二者選一という四字熟語がある――ん、二者択一だったっけか。まあそんなことははっきり言ってどうでもいい話で
世の中にはそんな選択を迫られることが時々あるもんだ。
 代表的なのはテレビ番組の視聴だろう。見たい番組があるがその裏でも見たいやつがあり、録画という選択もとれない場合だな。
 その場合はおもしろい方を見ればいいという意見もあるだろうが、大抵その選択を迫られるのは新聞のテレビ欄を
見たときであって、番組開始一秒も見ていないのにそんな判断など出来るわけもなくそれを見ながら延々と悶々するしかなくなり、
時間ばかりが過ぎていく。
 しかし、決断はせねばなるまい。新聞とにらめっこしたまま時間が過ぎて、気がついたら時間が過ぎていましたよなんてのは
まさに二兎を追う者は一兎をも得ずという自己罵倒に悩まされる結果に陥るからな。
 テレビ番組ならその程度で済むからまだいいだろう。これがハリウッド的展開で自分の命か、セカイの命運か選べとか
言われたら、映画の中のキャラなら決断できるだろうが、俺は胃に穴が空くどころか内臓器官が全て胃酸で消化されてしまうほどの
苦痛を味わうことは確実だ。そういった決断はエンターテイメントだからこそ成り立つわけで、実際身に降りかかれば
とても耐えられる判断ではないはず。少なくとも俺はそうだ。
 さて。
 前置きが長くなったが、俺の胃はまさに溶けて朽ち果てかねない状態に陥っている。胃はきりきり痛むし、胸焼けはひどいし、
吐き気まで催している状態だ。何でそんなことになっちまったかというと、まさにハリウッド的カルネアデスの板展開が
俺に降りかかってきたからである。
 高校に入りハルヒにあってから以降、ずっと微妙に非日常に染まっていた俺だったが、高校最初の冬を越した辺りから
ようやくそれを受け入れてぼちぼち楽しむようになりつつあった。しかし、それは運が良かっただけのことであって、
よくよく考えれば命だって狙われたり、危うく落としかけたこともあったことを考えてみるに、ただ楽しいだけでいられる
というのは甘い考え方の何物でもなかったのだろう。
 超常現象に絶えずさらされるって事は楽しいばかりじゃない。時には――
 
◇◇◇◇
 
 授業中に睡魔がソ連軍のベルリン攻略クラスの猛攻撃を続けてくるほどの暖かな陽気の日だった。いつも通りに
放課後は団活に繰り出し、ハルヒはぼけーっとネットサーフィン、朝比奈さんはおいしいお茶の注ぎ方の研究――そんなことを
しなくても朝比奈さんの入れるお茶は深層海洋水以上のおいしさですよ――、長門はぺらぺらと分厚い本をめくる作業を続け、
俺と古泉は人生ゲームのルーレットを回して暇をつぶしていた。
 特に何もないいつもの一日。面倒ごとが起きなくて実に結構なことである。
 だが、異変は思わぬところからやってきた。
「ん?」
 俺は人生ゲーム用の札束をめくっていたときに、その中に一枚の紙切れが混じっていることに気がついた。
絵柄も何もなく真っ白なそれだったが形はきっちりとほかの札と同じだったので、最初は印刷ミスかと思ったが、
めくって裏を見たときにそうではないことがわかった。
「どうかしましたか?」
 挙動不審になった俺に気がついたんだろう。古泉がこちらにニヤケスマイル視線を向けて来る。ちらっと見ただけだったが、
その内容に書かれていることに従うこととして、俺は札束をぱらぱらと捲り続け、メモをその中に混ぜ込んだ。
「いやちょっと汚れがあったから気になっただけだ」
「そうですか」
 古泉の視線は再びボード上のルーレットに戻る。見たところそれ以上追求するつもりはなさそうなので、俺はこっそりと
札束の中のメモをポケットにねじ込んだ。
 
 ――そこにはこう書かれていた。
 ――長門とともに、帰宅時間になったら俺の教室に来い、ほかの人間には言うなと。
 
 差出人は不明だった。そういや、久々ではあるがこういった紙切れによる呼び出しは四回目だな。最初は長門で
次に朝倉、最後に朝比奈さんと。ネットが普及して、手紙が廃れつつあるというのに何で俺の周りの人間は
古き時代の伝達方法を使いたがるのかね。
 しかし、今までと決定的に違うのは長門も一緒に呼び出しているということだ。この時点で朝倉のように俺に危害を加えようと
していないことははっきりとわかる。なんせSOS団最強の少女だ。どんな相手でも蹴散らしてしまうだろうからな。
かといってラブレターっていう線もないだろう。これも長門を一緒に呼び出す理由がない。
 とりあえず解散になったらこっそりと長門に声をかけるか。あまりやっかいごとに巻き込むのは本意ではないが、同伴指定を
受けている以上、放置して一人で行くわけにもいかん。
「あなたの番ですよ?」
 ふと気がつけば、古泉が自分の番を終わらせて駒を進め終わっていた。俺はいったんメモのことを頭の隅に追いやると
ゲームの続きに集中することにした。
 
 んで。
「じゃあ今日は解散っ!」
 そう我らが団長ハルヒは威勢のいい声を上げると、鞄を持ってすたこらさっさと文芸部室から出て行ってしまった。
なんか用事でもあるんだろう。その他のメンバーも荷物の片付けを始め、部室を後にする。ただし、着替えをする朝比奈さんを
残しているが。
 俺は一緒に部室から出た長門に近づき、古泉に悟られないよう小声で、
「すまんが、このあとちょっといいか?」
「なに?」
「こんなのが俺の元に届いてな」
 そう言ってあの伝言紙切れを長門に手渡す。その内容を見て、少しだけ長門の雰囲気が変わったのを俺は見逃さなかった。
なんだ? 心当たりでもあるのか、見覚えのある字だったのか?
「何ですかそれは?」
 前を歩いていた古泉はこっちの様子に気がついたらしく、立ち止まってこっちを見ていた。そのスマイル顔は
好奇心満々に染まっている。相変わらず変なところで首をつっこみたがる奴だ。
 俺は両手を振って、
「何でもない。ちょっと長門に野暮用があるだけだ。お前は先に帰ってくれ」
「これは残念。僕だけ仲間はずれですか」
 嫌みのつもりか。大丈夫だよ、お前の力が必要ならこっちから言うさ。長門もいるし、大したことにはならないだろ。
 古泉はあごに手を当ててふむと嘆息すると、
「わかりました。しかし、くれぐれも涼宮さんに悪影響を与えるようなことはしないでくださいよ。くれぐれもね」
 なんだそりゃ。俺が長門にやましいことをする可能性でも疑っているのか? 相手が朝比奈さんなら二人っきりの朱に
染まった教室でうんたらかんたらなシチュエーションに陥ったら、野獣の本能がコンスタンティノプールの城壁を突破して
取り返しのつかない大失態を起こす可能性も限りなくゼロに近いとはいえ皆無にはならないだろうが、相手は長門だ。
そんな気も起きはないさ。俺が不審な行動をとる前に原子分解されそうだし。
 そんな俺の反応に、古泉は相変わらずの笑みを浮かべつつ昇降口へと立ち去っていった。
 さて、邪魔者もいなくなったことだし、長門に一応聞けることは聞いておこうか。
「その手紙に心当たりはあるか?」
「ない。少なくともこの用紙と表記された文字列には意図的な情報操作が行われている形跡はない。ただの紙」
「そうか。行ってみればわかるな」
 そう言葉を交わしつつ、指定された俺の教室に向かう。窓からのぞく空はすっかりオレンジ色に染め上げられ、
校舎の廊下も同じ色に浸食されていた。近くの学校からだろうか、帰宅を促すアナウンスとBGMが聞こえてくる。
 俺は何となく隣を歩く長門にちらっと視線を向けた。表情は相変わらず平坦であり、昔と変わっていないように思えるが、
俺特性の感情察知レーダは、初めてあったときとは雲泥の差であることをはっきりととらえていた。
 目的地に着くまでもう少しあるので話を振ってみることにする。
「最近どうだ?」
「どう、とは?」
「調子だよ。なんか気分の悪いこととかなかったか?」
「別に。インターフェースの状態も良好、体内情報のエラーの蓄積も見られない」
「そうかならいいんだ」
 素っ気ない会話――端から見るとかみ合っていないんじゃないかと思われるかもしれないが、俺にとってはこれで十分だ。
長門の気分は悪くないってのはすぐに察知できたからな。やれやれ、扱いづらいと学校中の評判な長門ではあるが、
簡単に察知できるようになっている俺は長門マスターと自負できる存在になりつつあるのかもしれん。
別に悪い気分じゃないけど。
 
