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 恥ずかしい話、俺は自分の事を、どちらかと言えば思慮深い方だとばかり思ってたんだが。実際はそうでもなかったみたいだ。勢いよく立ち上がった俺は会長に向かって両手を伸ばし、そして、


「よく…よく言ってくれました!」


 ポカンとした表情の会長の手にその手を重ねて、感謝感激の一言を告げていた。


「ああ?」
「いえね、俺だって前々から古泉の事はうさんくさいうさんくさいと思ってたんですよ。あの笑顔からセリフからキザったらしいポーズのひとつひとつまで、とにかくうさんくささの見本市みたいな奴じゃないですかあいつは。ただ――」


 それでも話している内にだんだん落ち着きを取り戻してきた俺は、いったん席に腰を戻して湯飲みのお茶をぐっと飲み干し、うつむき加減に言葉を続けた。


「ただ、俺のツレで谷…。いえ、本人の名誉のためにTとしておきますが、このTが事あるごとに古泉をこき下ろすんですよ。
 『なんだあの野郎。ツラも良けりゃ足も長いのに、その上野球まで得意だってのかよ。うさんくさいったらありゃしねえ』とか。
 『くっそ、こっちは体張って池にまで落ちてるってのに、あの野郎だけ主役でオイシイ目みやがって。なんだよあの貼り付けたみてえな笑顔に白々しい演技は。ああうさんくせえ』とか。

 実際の所、俺だって似たような事は考えてたんです。いえ、古泉の裏の顔を知っている分、むしろ俺の方が強くそう思っていたかもしれません。でも谷…じゃなかったTのセリフを隣で聞いていると、どうしてもそれが『モテない野郎のみっともないひがみ根性』にしか思えなくて、それで…」
「それでこれまで、自分の本心を口にするのがはばかられてきた、か?」


 ポン、と肩に手を置かれて顔を上げてみると、そこには驚くほど穏やかな会長の微笑があった。


「分かるぞ、その気持ち。ことに奴を除けば、お前以外のSOS団員は全員女だものな。とてもじゃないがそんなセリフ、口には出来なかったろう」
「せ、先輩…」
「だがお前が古泉に抱いていたその感情は、決して間違っちゃいない。れっきとした彼女持ちである、この俺が保障してやろう。
 そして今この場では、何の遠慮をする必要もない。いい機会だ、俺と一緒に鬱屈した想いの全てを吐き出してしまえ。さあ!」
「は、はい!」


 会長の言葉は蜜のように俺の心に染み渡り、そのささやきに促がされるまま、俺たちは他のお客さんの迷惑にならないよう密やかに声を張り上げたのだった。


「古泉一樹はうさんくさい!」「古泉一樹はうさんくさい!」
「「古泉一樹は、うさんくさい!!」」

 



「――とまあ、ここまでは冗談半分としてもだ。いや古泉の奴がうさんくさいのは事実だが」


 喉が渇いただろう、と会長が追加注文してくれた抹茶セーキをストローですすりながら、俺は改めて会長の話に耳を傾けていた。わざわざお店で粉を挽いているそうで、抹茶の鮮烈なほろ苦さが舌に心地良い。甘さ控えめな分、お茶請けに生キャラメルが添えてあるのがまた憎いね。


「俺が古泉を当てにしないのは、まったく単純な理由だよ。将来のために布石は打っておきたいが、しかし下げたくもない頭を下げるほど現状で苦境に立たされている訳でもない。だから奴には頼らない、それだけの事だ。
 もちろん本当に窮した時には、恥も外聞もなく古泉にすがるさ。あいつが頼りになるというのもまた事実だからな。だが今はまだ、その時期じゃない。ならば切り札はここぞという時まで取っておく。
 要するに俺にとって、あいつは最も借りを作りたくない部類の人間なのさ。それはおそらく、お前にとっても同様だろう?」
「…………」


