◇◇◇◇
 
【一週間前に事故を回避した少年。また事故に巻き込まれ死亡】
 惨劇を目撃した翌日の放課後。俺は谷口が床に引くために持ってきていた新聞に昨日の惨劇の記事が載っていたので、それをかっぱらって読んでいた。他にニュースがなかったのかそれとも珍しい事件だったためなのか新聞社がどう判断したのかわからないが、見事に一面トップを飾っていた。上空から落下した看板を写している写真も掲載されている。
 もちろんその下に広がる血もだ。生々しい報道写真である。
 昨日その事故に巻き込まれた男子生徒は、やはり先日に俺が助けた奴だった。事故現場にいた目撃者や警察発表によれば、事件性はなく偶然に偶然が重なったために起きたらしい。折れた標識は老朽化が酷く、近く交換される予定だったし、看板も隣接する道路の度重なる大型トラックの通過で激しく揺さぶられ続け、留め金の部分が壊れてしまっていたようだ。
 実際に目撃していた俺はそんな偶然が続くものなのか?と思いつつも、そんなまるでシナリオのような筋書きで謀殺を図る意味なんてあるとは思えないと結論づける。誰かが仕組んでいた形跡もないと報道されているからな。
 とはいえ偶然の事故でもそんな惨劇を目撃した俺が平気なわけがない。遠目だったとはいえ、一部始終がたまにフラッシュバックして蘇りダウナー状態が続いている。
 ハルヒも同じようで特に昨日事件について何も言ってはいないが、ぼーっと憂鬱な目で何もしていないことが多かった。一応書道部に参加はしているが、いつもの熱血練習もどこへやら何もせずにただ外を眺めているだけである。
 あと、昨日あまり反応を見せなかった朝比奈さんは、今日学校を休んでいる。やっぱりショックだったのだろう。あの後一言も言葉を発することもなく別れ際もただお辞儀するだけだったしな。元々気の弱いお方だ。学校を休むのも無理もない。
 そんな憂鬱真っ盛りで新聞を読んでいると、横から谷口と国木田が顔を突っ込んできて、
「キョンよー、この事故にあった生徒ってお前がこないだ助けた奴なんだろ? まっ、あまり気にするなって。こいつがツいていなかったとしか言いようがねーんだから」
「そうだね。再度目撃しちゃったんだから、キョンのショックも大きいのはわかるけどさ」
「しっかし、運命ってのは残酷だぜ。せっかく命からがら助かったのに、また追い打ちをかける必要はねーだろ。そういうのを操る神様がいるって言うならそいつはかなり陰険な野郎だな」
「神様かぁ……この場合死神だろうね。一度首に掛けた鎌をキョンに邪魔されたから、リベンジでもしたのかな?」
 最後の国木田の死神という言葉に俺は少し心臓が高鳴った。
 考えて見りゃ元々ハルヒからもらった予知能力がなければ、あの男子生徒はすでに死んでいたはずだった。それを俺があり得ない力で、あり得ない救出劇を実行してしまった。つまりあの男子生徒の運命を変えてしまったって事だ。
 しかし、本当に死神なるものが存在するならそんな茶々入れを見逃すだろうか? 死の予定表に書かれている人物が生きている事自体を許さないに違いない。だからこそ、再度偶然という事象を利用してあの男子生徒を殺害した。
 そういやそんな映画があったね。同じように予知能力を発揮して災害から逃れたのは良いけど、結局死からは逃れれず、各々死んでいくって言う展開が。それと同じ事が起きているってことか。
 …………
 ……なーんてね。考えすぎにもほどがある。宇宙人やら未来人でいっぱいいっぱいだというのに、レイスやゴーストどころか死神なんていう得体の知れないものの登場なんて勘弁願いたい。
 と、ここで書道部顧問がやってきた。部員、仮部員一同が挨拶を交わす――ぼーっとしたままのハルヒは除くが。
 挨拶後、顧問は手に持っていたチラシっぽい紙を俺たちに配布し始め、内容についての説明を始める。
 簡単に言えば、三日後の今週末に展覧会があるらしい。しかも鶴屋さん系列のものらしく、特別に入場料はタダにしてくれる。せっかくだから都合の悪いが悪くない人は言ってみないか?と。
「うちの方で主催するんだけど、せっかく書道部なんだからこう言うのに行ってみるのも悪くないと思ってさっ! 家の方で掛け合ってみたところ、これが快くOK! みんな気兼ねなく参加してほしいっさ」
 鶴屋さんのフォローに部員の方は一同参加を表明した。さて、問題の仮入部群団の方だが……
「俺は参加しますよ。せっかくだから芸術に触れて大いなる未知の世界に触れてみるのも悪くありませんからね」
 谷口は参加を表明。何が芸術だ。お前のことだから、谷口的美的ランクの高い書道部女子部員の私服姿でも拝みたいんだろ。ついでに帰りがけにナンパを始めそうだ。
「僕も予定はないから行くよ。せっかくだからね」
 そう国木田も賛同。こいつも女っぽい顔つきながら意外と女好きなのは、付き合いの長い俺はよく知っている。谷口のように露骨ではないが、内心は谷口と大して変わらないたくらみを持っていそうだ。
 とりあえず俺も頷いておくことにした。朝比奈さんがいないとあまり意味はないんだが、どうせ休日やることもなく、ハルヒの呼び出しを受けない限りは家でごろごろしているだけになるだろうしな。
 で、今日欠席している朝比奈さんについては、
「あたしの方で今日のうちにみくるに確認しておくよっ。あんな事があった後だから……あんまり無理強いはできないけどね」
 そう鶴屋さんは悲しげな表情で言った。
 となると残りはハルヒになるわけだが……
「で、ハルにゃんはどうするにょろ?」
「……ん? ああ、みくるちゃんが行くなら」
 どこか上の空でそう答えた。全くストレートに朝比奈さん目的を言えるのもこいつの性格ならでは、か。
 結局、朝比奈さんの参加次第ということもあるので、最終参加確認は明日にすることにして、今日の書道部活動はこれにて終わりになった。
 
 翌日、健気に復活した朝比奈さんは快くOKを出した。すっかりダウナーモードを脱して元気よく練習+朝比奈さんいじりに精を出しているハルヒも参加を即答。
 そんなわけで参加者は顧問+書道部部員(部長、部員二人、鶴屋さん、朝比奈さん)+仮入部員全員の参加は決定した。ま、全員参加って訳だ。
 とりあえず退屈そうにして芸術なんていうものに興味のないことを悟られないように、週末は朝比奈さんの私服姿の鑑賞に務めることにするかね。ってそれじゃ谷口とあまり変わらないか。
 