 そんなこんなで俺たちはようやく教室の前にたどり着く。さて、やっかいごとじゃないことを祈るが……
 長門を入り口前に待たせると、俺は教室の扉に手をかけて――
 ――すぐに俺の手に痛みが走り、あらぬ方向へととばされる。なんだ、と思って扉に視線を戻すと、
そこには俺の代わりに長門の手がかかっていた。
「待って」
 長門の言葉。どうやら俺の手を彼女がはねとばしたようだ。
 同時に気がつく。長門の雰囲気があからさまに今までと異なり強烈な警戒心を放っていることに。
 まさか、教室の中に何か危険なものでもあるのか? ふと、扉の上部を見上げて黒板消しでも仕掛けてあるのかと思ったが、
ぴたりと寸分の隙間もない状態になっているのでそんなものがありそうにない。ってか、その程度で長門がこんなに警戒する
わけもないか。
「……どうしたんだ?」
「わからない。だが――」
 長門の言葉は途中で遮られた。いや、言葉は最後まで発したのかもしれないが、突然発生した爆音と衝撃に
俺の耳には届かなかった。
 教室の中から吹き出した爆風に俺はなすすべもなく吹っ飛ばされ、廊下の壁に背中を叩きつけられる。しかし、それでも
痛みに悶えたり意識を失ったりしなかった。運がいい。すぐに次の行動が取れる――
 だが、俺の身体を硬直させたのは身体的な痛みではなかった。教室のドアが完全に破壊され、その中から一つの手が伸びていた。
見たところ北高女子の制服だとすぐにわかったが、絶句させられたのはそれではない。その伸びた手はまるでクレーンのように
長門の顔面をつかみ、彼女の身体を宙づり状態にしていたのだ。
「――長門っ!」
 どう見てもピンチな状態に俺は長門に駆け寄ろうとして気がついた。さっきまで夕焼けに染め上げられた廊下が薄暗く
窓一つない換金部屋状態になっていることに。
 この状況――見覚えがある。そうだ、まだSOS団が駆け出しの頃、ハルヒの出方を見るとか言って俺を殺しに来た
殺人女子高校生。
「朝倉かっ!?」
 俺の言葉に、長門の頭をつかんだままの野郎が教室から姿を現した。
 長く黒いストレートの髪。
 北高のセーラー服。
 プリーツスカートから伸びる細い足に際だつ白いソックス。
 最後に見たのはかなり前になるが、そうそうこの姿を忘れるわけもない。正真正銘の朝倉涼子だった。
そいつはあの忘れもしない柔らかな笑みを浮かべたまま、
「久しぶりね」
 口調はどこまでも優しげだったが、その凶悪なアイアンクローは長門の頭を宙づりにしたままなので、全然善人に見えない。
本人もそういうつもりはないんだろうが。
「……なぜここにいる」
 長門の声が響く。今のところ抵抗せずぶらんと朝倉の手に身をゆだねていた。しかし、もう目をこらす必要もないぐらい
彼女の全身からは怒りと殺気が沸き上がっていた。
「理由が知りたい? でも教えてあげない。それじゃ意味ないから」
「……わかった」
 長門はこれ以上の会話は無駄だと判断したのか、朝倉の腕を両手でつかみ、引き離しにかかる。
 これに対し朝倉は、
「もう遅いわ」
 そうつぶやくと朝倉は予想外の行動を取った。引き離される前に自ら手を離し、長門から距離を取ったのだ。
 封鎖された廊下で対峙する二人。長門は完全に戦闘態勢に入っているのに対し、朝倉はあくまでも余裕の笑みを浮かべるばかり。
 しかし、さっきの言葉は何だ? もう遅い? 長門は至って健在に見えるが……
 俺がそんなことを考えているうちに、長門が動く。目にもとまらない動きで一気に朝倉と間合いを詰めると、何かをつぶやく。
情報操作ってやつを仕掛けようとしたんだろう。
 もちろん朝倉はそれをバカ正直に受けるわけもなく、右腕を発光する鋭利な凶器に変貌させると長門の脇腹に斬りかかる。
それを長門はすんでの所でジャンプし交わしてやり過ごすと、その勢いを利用して裏拳を朝倉の側頭部めがけて振り下ろすが、
朝倉は発泡スチロール製の小道具を受け取るかのように、手のひらで簡単にそれを受け止めてしまった。
 次に朝倉はぼそぼそとここからでは聞き取れない何かをつぶやく。すると、二人の元窓側に広がっている壁から無数の光の束が
生えだしてきてそのまま長門に襲いかかった。直撃を受けるのはまずいと判断したのか、長門は開いていた足で
朝倉の胸部を蹴りつけ、その反動を使って彼女との間合いを取り光の束をやり過ごす。目標を失ったそれらは教室側にあった
壁に次々とぶつかり四散していった。バラバラと砕け散っていく音にどうやら窓ガラスの破片をなにやらしていたことがわかった。
 ガラス片の束がすべて砕け散ると、長門は再度朝倉に飛びかかる。すぐさま朝倉も右腕の凶器で横殴りに斬りつけてくるが、
身を低くして長門はそれをやり過ごし、そのまま朝倉の密着する状態まで間合いを詰めた。同時に朝倉の胸に手を当てると、
例の高速言語をつぶやき――
 ドンという鈍い音が封鎖された廊下内に響き渡る。触れたときに強烈な衝撃でも与えたのか、朝倉は長門から数メートル離れた
ところまで跳ね飛ばされた。かなりのダメージらしく受け身も取ることなく全身で床を滑っていく。
 さすが長門だ。所詮バックアップ朝倉ごときには遅れはとらない――
 ところが。
「くっ……」
 呻きをあげて床に膝をついたのは攻撃を仕掛けた長門だった。表情は相変わらず平坦だったが、明らかにダメージを
受けていることがはっきりと俺にはわかった。なんだ? やったのは長門だったはずだ。それともすんでの所で
朝倉もカウンターを食らわせたのか?
 床に転がっていた朝倉はしばらくそのままの状態でいたが、やがて長い髪をふわっとなびかせ華麗な動きで膝立状態になる。
「ふふっ」
 優しいはずのそのこぼれた笑みは、俺にはひどく不気味に感じた。まるでしてやったりという感じに見える。
 一方の長門もそれを見て、すぐに立ち上がって戦闘態勢に戻った。だが、俺の長門レーダはすぐに異変に気がつく。
明らかにさっきまでの長門とは違う。うまく――表現できないが、押せ押せでいた強気が全く感じられないのだ。
ダメージによるものか?
 不敵な笑みを浮かべたまま朝倉はゆっくりと立ち上がり、
「……わかったみたいね」
「…………」
 その朝倉の言葉に、長門は沈黙で返した。
 ちっ、よくよく考えてみれば、さっきから俺はただ観戦しているだけじゃねえか。何とか長門の手助けなる方法はないか?
だが、そこら辺に落ちている破砕された教室の扉の破片を投げつけたところで全く効果はないだろう。
奴らにとって肉体的な接触はダメージにはならなそうだからな。
 どうすべきか迷っている間に、二人の間で戦闘が再開する。今度は仕掛けてきたのは朝倉の方だ。長門がさっきやったことを
そのままお返しするかのように高速移動で間合いを詰めてくる。
 これに対して明らかに様子のおかしい長門は先ほどとは3割減の動きでそれを迎え撃とうとして――
「そこまでです」
 唐突に今までこの場に存在しなかった声が響いた。
 思わぬ光景に俺は自分で唖然として目が丸くなったことを感じた。
 まさに衝突という状態の長門と朝倉の間に、あの上級生兼生徒会書記である喜緑さんが立っていたのだ。
しかも、二人の腕をつかみ強制的に戦闘を中断させている。恐るべき力を持っている二人を同時に押さえ込めるとは
何者だ喜緑さん。
