◇◇◇◇
 
 土曜日、明日になれば自動車事故から一週間になろうとしている。
 幸いなことに月曜日以降、誰も死ぬどころか危険な目にあっていなかった。
 今日、俺はハルヒと一緒に、先週の事故発生現場を廻っていた。歩くと時間がかかるので、タクシーを使って移動している。
いろいろ確認したいこともあるらしい。
 まず看板に潰された男子生徒の現場に立っていた。
 倒れてきた速度規制の看板はすでに新しい頑丈なものに直されていた。商店の上にあった看板は撤去されたままである。
あの事件を思い出す要因を残しておきたくないかもしれない。
「すっかり現場が変わっちゃっててこれじゃ調べようがないわね」
 何も見つからずにその場を去り、続いて野球ボールのせいで死んだ女子部員の現場、火事が原因で死んだ女子部員と顧問の現場と
廻っていったが、やはり何も見つからなかった。まあ、目で見つけられる問題があるならとっくに警察が回収しているだろうが、
ハルヒもただじっとしている気にはならないのだろう。何か手がかりがないかともがいているに違いない。
 俺たちは黙ったまま、当てもなくタクシーを走らせていた。
 深刻そうな顔のままのハルヒに対して、実のところ俺は少々楽観的になりつあったりする。
 この一週間何も起きていないからな。本当にただの考えすぎで、【偶然】の事故だったのかもしれない。
死が追っかけてきているなら、三人立て続けに始末してからそれ以降何もしないってのは、おかしな話だからな。
 と、ここで急にタクシーが止まる。何でも急に催してしまったらしい。そこで一旦近くの公園のトイレに寄りたいとのこと。
まあ、朝から乗りっぱなしだからな。メーターの金額は目を飛び出す状態だ。ハルヒがどっからちょろまかしたのか知らないが
沢山のタクシーチケットを持っていなければ、俺は即刻破産するところだ。
 タクシーは程なくして二車線道路に隣接している公園脇に一時駐車して、運転手がエンジンを止め鍵を掛けて出ていった。
 と、タイミングを狙ったかのように俺たちの目の前にゴミ回収車が止まって、作業員たちが
公園脇にあったゴミ集積場のゴミを回収車に投げ入れ始める。
 邪魔者がいなくなったということで、俺はハルヒとの会話を始める。
「なあ、俺たちの考え過ぎだったんじゃないか? 実際この一週間何も起きていないんだ」
「……だといいんだけどね」
 ハルヒは表情を固めたまま崩そうとしない。何を心配しているのだろうか。まあこいつの勘は恐ろしいレベルだからな。
きっとまだ何か嫌な予感が続いているのだろう。
 俺はふと先にトイレを誰かが占拠していたらしく必死に我慢しながら順番を待っているタクシーの運転手を横目に、
「そんなに心配ならお前の力で何か調べられないのか? 情報統合思念体の目もあるだろうから難しいだろうが、
何もできないって事はないだろ。少なくてもこの時間平面を支配しているのはお前なんだから」
「あのね、キョン。言っておくけど、あたしはやり方はわかるけどその膨大な情報量を処理する能力まで持っていないの。
時間平面に存在している情報量がどれだけのものか考えたことある?」
 ここでハルヒは懐からメモ帳を取り出し、空白の一ページをこっちに見せつけると、
「これがある時間平面をさしているとして、このページに存在している全てを調べるとなると、構成している原子を
一個一個見ていくような作業になるのよ? しかもページも無限にあるときているんだから。
最初にあったときに言ったけど、別の時間平面とは言えあんたの存在を見つけたのは偶然中の偶然。奇跡って言って良いわ。
同じようなことをしろって言っても無理よ」
「だが、時間と場所はある程度絞れるんだろ?」
「無理。この手帳のどこがどの時間・場所か調べるのには結構時間がかかる。それに長時間調べると
奴らの目に確実に引っかかるわ。時間平面の狭間みたいに奴らの監視の届かない隔絶された場所ならまだ可能だけどね」
 ――ふと、ゴミ回収の作業員が何事か怒鳴っているのに気が付く。見れば、回収車の前面に自転車をぶつけられたらしい。
しかもぶつけたって言うのが柄の悪そうな高校生の集団で、気の荒そうな作業者と一触即発寸前でにらみ合っている。
一方のトイレに並んでいたタクシーの運転手はようやく順番が回ってきたのかすでに姿は見えない。
「ってことは結局後手に回るしかないのかよ。予知能力と同じようにあらかじめ予兆とかそんなものを
感じ取れれば良いんだけどな……」
 俺の言葉にハルヒはそれができれば苦労してないと肩をすくめて首を振った。
 ――背後から一台の大きなトラックが迫ってきていることに気が付く。
「ちょっと待った」
 ハルヒが俺の話にタンマをかけると携帯電話を取り出して通話を始めた。書道部部長(女子)からよ、と言って
お互いの無事を確認するような話を始めた。ハルヒは全員の無事を確認できるように定期的に関係者との
連絡を絶やしていなかった。これも予防措置の一環なんだろう。
 やがて短い会話を終えると、携帯を閉じ、
「ちょうどすぐ近くを親と一緒に車で走っているらしいわ。とりあえずは無事みたい」
 ハルヒがそうほっと胸をなで下ろした瞬間だった――
 突然背後で大きな衝突音が炸裂する。何事かと振り返ってみると、さっき背後から迫っていたトラックが一台の軽乗用車を
はねとばし俺たちのタクシーに向かって突進してきていた。運転手は何をやっているんだと思いきや、
うつらうつらと居眠りを扱いてやがる。
「おいおいおい! このままだと俺たち追突されるぞ!」
「早く出ないと――あ、あれ!?」
 俺たちはタクシーのドアを開けて外に出ようとするが、どういうわけだか鍵もかかっていないのに扉が開かない。
どうなってやがんだ。なんで開かない!?
 この瞬間直感的に俺は悟った。背後から迫るトラック、前には作業者不在のまま動作を続ける回収車……
 この感じ、あの無駄に続く不幸な【偶然】だ。今俺たちは……
「ハルヒ! 俺たち狙われているぞ!」
「言われなくてもわかっているわよ――きゃあ!」
 その言葉を言い終える前に、トラックがタクシーの後部に追突した。その衝撃でタクシーが強制的に
前進させられ前の回収車にぶつかる。その衝撃でフロントガラスが崩れ落ち、俺たちの眼前に回収車の後部の
ゴミ投入口が眼前に迫った。
 しかし、事態はこれでは終わらない。背後のトラック運転手はまだ意識を失っているのか一向にブレーキを踏む気配が無く
延々と押し続けてくる。それがうまい具合にタクシーの車体を後ろから持ち上げて来る。次第にタクシーは
逆立ちするような状態になっていった。
 つまりこのままだと滑り台の要領でタクシー前面に落下することになり、その先にはゴミを押しつぶしている機械に
二人とも巻き込まれるって事だ。
 事故が起こっているんだから、作業員はとっとと戻って回収を止めさせろと怒鳴りたくなるが、あっちは
結局乱闘騒ぎになったらしく、多勢に無勢だったせいか作業員が地面に倒れていた。
一方の柄の悪い高校生たちはこの事故を見て、俺たちを助けるどころか一目散に逃げ出していく。根性なしめ!
 ゴミ回収車は完全に主を失い、ゴミを求めて空回りを続けている状態だ。で、そこに次なるゴミとして投げ込まれそうに
なっているのが俺とハルヒである。
 ハルヒは何とかタクシーの座席にしがみついて、前面に落ちないようにしている。俺もそれのマネをしていたが――
「うわっ!?」
「――ハルヒ!」
 普段あり得ない力がかかったのか、それともこれも【偶然】故障していたのか、突然ハルヒのしがみついていた
運転席が前のめりに倒れ危うくそれに沿って、ゴミ回収車の方に滑り落ちそうになる。
間一髪で俺がその腕をつかんで落ちるのを阻止するが、背後のトラックは一向に止まる気配が無く、
どんどんタクシーの車体を逆立ち状態に追いやっていった。角度が急になり、ほとんど垂直に近い状態に近づく。
地面にはゴミ回収車の投入口が待ち受けているのは変わらない。このままではハルヒが巻き込まれる。
 俺は限界の限界まで力を引き出しハルヒの腕を引き上げようとした。だが、今度は俺のつかんでいた助手席が
前のめりに倒れる。
 不意打ちを食らった俺はなすすべもなくハルヒともどもゴミ投入口に落下して――
 
