認め、お前はいまでもハルヒを神と思っているということか」
「神と言ってしまっては語弊がありますが、概ねそのような状況と思っていただいて間違いないでしょう」
しばらくの間、俺と古泉の間に沈黙が訪れた。あまり人に誇れるほど優秀ではない脳みそで古泉から聞いた話を整理した後、再び疑問をぶつける。
「それで……ハルヒはいま何をしようとしているんだ。世界を崩壊させようというのが、まさかハルヒの意思ではないだろうな」
表情を確認できないはずの古泉の赤い人影の表情が曇ったような気がした。目の前の赤い影は躊躇いがちにゆっくりと重い口調で言葉を紡いでゆく。
「涼宮さんは……自分が偽者の存在であることを知ってしまい、そのショックで巨大な閉鎖空間を創りだして、その中に閉じこもってしまったのです。
そして、涼宮さんは独りで閉鎖空間の中で思い悩み……ひとつの結論を導き出したのです。自分が真実の存在となる方法を」
古泉の口調から、ハルヒが導き出した方法が世界を崩壊の危機に晒しているのだということは容易に分かった。そして、なんとなくだが、それを聞くことを躊躇う気持ちが自分の中にあることに気づく。
おそらく、このとき本能的にそれを聞けば後悔することに気づいていたのだろう。できることなら、古泉の話を遮りたかったが、俺にはその方法を聞かないという選択肢は与えられていなかった。
「それは、この世界をいったん無に帰し、そしてその後に涼宮さん自らがまったく同じ新しい世界を創造するという方法です。そうすれば、涼宮さんは偽者の存在ではなくなるのです。
その後にできる世界では、すべての存在が涼宮さんの創造物となり、創造主である涼宮さんを偽物とするロジック自体に意味が無くなるからです」
「………………」
「しかし、涼宮さんの創造した世界には、涼宮さんが佐々木さんの影であることを知っている者は呼ばれることはありません。
なぜなら、そういった者がいるという事実が、自分が偽者の存在であることを涼宮さん自身に思い出させることとなり、涼宮さんの創りだした世界そのものを脅かすこととなるからです。
つまり、いま我々は神に見放された存在となってしまったわけです。だから、情報統合思念体も、機関も、そして未来の世界も佐々木さんを神として認定することになったのです」
「つまり、ハルヒが自分達を見捨てたから佐々木に乗り換えたということか」
「そういうことです」
「勝手だな。自分達の都合でハルヒや佐々木を振り回すとは」
「まったくそのとおりだと思います」
まるで他人事のように話す古泉の様子にイラつきを覚えた。まるで当然のことのようにハルヒを見捨てようとする態度が気に食わない。
「それでお前は俺にハルヒを止めてもらいたいわけか。だが、お前達の思惑通りになるとは限らんぞ」
古泉は俺の言葉を聞いてもう一度くっくっと笑うようなしぐさを見せた。
「あなたは何か誤解をしていらっしゃる。涼宮さんを止めてもらいたいのは森さんや新川さん、橘京子、藤原といった佐々木さんを神と認定するメンバーです。
朝比奈さんや長門さんを含めた僕たちSOS団のメンバーは、たとえ自分たちが消えてしまうことになろうとも、涼宮さんがそうを望むのであればそれで良いと考えています」
再び沈黙が訪れる。目の前の古泉はじっと俺の目を見据えているように見えた。その目はまるで俺の覚悟のほどを窺っているような気にさえさせる。
「……つまり、お前たちはハルヒのために殉じてもいいということか」
「そうです。だが、古い世界を残すのか、それとも新しい世界を創造するのかを選択するのは、僕たちではありません」
そう言い放った古泉の人影からは自らの死すらも覚悟した気迫のようなものが伝わってきた。
古泉が指を鳴らすようなしぐさをすると、天井から刃渡りが十センチほどの綺麗な装飾の施された短刀が落ちてきて、俺と古泉の間の床に突き刺さった。その青白く不気味に光る短刀の刃を見て、思わず息を呑んだ。
「どういう……ことだ? 古泉」
短刀の刃に視線を向けたまま古泉に問い質す。この後の古泉の回答はなんとなくだが想像はついた。だが、それでも俺は古泉にこう尋ねざるを得なかった。
正直、俺の予想がこのときほど外れて欲しいと思ったことはなかった。そんな俺の心を見透かすように古泉は淡々と答えた。