「ここはわたしに免じて双方刀を収めるはいただけないでしょうか? この場でのこれ以上の戦いは無意味だと思いますが」
「…………」
 喜緑さんの呼びかけに長門は殺気をなくすことなく、強い感情を朝倉に向け続けている。
 だが、一方の朝倉は予想外にも軽くうなずき長門から距離を取り、
「わかったわ。まあ予定通りだしね」
 この言葉に長門が反応し、一歩朝倉に向けて踏み出すが、
「落ち着いてください。長門さん」
 そう喜緑さんに制止される。朝倉は笑みを浮かべたまま、今度は俺に視線を合わせると、
「今日はここまで。また二日後に来るわ。そのときまでたくさん苦しんでね。あなたと長門さん、どういう判断を下すのか
とっても楽しみだわ」
 訳のわからんことを言い残すと、すっとその場から消え去ってしまった。
 一方の長門は珍しくわずかに表情をゆがめ、喜緑さんへもう戦う意志はないとうなずいてサインを送った。
それを見て喜緑さんは長門から手を離す。同時にすっと右腕を高らかに掲げ、例の高速言語をつぶやくと、
封鎖状態だった廊下が元に戻り、粉砕された教室の扉なども何事もなかった状態に復元された。
 ……とりあえずこの場は収まったと考えていいのか?
 そんな俺の疑問に喜緑さんは柔和な表情で、
「あなたに対して当面の脅威はなくなったと考えても構いません」
 そう言ってくる。その言葉に俺はほっと胸をなで下ろすが、よくよく考えればそんな場合ではない。長門が戦って
負傷しているのにぼさっとしているんじゃねえ。
「おい、長門! 大丈夫なのか? さっき朝倉に何かされたみたいだが……」
「大丈夫。インターフェースの損傷は軽微。もう修復は完了している」
 長門の口調は淡々としていたが、やはりどうも様子がおかしかった。何というか――動揺しているような気がする。
 ここで喜緑さんがすました表情で長門の前に立ち、
「長門さん、お話があります」
「…………」
 長門は何も答えない。構わず喜緑さんは続ける。
「この先重大な問題が発生します。対処の鍵はあなたしかいません」
「…………」
 次に喜緑さんの口から出た言葉は長門の表情を明らかにゆがめた。
「――同期してください」
 同期。確か長門は未来の自分と記憶とかを同じ状態に出来るんだよな。だが、冬のあの日以来自らそれを封じたはずだ。
全ては未来の自分に縛られることなく、自らの考えで動くために。
 当然長門の返答は、
「できない」
 短いながらもはっきりとした口調だった。これだけ強く長門が答えるのも珍しい。さらにその要求に不快感を示すためか、
喜緑さんに背を向けてしまった。
 だが、
「そうはいきません。あなたの同期の禁止措置はわたしの方で解除しました。今すぐでも行えるはずです」
「するつもりはない。したくない」
 断固として拒否する長門。長門は長門なりの意志によって同期をやめたんだ。そう簡単にやれるわけがないよな。
 ――しばらく二人の間に緊迫感のこもった沈黙が流れる。
 ほどなくして、口を開いたのは喜緑さんだった。
「……仕方ありませんね」
「え!?」
 言い終えるのと同時に仰天の声を上げたのは俺だ。なぜなら、さっきまで長門は喜緑さんに背を向けていたはずだった。
なのに、今では二人は正面を向かい合っている。長門が振り返る動作は俺の視界には捉えられていない。
 これには長門も驚いている様子だった。突然の状況に判断が付いていないのか、やや呆然としている。
 さらに喜緑さんは驚きの行動に出た。目にもとまらない動作で、長門を襲った朝倉の如く両手でその頭をつかみ、
宙づり状態にしたのだ。なんだなんだ!? 今度は喜緑さんが長門を襲うのか?
 先ほどとは違い、長門は即座に彼女の手を引き離そうとするが、その両腕はぴくりともしない。さすがにさっきから傍観している
自分に腹が立ってきた俺はそれをやめさせようとして、
「……なっ!」
 すぐに気がつく。身体が硬直して動かないのだ。これも喜緑さんの仕業か? ちくしょう、指一本どころか口すら動かなねぇ。
 喜緑さんはしばらくもがく長門をじっと見つめていたが、やがて少し表情を固めて、
「仕方ありません。このような手段はあまり執りたくないのですが、これも緊急時ですので」
 ――そのときに見せた喜緑さんの表情に俺は思わず背筋が凍り付いた。以前も森さんの微笑み殺しで泣きそうになったが、
その比ではない。恐ろしい。思わず目を背けたくなるが、身体が動かないためそれも出来なかった。
 長門は必死に抵抗していたが、ほどなくして電気ショックでも受けたかのように身体を硬直させ、表情が蒼白になった。
ええい、ビビっている場合じゃない。長門はあんなに嫌がっているじゃねえか。助けないと……!
 しかし、どんなに踏ん張っても俺の身体はびくともしなかった。そうしている間に、喜緑さんは何かをぼそぼそとつぶやき、
言い終えるや否や、長門の頭から手を離す。
 長門はまるで糸の切れた人形のように床に崩れ落ち、そのまま倒れ込んでしまった。
「長門っ!」
 ここでようやく俺の口が動く。同時に身体の自由が戻っていることに気がつき、あわてて長門の元に駆け寄り
その身体を支えてやった。
「長門に何をしたんですか!?」
 小刻みに震えている長門の身体を感じ、俺は脳天に血が上って喜緑さんに抗議の声を上げる。いつもの柔和な表情に戻った
喜緑さんは優しげな口調で、
「わたしの方で長門さんの強制同期を実施しました。今の彼女は二日後と同じ状態になっています」
「なんでそんなことを! 長門は嫌がっていたじゃないですか!」
 さらなる抗議をする俺に喜緑さんは予想外の言葉を返す。
「あなたのためです。もちろん、わたしの主のためでもありますが」
 ……何だって? 俺のため? どういうことだ。朝倉復活と何か関係があるのか?
 その意味がわからず、疑問符を並べるだけの俺。
 喜緑さんはくるっとこちらに背を向けると、
「あとは長門さんにお任せします。同期した上でどう判断するかはあなた次第ですので。では」
 そう言ってゆったりとした歩調でその場を立ち去って言ってしまった。
 俺はもっと喜緑さんに真相を追求したかったが、朝倉に傷つけられた上に喜緑さんに強制同期された長門を放っておくことも
できず、やむえずその姿を追うことは諦めた。
「大丈夫か、長門」
「…………」
 俺の呼びかけにも長門は口を開かなかった。だが、顔面蒼白で震える長門なんて今まで見たこともない。
喜緑さんにビビったのか? いや、強制同期とやらのせいかもしれない。
 しばらく長門を抱きかかえる俺という状態が続いたが、ほどなくして、
「大丈夫」
 そう長門はぽつりとつぶやくと、自力で立ち上がった。
 どう見ても大丈夫じゃないだろ。何があったんだ?
「インターフェースの状態は良好。情報領域も混乱は収束した。問題ない」
 そう答える長門の視線は俺に向けられなかった。
 ほどなくして、床に落ちていた鞄をつかむと、
「朝倉涼子はしばらくあなたを襲うことはない。安全は保証する。わたしも帰る」
 一方的にそう俺に告げると、長門は昇降口に向かって歩き出した。俺は呼び止めようと思ったが――その背中はついてくるなと
はっきり意思表示のサインを送ってきていた。とても声をかけられるような雰囲気ではない。
 俺はやむえずそのまま去っていく長門の姿だけじっと見ていることしかできなかった。
 