 俺の頭の中に今までの人生が走馬燈のごとく蘇った。ああこれが死ぬ間際に見るっていう
記憶のフラッシュバックなんだろうな。
 しかし、脳裏に蘇ってきたのはあの自動車衝突事故のシーンばかりだった。ガスボンベに体当たりされる顧問、
追突してきた乗用車に轢かれる鶴屋さん、火炎に巻き込まれる女子部員と部長、爆風で飛んできた
割れたガラスの破片に串刺しにされる谷口・国木田……そして、俺の真上から迫るトレーラーの一部が
結局俺には当たらず俺の数センチ横に落下する光景――あれ? 何かおかしいぞ?
 走馬燈が停止したのは、回収口に落下した時だった。生臭い香りで胃液が逆流しそうになる。
 しかし、回収口のゴミを押しつぶす動作は停止していた。俺が恐怖のあまり震える顔を横に向けると、
そこにはふらふら状態になりながら、停止ボタンを押している作業者の姿が。見上げるとようやく起きたのか、
唖然とするトラックの運転手の姿も見えた。隣では背中を打ったショックかハルヒが悶えている。
 ――助かった。本当に寸前のところで俺たちは死から回避できたんだ……
 
 俺とハルヒは興奮状態を押さえつつ身体に付いた生ゴミの破片を払っていた。事故を起こした運転手が
涙ながらに警察に連絡しているのが聞こえてくる。
 ハルヒは眉をひそめて、
「これでわかったでしょ! まだ終わっていないのよ! 今のは運が良かっただけ! また狙われるわ!」
 そう怒鳴ってきた。しかし、俺は額に手を当てて、あの死を覚悟した瞬間のフラッシュバックを
再度思い出していた。
 次々と死んでいく人たちの光景――思い出すべきは最後の瞬間だ。俺は落下してきたトレーラーの破片に
潰されたと思っていた。だがそれは違う。
 今のショックのせいか、記憶が鮮明に蘇ってきた。
 俺が戻れと念じる間、俺の身体の数センチ横に落下するトレーラーの破片、そして横でやけどぐらいは負っている
かもしれないが、生きているハルヒの姿……
「違う」
「何よ?」
「違うんだ!」
 俺は無我夢中でハルヒの身体をつかみ、
「今のショックで全部完全に思い出したんだよ! 俺とお前はあの事故で死んでいない! 少なくても俺はそこまでは
見ていなかったんだ! だから俺たちは狙われていないはずだ!」
「じゃあ今のは何よ! どうみても偶然があたしたちを襲ってきたわよ!」
 ハルヒの反論に俺はうっとうなる。あの事故で俺たちが死んでいないのなら、今の粘着的【偶然】は起きないはずだ。
 いやまて。
 ちょっと待てよ?
「あのトラック、タクシーに突っ込む前に軽自動車をはねなかったか……?」
「それが何か――」
 俺の言いたいことに気が付き、ハルヒの顔色がみるみる変わっていった。そして、すぐに走り出す。
 トラックにはねとばされた軽自動車はスピンして、最後には電柱に衝突していた。エンジンの部分から煙を
立ち上らせている。
 運転手はエアバッグが作動して無事らしい。衝撃で意識が朦朧としているのか、額に手を当てて呻いていた。
 俺たちはエアバッグで見えない助手席の方に回り込む。
「そ……んな……」
 その光景を見てハルヒが地面にへたりと座り込んだ。
 助手席には書道部部長(女子)がいたからだ。どういう訳だかシートベルトが外れ、エアバッグも作動せず
フロントガラスに顔を突っ込んでいる。ぴくりとも動かないところを見ると、もう助かる見込みはない。
 今の偶然は本当にただの偶然で、本当の狙いは書道部部長(女子)だったんだ。いや、あるいは俺たちに
彼女の救助をさせないために一時的な窮地に追い込んだのか? 考えればきりがない。
 俺はハルヒの手を引き、離れた場所に移動させる。
 ここでハルヒは我を取り戻し、
「さっき言ったことを説明して! あたしたちは死なない。少なくてもあんたはそこまでは見ていない。
それで良いのよね?」
「ああ、完全に思い出したぞ。すまねぇ、今の今まで記憶の片隅にもなかったんだ」
「そんなことより! 他には? 他に何か思い出せない? もっと違和感がある部分とか不自然なところとか。
あと実は巻き込まれていなかった人が他にいたとか!」
 ハルヒの追求に、俺は額に指を当てて記憶を探り始める。
 一つ、気が付いた。
「朝比奈さんがいない」
「みくるちゃんが?」
 俺は頷き、
