「ご飯できたよー！」
「んぅー・・・解ったよ、妹よ・・・」
朝の光が眩しい。本当に知らない間に朝になっている。
眠っている間にどうやって朝が来るんだろう。起きている間もどうやって夜が来るんだろう。
そんなどうでも良い事を考えて体を起こす。
こういう話は中学時代の同級生だった佐々木さんの方が理解してる。
「さて、今日も一日頑張ろう」
私はカーテンを開けて日の光を浴び、そのエネルギーを浴びながら自分に言い聞かせた。
―――これはもしものお話。だけど現実のお話。
―――これは彼のお話。だけど彼女のお話。
―――決して交錯しないもしもの現実世界のお話。
『朔』→”Distorted pain”
第一話 予感⇔『Absolute blue』
私は毎朝のように長く長い地獄のような坂道を月曜日の憂鬱という追い討ちにより重々しく上っていた。
何を思ってこれほど辛い坂道にどうしてしたんだろうか。道に角度は不必要だと思うんだけどなぁ。
「キョン太ったのかしら？ 足元が重いわよ？」
さて、そんな私とは正反対のSOS団の団長様は月曜日の憂鬱すら元気エネルギーに変換して話かかけてくる。
私と同じ女の子なのにどうしてこうも違うんだろう。まったく、運動出来るのは羨ましいなぁ・・・。
・・・それに・・・引っ込むところは引っ込んでるけど、出るところは出てるし・・・。
「うるさいなぁ、ハルヒはぁ。太ってなんかいないもん」
それに比べれば私はなんでこう平たいんだろう・・・。
みんなはこの体や背の小ささを可愛いって言ってくれるけど、嬉しくない。あ～あ。神様って本当に不平等だぁ。
「ほら、早く教室行くわよ」
「急いだってどうしようもないでしょ。ゆっくり行こうよ」
「もぉ～！ 団長命令よ！ ほら、ダッシュ！！」
私はハルヒに手を引かれてズルズルとしか動かない足を無理矢理パタパタと走らされた。
もし私が男だったら引きずられる事も無いのになぁ・・・多分。
いや・・・たとえ私が男だったとしてもハルヒに引きずり回されそう。だって、ハルヒだもん。
SOS団唯一の男子、古泉くんの苦労っぷりを見てるとそう思う。
扉を開けていつも通りの喧騒を保っている教室へと入る。
「よっ、キョン」
クラスの悪友たる谷口がいつも通り話しかけてくる。この男には常に警戒しなければならない。
いきなり抱き付いてくるしこの前だって胸を揉んできたし。ぶっ殺したいぐらい大嫌いな奴かな。
「おはよう、キョン。今日も涼宮さんと一緒なんだね。仲良き事は美しきことかな」
それに比べれば国木田は流石は中学校時代からの友達だね。異性の友達の中で一番信頼出来るよ。
「おはよう、国木田。別に私はハルヒと仲良いわけじゃないよ？ 朝だって無理矢理絡まれたんだから」
「なんですって！？」
「それよりも俺は無視か」
こうして、いつも通り平和な一日が今日も始まる―――と思ってた。
「えっと・・・何かな？」
放課後。私は体育館倉庫裏に呼び出されている。下駄箱に手紙が入ってたからだ。
一瞬だけ朝倉さんと重なったけど、有希ちゃんが何も言わないし、それはない筈。
実際、目の前に居るのはあの山根君だし。
「いきなりで悪いけど俺と付き合ってくれねぇ？」
うわぁ・・・意外に軽いなぁ。こういうチャラい男子、あんまり好きじゃないんだよねぇ・・・。
「ごめんなさい」
もう断るしかないよね。好きじゃない人と付き合ってもどうしようもないんだから。
だいたい相手はアイドル云々の人だよ？ 気持ち悪いってば。うん。きっとチャラくしとけば格好いいとかって思い込んでるんだろうなぁ。
私はその場を立ち去るべく山根君に背を向けた、その途端。
「仕方ねぇな」