 突然の朝倉復活。そして、喜緑さんの理解不能な行動。
 何だってんだ、一体。何が起こっているんだ……
 
◇◇◇◇
 
 翌日。いつもより早めに登校した俺は教室に入る前に、俺は何となく部室に寄ってみることにした。
「よう」
 そこには予想通り長門の姿があった。ざっと見た限りでは昨日ほどおかしくはなっていないようだ。
 しかし、膝におかれた本は開かれておらず、俺の呼びかけも無視してじっと窓の外を眺めている。完全にいつもの状態に
戻ったというわけではなさそうだな。
 始業時間まではまだ少し時間がある。
「なあ長門」
「なに?」
「その……なんだ。昨日のことだが」
「…………」
 俺の問いかけにも長門は窓の外を眺めたままだった。正直かなり話しかけづらい状況だったが、聞かないわけにも行かない。
「どうやら俺にも関係のある話みたいだから、何があったのか教えてくれないか? もちろん、お前が答えたくない事は
答えなくても構わん。無理強いする気はないってことは明確にさせてくれ。その上で、聞けることがあるなら聞いておきたいんだ。
何も知らずにいるってのも……気分があまり良くないからな」
 この俺の言葉に、長門はようやく俺に視線を向けてきた。そして、了承の意志を示すように少しだけうなずく。
 とりあえず質疑応答の場はできあがった。形式は俺がQ、長門がAだな。差し障りのない内容にするよう
きちんと気を遣って質問しないとならん。
 俺はのど元を叩いて声帯の準備運動を行うと、長門に近づいて、
「まず聞きたいのは昨日現れた朝倉についてだ。あれは俺の知っている『あの朝倉涼子』か?」
「そう。彼女はわたしが情報連結解除を実施したためインターフェースを喪失、情報統合思念体の元へと回帰した」
「だが、今回見事な復活を成し遂げたって事だ。何か心当たりのあることは?」
「ない。情報統合思念体からは何の情報ももたらされていない。わたし個人レベルの推測だが、朝倉涼子は再び急進派と結託して
ここに送り込まれてきたと思っている。目的はやはり涼宮ハルヒの情報爆発の観測」
 予想していた言葉に俺はふうっと大きく溜息をついて、
「てことは、また俺の命が狙われる可能性が高いってことだな」
 これに対して長門は二ミリぐらい頭を傾けて肯定する。やれやれ、また命を狙われる展開か。勘弁してほしいぜ。
 次の質問に入る。
「朝倉は二日後にまた来るって言っていたが、それまでは俺の身は安全だと考えていいのか?」
「大丈夫。あなたの前に姿を現す可能性は残っているが、危害を加えないことは確実」
「……同期したから断言できるんだな?」
 ――長門の『確実』という言葉に反射的に口が動いてしまった。いかん、これはまずい話だった。
 案の定、長門は少しうつむきこちらから視線を離す。
 俺はあわてて手を振り、
「いや、すまん。口がすべっちまった。今の質問は忘れてくれ」
「…………」
 沈黙だけで返す長門。そのまましばらく気まずいムードが二人の間を流れるが、ほどなくして長門は立ち上がると、
「大丈夫」
 そうぽつりと言った。
 俺が何がだ、と問い返す前に彼女は続ける。
「朝倉涼子の出現はわたしの責任。こちらで適切に処理する。あなたは何もしなくていい」
 まるで自分に言い聞かせるようにつぶやくと、そのまま部室から出て行ってしまった。
 …………
 …………
 …………
 俺一人になった文芸部室に不愉快になるほどの静けさが満ち渡る。
 はっきり言って歯がゆい。確かに宇宙人がらみは長門の管轄だから任せておけばいいと思いたくなるが、狙っているのが俺の命ってなら
俺だってれっきとした関係者である。なのに、長門頼みで俺は何もできず。何の力もない凡人の俺に何ができるのかと指摘されると
確かにそうなんだが、無力な自分にむかつくのは押さえようがない。
 しかし、まだわからないことはたくさんある。特に何で喜緑さんは長門に対して強制同期なんていう狼藉を働いたのか。
そして、その理由が俺のためであるということもだ。朝倉襲撃のために今後何が起きるのか知っておいた方がいいに決まっているが、
長門の能力を考えるとそんな必要もない気がする。実際にここ最近長門は自身の同期を行っていなかったが、別に不都合なことも
起きなかったしな。
 同期せざるを得ない理由――なんだ、何のために――
 と、ここで始業時間が迫っていることに気がつき、俺は慌てて教室へと向かった。
 