「そうだ。記憶を探っても朝比奈さんが事故現場のどこにもいないんだ。いや、単純に俺の視界に
入っていなかっただけかもしれないが……」
 その言葉に、ハルヒはきっと表情を引き締めた。
 俺はすぐに止めるようにハルヒの前に立ちふさがり、
「待て待て! 朝比奈さんが犯人と限った訳じゃない。確かに未来人で可能性はゼロじゃないが、
事故に巻き込まれたことに俺が気が付かなかっただけかもしれないんだ!」
「……それはわかるけど、他に怪しい人がいるって言うわけ!?」
「だからといって決めつけられねぇよ! 朝比奈さんがそんなことを平然とできるわけがないってのは
短い間とはいえ触れあったお前にだってわかるはずだ――」
 言ったとたんに重要なことを思い出すのはなぜだろうか。英語で言うところで、シット!とかサノバビッチ!とか
叫びたくなる瞬間である。
 朝比奈さん(大)からの指令書を朝比奈さん(小)が見たときに、こう言っていた。
 特殊なコードを一度見ると、指示通りに動くしかなくなると。
 つまり朝比奈さんは自分の意思でなくても、こういった残虐な行為をやってのけることができる。
未来からの指示に従うしかないのだ。
「……全く今更な情報をこんな時に出してこないでよ! 出し惜しみしてんじゃないでしょうね!」
「スマンとしか言いようがない! だが、それでもできるからと言ってやったことにはならないぞ。
証拠が欲しいんだ。それに例え朝比奈さんが犯人だとしても証拠がわかれば次の手に先回りできるかもしれない」
 俺の言葉に、ハルヒは決意を込めた声で応えた。
「……時間平面の検索をしてみるわ」
 
 俺たちはさっきの事故現場の処理に追われるのを横目に、隣接した公園で時間平面の検索とやらをやっていた。
とは言ってもやっているのはハルヒだけで、俺は念のために谷口・国木田・朝比奈さん・鶴屋さんに連絡を取ろうと
している。しかし、こんな時に限って誰ともつながらない。コールしても反応なしか、コールすらしないか
どちらかである。
「ああもうダメだわ! 探す先が多すぎてとてもじゃないけど無理!」
 ハルヒはいらだって髪の毛をかきむしった。俺も誰とも連絡の取れない状況に苛立ちをぶつけるように
携帯を閉じる。
「時間平面って言っても、それこそ天文学的数値をそれでかけたよりも多い情報量なのよ。
ピンポイントに特定の情報を探しだせって言われても無理だわ!」
 誰に言っているのかわからないように怒鳴るハルヒ。こいつの力でも無理なのか。
どうすりゃいいんだ……どうすりゃ……
 ふと、ハルヒが持っていた手帳を時間平面に例えているシーンが脳裏に過ぎる。
このページのどこにどの情報があるのかすぐにはわからない。それは一つ一つ調べて行く場合膨大な時間が
費やされるからだ。情報統合思念体の目の届くうちでは不可能。
 俺は思案しながら周囲をうろつく。かりに朝比奈さんが犯人だったとしよう。そうなると手段は
TPDDという時間を超える装置のようなものを使って行っているはずになる。
そうならば、時間平面は朝比奈さんによって改竄されているはずだ。探せばいいのはその改竄されている場所。
ではそこはどこだ? しかもそれが一発でわかる方法がなければならない。
 ん? 何か聞いた憶えのある話だ。改竄……手を加える……わかる……
 
 ………
 ……
 …
 事故が発生する前、まだみんな普通に書道部活動をしていたときの話だ。
 俺は谷口の書いた習字を見ていた。
「お前の字も俺とは違う意味で下手だよな」
「うるせーな。人のこと言える立場かよぉ」
 口をとがらせる谷口。ふと、俺は何を思い立ったのか、谷口の習字の上からおかしいと思う箇所に
ちょこちょこと修正していってみた。
 ほどなくして、きれいに整形された字が完成する。
 谷口はこれを見て、
「おおっ。結構きれいな字になったじゃねーか。これなら結構いけた評価がもらえるかも知れないぜ」
「習字の合作なんて聞いたこともないがな」
 そんな感じで話しているところに、書道部部長(女子)がやって来て谷口が俺の貢献を無視して
どうです俺の美麗な字は!とかアピールを始める。
 が、あっさりと誰か跡から弄ったでしょと指摘して、驚愕の表情で谷口を唖然とさせた。
「何でそんなに簡単にわかるんだ?」
 そう俺が聞いてみたら、書道部部長(女子)はこう答えた。
 
