そんな感慨を抱きつつ、放課後、文芸部室。
 今週の頭に生徒会から突如として課せられた、というかハルヒが課したポエム創作に紛糾していたSOS団員であったが、本日その内の二人の悲鳴は安堵の溜息となって開放された。 
 一人はもちろんであろう古泉だ。
 そして残す一人は長門……ではなく、朝比奈さんである。
 それぞれの詩を端的に紹介すると、古泉のはこいつが超能力者になる以前、自分の胸に秘めていた世界に対する本音を夢見がちな視点から書き綴ったもので、つまり少年の頃に密かに抱いていた願望をポエムにしたものだった。
 朝比奈さんのはテーマが未来予想なものであるにも関わらずほとんど創世記のような内容で、後半に少しだけ未来の世界像が抽象的に書かれているという感じであった。俺の読解によるところでは、本来人間は諸々の管理や調整を行うために生まれており、未来では自然と人間の調和が実現するといった隠喩が含まれているようにとれた。ためしに朝比奈さんに聞いてみると、
「んっと、これはただのポエムですから♪」
 不用意に禁則事項ですと言わないのが、きっとこの一年で成長した所なんだろうね。俺としては、この人には成長して欲しくないような、成長して欲しいような複雑な心境である。
 あとこれは余談だが、古泉のポエムを読んでいると俺には短パンでタンクトップというよりはランニングシャツ(もちろん白)で野原を駆け巡る古泉少年の姿が脳裏に浮かんでしょうがない。
 何故ならポエムの内容がヒーロー戦隊隊員に志願希望であるとかスクールライフにはシリアスさとピュアラブコメディを求めるとかいったえらい純朴な要望的願望なのだ。
 そしてこれらは殆ど叶っているようなものなのでおめでとうと言いたいが、ピュアラブコメディなんぞをやっていたら俺は古泉の後頭部を狙ってウイリアム・テルをしなければならん。
 ……そういえば、こいつは昔天体観測が趣味だったとかも言ってたし、筆致もあまり勉強してない子のように乱雑であるので、ひょっとして仮面を脱いだら無邪気で裏表のない明朗快活野郎になるんじゃないだろうか。もしあのツラでそんなコンスティチュエントがあった日にゃあ谷口の立つ瀬はナノメートル単位すらなくなっちまうな。というか、俺含めほぼ男子全員が例にもれず。
 しかしまあ、現在の裏がありそうなスマイル古泉のスタイルもこれはこれで小憎らしい。この自称仮の姿は機関とやらの厳しい特訓で培われたものなんだろうか? 勉学も短期間で必死に習得したゆえに、紙相手の問答には優秀だが対人戦になるとてんでダメになるのかも知れんな。



 ……などと、俺が取りとめのなさ加減にも程があるといわんばかりの思索をしていると、二人分の原稿の提出を受けて上々気分のエセ編集長が意気揚々と、
「キョン! それに有希っ! 残すはあんたらだけよ! ほら、早く書くのっ」 
 いやだからポエムなんてのは自主創作であるべきなんだし、詩的センスも恋愛経験も皆無な俺にはどうやったって恋の詩など書きようがないっての。
 という文句を目で訴えつつ「ああ」と生返事で答え、
「…………」
 無言で読書をしている長門に視線を流した。なぜこいつはポエムを書かずに読書などをしているのかといえば、「詩など書かん」という抵抗の意思を体で表しているわけではなく、読書物が前回の会誌であるため、恐らくは自分の小説を読み返して何かしらのインスピレーションを働かせようとしているのだろう。多分ハルヒもそう思っているから、その行動に待ったをかけないのだろうね。
「……長門の小説、か」
 俺は知らぬ間に小さく呟いた。
 題名のない、長門の小説。
 およそ長門自身が主人公の物語で、物語にしてはオチがついていないような不思議な終わり方をしていた。
 だがもっと不可解なのはその内容である。なんの隠喩があるのか、はたまた何の意味もありゃしないのか。長門のことだから意味がないというのは考えにくいのだが、しばしば長門が会誌を開いて読んでいる姿を見る度、なんだか俺は言い知れぬ不安を覚えてしまうのだ。
 それは今も一緒で、俺の必然的に養われてきた長門観察眼が確かならば、長門の頭上には閃きを示すビックリマークではなく、


「はてな?」


 という言葉と共にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。
 ……長門、適当に思わせぶりだけしといて自分でも何がなんだか分からないなんてのはナシだぜ?