 ――思えば、この時点で俺ももう少し死神の存在について考えてみれば良かった。
 
◇◇◇◇
 
 てなわけで週末だ。俺たちは市内の展覧会場に集合していた。てっきりもっと大規模なテーマパーク的な建物で行われるのかと思いきや、商店街の中にあった空き店舗を一つ改造してイベント会場にした小規模のものだった。どうやら個人展覧会ぐらいのノリのようだな。その会場はちょうど通行量の多い十字路の角に位置している。たまにトラックがガタゴトと通り過ぎて、路面を激しく振動させる。
 現在会場前にいるのは俺とハルヒだけだった。なんせ予定時刻の30分前で、まだ会場すらオープンしていない状態だからな。SOS団の時の早出がすっかり癖になっているおかげで、一般人予定時刻よりも行動がすっかり早くなってしまったよ。まあ、ハルヒはSOS団団長の時と同じように一番手で来ているが。
「で、みくるちゃんから未来人であるって言われたの?」
 唐突にハルヒから声を掛けられ、俺はしばらくあたふたとしてしまったが、
「……いや、まだだよ。タイミングを考えれば恐らくもうちょっと後になると思うが」
「そ」
 素っ気ない返事を返すハルヒ。
 そういや、俺の世界でカミングアウトをされたことを思い出すと、長門は俺の身に危険が迫ることを考えた上で告白、古泉はどっちかというと俺の方からきっかけを作ったようなものだったが、朝比奈さんは何であのタイミングで告白したんだろうか? あの状況を考えて、別にその必要性はあったとは思えないが。
 ここで俺は問題が発生していることを認識されられた。このまま朝比奈さんが黙ったままだった場合はどうすればいいのか。まさかあなたは未来人ですか?なんて聞くわけにも行かない。だが、このまま隠された状態を続けられても……
 ふと俺はハルヒに、
「そういや、お前朝比奈さんのことはどう思っているんだ? ぱっと見た目は気に入っているように見えるが」
「どうもこうも可愛くって仕方ないわよ。冗談抜きで持って帰りたいくらいにね」
 ――話し始めは楽しそうだったが、すぐに憂鬱の篭もったため息を吐くと、
「でも古泉くんの時のことを考えるとね……例え個人と仲良くしても後ろにいる連中があんな感じじゃどうにもならないわ。みくるちゃんも未来人らしいけど、その後ろには特定の思惑を持った勢力がいる。そいつらが何を考えているのかわからない以上、素直に今の楽しさを受け入れにくいってものよ」
 やはり前回の古泉――機関の件が少々トラウマ気味になっているようだ。せっかく古泉と仲良くしていたってのに、オチが核でドカンじゃ俺だってショックは大きかったさ。
 だが、未来人の思惑か……。俺の世界じゃ朝比奈さん(大)は既定事項をこなそうとしていた。自分たちの未来を確保するためだそうだ。ならこの世界でも同じ事に務めるだろう。それだけなら別に機関のように突拍子もないことをやらかしたりはしないと思うが、どうだろうか。なにぶん禁則事項を連発されているからな。俺に知らされていないこともかなりあるはずだ。
 そんなことをつらつら考えているうちに、俺の前には黒塗りでいかにもお金持ちが乗りそうなベンツが止まる。その後部座席からカジュアルな和服調私服姿の鶴屋さんと可愛らしいワンピース姿の朝比奈さんが現れた。
「やあやあっ。もうご到着だったんだねっ! 予定より早く動くのがハルにゃん行動原則かいっ? それともキョンくんと二人っきりになるのが目的だったりしてっ。そこんところどうなんだいっ?」
「こんにちわ、鶴屋さん。言っておくけどこのバカキョンが勝手に来ただけよ。あたしは一番乗りが原則ってだけ」
 ぶっきらぼうに答えるハルヒだったが、その予定時刻よりも早く集合場所に来る癖を作ったのは他ならぬお前なんだが。
 おっと、そういやなんで朝比奈さんも一緒に乗っているんですか?
「あー、途中でみくるを見かけてねっ。せっかくだから途中で拾ってきたんだよ。一人で歩いていると、ふらふらと迷子になっちゃいそうだしねっ」
「……実は本当に迷っていたんです。困って鶴屋さんに電話しようとしていたらちょうどばったり出会えて助かっちゃいました」
 てへっと思わず俺もお持ち帰りしたくなるようなかわいさを爆裂される朝比奈さん。なんて事だ。俺に言ってくだされば、例え自宅でも駆けつけて場所案内をしましたよ。
 朝比奈さんは俺の前に立つと、ぺこりと頭を下げて、
「お待たせしちゃってすいません。今日はどうぞよろしくお願いします」
「いいえいいえ、俺とハルヒが早く来すぎただけですから。こっちこそ、仮入部の新米なのでよろしくご指導お願いします」
 礼儀正しいには、それ相応で返さないとな。腕組んでふんぞり返っているハルヒも俺を見習ったらどうだ――
 って、何かすごい睨みジト目でこっちを見てやがる。なんだなんだ、朝比奈さんを取られたとでも思ったのか? お前みたいにどうこうしたりしないから大丈夫だよ。
 そんなことをしている間に、顧問に引きつられた書道部部員一同・谷口・国木田がやって来た。これで全員勢揃いか。ただ開場まで少し時間があるので、適当に入り口前で時間を潰すことになる。
 それぞれ和気藹々と雑談に興じるなか、俺たちの前にガスか何かを積んだトレーラーが信号待ちに入った。ゴゴゴゴとけたたましいエンジン音と一緒に、ディーゼル車特有の黒い煙をマフラーから吐きだしていた。全く信号待ちの間はエンジンを止めておけよ。こんな真っ黒い煙を朝比奈さんに浴びせたら体調を崩しかねないじゃないか。
 俺はディーゼルの煙を浴びない位置に朝比奈さんを移動させようと、彼女の方に振り返って、
「あれ?」
 さっきまで朝比奈さんが経っていたはずの場所にその姿が無くなっている。どこいったんだ?
 俺は朝比奈さんの姿を探して辺りをきょろきょろと見回していると、
「キョンくん、どうかしたんですか? ――けほけほっ、排気ガスが凄いですね。口の中が真っ黒になりそう」
 朝比奈さんの声。気が付けばさっきいなかったはずの場所に、朝比奈さんが立っていた。俺が心配したとおり、排ガスを避けようと手で口元を仰いでいる。
 俺は首をかしげながら、彼女を俺の背後当たりに移動させた。ちょうど俺の位置は風の流れにより、排ガスの餌食にはならない。
 ――さっきいなかったのは見間違えか?
 そろそろ時間だと顧問の声が聞こえる。俺は首をかしげながらも、開場の方へ移動しようとして――
 …………
 きっと気が付いたのは偶然だったのだろう。交差点を渡る必要なんてないから、信号機がどう変わったなんて普通は確認しないからな。
 だが、俺ははっきりと見てしまった。交差点の片方の信号の青のまま、トレーラーの方の信号も青に変わった瞬間を。
 俺は今から始まることに、一声すら上げることができなかった。
 まず俺のすぐ横に止まっていたトレーラーが青信号になったため走り始めた。だが、もう一方の信号も青なのだ。当然の事ながら、止まることなく乗用車は交差点を通過しようとする。ちょうどトレーラーが交差点に入りかけた瞬間、交差側の道路から大量のガスボンベを積んだ小型トラックがかなり速い速度で突っ込んできた。言うまでもなく、トレーラーと小型トラックは接触し派手な音を立てた。しかも、両方とも積んでいるものが可燃物だったため、すぐに爆発を伴った炎上が始まる。その時の爆風で俺の身体は吹っ飛び近くの商店の壁に激突した。

 そのすぐ隣に同じように書道部顧問も叩きつけられる。あまりの痛みに俺はしばらく言葉を失ったが、すぐにはっと気が付いた。俺たちに向けて爆発の衝撃でガスボンベが数本飛んできていることに。

俺は目をつむることもできずに、そのうちの一本を追っていた。俺のすぐ横数十センチの所に突き刺さった。だが、それとは逆側でグギャという気色の悪い音が聞こえる。見れば書道部顧問の腹にガスボンベが突き刺さり、だらだらと口から多量の血を吹き上げていた。

 目の前で起きたスプラッタ劇。こないだの男子生徒の事故死のショックを遙かに上回る状況に、俺は戦慄を憶えた。
 だが、それで終わりではない。今度は別の方角へ飛んでいったガスボンベの一本が近くのショーウィンドウに飛び込んだ。
程なくして何かの拍子で引火したのだろう、店舗の内側で大爆発が起きる。その時、ウィンドウガラスが一斉に飛び散り
周囲にまき散らされ、その無数の凶器が俺から数メートルの位置に立っていた谷口と国木田の全身に突き刺さった。
まるで狙いすましたように的確に首や胸など急所に突き刺さっていく。
「――キョンくん、ハルにゃん逃げ――っ!」
 鶴屋さんの叫びは途中でとぎれた。玉突き事故状態になっていたため、別の乗用車が事故現場に突っ込みそうになり、
あわててハンドルを切ってその乗用車がスピンを始め、それが鶴屋さんを巻き込んだのだ。
はねとばされた彼女は――
 ――次の瞬間、俺は鶴屋さんの行く末を確認する前に再度吹っ飛んだ。すぐ近くに落ちていたガスボンベの一つが爆発したのだ。
鶴屋さんが逃げ……と言っていたのはこれのことだったに違いない。
 数メートル飛び、背中から落下して全身が酷いしびれを起こす。だが、どういう訳かこんな時に限って視覚だけは
しっかりしていて、別の乗用車がまた一台トレーラに突っ込み、すぐに大爆発が起きた。その燃えさかる火炎に
書道部部員二人が巻き込まれていく。
「キョ……ン……」
 聞き慣れた声が耳に届く。何とか首をそちらに向けると、俺と同じように道路に倒れているハルヒの姿が目に止まった。
同じようにさっきのガスボンベの爆発に巻き込まれたのだろう。身体のあちこちから焦げた煙が上がっていた。
 辺り一面は地獄絵図のようになっていた。トレーラーの可燃物質が大量に漏れ、それから発生した炎が周囲の民家に
燃え移っていく。
 その中、一人火だるまになって悲鳴を上げていた人間の存在に気が付いた。書道部部長だ。彼女が泣き叫びながら
身体中の炎を払おうと手をばたつかせていた。しかし、すぐに肺の中にも火が入ったのか、意識を失って倒れてしまった。
「もど……もど……っ」
 ハルヒは動かない口で何かを訴えていた。
 ああそうだ。朝比奈さんは? 朝比奈さんはどこに行った? 無事なのか……
 俺は彼女の姿を探すべく、身体を空に向けて見た――広がる空に馬鹿でかいトレーラーの一部。爆発の衝撃で
遙か上空まで飛び上がっていたのが、今まさに俺たちめがけて落ちてきているのだ。
 
 戻れ――!
 