◇◇◇◇
 
 一時間目終了後の休み時間。俺は朝考えていたことが頭から離れず、授業中も延々と考える羽目になってしまった。当然、授業内容なんて
これっぽっちも頭に入っておらず、ノートも真っ白な状態である。教師から解答を求められなかったのは不幸中の幸いと言えるか。
 強制同期。俺のため。少ない脳みそを快速モードで動かしたが、やっぱりわからん。授業半ばでふと思いついたのは、
同期しなかった場合、長門が朝倉に敗れるor長門も気がつかないうちに俺が殺されてしまうという可能性に思い至ったが、
それはすぐに脳内審議で却下された。なぜかって? 答えは長門の様子にある。もしそうなら、長門は有益な情報を得たわけで、
まあ嫌なことを無理やりされたのは不愉快に思うだろうがあんな――何というか失望に染まったような顔にはならないだろう。
結果的にとはいえ、朝倉撃退に役立つわけだからな。
 ん、そう考えると、長門が知っちまった未来の情報には失望させられるようなことが含まれていたってことになる。
だが、それが何の問題なんだ? 不都合な未来が待っているってならそれを否定してしまえばいい。朝比奈さん(大)的に言えば、
既定事項を破ってしまえってことだ。不幸になるとわかっているのに、それに従う理由はないだろう。冬の世界改変は
どうにもならなかったが今回もそうとは限らん。万一、まだ何かに縛られているってなら遠慮なく俺たちに相談してくれ。
力添えは難しいが、知恵ぐらいなら貸せるかもしれない。
 そこまで考えた辺りで二時間目の始業ベルが鳴り響いた。ええい、これ以上考えても仕方がない。あとは長門を信じよう。
今の俺にできるのはそれくらいだ。
 と、ここで背後から突っつかれ、振り返ってみればハルヒが珍しくダウナーな表情でこっちを見ている。
「ねえあんた有希のことなんか聞いてない?」
「長門?」
 ハルヒの問いかけに、俺は一瞬朝部室であったぞと答えようかと思ったが、なんか事態がややこしくなるだけのような気がしたので、
とりあえず黙っておくことにする。
「いや知らねえぞ。なんかあったのか?」
「ちょっと用事があったから、さっき有希の教室に行ってきたんだけどいないみたいなのよ。聞いてみたら一時限目もいなかったらしいわ。
朝見かけたっていう人はいたから、学校に来ていたみたいなんだけど、始業前に帰っちゃったみたい」
「何だって?」
 長門が早退だと? いや始業前に帰ったらただの欠席か。
 そんなことはどうでもいい。
「理由は?」
「知らないよそんなこと。有希のクラスの人だって見かけた程度で話しかけたりしたってわけじゃないし」
「電話してみたらどうだ」
「とっくにやったわ。でもつながらなかった。こっちの番号は表示していたから居留守なんて使うとは思えないけど……」
 ハルヒは腕を組んで心配そうな表情を浮かべる。
 参ったな。長門の奴、そこまで思い詰めているのか? これじゃ放っておけという方が無理な話だ。
「風邪かもしれないし、心配だから今日の放課後有希の家に行ってみようかと思うんだけど……」
 そのハルヒの言葉に、俺は手を振って、
「やめておけ。連絡の取れない状態で押しかけるのは無礼千万じゃないか。ちゃんと電話はかけたんだろ? 着信履歴に気がつけば
必ずかけ直してくるだろうよ。もしかかってこないなら、そういう気分だってことだ。心配する気持ちはわかるが、
長門の気持ちも察してやれ」
「…………」
 ハルヒはうーんと唸って腕を組む。何もできない自分に対する苛立ちとなぜ自分に相談してくれなかったという不満。
どうやらその二つのせめぎ合いに悩んでいるみたいだな。
 とはいえ、状況が状況だ。すまないがハルヒにはしばらく引っ込んでいてもらいたい。本人がそんなつもりじゃなくても
結果的にややこしい事態になるのは目に見えている。朝倉――情報統合思念体急進派とやらの真の目的はお前だしな。
 この辺りで担当教師が入ってきて授業が始まり、俺たちの会話は中断された。
 
◇◇◇◇
 
 昼休みまでもんもんとした気分を続けていた俺だったが、さすがにいてもたってもいられなくなり、弁当も食わずに教室から飛び出る。
行き先は生徒会室。そう、この状況について長門と朝倉に次いで把握しているはずの喜緑さんに会うためだ。
最初は彼女の教室に行こうと思ったが、衆目にさらされてこんな話はやりにくいし、よく考えれば進級して以来、どこのクラスにいるのかも
わからない。生徒会室にいってもいなかったら意味がないと思いもしたが、あそこには喜緑さんを呼び出せそうな人間がいるはずだからな。
 俺は生徒会室の前に立つと、ノックをし中に入る。
 もわっとした空気と鼻につくヤニの臭い。そこでは古泉たち機関によってでっち上げられた生徒会長――たばこをくわえている――の姿が
あった。全くこんな素行で生徒会長をクビにならないもんだ。へたすりゃ停学ものだぞ。
「せっかくの生徒会長特権だ。利用しない手はねえだろ? ここは古泉たちのおかげで治外法権状態になっているからな。
ここの支配者は俺で法律も俺ってワケだ」
 生徒会長はたばこの灰を携帯用の灰皿につぶしながらそんなことを言ってくる。まあいい、俺には関係のない話だ。
 俺は生徒会室に入り扉を閉める。
「ちょっと用事があるんですが」
「んん? 古泉からは何にも聞いてねえぞ。それともあの賑やかな団長様の差し金か?」
「いえSOS団がらみではなく、喜緑さんに用事があって」
 俺の言葉に生徒会長は首をかしげると、
「今日は彼女の姿は見かけていねえ。毎日ここにくるわけでもねえしな。教室に行った方がいいんじゃねえか?」
「――何かご用でしょうか、会長」
 突然沸いた声に、俺と生徒会長は仰天のポーズを取ってしまう。さっきまで誰もいなかったはずの生徒会室――
さらに生徒会長の背後に喜緑さんが清楚な佇まいで立っていた。まるで床から生えたかのごとく。
 これには生徒会長もだじだじとなり、慌ててたばこを灰皿に捨てると、
「お、おっといたのか気がつかなかった失礼」
 そうあの典型的な悪役生徒会長づらへと変化させる。相変わらず喜緑さんの前ではこの仮面をかぶっているのか。
インターフェースという特性を考えるとバレバレな気もするが。
 生徒会長はネクタイを締め鋭い視線を俺に向けつつ、
「彼が喜緑くんに話したいことがあるようだ。問題ないかね?」
「はい、わかりました」
 喜緑さんは俺の前に立ち、
「ここでは話しづらいでしょう。屋上に行きませんか?」
「構いません」
 俺たち二人は生徒会室を後にし、屋上へと向かった。
 