 それはまあ置いといて、最近の長門は少し気にかかる。単に宇宙人として弱体化しているからだとかいったことではなく、ただ、なんとなく行動が妙なのだ。まるで俺たちに何かを伝えようとしているが叶わないといった感じで。
 もしかして周防九曜が言っていた、長門の中の止まった時間ってのに何か関係が……。
 ん、そうだった。この話はまだしてなかったな。前の分の回想だけでは消化不良な部分も多々あるので、今からあれに続く話である、後日の喫茶店での佐々木たちと俺たちの会談を思い返してみようと思う。
 そこには喜緑さんではなく、病床から復帰した長門が列席している。俺たちは安静にしているよう諭したのだが、長門は今回の事件の際に自分が倒れていたのを申しわけなく思っていたらしく、「今度は私がみんなの側にいる」と言って聞かなかったのだ。
 そして話は、みんなが喫茶店に揃い、それぞれ並んで席に着いたときから始めることにしよう。
 俺たちとテーブルを挟んで相対した佐々木たちは、佐々木以外、三者三様の沈黙を貫いていた。言葉が出たのはウェイターに飲み物を注文した古泉の台詞程度で、それからしばらく沈黙が続き…………




「キョン、先日はすまなかった。最後の最後で取り乱してしまって。つくづく己の精進不足に気が滅入るところだ。なにかキミに対して非常に身勝手な言葉を漏らしてしまったように思い返されるんだが、本当にキミには平身低頭して詫びるよりない」
 沈黙を破って佐々木が発した言葉に不意をつかれた俺は、「んぁ」と言葉にならない声を漏らし、
「……佐々木。それはお前が気にすることじゃない。謝るのもこっちだ。それにさ、そこらへんについてはもう言わなくたって、お互い何を考えてるかはもう解ってるんじゃないか?」
 佐々木はくっくっと可笑しそうに笑い、
「そうだねキョン。このまま続けていると、また押し問答になりそうだ。よかろう。理解した。だがね、最後に一つだけ言わせてもらうよ」
 と、佐々木は微笑みを崩さぬままSOS団全員をするりと見回し、 
「みなさん。今回は私のせいで迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい。そして……」
 ちらりと俺へ目配せした後、お辞儀をしながら、
「ありがとう」
 言い終えて顔を上げた佐々木の表情は心の底から澄み切っているような輝きに満ちていて、そんな佐々木の静やかな笑顔に、俺は自分の胸の内で何かが呼応したような心地を漫然と覚えていた。
 そして俺の隣の朝比奈さんはあわてるように、
「わわっ、迷惑なんてそんな……とんでもないです。それに、これは……」
 と藤原を見て沈黙した。続いて、通路から見て席の一番奥に据わっている古泉が、
「僕にも佐々木さんから謝辞を賜る資格は到底ありません。僕が所属する機関も、こうなる前にもっと貴女に対して目を向けるべきだったのですから。勝手ですが、これからはそうさせて頂くことにします。ね? 橘さん」
 そう如才なく言い放つと、恐縮という言葉をこれでもかと体現しながらうな垂れている橘京子に右手を向けた。
「彼女は事情により、僕たちの機関を手伝って頂くこととなりました。経緯についてはご自分でお話しされますか?」
 こくんと首肯する橘京子の挙動には、思わず「大丈夫か?」と気遣ってしまうような愁傷さが溢れている。
「……佐々木さんの閉鎖空間の消滅と一緒に、あたしたちの能力も消失してしまいました。多分、もう佐々木さんの閉鎖空間が発生することはないと思います。なので、あたしたちの組織には、もう存在する理由がありません」
 だからって、そんなに落ち込むことはなかろうに。
「あ、いいえ。それで落ち込んでいるんじゃないの。ただ、あたしたちは利己性を否定しながら行動していたのに、むしろ誰のことも考えていなかったという事実に対して申しわけなく思っているのです。あの頃はあれが絶対に良いことだって信じてやまなかったんだけど、終わってみればあたしは佐々木さんを傷つけただけでした。……本当にごめんなさい」
 ズズンと背景の暗闇を重くさせる橘京子に俺は少々憐憫の情を抱き、古泉は「続きを」と促した。橘京子は首がそのままポロリといきそうなほど力なく頷き、
「……あたしの組織の一部は、あたしを含めて古泉さんの機関に併合させてもらうことになりました。これからあたしは、佐々木さんの傍にいて心のケアをしていく役目を果たそうと思います」
 言葉を終え、再びシュンとする。外様大名というよりは、借りてきた猫ってところのような気がするね。
 そんな橘京子の姿を見ていた古泉が佐々木に微笑みかけると、佐々木は応じたように、
「橘さん。お願いだから、そんなに落ち込まないで。それに、そんな形式的な関係はナシにしない? 監視されてるみたいで、逆に心がまいってしまうもの」
「ふぇ……」
 橘京子は佐々木へと振り向き、その表情は今にも泣き出しそうである。佐々木は橘京子を見つめてニッコリと、
「だからね、友達。そんな関係として、私からもお願いして良いかな? これからもよろしくね」
「佐々木さん……」
 クスンクスンと若干嗚咽をまじえながら、佐々木の言葉を受けた橘京子はすすり泣き出してしまった。背中でもさすってやろうかと思ったが、その仕事は隣にいる佐々木が担った。
 ……色々あったが、これで橘京子に関しては一件落着だろう。
 残るは、
「…………」
「――――」
 もしかしたら長門と無言の会話をしているかもしれない周防九曜と、
「…………」
 これまた無言で不機嫌そうに横柄な態度を取っている未来人、藤原だ。
 俺が藤原を難渋な目つきで見ていると不意に視線がぶつかり、藤原は特に興味がないといった感じで面を返した。俺はなんとも居心地が悪くなったので、
「……藤原。聞きたいことがある」
「ふん」
 鼻で返事をされてしまったが、聞きたい内容の重要度にくらべたらどうでもよく思えたので特に構わず、
「お前は天蓋領域……いや、周防九曜の存在に関して、一体どの程度まで知ってるんだ?」
「無意識概念集積体」
 ――うん?