 そう叫んだのは、きっと軌跡だったに違いない。俺はそんな言葉なんて頭の中に全く浮かんでいなかったし、
この惨劇の中では自分の予知能力なんてすっかり忘れていたんだから――
 
 ………
 ……
 …
 
「うわっ!」
 俺は唐突に大声を上げていた。
 そして、辺りを見回す。展覧会の会場前。突然俺の上げた奇声に、顧問一同が俺を奇異の目で見つめている。
 目の前にはディーゼルの煙を吐くトレーラが停止中――次に目に入れたのは信号機。さっき見たのと同じように、
交差する両車線ともの信号が青になっている。トレーラーは今まさに発進しようとしていた。
「――逃げろっ!」
 俺は無我夢中で近くにいた書道部員一同を引き連れて、まだ未開場の展覧会場に押し入った。
何秒だ? あの惨劇を何秒間俺は見続けていた? 例えばあれが100秒間だったら、今逃げ切れるのは20秒しかない。
惨劇を止めるすべはもうないのだ。とにかく手近な人間を逃がすだけで精一杯だった。
 会場の入り口にいた係員から、困ります!と止めに入ったか、そんなことお構いなしに会場内に侵入――いや逃げ込む。
「おいキョン! 何なんだよ!」
「どうしたのさ! キョン聞いているのかい!?」
「ちょっとちょっとキョンくんってばっ!」
「キョン! あんたまた――!」
「キョンくん、なんでまた――!」
 みんなの声が交錯する。だが一つ一ついちいち答えられている余裕なんてない。俺はできるだけ展覧会の会場の奥に――
 
 ――背後で耳を貫く接触音と爆発が発生した。俺たちはその衝撃に身を飛ばされた。
 衝撃で会場内が激しく揺さぶられ展示物が落ちるどころか、壁もばらばらと崩れ落ちていく。
背後――交差点では次々と玉突き事故が起こり、さらにトレーラーの可燃物質と小型トラックのガスボンベが次々と
引火してさらに大きな爆発を続けていた。
 しばらく俺は唖然としていたが、あわてて周りを確認し、全員の姿を見渡した。周囲には書道部関係者全員が腰を抜かして
座っている。その顔は皆恐怖に引きつっていた――いや、違う。
 二人だけは異なる反応を見せていた。まずハルヒだ。じっと俺の方を見つめていた。理由はわかる。また予知能力を使っただろう
ということについて何か言いたいのだろう。
 そしてもう一人は俺に背を向けて事故現場の方を見つめてため、表情を確認できなかった……朝比奈さんの表情だけは。
 
◇◇◇◇
 
 消防や警察が大騒ぎしてやっとこさ事故の状況が落ち着いた辺りで、俺たちは全員警察署に連れて行かれた。
いや別に連行された訳じゃない。事故の状況を知りたいために目撃情報を知りたいんだと。
ただし、事故を予知していた俺を除いて。家には事故に巻き込まれたが、無事だから安心してくれとだけ電話で伝えておいた。
 警察からはいろいろ聞かれた。特にどうして事故を予見することができたのかについてである。
これに関しては素直に言うわけにもいかない――言ったらかえって怪しくなるだけだからな。
 だからこう答えておいた。
 信号が両方とも青になるのに気が付いた。そのままだとトレーラーとガスボンベを積んだ小型トラックが衝突するのは
確実だったのであわてて逃げた。トレーラーの運転手を止めようとも思ったが、気が付いたときにはもう発進していたし、
声が届くのは無理だと考えた。
 
「よう……」
「……長かったわね、キョン」
 警察署の待合室で長々と聴取を受けていた俺を待っていてくれたのはハルヒだけだった。
顧問を含め全員が酷く動揺しているらしい。もちろん鶴屋さんや朝比奈さんもだ。かなり精神的に衰弱しているらしく
早く家に帰って休ませないと精神レベルで長期間の傷を残しかねないという医師の判断もあったとのこと。
 俺とハルヒは警察署から出て、すっかり暗くなった外に出る。まばらに浮かぶ雲の間にきれいな半月が浮かんでいた。
 二人はしばらくどこに行くまでもなく、暗い歩道を歩き始めた。時折、警察署脇を通る道路を走る車のテールランプが
俺たちを照らしていく。
 ハルヒはすっと俺の方に振り返り、
「……警察はきちんとごまかせたんでしょうね?」
「ああ、そっちは問題ない。少なくても犯人扱いはされていなさそうだったよ」
「そう……」
 ――それ立ちのそばをトラックが通っていく。その振動に俺は思わずあの大惨事を思い出し身を震わせる。
 ハルヒも目の前の惨劇には相当堪えたらしい。かなり意気消沈した様子だった。
 続ける。
「使った……のよね? 予知能力」
「……そうだ。あの事故が起きることがわかっていたんだ」
 それを聞いてハルヒは、ふうっとため息を吐くと、
「何があったのか教えて」
 俺は端的にどんな惨劇だったのか伝えた。完全に怒濤の状況だったため記憶が曖昧な点もあったが、
ひょっとしたら俺とハルヒも死んでいたかも知れないということも。
 そのあまりの凄惨さにハルヒはしばらく閉口していたが、
「それじゃ仕方ないわね……ありがと、あんたのおかげで命拾いしたわ」
「俺の予知能力はこれでもう終わりなのか?」
「そうよ。これ以上は面倒事になりかねないし……それにあまり意味がないことに気が付いたから。
これから事故が起こるたびにこんな事を繰り返していても無限ループにはまりこむだけよ」
「意味がない? それは違うだろ。危うくお前まで死にそうになったんだ。お前が死んだら何もかも終わりさ。
リセットもできなくなる」
「ポジティブで良いわね、全く……」
 ハルヒはやれやれと肩をすくめた。超ポジティブ思考はお前の専売特許だぞ。お前らしくもない。
 ふと俺はリセットのことを思い出し、
「リセットはするのか? 俺は予定されてた二回の予知能力を使っちまったが」
「しないわ。今回のは情報統合思念体は全く関係のないただの事故だったし、リセットを連発するとその分奴らにばれる可能性も
増す一方だから。でも予知能力はなし。前回、今回と短い間に二回続けてだったから情報統合思念体があんたに興味を
持ち始めているみたいよ。変な能力を持っているんじゃないかってね」
「マジかよ」
 ハルヒの代わりに俺が変態パワーの持ち主に認定されてはたまらん。とっつかまえられてキャトルミューティレーションは
勘弁願いたいからな。
「とにかく、明日からは今日の事故のことも忘れて、いつも通りの日常を続けるわよ。
今のところ、問題なく推移しているんだから」
「そうだな……とっとと忘れちまうのが一番か」
「じゃ、また明日、学校でね」
 そう言ってハルヒは自宅へと帰っていった。
 
 ……俺も帰るか。いい加減くたびれたからな。
 
◇◇◇◇
 
 翌日。北高は昨日の玉突き事故の話題で持ちきりだった。校内を歩いていてもその話しか聞こえてこない。
耳に届く内容では相当尾ひれの付いたうわさ話になっていて、やれ陰謀説とかUFOとかの話まで混じっていた。
 事故を目撃した谷口と国木田は学校を休んでいた。無理もない。あれを見た後で平然としている俺の方が貴重だろう。
ハルヒはダウナーモードながら来ていたが。
 
