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 まったく、何なんだろうねこの人は。最初に生徒会室で顔を会わせた際に、いきなりタバコを吸い始めた時にもえらく驚かされたものだが。
 計算高いようでいて、そうでもない。ふっと無防備に自分をさらしてくる瞬間があって、その都度ドキッとさせられる。
 結構ワガママで図々しくて狡猾で自分本位な独断専行型なのに、どこか憎めないというか。なんとなく、その大っぴらさが痛快だったりもするんだよな。もしかして喜緑さんも、この人のそういう所に惹かれたりしたんだろうか。


 なんて事を考えていたら、ふと気が付いた。そうか、会長ってどことなくハルヒに似てるんだ。
 いや、もちろんこの人はインチキパワーなど無い普通の人間なんだけれども。両面性を秘めたそのスタンスというか、根っこの部分が似ている気がする。だからこそ、ハルヒの敵役に抜擢されたのかもしれない。
 トラやライオンはその成長過程で、周りの兄弟たちとケンカをする事で狩りの仕方なんかを憶えていくそうだが。おそらくハルヒにとって、会長はまさしくちょうどいいケンカ相手なんだろう。なんだかんだで会長を向こうに回してタンカ切ってる時のあいつは、目をキラキラ輝かせてるもんな。


「…分かりました。って言うかここまで聞いといて、今さら知らんぷりってのもナシでしょう」
「うん?」
「相談役ってのは、どうにもこそばゆいですけどね。たまの茶飲み話くらいなら付き合わさせて貰いますよ。
 ついでに、もうひとつの俺に期待したい事ってのも聞かせてください。毒喰わば皿まで、こうなったら何でも承りましょう」


 そう伝えて俺は、にいっと会長を真似た笑顔を浮かべてみせた。
 踊るアホウに見るアホウじゃないが、向こうがこれだけあけすけに話をしてるのに、こっちだけだけ勿体ぶってたら格好悪いだろ? まがりなりにもこの人はさっき、俺の境遇に理解を示してくれたんだ。だったら俺だって、この人のお役に立ってさしあげたいじゃないか。
 それに俺の方としても、長門に関してはいまだに謎な部分が結構多かったりする。会長との情報交換は、割と貴重かつ重要な機会なんじゃないのかね。と、この瞬間までの俺はそんな前向きな事を考えていたんだが。


「ほう、大きく出たな。では遠慮なく要望させて貰おう。
 実の所、こちらの案件は少々厄介でな? お前をどう頷かせようかと、いろいろ算段していたんだが。ふむ、案外難問ほど簡単に片付くものだ」


 申し出に傲然とそう答えて、会長が俺以上のニヤニヤ笑いを浮かべている様に、俺は早くも後悔の念を覚えていた。
 うへえ。もしかして俺、ちょっとばかし早まっちゃいましたか。まさかとは思いますけど、俺の安請け合いを引き出すためにここまで内情から何からぶっちゃけてきたって事はないですよね?


「クックックッ、さあな。
 まあそんなに身構えてくれるな。厄介と言っても、別にお前を七転八倒させようって訳じゃない。単に、具体的な対処法を示唆できないというだけの話だ」

「はあ。なんだか曖昧ですね」
「言葉にすれば単純なんだがな。ともかくこの件も、俺と江美里の将来に大きく関わるのは間違いない。だからよく聞いてくれ。いいか、俺がお前に期待したいもうひとつの用件、そいつは」


 先程と同様に、いやそれ以上に勿体をつけて会長は2本の指をぴっと突き立て、そして厳かにこう言った。


「『涼宮ハルヒを安定させ過ぎるな』って事だ――」

 



 はて? ハルヒの奴を安定させ過ぎるな?
 退屈させるなって話なら、さんざん聞かされましたけどね。孤島とか雪山とか、それこそ『機関』のアホみたいな金の使い方には呆れたものです。


「まったくだ。俺も最初に口座に振り込まれた『外部嘱託費』の金額を見た時、驚いて、一瞬喜んで、すぐに恐ろしくなった。この内のどれだけが口止め料なんだろう、とな」


 そう言って会長は、やれやれと天井を見上げてみせる。この人のバイト料も、どうやら一介の高校生としてはビビるくらいの額らしい。


「そのくせ普段から厳粛な生徒会長役を要求されているせいで、おちおち散財も出来やしない。こういった店で甘味をむさぼるのがせいぜいだ。
 いや、この程度のボヤキならまだマシか。最悪なのは、俺が本当に『機関』に敵対しなければならなくなった時だからな。さっきは江美里に味方すると言ったが、しかし俺だって出来れば『機関』に弓引くような真似はしたくない。ぶっちゃけ森さんが恐いし」


 ええ、俺もそれには完全同意です。そもそも宇宙人と超能力者が相争うなんていう、いかにもめんどくさそうな事態はご免こうむりたいですよね。


「だからこそ、今の内に最悪の事態に備えておく必要がある。
 って事で、話を戻すが。『涼宮の能力が次第に安定してきている』という話は古泉から聞いているな?」
「はあ、聞いたような憶えはあります。閉鎖空間の発生頻度も収まってきているとか」
「そこまではいいんだ。問題なのはその先…」