 と、SOS団の全員が一様に藤原の言葉の前に停止した。それにかまわず藤原は話を続け、
「あれに名称を付けるとしたら、そんなところだ。そちらの喜緑とかいう人形の操り主は……情報統合思念体とか言ったか? それの対極に位置するような存在だろう。情報統合思念体とやらが情報生命の連なりとするなら、あれは無意識の領域から発生した概念の集積物みたいなものなんだ。もっとも、結晶というよりは雲に近い。その性質上、無意識概念集積体の端末には思考するという観念と個別の存在に対する認識が欠如している」
 ほう。と、俺と古泉は承知したように頷き、俺よりももっと良く理解しているであろう古泉が藤原に、
「……なるほど。彼女を見ているとそれも納得できます。しかしその物言いによると、あなたの未来には情報統合思念体が存在しないように聞き受けますね。そこはどうなのでしょう? ――それと、彼女たちを人形などと呼ぶのはやめて頂きたいのですが」
 ……古泉がそんなことを言うってのは、こいつにはもうSOS団を裏切るかもしれないなんて懸念はないんだろうな。きっと。いや、確信を持って言える。ない。
 古泉の質問と要求を受けた藤原は怪訝そうにしながら、
「……この周防九曜のような端末は存在するとだけ言っておこう。あれについて、僕が話せるのもここまでだ」
「ちょっと待ってくれ」
 俺は言葉を挟み、
「お前、周防九曜の頭に妙な髪飾りを付けた後で指示を聞かせていたよな? あれはどういうことだ?」 
「ふん。禁則事項だ」
「なっ……」
 俺が言葉を失っていると、藤原は「ふくく」と笑いを堪えたような声を漏らし、
「……はっ。ふざけてないで、答えてやるとしよう」
 ふざけるなこの野郎である。
「あれは無意識概念集積体の端末にこちらの意識を繋ぐ同期型装置だ。あの媒体には、人型端末の外的制御と個体が持つ情報操作能力を制限する働きがある」
「じゃあお前らは、そうやって周防九曜みたいなのを意のままに操って悪さをしてるのか?」
「悪さだって? はっ、笑えない冗談はよしてくれ。怒るしかなくなる。それに、キミは何もわかっちゃいない。端末を制御しているのは自己防衛のためでもあるんだ。それに一つ言っておくが、僕だってああいう風に人型端末を操るのは嫌いだ。まったく気分が悪い。だから任務が終わった今、既に周防九曜は僕たちの制御下には置かれていない」
 俺はギョッとして、
「……悪い冗談はよしてくれ。俺がまたあいつに拉致られでもしたら、今度もお前が助けてくれるってのか?」
「こちらの関知するところじゃない。キミを助けるのに、もう理由はないんだ」
 ……なんて奴だ。という驚愕をこれ見よがしに藤原に見せつけていると、
「話をちゃんと聞いていたのか? あの髪飾りには能力を抑制する効果があると言ったはずだ。それと同時に操り主からの接続も遮断している。つまり、こちらから干渉しない限りあれが何かをしでかす心配はないんだ。それに人型端末をその状態に置いておくのは、僕たちにとっては至って普通の対応だ」
 そう言いながら隣に座っている周防九曜を一瞥し、
「――しかし、この端末はキミに対して関心を持っているみたいだな。まあ危険性はない。安心するといいだろう。せいぜい付きまとわれる程度だ」
 待て、そういうのはストーカー被害っていうんだぞ。夜にうなされそうじゃねぇか。不眠症になったらどうしてくれる。
「僕が知るか。勝手にうなされでも、不眠症にでもなってりゃいい」
 ……まあ確かに、藤原に訴えたとしてどうにもならない気はしている。だがそれでも、周防九曜本人に言ったところで更にどうしようもないだけだし。まったく、俺はどうすりゃいいんだろうね?