 そんなこんなで放課後、俺とハルヒは書道部の様子確認もかねて部室を訪ねてみることにした。
 予想通り誰もいない――と思いきや一人だけいた。鶴屋さんである。
「やあ、キョンくん、ハルにゃん。元気――ではなさそうだけど、学校に来れるくらいにはなったみたいだね。よかった」
 そう言う鶴屋さんもショックは大きかったらしく、いつのものように口調にキレがない。
 彼女に聞くところによると、やはり朝比奈さんは今日学校に来ていないとのこと。顧問も休み。部員に関しては、
一人の女子部員だけが学校に来ていたらしいが、やはり部活に参加する気力はないらしく、
ついさっき帰宅の途に付いたとのことだった。
「ま、部活する気分でもないしね。今日は解散にしましょうか」
「そうっさね……」
 ハルヒと鶴屋さんはそう頷くと帰り支度を始める。
 ふと、鶴屋さんが部室の窓の外に顔を出し、笑顔で手を振り始めた。俺もそれに続いて外を見ると、
校舎の出口近くで書道部の女子部員が手を振り替えしている。どうやら、俺たち以外で唯一登校して部員のようだ。
「また明日ねーっ! 気を落とすんじゃないっさ!」
 窓を開けて鶴屋さんが元気よく――少々無理やり気味だったが――声を掛けていた。女子部員の方も何事か言い返してきたが
声が届かずにその意味までは聞き取れなかった。
 ……ただ、俺の耳には別の音が飛び込んできた。野球部のバットとボールがぶつかるカキーンという音だ。
 女子部員は特に不自然な動作もなく校門から出て行こうとする。
 その時だった。
 確率にすればどのくらいのものなのだろう。野球部の練習から放たれた大飛球が彼女の後頭部に直撃するなんて。
「あっ!」
「うそっ!?」
 その様子を見ていたハルヒと鶴屋さんは唖然とした声を上げた。俺に至っては声すら上げられない。
昨日あんな事があったのに、今日は天文学的確率で野球ボールをぶつけられるなんて、この世に神っていうものはいないのか?
 だが、事態はそれで終わっていなかった。想像もしなかった後頭部のショックに女子部員は脳しんとうか何か起こしたのか、
ふらふらと校門から車道に向かってよろめき始める。
「ダメだよっ! そっちは危ないっ!」
 鶴屋さんが必死に声を飛ばすが、恐らく頭痛で聞こえていないだろう。どんどん車道に向かって移動していく。 
 学校校門前の道路は信号がしばらくなくスピードを上げて通り過ぎる自動車も多い。突然、車道に入り込めば
ブレーキの暇もなく轢かれるかも知れない。
 ――だが、危機一髪のところで偶然近くにいた別の北高女子生徒がよろめくその身をキャッチした。
 これに鶴屋さんがふーっと大きなため息を吐いた。昨日の今日でまた惨劇が発生するなんて最悪だからな。
悪いことは早々続かないってことの現れだ。
 女子部員は助けた女子生徒としばらく話をしていたが、ほどなくして痛みも治まったのかその手を離し、
自力で歩き始める。ぶつかったショックは大したことはなかったらしい。しかし、大丈夫なのか? 一旦学校に戻って――
 次の瞬間、その女子生徒の身体が路上に突っ込み、ジャストタイミングで通りかかったバスにぶつかって吹っ飛んだ。
ここからでもドカッという嫌な音が聞こえ、彼女の身体が路面を転がっていく。
 最初あまりの一瞬のため何が起こったのかわからなかったが、しばらくして理解できた。彼女が歩いていた先の地面に
転がる一つの物体。あの後頭部にぶつけられた野球ボールだ。ぶつかった後、できすぎたタイミングで彼女の進行方向に
落ちていたのだ。そして、まだ痛みが残る女子部員はそのボールの存在に気が付かず、それを踏みつけバランスを崩し、
車道に飛び出してしまった。当然、一瞬の出来事だったためバスの運転手が対応できるわけがない。
そのままブレーキすら掛ける暇なく、彼女の身体をはねとばしてしまった。
 …………
 …………
 俺たち3人はその光景を見ていたが、言葉一つ吐くことができない。
 やがて鶴屋さんが腰を抜かすように床に座り込んでしまう。
 ハルヒは机を思いっきり殴りつけ、どうなってんのよ!と叫んでいた。
 俺もハルヒに同意だ。
 
 一体何がどうなってやがる……!?
 
◇◇◇◇
 
 俺たちは書道部女子部員が駆けつけた救急車に載せられていくのを間近で見守っていた。
全身からの多量の出血がアスファルトの道路を汚している様子に、救急隊員も絶望的だと首を振るばかりだった。
あの様子では助かる見込みはないだろう。
 事故現場は封鎖され、警察による実況見分が行われている。
 
 俺たちは目撃者として何点か話を聞かれただけで、すぐに解放された。今回も確実に事故として処理されるだろう。
 だがしかしだ。
 偶然飛んできた野球の大飛球にぶつかり、あまつさえそのボールを踏んで車道に突っ込んで事故。
これは事故と言っていいのか? 滅多にあり得ない偶然が二つ重なるなんて現実起こりえるんだろうか?
しかし、何者かによる故意が確認されなければ事故として判断するしかないだろう。それが現実だ。
 昨日――俺とハルヒは先週も目撃したが――に引き続いての事故遭遇に鶴屋さんも完全に普段の元気がそぎ落とされ、
意気消沈しながら自宅からの迎えの車で帰っていった。
 正直な話、俺も相当堪えているはずなんだがそれでもまだ正気を保っているのは今までのトンデモ経験と
前回の機関による無差別砲撃戦+核テロを間近に見たせいからだろうか。
 一方のハルヒは、気力を削がれるのとは逆に苛立ちを見せていた。男子生徒の偶然が重なりまくった事故死・
信号機異常による玉突き事故・女子生徒の偶然の事故死……これだけ続けば、ハルヒでなくても不信感を感じるはずだ。
俺だってどうみても何かがおかしいことぐらいは気が付いている。
「これからどうするんだ?」
 俺は難しい顔をしたままのハルヒに尋ねてみる。ハルヒはすぐに手帳を鞄から取り出し、何やら確認を始めた。
そして、歩き出して、
「嫌な予感がする。とりあえず他の書道部部員を訪ねてみるわ」
「おい、まさか同じことが他の部員にも起きるかも知れないってことなのか?」
 俺の問いかけに、ハルヒは首を振ってから肩をすくめて、
「わかんない。ただ嫌な感じがするのよ。さっきの事故だって故意にしか見えないような事故よ。でも、その事故が起きたのは
全部偶然が重なったからだから、誰かの故意によるもののはずがない。訳わかんないわ。だから、ただ考えてもやもや
しているよりかはマシだと思っただけ」
 そうかい。ま、確かにぼーっとしているだけってのも嫌な感じが募るだけだしな。
 で、どこに向かうんだ?
 