 含み有りげな会長のセリフに、俺も無言で頷いた。
 試験勉強の時期とか、ついつい古泉を頼りたくなってしまう瞬間が俺にもある。『機関』の力でテストの中身を事前入手してくんないかなー、とか。けど、それはダメだ。友情と仕事の一線を踏み越えてあいつを利用するような真似をしたら、その瞬間から俺と古泉はSOS団の仲間じゃなくなっちまう。
 俺はうっかりあいつに借りなんて作りたくないし、逆にあいつの弱みを握りたくもないんだ。文芸部室で打つオセロがフェアな勝負でなくなったら、放課後の時間がつまらなさ過ぎるだろ?

 

 この一年で俺が最も会話を交わした相手はといえば、なんだかんだでやっぱり古泉なのだ。あいつが口にする案はたいていロクな物じゃないが、それを試金石に俺が自分の考えを導き出している点は否めない。毎回ぶつくさと文句を言っちゃいるが、今の俺にはあいつとの対等な口論が、朝比奈さんのお茶の次くらいには必須になっているのだ。

 きっと会長にとっても、古泉は「張り合い甲斐のある相手」で、だから変に迎合するような真似はしたくないんだろう。こうして陰口を叩きたくなるような、そしてそれを飄々と受け流すくらいの、小憎らしいあんちくしょうなポジションが古泉にはお似合いなのさ。


「まったくだ。ただし俺とお前とでは、少々事情が異なる」


 こちらも追加注文の黒蜜きなこパフェを口に運びながら、会長はそう付け加えた。にしても、この期に及んでそんなクドそうなのを召し上がられるとは。本物の甘党なんですねあなたって人は。


「ビールよりはカルピスソーダが好きな方だ。中元でも送る気になったら考慮しておいてくれ。
 それはさておき。先程も少し触れたな、『機関』と情報統合思念体は同業他社のような関係だと」


 ああ、そんな事も言ってましたね。だから先輩と喜緑さんは、あまり大っぴらにはイチャつけないんでしたっけ。


「まったく、ややこしい事だ。生徒会では同僚であり、私事では恋人同士の二人が、職務上はライバル関係だってんだからな。
 シェークスピアも爆笑だぜ。まあ『機関』と統合思念体が明確に敵対していない分だけマシだとは言えるが」


 こめかみの辺りを指先で抑えながら、会長はそう呟いた。その苦み走った表情は、どうやらアイスの冷たさだけによるものではないらしい。と、会長は不意に、切れ長の目をまっすぐこちらへ向けた。


「敢えて訊こうか。もしも『機関』と統合思念体が敵対したなら、お前はどちらの側に付く?」

 



「…答えなきゃいけませんか、それ」


 多分、俺は仏頂面を浮かべていたんだろう。当然だ、あまり愉快な質問じゃない。そんな俺の顔色に、会長はくっくっとイタズラが成功した時の子供のように楽しげな笑みを洩らした。


「いいや、無理にとは言わん。こんな質問、状況次第で答えなどいくらでも変わるものだ。たいして意味は無い」


 じゃあどうしてわざわざ、と訊ねようとしたその矢先。会長の瞳がぎらりと凄みを帯びた、ように思えた。


「だが俺はもう決めた。江美里の味方をすると」

「え?」
「もしも『機関』と江美里が対立するような事態になったなら。俺は江美里の側に付く。そう決めた。だから俺は外部協力員のままで『機関』の内部にまで踏み込みはしないし、古泉とも必要以上に馴れ合ったりはしない。
 互いに銃を向け合うような状況になった時、その方が楽だ。俺も、古泉もな」


 パフェをひょいひょい頬張りながらの、ごく普通の口調。だのにその言葉の裏には、どこかピンと張り詰めたものが漂っていて。俺は思わず、ごくりと息を飲んだ。


 状況が切迫していれば、人はその場の勢いでキスくらいまでは出来る。…思い返すと胸の内で何かがぐるんぐるん回転したりするので、あまり触れたくないんだが。ともかくそれは実体験に基づく事実だ。