「あなたの想像通りです。もうすぐこの世界に夜明けが訪れます。日が昇ってしまえば、この世界は元の世界と入れ替わり、閉鎖空間であったこの世界が真実の世界となってしまいます。
そしてそれを止めるためには涼宮さんを殺害する以外に方法はないのです。
だが、この世界は涼宮さんによって創られた世界。この世界のいかなる能力を用いても涼宮さんを傷つけることはできません。唯一、あなたの親友である佐々木さんが創造したその短刀を除いてはね」
ゆっくりと視線を短刀から古泉へと移す。空気が重苦しく感じられ、周囲の静寂が際立ち、時間の感覚が狂っているような錯覚に陥る。
「つまり……ハルヒを殺せ……ということか」
「いえ、あなたには涼宮さんとともに新しい世界へ赴くといった選択肢も与えられています。涼宮さんのことを知っている者で唯一人あなただけが新しい世界へ赴く権限を与えられたのです」
「だが、それはお前たちを見捨てるということだろう?」
「そうです。ただ、念のためもう一度申し上げますと、少なくとも僕と朝比奈さん、長門さんはあなたがそれを望むのであればそれで良いと考えています」
ふと、下宿先に残してきた佐々木のことが気がかりになった。佐々木はこのことを知っているのだろうか。俺がハルヒとともに新しい世界へ行くと選択すれば、佐々木もこの世界に取り残されてしまうのだろうか。
「佐々木は……このことを知っているのか?」
「もちろんご存知のはずですよ。表層心理ではともかく深層心理、識閾下ではね。なぜなら今回の事件はこの世界のふたりの神、涼宮さんと佐々木さんの識閾下の合意によって決められたことですから」
予想外の古泉の回答に、俺は言葉を失い視線を床に落とす。床に突き刺さった短刀が怪しい光沢を放っている。ハルヒは、佐々木はどういう気持ちでこんなルールを定めたのだろうか。
それと同時に、罪悪感が胸にこみ上げる。ふたりに対して曖昧だった自分の態度。それが今回の事件を起こしたような気がしてならない。俺はハルヒと佐々木、どちらを選ぶべきなのだろうか。
「その短刀を引き抜けば、後ろの扉は開きます。それを持ってグラウンドにいる涼宮さんに会いに行ってください。その短刀を持って会いに行くこと。それがふたりの神が定めた公平なルールですから」
言い終わった古泉の体がゆらゆらと揺らめきだした。
「どうやら僕の役割はもう終わりのようです。僕はあなたにどちらを選んでいただいても結構です。ただ、あなたが後悔することのないことを願っています。では」
最後まで勝手なことを言うだけ言って、古泉の人影は水面の波紋のように薄く広がり消え去った。くそう、いったい俺にどうしろというんだ。
ゆっくりと短刀に近づき、柄を軽く握り締め、床から短刀を引き抜く。
カチャッ
背後で鍵が開くような音がした。深呼吸をしてから短刀を握り締め、扉を開き廊下に出てグラウンドへと向かう。
思えば、いまたどっている道筋は初めてハルヒと閉鎖空間に閉じ込められたとき、突如現れた神人からハルヒを連れて逃げた道のりだ。
あの後、グラウンドの真ん中でハルヒとキスをして元の世界に帰ることになるのだが、今回はハルヒを連れてもとの世界に帰るということはできないらしい。
走馬灯のように、あのときの出来事が、元の世界に戻った後のSOS団での活動が、長門や朝比奈さん、古泉の顔が、ハルヒの怒っている顔や笑っている顔が脳裏に浮かんでは消えていく。
どうしてこんなことになってしまったのか。なぜ、平凡な日常を過ごすことができないのか。やり場の無い不満がこみ上げてくる。グラウンドに出て、その中央、ちょうど俺とハルヒがキスをした付近に、小さな少女の姿を見つけた。
「コイツ、こんなに小さかったんだ」
ハルヒを見た瞬間、驚きとともに思わずそうつぶやいてしまった。目の前のハルヒはとても脆く小さく、触れると壊れてしまいそうな感じさえした。
「キョン……」
ゆっくりと顔をあげたその瞳からは不安の色が滲んでいた。そのハルヒの様子は普段のパワフルなハルヒからはとても想像できなかった。
「ハルヒ」
「こ、こないで」
予想外のハルヒの言葉に思わず立ちすくんでしまう。俺を見つめるハルヒの瞳は怯えているように思えた。
「ご、ごめん……なさい……で、でも……」