 俺がやれやれとばかりに嘆息していると、突然横から、
「それなら、私に任せてください」
 最近になって特に聞き慣れた声だった。俺はその声の発信元を視認して、
「……喜緑さん?」
「ご注文の品をお持ち致しました。皆様どうぞごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
 喜緑さんはホットコーヒーを並べながら、ほんわかした笑顔で俺に微笑みかけて、
「安心して下さいね。私が彼女を見張っておきます。今の九曜さんなら、私にも抑えられるかと思いますので」
 いやぁとても頼りになるんですが、喜緑さんに頼るのも男としてはどうなんでしょうね。それでいいのか俺。
「お気になさらずに」
 ニッコリと喜緑さん。
 まあ、とにかくだ。俺は長門と無限にらめっこ中の周防九曜に目をやりながら、
「藤原。大体なんでこいつは俺にちょっかいを出して……いや、出してないとも言えるかも知れんが、周防九曜は俺の何が気になるってんだ」
 藤原はさもつまらない話をするかのように、
「無意識概念集積体は、人間の内の意識でない領域に惹かれやすい。そしてこの端末は、キミのその領域に潜むものに関心があるみたいだな」
「俺の中に、なにか潜んでるってのか?」
「……ふん」
 む。それはアホを見る目だぞ。俺を見てくれるな。
「この端末にからすると、時間の流れが遅いもの……ってところだ」
「……もしかして、時間を操る能力みたいなもんがあるってのか?」
 まさかな。自分で言ってても、あまりにもバカげてる話だと思うぜ。
 それにそんな能力があるならなぜみんな今まで……。
 ――いや、待てよ。ひょっとして今まで、みんなは俺の強大すぎる(多分)力をハルヒみたいに自覚させないようにしてたんじゃないか? ……困ったな。これはありえん話じゃないぞ。元より俺はこのSOS団にどうして所属しているのかが不思議な位に不思議さが皆無だ。だが、やっぱり俺にも何か特殊な要素があったってのか?
「……まさか、本当に俺にそんな力が、」
「それはありません」
 一つの声にしか聞こえないほど見事に古泉と喜緑さんの言葉が重なった。爽快な程にキッパリと言ってくれるのでむしろ気持ちが良いね。それに第一、俺はこのポジションが気に入ってる。仮に俺に力があったとしても気付きたくはないし、そんなもんはいらん。
 カップを置き終えた喜緑さんはペコリと一礼してテーブルを離れ、その後には、くらりとくるような微芳香と少しの静寂とが残された。するとそこから漏れ出すような声で、
「――――今なら、確認……」
 もちろん周防九曜である。こいつは変わらず長門を見つめながら、
「あなたの――時は―――止まっている………」
 長門が「ひでぶ」などと言い出さないか不安になったが、長門は眉をピクリとさせただけだった。
 周防九曜は微動だにせず、
「――綺麗ね……」
 ………………。これは全員分の三点リーダ。もう後は笑うしかない程に意味が不明である。当の長門は、
「………?」
 ポカンとしたような無表情を俺に向けてきた。長門よ、笑っとけ。
 そうこうしている内に、朝比奈さんが「あの、」と、ビクビクしながら藤原をちらちら伺い「ハカセ君……じゃなくって、時間平面理論の少年が……橘さんの組織の車に撥ねられそうになったのは、そちらの未来の規定事項だったんですか……?」
 ――そういえばそうだった。モスグリーンのワンボックスカー。ハカセ君は俺があのときとっさに行動しなけりゃ、危うく死んじまうところだったんだ。こればっかりはごめんねじゃ済まされん。この罪は重いぞ。俺だって死にかけてる。
 俺は明らかな非難の目を轟々と藤原に向けていたが、「……その、」と、いつの間にやら泣き止んでいた橘京子が心苦しそうに、
「あれは……あたしの組織の中で、未来人を毛嫌いしている派閥が起こしたことなのです。あの少年がいなかったら、未来人は過去に来れないって話を藤原さんから聞いていたから。……正直、現代を生きるあたしたちにとって未来からの干渉は脅威でしかありません。でも、だからってあの子をどうにかしようなんて……」
 またもや泣き顔になっていく。こいつは悪くなさそうなので気遣ってやろうと思ったが、
「あんたが気にすることはない」
 意外な人物が慰めるような言葉をかけた。そいつは続けざまに、
「キミたちはよくやってくれたよ。僕たちは、それを起こすために少年の情報を渡したんだ。あれは朝比奈みくる側に少年を助けさせるための規定事項でね。あの殺人未遂は、他の未来人から少年を守るために必要だった」
 わけの分からない理屈を言い出した。俺はしかめっ面で、
「何言ってんだ。守るってんなら、なんでわざわざ他のヤツに襲わせたりしやがる。それに、そうなるように仕向けておきながら、実はこっちに助けさせるのが目的だったってのはどういった了見だ。他力本願な愉快犯のマッチポンプだってんなら話は別だがな」
 若干語気を荒げながらの話を藤原は黙って聞いていたが、話が終わると頬杖をついたまま、
「はん。じゃあキミは、見ず知らずの人間から突然『あんたは狙われているから気をつけろ』なんて言われて、そいつの言葉を本気にするのか? 僕なら、逆にそいつが不審人物に思えてしょうがないね」
 俺に向けて手をヒラリと返すと、
「わかるか? 少年にちゃんと周囲を警戒させるのには相応の状況が必要だったんだ。しかも、これは朝比奈みくるの上層部と示し合わせて実行したことだ。文句なら、そちらの未来人に言ってくれ」
「……上の人が、そんな…………」
 驚き入って茫然とする朝比奈さん。それは俺も同じだったが、「そうだとしても」と糾問を止めず、
「もしあそこでハカセ君が死んじまってたら、お前らも朝比奈さんも困るどころの騒ぎじゃなかったはずだ。車の運転にも、俺が助けることにも万が一ってのがあるだろう」
 そうだ。未来ってのが固定されていないなら、ハカセ君と俺が死んじまう事態だって起こり得たはずだ。それなのに、大人の朝比奈さんは藤原たちと結託して、それを俺たちにやらせたってのか……?