 最初に書いてあったものに、別の人が手を加えればすぐにわかる。一人一人やり方が違うから、
書いた部分には必ず個人の癖が出るから。一部だとわからないけど、全体を見回せばすぐに気が付く。
 
 その指摘に俺はなるほどと感心して――
 …
 ……
 ………
「ハルヒ!」
 俺は思わず叫びながらハルヒの元に駆け寄り、肩をつかむ。
「……何よ?」
 頭を抱えていたのままのハルヒの顔を無理やり上げさせると、手に持っていた手帳を奪い取り、
「いいか、気が付いたんだ。良く聞いてくれ」
 俺はそういいながら空白の両開き二ページを開く。片方は空白のまま、もう片方には手帳に付けられていたペンで
一つだけ黒い点を打っておいた。
「この二つのページの違いはわかるよな? 違いはこの点だけだ」
「そんなの見ればわかるわよ」
「そう見ればわかるんだ。だが、二つのページの一つ一つを解析していったら膨大な時間がかかるはずだろ?
でも、今これをどこが違うのかすぐに答えられる。この違いがわかるか?」
 俺の言葉にハルヒははっと気が付いた。さすがに察しが良い。
「このページに詰まっている情報を1個ずつ見るからダメなんだ。ページ全体で見てみろ。
どこが違うのか一目瞭然。そして、考えたくはないが朝比奈さんが犯人なら時間平面を弄っているはずだ。
なら時間平面を全体から見てみれば、どこが弄られたのかすぐにわかる。弄ったところは確実に違和感が出るからな。
それがどれだけ巧妙に仕掛けてあったとしても、改竄したことには変わりない。それがこの黒い点となる。
お前が探せばいいのはページ全体から見たときのこの黒い点だけだ。これなら探せないか!?」
 俺の指摘にハルヒはしばらくあごに手を当てて思案していたが、徐々に表情が明るくなっていき、
「……できるかも。いやいけるわ! 大手柄よキョン!」
 ハルヒはまた目を瞑って、時間平面の検索とやらを始める。
 頼むぞ、情報統合思念体。少しの間だけはハルヒが無自覚にやったこととして見逃してくれ……
 しばらくしてハルヒがはっと目を開いた。何かを見つけたらしい。
「手を出して。あんたの視覚回路に得られた情報を渡すから」
「お、おう……」
 俺はかなり嫌な予感が頭の中を駆けめぐったせいで、一瞬ハルヒの手を取ることを躊躇してしまう。
だが、すぐに意を決してその手をつかんだ――
 唐突に俺の脳裏に多数のフラッシュバックが起きる。
 火災の起きた女子部員の部屋の中。
 誰もない。
 いや違う。キッチンに北高のセーラー服を着た人物がいる。
 朝比奈さんだ。まるで完全犯罪をたくらむ犯人のように手には手袋が着けられている。
 電子レンジに何か細工している光景。
 天井に据え付けられている戸棚の包丁の位置を細工する光景。
 冷蔵庫を微妙な角度で傾ける光景。
 ガス管に切れ込みを入れる光景。
 どこかに電話をかける光景――電話機のディスプレイには書道部顧問の名前が浮かんでいる。
 ああそうか、女子部員じゃなく朝比奈さんに呼ばれていたのか……
 爆発する電子レンジで首を切り、ふらふらとよろめく女子部員の姿をじっと隠れて見ている朝比奈さんの姿。
 ふと何かに気が付き、あわててリビングから出ていき、開きかけていた玄関の扉を閉める。
 ――ここで一旦間をおき、またフラッシュバックが続く。
 俺が助けた男子生徒が蹴った交通標識の根元に細工する朝比奈さん。
 看板に何か細工している朝比奈さん。
 トラックの運転手に手を当てて眠らせる朝比奈さん。
 ジェットコースターのレールみたいな場所で何かの細工をする朝比奈さん。
 …………
 …………
 
