第二話 GW直前
 
GW中の平日も普段の日常と何ら変わらないハードスケジュールをこなし、いよいよ明日からGW後半という日の夜、俺は佐々木を家まで送っていた。当初、毎日のように俺の家庭教師をしてくれている佐々木と朝倉にお袋は「晩ご飯食べていけ」と五月蠅かったのだが、二人は最後まで固辞した。その代わり勉強が終わったら俺が二人を家まで送っていくことをお袋から厳命されている。このへんの治安はかなり良いとはいうものの、
一応二人ともうら若き女性だからな。そのくらいは屁でもないさ。
 
「キョン、明日から暫く家庭教師はお休みだがあんまり羽目を外さないでくれよ。久しぶりの涼宮さん達との活動で、今日まで覚えて来たことを忘れてしまっては困るからね」
「ああ、判っているさ。せいぜい自重するよ」
「くくっ、それが本当なら有り難いが」
「……何か言いたそうだな、佐々木?」
「別に他意はないよ。一般的なことを言ったまでさ」
「お前の言う一般的の基準がよく分からないが……ま、俺としてもこの4日間何事もないことを祈るだけさ」
……ハルヒがいる時点で無理だとは思うがな。
 
「そうだね……ああキョン、送ってもらってありがとう。もうこの辺でいいよ」
「いや、一応お前の家の玄関までは……」
「大丈夫。ここから家までは街灯もあるしね」
「そっか。じゃあ、またな」
「ああ、キョン。じゃあ」
 
一応それでも、佐々木の後ろ姿が自宅の門柱に入るまで見送った俺は、そそくさと今来た道を戻り始めた。
GW後半、五月上旬とはいえ、流石にまだ肌寒い。向こうだと日によっては半袖でもOKなのだが、こっちでそんな服を着たら一発で風邪を引いてしまう。自販機のコーヒーも、まだHOTが大半を占めている位だ。
ああ、そうだ。自販機でコーヒーでも買っていこう。これからもう一頑張りしなきゃいけないからな。
自宅近くの自販機にコインを投入してから気付いた。
俺は甘~~いカフェオレが飲みたかったのだが……売り切れかよ。ブラックしかねーじゃん……しかし何となく返金レバーを押すのが癪に障ったので、仕方なく選択ボタンを押す。
 
「ま、ブラックでも良いか……」
電子音と共にブラックの缶コーヒーが取り出し口に転げ落ちてきた。熱いくらいの温度が、今の俺の手には心地良い。プルタブを開けて、中の液体を喉に流し込む。……苦い。当たり前だが。
 
ほう、と一息ついたところで時刻を確認しようと携帯を開いた。
……ああ、そうか。佐々木や朝倉とと勉強してるときは、気が散ると言う理由で携帯は電源切ってたっけな。
携帯の電源を入れたとたん、メールの着信音。ハルヒからだ。
 
着信メール:一通
from:涼宮ハルヒ
件名:キョンへ
内容:夜行列車でこれから出るから、明日の朝迎えに来なさい。古泉君と有希も一緒だから。
 
……何も夜行列車で来なくても。飛行機でいいじゃねーかよ……って、待て待てそうじゃない。
朝、迎えに来いだと?
飛行機なら向こうからの始発便は昼過ぎに着くから、こっちも久々の朝寝が出来るってもんだ。ただ夜行だとこっちに着くのが早朝だから、朝寝どころか普段より早起きしなきゃならない。メールを確認した俺は慌ててハルヒと古泉に電話したが……あいつら電源切ってやがる。くそ。
確かあの夜行の到着時刻は……げ、始発に乗ったとしても電車もバスも間に合わないじゃないか。
タクシーを使おうにもこの時間は早朝割増料金だから、駅までは3,000円以上掛かるな……高けえよ。
じゃあ、親父に頼むか?それもなんだか癪だ。なんせ来るのは「黙っていれば美少女女子高生」のハルヒと谷口ランクA-の長門だ。親父の「どっちなんだ?」が「誰なんだ?」になるのもおそらく時間の問題だ。
正直、あんまり会わせたくない。う~~む、これは困った。どうしたもんか。
だが、この数日でおそらく俺の財布が受けるダメージのことを考えると、出来れば無駄な出費はしたくない。
となると、やっぱり親父に頼むしかないか……
 
再びメール着信の音が響く。
 
着信メール:一通
from:森 園生
件名:明日のご連絡
内容:お久しぶりです。明日の朝、涼宮さんと長門さん、古泉がそちらに着きますので迎えてあげて下さい。
駅までの足はこちらで手配します。今回は残念ながら私も新川も参加できませんが、たまには勉強を忘れて楽しんでください。それでは、また。
 