 眉根を寄せてトントンと指先でテーブルを叩きながら、会長はこう続けた。


「つまり、涼宮の能力が安定し過ぎて消え失せてしまった場合だ」

「はい? ハルヒの力が消えてしまった場合、ですか?」
「ああ。その時いったい何が起こるか、お前は考えた事があるか」


 むう。薄ぼんやりとそんな可能性について思いを馳せてみた事が無かった訳じゃないが、そこまで突き詰めて考えてみた事は無かった。
 高校生ってのは日々何やかやと雑多な用事に追い回されるもので、さらに俺の場合、その大半に直接的にせよ間接的にせよハルヒが絡んでくるものだから、ハルヒの力が消失するなんて事態は現実的に考えづらかったのだ。今こうして会長と向かい合っているのだって、ハルヒ絡みだと言えばそう言えなくもないしな。


「うーん、でも『機関』としては万々歳なんじゃないですか? 閉鎖空間の発生原因が無くなる訳ですから。
 未来人としてはどうなんでしょう。次元断層の壁ってのがどの程度の存在なのか、俺にはいまいち計りかねますけど。まあ障害が無くなる分には問題ないんじゃないですかね。あー、でもそれで朝比奈さんがあっちの時間に帰る事になって、憩いのお茶が飲めなくなったりするのはちょっと勘弁…」
「のん気な奴だな。まだ事の重大さを理解していないと見える」
「はあ」
「いいか、茶が飲める飲めないどころの騒ぎじゃないんだ。もし明日、涼宮の変態的能力がなくなってみろ。
 下手をすればその日の内に、人類が滅亡しかねん」


 は? 人類が、滅亡?
 唐突にはなはだしくスケールアップしてしまった話に、俺は思わず二、三度目をしばたたかせ、会長の顔色をそっと窺ったりしてしまう。だが口元をぐっと結んだその大マジメな表情は、この話が決して冗談なんかではない事を端的に表していた。

 



「いったい何でまた、そんな事に?」
「一言で言えば、スタンスの相違という奴だな。お前も指摘した通り、『機関』の方は涼宮の力が消滅したとして、たいして問題は無い。新しい職探しに奔走する必要はあるかもしれないが。
 未来人の方もおそらく同様だろう。だが、統合思念体側はそうはいかん」


 落ち着いて語るためか、会長はそこでお冷やの水を一口含み、ふーっと長く息を吐いてから話を続けた。


「ズバリ訊こう。統合思念体にとって、涼宮の力とはいったい何だ?」


 ええと、長門はなんて言ってたっけか。あの頃は単なる電波話だとばかり思い込んでいたし、長門があり得ないくらい大量のセリフを一気に喋った衝撃の方が大きくて、正直うろ覚えなんだけども。確か…。


「確か『自律進化の可能性』でしたっけ?」
「その通り。連中にとってのイレギュラー因子、推測不可能な情報フレアの発生源。それが涼宮だそうだな。
 そして統合思念体がなぜそれを欲するかと言えば、連中がどうやら進化の袋小路に嵌まりかけていて、その閉塞した状況を打開するヒントが涼宮だと睨んでいるため、らしい。
 進化の可能性が得られなければ、天下の情報統合思念体と言えども、いずれ緩慢な死に至る。情報生命体にとっての死ってのが何なのかは、俺にもイマイチ理解できんが。多分、ひどい鬱病みたいな物なんだろう。
 ともかく、その特効薬が涼宮だという訳だ」
「どっちかと言えば劇薬っぽい感じがしますけどね、あいつは」
「同じような物さ。統合思念体にとって唯一の希望だという点では、な」


 冗談めかして会長はぱちりと片目を瞑ってみせるが、その笑みにはやっぱりどこか余裕が無い。その理由は、俺にも何となく分かりかけてきた。


「要するに、もしもハルヒの力がなくなったら、情報統合思念体が将来に絶望して大暴れすると?」
「絶対にそうだとも言い切れんのだがな。まあ可能性の問題だ。
 大まかに言って、統合思念体の出方についてはふたつのパターンが推察される。ひとつは涼宮の子孫に同様の能力所有者が現れる可能性に賭けて、静観を続ける。これは多分に穏便な方針だな。そして、もうひとつは」
「ハルヒがもう一度能力を発揮せざるを得ないよう、直接的な刺激を与えてみる。ですか」
「そういう事だ。壊れて映らなくなったテレビを、ダメ元でバンバンぶっ叩いてみるように、な」


 うーむ、返す言葉も無いね。
 テレビじゃないが俺も子供の頃、家の扇風機を壊した事がある。接触が悪かったのかスイッチを押してもしばらくすると勝手に止まっちまうんで、頭に来てバシバシと空手チョップを繰り返していたら、打ち所が悪かったのか煙を吐いてそのままお亡くなりになってしまったのだ。
 そういう経験を持つ俺にとって、情報統合思念体がヤケクソで暴挙に出る可能性はまったく否定できない。もっともこんな理由で滅亡させられたりしたら、人類としては迷惑この上ないだろうが。


