第三話 GW突入
 
息を切らせて改札の前に着いた俺は、既にそこに立って周りを見回している黄色いカチューシャの少女と、ニヤケ顔の優男、アッシュブロンドの小柄な女性の姿を見つけた。ヤベ、もう改札出てやがる!
「キョン!遅い!罰金!」
いきなりそれかよ。久々の再会を喜ぶ言葉の一つもないのか、コイツは。
しかし遅いって言っても、夜行自体が早く着いちまったんだろ?大体まだ到着予定時刻前だろーが。
「うっさい!みんなの朝ご飯、おごり決定だからね!」
……あー、コイツに何言っても無駄だというのを思い出したぜ。
「お久しぶりです」
「……」
おう、久しぶりだな。よく眠れたか?夜行列車なんて初めてだったろ?
大きめの荷物を抱えた古泉と長門は、いつもと変わらない表情で答えた。
「ええ。少々ベッドが硬かったのですが、良く寝れましたよ」
「夜行列車。簡易寝台……ユニーク」
何がユニークなのかはよく分からなかったが、まあ長門が何かに興味を持ったらしいと言うのは判った。
 
「で?これからどうするんだ?」
俺はハルヒと長門の荷物を持ちながら、ハルヒに聞いた。
「は?何言ってんの?アタシ達はゲストなのよ?ゲストを楽しませるのはホストの役目じゃない?あんたもしかして何も考えていなかったの?」
……そう来たか。随分横柄なゲストもあったもんだ。だがしかし、参ったな、正直何も考えてないぞ。
さて、どうしよう……
 
荷物を抱えたまま色々と対策を思慮していると、古泉が薄っぺらな観光雑誌をぺらぺらめくりながら割り込んできた。
「まあまあ、涼宮さん。まず朝食を取ってから考えませんか?」
「……そうね。キョンが何も考えていないなら、私たちで行動を決めるしかないわね」
「そうですね。この雑誌によると駅東口に24時間営業のファミレスがありますから、そこで今後の行動を決めませんか?」
「判ったわ、それで行きましょう。さすがは古泉君ね!」
「恐れ入ります」
「じゃあ、行きましょ!……キョンは四日間荷物持ち決定だから」
まてこら……いや、まあ。確かになにも考えていなかった俺も悪いが、何だか納得いかないぞ?
 
俺たちは、駅東口近くの24時間営業ファミレスの窓際の一角に席を取った。我らが団長様は、席を確保した途端「ちょっと……」と言い放ち、そそくさと洗面所へと姿を消した……もしかして、我慢してたのか?
「……女性のそう言う微妙なところを、あなたはもう少し学んだ方が良いと思いますね」
「……最低」
なんだよ。別にそんなもん、夜行の中とか駅で済ませてくれば良かったじゃないか。
「……はあ」
「……貴方はデリカシーというものに欠けている」
ああ、もういい。判った判った。それより、これからどうするんだ?俺は何も考えていないぜ?
俺は、向かいに並んで座っている古泉と長門に問いかけた。
 
「そんなことだろうと思ってましたよ。一応、僕がプランを立ててきましたので、それで行きましょう」
そうか、いつも済まんな。ところでアイツが居ないうちに聞いておきたいのだが……あっちの方は大丈夫なのか?その……閉鎖空間とか。
「……ええ、今のところは涼宮さんも落ち着いておられます。もっとも『機関』としてはずっと臨戦態勢に入っていますがね。今の状況では、何時閉鎖空間が出現するか判りませんから」
お前らも大変だな……長門、お前の方はどうなんだ?
「情報統合思念体は、涼宮ハルヒには特に大きな変化はないと判断している」
そうか、判った。どうやら俺の杞憂だったみたいだな。
「涼宮さんもやっと落ち着いてきたと言うことなんでしょうね。もっとも、そのきっかけはあなたにあるようですが」
0円スマイルを3割り増しにした古泉がこちらを見る。何のこった、俺は知らん。
「……転校前の部室で、貴方と涼宮ハルヒは……」
だああ!もういいから長門!ここでそんなことを言うんじゃありません!
 