一瞬何が起きたか解らなかった。気付いたら、いきなり後ろから抱き付かれていた。
叫ぼうと思ったけど、口を塞がれてうまく叫べない。
「んー！！ んー！！ んぐっ！」
雑草が生い茂る中に私は押し倒された。ほぼマウントポジションみたいな状態にされて体を動かそうにも動かせない。
何をされるか悟るのに時間は要らなかった。間違いない。
「ヘッ。断らなかったら優しくしてやったのによ。俺、こういう幼児体型が好みなんだよね」
くっ、何なのこの変態は。・・・あれ？ 朝倉さんって幼児体型じゃないよね。ってそんな場合じゃないでしょ、私！
何とか抵抗してみようとするけど、カーディガンを無理矢理引き裂かれてしまった。
これ結構高かったのに・・・ユニクｒ、ってそういう場合じゃない！ 私よ、混乱するなでございますです！
頭の中がパニックで狂いだした頃。
「ふんもっふー！！」
「ﾓﾙｽｧ！！」
謎の掛け声を共にもう見慣れたイケメンがラリアットを私に襲い掛かっている山根くんに思いっきり食らわせた。
山根くん？ くん付けする価値もないか。山根で良いや。
見てる方もされた方もびっくりするぐらい見事に命中していた。だから吹っ飛んだんだろうね。
でも、ﾓﾙｽｧって何？ 強い衝撃で呻くのは解るけど。
「キョンさん、大丈夫ですか？」
古泉くんがこちらを向いてあの上辺だけの笑顔を浮かべる。今回はほんのりと本当の笑みも混じってるかな。
確かに格好良いんだけど、この作り笑いのせいで私はあまり好印象を抱けないんだけどね。
何も知らない同級生達は羨ましがってるけど、どんな人かは全く解らないんだよね。
まぁ、長い付き合いだし幾らかは他の人より解っているつもりなんだけどね。
「ありがとう、古泉くん。カーディガンが使い物にならなくなっちゃったけど大丈夫」
「そうですか・・・良かったです。カーディガンは長門さんに頼んで直して貰いましょうか」
「ぐっ・・・お前ら・・・俺を無視してるんじゃねぇぞ・・・・！！」
えっと・・・無視って言うよりもすっかり忘れてました。
「おや、誰か居られたんですね。走ってる途中に何かに当たったと思いましたが・・・貴方でしたか。申し訳ございませんね」
「貴様ぁ・・・！！」
人を馬鹿にするのが本当に上手いと思う。言葉の口調と笑顔のせいで他の人が言うより何倍もムカつくだろうね。
実際問題、見てる私も少し不快というのを感じるんだもん。・・・それはおかしいかもしれないけど。
結局、山根は開始五秒も立たないうちに古泉くんの回し蹴りを顔面に食らって一発ＫＯだった。
「すいませんね。ちょっと遅れてしまって」
「良いよ、別に。だって来てくれたでしょ？」
私はポケットの中にあるスイッチを取り出して古泉くんの前でぶらぶらとさせた。
これは言ってしまえば私の現在地を古泉くんに知らせる、と同時に私の身に何かあった際に古泉くんを呼ぶ物だ。
『鍵』を守るのが役目らしいからね、この超能力者は。
それにしても、もし私が男子だったらこんな事しないで済んだだろうに。
選ばれたせいで大変だね。心から是非とも同情させてもらいたいと思う。
「そう言って下さればこちらとしては幸いです。また何かあったらいつでも押して下さい」
「私が北海道に居ても何かあったら来てくれるのかな？」
「えぇ、押せば行きますよ」
「ありがとう」
笑顔で返されたけど・・・何分、いや何時間掛かるんだろう。
「さて、早く部室へ行かなくては涼宮さんのご機嫌を損ねてしまいますよ」
「あーそうだね。ちょっと急ごうか」
これはあくまでもいつもの日常。その筈だったのに。
「・・・え？」
耳鳴りがした。眩暈がした。世界が揺れている。ううん、私が揺れている。