「でも、じゃあ俺に一体どうしろって言うんです?」
「そこだ、問題は。さっきも言ったが、具体的な対処法は無い。臨機応変に対応してくれとしか言えん」
「深刻そうな問題の割に、えらくいいかげんですね」
「仕方あるまい。人間の感情というのは、下手に突つけば逆に作用してしまう面が多々あるからな。ことに涼宮というのは、『素直』の対義語として辞書に載りかねんような女だ。なまじっかなアプローチは逆効果だろう」


 こりゃまたひどい言われようだね。敢えて否定はしないけどさ。


「差し当たって、大至急対処しなければならない問題でも無いしな。俺が言ってるのは、要するに訓告だ。
 涼宮の精神は中学の頃に比べて格段に安定しつつあるが、いまだに閉鎖空間は発生するし、ひょんな事から無意識な情報改竄を行ったりもする。非常に微妙な状態だと言える。
 あるいは絶妙な、と言うべきか? これから先、涼宮の精神が荒れ果てるような事があれば、この世界が閉鎖空間に飲み込まれないとも限らんし、かといって安定し過ぎて涼宮の能力が失われても、今度は統合思念体が癇癪を起こしかねん。
 面倒な話ではあるが、お前にはその天秤のバランスを…」
「あのー、生意気言って申し訳ないんですけど。取り越し苦労って奴なんじゃないですかね、それって」


 会長の話はまだまだ続きそうだったが。気が付くとそれを遮って、俺の口は勝手に反論の言葉を発していた。

 



「なに?」
「俺は一応、入学当初からのハルヒとの付き合いですが。あいつの中身はたいして変わったりはしていませんよ。安定してきたってのは確かにそうなんですけど、言ってみればあいつはコマみたいな物で」
「コマって、ジャイロ効果のコマか?」
「ええ、炎のコマのコマです。ほら、コマって回転が不安定になると軸がブレて、左右にぐらぐら揺れるじゃないですか。
 北高に入学したばかりの、半端な奴は近寄ってくんな!って四六時中目で周りを威嚇してたハルヒは、まったくもってそんな感じの奴で。あの頃と比べたら、今はずいぶん穏やかになったように見えるかもしれません。でもそれは、ブレてた軸がしっかり座ってきただけの事なんです」
「…………」
「あいつは今でも、馬鹿みたいなスピードでギュンギュン回転し続けているんですよ。それこそ何かあったら、周りの邪魔者を全部弾き飛ばしてすっ飛んで行けるくらいの勢いで。

 こないだ『迷子の仔ネコ探してます』なんて張り紙を引っぺがして部室に持ち込んできた時も、ギラギラとえらくパワーに溢れた光をあの大きな瞳一杯にみなぎらせてましたし。だからその、当座の間は心配なんてしなくていいんじゃないですかね。ハルヒの力が無くなるなんて事は」


 俺の論説が一区切り付いた後も、会長はしばらくポカンとした表情のままだった。ううむ、もしかして呆れられてしまったのだろうか。
 よくよく考えてみれば、あいつはコマみたいな物だとか、目がギラギラ光ってるとか、完全に俺主観の理屈だものなあ。それなのにこんな事を申し上げるのは、少々心苦しいのだが。


「それとですね、安請け合いしといて悪いんですが…。
 すいません、その2番目の用件の方は引き受けられません。っていうか俺にはどうも無理そうです」


 自分の非力さをごまかすようにポリポリと頬を掻きつつ、俺は会長にその理由を告げていた。


「ハルヒの力が偏らないようにとか、そういう余計な事を考えてるとギクシャクして、かえって怪しまれちまいそうなんですよ。あいつは妙に勘が鋭いですから。
 俺はそういう演技ってのは苦手ですし、それに」
「それに?」
「青臭い事を言わせて貰えば、俺は打算や都合でハルヒと付き合いたくないんです。いえハルヒだけじゃなく、朝比奈さんや長門や古泉、全員そうですけど。
 俺はあくまで単なる団員その一として、SOS団の一員でありたい。自分の意思と自分の責任で、あいつらと一緒に居たいんです。つまらないこだわりかもしれませんけど、それが俺の――」


 ささやかな誇りなんです、と言ってはちょっと格好つけすぎだろうかと、一瞬口ごもった俺の前で。腕組みをして答弁に耳を傾けていた会長が、そうか、と一言だけ低く呟いた。
 その肩は微かにだが、小刻みに震えている。むう、やはり気分を害されてしまったのだろうか、と俺が罪悪感を胸に覚えかけた、その時。


「くっくっ…ハッハッハ! こいつは傑作だ!」


 バシバシと自分の膝をぶっ叩きながら、突如として大笑いを始めた会長に。今度は俺の方が、ポカンと丸く口を開ける番だった。

 



本名不詳な彼ら in 甘味処   その6へつづく

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