 ほどなくしてハルヒの手が俺から離れる。戻ってきた視界には、ハルヒの悲しげな表情が浮かび上がってきた。
 これで俺ももう言い訳できない。
 ――犯人は朝比奈さんだ。時間遡行を繰り返して、【偶然】が起きるように細工している。
 だが、俺の頭はまだ拒否反応を示していた。いくらあらかじめ仕掛けを施していても人を殺害できるほどまでの【偶然】を
起こせるようにできるのか?
 これに対してハルヒは、失望の色に染まった顔を見せつつ、
「できるわよ。時間を戻せるって事は難解もやり直せるって事だから。うまくいくまで数百回でもやればいい。
あたしたちが女子部員の部屋にいったときも、実は時間平面の書き換えがかなり行われていたんだわ。
その過程でドアの鍵が開いていることにみくるちゃんが気が付いて、あわててそれを閉めるパターンへと書き直した。
へんなところでドジッ子ぶりをみせてくれちゃって……」
 そう肩を落とした。
 そう言えば交差点での事故の直前、一瞬朝比奈さんがいなくなっていた。あの時も書き換えまくって、
一瞬だけ書き換え途中でその場からいなくなることがあったのだろう。
 つまり結論を言えば、時間を自由に移動できればそういった【偶然】を装った殺人もできると言うこと――だ。
「もう……言い訳できないわね。あんたも……あたしも……」
「そうだな……」
 俺たちはここでようやく観念した。今まで二人ともやはり朝比奈さんが犯人じゃないと信じたかったのだろう。
だが、現実は違った。もうこれは受け入れるしかない。
 と、ここでハルヒが立ち上がり、
「落ち込んでいる場合じゃないわ! やることはまだあるのよ!」
 そう気合いを込めて言う。
 その通りだ。まだ狙われる予定の人がいる。谷口・国木田・鶴屋さん――みんなの命を助けなければならない。
そして、朝比奈さんにこんなばかげた行為を止めさせる。例えそれが未来からの指令だとしてもだ。
 ハルヒはすぐに鶴屋さんに何とか連絡を取ろうと携帯電話をかけ始めた。だが、つながらないらしい。何度もかけ直す。
 俺も国木田に再度連絡してみる。だがやはりつながらない。
 続いて谷口につなげてみたところ――つながった。
『よー、キョンか? なんかあったのか?』
「おい今どこにいるんだ!?」
『おいおい、そんなに焦ってどうしたんだよ。お、そうか、ようやく知ったのか。
ならば聞いて驚け! 今朝比奈さんと一緒に遊園地に来ているのさ! ただ残念ながら国木田もいるけどな』
 キョンからの電話かい?という国木田の声が流れてきた。二人ともそんなところにのこのこと出かけているじゃねえよ……
 俺ははっと思い出した。さっきの朝比奈さんの仕掛けフラッシュバック集の中にジェットコースターに仕掛けを
しているものがあったことを思い出す。まずい、やばい!
 俺はできるだけ事情を複雑化させないよう端的に説明する。
「いいか良く聞けよ! お前らに危険が迫っているんだ。今すぐ安全そうな場所――できるだけ何もない場所に
移動しろ。ああそうだ、特にジェットコースターには絶対に乗るな!」
『今更言ってもおせーよ。今乗っている最中だ。もう出発しちまったしな』
 ……遅かった。しかも隣には国木田も乗っている。このままでは二人とも死んでしまう。
 いやまだ間に合うはずだ。そうに決まっている。
「何でも良いから降りろ! 頭がおかしくなったフリでもしろ! このままだとお前と国木田が死んじまう!」
『ああん? あの涼宮のヨタ話を信じているのか? あいつが言ってから数日間何にもおきてねーだろうが。
偶然だったんだよ偶然。今更そんなくらい話を引きずっていてたまるかってんだ』
 くっそ。話を聞きやしねぇ。そうだ朝比奈さんはどうしたんだ? 一緒に乗っているのか?
『いやー、一緒に並んでいたんだけどよぉ。途中で怖くなっちまったみたいでな。乗らずに下で待っているってさ』
俺が格好良く乗りこなして見せてやる。そうすりゃ、朝比奈さんも俺に対して小さな好意を抱き――』
 もうこれはビンゴだろう。朝比奈さんが抱いているのは好意じゃなくて殺意なんだよ。
 だが、もう遅かった。ほどなくして、谷口の少々緊張気味の声が聞こえてくる。
『さてもうすぐ絶叫タイムの始まりだ。おお、せっかくだからキョンも臨場感が味わえるように
このまま携帯をつなぎっぱなしにしておいてやるよ。俺と一緒に楽しんでくれ』
 楽しめるか。死の瞬間なんて!
 だが、俺の言葉も届かず、ジェットコースターが加速を開始したらしい。激しくぶつかる風の音と
多数の悲鳴が聞こえてくる。谷口と国木田も喜びの入り交じった悲鳴も聞こえてきた。
 だが、すぐに別の悲鳴になる。
 助けてくれ!
 おいなんだこれ!
 突然浮き上がって!
 た、谷口助けて――うあっ!
 国木田! おい――うおああああああああ!
 …………
 …………
 …………
 がちゃん。
 携帯電話が何かがぶつかった音が聞こえる。それでも通話は切れることなく続く。
 ――大変だ! ジェットコースターから誰かが落ちたぞ!
 ――救急車を呼べ!
 ――なんなのよこれ!
 ――ダメだもう!
 