すまなさそうにうつむくハルヒの姿がとても儚く思えて切なかった。普段のハルヒの姿とのギャップがいっそう切なさを募らせる。
「だ、大丈夫だよ、ハルヒ」
「え?」
「お、俺はハルヒ、お前といっしょにいるよ」
顔を上げ、驚いたような表情で俺の顔を見つめる。
「で、でも、あたしといっしょになるってことは、佐々木さんや有希やみくるちゃん、古泉くん、みんなにもう会えなくなるのよ」
「あ、ああ、それでもいい」
ハルヒはじっと俺の目を見つめる。だんだんとその瞳から涙が溢れてくるのがわかった。ふと、唐突に得たいの知れない違和感のようなものが俺の中にこみ上げてくる。
「本当に、本当にあたしでいいの? 佐々木さんじゃなくても、有希やみくるちゃんじゃなくても、本当にあたしで……」
涙交じりの声で問いかけるハルヒを見て違和感がだんだんと鮮明になっていく。雑音、ノイズ、奇妙な感覚。なぜだろう? 俺の心の中に迷いがあるというのだろうか。この人生の決断の最中に。
「ああ、お、俺は……お前のことが誰よりも好きだ。だから……」
ハルヒのしぐさ、表情がさらに違和感を強くする。違和感の正体を……俺は知って……いる? いや、そんなことはない。だが、その思いは打ち消そうとすればするほど、違和感は強くなり、やがてそれは確信へと変わる。
「キョン!」
ハルヒは俺の元に駆け寄り、ぎゅっと俺の体を抱きしめた。ハルヒのことを抱きしめてやりたかった。このまま何も知らずにハルヒといっしょになれたならどれほど幸せだっただろうか。
だが、俺は気づいてしまったのだ。下唇を噛みしめ、短刀の柄を力いっぱい握り締めた。
「これは規定事項だ。あんたが閉鎖空間に行くことも、この世界に戻ってくることもな」
脳裏に藤原の言葉がこだまする。決意の瞬間、不意にハルヒの顔がゆがんだ。右手に持った短刀の刃がハルヒの体に突き刺さり、ハルヒの血液が短刀を伝い俺の手を濡らす。
ゆっくりとハルヒは視線を下に移し、自分の身体に深々と刺さった短刀を見つめた後、もう一度ゆっくりと顔をあげ俺の方に視線を向ける。きっとハルヒには一瞬何が起こったのかわからなかったのだろう。
「あ、あ、ああ……」
すべてを理解し、俺から放れ、一歩ずつ後ずさりしていくハルヒの表情は絶望に染まっていた。そんなハルヒにかける言葉を俺は持っていなかった。ただ、悲しさと罪悪感の混じったような感情が俺の心を支配していた。
「ハル……」
「そ……そうよね。あ、あたしひとりの命じゃ……みんなの命とは……釣り合わない……わよね……」
「ち、ちが」
「やっぱり……キョンは佐々木さんを……仕方がないよね。あたしは……佐々木さんの……偽者……だから……」
「違う……き、聞いてくれ、ハルヒ」
「いまさら言い訳なんて聞きたくないわ! だって、キョンはあたしじゃなくみんなといることを―――――」
「最後ぐらい俺の話を聞け!」
思わず叫んでしまった俺の気迫に圧されて、ハルヒは身体をビクッとさせて黙りこむ。
「俺は! ここに来るまで、お前の姿を見るまで、お前といっしょに新しい世界に行ってもいいと思ってた! いや、たとえこの世界に朝が来なくても、ハルヒと二人でいられるならそれでもいいとさえ思っていた!」
「…………」
「だが、本当にお前はそんなことを望んでいるのか? 俺以外のみんなを見捨ててまで新しい世界に行くことを!」
「キョン……」
「俺には分かるんだ! お前が何を考えているか、何を望んでいるか。ずっと、ずっと、三年前あの閉鎖空間から帰ってきた日からずっとお前のことを見続けてきたんだから!」
ハルヒだけでなく、自分自身にも言い聞かせるように、叫ぶように語りかけた。正直、ハルヒの気持ちに気づかなければ、どれほど幸せだっただろう。そんな思いを打ち消すように俺は叫んだ。
「授業中も、家にいるときも、気がつけばお前のことを考えていた。だから、分かってしまうんだ! お前が本当はそんなことを望んでないということが!」
叫び終わった後、俺とハルヒは互いに言葉無く見詰め合っていた。どれぐらいの時間そうしていただろう。
カラン
ハルヒが自分の身体から引き抜いた短刀が地面に落ち、乾いた音が響く。やがてハルヒの身体がゆっくりと傾きその場に倒れこんだ。
「ハルヒ!」
思わずハルヒのもとに駆け寄り、ハルヒの身体を抱き上げる。
「ごめん……なさい……キョン……ごめん……」