 鍵の開いていた扉を開け、屋上に出ると少し強めの風が俺たちを撫でる。喜緑さんの長い髪の毛が美しくも優雅になびいた。
 喜緑さんは笑みを浮かべたまま、
「用事とは何でしょうか?」
 その問いに俺は昨日の失禁寸前に追い込まれた彼女の恐ろしさが脳裏にフラッシュバックし、一瞬言葉に詰まるが何とか呼吸を整え、
「長門が今日学校を休みました」
「はい、存じております」
「理由を教えてください。ついでに昨日何であんなことをしたのかも」
 俺の質問に、喜緑さんは表情を変えることなく、
「残念ですが、長門さんの考えまでわたしは把握しておりません。そのためなぜ欠席したのかという理由は答えることは不可能です」
「じゃあ昨日の強制同期ってやつをした理由を教えてください。長門は嫌がっていたのに、なんであんなことをしたんですか?」
 少しテンションが上がり、俺の声が上ずってきた。
「長門さんからは何も聞いていないのですか?」
「ええ本人が嫌がっているみたいなので」
「ではわたしに聞くのも問題があるのではないでしょうか」
 彼女の答え方に、俺はのらりくらりとかわされている気分になり、少し苛立ちが生じる。落ち着け。ここで声を荒げても
解決からは遠くなるだけで何の意味もない。
「同期の内容までは答えてくれなくていいです。なぜあんなまねをしたのか、それだけでも知りたい」
「…………」
 俺の言葉に、喜緑さんはしばし沈黙を見せるが、やがて、
「……わかりました。あなたも当事者の一人です。お教えしましょう」
「助かります」
 了承してくれた彼女に俺は一礼する。
 そして、喜緑さんはゆっくりと語り出す。
「朝倉さんが現れた理由は長門さんから聞いていますか?」
「はい、前の時と変わらず俺に危害を加えてハルヒの出方を見ようとしているんですね?」
「その通りです。前回は事実上朝倉さんの独自の判断でしたが、今回は急進派が全面的に支援しているようです」
「何で今更なんでしょうか」
「しびれを切らせた――のではないでしょうか。わたしも詳しい情報は得ていません」
「それと強制同期と何の関係が?」
「ご存じのように長門さんは長らく同期を拒否していました。そのためこの先どうなるか彼女は自らの判断で行動するしかありません。
しかし、それでは問題が発生しました。突然の朝倉さんの襲撃に長門さんは対処せず、あなたが殺害されてしまったのです」
 予想通りか。そこで同期を取って長門に事前把握をさせたと。
 だが、やはりわからない。それならなぜ長門はあそこまでおかしくなっているんだ? 対処できなかったということに自責の念を
覚えているというなら誰だってミスはあるだろと言ってやりたいし、喜緑さんのおかげでそれが回避できるようにもなったわけだし。
 そんな俺の考えを次に喜緑さんの口から出た言葉が完膚無きまで粉砕した。
「いいえ、長門さんは対処できなかったのではありません。朝倉さんの襲撃があるとわかっていながら、何も対応しなかったのです。
つまりあなたを見殺しにしたんですね」
 ――――
 え?
 えーとそれはどういうことでしょうか。
「そのままの意味とらえてもらって結構です」
 喜緑さんの口調は淡々としていた。
 一瞬俺の周辺がぐらりと回転した。どういうことだ? 長門が俺を見殺し? バカな。そんなわけがあるはずがない。
守るって言ってくれたじゃないか。俺だけじゃなくSOS団の全員を。
 それとも全ては俺の自意識過剰が生んだ妄想に過ぎなかったのか? 長門にとって俺はどうでもいい存在で、
少しずつとらえていた感情の変化もただの勘違いだったのか。
 信じられねえ――信じたくねえ。
「理由があるはずです」
 俺は絞り出すように声を上げた。
 すぐにすがるような気分で脳細胞をフル快速で活動させ、
「きっとできなかった理由があるはずです。あいつのパトロンが何か圧力をかけたんじゃないですか?」
「わたしの把握している限り、外部からの圧力・妨害は存在していません。長門さんの行為は情報統合思念体の主流派の思惑とは
明らかに乖離しています」
「……俺は信じません。長門はそんな……」
「わたしの把握している限りでは考えられる理由は一つだけです。それは二人が今現在情報連結されていること」
 喜緑さんからもたらされた情報に少しだけ俺の気持ちが軽くなった。やっぱり理由があるんだな。長門がそんなことを
しなければならなかった理由が。
「情報連結ってなんですか? 二人って言うのは長門と朝倉のことですよね?」
「そうです。最初に朝倉さんが長門さんを攻撃した際に、彼女は仕掛けをしました。それは二人の存在情報の連結化。
簡単に言えば、生命を二人で共有している状態です」
 えーっとつまりそれは長門が朝倉を消したら、同時に長門も消えてしまうってことですか?
「その通りです。そのために長門さんは朝倉さんの消去に躊躇いを見せたのではないでしょうか? これは推測に過ぎませんが」
「解除すればいいじゃないですか。長門ならできるでしょうから」
「急進派がかなり手の込んだ防壁を組み上げているようです。二日で解除は不可能でしょう」
 喜緑さんは笑みを浮かべたまま言った。
 なるほどな。長門が朝倉に攻撃を仕掛けたとき、自分のダメージを受けているように見えた。自分で自分を攻撃したようなものだから
当然のことといえる。
 …………
 …………
 おい、もし今俺が長門に対して失望感を覚えたと思った奴がいたら出てこい。ぶん殴ってやる。
 いいか? 誰だって死にたくないって思うのが普通なんだよ。俺だってそうだ。ごくごく自然で当たり前のこと。
それに失望するわけがねぇ。
 大体、これは今まで生きてきた人生全てをかけても断言できるが、俺は死にたくないから代わりに長門に死んでくれなんて
絶対に考えないぞ。そこまで落ちぶれた憶えはない。当然、それがハルヒや朝比奈さん、古泉でも同じことだ。
 俺の心は歪みきっていたさっきまでとは違い、どこまでも晴れ渡っていた。そうか、長門は死にたくないって思ったんだな。
あいつも普通にそういうことを考えられるようになったんだ。
 そんな俺を無視して、喜緑さんは話を続ける。
「わたしの主にとっても長門さんの行動は不利益なものでした。そのため、やむえず強制的に同期を行い、このままでは
どういう行動をとるのか彼女に知らせたのです」
 なるほどね。喜緑さんの派閥も現状維持を望んでいるんだろう。
 ん、ちょっと待て。
 俺はふとあることが脳裏をよぎり、
「自分で言うのも何ですが、なぜ朝倉は二日後なんていう指定をしたんですか? いますぐ俺をぶっ刺しにくればいいと思うんですが」
「それについてはっきりとはわかりません。ですが、長門さんとの存在連結後、朝倉さんの行動は明らかに急進派の思惑に
逆らっています」
 朝倉は朝倉で独自で動いているってことか? パトロンである急進派の思惑に逆らってまで何を考えているんだか。
 ……にしても冷静だよな、俺。あと二日の命ですと宣告されたってのに、長門が自分の命を大切にした方がうれしいとは。
いろいろありすぎて感覚が麻痺しているのかもしれん。
 喜緑さんは少しだけ間を開けてから、
「今、わたしが言えることはこれだけです。あなたのご希望に添えたかどうかはわかりませんが」
「いえ十分です。ありがとうございました」
 俺は喜緑さんに深々とお辞儀する。 それを見て喜緑さんは屋上から立ち去った。
 ――俺一人になった屋上を一際強い風が流れていく。
 何となく空を見上げてみた。視界全てに雲一つない快晴が広がる。
 やれやれ、何とか現況は把握できたか。
 だが、本番はこれからだ。当然だが、俺はこのまま黙って殺されるわけにはいかない。しかし、同時に長門を犠牲にするわけにもいかん。
どうすればいいのか、あと二日間で考えなければ……
 
