「え、原稿を書き直したいって・・・・・・って、ちょっと有希!あなた、顔、真っ赤じゃない!やっぱり、熱があるんじゃ・・・・・・」

 

熱?そんなものはないと思うけど・・・・・・あ、そうか。私は今、風邪気味ってことになってるんだっけ。
 
先ほどの喫茶店での出来事が脳裏を駆け巡る。
あの時、彼が急にでたらめな話を始めたのには、少し驚いたが、話をややこしくしたらいけないと思い、話に乗った。
 
しかし、彼には悪いが、もっといい言い訳はなかったのだろうか。
さっきから、風邪気味だという理由で、かなり行動が制限されているような気がする。
涼宮ハルヒも過剰すぎるまでに、私のことを心配するし・・・・・・。
 

このことを喜ぶべきなのか、悲しむべきか、迷っていると、パソコンのスイッチを切った彼が、

 

「そうだな、少し、熱が上がってきたのかもしれないな。長門、今日はもう帰った方がいいと思うぞ。俺が家まで、送っていってやるよ。」

 

と提案した。
 

「何よ!あんたはまだ、原稿が終わってないでしょ!ある程度、仕上がるまで、今日は帰さないんだから!」

 

「おいおい、長門の体調が悪くなったら面倒みろと、俺に言ったのは、お前だぞ。俺は今、お前の命令に忠実に従っているだけだ。」

 

「う、た、確かにそう言ったけど・・・・・・。わ、分かったわよ!なら、とっとと帰りなさい!いい、有希に何かあったら、あんた、死刑だから!」
 
そう言って、涼宮ハルヒは部屋から飛び出していった。
 

「やれやれ・・・・・・さあ、俺たちも帰るか。」

 

溜息を1つついた彼は、パイプ椅子から立ち上がった。
 
 
 
 
 

「・・・・・・・・・・・・」

 

この沈黙は、長門のマンションへの道を歩いている、俺と長門のものだ。
一緒にいると、話が弾むどころか言葉さえなかなか出てこないのは、この長門でも同じ事らしい。
 
部室で長門が、いきなり赤い顔をし出したのには若干焦ったが、ハルヒがいろいろ言い出す前に何とか連れ出すことが出来た。
さて、後は、こいつのマンションに8時まで居座るだけだな。
 
俺は、今まで、このマンションに何回に来たか、という質問に、胸をはって堂々と答えることができる。
ここに来たときは必ずといっていいほど、俺の脳に、大きな思い出というものが追加されるからだ。

とんでも電波話を聞かされたり、時空を超えてみたり、バカにぎやかなクリスマスパーティをしたり・・・・・・。

 

そういえば、この長門に誘われて来た事もあったな。
 
あの時には、結局、1回しか長門の笑顔を見ることが出来なかった。
それが今日は、2回か?俺はひょっとしたらものすごい貴重な体験をしているのかもな。
 
俺は、隣を相変わらず無言で歩いている長門を横目で盗み見た。
 
まあ、『長門有希』の笑顔なんて、そうそう見られるもんじゃねぇんだ。
今のうちに、しっかり瞼に焼き付けておくか。
 
やがて、俺たちは例の高級マンションの前へ辿り着いた。
 
 
 
 
エレベーターが7階に止まる。
俺は、体重を感じさせない足取りで歩いていく長門の後を歩いていたが、708号室の前につくやいなや、長門の動作が一時停止した。
 

「どうした?何かあったか?」

 

長門はしばらく固まったままだったが、やがて、恐る恐るといった感じでドアノブに手をかけた。
 
なるほど。俺は、長門が家の鍵を持っていないということに今更ながら気が付いた。
いやしかし、俺の予想が正しければ・・・・・・。
 

長門の白い手がドアノブをひねると、ドアはいとも簡単に開いた。

 

「・・・・・・?」

 