 
「ゴメン、お待たせー!」
疾風のようにハルヒが戻ってきた。俺の隣にどかりと腰を下ろすと、早速メニューを開く。全員揃ったことを確認したファミレスの従業員が、こちらにやってきた。
「あー、そっか。この時間だとモーニングセットになっちゃうのよね。う~~ん……」
なんだ?モーニングセットじゃまずいのか?
「別にモーニングセットが悪い訳じゃないけど……何かこう、一日の始まりはガツンと食べたいじゃない?」
俺は別にどうでもいいんだが……朝は食わないことも多いしな。
「何言ってんのキョン!一日の始まりのエネルギーはきちんとした朝食からよ?アンタが朝からぼーっとして居る理由が分かったわ」
やかましい、ほっとけ。で、どうするんだ?
「そうねえ……じゃ、アタシこのモーニングセットをお願い!」
は?どのモーニングセットだ?和定食と洋食セットと中華粥セットがあるが……
「それ全部、一つずつ。全部で三つお願いね」
……おい、それ一人で全部食うのかよ。注文を聞いていた従業員が固まってるぞ。
「うっさいわねぇ!別にいいじゃない!それよりアンタ達はどうすんの?さっさと決めなさい!」
「……私も同じ。モーニングセットをそれぞれ一つずつ」
な、長門?別にこんな所で張り合わなくてもいいんだぞ?
「張り合ってなど居ない。自分という個体の欲求に従っただけ」
そ、そうか……古泉はどうする?まさかお前も……
「いえ、僕は中華粥セットだけで結構です」
良かった、お前は常識的な胃袋なんだな。じゃあ、俺は和定食を頼むか。
 
「……かしこまりました。少々お待ち下さい」
若干引きつった笑みを浮かべながら従業員が立ち去るとハルヒは早速ぺらぺらの観光雑誌を開き、どの辺がお勧めで面白いのかを聞いてきた。
「残念ながら俺は、こっちに来てからずっと休み無しの勉強生活だ。従って、どこの観光地にも行ったことはないしレジャー施設にも行ってない。今のクラスには、そんな情報を交換する友人もまだ居ないしな。だから正直、分からん」

あっけにとられたハルヒの顔というのも初めて見るような気がする。だがその顔に次第に憐憫と怒りと呆れが混じり始めた。何かを言いたそうに俺の顔をまじまじと見つめていたが、はあ、とため息をついた。
「アンタに期待したあたしがバカだったわ。アンタよりもこのぺらぺらの観光雑誌の方が、よっぽど役に立つって事ね。分かったわ。古泉君、こうなったらこっちで行くとこ決めましょ」
「分かりました。こちらに父の友人が関わっている観光施設が幾つかありますから、そこに連絡を取ってみましょうか。では、ちょっと失礼します」
古泉は携帯を取りだし、店の外へ出て行った。
 
「キョン」
ハルヒが小声で語りかけてきた。長門に聞かれたくないのかもしれんが、多分筒抜けだぞ。
ちらりと長門を見たが、何時の間に取り出したのか新書サイズの文庫本を読んでいるようだ。
……なんだ?俺もハルヒに合わせて小声で返事をする。
「アンタも、古泉君くらい気を配れとは言わないけど、もうちょっと考えなさいよ……」
あー、そうだな。悪かった。お前らが来るって認識はあったが、そのあとのこと何にも考えていなかったのは事実だ、スマン。古泉にも後で礼を言っとくから。
「全くよ……」
「お待たせしました。何とかなりそうです」
いつもの0円スマイルを顔に貼り付けた古泉が戻ってきた。開いていた観光雑誌をめくりながら指さす。
「今日の夜はこのホテル、明日はこちらの温泉宿へ宿泊することにしました。ただし、明後日は駅への移動時間のこともありますので、市内のホテル──ああ、コレは当初予定していたところです──に泊まります」
古泉が指さした観光雑誌のページには、今日宿泊予定らしい立派なホテルが写っていた。海の幸満開の豪勢な食事が売りらしい。明日宿泊予定のところは、写真を見る限り鄙びた温泉宿で食事は質素だが温泉はかなりのものだと記載されている。
「ああ、それで移動手段も父の友人が手配してくれました。1時間ほどでこちらに来るそうです」
「あ、そうなの?凄いわね、古泉君!貴方のお父様のご友人とやらにも礼を言っといて!」
盛り上がっているハルヒと恐縮する古泉……『機関』の方々、お察しします。本当にお疲れ様です……思わず心の中で合掌してしまう俺。そして、俺の向かいの席からぶつぶつ独り言が聞こえる。
 
「海の幸食べ放題。近海の新鮮な食材……温泉宿。この温泉は日本国内では最大の噴出量を誇り……」
長門?大丈夫か?これから向かうだろう場所に、興味津々……という光を瞳の中に湛えた長門は、口調だけはいつもと変わらなかった
「大丈夫。心配しないで」
そ、そうか。なら良いんだが。それより、何だか以前より感情が外に出るようになってきてないか?俺の気のせいかもしれんが。
「よし、決定ね!じゃあ、それで行きましょう!」
ハルヒがGWの行動を宣言するのと同時に、先ほど注文したモーニングセット8人分が到着した。
 