◇◇◇◇
 
 ハルヒが言った目的地は、もう一人の書道部女子部員の家だった。場所は鶴屋さんから以前聞いていたらしい。
その辺りはしっかりしている奴である。
 もう一人の女子部員の家は10階建てのマンションの最上階にあった。長門の住んでいるような高級そうなところである。
 俺たちはエレベータで最上階まで上り、その部屋の前に立った。
 ハルヒは部屋番号を確認してから数回チャイムを押してみた。団長様の方は問答無用に開けようとしたが、
こっちのハルヒはあっちよりも意外と常識的かもな、とか思ったりしてしまうが、今はそんなことはどうでも良い。
 チャイムを鳴らしても一向に返事がないため、もう数回ならしてみた。ついでにノックを含めて、女子部員の名前を呼んでみる。
 ――やはり返事がない。
「留守じゃないのか? 買い物にでも出かけているんだろ」
「昨日あんな事があったのに、ほいほい出歩けるようなタイプには見えないけど……」
 ハルヒはあごに手を当てて思案顔を見せる。確かにこの女子部員はどっちかというと小心者的な臭いを漂わせていた。
昨日の事故でもかなり怖がっていたしな。
 さて――どうしてものか。
 と、ここでハルヒは念のためという感じで、扉のノブに手を掛けてる。すると、かちゃっという音とともにあっさりと開いた。
何だ鍵掛けていないのか? 不用心な――
 ――と思ったら、突然扉が内側から引っ張られたように閉じた。ほどなくして鍵のかかる音まで聞こえてくる。
「えっ!?」
 突然のことにハルヒは目を白黒させた。今のはどう見ても誰かが内側から開いていた扉を閉めたとしか思えない。
しかも鍵も掛けた。
「すいません! 書道部の涼宮ですけど!」
 ハルヒはノックとチャイムを繰り返して叫んだが何も返事は返ってこない。さっき内側から鍵を閉められた以上、
誰かがいるのは確実なんだが何で返事が返ってこない? 何かおかしいぞ。
 ふと、ハルヒは扉に耳を付けて内部の音を聞き取ろうと試み始めた。俺もそれのマネを始める。
「おい何か聞こえるか――」
「うるさい! ちょっと黙ってなさい!」
 ――……っ……
 今なんか聞こえたような……
 ――助け――て――!
 今のは完全に聞き取れたぞ。中で誰かが助けを求めている!
「ハルヒ! 聞こえたよな!」
「わかっている!」
 そうハルヒは叫ぶとドアに体当たりして、何とかこじ開けようとするが、防犯用に作られでもしているのかびくともしない。
俺も体当たりに加勢するがそれでもダメだ。こじ開けるのは無理だぞ、これは。
「なら一階に下りて管理人室から鍵を借りてくるか!?」
「そんな時間ないわよ! ああもうどうしよう!」
「ならドアごとお前の力で吹っ飛ばせよ! それくらいできるんだろ!」
「無茶言わないで! あとで警察になんて説明する気よ!? そこから奴らにかぎつけられたら台無しよ!」
 んなこといっても、人命がかかってんだぞ……ってハルヒの能力バレは人類滅亡の鍵か。くそっ、情報統合思念体め、
邪魔ばっかりしやがって。
 ハルヒはしばらく爪をかんで考えていたが、やがてドアのすぐ横の窓に気が付く。女子部員の部屋の窓だ。
ここから入れれば、入り口を通らずに部屋の中に入れるが、あいにく頑丈そうな格子が付けられている。
「このくらいなら……」
 そうハルヒはつぶやくと両手を格子にかけて、そして、思いっきり力を込め始める。おい、いくらなんでも素手でそれを
壊すのは無理だろ……と思いきや、ガキンと留め金が折れたような音が鳴り、格子があっさりと取り外されてしまった。
馬鹿力にもほどがあるぞ、こいつ。
 俺はハルヒが格子を片づけている間にその窓を開けようとしてみるが、鍵がかかっていて開きそうにない。
割れないかと数回拳でぶん殴ってみたが、防犯用のものなのかびくともしやしねえ。
「どいてっ!」
 背後から聞こえたハルヒの声に振り返ったときには、すでにこいつは空中一メートルぐらいのところに飛び上がっていた。
そして、ジャンプの勢いを利用してそのまま窓ガラス、しかもちょうど鍵のある近くを的確に蹴る。
見事にがしゃんという音とともに、窓の一部が割れた。変な能力なしでも超人過ぎるぞ、こいつは。
 俺はすぐにその割れた箇所から手を突っ込み、窓の鍵を解除した。ハルヒが窓を開け、
「行くわよ、キョン!」
 そう言って部屋の中に入っていく。俺もそれに続いた。
 部屋の中は女子部員の部屋なのか、普通の女子の香りのするものだった。しかし、一方で鼻につく嫌な臭いも感じる。
 その正体は部屋の扉から廊下に出てわかった。猛烈な何かの焼ける臭い。しかもビニールとかそういう加工製品が燃えたあとに
発生する意識を狂わすようなものだ。
 見れば、玄関から続く廊下の終着地点にはリビングへと通じるガラス張りの扉があった。そこから見えたリビングの中では
めらめらと炎が立ち上がっている。
 しかし、どういう訳だか火災報知器もスプリンクラーも作動していない。高級そうなマンションなのに
備え付けられていないとでも言うのか?
「火事が起きているじゃねえか! 早く消防に連絡しねえと!」
「その前に部員を助ける方が先よ! 助けを呼ぶ声が聞こえたんだからまだ生きているはず!」
 俺とハルヒは急いでリビング内に入ろうと、扉を開けようとするが、
「あ、あれ? こいつ開かないぞ!?」
 何度か俺がノブをひねってみるが、一向に扉は開く気配がない。ノブの軽さから言って、壊れちまっているみたいだ。
このタイミングで壊れるか、普通?
「キョン! あたしがぶち破るからどいて!」
 ハルヒは数歩下がって助走距離を取り始める。俺はハルヒの邪魔にならないように廊下の壁に張り付いた。
 その時だった。ちらりとガラス扉越しにリビングに人影が見えた気がした。炎があちこちから上がっているため
光の加減でシェルエット状態だったが、それがやや髪の長い小柄の人間であることはすぐにわかった。
女子部員か? まだ中で火から逃げ回っているのかも知れない。
 ハルヒの体当たりが始まる。ラグビーのショルダータックルのように、勢いよくガラス扉をぶち破ってリビングの中に入った。
俺も残ったガラスの破片に注意しながらリビング内に入る。
 リビング内はあちこちに火が燃え広がり、小火の状態を越えていた。このままでは他の部屋にも次々と引火してしまうだろう。
だが、消化器ぐらいでは押さえ込めそうにない。
 ――助け――て――
 息苦しそうでか細い声。俺とハルヒはそれを聞きつけて、辺りを見回す。ふとリビングに隣接しているキッチンの床に
仰向けになっている片足が見えた。
 俺はそこに駆けつけると――
「うっ……」
「きゃあっ!」
 俺は思わずうめき声を上げ、ハルヒは小さな悲鳴を出し口を押さえた。
 そこには首からダクダク血を流した女子部員が仰向けに倒れていた。必死にタオルを押しつけてそれを止めようと
しているようだが、致命的なところを損傷しているらしくタオルが完全に真っ赤になっても止まっていない。
次第にタオルで吸いきれなくなった血が床に広がり始めている。
 助けないと――そう俺がキッチン内に入ろうとした時だった。突然、ガスコンロの近くで小さな爆発が起き、
周囲をがたがた揺らす。
 その衝撃でキッチンの天井に据え付けられていた戸棚の一つが開いた。そこから数本の包丁が舞うように飛び出し、
女子部員の胸と腹に一本ずつ突き刺さる。
 あまりのできすぎた偶然に俺は戦慄を憶えた。だが、一方のハルヒはそうなるよりも助ける方に頭が行っているようで、
「まだ息がある! 早く助けないと!」
 そう彼女に近づき始めた。が、またも小規模な爆発と火炎が巻き起こり、うかつに近づくこともできない。
だが、女子部員は包丁が二つも突き刺さりながら、まだ苦しそうな息をしている。まだ生きている。助けなければ。
 ――また起きる小さな爆発。俺は炎から起きた閃光に一瞬目を瞑ってしまった。そのタイミングでドカっ!と
何かが床に打ち付けられる音がした。
 その音は俺に理由もなく嫌な予感を与えてきた。恐る恐る目を開けてみると――
「……なんだってんだ」
 あまりに酷い状況に俺は地団駄を踏みたくなる。さっきの爆発で女子部員の頭の方におかれていた冷蔵庫が、
事もあろうに彼女の身体の上に倒れたのだ。包丁が垂直に突き刺さっている場所に、あんな重いものが倒れればどうなるか。
釘を打つ金槌と同じ事になる。包丁はさらに深く彼女の身体にめり込んだだろう。
 もう微かな叫びも吐息も聞こえなくなった。完全に意識をなくしたのかもしれない。
 俺は必死にどうすりゃいいんだと思考回路を早める。隣のハルヒも焦りの表情を浮かべて動けない状態だ。
 だが、【偶然】は俺に冷静さを取り戻す暇も与えない。今度はどこかでポンッという小さな破裂音が聞こえ、
続いてシューッという何かが吹き出す音、さらに今までとは違う何とも言えない嫌な臭いが辺り一面に充満し始めた。
 これに気が付いたハルヒが、あわてて俺の手をつかみ、玄関に向かって走り出す。
「おい! 助けなくていいのかよ! まだ生きているかも――」
「それどころじゃないっ!」
 ハルヒの声は焦りに満ちていた。何が起きようとしているんだ……
 玄関の扉の鍵を開けて、ハルヒと俺が外に飛び出すとそこには予想外の人物がいた。書道部顧問だ。
今日は学校を休んでいたはずなのに、何でここにいるんだ?
 ――そのとたん、女子部員の部屋でひときわ大きな爆発が起きて、その衝撃が通路を伝って出入り口から吹きだした。
 熱波を含んだそれは通路の壁にぶつかり、そのままで上昇気流へと変わる。
 俺はあぜんと目を見開くハルヒの顔を、高い位置から見ていた――すぐに気が付く。さっきの爆風で俺の身体は
思いっきり吹っ飛ばされ壁を越えてマンション十階から転落しようとしていた。
 ここからは俺に目に入ってきた光景が全てスローモーションに見えた。まずハルヒが壁から身を乗り出し、
ぎりぎりのところで俺の腕を左手でキャッチする。そして、すぐにこっちへ引き寄せようとするが……
 すぐにハルヒの顔色が一変した。同時に右手を伸ばしてくる。その方へ俺が首を向かせると、そこには同じように
空中を舞っている書道部顧問の姿があった。その顔は完全に白目をむいている。衝撃で気を失っているに違いない。
 ハルヒはさらに壁から身を乗り出し、一番近いところにあった顧問の足をつかもうとした。だが、あと数センチのところで
その手が届くことはなく、やがて顧問の身体はマンションの下に向かって落ち始めた。
 何かをハルヒは叫んでいた。絶叫していたが、爆風で耳をやられているのか俺には聞こえない。
 やがて、顧問を助けることを諦めたハルヒは俺の救出に力を入れ始めた。振り回すように左手でつかんだ俺の腕を
引っ張り、その勢いのまま十階通路に投げ入れる。
「ぐはっ!」
 背中から通路に落下したため、俺の口から胃液が飛び出した。背中もじんじんと痛み、やけどを負ったのか
手のひらもジンジンとしびれるような痛みを発していた。
「キョン! キョン! 大丈夫なの!?」
「あ、ああ――何とか……」
 とぎれとぎれにハルヒの呼びかけに答えるが、すぐにまた女子部員の部屋で大爆発がおきて、マンション全体を
激しく揺さぶった。
 
 危うく死にそうになった。それも本当に危機一髪だった。ハルヒがいなければ、もう死んでいただろう。
 一方のハルヒはすぐに携帯電話を取り出すと、消防への通報をしていた。なんて手際と判断の速い奴だ。
一体今までどれだけの修羅場を踏んできたんだ、こいつは。
 ふと、俺は書道部顧問の存在を思い出す。恐る恐るマンション下を見ると、そこには仰向けに倒れぴくりとも動かない
顧問の姿があった。通行人が集まり、悲鳴がわき起こった……
 