長門は呆気に取られたような、これまた珍しい顔をしている。
 
やっぱりな。長門が鍵をかけたまま異世界へ旅立つという、ドジなまねをするはずがない。
ドジッ娘は朝比奈さん1人で十分だ。
それに、例え鍵をかけていなくても、あの宇宙人の手にかかれば、この家は怪盗ルパンも真っ青な防御施設完備の要塞に変身を遂げていることだろう。
 

俺は、このまま足を踏み入れてもいいものかと悩んでいると、長門が俺の袖を引っ張った。

 

「あなたは、これからどうするの?」

 

う・・・頼むから、その上目遣いは止めてくれ。俺の理性があらぬ方向へと暴走しそうだ。
 
俺は、自分の感情を押さえつけながら、先ほど渡された本に挟まっていた栞を長門に見せ、8時まで、マンションに居させてもらってもいいか尋ねた。
 

「・・・・・・いい。」

 

そういって長門は、闇に包まれた家の中へと、足を踏み入れていった。
 
 
 
 
 
台所で急須と湯飲みを探す。
私はいつもこの辺に置いているんだけど・・・・・・。
あ、あった。どうやらこの世界の長門有希も、性格は私とあまり変わらないようだ。
 

彼にお茶を出すと、

 

「おお、わりぃな。」

 

と言って、すぐに飲みだした。そんなに急いで飲む必要はないと思うけど・・・・・・。
 
さて、これからどうしよう。
現在、午後6時。
彼が言った時間までにはあと2時間もある。
夕食を食べていってもらおうか?だけど、私は料理はできないし・・・・・・。
 

「どうだ、この部屋はお前の部屋と何か違うところはあるか?」

 

不意に彼がそう話しかけてきた。

私は、周りを見渡したが、自分の部屋とたいして変わりなかったので

 

「別に。」

 

と答えた。
 

「こっちの世界の長門は、部屋を飾りつけるようなまねは絶対しないだろうけど・・・お前はどうなんだ?したことはなくても、したいと思ったことはないのか?」

 

「・・・・・・別に。」

 

さっきと同じ答えだが、さっきより答えるのに時間がかかった。
 
私はそんなことを考えたことがなかった。
家でやることといったら、本を読むことくらいだ。
 
本を読むとき、私は自分の世界へと旅立ってしまう。
自分の部屋にいるはずなのに、頭の中では周りの情景が、魚達が煌く海中にも、小鳥が囀るきれいな森にも、星が瞬く宇宙空間にも見えてくる。
 
そんな瞬間が私は好きだ。

だから、私は本を読むのが好き。

 

部屋を飾りつけると、この雰囲気が損なわれてしまいそう。
だから、私の部屋はいつも閑散としている。
私は、このことを当たり前だと思っていたし別に何もない部屋が嫌いなわけではない。
むしろ、そちらの方が読書に集中出来て、都合がいい。
 
私には、華やかさはいらない・・・・・・。
ずっとそう思っていたから、次の彼の言葉は衝撃的だった。
 
「お前、こんな部屋にいて楽しいのか?」
 
・・・・・・え?
 

「いや、別に俺がこの部屋にいるのがつまんねぇって言ってるわけじゃないんだ。ただ、毎日お前はここで何をしているのかな、と思ってさ。」

 

「・・・・・・読書。」

 

「いや、そういうことじゃないんだ。お前は普段、ここで何を考えて、どんなことを思っているのかなって。」
 
私には彼の言っていることが理解できなかった。
私が何を考えていて、何を思っているのか?
晩御飯は何にしようとか、今日はどんな本を読もうとか、そういうこと?
 