「え?」
ハルヒの意外な言葉に一瞬戸惑いを感じた。ハルヒは泣きながら俺の服にしがみつく。
「あたし……ようやくわかったわ。あんたに言われて……ようやく自分の本心に気づくことができた。あんたの言うとおりよ。あたし……誰かに止めてもらいたかったんだわ。
こんなことをしても……どうにもならないって知っていた。でも……でも……止めることはできなかったの。他にどうしようも無かったから……」
「ハルヒ……」
「あんたも見たでしょ。部室の……人形の山を。あたし……独りが寂しかったから……形だけあんたに似せた人形を作って……自分を満足させようとしてた。でも、どれもあたしの心を満たしはしなかったわ。
当然よね。あたしが作ったキョンがあたしを止めることなんて無い。そんなこと分かってたはずなのに……何度も何度も同じこと繰り返して……バカみたい…………」
「ハルヒ……ごめんよ。俺が……俺がはっきりしないばかりに……お前や佐々木を悩ませることに……」
「謝るのは……あたしのほう。辛い思いをさせてごめんね」
無理をして微笑むハルヒの顔がとても切なかった。いままでハルヒに冷たく当たってきた自分に後悔の念が押し寄せる。なんでもっと優しく接してやれなかったんだろう。
「ハルヒ……」
「そんな顔しないで……これでよかったんだから」
ハルヒは俺から視線をそらして周囲を見回す。
「ここは……あたしの創った偽りの世界。周囲に見えるすべてのものが……みんなまがい物。もうちょっとで……あたしはあんたをこの嘘の世界に閉じ込めてしまうところだった。
そしたら……あたしはきっと永遠に後悔したと思うわ。でも……あんたが止めてくれたおかげで……あたしは後悔しなくて済んだ。だから……あんたが謝る必要はないわ。それに…………」
ハルヒは弱々しく手を上げて、俺の目から溢れる涙を拭う。
「部室も、学校も、あたし自身さえも、すべてがまがい物のこの世界で……あんたの流すこの涙……あんたのあたしへの想いだけは、この世界でたった一つだけの真実だわ。
あんたがあたしのことを想って流してくれた……この涙。この想いが……あたしが確かにこの世界に存在していたことの……証。だから……キョンに会えなくなるのは寂しいけど……悲しくはないわ。
だって……あんたがあたしのことを覚えていてくれる限り……あたしは……涼宮ハルヒは……確かにこの世界に存在したと……胸を張って言うことができるもの」
「ハル……」
「佐々木さんと……幸せにね」
ドンと一瞬世界が揺らいだような感覚に襲われて、反射的に辺りを見回すと、学校の校舎が上のほうから数千、数万の粒子となって宙に舞い上がり崩壊している。
学校だけではなく周囲の建造物、地面さえもバラバラの粒子に変わっていっている。直感的にハルヒの創った閉鎖空間が消滅しているのだと分かった。
慌ててハルヒの方に視線を戻すと、ハルヒの身体は光り輝き、かつて朝倉涼子が消えたときのように端の方から光の粒子となって、指の間から漏れていく。
「ハルヒ!」
「さようなら、キョン」
最後の最後に、ハルヒは、いままで俺が見た中で一番の微笑を見せて、俺の前から消え去った。
やがて、周囲にあるすべてのものが崩壊し、辺りが完全な闇に覆われると、ハルヒであった光の結晶が、塵が風に吹かれて舞い散るように、拡散していく。が、突然その拡散した光の粒子が、もう一度一箇所に集まり人の形を作り始めた。
「ハ、ハルヒ?」
人影の背後から太陽の光が差し込み、周囲の闇を取り払うと、辺りには見飽きた日常の景色が広がった。もとの世界に戻って来たことを知る。
「ハル―――」
「お帰り、キョン」
佐々木は悲しげな表情で俺に微笑みかける。
「佐々……木」
「ごめん、僕に少しばかりの勇気が無かった為に、キミに辛い思いをさせてしまった。本当にごめん」
俺はよろよろと佐々木に近づくと、そのまま佐々木をその場に押し倒して、佐々木の胸で泣いた。
「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
佐々木は尻餅をついたまま、俺の気持ちが落ち着くまで、何も言わずに俺を抱きしめてくれていた。

 
 


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