◇◇◇◇
 
 その後、またもや警察の事情聴取を受けた俺たち。さすがにこうも最近の事故に立ち会ってばかりの俺に不信感を
持ち始めたらしく、いろいろなことを聞かれ夜中まで警察署に拘束されるはめになった。一方のハルヒも事情説明が続き、
なかなか帰らせてくれなかったらしく、二人が無罪放免で解放されたのは夜中の十二時を過ぎた頃だった。
 待合室では心配して駆けつけてくれた家族がいた。疑惑はさっさと晴れたことを言うと、ほっとした様子で、
とっとと家に帰りましょうということになった。
 ハルヒも家族の迎えがあったので、一足先に帰ったらしい。ただし、伝言があった。
 
 明日話したいことがあるから、どんなことがあっても学校に来るようにと――
 
◇◇◇◇
 
 翌日の朝、俺は通学途中の自転車の駐輪場で眉をひそめてしかめっ面のハルヒと落ち合った。
この様子じゃ昨日のことは堪えるというよりも疑惑を深めたという心情なのだろう。
 俺たちはゆっくりと登校ハイキングコースに入りながら話を始める。切り出したのはハルヒからだ。
「どう思う?」
「いい加減、うさんくさいとは思っている。だが、俺の頭じゃ何が起こっているのかさっぱりなのが現状だ」
「おかしいわよ、絶対。いい? 一昨日の自動車事故で助かった十人のうち、三人が昨日立て続けに死んだのよ?
しかも、全部事故。それもあり得ないような偶然がつながってね」
「昨日の事故は結局あの女子部員の火の不始末が原因だったというのが警察の調査結果だからな……」
「事情聴取の時に警察から聞き出したんだけどね……」
 ハルヒは昨日得た女子部員の身に起こったらしい警察情報を話し始めた。ただしこれはハルヒと警察の推測も混じっている。
 元々あの女子部員は料理する趣味があったらしい。ところが電子レンジに入れた料理材料の中に何かの異物が混じっていたのか、
突然それが爆発、その時にレンジの破片が首に刺さって出血となった。止血のためにタオルを探している間に、
火を書けっぱなしにしていたフライパンが引火して炎上、恐らくそれを消そうしたのだろうが、何らかの不手際で
リビング中に引火してしまった。そして、やむえず消防局に電話しようとしたが、電話線が火に焼かれて不通に。
そんなことをしている間に出血が酷くなり意識が朦朧となってキッチンに倒れてしまった。そこに俺たちが駆けつけたが、
これまた運悪く爆発の衝撃で飛んできた包丁が身体に刺さり、さらにその上に冷蔵庫が倒れてとどめとなった。
おまけにどういう訳だか、火災報知器などの予防装置は全て故障してたらしい。これはマンション管理の責任問題に
なるかも知れない話だが。
 話を聞くだけでも人生嫌になりそうな運の悪さの連続だ。はっきり言って【偶然】なんて言える代物ではない。
 だがよく考えてみればそうでもなかったりする。たまにあるだろう、運にめぐまれないなぁと思う瞬間が。
身近な例を挙げれば、家で居間を歩いていたら落ちていた画鋲を踏んづけあわててしゃがんでそれを足から取りだしたら、
屈んだはずみで胸ポケットに入れていた携帯電話を落としてしまい、むかつきモードで携帯を拾って歩き出したら
テーブルの柄に足の指をぶつけて悶絶する。俺もこのコンボに遭遇したことはあるが、誰かの陰謀だろと叫ばずには
いられなかった。
 俺の助けた男子生徒、昨日の野球ボールがきっかけとなった書道部女子部員、刺殺・爆死した書道部女子部員の死因を
陰謀云々言うのはその感覚に似ている。【偶然】とは思えないが、【偶然】でしかないのだ。ややこしい。
 そういや顧問がどうしてあそこにいたのか理由を俺は知らないんだが。
「あの女子部員の家に呼ばれていたそうよ。相談したいことがあるって言う内容でね。電話の記録も残っていたらしいわ」
 意外と警察もしっかりと調べているな。そこまでちゃっかり聞き出すハルヒもさすがだが。
 だが、呼ばれて巻き込まれたのも【偶然】か。誰かが故意に起こした事故ではない以上、巻き込まれたに過ぎない。
実際俺たちも危うく巻き込まれるところだったんだ。
 と、ここで俺は女子部員の家の中に入る際に、内側から鍵を掛けられたことを思い出し、
「そういや、あの一回締め出しを食らったことは警察に伝えたのか? あれは明らかに誰か別の人間がいたとしか
思えないんだが」
「確かにそうなのよね。でも、その前に警察から言われたわ。女子部員以外が部屋の中にいた形跡はないって。
逃げ道は存在しなかったから、あの場にいたら死体がもう一つ増えていたはずよ」
「わかんねぇぞ。どこぞの怪盗のように小型のハングライダーで窓から脱出したのかも知れん。限りなく低いが、
絶対ってことはないはずだ」
 俺の反論に、ハルヒは首を振って、
「それもないわね。だって隣の部屋の住人が焦げた臭いをかぎつけて、ずっとベランダから女子部員の部屋のベランダを
覗こうとしていたらしいわよ。火事になっているんじゃないかと確認しようとしていたらしいわね。
結局爆発の瞬間まで中の様子はうかがえなかったみたいだけど。万一、ベランダから誰かが脱出したらその時点で
気が付いているわよ。あと実はその証言をしている隣人が犯人ってのもなし。ベランダの窓は内側から二重に
鍵が掛けられていて完全な密室状態」
「だが、内側から鍵が閉められたのは事実だ」
「一応言ったけど、相手にされなかったわ。あのマンションオートロックになっているらしくて、最初はなんかのはずみで
旨く扉が閉じていなかった。あと中で火災が起きていたから気圧とかなんかが変わって、ドアを開けた瞬間に
部屋内に空気が殺到し、それに乗って扉が内側から引っ張られたように感じただけじゃないかって一蹴されたわ」
 何かいやに的確な反論をする警察だな。ただ、たしかに扉を開けたら風の力で引っ張り返されるというのは
俺も自宅で何度か遭遇したことがある。中で火災が起きていたんじゃ、部屋の空気の状態はめちゃくちゃだろう。
首はひねりたくなるが、否定できる材料もないといったところか。
 ――ん? ちょっと待て。今の今まで完全に忘れていたことを思い出したぞ。
「今更なんだが――ついでに警察に言うのも忘れていたんだが、リビングにお前が侵入する直前に、
確か人影を見たような気がするんだが。もちろんリビング内にだぞ」
「……なんでそんな重要なことを忘れているのよ」
 ハルヒは口をとがらして抗議の声を上げるが、
「今言っても記憶違いで一蹴されるだけだわ。時間が経って記憶の方が改竄されているし、ぼうぼう火が燃えている中で、
はっきりと模写までできるぐらい鮮明に覚えているとは思えない。実際のところ、どうなのよ」
「いや……」
 確かに警察がそこまでしっかり調べて、中にだれもいませんでしたよと言われてしまうと、俺の見た人影も
ただの見間違えじゃないかと思えてくる。事実、記憶上残っている見えたものは女性のような人影だけだからな。
 しかし、現代技術ではいないように見せられる存在もこの世界にはいるはずだ。
「情報統合思念体が何か関与している形跡はないのか? 連中なら偶然に見せかけた殺人や誰もいないところに
沸いて出てくることだってできるだろ?」
 俺の指摘に対し、ハルヒは首をひねって、
「確かに絶対とは言えないんだけど、奴らが動いた形跡はないわ。そもそもこんな事やって何の意味があるのか
さっぱりわからないしね。可能性は捨るつもりはないけど」
 とのこと。確かに朝倉や長門――あいつにこんな事はして欲しくないが――がこんなことをしでかしても何の意味があるのか。
 そうなると――
 俺ははっと気が付いた。もう一ついないはずの場所に現れることができる人間が。未来人である。
 しかし、まず断言したい。朝比奈さんがこんなことをできるわけがない。あの気が弱くって愛らしいあの方は
目の前に死体――多丸さんの偽死体だったが――を見ただけで卒倒するほどだぞ。自分の手で実行できてたまるか。
 あと他の未来人の仕業は十分にあり得るが、俺は何度もありえない【偶然】を目撃している。いくら未来人がTPDDとやらで
時間を超えられる装置か何かを持っていたとしても、【偶然】の発生まで制御できるとは思えない。
そんなマネができるなら、俺の世界の時でも何度か目にする機会はあったはずだ。これでも朝比奈さん(大)と行動をともにした
機会は多かったからな。
 そんなわけで今のところは、未来人関与の可能性について俺の中で速攻却下だからハルヒにも言わないでおく。
こいつに言ってへたに疑いだしたら面倒事になるかもしれないから、胸の内に仕舞っておこう。
 と、ここでハルヒは思い出したように。
「あと今日の放課後、関係者全員書道部の部室に集まるように連絡したから。あんたもちゃんと来なさいよ」
「……何でまた」
 俺が疑問を投げると、ハルヒはにらみを返してきて、
「いい? 一昨日の事故を免れた十人のうち三人が昨日のうちにみんな死んだのよ? 全部事故で死因自体に共通点はない。
ただ唯一の共通点は生存者であるということ。しかも、ただ生き延びたんじゃなくて、あんたの予知能力のおかげで
生き延びた人ばかり。一回目の予知能力を使った男子生徒も同じだった」
 十人……俺・ハルヒ・谷口・国木田・鶴屋さん・朝比奈さん・書道部女子部員三名と顧問か。
まさかこれと同じ事が起こり続けるかも知れないって言うのか?
 ハルヒは真剣かつ深刻な顔で、
「そうよ。偶然がつながりすぎている。今のところ他者の思惑は見えないけど、何かが起きていると考えるべきだわ。
あらかじめ各自話し合って意識しておくことは重要だと思うから。あ、もちろん予知能力の話はしないけどね」
 確かにハルヒの言うとおりだろう。例え【偶然】であってもその【偶然】にはまって死なないように、気をつけておくことは
重要かも知れない。自動車事故と同じで、少し気をつければ回避できるレベルのものかも知れないからな。
 ――そんなことを話しているうちに北高まで俺たちは到着していた。
 