「いっただっきま~~~す!」
 
結果から言うと、ハルヒと長門の食いっぷりを見ていた俺と古泉は、もうそれだけで十分とばかりに自分の分のセットを半分以上残してしまった。そりゃそうだろう。目の前で、3人前のモーニングセットが次々と平らげられていくんだからな。アレを見て、食欲が出るというヤツはよっぽど腹の据わったヤツだろうさ。
あっという間に自分の前の皿を空にしたハルヒは、その食いっぷりに呆然としている俺の前に残されていた俺の食べ残しに目を向けた。
 
「何、キョン?食べないの?あー、もったいない。だったらアタシが……」
そう言ってハルヒが俺の目の前の皿に箸を伸ばしたその時。
「……させない」
ハルヒの箸を自分の箸でがっちりと受け止めた長門が居た。もちろん、長門の前の皿も既に空になっていることは言うまでもないな。
 
「……有希?」
「……あなたは、食べ過ぎ。あなたの体重・体格から考えて、これ以上の栄養の摂取は不要と考えられる。むしろ、必要なのは、私」
あの、何だか俺の目の前で火花が散っているような感じがするのですが?
 
 
「……古泉君のも残ってるわよ?そっちの方が良いんじゃない?」
「……隣同士よりも、向かい同士の方が食べやすいと判断した。だからあなたには、古泉一樹の方の処理をお願いしたい」
「……あ、あたしは和食の方がちょっと美味しかったから……キョンが残すなら、もったいないと思って」
「……私もそう。だから中華粥には興味がない」
古泉のニヤケ顔がいつもよりも引きつっていると思えるのは俺だけか?
いや、それより何だか物凄く居心地が悪いのは気のせいかね?
ファミレスの従業員もこちらを見てくすくす笑ってるし。
 
「……どうしても、譲らないのね?」
「……涼宮ハルヒ。あなたは私には勝てない」
「……アタシに勝てるの?」
「……挑まれた勝負なら、受けて立つ」
何だか既に目に見えないほどの速さで、お互いの箸を押さえ込む戦いになっている二人。
当初は俺の食い残しの鮭がターゲットされていたようだが、そのうち煮物へのフェイントやご飯へのブレイクなど、攻守共に様々な技を繰り出しているようだ。しかし、見たところ残り物の全体量が減っているとは思えないようだし、自分の口に運んでいる様子もない。つまり、お互いに五分だと言うことだ。
でもまあ、攻守のレベルこそ高いが恥ずかしい戦いをあんまり他人に披露するつもりはない。しかもお互いの箸で他人の分の食い物を取り合う、しかもそれを自分の箸で阻止するなんて、行儀が悪いことこの上ない。
しかたなく、膠着状態に陥った二人に俺は声を掛けた。
「……あ~~、悪い。俺が残したのがそんなに気になるなら、全部食うわ。それで良いだろ?」
「え」
「……あ」
呆然とした二人の目に映ったのは、一気にメシと焼き魚の残りと漬け物と煮物の付け合わせを喰らう俺の姿だっだろう。最後に残ったみそ汁で、口の中のものを無理矢理胃の中へ押し込んだ。
うえ。とりあえず、げっぷが出るのを無理矢理押さえ込む。味なんか分かりはしなかったぜ。
 
「コレで良いだろ?悪かったな、二人とも」
朝っぱらから無理矢理メシを食わされて胃の中がでんぐり返りそうだったが、俺は精一杯の笑顔で目の前の二人へ声を掛けた。
「こ……こ……この……」
は?
「……」
え?
「大バカ野郎!」
耳元でハルヒの大声が炸裂し、ハルヒはさっさと自分の荷物を持ってファミレスから飛び出していった。
くそ、ハルヒの大声のせいで頭がくらくらするぜ。ふと前を見ると、そそくさと席を立とうとする古泉と文庫本をバッグに仕舞い込む長門が居た。
「ちょっと涼宮さんを連れ戻してきます」
いつものニヤケ顔の中に、僅かに含まれる微妙な哀れみ。
「……残念」
それだけ言うと長門も古泉を追うように席を立った。残されたのは俺一人。
……まあ、確かに朝飯奢ることにはなってたがな。会計の時の恥ずかしさは、他に比するものが無かったぜ?

 
 

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最終更新:2007年11月12日 23:07