 ……俺の中に抱きたくもない感情が発生していると、藤原は「そんなヘマはしない」と言いながら、どこか思いつめたように、
「未来の規定事項は、過去の膨大な記述統計学に基づく多変量解析によって実行されているんだ。そして、それによって僕の予定表も作られている。他の未来人の邪魔が入ることはあっても、それによって導き出された答えが間違うなんて考えられない。しかし……」
「しかし、なんだ?」
 と俺が求めると、藤原は俺を睥睨しながら、
「キミを周防九曜から助け出さなければならないというのは、僕の予定表には入っていなかった。それは、僕たちの分析に誤りが生じた可能性があるということだ。そうなれば、それによって導き出されていた……佐々木を過去に連れて行き、現在を変えるという目的が達成されなくなってしまう恐れがある。だから僕たちは、例え重大なルール違反を犯すことになろうとも、より確実な方法で目的を達成せざるを得なくなった。涼宮ハルヒの能力によって世界を修正し、そして能力を消してしまえば、僕らは正しい世界で過去に行くことが出来るようになるんでね」
「……つまり、それが前回の事件を起こしたきっかけというわけですね」
 藤原の話を聞いていた古泉が納得したように言い放ち、そして納得がいかないといった感じで、
「ですが、あなた方が当初予定していた佐々木さんを過去に連れて行くといった行動も、そもそもが重大なルール違反だったのではないですか? 佐々木さんを通して過去に干渉するにしても、今の佐々木さんを過去に連れて行くこと自体が間接的とは言えないでしょう」
「違反には変わりない。が、それは許容範囲内だ。むしろ結果を考えれば、最初からやっておくべきだった」
 そうやって俺に顔を向け、
「……佐々木とキミは、将来もっと親密な関係になる予定なんだ。が、その未来を脅かす存在が発生した。当然、それは涼宮ハルヒ以外にいやしない。本来キミと涼宮は、歴史上では単なるクラスメイトの関係以上にはなり得ないんだ。……しかしキミは涼宮に接触し、しかも時間が進むにつれ、キミたちの距離はどんどん近くなっていっている。それによって、将来の佐々木とキミの関係が失われる可能性が強く示唆されていたんだ。そしてここで、組織から一つの対策が生まれた」
 それは何か、と前置きし、
「過去のキミと佐々木との関係性を強めて、未来の二人の関係を守ろうという計画だ。そうすれば、その歴史の過程には涼宮ハルヒが時空の断裂を生み出す瞬間は生じない。つまり、二人の間に涼宮ハルヒが入り込まないように対処すれば、時空の断裂は生まれないということだよ」
「ちょっと待て。俺と佐々木がある程度話すようになったのは中三の頃だ。ハルヒの能力が発現したのはあいつが中一のときだったんだろ? 俺と佐々木の関係が始まる前からハルヒの能力は発現してるじゃないか。それは辻褄があってないんじゃないのか?」
 俺が言うと、藤原は微量の困惑を顔に浮かべ、
「……キミの言う通り、キミと涼宮ハルヒが出会ったのは能力発現の後という問題が出てくる。しかし、問題といえるのはいつだって涼宮ハルヒの存在だろう。あの女は時間の歪みの原因……説明としてはそれで十分だ。キミと涼宮ハルヒの関係が時空間に影響を及ぼしたのは間違いない」
 まったくわからんが、こいつも正直良くわかってないようだ。まあ……ハルヒはいつもややこしい事態を起こすってことか。
「だが」と俺は、「なんで佐々木を過去に連れて行く必要があるんだ。普通の未来人の間接的な干渉方法じゃダメな理由でもあるのか?」
 これを聞いた藤原はジト目で俺を見ながら、
「……キミたちは未来の自分という特殊な存在から話を聞かなければ、自分の気持ちを認めるどころか、気付こうとすらしない。これは確かな分析によって裏付けされた結果だ。……その分析の信用も落ちてしまったが、現にキミは今でも認めていないというのがその証拠だ。そして過去の修正へと踏み切った僕たちは、この喫茶店でキミと会合した後で佐々木に話を持ちかけた。過去の自分に会って、今の自分の気持ちを教えて見ないかとね。その話をしたときも嘘はついちゃいない。ただ、世界が変わることについて否定も肯定もしなかっただけだ」
「道理でだ。あいつが今を変えちまうことをハナっから聞いていたら、絶対に話に乗らなかっただろうからな」
「しかし、彼女はそれを望んだじゃないか。その意味が分かるか? キミへの想いに気付かなかったのを佐々木は後悔してたのさ。そして、キミが今も佐々木に対しての昔の自分の想いに気付かないのは何故だか教えてやる」
 む、と俺は押し黙り、