◇◇◇◇
 
 その日の夜。俺は自室のベッドでシャミセンの毛繕いをしながら考えていた。
 二日――いや、最初の朝倉出現から丸一日たったから残り一日か。刻一刻とタイムリミットは迫りつつある。
しかし、はっきり言って俺にはどうしようもなかった。朝倉を消したら長門も消える。だが、放置したら今度は俺が死ぬ。
最悪すぎる二者択一。じっくり考えていたら、晴れやかな気分もどこへやら今では鬱々真っ盛りで気分が悪く
胃も荒れているんだろうか、軽い嘔吐感も出てきていた。死期が近づいてきているんだから当たり前か。
「お前は気楽でいいよな」
「にゃる」
 シャミセンを持ち上げてそんなことをつぶやいた。
 とはいえ、猫に愚痴っていても始まらない。どうするか。朝比奈さんや古泉に相談してみるか? いや、二人とも信頼できる人物だが、
長門がお手上げのことに対処できるとは思えない。古泉は閉鎖空間がなければごくごく普通の一高校生に過ぎず、朝比奈さんも
時間移動は上の許可が下りなければ使えず、基本スペックは美少女高校生ってだけだ。それにはっきりいって二人のバックにいる連中は
信用できない。未来人もなにやら企んでいるみたいだし、機関にも情報統合思念体急進派に似たような思想を持つ強硬派ってのが
いるようだ。長門が動けない状況をいいことに妙なマネをしでかすかもしれん。
 そう考えると二人に相談はできない。ハルヒ? 残念ながら論外だ。きっと説明しても信じてくれないだろうし、万一信じたら
それはそれで面倒なことになるだろう。長門がピンチだとわかったら本気で暴れ出すだろうからな。
「…………」
 結局のところ、相談できる相手は当事者である長門しかいない。おっと喜緑さんならどうだ? いや、昼に話した限りじゃ強制同期以上は
手出しするつもりはないようだ。本当に強硬な手段に訴える気があるなら、とっとと朝倉を長門ともに抹殺しているだろう。
それをやらないってことは長門に決断をゆだねている――あるいはそうせざるを得ない事情があると考えるのが妥当だ。
 しかし――長門のあの様子を見る限り、相談しづらい。とても気が引ける。
 …………
 …………
 …………
 俺は旅順要塞攻略に頭を悩ませた乃木大将のごとく、袋小路状態に大きく溜息をついた。
 ええい、気が引けるのは事実だが何もしない方が最悪だ。とにかく今から長門に会いに行こう。俺の気持ち――長門を犠牲にしてまで
助かりたいとは思っていないことを伝えれば、少しは本人も気が楽になるかもしれないからな。
 すぐに余所行きの格好に着替えると、シャミセンを抱えて部屋を出て妹のところへ行く。
「あれー? キョンくんお出かけー?」
「ああ用事があってな。遅くなるかもしれないってオフクロにも言っておいてくれ。あとシャミセンを頼むぞ」
「はいはーい」
「にゃるにゃる」
 シャミセンを手渡すと、妹は楽しそうにあやし始めた。
 俺はさっさと長門の家に向かおうとするが、何となく妹の方に振り返り、
「なあ、仲間とか友達は大切にしろよ」
 そんな俺の言葉に、妹は意味がわからなかったらしく、んー?と首をかしげた。
 我ながらアホなことを言ってしまったと思いつつ、何でもないと手を振って家から出た。
 