◇◇◇◇
 
 そんなわけで放課後。
 三名が欠けた書道部部室で対策会議が始まった。
「事情を知っている人、知らない人多分様々だろうから、今までの経緯を話しておくわ」
 ハルヒが今日の朝俺と話した内容を掻い摘んで説明し始める。すっかり立場は部長の位置になっているが、
やっぱりこういうリーダー的立場がこいつにはしっくり来る。
 俺は説明を聞きながら参加メンバーを確認した。
 朝比奈さん。かなり意気消沈気味だが、参加してくれている。あの調子じゃ何があったのかもう知っているのだろう。
 鶴屋さん。こっちも立て続けに起きる惨劇にすっかりいつものさっぱりぶりは消え失せ、どこか憂鬱な表情を浮かべていた。
 谷口。こいつは状況をほとんど知らなかったらしく、ハルヒの説明に仰天の声を上げていた。いつものそれほど変わっていない。
 国木田。谷口同様だったので、ハルヒの話を興味深そうに聞いている。さして落ち込んだ様子は見えない。
 書道部部長(女子)。一昨日の事故のショックも冷めないうちに、部員全員と顧問が昨日一日で事故死した事に憔悴しきっている。
 あと俺とハルヒ。計七名全員そろっていた。
 ハルヒは練習もしていないのに、弁論大会の演説のごとくきっちりわかりやすく説明していく。こいつの能力の高さは天井知らずだ。
ただし、当然予知能力は伏せておく。ついでに一回目の予知能力で救った少年がその後死んだことも触れないでおいている。
これは話の焦点を一昨日の自動車事故にしておきたいというハルヒの意向からだった。いたずらに広げるとややこしくなるだけだから。
 やれやれ、本当に予定外の行動で死を回避した生存者をひたすらストーキングしてくる死神の映画みたいになってきたな。
 …………
「――現況は以上よ。あたしの推測も結構入っているわ。何か質問があれば、じゃんじゃんしてちょうだい。
 数十分に渡るハルヒの説明の終了後、質問タイムに入った。
 説明後の一同の様子を見てみる。
 谷口はいまいち信用していなさそうな顔をしている。
 国木田、鶴屋さん、書道部部長(女子)はハルヒの言葉を大体受け入れているようだ。
 朝比奈さんはうつむいたままなので、表情が読み取れない。
 質問タイムでまず最初に手を挙げたのは谷口だ。
「涼宮の言うことをまとめると、事故を回避した俺たち全員は近日中に偶然死ぬかも知れないってことでいいのかよぉ?」
「そうよ。あくまでもあたしの推測だけど、昨日の三人の死を間近に目撃した身としては、事故死なのに故意としか思えない
不自然な死に方が連続している。そして、死んだ三人の共通点は全員生存者。ならあたしたちにも危険が迫っている可能性があるって事」
「確かにそうかもねっ。昨日あたしもあの子の事故死した瞬間を見ていたけど、偶然にしてはできすぎていたよっ。
その根本原因が一昨日の交差点の事故にあるっていうなら、あたしたちも危険が迫っていると考えるべきだねっ」
 鶴屋さんの発言――少々無理しているしゃべり方だったが。
 書道部部長(女子)がここで手を挙げて、今後どうするべきなのか、今日亡くなった三人の通夜に行くつもりだが言ってもいいのかと
質問してきた。
 ハルヒは腕を組んで、
「対応策ははっきり言ってわからないわ。ただし三人の死因が偶然による事故から来ているものなら、そう言ったものに遭遇しないように
心がける事ね。例えば、料理をするときは一人でしない、道を歩くときは必ず車道から離れたところから歩く、
危険な場所には近づかない……あとすぐに誰かに助けを求められる状態にしておくってのもあるわ。常に携帯を所持しておくとか、
身近な人の電話番号にすぐ通じるようにするとか。ま、普段以上に慎重に行動するって事よ。
その程度で回避できるかも知れないんだから。あと通夜の参加は各自の判断に任せるわ。
家に閉じこもっていろとは言えないし、参加も強制しない。繰り返すけど、さっき話したのはあたしの推測であって、
確定した情報じゃない。ただ状況から考えて危険が迫っている可能性が高いって事を知らせておきたいのよ」
 熱弁を振うハルヒに、書道部部長(女子)は力なく頷く。聞けば、部員は昔からの友達だったらしく、
その死は相当ショックだったらしい。通夜や告別式に参加するなと言うのはあまりに酷だろう。
顧問もそれなりに長い付き合いだっただろうし。
 一旦全員がしんと静まりかえる。ハルヒも腕を組んで質問がないのか見回していたが、やがてもうないのだろうと判断し、
「今日はこのくらいにしておきましょ。今日は亡くなった人たちの通夜もある。ただし慎重な行動を心がける。いいわね?」
 その言葉に全員がうなずいた。
 