 俺みたいなボンクラでさえその程度は出来るのに、どうして世の中には踏ん切りがつかず恋に悩み続ける人が尽きないのかと言ったら、告白してフられたらもちろん心が痛いし、成功したらしたで、今度は自分のセリフやら行動やらに責任が生じるからだろう。健全な青少年なら、こっそりmikuruフォルダを覗く程度の事は誰だってやっていると思うが。しかし実物の朝比奈さんに手を出すなんて事は、俺にはまったく夢想だに出来ない。そんな覚悟はまだ俺には無い。


 先の会長の一言に、俺はその覚悟を垣間見た。
 それは俺にとって、純粋な驚異だった。女性経験の有無とかはさておいても、この人は“大人”なのだ。俺なんかよりも断然、ずっと。

 たった一年の歳の差で、人間こうも違うものだろうか。こんな上級生になれるのなら、生徒会長をやってみるのもいいかもしれないとさえ一瞬思ってしまったほどだ。それほどに会長の宣言は男前で――。


「感心してくれている所、悪いがな。あいにくと俺があいつに手を出したのは、ほとんど成り行きだったぞ」
「は、はいっ!?」

 



「責任だの覚悟だの、いちいち考えてなんかいられるか。目の前に憎からず思っている女がいて、うまいこと喰えそうな雰囲気だったら、なるようになっちまえってのが男の本音だろう」
「そ、そんな事でいいんですか?」


 思わず声を上擦らせてしまう俺の前で、会長は自信満々に頷いてみせた。


「言ったはずだ、俺はつまらん事で悩むのが馬鹿らしくなったと。
 悩んで考えて最善策を思い付けるなら、それでもいい。だが、その場の勢いで突っ走った方が良い目が出る時もある。『ああ、もうこいつでいいや!』という直感が、案外バカにならん」
「そんなものですかね」
「そんなものだ。理屈ではなく直感だからこそ、自分を信じられる。
 もちろん、誰しもがそうしてうまく行くなどという保障は無いぞ。だがとりあえず、俺たちはうまく行った。そもそも色恋沙汰に方程式など存在しないんだ。おかげで宇宙人相手でも、こちらが優位に立てる。…もっとも近頃は江美里の奴も、女の手練手管をあれこれ身に付け始めているんだが」


 俺の脳裏に、喜緑さんに手の甲をつねられていた際の、本気で引きつっていた会長の表情が浮かぶ。と、それを打ち消すかのように会長は、ビッ!と銀色のスプーンの先を俺の顔に向けた。


「とにかくだ。方程式など存在しない以上、自分が正解だと信じてさえいればそれでいい。俺はまだまだ野心溢れるお年頃なんでな、覚悟やら責任やらの重苦しい理屈に拘束されるよりは、単純に『こいつとつるんでると面白そうだ!』ってな衝動に身を委ねたいのさ。
 あいつは確かに宇宙人だが、だからってスルーしちまうにはちょっと惜しいくらいのイイ女だ。なら俺は手を出す。他の野郎なんかにくれてやってたまるか。
 動機なんざそれで十分なんだよ。でもって手を出してみたら、幸か不幸かあいつも俺を受け入れてくれたんでな。今さら手放すのも惜しいし、せっかくだからこのまま二人、行き着く所まで行ってみるのさ。
 後悔はするかもしれん。だが後戻りはしない。俺は――」


 縦長のガラス器に残ったパフェを、ぺろりと平らげて。会長は柄の長い銀のスプーンを器に放り、そのついでみたいにこう告げた。




「江美里と共にある未来を選ぶ」




 ガラス器の中で、転がるスプーンがカラカラと澄んだ音を立てる。その音と共に、会長のストレートな一言は俺の胸に響き渡った。




本名不詳な彼ら in 甘味処   その5へつづく

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