だって怪訝そうに古泉くんが少し先で私を見ているんだもん。
しばらくして、その何かは収まった。
「どうしましたか？」
「何でもない・・・うん。ちょっと眩暈がしただけだから」
もしかしたら体調を崩したのかもしれない。そう思った。
「・・・あ」
急に体に襲い掛かってきた重さ。体が異常に重い。耳鳴りは伏線だったみたい。
「キョンさん？」
「古泉く、ん・・・体が・・・重・・・・・くっ」
「一体どうしたんですか！？ キョンさん！？」
「っ・・・あ・・・」
ゾクゾクとする悪寒。体中が寒い。鳥肌が立って仕方がない。
何かが私の体を浸食していく。その気配だけが頭を支配していく。
感覚が・・・。感覚が・・・。感覚が・・・。感覚が・・・。感覚が・・・。感覚が・・・。
「キョンさん！！ キョンさん！ キョンさん・・・キョ・・・ん・・・・」
遠くなる古泉くんの声。
世界が歪んでいく。歪んでいく世界の中でそれを見ている私。
私だけにしか見えないのかな。そうなのかもしれない。
ふとその歪が失せて、世界が元に戻っていく。以前よりもより鮮明に元の世界へと。
私の意識はそこで強い衝撃を受けて、プツンと途切れてしまった。
―――――――。
―――――。
―――。
「・・・・・ん・・・・・？」
私が次に目が覚めたのは、何処だろう。家でもないし、あまり見慣れない・・・いや、見たことがある。
ここは・・・そうだ。私が階段から落ちたらしいという事で担ぎこまれた病院だ。
どうやらあの気持ち悪い感覚で倒れてしまったらしい。
「・・・あれ？ 私、一人？」
あの時は古泉くんが居たんだけどな・・・。・・・団長命令だけど。というか、団長命令無しでも誰かここに居てもいいだろうに。
全く・・・いつからSOS団は薄情者の塊になったんだろう。報告ぐらい来てるでしょう、私が倒れたって。
私は起き上がるとベッドから床へと足を下ろした。
丁度そこにある私にあてられた物だろうスリッパに足を通して病室の扉を目指した。
ガラッ。
廊下に出ると、まだ日が差し込んで明るい。なのに
「・・・静かね」
おかしい。どうしてこれほどまで静かなんだろう。
あとさっきから妙に鼻を突く匂いは、何？ 生臭くてどこかで嗅いだ事ある匂いなんだけど・・・。
「・・・」
私の足音だけが響く廊下。外界からも音という音がしない。
本当に、どうしたの。
ふと私はポケットの中に異物を見つけた。それは、古泉くんを呼ぶ為のスイッチ。
私はそれを押した。
ピピッ・・・ピピッ・・・。
「！！」
途端にすぐ近くでそれが鳴り出した。私は音のする方へとゆっくりと近づいていく。
足音を立てないように慎重に、慎重に。私から見て死角に音が鳴る物がある。
スイッチ押して音が鳴るかどうかは解らないけど、でも少なくとも何かはそこにある。
私は意を決してそっと様子を見た。
「キョン、さん？ おや・・・本来は僕が行く立場なのですが、来てしまわれましたか」
「こ、古泉くんっ！？」
そこには血だらけで苦しそうな古泉くんがしゃがみ込んでいた。
「こ、これは・・・一体・・・」
「すいませんね・・・見苦しいとこ、見せてしまって・・・」
「だ、大丈夫・・・？」
「一応は何とか・・・まさか、こんな事になるなんて・・・ここに居るのはよろしくありません。貴女は早くここから逃げ―――」
ヌチャ。
「・・・・・」
変な音が私の後ろからした。
「っ・・・遅かったですか・・・」
古泉くんは私の後ろを睨むと壁に凭れ掛かりながら立ち上がった。
片手には銃。銃が必要な事態。
危険な何かがそこに居る。私は、ゆっくりと振り返った。
「――――――！！」
そこに居たのは間違いなく化け物だった。