 俺は聞くに堪えられなくなり、こっちから通話を終えた。俺の会話を聞いていたハルヒも絶望に染まった顔で
こっちを見つめている。
「谷口と国木田はもうダメだ……だが、まだ鶴屋さんがいる」
 何でも良いから俺は気持ちを切り替えたかった。まだ助けられる人がいると、二人の死をごまかしたかったのかも知れない。
 俺はすぐに携帯で鶴屋さんにかけてみる。最初は電波すら届かなかったが、ほどなくしてようやくつながった。
『やあキョンくんっ。なんかあったのかいっ?』
「落ち着いて聞いてください。いいですか落ち着いて――」
『落ち着くのはキョンくんの方じゃないのかいっ? 声が震えてしまっているよっ。一回深呼吸してみるっさ』
 鶴屋さんの指摘に、俺は一旦冷静さを取り戻す時間を与えてもらえた。そうだ、落ち着いて話さなければ、
相手に伝わるものも伝わらない。
 俺はまず確定した事実を伝える。
「部長が亡くなりました。交通事故で俺たちの目の前で。あと谷口と国木田も多分ダメだと思います……」
『そう……』
 鶴屋さんの声はどこか悲しげで、その一方寂しげに聞こえた。一緒にガタンガタンと列車の走る音も聞こえる。
振動音から見て鶴屋さんは今列車に乗っているのか?
「次は鶴屋さんの可能性が高いんです。今電車の中ですか? すぐに安全な場所に移動してください。
俺たちもすぐに向かいますから」
『今は電車の中だよ。誰もいない最後尾の車輌に座っている。あはっ、これは狙うなら絶好の機会だねっ』
 その口調に俺はぎょっとした。鶴屋さん、あなたまさか……
『そうさ。もうすぐあたしの前にも現れるんだよね? その死神――みくるがさ』
「……気が付いていたんですか?」
『はっきりとじゃないよ。でもあの子は嘘が凄く下手だからねっ。会ってすぐにどこか普通の人とは違うって事は
わかったのさ。でも、みくるがあたしに言わないならこっちから聞くようなことはしなかった。そんな必要もないから』
 ゴーッと対向列車が通り過ぎたんだろうか、携帯電話から大きな風キリ音が聞こえてくる。
 鶴屋さんは続ける。
『でもこの一週間はさらにみくるの様子は変わった。本当に心のそこから悩んでいるみたいだったよっ。
同時にいっぱい人が死んだ。直感的にわかったね、みくるがこの事件に関与しているって事が。
でもさすがにあたしもこれ以上黙ってはおけなくなったよ。だから、みくるに直接あってケリを付けるつもりっさ』
 鶴屋さん……あなたって人は……!
 だが、今の朝比奈さんの行動は自分の意思関係ない可能性が高い。鶴屋さんの説得に耳を貸すとは思えない。
『……おっと、来たようだよ。お出迎えが』
「鶴屋さん待ってください! せめて居場所を――」
『じゃあ、また学校でね――』
 ツーツーツーツー……
 電話がとぎれる。俺は即座にリダイヤルしたが、電源を落としてしまったのかもう通じない。
 俺はしばらく呆然と立ちつくしていた。鶴屋さんは理解はしていないが、朝比奈さんが犯人だと気づいていた。
そして、今直接会ってこれ以上の惨劇を食い止めようとしている……
「……あたしのせいよ」
 その会話を聞き取っていたのだろう、ハルヒが地面に座り込んだ。呆然と真っ青な顔を浮かべている。
 ハルヒは続ける。
「あたしがあんたに予知能力なんか与えたからこんな事態になったのよ。そんなことをしなければこんな事態には……」
「それは違うぞハルヒ」
 俺はハルヒの肩をぐっと持って立ち上がらせた。
 そして次に顔を持って、
「いいか? お前が予知能力をくれたおかげで、あの事故を免れることができたんだ。確かに、結局死んだ人ばかりだが、
それでも鶴屋さんはまだ生きている。お前は鶴屋さんに生き延びるチャンスを与えたんだよ!
だから、絶対に悪いことなんてしていない! まだ助けられる! 意味の無かったことにしないために
鶴屋さんを助けるんだよ!」
「……でもどうすればいいのよっ!」
 ハルヒのヒステリックな声。俺は頭をフル回転させ、
「とりあえず鶴屋さんの場所を確認してくれ。そして、そこに俺とお前を移動させるんだ。SFとかであるワープみたいにな。
それくらいできるんだろ?」
「場所を探せるけど、移動は――可能だけど確実に情報統合思念体に気づかれるわ! 長距離だったら
時間平面上の痕跡は凄く大きくなるから……」
「そんなことはもうどうでもいいんだよ! ばれてリセット上等だ!」
 俺の言葉に、ハルヒははっと息を呑んだ。俺はまくし立てるように続ける。
「俺はもうキレたぞ。鶴屋さんをを助ける。今はそれ以外は考えねえ。例えその結果情報統合思念体が
世界を滅ぼしても、朝比奈さんを説得する方を最優先にしたい。そうすれば例えリセットになっても、
次にやり直すときに対応策がわかるってもんだ。ただ待っているだけじゃ何にも変わらないんだよ!
この世界がダメなら、せめて次にいかせる結果が欲しいんだ!」
「…………」
 ハルヒは俺の言葉をしばらく黙って聞いていたが、やがてふんっと鼻を鳴らしいつも表情に戻ると、
「わかった。あんたの決意にかけてみるわ。でもみくるちゃんをどうやってつもりなのよ?」
「……それは会ってからときに感じたままを言うだけさ」
 