一気に安堵のため息が出た。そっか、森さん……というか『機関』が駅までの車の手配をしてくれたのか。
流石に手回しが良いね。これで安心できるってもんだ。
俺はそろそろ温くなってきたブラックコーヒーを一気に喉に流し込むと、家の方向に足を向けた。
 
翌朝、俺の家の前。時間は夜行列車が到着する約1時間前。
俺のことを迎えに来たという『機関』から回された『車』を見て、硬直していた。
……確かに森さんのメールには「駅までの足」と書いてあった。間違いじゃない、間違いじゃないが。
俺の目の前には、バイクに乗った男が一人。鋭い目でこちらを見ている。ヘルメットで顔は判らない。誰?
「何をしている?乗るのなら早く乗ってくれないか。俺は、一応これでも君の護衛を仰せつかっているのだからな」
「か、会長!?」
「ああ。誰だと思ったんだ」
「いや、あの。なんだかいつもと雰囲気が違うもので、わからなかったんです」
「ふん」
フルフェイスの黒いヘルメットに、目立つような色配列のジャンパー。煤けたような厚手のジーンズに、踝が隠れる高さのごつい靴。バイクは、最近よく見るようなふんぞり返って乗るタイプではない。俺が子供の頃に流行った、ちょっと前傾姿勢で下の方まで大きな風よけ?カバー?がくっついているタイプだ。何というか、子供向けヒーローが乗っているような感じのバイク。何という車種かまではよくわからなかったが。
「コイツを被って早く乗れ。あー、それから」
ヘルメットを俺に手渡しながらぼそりと言う。
「4日間の健闘を祈る」
閑散とした駅前には僅か20分ほどで到着した。普通、車だと30分以上掛かるので流石にバイクは速い。
「到着した。さっさと降りろ」
「ありがとうございます」
俺はバイクから降りようと地面に足を着いて、そのままへにゃへにゃと座り込んでしまった。初めての経験でかなり緊張していたらしく、足ががくがくして力が入らない。
「どうした?大丈夫か?」
「……ええ、何とか」
バイクを駐輪場へ乗り入れている会長を見ながら、俺はヘルメットを脱いだ。ヘルメットで制限されていた視界が解放される。ふう、と一息ついて何とか力の戻ってきた両足に鞭を入れて立ち上がり、脇のベンチに座った。まだちょっと足が覚束ない感じがするが、すぐに戻るだろ。
「怖かったか?」
自分のヘルメットをぶら下げてやってきた会長は、ジャンパーの内ポケットから何かを取り出し、こちらに放り投げた。温くなった缶コーヒーだった……またブラックかよ。
「あ、ありがとうございます」
「それを飲んで落ち着け。夜行の到着までは、もう少し時間はあるようだしな」
「は、はい……」
甘みの感じられない液体を喉の奥に流し込むと、先ほどまで感じていた感覚がウソのように落ち着いていく。
「会長?」
「ん?何だ?」
会長は胸ポケットからタバコを取り出し、今丁度火を付けたところだった。
「あのバイクは、会長のですか?」
「ああ、そうだ」
旨そうに紫煙を吐き出した会長は、おもむろに内ポケットから缶コーヒーをもう一本取り出した。
……この人は一体何本缶コーヒー持ってるんだ?しかもそっちはカフェオレかよ!
俺の視線に気付いたのか、会長はカフェオレを開けながら言った。
「日中は暖かいとはいえ、バイクに乗るには朝はまだまだ寒い。暖かい缶コーヒーは湯たんぽ代わりだ」
いや、聞きたかったのはそっちじゃなかったんだが。まあ、良いか。温くなった理由はそう言うことなのか。
げ、ってことはもしかして、この缶コーヒーは会長の人肌?
「……妙な勘ぐりは止めてくれ。温くなっただけだ、問題なく飲める」
いやまあ、そうなんですがね。何となく気持ち的に。
 
俺と会長の間に妙な空気が流れ始めた時、駅構内から列車到着のアナウンスが流れ始めた。
「もう到着か。5分早いな」
「え、もう来たんですか?」
「そのようだな。さっさと行きたまえ。俺の任務はここまでだ」
「あ、そうなんですか。すいません、わざわざこんな朝早くに」
「構わん。これも仕事の一つだ、お前が気にする必要はない」
「すいません……では、お気をつけて」
 
会長にひとしきり礼を言った俺は、改札口に向けて走り始めた。

 

 


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