この話は『お姉さんなのです』『待たせたな』設定を引き継ぐ、教科書系列SSになります
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「……おい、佐々木。お前ちゃんと俺の話聞いてんのか?」

「聞いているに決まっているじゃないか。ええと、涼宮さんがいかに可愛いか……だっけ? 悪いけど、ノロケなら恋人が居るもの同士でやってくれないか。ひとり者には嫌味にしか聞こえないよ。それがいくら無二の親友のそれでもね。」


 佐々木、お前、耳鼻科行くか? 俺は、ハルヒの我侭振りには参ったと言っているんだ。約束の時間より早く着いても、自分より1秒でも遅かったら即罰金! だからな。ったく。お前、約束の時間の30分前とかありえんだろう。早く着きすぎるのも迷惑だ。


「それは、一刻も早くキョンに会いたいという気持ちの現われじゃないか。いや、全く持って羨ましいね。そういう気持ちを向けられるということは、男女問わず喜ぶべきことだよ、キョン。」


 お前は随分とポジティブシンキングなんだな。なら、お前が代わってくれ。俺は疲れた。


「嫌だね。僕は確かに、一般的な女性とは言いがたいかもしれないが、身も心も女だからね。涼宮さんが可愛らしいことは認めるけれど、恋愛対象は男性が好ましい。できれば背が高くて、学のある、紳士がいいな。キョン、君の知り合いにいないかい?」


  ハルヒという猟奇的な彼女を持っちまった俺とフリーの佐々木が、休日の朝、洒落たコーヒーショップのカウンター席にならんで座ってコーヒーをすすっている理由は簡単だ。


俺、ハルヒとデートの待ち合わせをする。


ハルヒ、遅れると怖い。


俺、かなり早く来る。


ハルヒ、まだ来ない。


俺、暇つぶしにコーヒーショップに入る。


橘と待ち合わせ中の佐々木に出くわす。


橘、ハルヒ、両名未だ来ず。


以上だ。


「昔から思っていたが、意外に男に夢見てるんだな、お前は。そういう奴なら多少の胡散臭さを問題視しなければおらんことはないが、売却済みだ。しかも、オールマイティー宇宙人にな。ありゃ無理だ、逃げられん。逃げる気もないだろうが。」


「古泉くんか……いやしかし、胡散臭いのは勘弁だね。それに僕は彼のあの、中が見えない笑みが苦手だ。まだ藤原の方がまだ判り易いよ。彼は意外に子供っぽいからね。」


「奴も大概に子供っぽいぞ。なんせ、タイムとラベル願望持ちに加え、野球狂、しかも天体マニアだ。まぁ、その辺は長門も趣味に生きる人種だと言えば似たようなもんだから、似たものカップルなんだよな。」


「君と涼宮さんも大概にして似たものカップルだよ。鈍感で素直じゃないところがそっくりだ。」


「うるせぇ。」


 キャラメルマキアートなんぞ洒落たものを啜る佐々木を横目に、俺は溜息をつく。先ほど、窓の外に知り合いでも見かけたのか少し目を見開いた佐々木が言った事は、我ながら正しいと思う。俺とハルヒは些細なことですぐ衝突するが、それは互いに似すぎている部分が原因なのだろう。互いに意地っ張りで、素直じゃなくて、俺自身にその自覚はないが、周りの人間曰く人の気持ちに鈍い。ハルヒが鈍いの言うまでもないだろう。なんせ、俺の一世一代の告白に「ドッキリ?」と返した女である。ああ、鈍いというより、ひねくれているんだな、アイツは。まぁ、俺が言えた口じゃないが。


「いくら親友とはいえ、となりに女性がいるのに彼女のことを考えてニヤニヤするのは失礼じゃないかい、キョン? まぁ、デート前の男にそんなことを言っても無駄だろうけれどね。」


  あることないこと言わんでくれ。それじゃまるで俺が一日中ハルヒのことばかり考えているみたいじゃないか。……大体、女性ってったって、恋愛対象にならなかったら同性と一緒だろ。俺にとってのお前の立ち居地は古泉や国木田と変わらんからな。


「長門さんと朝比奈さんは違うのかい? あと、何故その中にえーっと、谷口くん……だっけ? は、入っていないんだろうか。」


 長門は妹に近い。朝比奈さんはあれでも一応先輩だぞ。かなりお世話になってるんだ。藤原に言っとけよ? あんまり朝比奈さんをいじめてやるなってな。あと、谷口は、友達とかそういう以前に敵だ。奴はまだハルヒを諦めてない。


「君は意外になかなか嫉妬深いね、キョン。涼宮さんが気にかけていなかったら問題はないじゃないか。藤原に関しては、彼の気持ちも考えてやってくれ。元々の時代では親密な関係にあった人間が自分のことをごっそり忘れているというのは、想像するのも辛いよ。」


 まぁ、そりゃそなんだろうが……朝比奈さんだって好きで忘れているわけじゃないんだぞ。良く解らんが、これも禁則事項なんだろ。藤原風に言えば規定事項か。とにかく本人が望んだことじゃないんだから、しようがない。