◇◇◇◇
 
「朝比奈さんっ!」
「――――っ!」
 予想外にかけられた言葉に、見慣れた北高のセーラ服に身を包んだ朝比奈さんは声にならない悲鳴を上げた。
 俺とハルヒがワープした先は、俺たちのいた場所からかなり離れた線路だった。ちょうど駅と駅の中間に位置し、
辺りには田んぼと点在する民家しかない。人工的な雑音は何も聞こえず、ただ風が草をなでる音だけが耳に広がる。
 状況は最悪に近かった。列車に乗っていたはずの鶴屋さんはなぜか線路の横で横たわり、すぐそばには
大きなナイフを持った朝比奈さんがまさにとどめを刺そうとしている。
「ど……どうして……!?」
 突然ここに現れた俺とハルヒに、朝比奈さんは理解できないと困惑の表所を浮かべながら後ずさる。
そばには鶴屋さんがいるが、胸が上下しているところを見るとまだ生きているみたいだ。
ただ和服調の服装がぼろぼろになり、全身土まみれになっていることとさっきまで列車に乗っていたはずなのに
停車駅でもないこんな場所で横たわっていることから判断して、列車から朝比奈さんが突き落としたのか?
いや、実際に手は加えず、【偶然】転落するように細工が仕掛けられていたんだろう。
 俺とハルヒは叫ぶ。
「朝比奈さん、もうやめてください! これ以上人を殺めるあなたの姿は見たくありません」
「そうよみくるちゃん! もうやめて!」
「できません!」
 朝比奈さんは即答した。あまりに歯切れのいい回答に俺は驚く。
 逆らえないようになっているのか、それともそれほどまでに固い決意で望んでいることなのか。
 どっちにしたって構わない。今は朝比奈さんと止めて鶴屋さんを救えりゃなんでもいい。
 俺はやぶれかぶれで知っている情報を出しまくる。
「俺は知っています。朝比奈さんが未来からやって来たエージェントであることも、たまに送られてくる指令には
絶対に逆らえないものがあるって事も。それをふまえた上でお願いしているんです! もうこんなことは!」
 俺の言葉に、朝比奈さんは仰天し、
「ど、どうしてそんなこと知っているんですか!? それに突然ここに現れたり、以前も死ぬはずだった人を
助けたりして、キョンくんはいったい何なんですか!?」
「俺のことはいいんです! 説明して止めてくれるなら、後でいくらでも説明します!」
「でも、キョンくんが何者でもあたしは自分の任務からは逃れられません! やるしかないんです!」
「理由は何ですか!? 一体どうしてこんな事をするひつようがあるんですか!」
 俺の問いかけに、朝比奈さんはうつむいて、
「鶴屋さんはあの事故で死ぬはずだったからです。いえ、鶴屋さんだけではなく書道部の部員やキョンくんの
お友達たちも。それが既定事項なんです。絶対に変えることのできない事。これを変更してしまえば
あたしたちの未来はなくなってしまう。他に選択肢はありません」
「なぜですか!? 鶴屋さんたちが一体何をするって言うんですか!?」
 朝比奈さんはちらりと息も絶え絶えの鶴屋さんの方に視線を向けると、
「鶴屋さんは鶴屋家という大きな勢力の次期当主です。そして、やがて機関と呼ばれる涼宮さんを監視する
組織を作ります。その存在はあたしたちと大きく敵対することになるんです。車にはねられるはずだった人も
そうでした。彼も機関で大きな役割を果たすことになります」
 機関――まさか超能力者がいないこの世界でその名を聞くことになるとは思わなかった。
鶴屋さんが機関を作る? 確かに俺の世界の古泉は鶴屋家は機関に関わりがあると言っていた。
 しかし、なぜ機関を潰す必要があるんだ? 俺の世界では仲良くとはいかないが、共存はしていたはずだ。
いや待て。朝比奈さんの言う機関と俺の知っているそれでは決定的な違いがある。それは超能力者の存在、
つまり神人を倒すという役割。未来人にはそれができないから、機関にやってもらうしかなく、潰すことはできなかった。
 だがここでは違う。消すべき閉鎖空間も倒すべき神人もその役割を持つ超能力者もいない。
「機関は情報統合思念体と結託して涼宮さんが能力を自覚した場合、涼宮さんを排除する取り決めを持っていました。
でも、あたしたち未来には涼宮さんは絶対に必要だったんです。細かい点ではあたしも知らされていません。
ですが、涼宮さんは絶えずあたしたちの未来への道を引き続けました。だから、排除されては困るんです。
そう言った思想を持つ組織もあってはならないんです、あたしたちにとっては」
 朝比奈さんの言葉に、俺は三者竦みという言葉を思い出していた。完全ではないが、情報統合思念体・機関・未来……
これらは大きな力のバランスを取りつつ成り立っていたのが俺の世界だった。どれか一つでもかければ
バランスが崩壊し、どこかが暴走する。前回は機関で、今回は未来――そういうことか。
「ですが、不幸な事故――あのトレーラーと軽トラックの接触事故で鶴屋さんは亡くなるはずでした。
実はこれも未来の別の人が起こしたものなんです。あそこで絶対に鶴屋さんに死んでもらわないとダメだったんです。
その結果、機関の誕生は大幅に遅れ勢力の小さいものになり、あたしたち未来は機関に対して常に優位性を保持できたんです。
なのに……キョンくんがそれを阻止しました。あの時TPDD何度もやり直したんです。でもキョンくんは絶対に止めました。
やむえずあたしたちは方針を変えて、つじつま合わせをすることにしたんです。別の理由で死んでも同じ事でしたから。
それが今回のあたしが未来から受けた指令。偶然に見せかけて、既定事項で死ぬはずだった人を全て抹殺すること。
訳がわかりません。どうして起こることが事前に予想できたんですか? TPDDも持っていないはずなのに!」
「……あたしが予知能力を与えていたからよ。二回限りだけどね」
 ここに来てハルヒが口を開いた。この言葉に朝比奈さんは唖然と口を開け、
「涼宮さん……自分の能力を自覚して……」
「そうよ。あたしはあたしがどういう存在なのか知っているわ。全部は知らないけど、それが原因で
情報統合思念体から疎ましく思われていることも理解している。キョンはあたしが予防措置のとして持たせた
二回の予知能力を使ってその既定事項とやらを回避させたのよ。最初は自動車にはねられるはずだった男子生徒。
次にあのトレーラーとの大きな事故をね」
「……そんな……そんな事って……じゃあもう……」
 ふるふると朝比奈さんは首を振った。さっきまでの話だと朝比奈さんもハルヒの力の自覚は
情報統合思念体が地球を滅亡させるきっかけとなると理解しているようだ。
 ハルヒはきっと朝比奈さんに鋭い視線を向けると、
「みくるちゃん。あたしは本音が聞きたいの。こんなことしたいのかどうかって。安心して。
みくるちゃんにかけられていた言葉の制限はさっきあたしが全部解除したわ。好きにしゃべれるはずよ」
「えっ……あ、ああ……」
 こいつ禁則事項を解除していたのか。さすがだよ。
 ハルヒは一歩前に踏み出し言う。
「宣言するわ。あたしは絶対に諦めない。情報統合思念体だろうがなんだろうが、あたしは決して屈しない。
試行錯誤も模索でも何でもやって絶対に進むべき道を作り出してやるつもりよ! 未来の都合なんて知ったこっちゃないわ。
あたしはあたしが思うように生きていく。その時みくるちゃんもそばにいて欲しいのよ!」
 俺もハルヒの横に立ち、
「朝比奈さん! あなたは書道部での活動は楽しかったって言いましたよね! あれは嘘じゃなかったはずです!
それに鶴屋さんに対しての感謝の言葉もです! だから拒否してください。無理ならハルヒが何とかしてくれます!」
 俺の言葉につられたのか、鶴屋さんはすっと手を朝比奈さんに伸ばし、
「みくる……一緒に行こう……みんな待っていてくれているんだよっ……」
 三人の言葉に朝比奈さんは半分涙目になっていた。
 ――しかし、それでも首を縦には振らなかった。
「あたしは99%今回の任務は嫌でした。あたしは鶴屋さんに心の底から感謝していたし、
書道部での活動も凄く楽しくてそのまま何も起こらずに続いていけばいいとも思っていました。
でも残り1%の自分は違うんです。やらなければあたしとあたしの未来が消えてしまう。そんなのはイヤです。
嫌なんです! だからこうするんですっ!」
 朝比奈さんはナイフを振り上げる。ダメだ朝比奈さん! やめてくれ――
 