「キミの中の佐々木がいた場所に、現在は涼宮ハルヒがいるからだ。上書きというのは厄介でね、忘却よりも強力に情報を消し去ってしまう。キミが今涼宮に感じている想いは、以前の佐々木に対する想いと同じなんだ」
 何言ってんだこいつは。俺は中学の頃、ひょっとして佐々木の目の前に猫じゃらしを垂らしたら飛びつくんじゃねえかとか思わなかったし、実際にやってみたとしてハルヒのように握りつぶしてくるとも思えん。
 俺が悩ましい顔をつくっていると、
「まあ、実際は涼宮ハルヒの数値が拡大しているだけで、佐々木の数値が消えたわけじゃない。だから、キミもいつか気付くだろう。それに佐々木が過去の自分に会おうと思ったのも、涼宮がキミの隣にいたせいだ。いや、これはおかげというべきか。僕にとっても佐々木にとっても良い……」
 コホン。藤原の話が終わる前に佐々木は大きな咳払いをし、
「……その、なんというか……論議を交わすのは素晴らしいと思うのだが、少々周りを見てみてはくれないか? こんな場所でその話をされてしまうと……うん。ここには、顔を赤く染めなければならない女の子がいるはずだが」
 耳まで真っ赤にしている佐々木が珍しくモジモジとした口調で喋っている。佐々木は藤原を見て、
「それにね、その件については、既にカレとは話がついているんだ。そしてキミにはすまないのだが、僕はもう過去に行こうとは思わない。約束を反故にする形となってしまうが、どうか分かって欲しい」
「ああ、構わない。どのみち、キミが行きたいと願ったところでもう叶えることは出来ない。僕たちの行動は規約違反の罰則によって著しく制限されている」
 そう言う藤原を俺はしげしげと見ながら、
「……どうだかな。やろうと思えば強引にでもやっちまうんじゃないか?」
「出来やしない。僕のTPDD……時間平面破壊装置は没収されている。それに、僕たちは罰則をきちんと受ける」
「どうだろうね。またルールを破って周防九曜を操って行動を起こすかもしれん」
「……はっ」とふてくされたように、「未来人の中でも僕たちのような組織は、世界の調律のために存在するんだ。それぞれの未来人が強引に過去へと干渉したら、それこそめちゃくちゃだ。そうならないように、未来人同士で規則が設けられている。そして僕たちは嘘などつく真似もしなければ、本来規則を破る行為など絶対にしない。自らの存在の意義に反するからだ」 
「佐々木まで巻き込んで、あんな事件を起こしときながらよく言えるもんだ」
 藤原は「ぐ」っと言葉をなくし、バツの悪そうに、
「……あの僕の任務はルール違反だったが、何故朝比奈みくる側がキミたちを送り込んできて僕の邪魔をしてきたのか未だに理解できない。彼女たちにとっても、過去に行く方法はあれしかなかったはずなんだ。それに、キミたちだって涼宮の能力が消えたところで困りはしないだろう」
 ……確かに、あのときは朝比奈さん(大)には何も聞かされず藤原がいた場所に向かわされたな。それに、俺たちにとって大事なのはキングではなくクイーン……ハルヒの能力じゃなくて、ハルヒ自身なんだし。
 が、それがもし消えちまってたら、朝比奈さんは未来に帰っちまうのか? それに、古泉の機関はどうなるんだろうか。ああ、長門は多分残るだろうね。情報統合思念体のそもそもの目的はハルヒの観察だ。だから事件の際、思念体は協力してくれたんだろう。ハルヒに余計な刺激を与えないように。
「それに、」と藤原は悩ましげに「朝比奈みくる側は当初、僕たちが現代を変える計画にも難色を示していた。意味が解らない。あれは正しい歴史を迎える為の数値に調整する計画だ。現在のバカげた世界を正しくした上で、僕たち未来人は凌ぎを削れば良い。それにこのままでは、近いうちに全ての未来にとって危険な分岐点を迎えてしまう。『彼女』は規則が設けられている意味も知らず、ただ規則に盲従するだけの木偶じゃないと思っていたが、違ったようだな」
 なんとなく大人の朝比奈さんへの評価は良いらしい。が、
「そりゃ、それでも朝比奈さん側は過去を変える行為に抵抗があったんだろうし、朝比奈さんの行動は今のハルヒに関した規定事項とやらが大半だ。それに、俺たちは今を大切にして、その大きな分岐点とやらに正々堂々と立ち向かってやる。そのためにはSOS団が必要だし、過去を変えて現在を修正するっていう反則はやりたくなかったんだと思うぜ。ハル……SOS団が大事だってのは、団員にとっても同じだ」
 俺の古典的な決意表明に藤原は「くだらない」と言いやがり、
「キミたちにとってその組織は大事なのかも知れないが、朝比奈みくるにとっては違う。情報統合思念体とやらの目的は能力が発現した場合の涼宮の観察で、そこの超能力者の目的は彼女の保護だろう。彼らにはキミたちのお遊びが多少は有益かもしれないが、僕たち未来人にとっては茶番でしかない。朝比奈みくるの目的は何だったか覚えているか?」