コンピ研部長のカマドウマとか、閉鎖空間の神人とかそんなレベルじゃない。
禍々しい爪に両生類のような皮膚。そして人より巨大な二足歩行の生物。
・・・生物（せいぶつ）というよりこのレベルだと生物（なまもの）かも。
「僕らの『機関』には・・・対する組織がいくつかあります・・・・・」
ふと古泉くんがやや呻きながら語りだす。
「敵対組織・・・橘さんのところみたいに？」
「そうです・・・何回も衝突があり、今回も衝突しました・・・その結果がこれです・・・・・」
「あの生き物は・・・？」
「今回の組織はバイオ研究の人が中心に結成されたものでしてね・・・しかも厄介な研究でして・・・」
「厄介な研究？」
「生物兵器ですよ・・・ウイルスレベルではなく、この一個体の生物のレベルで・・・・・それがアレです」
私は改めて目の前の生物を見る。
蛙のような、ワニのような、熊のような・・・ってかどれにも属さない姿形の生物。
これがどれだけの能力を秘めているというんだろう・・・。
「侮り過ぎましたね・・・たかが生き物、されど生き物・・・まさか、こんな奴が居るとは思いませんでした・・・」
こう言うんだから多分、よっぽどなんだと思うけど、やっぱり想像出来ない。
笑顔が笑顔にならなくなってるあたり、もう体はボロボロなんだろうけど。
「古泉くん・・・・・」
私がそんな古泉くんを見てると、フッと目の前のニヒルな顔が笑った。
「心配そうな顔、しないで下さい。大丈夫ですよ。ここは僕が引き付けます・・・だから、逃げて下さい」
「・・・え？」
逃げろ？ 私が古泉くんはどうなるの？ 僕が引き付ける？
そんな事、駄目に決まってるのに・・・。こんなに胸が締め付けられるのに・・・逃げるの？
離れたくない。死ぬと解ってて離れるのは無理。
「嫌だよ・・・古泉くん、死ぬ気でしょう？」
「おや・・・いっつも僕に冷たく接するので・・・頷いて立ち去るものかと思ってんですが・・・」
「これってあれじゃないの？ 攻撃されたらゾンビ化とか・・・」
「んー・・・バイオハザードのやり過ぎではありませんか？」
ふと目の前の生物が思いっきり飛び掛ってきた。
それを耳を劈く音を発して銃弾が弾き飛ばす。・・・貫通なんかしてないから。
「どうして・・・」
「あの生物凄く硬くて、ハンドガンレベルでは食い込むのがやっとなんです・・・何発も撃って、ようやく致命傷を与えられるかどうか・・・」
私は腰を抜かしてその場にへなへなと座り込んでしまった。状況を考えると情けない・・・。
「あぅー・・・」
「ちょ、ちょっとキョンさん！？ 腰を抜かしてる場合じゃないですよ！！」
再び生物が起き上がって飛び掛ってくる。古泉くんがハッとして銃を構え、今度はさっきと違う銃声がして生物は爆ぜた。
「二人とも、大丈夫？」
ごつい銃を持っているその人は私達と同年代の顔なのに、とても綺麗に見えた。
「森、さん・・・」
苦しげに名を呼ばれて森さんはツカツカと古泉くんに歩み寄った。
「私は大丈夫ですけど、古泉くんが・・・！」
「応急処置はしてあるようだけど、これは大きな傷ね・・・。ここが病院でよかったわ。来なさい。手当てしなくちゃ」
私は古泉くんに肩を貸す、というジェスチャーを示した。
「・・・すいませんね。ちょっと借りますよ・・・」
古泉くんの体重が掛かり、体温が伝わる。いつもは追い払ってたけど、何でだろう。振り払う気になれない。
自分から誘ったのも理由だけど、胸が締め付けられて苦しい気分になってしまって・・・。
とにかく私は古泉くんに肩を貸して森さんの後ろを追った。
「背低いのでちょっと大変ですね・・・」
「うるさい。貸してあげるだけでもありがたいと思ってよ」
続く。