 そうして今日の部活動――もう書道部の活動なんてしていないが――も終わりぞろぞろと解散していく。
その途中で俺は谷口に教室脇に引っ張り込まれ、
「おいキョン。おまえ、あの超強力電波女の言うことを信じているのか? はっきり言って死神が追っかけてくるような話なんて
俺はとてもじゃねーが信じられねーぞ」
「俺だって100%信じている訳じゃないが、昨日一日で三人も死んでいるんだ。しかも、俺たちと共通点のある
立場の人間だったら注意するのは当然だろうが。別に不都合なんてないだろ。ただいつも以上に安全に
気をつけるってだけなんだから」
「それはわかっているんだがよー」
 谷口は細めでウザったらしくハルヒを見る。どうやらこいつの問題は、ハルヒからの指示という点に
固まっているらしいな。外見とその妙な行動で変わり者に見えるだろうが、あいつはなかなか常識的な奴だ。
勘も良い。味方にすればこれ以上ないくらいに頼もしい奴だよ。俺も何度も助けられたしな。
「ハルヒの言い方や過去の行動についてはこの際頭の中から排除しておけ。実際に面倒なことが起きているってのは
事実なんだからな。ハルヒの言ったことは決して間違いじゃない」
「へいへい。気をつけることにするよ」
 わかっているのいないのか、微妙な返事をすると谷口は国木田と一緒に帰路へと付いた。あと、念のためハルヒの判断で
国木田と家の近い書道部部長(女子)も一緒に帰らせることにした。複数人行動は確かに危険回避の第一歩だからな。
 鶴屋さんは迎えの車が来ていたので、それに乗って帰って行った。
「じゃあ、ハルにゃん、みくる、キョンくん、気をつけて帰るんだよっ!」
 そうハイヤーの窓から手を振って、学校から去っていく。とは言っても亡くなった三人の通夜には参加するって事だから、
あとで顔を合わせることになるだろうけど。
 残ったハルヒ、俺、朝比奈さんは校門前に立っていた。
 と、ここでハルヒは、
「悪いけど、あたしはちょっと用事があるから先に帰らせてもらうわ。キョン、みくるちゃんをしっかり守って帰るのよ」
「おい、一人で行動していいのかよ?」
 と一応言っておいたが、大丈夫よと言ってハルヒは小走りに返っていった。まああいつなら最悪偶然ですら
操作できる力を持っているからな。
 あと帰る前に俺の胸にぽんと一発叩いてきたことで、ハルヒが俺に何をさせようとしているのか気が付いた。
つまりは朝比奈さんと二人で帰り、その間に情報を聞き出せって言うことなのだろう。そうなると、ハルヒは今回の一件について
俺と同様に口には出さないが、未来人の関与も疑っているのかも知れない。
「……帰りましょうか」
「はい……」
 朝比奈さんは力なく答え、俺に続いて歩き出す。
 放課後、日が徐々に傾き始める時間帯になり、一歩一歩踏み出すたびに街の色が赤くなっていく気がする。
 二人はしばらく黙ったままだったが、次第に俺はその空気に耐えられなくなり――ついでに黙りでは意味がないこともあるので、
「朝比奈さんはどう思っているんですか? ハルヒの言っていること、信じていますか?」
「わかりません……」
 ぽつりと朝比奈さんが答える。
 実のところ、朝比奈さんは未来人である以上、上の方の許可さえ取れれば何でも知ることができるはずだ。
知らないと言うことはない。
 しかし、どうするか。あなたは未来人ですか?なんて聞けるわけがない。朝比奈さんが自分から言ってくれるまで
待つしかないんだが、とてもそんな空気には見えなかった。
 仕方なく他の話をすることにする。全く朝比奈さんと二人っきりで一緒に帰るって言う悶絶寸前シチュエーションなのに
全然楽しくない。
「朝比奈さんは書道部に一年の時から入っていたんですよね」
「はい。鶴屋さんに誘われて入りました。あたし、入学してからしばらくあまり友達もできなくて……。
そんなときに初めて仲良くなったのが鶴屋さんだったんです。それから一緒に書道部に入って、他の部員の人たちとも
すぐ仲良くなれました。全部鶴屋さんのおかげです。だからあたし凄く感謝しているんです」
 朝比奈さんは柔らかな笑みを浮かべる。やっぱり鶴屋さんはこの人にとって特別な存在なんだな。
ま、一人にしておくと放っておけないっていう鶴屋さんの気持ちもよくわかる。朝比奈さんを見ていると
守ってあげたいという感情が生まれてくるし。
 この時点で俺はますます今回の事に朝比奈さんが関与しているという考えが薄らいだ。
万一、あの自動車事故から逃れた人を再度全員抹殺しようとしているなら、その対象には鶴屋さんも含まれてしまう。
この朝比奈さんにそんなことができるか? できてたまるか――できるわけがない。
 俺は話を続ける。
「でも最近は大変だったでしょう? あのハルヒが入部してからいろいろ騒がしくなりましたから」
「ええ、涼宮さん凄く強引ですから……ああっ、涼宮さんのことが嫌いって訳じゃないですよぉ?
ただもうちょっとあの――その――」
「良いんですよ。あいつはもうちょっと自分の行動を抑制すべきですからね。全く今度しっかり言っておきます」
「いえいえ、良いんです。それにあたしちょっと涼宮さんがうらやましい」
「え?」
「凄いじゃないですか。行動力も実行力も。あたしなんかとは違って、何でも完璧にこなせて凄くうらやましい……」
 いや、あいつは確かに能力的には完璧ですが人格に少々問題がありますよ? 確かにそれなりに常識は持っていますが。
行動は思いつきの突発ばかりだし、わがままだし、自己中で……
「良いコンビですね。涼宮さんとキョンくんって。それだけはっきりと相手のことを言えるんだから」
 唐突にとんでもないことを言い出す朝比奈さん。良いコンビというよりも腐れ縁というか向こうがかみついてきて話さないというか。
 俺が憮然と考えていると、朝比奈さんは横でクスクスと微笑んでいた。やれやれ、勘違いをされるのは嫌だが、
朝比奈さんがこの笑顔を見せてくれるなら、悪い気分ではないな。
 ――ここでしばらく二人の間に沈黙が流れる。俺は横目でちらりと朝比奈さんの表情を浮かべると、先ほどまでとは違って
少しだけ真剣な表情になっていた。落ち込んでいるのとは別の方向で。
 ほどなくして、ここで朝比奈さんの方から口を開く。
「……キョンくんは運命って言うものを信じますか?」
 唐突な質問だったため、俺はしばらく言葉を失ってしまったが、
「……ええ。たぶんあるんじゃないですかね。決められた出来事って言うのはあるような気がしますし」
「じゃあ、亡くなった三人は運命で決められていたといったらどう思います?」
 運命。きっと俺の世界の朝比奈さんなら【既定事項】という言葉を使うだろう。つまり、あの三人が死ぬのは
決まっていた事なのだろうか。いや待て、勘ぐりすぎだ。この朝比奈さんは俺にまだ自分が未来人であることを
カミングアウトしていないんだから。焦るな俺。
「そんな運命なら受け入れたくないですね。俺が万一事前にそれを知ることができたら全力でそれを回避しようとしますよ。
運命だからって死にたくはないですから」
「そうですよね……やっぱり……」
 そう言って朝比奈さんは視線を下げた。何だ? 何を言いたいんだ?
「涼宮さんは言っていましたよね。あの自動車事故を回避したから、そのつじつま合わせのために
あたしたちがまた死の危険にさらされているって。なら、きっと自動車事故で死ぬのがみんなの運命だったんです。
でも、それを回避してしまったからこんな事になっている」
 と、ここまで言って朝比奈さんは自分の言っている意味に気が付き、
「あっ、えっと、キョンくんを非難しているんじゃないんです。あの時みんなを助けてくれたことは
その……感謝……しています。ただ、涼宮さんの言葉をそのまま受け取ると、結局そうなってしまうって事なので……」
「そうですね……朝比奈さんの言うとおりです。だけど、俺はそれは決して無駄だったとは思いませんよ?」
「え?」
 俺の言葉に、朝比奈さんが不思議そうな顔を見せる。
 死を乗り越えても、また死が追ってくる。確かにそれだと最初に乗り越えた意味はないように感じるかも知れないが、
それは違う。なぜなら――
「あの自動車事故を乗り越えられたから、俺たちは今こうやって立っていられるんです。そして、危機が迫っていることも
知ることができました。おかげで死ななくても済むかも知れない。これだけでも大きな意味があると思うんです」
 朝比奈さんははっと顔を上げて、俺を見つめた。その目にはうっすらと涙が浮かび、何かを訴えようとしている。
だが口だけがぱくぱく動いて一向に言葉が出てこない。
 すぐに朝比奈さんは口を押さえて、またうつむいてしまい、
「何でも……ない……です……」
 そうつぶやく。だが、朝比奈さんの今の一瞬を俺は見逃さなかった。言おうとしているのに言えない。
このポーズは何度も見たことがある。あの禁則事項ってやつだ。つまり朝比奈さんは俺の知っている未来人と
同様の状態である証拠となる。
 朝比奈さんは未来人。本人からカミングアウトされなくても、この確認だけはようやくできた。
 ならどうにかして今の惨劇を食い止めるための協力を取り付けたい。
「朝比奈さん。俺は何とかして他のみんなを守りたいんです。手を貸してもらえませんか?」
「え、ふえ? でも、あたしにできることなんてほとんど……」
「できることは必ずあるはずです。一緒に考えましょう。どんな些細なことでもやってみる価値はあると思うんです」
 俺なりに必死に説得したつもりだったが、朝比奈さんは目を合わせようとしなかった。
 ダメか。いきなり言ってもそりゃ混乱するだけだよな。
 俺は嘆息すると、
「すいません。何か迫るようなことしちまって。でもこの最悪の状況は何とか抜け出したいと思っているんです。
それは忘れないでください」
 その言葉に、朝比奈さんはこくりとうなずいた。今日はここまでだな。これ以上せまると逆効果だ。
ちょうど駅前までついたし。
 俺はすっと朝比奈さんから離れ、
「今日はいろいろすいませんでした。また明日――ああ後の通夜でもお会いしそうですね。じゃあ、その時まで」
「はい。キョンくん、さようなら」
 そう言って俺たちは別れようとする――が、俺は一つだけ聞いておきたいことを思い出し、すぐに彼女を呼び止め、
「朝比奈さん! 一つだけ良いですか?」
「あ、はい。何でしょうか?」
「できるならあの事故が起きる前に戻りたいと思いますか?」
 ――俺の言葉とともに、少し強い風が周囲を通過した。朝比奈さんの長い髪の毛がなびく。
 そして、柔らかな微笑みを浮かべて言った。
「はい。キョンくんや涼宮さん、鶴屋さんたちと一緒にいたかったです」
 俺はその言葉にほっと胸をなで下ろし、手を振りながら朝比奈さんと別れる。
 よかった。朝比奈さんは今の生活を維持したいと考えている。贅沢は言えない。今はそれだけで十分さ。
 
 ――俺はこの時どうして朝比奈さんは『一緒にいたかった』という過去形を使っていたのか、
もっと深く考えるべきだったのかも知れない。
 
◇◇◇◇
 
 俺は通夜に何か起こるのではと警戒していたが、結局何も起きずに平穏に終了した。
 さらに意外なことにそれから数日は何も変化の無い日常が続いた。
 
 事態が急変したのは、週末になってからである。
 
 
 ~~涼宮ハルヒの軌跡 未来人たちの執着(後編)へ~~


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