「そりゃハルヒの…………」
 と、俺は口を開けたまま停止してしまい、藤原は朝比奈さんに向かって、
「朝比奈みくる。きみはよもや、手段と目的を間違えていやしないか? キミがSOS団とかいうグループに入っているのはキミが未来人だったからで、それだけでしかない。それとも、キミが彼と仲良くしているのは、彼を過去に連れて行き過去の数値を調整するためなのか? だが、それももう叶わなくなっているはずだ。彼はSOS団とやらに相当浸ってしまっている。例えそれが変容した世界でも、彼は本当の世界よりこちらを選ぶだろう」
 ――これには絶句せざるを得なかった。俺はかなりのマヌケ顔で凍っていただろう。
 前に古泉も言っていた。朝比奈さんは俺を篭絡させることが目的だと。
 それは、俺を過去に連れて行くための……本当の話だったってのか?
 だが、今は……、
「違います!」
 朝比奈さんが渾身の否定句を飛ばし、
「……あたしたちの未来を導くには、現在、SOS団の皆の協力が必要なんです。それに……」
 世の男共を瞬間ノックアウトさせるような悲しそうに潤んだ瞳を俺に向け、
「あたしが……あたしとして持っている気持ちとしても、みんなはとっても大事な人たちです」
「朝比奈みくる」
 と、藤原は朝比奈さんの宣言に感動を起こす暇も与えずに、
「僕たちがここにいる理由は時空の歪みの元である涼宮の調査だ。そして、それは過去に行く為の手段を模索するためで、過去に行くことこそが目的だ。そして、既に結果は出たじゃないか。たとえ過去を修正して情報統合思念体の端末がそれを妨害しようとしてきたところで、こちらの端末でそれを鎮圧すればいい。つまり、あんたたちが僕を妨害する意味などなかった。むしろ逆効果だ。そのせいで、涼宮ハルヒの能力を消して過去へ行く方法と、佐々木を過去に連れて行き現在を修正する方法も今では不可能になってしまった。ふん、攻めはしないさ。形式的には僕の行動の方が間違っている。……しかし、結果はその限りじゃなかったとだけ言っておこう」
 少し落胆したように話す藤原に、
「……一つよろしいでしょうか?」
 と古泉が話しかけた。古泉は藤原の返事も待たずに、
「もしその歴史が修正されてしまえば、現在の佐々木さんは存在しないはずです。これはタイムマシンのパラドックスと同じで、居ないはずの佐々木さんをどうして過去に連れて行けるというのでしょうか」
 疑問の質問に応じようとする藤原からは哀愁の色が消え、またさっきまでの横柄な態度を取りながら、
「佐々木を過去に連れて行くのは可能だ。この時代の人間に分かりやすく説明するなら、そうだな……テレビゲームというやつが捉えやすい。個別にセーブされたデータは、以前のデータが変わってしまったからといって後のデータに影響を及ぼしたりはしない。すべてそのデータ内で行われることだ。これが時間平面理論の基礎だというのは理解できるな。そして僕たち未来人は、いわばゲームのクリアデータってところだ。そのデータで過去の物語に入り込むから、僕たちはキミたちの知らない情報、アイテムを現代に持ち込むことが出来るというわけだよ」
「待てよ。おかしいじゃないか。だったら、過去を変えたって未来にはなんの影響もないって話になる。お前の行動の理由にはならないはずだぜ」
 藤原はやれやれといった感じで、
「言っておくが、未来はまだ確定しているわけじゃない。だからこそ多様な未来人が存在し得るんだ。これはつまり、逆に未来が確定した瞬間が未来人の最期だということになる。【選択された未来の歴史によって他の未来の歴史は上書きされてしまうために、選択されなかった未来は消えるんだ。】このように、分岐点での選択によって未来の決定は成されている。だから僕たちのような未来人は、選択肢を自分の存在する未来に繋げるために動いているってわけだ」
「ほう。それはつまり、『平行世界は存在しない』ということを示しているのでしょうか? そして、過去と未来は関連しているが、時間平面は独立しているために未来は過去に干渉し合えるというという」
「概ねその通りだ」
 藤原は何かを理解し始めた古泉に、
「時間平面破壊装置はこの理論に基いている。これはあの少年が構築した理論だが、実際は元々世界に存在していた法則を発見しただけに過ぎない。つまり、人間によって創造されたものなどは存在せず、僕たちの世界には最初から全てが存在しているということだ。……だから涼宮ハルヒの創造能力は、不明なものを明らかにするだけの能力と考えられていた」
「うん? 過去形になってるようだが、それは間違いだったってのか?」
