「………。」
言っておくがこの三点リーダ3連発の主は長門ではない。 ……ハルヒだ。
何も言わず、ジトっとした目で俺を見るハルヒは唇をいつものあのアヒルのくちばしのようにしている。
悪かった。 悪かったって。 ……いや、マジでごめんなさい。
3時間の遅刻はないよな、うん。 俺だってそんなことされたらキレるね。
いや、本当一体どう謝ればいいのやら……。 こういう時、古泉なら都合のいい言い訳がぽんぽん思いつくんだろうな。
「今、何時かしら?」
やっと口を開いたSOS団団長兼俺の彼女さんは、妙にひんやりとした口調で小首を傾げた。
いつものカチューシャがゆっくりと品よく揺れる。 それがハルヒの白い首にかかるかかからないかでそのコントラストがううん、色っぽいね。 そのパステルカラーのワンピースも似合ってる。 うん、解かってる。 そんな言葉じゃダメなんだよな。
解かってるから、その鋭いナイフみたいな視線はどうにかならないか。 俺、刃物はどうにも。
「3時だな、午後の。」
思わず視線もアスファルトへ向かうと言うわけだ。 いや、もう秋だというのにじりじりと暑いね。 そして、視線が痛いね。
今、この状態でハルヒの顔を真っ直ぐ見れる猛者がいたら紹介してくれ。 師匠と仰がせていただく。
「そうね、3時だわ。 午後のね。 で、昨日あんたが電話であたしに言ってきた時間は、何時?」
うう、耳が痛いとはまさしくこのこのことだ。
自分から誘ったデートで自分が3時間も遅刻するとは何たることだろうね、弛んでるね、最低だね。
まぁ、それは全部俺に降りかかってくる言葉な訳だ。 いや、まじで本当にごめんなさい。
「12時…だな。」
「そうね、12時ね。 ……3時間も前じゃないの!」
はい! 言われちゃいましたー! 耳が痛い痛い痛い……!!
などと、ふざけている場合ではない。 俺はまさしくピンチの中のピンチ、大ピンチだ。
遅刻、をしてしまった。 しかも、ハルヒ主催の毎週末のSOS団の不思議探索に、ではない。
俺から声をかけ、俺から誘った、付き合いたてほやほやの彼女とのデートに俺は3時間も遅刻をしてしまったのだ。
付き合うまでの告白して、返事を貰って、の件は恥しすぎるので勘弁して欲しい。
いや、今までの短い人生の中であんなに緊張したことはなかったね。 高校の入試の方がよっぽど楽だったさ。
朝倉の件と同じくらいの緊張だった。 返事を待ってる時間があと5秒長かったら俺の心臓は止まってしまったかもしれないね。
しかも、その告白の相手があの、あの涼宮ハルヒだと言う事実はきっとSOS団加入当時の俺を驚愕させるに充分だろうさ。
「なんで、3時間も遅れたのか説明してちょうだい。」
来たよ、来たこれ。 いや、ここで遅刻した理由が 『世界の崩壊を防ぐため閉鎖空間で戦っていました』とか、『今にも子供が生まれそうな妊婦さんを助けてました』
なんて言ったら格好は付くんだろうが、生憎俺が遅刻した理由は、とてつもなく恥しいものでおまけに100%俺に過失がある。
楽しみすぎて寝れんかったために寝坊したのだ。
言える訳がない。 遠足前の小学生じゃあるまいし翌日の予定が楽しみすぎて寝坊などとは口が裂けても言える訳がない。
しかも、デートを冷やかされることを恐れて家族の誰にも予定を話していなかったために、久々の休みくらいゆっくり寝かしてやろうという家族の優しさで約束の時間の2時間後に妹が起こしに来るまで誰も俺を起こそうなどとは考えなかったのである。 目覚めた瞬間の「キョンくん、もう2時だよ」という妹の言葉がどれほど強烈に耳に響いたことか。
携帯を引っつかむと不在着信58件。 着信メール98通。
俺は慌てて昨日用意した服を適当に着て、朝飯だか昼飯だかにも目もくれず、一応身嗜みだと顔と歯だけ洗って大急ぎでいつもの駅へ向かった。
もういるわけがない、3時間近くも待たせてしまった。 そうは思いつつも足は勝手にハルヒが待っているであろう駅前へと進路を取る。
いるわけがない、待っているわけがない。ああ、これで俺振られるな。
まぁ、最短記録ではないだろう。 なんてったって5分がいるからな。 でも、あれだ、死刑の方がまだましだ。
なんて、絶望を明るく迎えようとした俺の視界に飛び込んできたのは待っているはずがない涼宮ハルヒであった。
いつもどおりのカチューシャに、いつもでは考えられない完璧なまでのポニーテール姿。
そして、目に焼きつくような明るいパステルカラーのシンプルなワンピース。 そりゃあもう綺麗だったさ。
そして、冒頭に戻るわけである。
「いや、その、なんていうか……今にも子供が生まれそうな妊婦さ……」
「嘘。」
はい、お見通しー! わかるよな、ベタだよな、言い訳の代名詞だよな。 なら……
「大きな荷物を持ったおばあさんが……」
「嘘。」
「谷口につかまっちまって……」
「嘘。」
「こいず……」
「嘘。」
コイツには嘘発見器でも搭載されているんじゃなかろうか。 まるで俺の目を見るだけで嘘か否かが解かるようである。
やはり、正直に本当のことを言わねばならんのか。 だが言えん! 言える訳がない!
「……理由なんてどうでもいいのよ。」
ところが目の前のどえらい美人は、先ほどのまでのぴしゃりとした言い方をどこに忘れてきたのか、
随分としおらしい調子で上目遣いにこちらを見上げてきた。 先ほどまであひるだったその口が呟いたその台詞に俺は度肝を抜かれたね。
「……え?」
「何の連絡もないと心配するでしょ!? 事故にあったんじゃないかとか、事件に巻き込まれたんじゃないかとか!」
21世紀にもなって連絡のひとつも寄越せないなんて、どういうこと? と、またぴしゃりと言ってのけたハルヒの視線は決まりが悪そうに俺からそらされた。
心配されてたのか、俺。
「いや、連絡取りたくても取れなかったんだ。 なんせ、寝てたからな。」
「はぁ!?」
「その、昨日、今日が楽しみで仕方がなくてな、寝れんかった。 スマン。」
「……バカッ!」
コメントしづらい状況になったコイツの常套句はこれだ。 許してもらえたって事でいいのかね。
でも、まぁ、それだけじゃ俺の気が治まらんから、今日は何なりと言いつけてくれ。
SOS団雑用としてじゃなく、お前の彼氏としてなんでも言うこと聞いてやるよ。 今日だけだからな。