◇◇◇◇
 
 自転車を飛ばし、長門のマンション近くにたどり着く。昼はポカポカ陽気だったが、少し冷え込んできているみたいで
ハンドルを握っていた手が悴んでいるのがわかった。
 適当な場所に路上駐輪すると、俺はマンション入り口に向かう。果たして長門は中に入れてくれるだろうか。
門前払いをくらったらどうするか――
「こんばんわ」
 突然の呼びかけに俺はのど元までひめいをあげてしまったが、ぎりぎりのところでそれを飲み込む。警察ごとは勘弁だ。
 だが、その声の主を見たとたん、俺はやっぱり110番したくなった。明かりのない路地から星明かりに照らされて現れたのは
あの朝倉涼子だったからである。いらん時に現れやがって……
 俺はすぐに逃げ出せるように足に力を入れた。ちっ、走って逃げられるような相手ではないだろうが、自転車ところまで戻って
鍵をあける余裕をくれるとも思わない。
 朝倉はいつもの笑みを見せて、
「大丈夫よ。今日はちょっと話があるだけだから。危害を加えるつもりはないから安心して」
「信じられるかよ」
 俺は警戒心レベルMAXで朝倉に向き合う。長門は同期した上で明日までは大丈夫と言っていたから、ある程度の安心感はあるが、
喜緑さんの話ではどうもこいつの行動もおかしいみたいだからな。警戒するに越したことはない。
「で、こんなところで待ち伏せとはいい趣味してやがんな。何の用だ」
「ちょっと話があるだけ」
 そう言ったとたん、突然俺の鼻息がかかるぐらいまで顔を近づけてきた。何なんだ、お前なんかに迫られても嬉しくねえぞ。
 朝倉は相変わらず笑みを浮かべたまま、
「ちょっと聞きたいことがあるの。長門さんのこと、どう思ってる?」
「頼れる仲間で信頼している。そして、大切なSOS団の一員で文芸部部長だ」
「ふーん。でもあなたを見捨てたのよ。長門さんはあなたとの約束を違えて自分の保身に走った。それでもまだ信頼できる?」
「当たり前だ」
 そう自然と即答した。我ながらここまで言い切れる自分を誇らしく思う。
 俺は朝倉と距離を取りつつ、
「いいじゃねえか。長門だって自分の命を大切にする。ごくごく自然なことだ。俺だって死にたくないからな」
「あら、自分が死ぬかもしれないのに、長門さんの命の方を大切にするの?」
「どっちが大切なんて関係ねぇ。俺が生きたいと思うように、長門だってそう考えるのは普通のことだって言っているんだよ」
 朝倉は俺に威圧でもかけているのか、じりじりと詰め寄ってくるので俺は次第にマンションの壁に追い詰められ、
ついには背中に壁が付いてしまった。ひんやりとした感覚が背後のコンクリートから身体に流れ込んでくる。
 俺は唾棄するように、
「お前に何を言われようとも、俺は長門に失望したりしねえぞ。そんなことで俺を揺動させようたって無駄だからな」
「思ったより度胸があるのね。長門さんがなついている理由がちょっとわかる気がする」
 そう言うと、朝倉はどこからともなく取り出したコンバットナイフを俺の耳の脇に突きつけてきた。がつっという破壊音とともに、
ナイフがマンションの壁に突き刺さる。
 これにはさすがにびびって冷えた空気を無視して俺の額から冷や汗が粒となって流れ落ちた。
 俺は半ばやけ気味に、
「いっそのこと、今ここで殺しやがれ。明日なんて待つ必要はないだろうが。その方が俺も変に迷わずに済むからな」
「うん、それ無理」
 あっさりと言う朝倉。
 続けて、
「だってわたしはあなたを殺したくはないんだから」
「……なんだって?」
 こいつの言っていることがよくわからなくなり、俺は混乱状態になる。こいつは急進派とやらに送り込まれた殺人エージェントだろ?
目的は俺の命だったはずだ。
 ……いや待て。昨日の喜緑さんの言葉を思い出せ。こいつは急進派の意志から逸脱した行動を取っていると言っていた。
俺を殺したくないという意志――それがそうなのか?
 朝倉はナイフを突き立てたまま、
「本当はね、上の人はとっととあなたを消すように命じてきているのよ。今もそう。ホント、うるさくて仕方がないわ。
もうわたしはそんなことどうでもいいのに」
「どういうことだよ」
「わたしが破壊したいのは、長門さんの方なの。彼女と情報連結して以降、ずっとそうしたくてたまらない」
 朝倉は顔に似合わない物騒なことを平然と言い放った。
 目的は長門の命だと? なぜだ、理解できねえ。そんなことをして何の意味があるんだ。
 さらに続ける。
「上の人の言うとおり、あなたを殺したら涼宮ハルヒはかつてない情報爆発を起こすわ。この惑星上の有機生命体は全て滅ぶ。
場合によっては周辺広域にわたって破壊しつくされるかもしれない。その時点でインターフェースの役割は終わってしまうわ。
それじゃあ長門さんを破壊できないじゃない。それは嫌なの」
「……何で親玉の言うことに逆らってまで、長門を殺そうとするんだ」
 俺の指摘に、朝倉はふるふると首を振って、
「正直言ってよくわからないのよね。連結する前は言われたことだけするつもりだったんだけど、したとたん我慢できなくなっちゃった。
でも悪い気はしないよ。今はすごく楽しい気分だから」
 ちっ、ややこしいことこの上ない。いろんな連中の思惑が交錯しまくってカオスきわまりない状態に陥っているぜ。
 ふと、ここで疑問が頭をかすめ、
「だったら長門が自分の命を優先した場合どうするんだ」
「仕方がないからあなたを殺すわ。実はわたしは二日しか猶予が与えられていないのよ。期限が過ぎたら消滅して終わり。
でもそれもなんだか悔しいじゃない。何も出来ずに終わるぐらいならあなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見るわ。本意じゃないけどね」
 朝倉の言葉に一瞬二日逃げ切れれば、俺も長門も生きながらえると考えてしまうが、すぐにその考えは霧散した。
殺すと朝倉が言っている以上、長門が動かなければ俺には阻止しようがなく、行動に移された時点で死んだも同然だ。
結局、俺か長門の命のどちらかを取るしかない。
 さらなる疑問が続き、
「だったら言い方は悪いが、今すぐ長門を襲えばいいじゃねえか。俺はそんなことをして欲しくはないがな。何で明日まで待っているんだ?」
「猶予ギリギリまで待つつもりよ。長門さんが迷いに迷ったあげく、あなたを守って死ぬことを選択して欲しいから」
「意味がわからん――」
 俺はそう言い返しかけて――ようやくと言っていいだろう、気がついた。
 朝倉は今長門と同じ情報を持っている。
 こいつが長門に向けている殺意は、言ってみれば長門が朝倉に向けている殺意と同じなのだ。
 同時に死にたくないっていうのも同じことが言えるはず。だから朝倉は長門を襲わない――長門が朝倉を襲わないのと同じように。
 とはいえ、そうなると朝倉は最終的には俺を殺そうとするんだから、長門も俺に対して殺意を持っていることになってしまうが、
そんなことはありえないだろうと思えるので、個人レベルではある程度の性格の違いが出ているのか。
情報――記憶とか命を共有していても、人格が違えば下す判断もことなるだろうからな。俺と古泉が同じ情報を共有していても
やることが異なってくるのと同じだ。
 そういうことかよ……!
 俺は胸くそ悪さに顔をゆがめる。
 と。
 ――突然、朝倉の身体があらぬ方向へ吹っ飛ばされた。そのままマンションとは反対側の民家の壁に激突する。
 何事かとしばらく唖然としていたが、気がついてみれば北高制服にカーディガンを着込んだままの長門が俺の前に立っていた。
朝倉の気配を察知して駆けつけてくれたのだろうか。
「…………」
 長門は沈黙したまま、倒れている朝倉を見つめる。表情は変化していないが、はっきりと怒りの感情が吹き出ているのがわかった。
 ほどなくして朝倉は何事もなかったように立ち上がる。ダメージはないみたいだな。情報連結しているから、
動けなくなるぐらいの傷を負っていたら、長門も動けなくなっているはずだから当然か。
「いきなり蹴るなんてずいぶんなご挨拶ね」
「猶予までまだ時間がある。何をしに来た」
 二人の会話が静かな住宅街に小さく響いた。
 朝倉はぱんぱんと服に付いた汚れを払うと、
「ちょっと彼に会いに来ただけよ。大丈夫、期限まで手を出すつもりはないから。それはあなたもわかっていることじゃない」
「…………」
 そんな挑発じみた言葉にも、長門は微動だにしない。相変わらず激しい敵意を向けているだけだ。
 と、朝倉がちらりと俺を見て、
「本当はあなたが長門さんに助けを乞うのを期待したんだけどな。そしたら、長門さんの気持ちも固まると思ったのに残念。
期待はずれだったわ」
「期待に添えなくて悪かったな。さっきも言ったとおり、俺は自分の命と引き替えに誰かを犠牲にしたいとまでは思っていない」
 そう俺が言い返すと、朝倉はくすっと今までと少し違う笑みを浮かべて夜の闇に溶け込むように消えていった。
 マンション前には俺と長門だけが残される。
 やれやれ、何とかこの場はしのげたようだな。
 ほどなくして、長門はくるりと俺に背を向けると、
「大丈夫。明日の17時20分14秒にあなたの教室へ行くまであなたが危険にさらされることはない」
「ああ、それはわかっているつもりだ」
「だからあなたは何もしなくていい。わたしが対処する」
 そう前に聞いたのと全く同じことを言った。
 と、ここで俺はできるだけ平常心を装いつつ、声のトーンをあげ、
「話は変わるんだが、実は今日学校の成績がらみでオフクロとケンカしちまってな。夕飯抜きの刑を食らっているんだ。
おかげで腹ぺこでたまらん。金なら払うから、なんか――あの缶詰カレーでもいいから喰わせてくれないか?」
 自分で言っておきながら、ふざけたことを言っているなと内心苦笑してしまった。
 それに対して長門はこちらに背を向けたまま、何も言おうとしない。
 ――二人の間でしばらく沈黙が流れる。どこからともなく救急車のサイレンの音が聞こえてくる。それがかえって静けさを強調した。
 やがて俺は全く無反応の長門に根負けし、
「……わかった。むちゃくちゃ言ってすまなかった。帰るよ」
 そう言って自転車を止めたところに戻ろうとして――
 突然わずかながら、俺の身体に進行方向とは逆の力がかかった。振り返ってみれば、長門が上着の袖を恐る恐るという感じに
つまんでいる。
 精一杯の引き留め。長門の雰囲気から痛いくらいにその気持ちが察することが出来た。

 

 ~後編へ

 

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最終更新:2021年05月03日 17:39