 俺の質問に、藤原は悩ましげな顔と低調な声で
「……ああ。大間違いだ。時間平面が独立しているという考えは本来矛盾しているんだよ」
「そんな、時間平面の理論体系は完全に成立しているはずです。その理論が正しいから、時間平面破壊装置が機能しているんじゃ……」
「なっ……」
 藤原は朝比奈さんから豆鉄砲を食らったように目を丸くし、その数瞬後にはまくしたてるように、
「はっ。これは驚きだ。信じられないな。成立してしまっているから全ての矛盾が発生しているんじゃないか。それすら知らされてなかったとは、キミはまさに人形だ。そうだな、キミにはお茶運びのからくり人形が適任だ。せいぜい涼宮ハルヒに遊ばれているがいい。ふん、ちっとも笑えやしない」
 ……本気でぶん殴ろうかと思った。こいつはインターフェイスを人形と呼ばなくなったと思いきや、朝比奈さんに対しては極めて明確な嫌悪の情をぶつけてきやがる。俺は「ひう」とたじろいだ朝比奈さんの代わりに、
「意味がわかりかねるな。時間平面理論ってのは物理法則なんだろ? それに矛盾があるなら、この世界は崩壊しちまうんじゃないか?」
 藤原は眉をしかめて、
「むしろ世界を崩壊させないために矛盾が発生している。本来この三次元の世界は、箱の中に満たされた『光』みたいなものであるべきなんだ。そして、僕らの物質的なTPDDはその時間の性質を応用して機能している。元になる理論体系は、この世界を『面』の集合で捉えた時間平面理論とは違い、『点』の集合で捉えた理論だ。そして、『点』の理論を元にしたTPDDが機能しなくなったのは『点』の理論が崩壊しているからだというのが判明した。世界人仮説という、一つの理論によってね」
「……世界人仮説?」
「世界を『人間』に見立てて考えた理論だ。つまり、『人間』は色んな形から形成され、時の流れによって存在する。人は生まれてから一本の道を歩み、そして体と情報は伝えられていく。人生とは時の流れの連続であり、生まれてから死ぬまでの一本の線なんだ。……そして、この世界人仮説を唱えた者によって、新たな次元の存在が展開されている」
「新しい次元?」と俺。
「それは他人という『異次元』だ。世界人仮説では、進化には『他人』と関連しあうことが必要であり、存在同士が対になることによって進化という現象が促されると考えられている。物質と物質、人と人が惹かれあうのは当然で、他人と関わる行為こそが『進化』するためには必要。世界は、そうやって作られているんだとね」
 ……ん? それって、情報統合思念体にとっての自立進化がどうのとかのヒントなんじゃないか?
「……長門。お前、藤原の話聞いてどう思う?」
 長門は俺をゆるりと見やると、
「意味が解らない」
 本当に解ってなさそうだったので、
「理論的なもんはお前の専門じゃないか。藤原の話が間違ってるのか?」
 長門はふるふるとショートヘアを揺らし、
「そうではない。彼の理論は人の言葉によって作られている。つまり、理論形成がとても人間的。彼の主張が正しいのかどうかすら思念体には理解出来ないということ」
「く」
 藤原は長門の言葉を聞いて息が詰まったような笑い声を出し、
「――はっ。人間的か。……くくっ、確かにその通りだ。ふくっ、この世界人仮説を作ったヤツはある意味でひどく人間的だ。はっは、それが理論にも漏れ出し……くっ、あんまり笑わせてくれるな……。それに長門、あんたはそうやって静かにしているほうが似合っている。ははっ、不気味でもあるが……くくく」
 笑い過多な台詞を吐くな。それに馴れ馴れしい。しかも、笑っている理由がまったく不明である。
「それに、まさかあんたも人型端末だったとは驚きだ。『アレ』は今も大事にしているのか? 僕がちょっと触っただけで……と、これは禁則だ」
 もしかしたらセクハラの内容かもしれない話をしている藤原に、
「…………?」
 長門は、サイズ的には特大の称号を与えられるクエスチョンマークを頭上に浮かべている。 
 そんなやり取りをしている間、ずっと思案顔を浮かべていた古泉が、
「世界人仮説によって、どのような時間平面理論の矛盾が指摘されるのですか?」
「現在の次元の構成が変わってしまっているということ、それにより世界の法則が変容してしまっているということだ。現在の次元の姿がどういったものなのか……説明が面倒だな。仕方ない。九曜、キミの手を貸りるとしよう」
 藤原が「頼む」と周防九曜に声を掛けると、周防九曜の眠たそうな瞳には生気が灯され、
「―――指定空間座標認識。極局地的光学式理論形態模型、展開――」


第三章


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