「だから、藤原はああやって朝比奈さんにきつく当たってでも関ろうとするのかな、健気だね。僕も誰かにそんな風に思われてみたいよ。」


「生憎、俺は売却済みだ。」


「最初から君を男としてみたことはないね。だから親友になれたんだ。なのに、周囲はそうは見てくれない。悲しいね。」


 どこか遠くを見た後、ちらりと俺のほうを見た佐々木の失望したような声にまぁ、普通男女が連れだっていたらそう思うわな。若いと自然と話題が色恋ごとになる。と返す。だが、俺たちの間には甘いムードなんて流れたことなんかねぇな。まぁ、欲しくもないけどな。


「まるで、老人のような言い回しだね。同い年であることを疑いたくなるよ、キョン。しかし、甘い雰囲気が要らないというのには同意する。僕らはそういうんじゃない。僕はただ、純粋に君と友達でいたいだけさ。それ以上は求めないし、迷惑だ。」


 迷惑とは随分な言い方だな、おい。まぁ、友情を期待した相手にそれ以外を向けられるのはあまりいいもんじゃないな。


「……愛にあるのは真心。恋にあるのは下心。」


 暫くの沈黙の後、見るからに甘ったるそうなキャラメル味のコーヒーを品よく啜ってから、ほう、と溜息をついた佐々木のこの言葉に俺はクエスチョンマークを浮かべる。佐々木はと言うと、俺が首をかしげたのを横目でちらりと確認するとまた甘ったるいコーヒーを口に運ぶ。


「愛という字には、真ん中に心という文字が入っている。だから、真心だ。」


 なるほど。じゃ、恋の下心は?


「恋という字には、そのものずばり「したごころ」という部首が収まっている。故に下心だ。」


 上手いな。言葉としても意味を成している上にとんちも効いてる。実際、愛ってのは相手を慈しむ感情だし、恋は相手に愛を求める感情だ。しかし、だからどうした?


「僕らの間にあるのはどっちだい?」


 どっちでもねぇな。俺たちの間には友情しかねぇだろ、それ以上でも、それ以下でもない。しかし、お前なんだ、さっきから窓の外と俺をチラチラと交互に見て。俺の顔に何かついてんのか?


「それを聞いて安心したよ。模範解答だね、キョン。僕は涼宮さんのことも結構気に入ってるんだ。できれば、彼女とも友情を築きたいと思っている。恨まれたくないし、嫌われたくもない。彼女のライバルになる気はさらさらない。そして、君にも僕に女を見ないと確認したかった。と、言うよりも、今の君には涼宮さん以外をそういう対象としては見れないんだろう? だから、そんなにノロケのような愚痴を零しても一緒に居る。違うかい?」


 女を見るも見ないも、お前、女だろ。あと、嫌いだったらあんな女と付き合えるか。


「さっきの発言と矛盾するよ、キョン。」


 だが、戸籍上、生物学的にはそうだろ。


「やれやれ。君をそんなに理屈っぽくしてしまったのは僕のせいかい? ああ、もしかしたら古泉くんの影響もあるかもしれないな。君は意外に影響されやすいから。でもね、キョン。僕が言いたいのはそういうことじゃない。君は今日、涼宮さんとのデートの待ち合わせに早く来すぎたため、暇つぶしにこの店に入り、橘さんと待ち合わせをしていた僕にあった。違うかい?」


 違わないな。そして、俺はお前にハルヒに対する愚痴を連ねていたのにお前はそれをノロケだと言いやがった。


「あれをノロケといわずして、何をそう呼ぶんだ。まぁ、いい。考えてもみてくれたまえ。約束の時間に早く着きすぎたと言っても限度がある。10分もすれば、相手だって現れるさ。待ち人が愛しい恋人なら、尚更ね。しかし、キョン。僕と君がこの席についてから、ゆうに20分は経過しているよ。つまり、このガラス張りの窓の向こうにいる彼女は、10分近く寒空の下、君を待っていたことになる。」


 その言葉に、俺はぎょっとして先ほどまですっかりぬるくなってしまったコーヒーに注いでいた視線をガラスの向こうに向ける。そこには、怒りを笑顔でカバーコーティングしたSOS団団長にして、俺の彼女である涼宮ハルヒが仁王立ちしていた。いや、感情を笑顔で隠そうとするのは古泉だけで間に合っている、なんていうか、背後のオーラが怖い。


 佐々木に助けを求めようとしたが、親友は既にハルヒにジェスチャーでここに来るように誘ったらしい。ハルヒの笑顔が一瞬柔らかく佐々木に向き、次の瞬間、キッと俺の方に冷たく突き刺さった。


  あたしが怒ってるのは佐々木さんと一緒にいたことじゃないの、あたしとの約束を忘れてたことよ! とは、後のハルヒの弁である。もちろん、この後俺は、ハルヒと佐々木の軽食代(ハルヒのそれが軽食かどうかは疑わしいが)をおごらされる羽目になった。

<END>


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