「お前は今まで、明日が来るのが楽しみで夜も眠れないってこと、あったか?」
 
ますます、意味が分からない。彼は、いったい何が言いたいのだろう。
 
「俺はあるぞ。ガキのころだがな。俺は昔、大好きだった女がいるんだ。まあ、かなり年のはなれた俺のいとこなんだけどな。その人とある日、一緒に遊園地に行く約束をしたんだ。二人きりでね。嬉しかったね。俺は、本当に夜も眠れなかった。はやく、明日が来ないかって、ベットのうえでずっと思ってたよ。」
 
そこまで、話すと彼は湯飲みに少しだけ残っていたお茶を飲み干し、さらに話を続けた。
 
「まあ、少し関係ない話をしちまったかも知れないが、俺が言いたいのは、お前は毎日が楽しいかってことなんだ。毎日じゃなくてもいい。今日は楽しかった日だとか思えた時が今までにあったか?俺がよく知っている長門有希はほとんど感情を表に出さない奴だから、別に気にしちゃいない。だけど、お前は、俺の目の前の長門有希は、笑うことが出来るんだ。とてもいい顔でね。そんな顔を、みんなに見せたことがあるか?俺だけじゃなくて、ハルヒや朝比奈さんや古泉だけでもなくて、もっとたくさんの人に。」
 
私は何も言わず、いや、何も言えずに、ただじっとして彼の話を聞いていた。
 
「もっと、明るくやっていけよ。ハルヒみたいにバカ騒ぎしなくてもいい。お前らしい明るさを周りに見せていけよ。そしたら、もっと毎日が楽しくなるさ。」
 
 
頭がぼうっとする。彼の一言、一言が心に響いている。
私の毎日は楽しくないのだろうか?
学校へ行って、授業を受けて、部室で本を読んで、家に帰る。
そんな繰り返しの毎日が、楽しくないのだろうか?
 
楽しさ。
 
その言葉が、私の脳内辞書には載っていないようだ・・・・・・。
 
「ははは、やけに真剣に話しちまったな。まあ、あまり気にすんな。お前のことはお前が決めればいい。読書をすることが、お前にとって最高に楽しいことなのかもしれないしな。」
 
彼が言ったその言葉も、急須から湯飲みに自分でお茶を注ぐ彼の姿も、私には届いていなかった。
私は座って、じっくりと噛み締めるように、彼の言葉の意味を考えていた・・・・・・。
 
 
 
 
 
現在、午後7時55分。
ここに来て、どれくらいの時間がたっただろう。
さっきから、俺の目の前の長門は、固まったまま動かない。
 
しまったな、少し言い過ぎたか?
 
俺は普段長門がどんな生活をしているか、そこらの一般人よりは知っているつもりだ。
そしてそれは、少なくとも、俺の感覚で言えば、面白いという部類には入らない。
そんな毎日でも、あのヒューマノイドインターフェースなら耐えられるのだろう。
 

だが、この長門はどうだ?

 

もし、この長門も同じような生活をしているのなら、それは果たして楽しい日々といえるのだろうか?そんな日々を送っていて、やがて成人した時、社会の中でうまくやっていけるのだろうか?
 
やれやれ、我ながらおせっかいな奴だね。いろいろ理由をつけてきたけど、俺が言いたいのは・・・・・・
 
笑顔が見たい。
 
長門の笑顔をもっとみたい。
 
俺が見られるのはあとわずかだってことは百も承知だ。
ただ、長門に、たまにだけじゃなく、いつもニコニコしていて、友達と一緒にショッピングをしたり、カラオケに行ったり、夜遅くまで長電話をしたり・・・・・・。
 
そんな、普通の女子高生になって欲しかったんだよ。ふつーの女子高生にね。
 

俺が頭の中で、ギャル文字を使ってメールを打っている長門を想像していると、

 

ぴん、ぽーんー

 

と、インターホンのベルが響いた。
 

目の前で、石像と化していた長門は、はっとして、ぱたぱた音をたてるという、長門にしては珍しい歩き方で、部屋の壁に取り付けてあるインターホンのパネルへと向かった。

 

「・・・・・・!・・・・・・待ってて。」
 
一瞬、驚愕の表情を浮かべた長門は、すぐに無表情に戻って、玄関の方へと向かった。

 

 

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 
やっと来たか。
俺の目の前には、二人の長門が立っていた。

                   

     ~Different World's Inhabitants YUKI~ニチヨウビ(その七)~へ続く~ 


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