 飛び散る鮮血。俺はその現実に激しいめまいを覚えた。
 胸にねじ込まれたナイフが北高のセーラー服を汚し、ふらふらと鶴屋さんのそばに倒れ込む。
 
 ――そう朝比奈さんは自分の胸をナイフで突き刺したのだ。なんでだ!?
 
「朝比奈さん!」
「みくるちゃん!」
 俺とハルヒは倒れ込んだ朝比奈さんの元に駆け寄る。胸からは多量の出血が始まり、口からも漏れ始めていた。
「みくるっ……みくるっ……!」
 鶴屋さんも酷い重傷の身体を引きずりながら、朝比奈さんにすがりつく。
 何でこんな事をしたんですか!?
 朝比奈さんは俺たち三人にニコリと力なく微笑み、
「これで……残りの1%の自分の消せ――ました。これでいいんです……やっと99%の自分が100%になれたから……」
「こんなの違う! こんなの間違っている! あたしは認めない! 絶対に死なせない!」
 そう言ってハルヒは朝比奈さんを治癒させるべく手をかざして……
 それと同時だった。突然激しい地鳴りが始まり、地面どころか空間も歪み始める。
 これってまさか!?
 ハルヒはがっくりと肩を落としていった。その目にはいつの間にか涙が浮かんでいる。
「情報統合思念体の……排除行動が始まったわ……」
「そうか……ちくしょうここに来て……!」
 俺は地面を拳で殴りつけた。覚悟の上だったはずだ。でも、こんなところで終わりなんてあんまりじゃねえか……
 ハルヒは袖で涙を振り払うと、すっと立ち上がり、
「リセットするわ。キョン、みくるちゃんと鶴屋さんをお願い……」
 そう言って目を閉じて情報操作を開始する。
 朝比奈さんと鶴屋さんは予期せぬ状況に不安げな表情を浮かべ、
「なんなんですか……どうか……したんですか……?」
「キョンくん……これは……」
 俺はそんな二人を抱き寄せると、
「大丈夫ですよ。もうすぐ何もかも無くなります。そして、次に目を覚ましたときはきっとみんな平穏無事に
学校ライフを満喫しています。俺が保証しますよ」
 朝比奈さんは俺の言葉に目に涙を浮かべて、
「そっかぁ……次に目を覚ましたら、あたしみんなとずっと友達でいられるんですね……ふふっ……」
 そうですよ。あなたはSOS団のマスコットキャラであり、俺の癒しの存在です。他のステータスなんて入りません。
未来人であることを押しつけてくる奴がいたら、そいつは窓から投げ捨ててやります。
 と、ここで鶴屋さんがすっと頬に手を当ててきて、
「キョンくんは……ちょっとハルにゃんやみくるとも違うね……見ている方向が違う……っさ。
キミの瞳の中には……もっとずっと先の明るい未来が見えている気がするよっ……。でもハルにゃんはまだ迷っている……
キョンくん、きちんと面倒……見てあげないと駄目にょろよ……」
 ええわかっています。あなたはSOS団名誉顧問。あとハルヒのことは任せてください。
あいつは俺がきっちりと導きますから。
 
 やがて地面の振動を飲み込むように、世界が暗転し始める。
 
 その時、ふと気が付いた。数百メートル離れた先に立っている北高のセーラー服を着た一人の少女。
 長門有希だ。
 
 きっとパトロンの命令でここに駆けつけたのだろう。
 
 待ってろ長門、次はお前をこっち側に引き入れてやるからな――
 
 ………
 ……
 …
 
◇◇◇◇
 
 次に気が付いたときにはあの灰色の教室――時間平面の狭間にいた。
 俺はだらんと力なく壁に寄りかかっている。
 すぐ隣ではハルヒが同じように呆然と俺に頭を寄せていた。そして、つぶやくように言う。
「……疲れた」
「そうだな……」
「……みくるちゃんとはあんまり遊べなかったな……」
「次はきっとできるさ……」
 俺たちはそのまま一眠りすることにした。さすがに色々あり過ぎて今回もくたびれちまったからな。
 
 
 意識が闇に落ちていく中、俺はふと考える。
 機関と未来人の均衡関係。やはりこの二つは並立して存在してこそ成り立つものなんだ。
 
 そうなるとあと残りは一つ。全ての頂点に位置し、ハルヒの力の自覚を決して認めない最大の敵。
 奴らを何とかすれば、きっとバランスの取れた世界が切り開けるはずだ――
 
 
 ~涼宮ハルヒの軌跡 情報統合思念体からの独立(前編)へ

 


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